キスビット人の信仰について

キスビットは土壌信仰の精霊たちから端を発した国である。

キスビット人と呼ばれる彼らは例外無く土壌神ビットを信仰しており、土属性の加護を授かっている。

能力に個人差はあるが、大抵のキスビット人は土や石などを自在に操ることができるのだ。

そんな彼らが基本にしている世界観を図式化してみよう。

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彼らによると、まず世界は三種類に大別される。

大気の神が統べる世界と、水の神が統べる世界、そして神でなければ認知することのできない世界。

これらの世界に境界は無く、それぞれが同時並行的に重なってこの世を形作っている。

大気の神の世界には光の神と闇の神が存在し、光と闇はそれぞれに親和関係となっている。

大気の神は光と闇に対して優位である。

水の神の世界には、火の神と木の神と土の神が存在する。

水の神は火、木、土それぞれに対して優位であり、火は木に優位である。

土と木は親和関係である。

それぞれの神が司るものは以下の通り。

気:天候、季節、寒暖、風、空気、香り、音、電気

光:光、元気

闇:闇、病気

水:水

火:火

木:木

土:土、石、金属、動物(精霊や他の種族も含む)

他:神々でないと認知できない存在や現象

 

 

山中の奥深い集落に住まうキスビット人も、現在では様々な情報が入ってくるようになった。

この世界観が万人に共通しないことも承知している。

しかしそれでもこの考え方が改められることも、廃れることもない。

キスビットの精霊たちは粛々と信仰を受け継いでゆく。

エスヒナについて

エスヒナ=アミィアリオン

 

彼女のことを知ってもらうためには、まず『サムサール』という種族について理解してもらわねばならない。

人間とは異なる、妖怪と呼ばれる存在の一種だ。

 

サムサールの特徴としてまず挙げられるのは、その外見である。

彼らは褐色の肌と、そして額に『第三の瞳』を持っている。

形状や位置には個人差があるが、全てのサムサールは額に瞳を持つ三つ目の種族なのだ。

 

さて、この第三の瞳は単なる視界確保のための器官では無い。

実はサムサールは、生まれつき『とある感情がひとつだけ欠落した状態』なのだ。

それは『喜びの感情』かも知れないし、『悲しみの感情』かも知れない。

ともかく、何か一つの感情を持たず、それを全く理解できないのがサムサールである。

 

仮に『怒り』の感情が欠落したサムサールの場合、何に対しても怒るということが無い。

だから自分が他人から怒られても、相手がどんな心の状態なのか分からないのだ。

 

そして、サムサールの特徴として最も重要なこと、それは『欠落した感情は第三の瞳に宿っている』ということであり、また『第三の瞳と視線を合わせた者に、その感情が流れ込む』ことである。

先程の例で言えば、怒りの感情が欠落したサムサールの第三の瞳と視線を交わしてしまった者は、自分の意思とは関係なく謎の怒りに支配される。

しかし当のサムサールは相手が怒り狂っているのを見ても意味が分からない。

なぜ相手はこんなに大声を上げるのだろうか?

なぜ攻撃的になるのだろうか?

怒りという感情が理解できないサムサールは困惑することしかできないのだ。

また相手に流れ込んだ感情はサムサール本人の支配下には無く、どうすることもできない。

相手の中でその感情が消化されるのを待つという、時間任せの解決策しか無いのだ。

視線を合わせた時間の長さによって流れ込む感情の強さが変わるという報告もある。

運良く目が合ったのが一瞬であれば、数日怒り続けるだけで済むかもしれないし、運悪くじっと見つめ合ってしまったのなら、血管が切れて絶命するまで怒り続けるしかない場合もある。

 

サムサール自身、感情そのものは理解できなくとも『自分の額の瞳と視線を交わした相手が豹変する』という事実は理解できるので、大抵の場合は額の目を隠すように生きる道を選ぶ。

最も、どの世界にも例外は居るのだが、それはまた別のお話。

 

さて、サムサールという種族について多少は造詣が深まっただろうか。

 

それでは本題、エスヒナについての講釈に移ろう。

 

彼女は現在、キスビットという国のタミューサという村に住んでいる。

一人暮らし。

家族は居ない、と本人は思っている。

自分がアミィアリオンというファミリーネームを持っていることも、エスヒナは知らない。

※キスビットには『苗字』という概念が無く、それぞれがファーストネームだけで生活しており、エスヒナも自分の名前をエスヒナだけだと思っている。

 

海を隔てた外国、ドレスタニアという国に生まれたエスヒナは、幼少期に誘拐された。

そして人買いによる売買で各地を転々としながら、流れ流れてキスビットに連れて来られた。

当時のキスビットではサムサールが珍しく、高値で取引されたらしい。

また現在は改善されているが、その頃のキスビットには著しい種族差別が蔓延しており、異種族に対する扱いは奴隷や家畜のそれであった。

そんな状況下に珍獣扱いで放り込まれたエスヒナが第三の瞳に宿している感情は、『劣情』であった。

 

