エウスオーファンの一日

激動の激闘を経てキスビットから種族差別が消え去り、ルビネルの活躍によってアウレイスが生還を果たしてから数日。

タミューサ村では平和な時間が流れていた。

自室で書きものをしていたエウスオーファンのところに来客があったのは、早朝のことだった。

 

「ねぇねぇエウス村長っ」

 

「やあオジュサ。どうしたんだ?」

 

「あのね、ボクちょっと悩みがあって・・・」

 

「ほう」

 

「この前、みんなでビット神と戦ったときさ」

 

「ふむ」

 

「ボク、何も出来なかったなって・・・」

 

「そんなことは無いぞ。オジュサのお陰で地下空間に逃げ込めたし、ゴーレムを撹乱するための大量の土人形だって造ってくれたじゃないか」

 

「そうだけど・・・ボク、もっと強くなりたいんだ」

 

「今でも充分に強力な加護の能力が備わっていると思うが」

 

「うん・・・でも、自分でも便利だとは思うけど、戦闘向きじゃないよね」

 

「そんなことは無い。もし仮に私がオジュサと一対一サシの勝負をすることになったら、きっと勝てないだろう」

 

「えっ?そんなこと無いよ!村長はすごく強いもん!」

 

「想像してみてくれ。例えば君の土操作は、高硬度の鎧をまとうことだってできるだろ?」

 

「そりゃできるけど」

 

「もし君にそれをされてしまったら、私のダガーは君にダメージを与えることはできない」

 

「そうなの?」

 

「例えば、高く厚く硬い壁で周囲を覆われ、じわじわとその範囲を狭められれば、私は潰れてしまうほか無い」

 

「そ、そんなの考えたことも無かった・・・」

 

「急激に足元に穴を開けられれば落ちてしまうだろうし、その底に槍のように鋭い針が待っていれば確実に致命傷を負うだろう」

 

「うわぁ・・・い、痛そう・・・」

 

「だからオジュサ、君は決して弱くなどない。ただ、優しいだけなのさ」

 

「ボクが、優しい?」

 

「そうだとも。使い方によっては非常に高い攻撃力になる、とてもすごい能力チカラを持っているが、君はそれを『仲間を守るため』に、『生活を便利にするため』に使うだろ?」

 

「そういうのは得意なんだけどね」

 

「私はそれを誇りに思うよ。戦えば相当に強力なその能力チカラを、争いのためでなくみんなのために使えるというのは、なかなかできることじゃない」

 

「そ、そうかな・・・」

 

「そうだとも。だから私は、君にはずっと味方でいて欲しいと思っている」

 

「えっ?」

 

「だってオジュサ、もし君と戦うことになってしまったら、私は絶対に君に勝てないからな」

 

「やめてよ村長!ボクはずっと村長の、この村の味方だよ!みんな大好きだもの!」

 

「例えばの話さ。もちろん、それは分かっている。だからこそ君は私の誇りなんだ」

 

「・・・ありがとう」

 

「なに、礼を言うのはこちらの方さ。で、悩みは解決したかね?」

 

「うん!」

 

「そうか。それは何よりだ」

 

満面の笑みで部屋を出ていったオジュサを見送るエウスオーファンの顔は、優しい微笑みを湛えていた。

それから少し経って、また扉がノックされた。

 

「入りなさい」

 

「朝から申し訳ありません・・・」

 

「なに、気にすることはない。それよりどうしたんだい、エコニィ」

 

「あの・・・私・・・少し悩みがありまして・・・」

 

「ほう」

 

「先日の戦いでのことなのですが」

 

「ふむ」

 

「私、何もできませんでした・・・」

 

「そんなことは無い。多くのゴーレムを引き受け、何体も破壊してくれた。あのビット神にも果敢に斬りかかった。充分過ぎるほど働いてくれたと、私は思っている」

 

「私には、自分の無力さが浮き彫りにされた経験でしかありませんでした・・・」

 

「無力なんてとんでもない勘違いだ。もし仮に私がエコニィと一対一サシの勝負をすることになったら、きっと私は勝てないだろう」

 

「そんな!私なんかがエウス村長に敵うはずありません!」

 

