アウレイスについて ※閲覧注意

アウレイス。

純白の肌に白銀のロングヘア。

彼女を見ていると、この世に色彩が存在することを忘れてしまいそうになる。

しかし、かげりのある眼には燃えるような深紅の瞳が覗き、彼女が唯一持つこの色は内面の意志の強さを表しているように見える。

 

アウレイスは『アルビダ』という種類の妖怪だ。

アルビダは生来、色素が薄く肌が白いことが特徴である。

また体を巡る血液の色に個体差があり、染料としての使用を目的に乱獲されることもあった。

目が覚めるような鮮やかさの碧い服、しっとりと落ち着いた深みのある翠の絨毯、自然な温もりと優しい印象が特徴の緋い紗幕。

もしあなたの身の周りにうっとりするような色彩の染め物があったなら、それはアルビダの血染め製品かもしれない。

彼らは種族的に、身体能力が飛びぬけて高いわけでもなければ、戦闘に長けているわけでもない。

キスビットがまだ邪神の支配下にあった時代、アルビダたちは凄惨な状況下に置かれていた。

 

例えば我々が毎日新鮮なミルクを得るため、品種改良された乳牛は畜舎でその一生を過ごす。

与えられた飼料を機械的に搾乳されるためだけに生きている。

食肉用の鳥や豚とて同じことだろう。

より美味い肉質を求め飼料を工夫し、新品種を開発するための交配が成される。

屠殺とさつされるその瞬間まで、喰われるために生きるのだ。

これは家畜としての運命であり、そのことに疑問を持つ者は少数派である。

 

さて、ここで家畜について言及したのはその是非を語るためではない。

旧時代のキスビットにおいて、アルビダの扱いがどうであったかを説明するためだ。

もうお察しであろうが、彼らはまさに『家畜としての生』を余儀なくされていた。

特に、鬼が支配する都市ジネにおいては『アルビダ工場』と呼ばれる施設が存在し、そこでは日々多くのアルビダが産み落とされ、飼育され、出荷された。

彼らは染料としての原材料だったり、単純な労働力としての奴隷だったりと、用途別に管理されていた。

現在であればそれが異常であると理解できるのだが、邪神の影響下にあった当時はこの状況に疑問を持つことができる者はごく少数だった。

 

さて、本題であるアウレイスの生い立ちについて触れよう。

 

彼女はアルビダ工場で生産された『愛玩用アルビダ』である。

当時の畜産体制下では、肌だけでなく体毛までもが白い個体は希少であり、比較的高値で出荷されたアウレイス。

商品として売買されるその度に体験する非道な扱いは、彼女に対人恐怖症、特に鬼恐怖症を植え付けることになる。

相手の目を見て話すことができず、終始顔色を伺い、自分の意思を殺して生きる。

 

アウレイスの最も古い記憶は、自分が主人を満足させられなかったことで怒りを買い、水責めの折檻を受けたことだ。

これ以来アウレイスの口癖は「ごめんなさい」「申し訳ありません」という謝罪になった。

自分に非の有る無しは関係ない。

頭髪を鷲掴みにされ、溺れる寸前で水から引き上げられるたび、咳き込み水を吐き出しながら精一杯呼吸をし、そして「ごめんなさい」を連呼する。

もちろんそれには何の意味も、効果も無い。

アウレイスの解放は単に主人の『せっかく高値で買ったのだから、これで壊すのは勿体無い』という判断によるものだった。

 

胸が悪くなるためこれ以上の記述は控えるが、とにかくアウレイスが経験した半生は熾烈で苛烈で陰惨だった。

しかしそれはその場におけるアルビダの『普通』であったし、それが異常であるという情報を得る機会も無いという環境のせいだった。

鬼たちの中でアルビダ同士に殺し合いをさせて愉しむゲームが流行したこともあった。

しかし当のアルビダ達にはそれが非倫理的であるとか、不道徳であるとか、そういう感覚はまるで無かったのだ。

自分が生き残るためにご主人の言うことを聞く。

それが世界であり、それが全てだった。

アウレイス自身は記憶していないが、主人の命令で同族に酷い仕打ちをしたことも、あった。

そこに罪悪感は無く、ただ目の前の粘土を捏ねるように、命令を遂行した。

それがアルビダ工場で生産された者の普通であり常識だった。

 

ただ、少数とは言え『野性の』と称されるアルビダも存在していた。

アルビダ工場で生産され、教養どころか世界観も、自我すら未熟だったアウレイスを変えてくれたのは、そんな野性のアルビダだった。

アウレイスは歳の離れた彼女のことを姉のように思って慕っていた。

 

そんなある日、アウレイスが飼育されている屋敷が賊に襲われた。

 

以下はその賊自身、ダクタスが語った話である。

 

