今回の物語を始める前に、本作に関わるキスビットの状態と登場人物の状況について簡単に説明させてください。
まず始めに、ざっくりと上図の流れをご確認ください。
1.種族間の差別意識が極端だった異常社会を問題視したエウスオーファンらが
2.その根本原因を解決する過程で千年前のキスビットへ飛ぶことになり
3.元凶だった邪神を討ち果たすことができたので歴史の改変が起こり
4.意図的に芽生えさせられた過度な差別意識が無い国に生まれ変わった。
という状況です。
現在のキスビット国民は『水色部分の歴史』を歩んでおり、邪神による悪意の影響を受けていない歴史の中で育まれた文化を持っています。
3から4の間には千年の歳月が流れているのです。
しかし、この現状を作るために奮闘した戦士たちは、その歳月を知らぬまま一足飛びに現在へと帰還しました。
要するに、あの冒険に参加したメンバー(下記参照)は水色部分で育まれた歴史や文化、国民性や価値観などを知らないのです。
逆にこのメンバー以外は、度を超えた残酷な差別があったことを知りません。
種族 | 名前 | 特徴 |
---|---|---|
人間 | エウスオーファン | 嗅覚のシックスセンス |
サターニア | ダクタス | |
アスラーン | ラニッツ | 暗雲の生成 |
アルビダ | アウレイス | バッドステータスの吸収 |
精霊 | オジュサ | 土(石なども含む)操作 |
人間 | エコニィ | 大型剣を使う剣士 |
アスラーン | マーウィン | |
アルファ | アルファ(テイチョス) | スーパーロボ |
サターニア | カミューネ | 暗闇から暗闇への空間転移 |
サムサール | エスヒナ | 劣情の目 |
※アルファ=テイチョスであることは、これまでの作中では語られていません。
※エスヒナは過去に同行していませんが、上記メンバーの記憶を共有できています。その理由も未だ語られていません。
今回の話は、特にこのことが重要なストーリーというわけではありませんが、これに言及している部分がありますので補足させて頂きました。
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「村長が私たちに用って、何だと思う?」
緊張の面持ちでエウスオーファン邸に向かうラニッツの顔をひょいと覗き込みながら、エコニィが尋ねた。
「思い当たることなんて、私とあなたの
ラニッツは今まで女性と付き合ったことが無かった。
そもそも恋愛というものから縁遠い生活を送っていた。
だがエコニィと出逢ってからというもの、自分の中で膨れ上がっていく好意は明らかに未経験の感情であり、それを恋だと認識してからは抑え込むことができずにいた。
真剣に悩み、考え、思い詰め、そして堪らず告白をした。
その返事は、意外なほどあっさりとした了承だった。
つい3日ほど前のことである。
「私とあんたが付き合ってるから呼ばれたってこと? なんで?」
エコニィはいかにも不思議そうに問い返すと、人差し指をあごに当てつつラニッツを追い越して先を歩く。
今日はいつもの剣士装備ではなくゆったりとした普段着で、フード付きのラフな上着が彼女に柔らかい印象を与えている。
歩くたびに揺れるポニーテールと、その下に見え隠れする襟足の後れ毛が妙に目につく。
ラニッツは、エコニィが日に日に魅力を増していくように思えてならなかった。
当然ながら物理的にも生物的にもそんなことが起こり得ないことは理解しているが、しかし自分の目に映るエコニィは明らかに以前よりも可愛らしいのである。
「そ、そんなこと私だって分かりませんけど、でも私たちは村の一般人とは違いますし、その、立場と言うか・・・」
ここタミューサ村では、いわゆる『能力者』が不足していた。
他の都市では少なくとも都政、市政を動かす中枢には、魔法や加護や呪詛などの特殊な能力を持つ有能な人物が抱え込まれている。
しかしこの村では一般人、つまり特筆すべき能力を持たない民が大半を占めているのだ。
もちろん現在は戦時ではないし、特殊能力が必須というわけでもない。