例え後進国のキスビットとは言え、現在の情報レベルであれば、サムサールの瞳を覗き込もうとするような愚か者は皆無だろう。

しかしあの当時では知識不足もやむなしと言ったところか。

エスヒナを手に入れた奴隷商人は、商品の下見も兼ね面白半分に額の瞳を無理に開かせ覗き込んだ。

突如として襲い来る劣情。

当然、その魔手は目の前にあるエスヒナに向けられた。

特殊な趣味でも無い限り、性的な魅力は皆無と言える貧相な肢体に、奴隷商人はむしゃぶりついた。

どれだけ時間が経ったか分からないが、エスヒナが解放されたのは奴隷商人が動かなくなったからだった。

激しく痛む身体、消耗しきった体力、枯れた涙と声。

 

このまま放置されれば、間違いなく生きてはいなかった。

だがエスヒナはここから運び出され、次の商人の手に渡ることとなった。

数日間、取引に現れなかった商人を不審に思った仲間が部屋を確認しに来たのだ。

そこで倒れ伏し絶命している商人と、憔悴し今にも命の灯が消えそうな『高値の商品』を発見し、喜んで持ち帰ったということだ。

 

長くなるので割愛するが、同じようなことが何度も起きた。

そのたびにエスヒナは『劣情のはけ口』として使われ、そしてそれを『仕方ない』と受け入れた。

自分が額の瞳を開かないように気を付けてさえいれば良い。

無理に開かされるのであれば、それが主の希望なのだから仕方ない。

そうやって生きていたある日。

 

彼女と他数名の奴隷を乗せた馬車が、猛獣に襲われた。

御者も馬も食いちぎられ、主は這う這うの体ほうほうのていで逃げ出した。

猛獣はエスヒナを食う前に満足し、喉をゴロゴロ鳴らしながら去っていった。

 

タミューサ村の域外調査隊が荒野の草むらに倒れているエスヒナを発見したのはそれから数日後だった。

ひどく衰弱してはいるが、生きてはいるようだ。

隊員にとっても、そしてエスヒナにとっても僥倖だったのは『第三の瞳が閉じたままだった』ことだろう。

こうしてエスヒナは保護され、そしてタミューサ村の村長である、エウスオーファンとの邂逅を果たす。

 

以下は、エウスオーファン氏の回顧録である。

 

サムサールは、当時のタミューサ村には存在しない種族だった。

私にとっても初めての遭遇だった。

サムサールについて、噂程度の予備知識を有していた私は、この少女の第三の瞳に危険を感じ、人払いを言い付けた。

どんなものなのか正体は分からないが、サムサールの第三の瞳と目を合わせると、ある種の感情が流れ込んできて自分では制御できなくなるらしい。

確かサムサールはドレスタニアが派生元だと聞いたことがある。

今後もこの村を訪れるサムサールがあるかも知れないと思い、私はドレスタニアの知り合いに手紙を書いた。

なるべく多く詳細な、サムサールについての情報をくれ、と。

しかしいくら能力が未知数だとは言え、こんな小娘に対して少々警戒し過ぎかとも思った。

そろそろ額の冷布を替えてやろうと立ち上がり、水桶に浸けた布を固く絞って少女に目をやったその瞬間、それは起こった。

額の瞳が、開いたのだ。

両の目は閉じている。

恐らく本人はまだ目覚めていない。

第三の瞳だけが、開いたのだ。

それはほんの刹那。

時間にして10分の1秒も無いほどの。

それでも確かに『目が合った』のだ。

途端に湧き起こる、いや、流れ込む感情の正体が、私にはすぐに分からなかった。

強い衝動だけがある。

そして気付いた。

これはマズイ。

私は腰に下げていたダガーを素早く振りかざし、全力で振り下ろした。

刃は肉を貫きその下の机に深々と刺さった。

私が刺したのは、自らの左手だった。

 

「保ってくれよ、左手と、精神・・・」

 

私は自分自身に言い聞かせるように呟いた。

自分の意志とは裏腹に、少女に近付こうとする自分の身体。

そのたびに左手が血を吹き、痛みによって若干の覚醒をする。

自分を内側から襲っているのは、激しい劣情だった。

私の中で、自分の子供と言っても差し支えないような少女に対し、未だかつて感じたことの無いような強く激しい性の衝動が暴れ回っている。

どちらかと言えば理性は強い方だと自負していたが、その衝動を抑え込むことはできなかった。

それを一瞬早く予感したからこそのダガーだったが、左手が裂ければ終わりである。

恐らくその手の痛みよりも衝動が遥かに勝り、例え血濡れのままでも自分は少女を「使う」だろう。

その確信があった。

それほどまでに強い劣情。

均衡とは言い難いほどの差で劣情の衝動が勝る中、私は衝動の波を測っていた。

僅かではあるが、強弱の波を以って私を襲っていた劣情の、弱まる一瞬を突いた。

理性の全力を込めた一撃で、私は自分の右足を床板に縫い付けたのだ。

左手と同様に、ダガーを突き立てて。

 

