ラミと毒矢とクォルと薬

この物語は、らんさん(id:yourin_chi)のクォルラミリア(順不同敬称略)をお借りして妄想爆裂した結果の産物です。

yourin-chi.hatenadiary.jp

 

 

 

今回の依頼人は一風変わった商人だった。

コードティラル神聖王国の首都、ティラル。

その商業区で商店を営む彼が、なぜか隣国であるグランローグ国へ移住することを決めた。

豪商と言うほどでは無いにしろ、そこそこの規模で商売を行っていた彼には財産が有った。

彼はその大半を投じ、今回の引っ越し劇が始まった。

 

「あンた達が今回の護衛ねン?よろしく頼むわよン」

 

鼻にかかったねちっこい声色と独特の口調で、彼は荷馬車の列を警護する二人に声をかけた。

それに対して「はい」と短く応える緑髪の嬢を無視した商人は、そのまま青い髪の青年にズイッと近付くと、鼻息を荒げて続ける。

 

「あンたが団長さン? とっても可愛いわン・・・ねぇ、あたしの専用護衛にならないン? もちろんお給金は弾むわよン」

 

「あ、いやぁ・・・俺さm、いや、俺・・・そーゆー趣味は・・・」

 

普段、モンスターや女の子には強気な自警団の団長が、雇い主兼特殊な性癖の持ち主であるオジサンに迫られて困惑している。

その光景を目の当たりにして、笑いを噛み殺すのに必死なのは緑髪の嬢。

 

「あら、良かったじゃないクォ。いきなり高給取りになれるなんて、こんな美味しいオハナシ滅多に無いわよ?」

 

「ラミ!てめ!人ごとだと思ッ・・・あ、いや、あの、有り難いお話なんですが・・・」

 

国王直属の騎士団として働いていた戦争時代ならともかく、戦争が終わり、城下を警護することを目的として組織された『元騎士団の自警団』という身の上である。

今でも国王の命で動くことはあるが、その活動資金の全てを税金から支出してもらうことには抵抗があった。

団のことはなるべく団でどうにかしたい。

そんな思いから、機会があればこうして護衛や、時にはモンスター退治などの有償依頼を受けることもあった。

しかし自警団の団長が金目当てで個人の専用護衛になるなど、埒外の話である。

いくらお金が大好きであっても、だ。

商人は、青い髪から頬を伝う冷や汗と引きつった表情を一瞥し、フンと鼻を鳴らした。

 

「冗談よ!」

 

今までのねちっこい声色から一転、ドスの利いた雄々しい声で一喝すると、商人はドカドカと地面を踏み鳴らして馬車に乗り込んで行った。

どうやら機嫌を損ねはしたものの、難を逃れることはできたようだ。

 

「ふぅ~・・・た、助かったぁ~・・・」

 

「ずいぶんおモテになるのねクォルさん?あっはははは!みんなに報告しなきゃ!」

 

冷や汗を拭うのは自警団の団長、クォル・ラ・ディマ。

それをみて涙が出るほど笑っているのは、同じく自警団所属のラミリア・パ・ドゥだ。

二人は共に戦闘部族の街『カイザート』の出身である。

互いの力量は認め合っているはずだが、しかし幼馴染という関係性が邪魔をしているのか、会話の大半が憎まれ口という何とも腐れ縁な二人だった。

 

「自分がモテねーからってひがんでんじゃねーよ!この男女!」

 

「なによバカ!あんたなんかひがみもねたみもしないわよバーカバーカ!」

 

二人がこんな軽口の罵り合いを続けていると、いつの間にかフィアルとの旧国境が近付いていた。

フィアルは、コードティラルとグランローグの戦争が始まる前に滅んだ国だ。

現在復興中であるとはいえ、都市としての機能はほぼ無く、いまだに視界一面が廃墟という有り様であり、通常は移動のルートに選ばれることは無い。

新生魔族との遭遇率が高くなる危険な地域だからだ。

しかし雇い主である商人の強い希望により、なぜかフィアル経由でのグランローグ入りという旅程となっていた。

通常の街道を選べば護衛も不要なほど安全なはずだが、怖いもの見たさというやつだろうか。

金持ちの道楽に付き合わされているのかもしれない。

 