だが村の代表として他の都市や外国で行動する場合、その相手が異能を持っていることは少なくない。
その場合、何の能力も持たない者が対応しると交渉が不利益な結果に終わってしまう可能性も否定できない。
最初から相手を疑ってかかるわけではないが、やはり対等な交渉というものは対等な力関係であってこそ成立しやすい、というのも真理である。
そこでタミューサ村では、渉外事案が発生した場合に動く人物がほぼ決まっていた。
まず村長である人間、エウスオーファン。
そしてその妻、アスラーンのマーウィン。
鬼のエビシ、アルビダのアウレイス、サターニアのダクタス、精霊のオジュサ、サムサールのエスヒナ、そしてこの二人である。
「それか、もしかしたら私たちの種族差のことかも知れません・・・アスラーンである私が人間の貴女と交際するなんて・・・」
「ラニッツ、それ本気? だって村長の奥さん、アスラーンじゃない」
現在のキスビットでは、種族を超えた交際は何ら問題にならない。
しかし旧世界ではそれがタブーだったこともあり、ラニッツはそのことを気にしているのだった。
だがエコニィの言うとおり、人間である村長自らが妖怪を妻として迎えているのでそこは問題にならないだろう。
つまり、言われるまでそれに気が回らないほどラニッツが緊張しているということだ。
「ほんと、あんたっていつも真面目だけど、村長に対しては超が付くほどよね。まぁそーゆーところも含めて好きなんだけど」
「なっ! なななな、な、なんですか急にッ!!!」
エコニィが何気なく付け足した言葉に、ラニッツはひどく狼狽した。
恋愛経験が皆無であるラニッツにとって、好意とは静かに心に秘めておくものであり、ここぞというときにやっと言葉にするものだという認識があった。
それなのにエコニィはこの3日間、あまりにもあっけらかんと「好き」だの「愛しい」だのという言葉を自然に普通に紡ぐのだ。
「何って? 何が?」
そしてそれを何とも思っていないエコニィ。
特別に意識してとか、気持ちが抑え切れず言葉として溢れるとか、そういう感じでは無い。
淡々と会話の中に織り交ぜているのだ。
「あのですね、その、貴女はほら、なんと言うか・・・す、す、『好き』とかそういう言葉を、なんと言うか・・・」
「えっ・・・ごめん、嫌だった?」
これまで村のため国のためという共通の目的で死線を潜る共闘関係だった二人。
そして付き合い始めてまだ3日。
お互いに知らない部分の方が遥かに多いのだ。
「いいえ! 決してそんなことは! 嫌なんてことはありません! ただ・・・」
こんな会話をしていると、いつの間にか村長邸の正面扉が目の前に迫っていた。
自然と『続きはまた後で』という雰囲気になる。
ラニッツは咳払いをひとつすると、深呼吸とともに扉を開いた。
「魔獣退治、ですか?」
ラニッツは村長からの依頼を復唱した。
話の内容は、彼が懸念していた交際に関する忠言や勧告では無く、仕事の依頼だった。
「ああ、村の北側の柵を、もう少し広げておこうと思ってな」
特に広大な国土というわけでもないキスビットだが、まだ人口が面積に追い付いていない状態であり、平たく言えば『未開拓エリア』がとても多かった。
代表的な都市は在れど、その領有域は互いに接しておらず、いわゆる『誰も所有していない土地』が依然として大半を占めるのがこの国の現状なのだ。
しかし諸外国との交易や情報交換が進み、ようやくこの国にも『国家としての先進的な意識』というものが芽生え始めている。
それは技術的な発展や知識量の増加というような部分かつ局所的なものではなく、国という組織そのものが成長しようとしていることを意味する。
現状では国土地理に関する明確な定義も、国勢を把握するための戸籍情報の管理も、国家単位では行われていない。
各都市においてそれぞれがバラバラの手法で自治を運営しているに過ぎない。
だが国として成長するということはつまり、そう言った『雑な管理からの脱却』が前提となる。
何年先の話になるのかは分からないが、いずれはそれぞれの自治エリアに国として共通の管理法が施行されるようになり、市民や村民には『国民』としての権利と責務が課せられるようになるはずだ。
そしてそうなれば必ず『地方自治エリアの確定』が行われる。
