アイラヴ
「ウチが二人・・・それってウチのやってることが、理想からかけ離れてるってことやないですか!」 初華は思わず大声を上げてしまった。 美香の視界に現れる、色の薄い影のような自分。 その影と自分自身の距離が離れているほど、今の自分が理想から遠いという…
「へぇ~!副社長さん、アイドルやったんですか!」 初華が驚きの声をあげた。 確かに整った顔立ちをしているし、透き通るように白い肌は実年齢が読めない若々しさを醸している。 「そう。で、当時の私の熱烈なファンだったあの人と結婚して、この事務所を設…
「こ、ここがウチらの・・・新しい事務所・・・」 御徒町に連れられてやってきたその建物を見て、初華は絶句した。 芸能プロダクションと言えば派手で華やかなイメージがある。 しかしどこからどう見ても普通のアパート、いや、普通より古びた感のある外観だ。 以…
「つまり、お前たちはドレプロを裏切ると。そういうワケだな?」 御徒町は唇を噛んだ。 言いたい事はある。 しかし今の状況では何を言っても言い訳になってしまう。 それならば自分の思いごと全てを飲み込んでしまう方が良いときもあるのだ。 初華には事前に…
「ウチは正直な、なんでレンが勝ったんか分かれへん」 初華はぽつりと言った。 もちろんレンのステージは素晴らしかったし、感動に震えて哀しみに暮れた。 あんなに心を動かされるステージは初めてだった。 しかし。 「あの演出、こっちに求めるモンが大き過…
要するに、俺を拾って助けてくれたこの男は『アイドルオタク』という分野の人類らしい。 その昔、労働することはおろか、人とのコミュニケーションや、外出すら拒絶していたような時期があったらしい。 しかしこの『みかりん』というアイドルに出会い、人生…
この世界は光を欲し過ぎている。 より強く輝くため、激しい光を放つため、そしてその光を皆が享受できるように、そうやって世の中の仕組みが構築され回るようになっている。 だが光ばかり見ている連中はすっかり忘れちまったんだろう。 光が在るところには必…
駐車場の街灯から降る弱い光が、薄ぼんやりとした大小ふたつの影を作っている。 大きな方の影が、何度目かのため息をつく。 それにつられて小さいほうの影も、深いため息をついた。 「俺は、撮影されてた過去のステージは、資料の映像ディスクで観てたんだ。…
「チッ・・・こんなガキに見られちまうたぁ、俺もヤキが回ったな」 今は誰も寄り付かない廃工場。 その中で、誰にも言わず秘密で犬を飼っていた。 家族に見つからないように食べ物を持ち出すのは苦労したし、有刺鉄線をくぐってこの廃工場に入るのも楽では無…
「俺もって、どゆこと・・・?」 初華はキョトンとして御徒町を見詰めた。 その御徒町は深いため息をつき、少し間を置いてから、初華に重大な報告をした。 「まさか初華からソレを言われるとは思わなかったよ。驚いた。俺から言おうと思ってたのに」 ハハハ…
今日は体幹トレーニングと、先輩アイドルのステージ見学の予定だ。 ウィーカは駐車場で、御徒町の会議終了を待っていた。 「ごめんごめん、お待たせ。ちょっと長引いちゃって」 早歩きでやってきた御徒町だが、車のロックを解除する様子が無い。 ウィーカは…
約束の時間より、ずいぶん早く事務所に到着しそうなウィーカは、ひとり街をブラつくことにした。 まだ午前9時頃ということもあり、開店前の店も多い。 当てもなく歩くウィーカ。 どこかのコーヒーショップにでも入って時間を潰そうかと考えていると、ふいに…
ウィーカが歌唱レッスンを受けているあいだ、御徒町は車内で雑務を片付けていた。 今はまだウィーカひとり、しかもデビューもしていない研究生(補欠)の世話だけなのだが、それでもやることは多かった。 レッスン場の確保、それに合わせたスケジュール調整、…
「お父ちゃんがな、商売人やってん」 御徒町は、まるで独白のようなウィーカの言葉に耳を傾けた。 車の速度を落とし、意図的にゆっくり走る。 「ウチな、履歴書には『経済特区出身』て書いてたやろ?ホンマはちゃうねん」 御徒町は少なからず驚いた。 ウィー…
首から下げた名札と、スーツに輝く社章。 この2つのアイテムを、今この時ほど有り難いと思ったことは無かった。 女子シャワー室の出入口付近でオロオロとしている御徒町。 一歩間違えれば完全に不審者である。 「なんでこんな時に限って誰も居ないんだ・・…
ドサッ。 「ゼェ・・・ゼェ・・・」 全身を汗でびっしょり濡らしたウィーカは、ダンススタジオのフロアに倒れ込んだ。 身体全体で呼吸をするように、大きく胸を上下させながら酸素を取り込む。 「まぁ、だらしないわねぇ」 筋肉質で屈強な体躯のレッスンプロ…
「オイお前!なんでいっつもいっつもウチの邪魔ばっかすんのや!!」 長い髪を頭の後ろでおだんごにした少女が、路地裏で怒鳴っている。 おだんごから垂れた、まとめきれない黒髪の束を揺らしながら地団駄じだんだを踏む。 「えっ・・・アタシは邪魔なんて・…
「君たちを3人組のユニットとして計算し直してみよう」 テイチョスは額に人差し指を当て、しばらく目を閉じた。 一体何の計算なのか誰にも分からない。 「あ、あの・・・テイチョス、さん?」 ひとこが声を掛けたタイミングでテイチョスの目がパチッと開い…
ふかっ・・・ふかっ・・・ 本当はドカドカと床を踏み鳴らして歩きたいのだが、敷き詰められた絨毯の毛足が長く、緩衝機能が優れているため、無音になる。 トッ・・・すーっ・・・ 本当はバンッと大きな音を立てて乱暴に扉を開けたかったのだが、重厚な造りの…