「お前みたいなガサツな暴力女、誰ももらってくんねーだろうな!」

 

「誰かに貰ってもらおうなんて思ってないわよバカ!お調子者!女たらし!」

 

他愛の無い、意味の無い、内容の無い掛け合いが続く。

と、不意に二人の声のトーンが下がった。

 

「・・・おいラミ、あんまフザけてると、助けてやんねーぞ?」

 

「・・・あら?私、あんたに『助けて』なんて言ったかしら?」

 

クォルが先頭の馬車を操縦する御者に手で合図を送る。

4台の荷馬車がその場に停止した。

 

「2・・・3人か。仕方ねーから俺様が全部引き受けてやらぁ」

 

「ちょっと私の邪魔しないでくれる?3人とも私がやるから」

 

御者には二人が何を言っているのかまるで理解できなかった。

視界には打ち崩された廃墟や焼け焦げた立木はあれど、人の姿などまるで見えないからだ。

 

「無理すんッ・・・おっと!」

 

「無理じゃなッ・・・フッ!」

 

物陰から放たれた矢をクォルは大剣で弾き、ラミリアは空中で掴み取った。

その矢をバトンのようにくるくると回しながら、ラミリアがクォルに声を掛ける。

 

「あんたねぇ、こーゆートキは無暗に弾くと危ないでしょ?」

 

「俺様をその辺の三流と一緒にすんじゃねーよ。ほれ」

 

クォルが剣の切っ先で示す方向にある廃墟の壁、その後ろから、ドサッと音を立てて倒れる人の姿。

手には弓、そして肩口には矢が生えていた。

放たれた矢をクォルが正確に打ち返したのだ。

 

「ふ~ん・・・」

 

それを見たラミリアは、ゆっくりとクォルに向き直る。

そして、得意気で自慢気な笑みを浮かべるクォルに向かって思い切り手中の矢を投げた。

 

「ッ!!!? あっぶね!何しやがんだラミ!俺様じゃ無かったら死んでたぞ今の!」

 

噛み付きそうな勢いで突っかかってくるクォルに向かい、整ったラインの顎で後方を指し示すラミリア。

クォルが振り向くと、剣を手にした男がゆっくりと倒れてゆくところだった。

太腿に矢が突き立っている。

それにしても、おかしい。

クォルが矢を弾き返した相手も、ラミリアが矢を投擲した相手も、致命傷を避けるよう狙ったはずだが、どちらも倒れたままピクリとも動かない。

 

「毒・・・か」

 

クォルが呟く。

単純に勝つか負けるかなら、負けない自信はある。

しかし『ただの掠り傷すら負わぬように勝つ』ためには、相当な実力差が必要だ。

果たして今回の相手がそれを許してくれるだろうか。

 

「さぁて、残ってるのはお一人様みたいだけど、このまま出て来ないなら見逃してあげよーかしら?」

 

ラミリアがわざと挑発的な声をかける。

クォルも、残る一人が隠れている場所は気配で把握している。

攻撃の方向が事前に分かっているのであれば対応は容易い。

 

「思ったよりも手強いじゃないか」

 

焼け焦げた巨木の後ろから、頭部に角を生やした男がゆっくりと姿を現した。

両の真っ黒い眼球の中央で、爬虫類を思わせる金色の瞳が鈍い光を放っている。

新生魔族だろうか。

 

「つ、つ、連れて来たわよン!さぁ!約束通りあたしのダーリンを返してン!」

 

突然、馬車の中から商人が駆け出した。

そのまま魔族の男に駆け寄ると、彼はクォルとラミリアに謝罪を始めた。

 

「ご、ごめんなさいねン・・・このお方が、強い部下を作るために強い人間を連れて来いって言うから・・・あたし、彼を人質に取られてて仕方なくン・・・」

 

「なぁラミ、こーゆーの何て言うんだ?」

 

「デジャヴ?」

 

「ああ、それだ」

 

「ねぇ!約束は果たしたわン!ダーリンを返して!」

 

商人が魔族の男に詰め寄る。

と、そこに割って入る人影があった。

先程ラミリアが矢を投擲した相手だ。

まだ息があったのか。

 

「ッ!!ダーリン!!!」

 