要するに『ここからここまでがタミューサ村』という明確な定義が取り決められるというわけである。
また、現在のように『誰のものでも無い土地』つまり、所有者が存在しない土地はすべて国有地という扱いになるだろう。
そうなってしまった後では、各都市が領地を拡大しようとした場合、国から土地を買い上げるということになり、経済力で他の都市に劣るこの村が不利になる状況も充分に考えられる。
エウス村長はそれを見越し、未だこの国が黎明期であるうちに、可能な限り村の拡大をしておこうと考えているのだった。
部屋の窓から見える庭で、村長の妻であるマーウィンが洗濯ものを干していた。
その傍では養子であるエオアが、弟のアワキアをあやしながら遊んでいる。
「キスビットはこれからどんどん変わるだろう。それは私や君たちが生きる今この時代だけの話ではなく、あの子たち、そしてその子ども、孫の世代にもずっと続いていく。そのときのために、出来ることをしておこうと思ってね」
ラニッツは正直、村の面積を広げることに疑問を感じていた。
タミューサ村は現在、人口からすれば手に余るほどの広さを有している。
柵を広げたところで満足な開墾はできず『荒れた村はずれ』が拡大していくだけなのだ。
しかも一言で『柵を広げる』と言ってもそれはかなりの重労働であり、危険を伴うものだった。
だがエウス村長の話を聞き、その意図が理解できた今、この任務の重要性をしっかりと胸に刻みつけることができた。
「つまり、魔獣が出没するエリアまで柵を広げると、そういうことですね」
タミューサ村の北部には草原が広がっており、そのまま更に北上を続けるとウーゴ ハック山脈の
その山麓には鬱蒼と木々が生い茂る密林地帯があり、そこには様々な魔獣が生息していた。
本来なら、密林に入り込むような真似さえしなければ魔獣と遭遇する確率は極めて低い。
しかしここ最近は草原エリアでの魔獣目撃情報が多くなっているのだ。
「彼らの
エウスオーファンの『できれば共存したい』という発言に、エコニィは思わず微笑んだ。
図らずも、ふふっと声を出して。
「どうかしたかね?」
「あ、いえ、村長らしいなと思って・・・。相変わらずお優しい」
エコニィのこういう笑顔は、なかなかに珍しい。
別にいつも不機嫌だということでは無いのだが、愛想を振り撒くわけでもない。
サバサバとした、事務的な印象を受ける。
そんな彼女がたまに見せる笑顔が、ラニッツを惹きつけたひとつの要因でもあった。
「もしかしたら魔獣も、何か原因があって密林を追われているのかもしれません。可能であればそのあたりの調査もしてみようと思います。もし原因が解決できれば、いたずらに魔獣と戦わなくて済むかもしれませんから」
任務の内容を把握し、退室したラニッツとエコニィが、庭にいたマーウィンに挨拶をして帰ってゆく。
その背中を窓越しに見送りながら、エウスオーファンの心はとても高揚していた。
過日、キスビット近海で船が沈んだことがあった。
その積み荷の中にはこの国の固有種である猛獣が積み込まれていた。
奇しくも船の沈没によって付近の無人島へ辿り着いたその猛獣は、すぐにその地を自らの縄張りとして島の生態系の頂点に君臨した。
それは当時、その島を有事の際の拠点としていたタミューサ村の人間にとって厄介なこと極まりない事故だった。
背に腹は代えられないということで、エウスオーファンは島の猛獣を退治することになったのだ。
「私らしい? 優しい? いや。それは君らの方さ。魔獣と戦わなくて済む方法、か。そんな発想ができる若者がこの村に居てくれるというだけで、私は果報者だ」
翌日、遠征の準備を終えたラニッツとエコニィは北へ向かって出発した。
交際を始めたとはいえ、二人きりで長時間行動を共にするのは実質的に今回が初めてである。
任務に真剣で忠実なラニッツはどう思っているのか分からないが、少なくともエコニィはこの旅程でお互いのことをもう少し知り合おうと考えていた。
「ねぇ、ラニッツはさ、エウス村長にどんなご恩があるの?」
エコニィがエイ マヨーカから脱都してタミューサ村に来たとき、既に村の幹部的な地位に居たラニッツ。