「エコニィ、君はなぜ武器に大剣を選んだのかね?」

 

「えっ・・・それは・・・私が女で、力が弱いからです・・・」

 

「ふむ。普通は逆だと思うが?」

 

「はい。でも、私でも自在に扱える細身の剣や短刀では、エイ マヨーカの正規軍が採用している鎧に、全く通用しなかったんです」

 

「それで、武器自体の重さを攻撃力に転嫁する、今の戦闘法スタイルを習得したと」

 

「はい・・・」

 

「君の筋力では、剣を上段に構えるのがやっとだろう?」

 

「さすがですね。その通りです」

 

「だがそれを起点に始まる君の連続剣撃には目を見張るものがある」

 

「連撃にしないと、充分な斬撃にならないので・・・」

 

「つまり、相手に回避されても弾かれても、重力や相手の力を利用して剣を加速させているということだろう。恐らくは4合か5合の打ち合いで最高速度に達するあの斬撃は、よほどの達人でない限り見切ることはできんだろう」

 

「そ、そんなこと・・・」

 

「私の戦闘法スタイルは知っているね? 相手の意識の隙を突く戦い方だ」

 

「はい」

 

「だが、君自身にいくら意識の隙が生まれたとしても、君の剣は一時も止まらないんだよ」

 

「あ・・・」

 

「気付いたかね。つまり、君が先の先で仕掛けて連撃をスタートさせた時点で私は防戦を強いられることになる。高速回転する大剣の斬撃をそういつまでも捌けるわけも無い」

 

「そう、ですか?」

 

「そうだとも。それにな、私は君を尊敬している」

 

「えっ?」

 

「知っての通り、私の武器はダガーだ。実はね、これは誰にも話したことは無いんだが、若い頃は君のような大剣を振るう戦闘法スタイルに憧れて、ずいぶんと訓練したものだ」

 

「そんなことが」

 

「ああ。しかし、ついに習得はできなかった。それで扱いやすいダガーを選んだわけだ。だが君は違う。自分に足りないものが攻撃力であると自覚し、それを補うために大剣を振るう道を選び、見事にそれを習得している」

 

「そ、そんな・・・」

 

「結果的に、君は鎧を砕くチカラを手に入れた。一方私は、突出した攻撃力を得ることが出来なかった。だからこそ、君を尊敬してるんだよ」

 

「・・・ありがとうございます・・・」

 

「君は君が手に入れた戦闘法スタイルとその技術の高さ、それによって得られる攻撃力、そして何より習得するまでに費やした努力を、もっと誇って良いと思うぞ」

 

「そ、そうですかね・・・」

 

「そうだとも。だから私は、君にはずっと味方で居て欲しいと思っている」

 

「えっ?」

 

「だってそうだろう。もし私がエコニィと戦うなんてことになってみろ。私に勝算など無いのだから」

 

「そんな!私が村長と敵対するなんて、有り得ません!」

 

「尊敬する君にそう言ってもらえると、嬉しいよ」

 

「っ・・・こちらこそ!ありがとうございます!」

 

「ようやく笑顔になったね。ああ、いかんいかん。話が逸れてしまったか。さて、何の話だったかな?」

 

「いえ、もう大丈夫です!お時間を頂いてありがとうございました!」

 

揚々とした様子で部屋を出ていくエコニィ。

その姿を見送るエウスオーファンの顔には優しい頬笑みが浮かんでいる。

しばらく経ってまた、この部屋の扉を叩く者があった。

 

「どうしたんだい?」

 

「少しお話したい事がありまして」

 

「えらく深刻な顔だな、ラニッツ」

 

「ええ。私事で恐縮なのですが、少々思うところがあるのです」

 

「ふむ」

 

「邪神ビットとの戦いに於いて、私はあまりにも無力であったと・・・」

 

「そんなことは無い。君の雷撃があったおかげでエコニィの剣は攻撃力を増しゴーレムを斬り伏せることができたし、生成した黒雲があったればこそカミューネの転移魔法が使えたんじゃないか」

 

「それは、そうですが・・・しかし圧倒的に戦力外でした・・・」

 

「そこを気にするのは実に君らしいな。だが、戦力外というのは表現がおかしい」

 

「と、言いますと?」

 