その顔を見るや商人が叫んだ。

これで役者は揃ったようだが、しかしその配役が分からない。

敵情が不明瞭なままでは戦闘時の動きに制限がかかる。

クォルもラミリアも、誰から誰を守るべきかを把握するため今しばらくの静観を決めた。

商人は動揺する。

なぜ自分の恋人が敵をかばうのだろうか。

そして先程受けた毒は大丈夫なのだろうか。

色々と聞きたいことはあるが、まずは大切な人の命が最優先だ。

 

「ね、ねぇダーリン?あたしの馬車に毒消し薬があるわン。今すぐ打ってあげるからねン」

 

そう言って馬車へと振り向いた商人の背中に、恋人の剣が振り下ろされた。

予想外の展開に目を見開くことしかできないクォルとラミリア。

 

「すまないね、彼はもう死んでいるよ。完全に冷たくなってしまうと正式な術式でなきゃ操れないから、急がせてもらった」

 

魔族の男がそう言うと同時に、剣を握った恋人は倒れて動かなくなってしまった。

 

「い・・・いま・・・毒消し薬を・・・ガフッ」

 

商人は馬車に向かい、恋人のために毒消しの毒消し薬を求めて這い摺る。

恐らくは状況を理解できていない。

自分に振り下ろされた毒剣が恋人の手によるものだと知らないままだったことだけが、幸いと言えた。

 

「野ッ郎!!」

 

犠牲者が出ることで選択肢はひとつとなった。

眼前の魔族を討伐する、ただそれだけのシンプルなミッションが開始される。

機先を制したのはクォルだった。

身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回し、目で追うことすら困難な速度で連撃を放つ。

 

「・・・くっ、僕は肉弾戦タイプじゃ無いんだが・・・」

 

防戦一方とは言え、クォルの連撃を曲刀で受け切っている魔族の腕も凄まじい。

間違いなくこの曲刀にも毒が仕込まれているはずだ。

攻撃に転じられると厄介なことになるのはクォルも承知している。

まだ全力の連続攻撃は続けられるが、全てを受け切られたあとに毒の攻撃を避け続ける展開だけは避けねばならない。

クォルはしぶしぶ攻撃の手を止め、一旦飛び退いた。

まだ息が上がるほどではない。

 

「ふんっ!やるじゃねぇか!よっし次は全力だ!ブッた斬ってやるぜ!」

 

戦闘にはブラフも重要である。

先程よりも更に攻撃力が増すと思わせることで、心理的優位を確保するのだ。

 

「おいおい、さっきのでまだ本気じゃないだと?何を食えばそんなデタラメな強さが手に入るんだい人間よ。あぁ、疲れた」

 

魔族の男は気だるそうに言うと、背負っていた弓に矢をつがえた。

中距離、剣よりも矢の方が若干有利な間合いだ。

しかしクォルにとっては願っても無い好機だった。

恐らくこの魔族は、この距離でなら矢の弾き返しはできないだろうとタカをくくっている。

しかし自分の動体視力と反射神経ならば必ず見切ることができる。

矢を放った直後にそれが跳ね返ってくれば、避けられない公算も高い。

クォルはペロリと唇を舐めた。

 

「さぁ、ここからは僕の番だよ」

 

そう言うと魔族は、後方で構えていたラミリアに矢を放った。

狙いが自分でなかったことに一瞬だけ焦るクォル。

しかし先程もそうだったように、ラミリアは軽々とその矢を掴み取る。

視界の端でその光景を確認したクォルに、ラミリアが叫ぶ。

 

「クォ!逃げてぇぇぇぇー!!!!」

 

ラミリアは魔族の放つ矢がどこに向かうのかを察知するため、視線を追っていた。

金色の瞳が自分を向いた瞬間、狙われていることが分かった。

それだけの事前情報があれば、間違いなく矢を掴むことができる。

現実に、放たれた矢が自身に到達する直前で、その柄を掴むことができた。

しかし、ラミリアが自分の意思で動けたのはそこまでだった。

魔族の狙いは始めから、その金色の瞳でラミリアを凝視することだったのだ。

 

「うおっ!危ねぇ!何すん・・・ラミ!」

 

掴み取った毒矢でクォルに攻撃を仕掛けるラミリア。

しかしその動きはいつものラミリアの流麗な体捌きではなく、やたらと力任せで雑な動きだった。

 

