父の日の前だけど

「やあ、ずいぶんお困りのようだね?」

 

軽くて薄いと書いて軽薄けいはく

こんなにこの言葉が似合う存在も珍しい。

それほどに軽く、そして薄い声を掛けてきたのは、2年生のフェンネルだった。

 

「ん? キミ、フェンネル君?」

 

困まり顔の褐色美人が視界に入ったので反射的に声を掛けてみたところ、なぜか相手から名前を呼ばれて少々驚いた。

が、そこで硬直するようなタマでは無い。

全ての状況、要因、事象が『女の子を口説くための所作』に自動変換され、それをまるで息をするように自然にこなすのがフェンネル・カルピオーネ・サーディンなのだ。

素早く相手を観察し、リボンの色から3年生であることを察知。

 

先輩あなたを救うため神が遣わした天使ぼくなのに、嗚呼、地上に舞い降りたショックで女神あなたの名前を忘れてしまったらしい。どこかでお会いしましたか? どうか哀れなこの堕天使ぼくに、再会の機会を与えてください。美しい人せんぱい

 

大袈裟で芝居掛かった口上は、言葉としては発せられていない別の意味まで相手に伝えてしまう特殊なものだった。

しかし面と向かって『女神』や『美しい』などと言われて悪い気はしない。

いや、正確には言われていないのだが、なぜかそんな気分になる。

 

「あたしはエスヒナ。直接話したことはないけどさ、キミ、2年生のフェンネル君でしょ? ちょっと有名人だよね。友達が話してるの聞いたことあるよ」

 

元来エスヒナは、男子相手にキャーキャーと黄色い声を上げるような性格では無い。

美的感覚による外見の良し悪しの判断や、人間性に対する憧れや尊敬などの感情については人並みに持っている。

しかしそれが恋愛感情となると別の話になってくる。

クラスメイトたちが繰り広げるガールズトークで同意できるのは『あの人格好良いよね』までで、その先の『彼女いるのかな』とか『私、狙っちゃおうかな』には全く共感できずにいた。

そんな女子同士の他愛無い会話に、このフェンネルが登場することが何度かあった。

 

「ふっ、参ったなぁ。まさか、『美しすぎる』なんて神話うわさじゃないでしょうね? ああ、いや、仮にそうだとしても彼女たちを責めないでください。悪いのは圧倒的に魅力的な僕なのですから」

 

フッとキザな微笑をこぼしながら前髪を掻き上げつつ、ヴェネツィアンマスク越しの流し眼でエスヒナを捉えるフェンネル

そのマスクが最大の特徴であることを、彼は理解しているのだろうか?

『あのマスクの2年生』と言えば学園の生徒ほとんどが「ああ、あいつね」と理解するはずだ。

さて、それでも確かにフェンネルは、エスヒナの友人たちの会話で『顔は美形』『隣に置いとくには良い』『写真だけ欲しい』というような評価を受けていた。

そんなフェンネルを見て、確かに整った綺麗な顔立ちだなと、エスヒナは思った。

たった今目の前で自分に向かってウィンクをした理由は分からないが。

 

「いやぁ、実はね・・・」

 

自分には恋人が居ないのに、養父には彼氏が居ると嘘をついてしまったため、一時的に彼氏役になってくれる男子を探していると説明した。

それを「なるほど」「ワァーオ」などと大袈裟なリアクションを交えつつ最後まで聞いてくれたフェンネル

 

(ん? なんか噂ほど残念な子には思えないけどな?)

 

実はエスヒナの友人たちが下したフェンネルに関する評価には、続きがあった。

『美形』のうしろに『のに』『だけど』が必ず付いた。

『顔は良い、浮気性』『美形、ナルシスト』こんな具合だ。

高い評価と低い評価、その相反する表現を同時に行う場合、後者が優先されることは自明の理である。

『浮気性だけど顔は良い』と言われれば『欠点はあるものの総合的には及第点』になるが、その逆の場合は不合格ということになる。

 

「それではお姫様せんぱい、不肖このフェンネルめが、貴女のナイトカレシを務めさせていただきましょう」

 

「えっっっ!? ほ、本当!? うわぁああ助かるよぉ!!! ・・・っ?」

 

自分が非常識な依頼をしている自覚があるだけに、まさか承諾してくれるとは思っていなかったエスヒナは大歓喜した。

これで義父さんを安心させられる。

そして、喜びの握手をしようとエスヒナが差し出した手を、フェンネルはその場に膝をついて受け取った。

さらにそのまま手の甲に口付けをし、予想外の言葉を続けた。

 