どのような経緯で彼がこの村に来たのか、それはエコニィの知らないことだった。
「私は、子供の頃に命を助けて頂いたんです。当時のキスビットにはひどい差別があったでしょう? 私も例に漏れずでした」
身寄りの無かったラニッツは、同じアスラーンのよしみでマーウィンが面倒をみていた。
その折り、不運にも人間の標的になってしまい、重傷を負うことになる。
瀕死の重傷を癒すため療養中のところに更なる追い打ちが掛かり、マーウィン共々もはや絶体絶命の窮地、というところをエウスオーファンに救われたのだった。
それはラニッツがまだ5歳くらいの頃で、自分の記憶に周囲からの伝聞を加算して補完されたエピソードであるため、詳細な事実は定かではない。
しかし『エウス村長が命懸けで自分を救ってくれた』という真実は、ラニッツの胸に深く刻まれていた。
「あのとき私を救ってくれたのが、例えば他の妖怪だったなら、きっと私は今ここには居ないでしょう。人間を憎み、忌み嫌う妖怪の一人だったに違いありません。人間である村長が、妖怪や精霊たちと協力して戦ってくれたからこそ、今の私が在るのです」
ラニッツがエウス村長に対して抱く思いは尊敬を越え、崇拝と呼んでも差し支えないほどのものだった。
その理由が聞けて、エコニィは素直に嬉しかった。
しかしふと、ある疑問が浮かんできた。
「ん? でも待って? そのとき5歳だったんでしょ? それが、村長が20歳のときだから、今から36年前・・・えっ!? ラ、ラニッツって、40歳なのッッ!!?」
エコニィは頭の中で計算をし、意外過ぎる答えに辿り着いて驚いた。
少しくらいは年上かもしれない、下手をしたら年下かもしれない、そんな風にラニッツのことを見ていたのだ。
「はい? ええ、今41歳ですけど?」
種族の特徴として、均整のとれた美しい骨格を持つアスラーンには、比較的端正な顔立ちが多い。
確かにどちらかと言えば同年代の人間よりも若く見えるような気もする。
しかし、それにしたって41歳とは・・・。
するとまた別の疑問も湧いてくる。
「え、じゃあちなみにマーウィンさんは?」
これまで特に年齢について話題にしたことなど無かったが、自分の見立てでは30代だろうと踏んでいた。
エウス村長はずいぶん年若い奥さんをもらったな、と思っていたのだ。
しかし5歳のラニッツを親代わりとして面倒見ていたと聞けば少なくとも50代ということになる。
「えぇと、確かあの当時が23歳だったと聞いていますので、現在は59歳かと」
もちろん妖怪にも個人差はあろう。
しかし、改めて種族の差について驚きを隠せないエコニィだった。
今は歴史から消え去った過去、種族差別が横行していた頃、人間だけの単一種族で構成された閉鎖的社会で育ってきたエコニィにしてみれば、他の種族のことを詳しく知る機会は少なかった。
ちなみに、現在のキスビットでは種族間での交流は当たり前となっており、このような種族ごとの違いについても常識的な知識として普及している。
つまり、修復された歴史を歩んできた国民たちは種族ごとの違いを当然のこととして受け入れ、相互に分かり合っている現状がある。
しかしその現状を望み、そのために過去に遡って歴史を修正した当人たちは逆に、現行の常識を知らないという歯痒い状況なのだ。
「あ・・・あの、では私からも、質問を・・・よろしいですか?」
目を泳がせながら、ラニッツが上擦った声で問いかけた。
よほど緊張しているらしい。
「よ、よく考えたら、私、その、エ、エコニィの、歳も・・・知らないので・・・」
ラニッツは自分でもなぜこんなに緊張してしまうのか分からなかった。
とにかくエコニィのこととなると全ての言動がぎこちなくなってしまう。
普段は合理的かつ効率的な思考と分かりやすい解説、
しかしエコニィを前にした彼に、そんなスマートな印象は皆無であった。
「あ、そっか。そうだったわね。あははっ。おっかしいの!」
彼女が声をあげて笑うことは、ずいぶん稀だった。
自分でもそれに気がついたのか、ハッとして小さく咳払いをし、そして言った。