わしはエウス村長と組んで、多くの民を救出した。

大半は人間至上主義からの解放を願う妖怪をエイ マヨーカから脱都させる手引きじゃったが、反体制派で戦力になりそうな者が居るという情報が入れば、そこに乗り込んで行くこともあったんじゃ。

差別されている妖怪たちの中にゃ、そりゃあ優れた能力を持つ者も居った。

じゃがその多くは身近な者を人質に取られたりしとってな、反逆心なんぞハナから摘まれておったわ。

彼らを解放して味方につけりゃ、タミューサ村の力になると考えとったんじゃ。

 

それでな、あの日の仕事は、今でも忘れられん。

わしらはジネに潜った。

強力な火炎を操る妖怪が居ると聞いてな、是非とも解放しようと。

情報ではとある屋敷の地下室にその妖怪が監禁されているということだったんじゃが、今になって思えばそもそも当時のジネで『妖怪を監禁』ということ自体、不自然なことじゃった。

気に入らなんだら殺して、すぐに別の妖怪を補充するっちゅうのがあの頃の常識じゃ。

じゃがわしはそれに気付かないほど、焦っておったのかも知れん。

キスビットという国そのものが何か大きな力によって歪められているという漠然とした不安に、自分たちができることがあまりにも小さ過ぎた。

人助けと言えば聞こえは良いが、果たしてそれが自己満足以上の何かになっているのかどうか、正直なところ自信が無かったんじゃな。

 

さて、結局わしらはその偽の情報に踊らされての、まんまと鬼の巣に入り込むことになってしまった。

やたらと哨戒が多かったのと、隠密行動をしとったハズなのにすぐ見つかってしまったことでようやく、わしらはこれが罠だと気付いたんじゃ。

引き返そうとしたが、鬼たちの猛攻は想像以上じゃったわい。

それで村長とわしは離れ離れになってしまっての、いや、焦った焦った。

エウス村長は全盛期に差し掛かろうかという気力も体力も充実しとる年頃じゃ。

じゃがわしは衰える一方の下り坂の真っ最中よ。

村長は一人でも逃げ切れるじゃろうと思っておったが、わしが心配したのはわし自身じゃった。

案の定わしはヘマをして、重傷を負っての。

もう逃げることはできんと判断して、隠れることに専念したんじゃ。

見つからないように隠れ続けて、ほとぼりが冷めた頃に逃げようと思ってな。

薄汚い小部屋の小さな物入れで息を潜めておったんじゃが、いかんせん血を流し過ぎた。

朦朧とする意識で、どれぐらい時間が経ったのかも分からん頃、わしはゴシゴシ床を擦る音で我に返ったんじゃ。

物入れの板の隙間から見れば、真っ白な女の子が一生懸命に床を拭いておった。

その女の子が、アウレイスだったんじゃ。

そしてその後、鬼の怒鳴り声が聞こえてきた。

鬼はせっかくの食事を床にこぼしたことを批難した。

アウレイスはごめんなさいと泣き叫びながら連れて行かれた。

可哀相とは思ったが、手負いのわしにはどうすることもできなんだ。

 

その直後、わしはハッと気付いてのう。

あの子が床を拭いておったのは、わしを庇ってのことじゃったと。

血じゃよ。

わしの血が部屋の床にな、滴っておったのよ。

表面の加工なんぞ何もしとらん粗末な木の板に垂れた血が、布で拭っただけで消えるはずもない。

アウレイスはスープを床に撒いたんじゃ。

わしの血を誤魔化すためにな。

恐らくは食事とて満足に与えられたものでもなかったろうに、それをあの子は、どうにかしてわしの存在を隠そうと考えてくれたんじゃろうな。

この子だけは、何としても保護せにゃならんと思ったよ。

 

わしは来るべき時のため、タミューサ村に必要なのは戦力じゃと思っておった。

戦える能力のある者をとにかく増やすべきじゃとな。

じゃが村長は特別な能力の無い者ばかりをどんどん村に迎えようとする。

守るべき存在は時に弱点にも成り得る。

わしとしては正直、自分の身を自分で守れない者をこれ以上増やすのは自らの首を絞めることになると思っておった。

しかし、間違っておったのはわしの方じゃった。

他人のために『大きなことが出来る者』と『自分の精一杯が出来る者』では、どちらが尊いのか。

わしは差別に苦しむ者たちを助けるため、持てる力を全て使っただろうか。

そこに妥協や諦め、打算や計算が紛れてはいなかっただろうか。

 

アウレイスの無垢な優しさが、わしの考えを変えてくれたのよ。

わしを庇ったところで得どころか、損しか無いじゃろう。

現にアウレイスは鬼に連れていかれ、手酷い折檻を受けているはずじゃ。

わしは物入れから静かに這い出た。

傷は痛んだが、それ以上に気力が漲っていた。

あの子を村に連れ帰る、その一心で立ち上がったんじゃ。

 