「ですが愛する人マイスウィートエスヒナ先輩、これだけはお伝えしておかねば。純粋無垢ピュアな僕は嘘をつくことができないのです。つまり、を演じることはできません・・・」

 

「へ? ・・・じゃあ、どうするの・・・」

 

「こう、するんですよ?」

 

手へのキスにも少し驚いたエスヒナだが、彼氏役ができないという言葉にはもっと驚いた。

そして、この次のフェンネルの行動にはもっともっと驚かされるのだった。

地面に片膝をついた状態でエスヒナの手を取っていたフェンネルは、言葉と同時にすっくと立ち上がり、その手を引いた。

不意を突かれたエスヒナはよろけるようにフェンネルに倒れかかるも、しかし片手を支えられているので体がくるりと反転する。

その上体を支えるよう、背中から腰にかけて腕を回したフェンネル

気付けばエスヒナは、フェンネルの腕の中にすっぽりと収まっていた。

さらに空いている手でエスヒナの顎をクイッと上げると、顔を近づける。

 

「こうしてしまえば、嘘じゃなくなります、ね?」

 

唇が触れる寸前で接近を止め、にっこりと微笑んだフェンネル

しかしその真意はエスヒナに伝わらない。

されるがままの状態で目をパチクリさせつつ問い返す。

 

「ん? どゆこと?」

 

「あっははは! なんて奥ゆかしいんだ可愛い人マイラバエスヒナ! 恥ずかしがり屋の君にはストレートに伝えた方が良かったかな? つまり彼氏役じゃなく、本物の彼氏になれば良いってことさ」

 

当然と言えば当然のことなのだが、フェンネルの大袈裟な動作とやたら通る声のせいで、二人は異常に目立っていた。

人垣とまではいかないが、周囲には遠巻きに二人を眺める生徒が徐々に増えている。

しかし、そんなことが気にならないほど、エスヒナはただただ感心した。

 

「ほ、本当だね! そっか、そうすれば義父さんに嘘つかなくても良いんだ!」

 

自分が本当の彼氏を作る、つまり、誰かと交際するという手段を、ハナから考えていなかったエスヒナ。

これは正に目からウロコの発想だと思った。

 

「OK。じゃあ今から正式に、彼氏と、彼女だねッ☆」

 

微笑みとともに、語尾から星が飛び出てキラリと輝いた。

ように見えた。

そして気付けばごく自然に敬語を使わなくなっていたフェンネル

衆人環視のもと、一瞬にして成立した男女交際。

朝っぱらからゲリラコントを見せられたような状態の生徒たちは、やがて始業が近いことを思い出し、それぞれの教室へと移動しはじめる。

そう、時は朝の始業直前。

場所は学園の正門。

そんな悪目立ちの極致で行われたセンセーション。

そこに登場したのは生活指導のエルギス先生ション。

 

「おいおいお前たち! 青春するのは構わないが、そろそろ始業のチャイムが鳴るぞ? ほら、教室までダッシュ・・・と言いたいト、コ、ロ、だ、がっ、廊下は走っちゃあいけないなッ! よぅし! 先生と一緒に競歩だ! そぉれっ!!」

 

こうしてエスヒナは、人生初の彼氏をゲットすることになった。

 

 

「聞いたよエスヒナ・・・そんなに切羽詰まってたの・・・?」

 

休み時間。

声をワナワナと震わせながら、涙目のキリコがやってきた。

しかしそんな言葉を掛けられたエスヒナは、何の事だか分かっていない様子。

 

「そりゃあさ、あたしたちは花の女子高生だよ? 青春ド真ん中だよ? あたしだって彼氏の1人や2人は欲しいんだぜ? それにしたってよ、フェンネルに手ぇ出すか!?」

 

「リコちゃん、さすがに彼氏2人はマズいよ~」

 

「そこは流せよっ!」

 

「分かった」

 

「素直かっ!」

 

「あのね、あたし義父さんに『彼氏ぐらい居る』ってタンカ切っちゃってさ、そしたら義父さんが『じゃあ連れてこい』なんて言うから、ホント困ってたんだよ~」

 

「えっ? じゃあ、その・・・当面の代役みたいなものってこと? なんだそれならそうと早く言えよ~もぉ~」

 