「あの場面、あの面子、あの状況に於いて、君が行ったことはすべて最善だったと私は考える」

 

「・・・」

 

「もともと君は強力な雷撃を操る能力があって、この村でもその火力はトップクラスだろう。しかしあの場面で君が攻撃にばかり集中してサポートが後手に回っていたら、戦局は敗色に傾いていたと思うが」

 

「・・・そう、でしょうか」

 

「あの壮絶な状況に於いて、君の行動、判断は正しかった。私はな、ラニッツ、能力というものはそれを扱う者の才によってその価値が決まると考えている。その点で言えば、強力な雷撃と黒雲の自在操作という能力、そして何より状況に応じて正しい判断ができる君の才覚は、私も一目置かざるを得ない」

 

「勿体無いお言葉です」

 

「それに、君は強い。私などでは遠く及ばんよ」

 

「そんなことありませんよ!」

 

「いや、どんなに死力を尽くしたところで、私の刃は君には届かんだろう。逆に君の雷撃はいとも簡単に私を撃ち、焼き焦がす」

 

「想像もできません・・・」

 

「例えばラニッツ、君が自分の周囲に高濃度の幕放電を配置したとしたら、私が投擲するダガーは君に届く前に融解してしまうだろうな。それに、私にとって最も恐ろしいのは、ニオイが分からないということさ」

 

「え?」

 

「君が生成する黒雲、あれには何のニオイも無い。つまり私はあれを感知できんということだ。すぐ背後で雲を生成されても気付くことができん。だから君にはずっと味方で居て欲しいと思っているよ。どう足掻いても私は君に、勝てんからな」

 

「何を・・・私はこの命尽きるまでエウス村長の味方です!」

 

「なんとも心強い言葉だ。本当に有り難い」

 

「それは私の言葉です!やはり、村長にお話して良かった!」

 

生気を取り戻した表情で部屋を出ていくラニッツと入れ違いに、エウスオーファンの前に立つ人物が居た。

 

「おや、ダクタスさん。どうしたんだい険しい顔をして」

 

「エウス村長、また若い連中を甘やかしおってからに」

 

「覗き見とはあまり良い趣味とは言えんなぁ」

 

「タイミングじゃわい。わしがここへ来ようと思ったらオジュサに先を越され、出直して来てみればエコニィが、まさかと思ったが次はラニッツ。しかも皆が一様に同じ悩みを相談しに来るとはの」

 

「あの一件は、それほど衝撃的だったということさ」

 

「そりゃわしだって分かっとるよ。ただな村長、お前さんの常套手段な、アレはそう多用せん方が身のためじゃと思うぞ」

 

「はて、何のことだろうか」

 

「トボケんでもええわい。ああやって自分の弱点を相手にさらけ出すことで信用を得る話術は、諸刃の剣じゃ」

 

「と言うと?」

 

「奴らに悪気がなくとも、ついうっかりをどこかで誰かに話してしまうことだってあるかも知れん」

 

「なるほど」

 

「以前よりは随分マシになったこの国も、その実は種族差別が無くなっただけじゃ。都市同士の睨み合いもあるようじゃし、政治的な策謀は無くなっておらん。こんなちっぽけな村とは言え、村長という立場なら寝首を掻こうとする輩もきっと居るぞ」

 

「確かに、そうだな」

 

「じゃから所構わずわざと隙を見せたり弱点を晒したりするのは、止めた方がええと思うがの」

 

「そうか。それはダクタスさん、あんたの言う通りだ。ありがとう」

 

やめい。今度ばかりは、なんと言われようと引退するぞ」

 

「おっと・・・」

 

「わしが聞き耳を立てとるの、もちろん気付いておったよな。それで敢えてあんな話を奴らにしたんじゃろう。それを聞いたわしがこうやって助言することを想定して」

 

「まったく、敵わんなぁダクタスさん。ただ、ひとつ勘違いをしている」

 

「なんじゃ?」

 

「私が彼らに言ったのは、自分の弱点ではなく『エウスオーファンを相手に戦うとしたら』という戦法のひとつを示したに過ぎない」

 

「同じことじゃろ」

 