「ごめんね。私たち、本当にお互い何も知らないなって思ったらおかしくてさ。じゃあ改めて自己紹介しよっか? 私はエイ マヨーカ出身の人間、エコニィ。母親は物心ついたときには居なかったから知らないけど、父親が王都正規軍の剣術指南役だったの。それで16歳から軍に徴用されて5年で脱走、現在に至る」
あまりにも大雑把な説明ではあったが、実に彼女らしい自己紹介だ。
「つまり21歳。まさかあんたと20歳も年の差があるなんて思わなかったわ」
一瞬、敬語を使った方が良いのかとも思ったが、今さら口調を変える方が不自然だと判断した。
ずいぶん年上のラニッツに対してだが、敢えて今までと同じよう、飾らず気を遣わない態度の方が、彼にとっても良いと思えた。
「年齢のことはあまり気にしたこともありませんが、そう言われれば確かに、種族ごとの時間感覚にも繋がることですよね。精霊のオジュサなんてああ見えて私より年上ですし。逆に鬼のエビシはまだ16歳です」
「え・・・? オジュサが、ラニッツより・・・?」
何か聞き捨てならないことを聞いたような気がするが、エコニィは強靭な精神力で聞き流した。
この場でそのことについて言及すると、終わりの見えない認識合わせが始まりそうだったからである。
タミューサ村では、キスビットが差別社会だった頃から多種多様な種族が共同生活を送っており、種族間の違いや価値観の差などはある程度共有できていた。
しかし人間至上主義が敷かれた社会で育ち、村に来てまだ日が浅いエコニィにとって、実は人間以外の種族については未だに謎が多いという状況なのだ。
さて、目的のエリアまでは強行すれば1日で行けないことも無かったが、
のんびり、とまでは言わないものの少し余裕のある行程であり、特に急ぎ足ということもなかった二人。
特に疲れの色も見えなかった。
「ここ、良くない?」
川辺で水場が近く、しかし地面は緩くない。
それでいて獣の水飲み場にもなっていない開けた場所は、絶好の野営地となる。
この先に同じ条件の場所があるとも限らない。
予定よりも少し早いが、初日分として充分な距離を移動できたこともあり、二人は野営の準備を始めた。
取り留めの無い会話をしつつの共同作業。
お互いの理解を深め合うのにこれほど適した時間は無い。
やがて空は茜色を徐々に濃くし、そして星の光が目立つようになってきた。
夕食を終えた二人はたくさんの小さな輝きを見上げつつ、ぽつりぽつりと会話を再会する。
「だから、父親の七光で正規軍に所属してるのが、すごく嫌でさ」
エコニィは昔を思い出し、少し自嘲気味に言った。
実力には自信があったが、しかしそれを弱者に向けて振りかざす軍のやり方には疑問を持っていた。
例え敵であれ、研鑽した力と力、技と技を比べての勝負なら結果がどうあれ納得できるはずだが、しかし当時の軍では『弱い者いじめ』しか経験できなかった。
そのうち自分が何のために必死で剣の腕を磨いてきたのか分からなくなった。
「そんなだから私、同期や上官からもすごく疎まれてたのよね」
苦笑しながらエコニィは、ぐぐっと伸びをしたあと「あ~あ」と短くため息をついた。
そしてゆっくりと、横に座るラニッツへ体を預け、その肩に頭を乗せた。
(~~~~~ッッッ!!!!)
首筋にエコニィの髪がふわりと触れる。
まるでゴーレムが地団太を踏んでいるような自分の鼓動が伝わってしまわないか、ラニッツは気が気では無かった。
「あ、あの、明日はいよいよ任務本番ですし、は、早いですが、寝ましょうか!」
そう言うや否やラニッツはすっくと立ち上がり、テントから毛布を1枚取り出した。
「ん? 何してんの?」
「いえ、ですから、もう寝ましょう?」
「うん。それは分かったケド・・・。寝るのはテントで、よね?」
「はい。もちろんテントはエコニィが使ってください」
「え・・・? あんたは?」
「私はここで。火の番も必要ですし」
「はい?」
エコニィはそう言うと、ラニッツの頬を両手でひたっと包んだ。
視線を外せないよう顔を固定されたラニッツは、ジトッとしたエコニィの目から逃げることができない。
「あのね、あんたと私は恋人同士なのよ? わかる?」
「は、はい」
「なんで別々に寝ようとするの?」
「いや、なぜと言われましても・・・」
「あんたも一緒にテントで寝る! 良い!?」
「はいっ!」