あのキリコがツッコミ役に回ってしまうほど、エスヒナに彼氏ができたという状況は彼女にとってショッキングなものだったらしい。

しかし詳しい事情を聞いて、少し安堵した。

 

「うん。でもフェンネル君、役を演じるのは無理だから、本当の彼氏になってくれるんだって。だから、あたし義父さんに嘘つかなくて済んだんだよね。よかった~!ホント大助かりだよ~」

 

「待て待て待てぃ!! それって、やっぱ普通に付き合うってコトじゃないのか!?」

 

安堵は束の間に終わり、またもや慌てるキリコ。

机越しにがっぷり四つ、エスヒナに額を突き合わせ真剣な表情で迫る。

 

「あんたもう結構ウワサになってんだぞ!? 校門でフェンネルと三年女子がッ・・・キ・・・キ・・・キス・・・してたって!」

 

「え? ああ、あれ? やだな~、まだしてないよ? エルギス先生に止められてさぁ」

 

「『マダ』ッ!!!? 何言ってんだエスヒナ! 正気!? まだってことはつまり、い、い、いずれは・・・す、する・・・つもり・・・?」

 

エスヒナを心配しているのか、二人の関係が気になるだけなのか、自分自身でもよく分からなくなってきたキリコ。

しかしハタと自分の使命を思い出した。

 

「あのなエスヒナ、親友として忠告するけど、本当にあのフェンネルだけはやめとけ! 良くない噂しか聞かないから!」

 

心の中で勝手に彼氏居ない同盟を協定していたエスヒナが交際を始めたことよりも、相手が悪いということに心配を向けるキリコ。

その友情は十二分に伝わってはいるものの、エスヒナは実際にフェンネルと対面し、そしてそんなに悪い印象を受けてはいなかった。

 

「ありがとうリコちゃん。来週の日曜日、義父さんに会わせるまでだから、大丈夫だよ」

 

「自分を大事にするんだぞ! マジで!」

 

 

そして放課後。

エスヒナは夕焼けに染まる校門でフェンネルを待っていた。

いつの間にかブラウスの胸ポケットに手紙が入っていたのだ。

恐らく朝のドサクサに紛れての仕業だろうが、なんとも周到だ。

 

『僕たち2人の放課後スウィートタイム出逢った場所アヴァロンで待っていてくれ』

 

ちょっと解読に時間がかかったが、放課後に正門ということだろうと解釈し、こうして待っている。

エスヒナとしては日曜日に家に来てもらうよう、頼まなければならない。

そこにようやくフェンネルがやってきた。

 

「あっ! フェンネルくん! やっほー!」

 

さっきまで普通に歩いていたのに、エスヒナに気付いた瞬間から舞うように移動し始めたフェンネル

 

バッ!

シュンッ!

クルクル・・・

ズザァー!

 

「随分待たせてしまったようだね大切な人エスヒナ。君の胸を焦がす罪な僕を許しておくれ」

 

「ん~大丈夫だよ~。今日は部活も無いし」

 

「つ・ま・り、この後は空いてるってコトだね? 奥ゆかしい君の誘惑の言葉モーション、聡明な僕には伝わっているから安心しなよ。どこか、行きたい場所があるかい?」

 

フェンネル君も暇なの? やった! じゃあちょっと話聞いてくれる? あ、でもあたし今月ちょっとお小遣いキビシイからお店じゃなくて、そこの公園でも良いカナ?」

 

こうして、学園近くにある公園にやってきたフェンネルエスヒナ。

朝はフェンネルの勢いに押されてなし崩し的に展開が進んだが、やはりエスヒナとしてはきちんと事情を説明し、その上で本当に引き受けるかどうかを決めて欲しかったのだ。

 

「でね、義父さんは本当のお父さんじゃないんだけど、あたしを引き取って、ここまで育ててくれたんだ。義母さんが早くに死んじゃったあとも、男手ひとつでさ」

 

「おお、なんという悲運・・・さぁ、涙をお拭き?」

 

フェンネルが差し出したハンカチを受け取ってはみたものの、特に使い道が分からず、持ったまま話を続けるエスヒナ。

別に涙など微塵も出ていない。

 

「あたしは実はまだ付き合うとか彼氏とか、よく分かんないんだ。でも、それで義父さんが安心するんだったらって思ってね。 ほら、次の日曜日って父の日じゃん?」

 

「ブラァッヴァ! なんて心優しいんだエスヒナ! 君の気持ちはよぉっく理解した。つまり、男性パートナーとして完璧パーフェクトなこの僕を交際相手フェアンセにすることで父君の心に巣食う将来への不安を取り除こうと、そういうワケだね?」