「なんて娘だい。僕の能力で完全に操れないなんて。大した精神力だね」

 

クォルとしては余裕で避けられる攻撃だ。

しかしラミリア相手に打ち込むことなどできない。

 

「クォ!これは私のミスよ!私のことは気にしないで!」

 

「黙ってろ馬鹿ラミ!俺様に不可能は無ぇ!!」

 

そう言いながらクォルは徐々に後退しつつ、戦場を馬車付近に移していった。

状況を打開する策はすぐに浮かばないが、まずは先程商人が言っていた毒消し薬を手に入れなければならないと考えたのだ。

戦場が馬車の荷台となり、クォルの大剣でほろが吹き飛ばされた。

しかし、この考えは魔族にも伝わっていた。

 

「うあああぁぁぁぁー!!!」

 

操られているラミリアが叫び声を上げる。

恐らくは体を操る魔族の真意を察し、全力で抵抗しようとしているのだろう。

しかしそれは一瞬体の動きを止めたに過ぎなかった。

ラミリアの下段蹴りが毒消し薬の入った木箱を粉砕する。

たくさんのガラス片がキラキラと輝きながら舞い散った。

 

「ぐぅ・・・薬が・・・ごめん、クォ・・・」

 

クォルの考えはラミリアにも分かっていた。

しかし魔族の操作によって体の主導権を奪われ、まんまとその邪魔をすることになってしまったのだ。

 

「いーや、お前が一瞬頑張ってくれたお陰で、ホレ。だから泣くなよ」

 

涙で瞳を潤ませたラミリアの視界で、ニッカリと笑うクォルが滲む。

その手には1本だけ、毒消し薬の入った小瓶が握られていた。

 

「な、泣いてないわよバカ!相変わらず手が早いんだから・・・」

 

「やれやれ。あんまり長い時間操作するのは疲れるんだよ。そろそろ終わりにさせてもらおう」

 

魔族の言葉に、心の中でギュッと身を固めるラミリア。

当面は回避に専念し、打開の隙ができるのを待つ気でいるクォル。

しかし。

 

「・・・あ・・・クォ、ごめん・・・」

 

矢を持つラミリアの右手がゆっくりと動き、尖ったやじりを左腕に、刺した。

 

「ラミィィィッッッッ!!!!」

 

弾けるように飛び出したクォル。

それに合わせてラミリアは刺さった矢を抜き、クォルに向けて構える。

もちろん本人の意思では無い。

速効性の毒はすでにラミリアの体をむしばみ始め、視界がかすむ。

 

「さぁどうする?その薬は最後のひとつなんだろう?早く彼女に飲ませてあげないと手遅れになってしまう。だが毒矢を避けながら上手に飲ませることができるかな?」

 

魔族の男は如何にも愉しそうな口調で下卑たセリフを吐く。

 

「来ちゃ・・・だめ・・・クォ・・・」

 

既に言葉を発することすら苦痛であるラミリアは、それでも掠れた声でクォルを制する。

しかしそれを聞き入れるクォルでは無かった。

だが真っ直ぐ突き進むのには、クォルなりの考えがあってのことだ。

ラミリアの動きを最小限に抑える、それが狙いだ。

操られているとは言え無駄に動けばそれだけ血が巡り、毒の回りが早くなってしまう。

いつも美しく輝いているラミリアの瞳に影が差してきた。

もう時間が無い。

クォルは覚悟を決めて間合いを詰めた。

そして。

 

「クォッッッッッ!!!!!」

 

ラミリアの悲鳴が響く。

毒矢はクォルの腹部に深々と刺さっている。

しかしそのお陰で二人は密着状態となり、クォルは左腕でラミリアの細い腰をがっちりと捕まえていた。

 

「これで暴れらんねーだろ。ほら、薬飲め」

 

「・・・ば・・・か・・・」

 

だが既にラミリアには自力で毒消し薬を飲み下す力は残っていなかったようだ。

ガクンと脱力し、動かなくなってしまった。

 

「ラミ!おいっ!ラミィィ!!!」

 