以下は、エスヒナ自身の回顧録である。

 

翌朝、あたしは目を覚ました。

額の瞳は閉じていたと思う。

代わりに開いた左右の目で、周りを見る。

見知らぬ男の人が居た。

彼はその左の手の甲を机に、右足の甲を床に、それぞれ刃物で突き刺されていた。

辺りにはすごい量の血だまりができている。

あたしが起きたことに気付いたのか、彼はあたしに向かって言った。

 

「やあ、目が覚めたかい?すまないね、情けない姿を見せてしまった」

 

そして、彼は短く呻きながら刃物を抜いた。

更に鮮血が溢れ出た。

よく見ると彼は目を閉じている。

そして、あたしは理解した。

自分でもびっくりするくらい、涙が溢れた。

額の瞳は、開かないようにいつも気を付けている。

気を付けているつもりでも、意思とは無関係に額の瞳だけが開くことも、過去にはあった。

その度に、我慢の時間が始まった。

 

「今まで辛かったろうな。私はこの村の村長、エウスオーファンだ」

 

彼は優しい声で名乗ってくれた。

あたしも自然と返事ができた。

 

「・・・あたし、エスヒナです」

 

エスヒナ、良い名だ。ようこそタミューサ村へ。君を歓迎する」

 

あたしはそれまで、ずっと我慢をしてきた。

額の第三の瞳が開かないように、隠すようにしきてきた。

それでも運悪く目が合ってしまうこともあった。

そんなときはただ、時間が過ぎるのを待った。

三っつの瞳を全てギュッと閉じて、ただ我慢した。

だいたい1日、長くても2日程度、耐えれば良かった。

相手が動かなくなるのが終わりの合図だった。

理由も理屈も分からなかったけど、ただ額の瞳で相手を見てしまうと、あの我慢の時間が訪れる。

今までどんなに優しくしてくれた人も、笑い合っていた相手も、男も女も子供も老人も、皆が豹変した。

それなのに、この人は、恐らく自分の代わりに我慢をした。

エウスオーファンと名乗ったこの人は、自分の身を傷つけてまで、あたしに触れなかった。

医務担当の村人は村長のヒドイ有り様にとても驚いていたけど「手が滑った」という彼の言葉に頷いた。

村長はきっと、あたしせいじゃないって言いたかったんだと思う。

お医者様も、それを理解して、納得してくれた。

それからあたしは額の瞳を自分の意志で閉じ続けられるように訓練し、また専用の眼帯を設えてもらった。

額当てと言った方が合っているかもしれない。

今はあたしのトレードマークでもある。

 

 

これで、少しは彼女のことが理解できたかな。

 

さて、壮絶な過去を持つ彼女だが、現在の性格としては実に軽妙である。

タミューサ村での人情味ある触れあいと温かな交流、そして親友と呼べる存在も、彼女の心の傷を癒すのに有効だったのだろう。

彼女の痛々しい記憶の数々は村での生活によって良い方向へ転換されたのだ。

苦痛の経験は、人の痛みを理解するのに役立った。

村長との出会いで、受け入れてもらえることの喜びを知った。

親友という存在が、協力し合うことの大切さを教えてくれた。

こうして培われたエスヒナの人格が、世界の危機を救う一助となったこともある。

密かに進行していた絶望的な世界の終焉、それを阻止する戦いの現場でも、彼女の中にある素直さや正義感、単純とも言える明るさ、そして心の痛みを知る優しさが、役に立ったのだ。

この件に関しては別途、膨大な資料があるので参照してもらいたい。

幻煙のひな祭り当日 まとめ

 

ただし、珠に傷な部分がある。

劣情という感情を理解できないため、性的な知識があまりにも乏しいのだ。

加えて過去に自分の身に降りかかった忌まわしい出来事は、全て第三の瞳のせいであるという認識から、自分が肌を晒すことにも同様の効果があるという認識が無い。

つまり、簡単に言えば『人前で裸になっても平気』なのだ。

第三の瞳さえ開かなければ、あんなことにはならないと思っている。

いや、恥ずかしいという感情が欠落している訳ではないのでちょっとは恥ずかしいのだが、その恥ずかしさの正体は『親友と違う肌の色』であったり『肉付きやプロポーションなど』であったり、一般的なものとは若干ズレている。

通常、裸を見せることと羞恥の心が連動するのは、そこに劣情の感情が介在するからに他ならないのだから。

彼女のこの困った特徴は、以下のエピソードからも明らかである。

タミューサ村のハロウィン

エスヒナさん猫になる

 

これでエスヒナについての情報はあらかた語れたと思う。

ああ、そうだ。

ごく一般的なプロフィールを失念していたので記述しよう。

ただタミューサ村には戸籍登録の仕組みはもちろん、身体測定などの制度もまだ無いため、数値的なものが曖昧なのは許して欲しい。

 

名 前:エスヒナ(エスヒナ=アミィアリオン eshina=amiyariom)

種 族:サムサール

性 別:女性

一人称:あたし

身 長:食器棚の一番上の段に手が届かないくらい

体 重:けっこう細い枝に乗っても折れないくらい

髪 色:黒

肌 色:浅黒い褐色

 

魔王軍に入りたい

りとさんの魔王軍に立候補です!