 

「? うん、まぁ、そーゆーコト・・・かな?」

 

難しいことはよく分からなかったエスヒナだが、世話になっている養父を安心させたいという趣旨が伝わったようなので、ひとまず胸を撫でおろした。

 

「で、僕たちはいつから付き合っている設定なんだい?」

 

しかしフェンネルの言葉に、エスヒナは狼狽せざるを得なかった。

そうなのだ。

仮にも付き合っているということになるのだから、それなりの『設定』を用意し、お互いにそれを『暗記』しつつ、当日の養父からの何気無い質問にサラリと回答できなければならない。

確かにあのとき自分が勢いでついてしまった嘘は、『いつから』などという詳細は語っていなかったが、それでも昨日今日というような短い期間というニュアンスでも無かった。

 

「実は・・・あたしホントにさ、付き合ったコトとか無いし、そーゆーのに疎いから、どういう風にするのが良いのか分かんないんだよ。アハハ・・・」

 

「つまり、そういう意味でも、愛の伝道師ラブエキスパートたる僕を選んで正解だったというワケだね。大丈夫、時間はあるさ。今から決める設定に追いつくよう、仲を深めようじゃないか」

 

そう言いながら、ブランコに座るエスヒナの顎に手を伸ばしたフェンネル

朝の続きと言わんばかりにスッと顔を近づける。

特に逃げる素振りも無いエスヒナ。

マジでキスする5秒前。

 

「あ゛ーーーーーーーッ!!!!!」

 

キリコが乱入してきた。

グッジョブ。

 

「待てゴルァーッ! 何やってんだこんなトコロでッッ!!!」

 

「あー! りこちゃ~ん!」

 

「おやおや、また僕のファンが1人嫉妬に駆られて・・・嗚呼、知らず知らずに恋を振り撒く僕を許しておくれ。大丈夫、愛の器キャパには自信がある僕だから、2人まとめて愛しアッッ!!!

 

エスヒナ! 大丈夫!?」

 

「私は大丈夫だけどたぶんフェンネル君が大丈夫じゃないよね?」

 

 

こうして、卑劣に迫る悪魔の手から親友の純潔を守ったキリコ。

親友のピンチに駆け付け鉄拳制裁も辞さない勇猛果敢なキリコ。

決して自分より先に彼氏を作ったことに嫉妬はしてないキリコ。

ホントだよ?本当に心配だっただけだよ?だから来たよキリコ」

 

「ねぇ、今ナレーションが途中からリコちゃんの声に変わったよね!?」

 

「そ、そう? 気付かなかったけど? あ、そんなことはどうでもいいんだ! あのなエスヒナ、コレだけはしっかり肝に銘じとけ!」

 

「う、うん?」

 

「空気も読まず段階も踏まずいきなりキスしようとする男にロクな奴ぁ居ねぇ!!!」

 

「分かった。覚えたっ」

 

「それにな、義父おやじさんだって、嘘をつき通されるより、素直に打ち明けられた方が絶対嬉しいはずだろ?」

 

「・・・そう、だね。うん。そうだね!」

 

 

結局、エスヒナに彼氏(?)が居たのはたったの半日程度だった。

しかも本人に自覚無し。

 

一方、キリコによる会心ツウコンの一撃をお見舞いされたフェンネル必要以上ドラマティカルに吹き飛び無駄ゴージャスに転がり、学園正面の道路で為す術なくラグジュアリーに大の字を描いていた。

それを遠巻きに眺める生徒たち。

「あれ、あのマスクって・・・」「さっき三年の女子とあっちに・・・」「今朝正門で派手な・・・」

口々にヒソヒソと話す声は次第に広がり、やがてまた人だかりができてきた。

下校時刻の学校前、こうならない方がおかしい。

そこへ、エスヒナに渇を入れたキリコが帰ってきた。

 

「あぁ~、今日は軽くシャドーだけして帰・・・ん?」

 

見れば、さっきブッ飛ばしたフェンネルを中心に人が集まっている。

 

(え? ちょ、マジか!? し、死んだ!?)