以下は賊のもう一方、エウスオーファンの昔話である。

 

私はダクタスさんと離れてしまってから、鬼たちの目を掻い潜って屋敷に戻ったんだ。

彼が深手を負ったことと、逃げ切れず屋敷に留まっていることはニオイで分かったからな。

追手を引き付けながら屋敷の外に出たことで、私たちが逃亡したと思わせるのは成功したようだった。

しかしダクタスさんが見つかってしまえば振り出しになってしまう。

私は速やかに彼を見付け、一緒に逃げなければならなかったんだ。

彼が身を隠している部屋はすぐに見付けることができた。

でも、私が救出のため侵入を試みた矢先、部屋の住人が戻ってきてしまった。

それは真っ白い少女だった。

そう、お察しの通りアウレイスだよ。

半分ほどスープが入った木製のボウルを両手で持って、彼女は部屋に入ってきた。

私は身構えた。

もし彼女が床に落ちたダクタスさんの血痕に気付いて声をあげたりしたら、可及的速やかに彼を回収のち逃亡せねばならない。

固唾を飲んで、とはあんな場面で使うんだろうな。

密かに私が監視しているとも知らず、アウレイスは案の定床の血痕に気がついたんだ。

そしてその赤い点線が続く物入れの扉を、恐る恐る、そっと、開けた。

数秒の硬直があり、開けたときと同じくそっと、ゆっくりと、彼女は扉を閉めた。

声をあげることもなければ、誰かを呼びに行く素振りも見せなかった。

アウレイスは部屋を見渡したあと、自分が着ている粗末な服の裾を引き裂いて、床の血を拭き始めた。

しかし木板に沁み込んだ血痕が布で拭いただけで消えるはずもない。

もしこの場面を誰かに目撃されてしまえば、ダクタスさんはすぐに見つかってしまうだろう。

私は突入の機を伺った。

彼女が床を拭くのを諦め、部屋を出るのを待ったのだ。

しかし彼女は意外な行動をとった。

先程持ち帰ったスープを血痕の上から垂らしたのだ。

 

正直、私は舌を巻いたよ。

アウレイスの機転と、優しさにね。

当時は今のように物資が豊富という環境でも無かったし、ましてその時の彼女の身の上から考えれば、そのスープがいかに貴重だったかは言わずもがなさ。

それを惜しげも無く床に撒いた。

そしてまた布を床に当て拭き始めた矢先、鬼の怒声が響いたんだ。

アウレイスは恐らく、鬼の足音に気がついてスープを撒いたんだと思う。

鬼からすればアウレイスが粗相をしてしまい、その始末をするために床を拭いているようにしか見えなかっただろう。

私は彼女が連れて行かれる廊下の先の部屋に回り込み、アウレイスを引き摺ってきた鬼に一撃を喰らわせた。

ここでも私は驚いたんだ。

アウレイスは突然の私の登場に、驚愕こそしていたものの悲鳴を上げることは無かった。

それどころか、無言のまま震える手で自分の部屋を指さしたんだよ。

状況的に私がダクタスさんを救出に来たということを察したんだろう。

洞察力、優しさ、そして勇気。

私はこの子を村に迎えようと決心した。

 

ダクタス、エウスオーファン、この二人の話をアウレイス本人に問うてみても、この時のことは覚えていないと言う。

しかし国が邪神の影響から解放され、惨たらしい状況が一変した現在、あの頃の異常な世界を知る者はごく少数である。

むしろ忘れてしまった方が、アウレイスにとっては良いのかも知れない。

彼女が言う「覚えていない」を信じるならば。

 

さて、アウレイスがタミューサ村に来てからしばらくして、彼女は親友を得ることとなる。

自分と同じくエウス村長を恩人と仰ぐサムサールの娘、エスヒナだ。

村の人々との触れ合い、エスヒナとの出会い、幾度の任務。

アンティノメル籍の国際警察官ソラとの出逢いと、僅かに芽生えた恋心と、衝撃の失恋。

アウレイスまとめ

そして壮絶な邪神との戦いと、その間に育まれた愛。

ルビ×アウリ

 

これらを経て、現在のアウレイスはずいぶんと強くなった。

しかしそれは彼女を良く知る者たちの感想かも知れない。

初めて彼女を見る者にはまだ、おどおどした人見知りのアルビダとしか映らないだろう。

 

名 前:アウレイス(auraysu)

種 族:アルビダ

性 別:女性

一人称:私

身 長:ルビネルの目の高さが頭頂部くらい

体 重:脂肪分が少なく割と軽め

髪 色:白銀

肌 色:純白

備 考:顔に水がかかるのが怖いので泳げない。