 

とてつもなく強力な加護の能力を持つ、精霊の兄弟です!

 

 

兄のフィレッヒは炎を信仰している。

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強力な火炎を操り全てを焼き尽くすことができる。

 

 

弟のワテルーミは水を信仰している。

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激しい水流で何もかもを押し流してしまうことができる。

 

 

強大な加護の力を持って生まれたためか、お互いがお互いを常にライバル視、いや、敵視し合っている。

口を開けば喧嘩ばかりの二人。

仲が良いとは決して言えない。

 

でも、どこに行くにも必ず一緒。

寝るのも同じベッドで寝ている。

文句を言い合いながら、いつも一緒。

 

なにせ、こうだから。

 

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せっかくの加護の能力も、お互い張り合って同時に発動しちゃうもんだからいつも対消滅

その辺りの湿度が増してお肌が潤うくらいの効果しか無い。

体は共有してるので口喧嘩しかできないし。

 

こんなフィレッヒ&ワテルーミブラザーズ、どうか魔王軍に入れて頂けませんかね?

【05】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【00】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【01】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【02】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【03】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【04】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

 

 

「あの・・・お花は要りませんか?」

 

「あ、あのっ・・・これ、お花です・・・」

 

人通りもまばらな路地で、一人の少女が花を盛ったカゴを手に花売りをしている。

しかしその眼前を通り過ぎる人々は、まるでその少女が存在していないかのように一瞥もくれず、足を止めることはもちろん無い。

それでも懸命に、一輪でも売ろうと健気に声をかけ続ける少女。

まだまだ発展の途上にあるこの国キスビットにおいて、貧富の差は依然として大きかった。

政府も、各都市の自治体も、それぞれが貧困層の救済策を講じてはいるものの、国自体がそれほど強くないため、根本的な解決は難しいのだ。

アスラーンが大半を占める都市、ここラッシュ ア キキにおいてもそれは同様で、この少女のような人々はいくらでも居た。

 

徐々に日がかげり、往来も途切れた夕刻。

今日の夕食をどうしようかと、少女が顔を曇らせたそのとき。

 

「お嬢さん、花売りかね?」

 

少女に声をかける人物があった。

いかにも裕福そうな、恰幅の良い紳士だった。

 

「は、はいっ! 1輪5セオンです!」

 

少女が兄弟たちと分け合って食べるパンが1つ150セオン程度。

しかしこの花はその辺の野原で摘んできたもの。

この5セオンが高いのか安いのか妥当なのか、それは買う側の判断にゆだねられる。

 

「いや、私はそんなゴミなどに興味は無いんだがね」

 

「え・・・ゴ、ゴミ・・・?」

 

思わぬ返答に我が耳を疑った少女。

目の前の紳士は微笑を保ったまま、信じられないような言葉を吐き出した。

 

「私が買いたいのは、なんだがねぇ」

 

「えっ? 私の・・・花・・・?」

 

「1万セオンでどうだろう」

 

「そ、そんなに!? あぁ・・・でも私、そんな大金を頂けるようなお花は持っていませんけど・・・」

 

少女は自分が何を求められているのか理解できない。

しかし蠱惑的とも言える大金にすぐ飛びつかないのは、根が正直者なのだろう。

 

「物分かりの悪い娘だな。良いからちょっとこっちへ来い」

 

男は少女の手を荒々しく引くと、すぐ横の路地裏へと連れ込んだ。

カゴから花が舞い散る。

 

「痛っ は、放してくださいっ」

 

「そんな薄布1枚でこんな路地につっ立ってるんだ、お前だってその気なんだろう!?」

 

「なんのことですか!? やめて! いや!」

 

「金は払うと言ってるんだ! おとなしくしろ!」

 

ここまで来てようやく自分が望まれているもの、相手が欲しているものを理解した少女。

自分と同じような境遇で、を売って口に糊する友人も、居る。

彼女達のことを非難はしないし、生きていく手段の一つとして有効なのも理解できる。

むしろそれを決意することができたのはすごいとさえ思う。

自分には、どうしてもできないことだから。

 

「いやぁ! だっ、誰かぁぁ・・・」

 

「こんな時間にこんな場所で誰が助しゃッ!!

