「という訳で、私は
ここはエウスオーファンの家、つまり村長邸である。
キスビット国のほぼ中央に位置するこのタミューサ村で、村長のエウスオーファンは村民たちから絶大なる信を置かれている。
例に漏れず彼もまた、エウス村長に畏敬の念を抱いていた。
「このラニッツめにお任せください! 村長の留守中は、私が村を守ります!」
直立不動の姿勢を崩さぬまま、ラニッツは深々と頭を下げた。
今、時はまさにハロウィーンの時期を迎え、タミューサ村では村人総出でイベントを催している。
『自然が豊かな』という耳ざわりだけが良く中身の無いフレーズでは大した観光客は呼べないが『地域に古くから伝わる伝統的な祭』という謳い文句は都会人にウケるらしい。
今年は例年に無く多くの観光客が村を訪れ、経済効果も大きいのだ。
もちろんそれは自動的に、というわけではなく、国内のみならず外国にまで及ぶ宣伝活動のお陰である。
エウス村長の指揮のもと執り行われた企画、運営が功を奏したということだ。
だがイベント自体はまだ始まったばかり。
これから観光客も増え、本番を迎えるという時期に、責任者が不在となるのは痛手でしかない。
「すまんな。正直なところ、こういうことを任せられるのは生真面目な君しか居ないんだ。ダクタスさんはもうご年配だし無理をさせるわけにはいかん。アウレイスは気が弱くいざという時に物が言えん。オジュサは子供っぽいところがあるし、エコニィは人をまとめるのが苦手だ。エスヒナは・・・まぁ、あの通りだ。マーウィンはエオアとアワキアの世話でそれどころではないしな」
エウス村長としては消去法での人選だったのだが、ラニッツには関係ない。
村長に指名してもらい、頼られ、留守を預かったという事実だけで有頂天だった。
「えー、皆さんに集まって頂いたのは他でもありません。私はエウス村長不在の間、村のハロウィーンイベントの取り仕切りを任せて頂きました」
翌朝、ラニッツは早速行動に移っていた。
村長邸に呼び出されたのは五名。
やれやれといった感じのダクタス。
瞳を輝かせた期待顔のオジュサ。
あからさまに寝不足のアウレイス。
パジャマ姿のエスヒナ。
武装完了しているエコニィ。
「私、都会のハロウィーンについて調べてみたのですが、この村でやっているものと全く違うのです!驚くほどに!」
実際のところ、タミューサ村の歴史は浅い。
伝統的な行事など本来は有るはずもないのだ。
土地柄、キスビット人の住むエリアと近いこともあり、彼らがこの時期に行う『五穀豊穣を大地に感謝する祭』を、それとなく真似ているだけであった。
収穫が最盛期になる頃の満月から次の満月までの間、木々にランタンを吊るし、広場で盛大に焚火を行い、皆で食事を愉しむ。
ただそれだけのものだった。
最近では少しずつ都会方式のハロウィーンが流入し、子供たちがお菓子を貰うために仮装して家々を巡るという部分は認識されているが。
「そこで、せっかく来て頂いた観光客の皆さんに、思っていたのと違うというマイナス印象を与えないためにも、都会のハロウィーン要素を盛り込む必要があると考えました」
ラニッツの説明に熱がこもる。
確かに彼の言う通り、そういう可能性もありそうだ。
「まず祭の期間中はこの地に不慣れなお客様が大勢いらっしゃいますので、気軽に声をかけられる案内人を用意します。その案内人は、イベントの雰囲気作りと、一目で案内人であることが分かるため、ハロウィーンにちなんだ仮装をして頂きます」
ラニッツは得意満面の顔でそう言い、目の前の五人にそれぞれ視線を送る。
「オジュサさんは『ジャック・オー・ランタン』に、ダクタスさんは『吸血鬼』に、エコニィさんは『化け猫』に、エスヒナさんは『魔女』に、アウレイスさんは『ゾンビ』に、それぞれ衣装はこちらで用意しました」
一番に食いついたのはオジュサだった。
ぴょんぴょんと飛び跳ねながら質問をする。
「ねぇねぇジャック・オー・ランタンって何!? すっごいカッコイイ名前だね!」
ダクタスは良くも悪くもないような、至って無表情である。
「わしは何でも構わんよ。その格好をしとりゃええだけじゃろ」
エコニィとエスヒナは不服を絵に描いたような顔をしている。
「私は仮装なんて嫌なんだけど。剣士じゃだめなの?」
「あたしは包帯ぐるぐる巻きが良いよー!魔女はアウリィに譲るからさ!」
そんな中、おずおずと手を挙げながらアウレイスが小さな声で言った。
「あ、あの・・・ご・・・ごめんなさい。私、その・・・明日から、旅行に・・・」
その場に居る全員が、あぁカルマポリスに行くのか、と思ったが、誰も口にはしなかった。
恐らくは帰国する
「分かりました。ではアウレイス以外の皆さん、とりあえず着替えてみてください」
申し訳なさそうに自宅へ帰るアウレイスを見送ると、ラニッツは皆に試着を促した。
それでもゴネるエスヒナには、好きにしなさいと折れたラニッツ。