クォルは咄嗟に毒消し薬の小瓶をあおった。

そして、ほんの刹那だけ躊躇し、ラミリアと唇を重ねた。

口移しとはいえ充分な量の薬がラミリアの体内に流れ込んだはずだ。

蒼白だった顔色に血色が戻ってくる。

 

「はっはっは!なんとも美しい光景じゃないか!だが君ももう動けまい?決死の覚悟で助けた彼女はまだ目を覚まさない。それを僕が放っておくハズが無いよなぁ!?だが安心して良いよ。君たちは強かった!僕の屍兵しへいとして申し分の無い強さだ!」

 

この魔族の狙いは最初からこれだった。

短時間なら対象を操ることが出来る瞳術と、死んだ人間の体を使役する能力。

これを使って不死の軍団を組織しようという目論みだったのだ。

 

「おっと、まだ動けるのかい?呆れたタフネスだ。しかし無理しない方が良い。無駄に動くと余計に毒が回って・・・」

 

魔族の男に向かって大剣を構えるクォル。

最後の一撃と言わんばかりに気を練り集中している。

 

「やれやれ。僕が君の相手をすると思っているのかい?毒で勝手に倒れるまで待つに決まっているだろう。そもそもこれだけ間合いを取っていれば、君は僕に辿り着く前に・・・」

 

「辿り着く前に、何だって?」

 

クォルは水平に持っている大剣の上の首に向かって問い掛けた。

視界に自分の首から下の体を認めた魔族は、ようやく状況を理解した。

完全に間合いの外だと思っていた距離を、目にもとまらぬ雷のごとき速さで一気に跳躍しての一閃だった。

 

「一度ラミに刺さった矢だ、毒はその分減ってんだろ?あと毒消し薬も口に入れたときちょっとだけ飲んだしな。俺様ぐらいになりゃそれで充分なんだよ」

 

「ば・・・化物め・・・」

 

ザンッ。

 

「首だけになってしゃべってるお前に言われたかねーよ・・・ぐっ・・・」

 

空中に放り投げた魔族の頭部を両断すると、クォルは地面に倒れ伏した。

さすがに強がりだけでどうこうできる問題では無かった。

 

「あぁ~・・・くっそ・・・ラミの唇、柔らかかったなぁ~・・・」

 

遠のく意識の中、思い出すのは自警団の仲間たち。

そして、であるはずの、ラミリアの姿だった。

 

「そっか・・・俺様・・・」

 

どれくらい時間が経ったのだろうか。

ズキズキと拍動する頭痛と若干の吐き気を伴いながら、ラミリアが目を覚ました。

ここがどこで、何をしていたのか。

 

「クォ!」

 

数秒の空白があり、一気に全てを思い出したラミリアは周囲を見渡す。

ドス黒い血を流して倒れている首の無い魔族の体。

その少し向こうには両断された頭部。

そして、地面に突っ伏しているクォルを発見した。

重い体を無理矢理動かし、ラミリアはクォルに駆け寄った。

 

「クォ!起きなさい!起きて!ねぇ!起きてよ!」

 

泣きながらクォルの体を揺さぶるラミリア。

しかしクォルは目を覚まさない。

 

「私だけ・・・私だけ助かったって・・・意味無いのに・・・ばか・・・」

 

と、涙で滲む視界の中、クォルの胸が上下したように見えた。

 

「ッ!?」

 

急いで胸に耳を当てるラミリア。

弱々しくはあるが、確かに脈打つ鼓動が聞こえた。

 

「生きてるんなら最初から言いなさいよバカッ!!」

 

ラミリアの瞳には光が戻っている。

すぐさまクォルの体を抱き起こし、背負った。

 

「あんたなんかに借りっぱなしはしゃくだからね」

 

誰に聞かせるでも無い悪態が、無人の野にかき消えていった。

 

 

 