 

何かが壊滅的に踏み潰されたような音と共に、男の荒々しい気配が消えた。

少女がきゅっと固く閉じていた目を恐る恐る開けると、そこには先程の男の代わりに別の男が立っていた。

恰幅の良い紳士を踏み台にして。

 

「やあお嬢さん。俺、これから素敵なレディに会いに行くんだ。手ぶらってわけにもいかないから、お花を売ってくれるかい?」

 

すらりとした細身で長身のその男は、尖った耳から察するに精霊だということが分かる。

にんまりと口元を歪めて笑う表情はどこか軽薄そうで、しかしなぜか安心感を覚えるものだった。

 

「えっと・・・お花は・・・」

 

少女は乱れた服を直しながら、地面に転がったカゴと散らばってしまった花に視線を落とした。

まさかこれを目の前で拾って、一度地面に落ちたものを売るなんてことはできない。

 

「ああ!ここに並べてあるの、選び放題ってことか!ありがとう!じゃあぜーんぶ貰うから、これで足りるかな~?」

 

男は目にも止まらない素早さで地面に落ちていた花を残らずさらい、そして少女の手にカゴを持たせた。

 

「あ、そこの偽紳士ゴミは気にしなくていいから、気を付けてお帰りよ~!」

 

そう言い残すと、男は信じられない身軽さで跳躍し、花を両手に抱えで壁を蹴りつつ建物の屋根へと消えて行った。

何が起きたのか理解できないまま、ぽかんとしている少女。

その細い足首をガシッと掴む者があった。

 

「きゃあっ!!」

 

「ぐぅっ・・・くそっ!一体何がしゃッ!!

 

「おいお嬢さん、この辺でキザで不真面目そうな精霊を見なかったか?」

 

悲鳴を上げて振り向いた少女が見たのは、サターニアの男性だった。

恰幅の良い紳士の上に立っている。

 

「え、えっと・・・あの・・・」

 

あまりの展開に困惑する少女。

しかしサターニアの男は少女が持つカゴに視線を送ると、すぐ何かを察したようだ。

 

「どうやらやっこさん、ここを通ったのは間違いないらしい。よし、行こう」

 

「うむ。博物館はあちらの方向だ」

 

いつの間にかサターニアの男の後ろには、アスラーンの男が居た。

二人は視線を交わし小さく頷くと、そのまま駆けていった。

 

「ぎゃんっ!!」

 

ご丁寧に地面の偽紳士ゴミを踏みしめながら。

その後、気を取り直して帰ろうとした少女が手にしたカゴの中に札束を見付けてものすごく驚いたのは、また別のお話。

 

 

 

「あぁ!ねぇイオン!これ!」

 

写真の部屋と、目の前にある部屋を見比べていたコマが声を上げた。

あまりに違いが大き過ぎて逆に気付きにくかったその点に、ようやく気が付いたのだ。

 

「これ、無くなってる!」

 

コマが指し示したのは、自分が今立っている床だった。

大きな絨毯が無くなっている。

 

「これは、私としたことが。まさか絨毯が消えていたとは」

 

「お金を細長く並べて絨毯で筒状にロールすれば、二人ぐらいで運べるんじゃない!?」

 

「なるほど。まぁ重量から考えると3人くらいが妥当でしょうか。前後だけで運ぶと中央部分が垂れ下がって運びにくいでしょうし。つまりチャイには協力者が2人ほど居る、と」

 

「その通りです!チャイには銃愛好家ガンフリークのジャミコと縁斬えんきりのマシュカーという2人の相棒が居るのです!何か判りましたかッ!!?」

 

大声を上げながらケサーナが部屋に入ってきた。

どうやら特に何の痕跡も認められず、この部屋に戻ってきたらしい。

 

「警部さん、まだ推測ですが恐らくチャイはこの絨毯で・・・」

 

イオンが写真を手に説明をする。

そのついでに、なんとも都合の良いことを言い出した。

 

「しかし、まさかここでアレが役に立つとは。たまたまあの絨毯に発信器を付けていたんですよ。この受信機で絨毯の現在地が分かります」

 

「は・・・発信器?」

 

「よくやったわイオン!」

 

いかに大富豪とは言え民間人が発信器、という状況を飲み込めないケサーナとは対照的に、コマは破顔してイオンを讃えた。

そしてその手から受信機をぶん取ると、嬉々として操作し始めた。

【アイラヴ】煮え湯でも何でも飲み込むところから始まる

「ウチが二人・・・それってウチのやってることが、理想からかけ離れてるってことやないですか!」

 

初華は思わず大声を上げてしまった。

美香の視界に現れる、色の薄い影のような自分。

その影と自分自身の距離が離れているほど、今の自分が理想から遠いということだ。

確かに初華自身、今の自分が理想像に遠く及ばないのは理解している。

しかし美香の説明では『理想に近付く為の道を進んでいる』状態ならば、理想の自分と本体がそこまでズレたりはしないはずである。

 

「ん~・・・そうね。もしかしたら、そうかも知れない。でも・・・」

 

美香は少しだけ間を置いた。

先程までのあっけらかんとした雰囲気はもう無い。

キリッとした年長者の表情になり、そして思いがけない言葉を初華に伝えた。

 

「あまりにも本体と理想の姿が離れてる場合はね、『自分でも理想像が分かっていない』っていう可能性もあるのよ。もっと平たく言えば、目標と言うか、目指すべきビジョンが曖昧ってことね」

 