しかしエコニィに対しては退かなかった。
「私はエウス村長からこの任を預かったのです。私の指示は村長の指示と思ってください。イベントを成功させて、村長が帰って来られたときに喜んで貰いましょうよ!」
エコニィとてエウス村長のことは尊敬しているし、恩義も感じている。
その名を出されれば、しぶしぶでも従うしか無かった。
「マーウィンさんの仕立てですから間違いないとは思いますが、念のための試着です。何か不具合があれば申し出てくださいね」
各々はそれぞれ着替え用に空けられた部屋で、それぞれのコスチュームに着替えた。
ダクタスは、裏地の赤い黒マントを羽織った吸血鬼。
エスヒナは、どうして包帯を所持していたのか、自分で適当に巻いたミイラ。
オジュサは、大きなカボチャと暗めの生地を被ったジャック・オー・ランタン。
エコニィは、猫耳と尻尾を付けた化け猫。
「皆さん素晴らしい!これでイベントは大成功間違い無しですよ!」
ラニッツは破顔して喜んだ。
これなら都会の観光客にもウケるに違いない。
しかし。
「ねぇ、これ・・・ボクがやる意味あるの・・・?ねぇ、誰でも良いんじゃないの・・・?」
オジュサが絶望に打ちひしがれた声で言う。
確かに彼の言う通り、被りモノが主体であるこの仮装は、中に人が入っている必要性すら危うい代物だ。
特にオジュサは自己顕示欲が強い傾向にある。
正体不明の仮装などモチベーションを維持できるはずが無かった。
「イヒヒヒッ。がおー!たーべちゃーうぞぉー! ありゃりゃ?」
ミイラの何たるかをまるで理解していないであろうエスヒナが両手を挙げてはしゃぐ。
すると適当に巻いただけの包帯がするすると解けてしまった。
この格好のまま動き回られると、とんでもなく破廉恥なことになる気がしてならない。
本人よりも周囲がハラハラしてイベントどころでは無さそうである。
「わしはどうかの?思ったよりも窮屈な格好で・・・イタタタタ」
ダクタスは持病の腰痛に手を当て、曲がった腰で立っている。
さらに吸血鬼のシンボルともいえる鋭いキバが自前の巻角に完全に負けてしまっている。
これでは単にマントを羽織っただけの老人にしか見えない。
「ねぇ・・・こういうのって普通は黒猫なんじゃないの?しかも・・・露出・・・」
鍛えられた肢体にフワフワのファーをあしらった化け猫に扮したエコニィは、不満と言うよりも諦めムードである。
元々は都会出身のエコニィ、ハロウィーンの仮装についても人並みの知識は持っている。
しかし今自分が着せられているような衣装は見たことが無い。
見るのも、着るのも初めてだ。
「さぁ皆さん!観光のお客様をしっかりオモテナシしてあげてくださいね!」
■タミューサ村のハロウィンイベント
【概要】
基本的には夜間、周囲の木々に村人がそれぞれ手作りした様々な色や形のランタンが吊り下げられ、幻想的な灯りが夜を照らす。
決して派手では無いが情緒と風情がこれでもかと溢れている。
イベント期間中は毎晩、村の中心部にある広場で大きな焚火が行われ、夜明けまでその火が消えることは無い。
人々はその火の周囲で歌い、踊り、料理を愉しみ、酒を飲む。
いくつかの屋台も出ており、観光客にとっては破格に安い値段でキスビット料理が楽しめる。
また特別出店として、首都エイ マヨーカでレストランを営む女シェフが提供するタコヤキ屋もある。
何か分からないことがあれば、ヘンテコな仮装をしている村人に尋ねてみよう。
【注意点】
キスビットは大地を信仰するお国柄であり、特にキスビット人でなくとも、国民はそれぞれ『国土』というものに少なからず愛着を持っている。
そのため、唾を吐いたりゴミのポイ捨てなどはご法度である。
キスビットには人型有翼のミーアと呼ばれる鳥人が存在する。
幼児並みの簡単な会話は可能だが、彼女ら(鳥人には基本、メスしか存在しない)は夜目が利かないため夜に遭遇すると、視界が無い状況で錯乱している可能性がある。
迂闊に近付くと鋭い鉤爪で身を裂かれる危険があるので、見掛けたらすぐに村人に報告しよう。
村から出なければ危険は無いが、逆に村の境界を超えるとそこは危険な原生の猛獣の生息エリアかも知れない。
特に、獰猛な性格と攻撃力の高い牙、爪を持つダガライガに遭遇してしまったら命の保証はできない。
大人しく村の中で過ごすことだ。
【祭の特徴】
五穀豊穣を大地に感謝し、日々の飲食を当たり前と思わず、その有り難さを知る、という趣旨があるため、イベントの期間中に飲食するものにはきちんと感謝しよう。
もし、その感謝の気持ちが本物なら、とても良いことが起こるかもしれない。
毎年数人は『去年亡くなった母の手料理と同じ味を味わえた』『本当は食べたいけど体質的に食べられないものが、この日だけ食べられた』など、飲食物に関する素敵な奇跡が報告されている。
さぁ、あなたにも奇跡は舞い降りるかな。