「いやぁ、本当に驚いたんだよわたしゃ。だってこんな村はずれのあばら家に、若い娘が男一人担いで『助けてください』って泣きついてきたんだから。聞けば魔族と戦って、毒に侵されてるって言うじゃないか。でも毒消し薬なんて高価な物がウチにあるわけないだろ?仕方ないから何もしないよりゃマシだろって、薬草を飲ませてみたんだよ。そしたらね、聞いて驚きな。なんと翌朝にはむっくり起き上がったんだよ!で、よく見たら腹に穴が開いてるじゃないか。もうわたしゃ何から驚いて良いか分からなかったよ。そうそう、怪我と言えば娘さんの方もね、腕に大層な怪我をしてたんだ。それにその子も毒が回ってたらしくてね、いや、毒消し薬を飲んだから大丈夫って本人は言うんだけどさ、普通はすぐに動けるハズなんてないんだよ。そんな状態で男を背負って半日以上歩いてここまで来たって言うんだから。え?その二人?ああ、なんでもティラルに帰るんだとか。そうさ、ロクに治療もしてないのに『唾つけときゃ治る』ってんだからもう、元気を通り越して異常さ。しかし、あのお嬢ちゃん、間違いなくあの男にホレてるね。じゃなきゃあんなに必死になるもんかい。え?この金?ああ、礼だって言って置いていったよ。『依頼が果たせなかったから貰えない金なんだ』とか何とか言ってたけど、まぁよく分からんね。わたしゃ得したから良いんだけどさ」

 

 

 

ティラルに続く道。

青髪の青年と、緑髪の嬢が軽口を叩きながら歩いている。

 

「だから、勝算があるからやったって言ってンだろ?」

 

「あんただって倒れてたんだから、引き分けじゃない」

 

「馬っ鹿おまえ!完全に俺様の勝利だろ!?」

 

「でも、どうやって倒したか覚えて無いんでしょ?」

 

「それなんだよなぁ・・・毒の影響なのか何なのか、記憶が曖昧なんだよな」

 

「そもそも脳みそちっちゃいし。どこまで覚えてるの?」

 

「ちっちゃくねーよ!ラミが操られて毒矢を振り回してたあたりか?」

 

「え、そこから!?」

 

「そうなんだよ。まぁ記憶なんて無くても俺様の華麗な戦術が冴えまくったからお互いこうして生きてんだろ?良かった良かった」

 

ラミリアは魔族に操られ、自分自身を毒矢で刺したことは覚えている。

そしてそのあとクォルが自分のために身を呈して毒消し薬を飲ませてくれようとしたことも。

しかしそこでぷっつりと記憶の糸は途切れてしまっている。

今こうして生きていると言うことは、確実にあの毒消し薬を飲んだはずだ。

そして、薬はひとつしか無かったにも関わらずクォルも生きている。

釈然としないが、しかし事実を知ることは難しそうだ。

 

「あんたは単細胞で良いわね。はぁ・・・やれやれ」

 

「なんでいっつも上から目線なんだよ!」

 

「私の方が上なんだから当然じゃない」

 

「はぁ!?ふざけんなよラミ!簡単に操られた癖に!」

 

「ッ・・・そ、それは・・・悪かったわよ・・・」

 

今回の件、自分が操られさえしなければという、悔しい気持ちがラミリアにはあった。

なにせ、そのせいでクォルに生死の境を彷徨わせたのだから。

だがいつもの威勢が消え去り、しおらしく謝ったラミリアの態度の急変は、クォルに予想外のダメージを与えた。

 

「いや、まぁ、別に・・・お、俺様的には余裕だったし?」

 

「でも・・・私のせいで・・・」

 

売り言葉に買い言葉が帰って来ないのはとてもムズ痒かった。

クォルはガシガシと頭を掻き、歩を止め、勢い良く体ごとラミリアの方に向いた。

 

「ラミ!」

 

「は、はいっ」

 

急に真剣な眼差しで見つめられつつ名前を呼ばれたラミリアは、意図せず真面目に返事をしてしまう。

 

「良いか?俺様の目の前でなら、操られようが何されようが、全部俺様が何とかしてやる!だからお前はこのクォル様の側に居るときは油断して良い!俺様が許す!」

 

「ッ!・・・・・・あの・・・ごめん、意味が、分かん・・・ない・・・」

 

ラミリアはボソッと、クォルから顔をそむけて返す。

その顔は真っ赤になっていた。

もちろん、クォルには見えていないが。

 

「なんでだよ!何で分かんねーんだよ!油断して良いって言ってんだぜ?お前の方が脳みそちっちぇーんじゃねーのか?」

 

ティラルまで、あと半日はかかるだろうか。

二人は相変わらずの調子で一歩ずつ進んでいる。