 

ちょっと本気で焦ったキリコは、さすがに前科者にはなりたくないとフェンネルに近付いた。

まずは生死を確認せねばならない。

証拠隠滅やアリバイ工作はとりあえず後だ。

そのとき、ヴェネツィアンマスクの奥でキラリと瞳が輝いた。

ガバッと起き上がるフェンネル

そして。

 

「戻ってきてくれたんだねキリコ! 嫉妬させてごめんよ! もう一人にさせない・・・あぁ、君に会えて僕は本当に幸せ者だ・・・さぁ、恥ずかしがらずに僕の胸へ飛び込んでおいで、可愛い女マイエンジェルキリコ!」

 

キリコはフェンネルの胸に飛び込んだ。

いや、正確には、キリコだ。

あと、正確には、フェンネルだ。

それと、正確には飛び込んだではなく

 

フェンネルの芝居がかった大袈裟な身振り手振りとセリフ、そしてキリコの容赦無い攻撃、物理的に不可能と思えるような放物線、星になったフェンネル

これらの要素は、周囲の学生たちがこの事態をフィクションと解釈するに充分な出来事だった。

彼らは口々に「あ、もしかしてこれ、劇の練習か何か?」「なんだよ、部活?人騒がせな」「じゃあ朝のアレもか?」「そりゃそうだろうよ」と囁き、そして解散した。

 

本当に星がきらめく夜空を見上げながら、フェンネルは校舎の屋上で目を覚ました。

 

「ふふふっ。照れ隠しが暴力的なトコロは玉にきずだけど、そこがまた可愛らしいトコチャームポイントでもある。ああ、どうして僕はこうもごうが深いんだろう!? 全ての女性に等しく愛を捧げようとしているのに、彼女たちは神に愛されたデラックスな僕に可愛い嫉妬を向ける・・・許しておくれよ世界中の女性達マイラヴァーズ!」

 

どこまでもキモい独白が、夜空に吸い込まれた。

 

同時刻。

 

「あぁあ~、今日もよぉっく働いたぜぇ~っと・・・?」

 

焼肉ゲンゴロウの営業時間が終わり、明日の仕込みを終えた池田いけだ源志郎げんしろうは、店の二階の我が家に帰ってきた。

普段なら自分の部屋に居ることが多いエスヒナが、なぜか居間で正座をしている。

 

「義父さんっゴメン!」

 

からの土下座。

 

「・・・おう、分かった。まず頭ァ上げな」

 

「うん・・・」

 

「で、どうした? 何か壊したか? 人様に迷惑かけたか?」

 

マスクと鼻骨が壊れ・・・

 

「あ? なんだって?」

 

「な、何でも無い! あのねっ、あの・・・こないだ、あたし・・・」

 

「おう」

 

「か、彼氏いるよって、言ったの、覚えてる?」

 

「おお。今度連れてくンだろ?」

 

「あれさ、嘘なんだ・・・ゴメン!」

 

「だろうよ?」

 

「へぇっ?」

 

源志郎の意外な返答に、素っ頓狂な声を上げたエスヒナ。

 

「し、知ってたの?」

 

「当ったりめぇよ。良いかヒナ坊、女ってなぁな? 色恋に目覚めたときから、そりゃあもう顔つきから何から全っ部ガラッと変わるモンなんだ。それがお前ェさんと来たら、何ひとつ変わらずじゃねぇか」

 

「うぐぐ・・・」

 

「まぁしかし、俺らオイラぁ安心したぜ。よく正直に言ったな! 適当に誤魔化すためにどっかの馬の骨でも連れてきやしねぇかと思ってたが、考え過ぎだったか!」

 

「ギクッ(リコちゃんありがとぉぉぉッッッ!!!)」

 

「ま、焦るこたぁねぇよ。その正直さがあれば、いつかどっかの誰かが貰ってくれらぁな」

 

「義父さん・・・義父さ・・・ん・・・? ちょっと義父さんッッ!!?」

 

源志郎の親心に触れ、はからずも感動の涙に瞳を潤ませたエスヒナだったが、その視界にふと、源志郎が腰に巻いている前掛けが映った。

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「えっ!? 何で!? ソレ、何で着けてるの!!?」

 

「おうっ! ありがとうなヒナ坊! コレ、くれんだろ?」

 

「そうだけど! だってソレ父の日用に・・・まぁた勝手にあたしの荷物開けたんでしょ!」

 

俺らオイラんちにある物を俺らオイラが開けて何が悪りィんでい!」

 

「年頃の女の子のもの勝手に触るってどういうことよ!」

 

「年頃の女の子ぉ? そーゆー物言いは恋人の一人や二人作ってから言うこったな!」

 

ぐぬぬぅー! 義父さんの馬鹿ぁー!!」