美香自身、どちらかと言うと世の中にはこのパターンの人の方が多いと感じている。

将来どうなりたいとか、何か成し遂げたいことがあるとか、そういう明確な目標がそもそも無い人は、本体と影との距離が遠い傾向にある。

しかも単純に「お金持ちになりたい」とか「キレイになりたい」などという欲求は、目標とは区別されるようだ。

どこか使命感めいた、心の底から達成したいと思えるようなビジョンこそが、本体と影との距離を縮めるのに必要な要素なのだと、経験から感じている。

だからこそ今まで出逢ってきたほとんどの人は美香の視界では二重に見えたし、そんな中で本体と影がぴったりと一致している赤羽に惹かれもしたのだ。

 

「ウチの・・・使命・・・」

 

初華は目の前が真っ暗になるのを感じながら、すぐ側のソファに身を沈めた。

言い知れぬ不安から、思わず膝を抱えてしまう。

今の自分を突き動かす原動力、モチベーション、それはアイドルになってタオナンを見返すことだったはずだ。

 

「あのね、もしあなたが本当に成し得たい目標に向かって進んでいるのなら、現状がどれだけ意に反していたって、本体と影はこんなにズレないの。あなたは心のどこかで、いま目標にしていることが本心じゃないって思っているのかも。それに・・・」

 

途中まで言いかけて、美香は次の言葉を躊躇ためらった。

これを伝えることが、初華にとってプラスになるのかマイナスになるのか、判断が難しいのだ。

しかし。

 

「副社長さん、ウチに対して何か思てはることがあるんやったら、全部言うてください。何も気ぃ遣わんと全部。ウチ、アホやから自分で自分のコトよぉ分からんのです。だから、お願いします!大丈夫、こう見えて心臓に毛ぇ生えてますから!」

 

初華の決意表明は、美香の戸惑いを払拭して余りある言葉だった。

 

「分かったわ、初華。私が言いたかったのは『以前のあなたは、そんなにブレていなかった』ということなの」

 

美香の言葉にキョトンとする初華。

だがその反応も織り込み済みである美香は説明を続ける。

 

「ちょっと前なんだけど、あなた、街であやしい占い師に運勢を視てもらわなかった?」

 

確かにそんな記憶がある。

と言うか、ウィーカの名を捨て、本名である美作初華でアイドルを目指すきっかけになった出会いだ。

忘れるわけがない。

 

「あの占い師ね、実は私の祖母なの。あの日は帰ってくるなり『すごい運勢の娘と出逢った』って興奮してね。もうすごかったんだから」

 

その時の情景を思い出しているのだろうか、美香は苦笑混じりで続ける。

 

「そのとき、あなたの名前を祖母から聞いていたのよ。もちろん、どこの誰だか分からないお客さんのひとりとして、ね。だから御徒町さんからあなたの名前を聞いた時はびっくりしたわ。なんて運命なのかしらって」

 

そして、微笑んだ表情を真顔に戻しながら、美香は初華を真っ直ぐに見詰めた。

 

「でね、そのとき祖母はこう言ったのよ。『しかもその娘の面白いところはな、運命だけではない。この眼で視て、完全に一人だったんじゃ』って。つまり、本体と影がブレてないってことね。・・・祖母も、私と同じ眼を持っているから」

 

 

 

夕方、生活に必要な最低限の道具をアパートの部屋に運び入れた初華と御徒町

レッドウィング芸能プロダクション、通称レップロの事務所が入ったアパートに住むことになった初華は、自分の引っ越しであるにも関わらず、心ここにあらずな状態だった。

 

「ほら初華、これはどこに置けばいい?」

 

御徒町は段ボールを抱えて初華に指示を仰ぐが、しかし返事は無い。

中身を確認して何が入っているのか判れば、どこに置くのか見当も付けられそうなものだが、年頃の女の子の荷物を開けるような真似はできなかった。

 

「初華?・・・うーいーかっ!」

 

「えっ? あ、あぁ! ごめんおかちさん、ウチ・・・」

 

「別に構わないけど、どうした? 美香さんと話した後からずっとそんな感じじゃないか」

 

「うん・・・」

 

「悩みがあるなら何でも俺に話してくれよ? 力になれるかどうかは分からないけど、初華が抱えているものは、俺にも共有させて欲しいんだ」

 

「ありがと。んじゃちょっとだけ聞いてな。ウチがウィーカだった頃と、初華になってからと、何が変わったんやろか?」

 

この問い掛けが何を意味するのか、初華が何に悩んでいるのか、御徒町にはさっぱり分からなかった。

初華自身の中で何かの変化があり、それに対して悩んでいるということだろうか。

で、あるならば、御徒町には思い当たることがひとつだけ、あった。

 

「初華の中でどんな変化があったのかは、俺には分からない。でも、名前を変えた前後で何かが変わったのだとしたら、その原因はきっと、あのライヴじゃないかな」

 

レンvsひじきの対バンを、生の会場で味わった経験。

それが、自分の中で何かを変えてしまった。

初華自身も、実はそれを強く感じていた。

しかしそれを認めてしまうことは、今までの自分を否定することのように思われた。

 

「おかちさんも、やっぱりそう思うんやね」

 