「いいや、違う。彼らには申し訳ないが、私が言ったのは半分本当で半分嘘だ。この村で私に勝てる者など、本当は居ないんだから」

 

「ほほう。大きく出たな。じゃあオジュサにどうやって勝つ?」

 

「そもそも私の武器が投擲用のダガーだけだと認識させられている時点で、彼らの勝機は薄い。、私は何だって投げられる」

 

「それはそうじゃが・・・」

 

「まずオジュサが硬質岩で身を固めたとしても、必ず呼吸用の穴は必要だろ?そこに針でも撃ち込めば充分に攻撃は可能だ」

 

「なるほど・・・しかし土の壁で圧殺されたらどうする?」

 

「そもそもオジュサの作り出す壁は地面から隆起するように生成される。私なら発動のタイミングに合わせてその場所に行けるさ。壁は私を乗せたまま隆起するだけで、私を取り囲むことはできない。まぁ、彼が惑技フェイントなんかを覚えたら少々厄介かもしれんが、それでも読みやすい思考パターンをしているからな」

 

「ふむ・・・ではエコニィとはどう戦う?」

 

「離れて戦うさ。それだけだ。さっきは接近戦という限定だったが、彼女は自分の間合いの外に居る相手と戦うことをすこぶる苦手としている。大剣を担いでいるおかげで機動力は落ちているし、ヒットアンドアウェイ策ならまず負けんだろう」

 

「よく見とるのぉ・・・。ではラニッツは?」

 

「幕放電は行き場の無い電流の塊みたいなものだ。だから行き場を作ってやればそちらに流れてしまう。間を置かず10本程度の電導体を横一線に投げれば、そちらに向かって落雷するだろう。ラニッツが次の幕を張る前に、ダガーを投げ込むことはそう難しくない」

 

「なるほど。自分で対抗策がある弱点だけを晒しとると、そういうワケか」

 

「その通り」

 

「じゃがひとつ気に入らんことがあるのぉ」

 

「なんだい?」

 

「さっき『この村で自分に勝てる者はおらん』と言ったな」

 

「ああ、言ったよ」

 

「そりゃわしも含めて、じゃな?」

 

「もちろん。こう言っちゃなんだが、さすがにロートルのダクタスさんには負ける気がしないね」

 

「じゃあエウス村長よ、ちょいとそこのダガーをわしに投げてみろ」

 

「いやいや、何を言い出すんだいダクタスさん。そんなことしたって・・・」

 

「御託はええから、早よう投げんかい小僧」

 

「・・・わかった」

 

「・・・来な」

 

「痛ッ!!・・・???」

 

「はっは!!掛かったのう!わっはっはっは!」

 

「まさか・・・」

 

「そうじゃ。そこのダガー、わしが姿を変えておるのよ」

 

「そんな・・・確かになのに!」

 

「それじゃよ。村長はその鼻に頼り過ぎるフシがある。じゃからわしが変えたのは、そのダガーじゃ。つまり投げようとして村長が掴んだのは、刃の方だったと言うわけじゃ」

 

「なるほど。これは一本取られたな。この調子で私のダガーの全て、いや、例えば半分だけを反対にされてしまったら・・・」

 

「どうじゃ、恐れ入ったか」

 

「さすがだよ、ダクタスさん」

 

「っと、その手、すまんかったのぉ」

 

「いやいや、これくらいの傷はどうってことない」

 

「そうか。ま、村長もまだまだということじゃな」

 

「全く以って、その通りだ」

 

「まだまだ若いモンには負け・・・はっ!!!!」

 

「おっと、気付かれてしまったかな」

 

「くそう!村長め!いつもこうやってわしを乗せおってからに!」

 

「でも、まだまだ現役でいけるってこと、証明できたじゃないか」

 

「ぐぅ・・・あっ!さっきのダガー、知っていてワザと引っ掛かったフリをしたのか?」

 

「まさか。そんなことは無いよ。ただ・・・まぁ、対抗策は浮かんだがね」

 

「なに!?どうする!?どうやって破る!?」

 

「引退を撤回したら、教えようか」

 

「ぐぅぅぅー!!村長め良い気になりおって!撤回じゃ!撤回するから教えろ!」

 

「ふっふっふ。じゃあ説明しよう・・・」