だが第三者から言われてしまうとさすがに受け入れざるを得ない。

確かに自分の中で、あのライヴを体験してから何かが変わったように思えてならない。

しかし具体的に何がどう、とは言えない。

自分でもよく分からないのだ。

 

「よっし。分かった。変わってもーたもんはしゃーない!」

 

と、急に初華は自分の頬を両手でぴしゃりと打った。

 

「何がどー変わったか考えるんは、まぁ追々でええやろ!」

 

人は誰しもが変わりたいと願い、変われずにいる。

そして変わりたくないと願い、変わってしまう。

変われない部分を突かれれば『いいや、俺は変わった』と反骨し、変わった部分を指摘されれば『いいえ、私は変わってない』と否定する。

それが人の性である。

しかし、初華はまず『自分の変化』を受け入れた。

その内容までは分からずとも、変わったという事実はきちんと受け入れた。

悩み事を長期化させず『そういうもの』として丸呑みする性格が、そうさせるのか。

 

「なんだか良く分からないけど、吹っ切れたみたいだな。元気があるのは良いことだ。よし、早く片付けて赤羽さんたちと合流しよう。今夜は会食だ」

 

「やったー!ウチお肉が食べたい!おっにっくっ!おっにっくっ!」

 

 

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そう言えばスカートだった。

【04】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【00】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【01】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【02】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【03】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

 

「おい!待てよチャイ!どこに行く気だッ!?」

 

慌てて走り出したチャイの腕をジャミコが掴む。

 

「あの女のことだ、何かの罠かも知れんぞ」

 

マシュカーが険しい目つきで苦言を呈する。

しかし。

 

「女のピンチに駆け付けられない奴を男って呼べるか? それに、罠なら罠で結構。彼女が無事ってことだろ? 良い女には何度騙されたって構やしねぇのさ」

 

「だが、フォヌアの奴がどこに居るのかなんて分からねぇだろ?」

 

至極もっともなことを言うジャミコに対し、チャイは余裕の表情を作った。

自分の腕を掴んでいる手をゆっくりと解きながら説明する。

 

「あの盗聴器で音声を拾える距離、雑音の入り具合、声の反響、ヒントはいっぱいあったぜ?」

 

そう言いながらチャイは上着の内ポケットから街の地図を取り出した。

現在地を素早く確認し、人差し指で示す。

 

「雑音と声の響き具合からすると場所は金属製の壁に覆われた地下室。盗聴器の有効距離はこの範囲だが、場所が地下ってことを考えるとこのあたりまで絞られる、だろ?」

 

得意気な、というよりは悪戯っぽいと言った方がしっくりくるような顔で言うチャイ。

 

「この辺りでそんな地下室がありそうなのは・・・ここしかない」

 

チャイが指し示す地図上には『機械工学の権威 バミ博士研究所跡地』と記載されていた。

確かこの場所はアルファ開発の資料館兼博物館として一般開放されているはずだ。

しかしそれは地上部分の話。

工学博士であれば秘密の地下室くらい造っていてもおかしくない、かもしれない。

 

「憶測の域を出ん話だが、しかしお前の勘は良く当たる。間違いないだろう」

 

やれやれと言った様子でマシュカーが口を開く。

こういうチャイの能力に関して、マシュカーは素直に尊敬してはいるのだ。

しかしそれが稼業である盗みに対してではなく、フォヌアの元へ駆け付けるためだというのが納得できない。

 

「だが、行ったところでまた騙されて振り回されるのがオチだ。それでも行くのか?」

 

半ば以上、返答の内容が予測できる質問を敢えてしているマシュカー。

ジャミコもチャイの答えを待つ。

 

「それを確かめに行くのさ。なにせ俺も『俺が騙される方』にBETしかけてんだからな」

 

無邪気なウィンクをパチリときめ、チャイは颯爽と駆け出した。

ふんっと鼻息ひとつで気分を切り替え、ジャミコとマシュカーが後を追う。

今までもそうだった。

これからもそうだろう。

チャイがこうと決めたことが、他人の意見で覆ることなど無いのだ。

 

 

 

「ねぇ警部さんっ、あなた、何で私のお金を盗ったのがチャイだと思うわけ?」

 

別宅への案内を兼ねてケサーナに同行するイオンに、無理やりついて来てしまったコマ。

いつもなら用事が済んだと見るや否やすぐ自室に引きこもってしまうところだが、今日は目の輝きが違う。

 

「これはあくまでも私見ですが、チャイは何らかの理由で多額の現金が必要になり、手当たり次第に盗んでいたのではないかと。ここ数件の手口が、奴にしては少々雑でしてな。それで、もし焦って金をかき集めていたのなら、あなたの件ももしかして・・・と推測したのです」

 

答えに行き当たるまでの論理的道筋はケサーナ自身にも不明瞭だが、しかしなぜかチャイに関する勘には絶大な自信があった。

 

「なるほど。じゃあ焦ってるチャイが何か証拠を残してるかもってことね?」

 

それだけ言うとコマは一気に別宅へと駆け出した。

普段の緩慢な動作からは全く想像できないほど俊敏な走りで、すぐにその背中は見えなくなってしまった。

 

「いつも、こうなのですか?」

 

「いえ・・・いつもはもっと・・・ああ、お恥ずかしい限りです」

 

マイペース過ぎるコマの振舞いに呆れたケサーナが問い掛ると、イオンは溜め息と悲壮感たっぷりの声で返事をした。

いつもはもっと怠惰なクズです、などと言えるはずもない。

 

二人が別宅に到着したとき、すでにコマは盗難被害に遭った金庫室の中に居た。

そしてほぼ空になっている部屋の中央で胡坐をかいて座っている。

 

「ん~・・・」

 

あごに手を当て眉間にしわを寄せ、思考の糸を編んでは解き、解いては編んでいる。

 

「ご案内感謝致します。ではお屋敷内を調べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「ええ。お願いします。私はお嬢様とこの部屋に居ますので、何かあればお声掛けください」

 

ケサーナは盗難された現金があった部屋よりもむしろ、侵入と逃走の経路を割り出して調査する気でいる。

建造物への出入りの手口が判れば、チャイの仕業であるという確証を得られるというものだ。

 

「ねぇイオン、ここにあったお金ってどのくらいなの?」

 

唐突にコマが尋ねた。

イオンは呆れと諦めを存分に盛り込んだ表情で返す。

 

「ですから、3億セオンだとあれほど・・・」

 

「ちがうのっ!どれくらいの量かってこと!」

 

イオンの返答を途中で遮ったコマは、ずいっと顔を近付けてまくしたてる。

 

「3億セオンってどのくらいの大きさ? 重さは? 一人で運べる? ここに3億セオンあったの、チャイは知ってたと思う?」

 

「お、お嬢様っ・・・近いです!」

 

イオンはコマの肩に手を当ててグイと押し戻すと、咳払いをした。

そして調度品のひとつである木製のトレジャーケースを指し示す。

 

「先日たまたま計測していて良かった。あの箱にきっちり紙幣を詰め込むと、ちょうど5,000万セオンになります。重さで言えばだいたいお嬢様の半分ほどです。3億なら6箱分、つまりお嬢様3人分ということになります。恐らく重量級の鬼ならば持ち上げて運ぶことも可能でしょうが、普通の人間や妖怪には一度で運ぶことはできないでしょう。そして、ここに現金がどれだけ在ったのかを知っていたのは、この世界中で私だた一人です。チャイだろうが誰だろうが、事前に知ることは無かったと思いますよ」

 

問われた内容にきっちりと応えるイオンの回答に、黙って頷くコマ。

 

「つまり、チャイはここにどれくらいの現金が在るか分からずに侵入した。そして、結果的に3億セオンを盗み出した・・・。ねぇイオン、お金の他にこの部屋から無くなってる物、無い?」

 

「はて、私も点在する全ての別宅の全物品までは把握しきれておりませんが、しかし先月たまたまこの部屋を撮影した写真があります。撮っておいて良かった。この写真と現状を見比べてみましょう」

 

「それからイオン、なんで私の体重を知ってるの?」

 

「主の健康を管理するため、身体情報を収集するのは執事の務めですから」

 

「ふーん。キモッ」

 

手ひどい言葉の弾丸に被弾した胸を押さえて崩れ落ちるイオン。

それを無視して写真を受け取りながら、コマは現状との間違い探しを始めた。

良い夫婦の日

「痛ッ・・・」

 

「どっ、どうした!?」

 

「いえ、大丈夫です。すみません」

 

「おいおい、変な気遣いはよしてくれ。私は君の夫だぞ?」

 

「・・・そ、そうですね・・・えっと、履き慣れない靴で足が痛くって」

 

「なんだ。そんなことか」

 

「つまらないことで止めてしまってごめんなさい」

 

「いや、つまらないことなんかじゃないさ。よし、私が抱えて行こう」

 

「えっ、ちょっと・・・それは・・・」

 

「何だ、嫌なのか?」

 

「そ・・・そういう意味ではなくて、その・・・」

 

「ほら、早くしないと扉の向こうで皆が待っているんだから」

 

「わ、私やっぱり歩きます!」

 

「無理は良くない。私に任せなさい」

 

バタンッ!

 

「エウス村長!遅いでs・・・あーッ!!!もうイチャイチャしてるー!!」

 

「おい!ち、違っ!」

 

「村長!とても良くお似合いですッ!」

 

「マーウィンさんキレイ!」

 

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「変な状況を見られてしまったな・・・」

 

「えぇ・・・。ごめんなさい・・・」

 

「君が謝ることは無いさ。よし、気を取り直してっと」

 

ヒョイッ。

 

「うわっ、あの・・・私・・・お、重くないです・・・か?」

 

「ああ、とても重い」

 

「うっ・・・」

 

「こうして、自分の命よりも大切なものができてしまうという事実が、たまらなく重く、そして何にも代え難い幸せだと感じる」

 

「ッ!・・・あなた・・・」