ガチャ。
「と・・・とりっ・・・
ノックされたからドアを開けた。
恐らくはお菓子目当ての子供だろうとタカをくくって、開けた。
だが視界に飛び込んできたのは、明らかに大人サイズの布オバケだった。
「その声は、アウレイス?」
半分以上の呆れを含んだ声で、エコニィは訪ねた。
白い布がモゾモゾと動き懸命にオバケを演じている、ように見える。
だが残念なことに迫力も無ければ、子供らしい愛らしさも無い。
「・・・はい。私です・・・すみません・・・」
布の中から今にも泣き出しそうなか細い声が聞こえてきた。
あまりにも可哀相に思ったエコニィは、子供用に用意していたお菓子を渡すことにした。
「あっ・・・ありがとうございますっ!!」
布ごしに持っているカゴの中には何も入っておらず、今エコニィが入れてやった分が最初のひとつ目であった。
この調子で村中を回るつもりなんだろうか。
しかし、よっぽど迷惑や危険が無い限り、他人の行動に干渉しない考えのエコニィは放っておくことにした。
フラフラと、ヨテヨテと、ゆらゆら進む白い布オバケのアウレイスが小さくなってゆく。
「でも、あの子がこんなこと進んでやるかな?」
少しだけ疑問に思ったエコニィは手早く身支度を整え、家を出た。
ガチャ。
「ふあぁぁ!と、とととっ、
扉を開けると、目の前に白い大きな布を被ったアウレイスが居た。
いや、姿が見えたわけではないが、声も口調も明らかに彼女のものだ。
なるほどハロウィンの仮装と言うことか。
しかし良い大人がこんな真似を。
「のうアウレイスや、わしはお菓子をやるのが惜しいわけではないぞ?」
ダクタスは玄関に用意していたお菓子を手に取り、アウレイスが手に持つカゴに入れてやりながら、諭すように言った。
「ただ、これは子供たちのために用意しておいたものじゃ。お前さんはもう立派な大人なんじゃから、こういう真似は今年で最後にした方がええの」
孫と言っても差し支えないほどの年齢差があるので、ダクタスから見ればアウレイスはまだまだ危なっかしい子供のような存在である。
だがそれを理由に過保護にしてはいけないということを、ダクタスは日頃から自身に言い聞かせていた。
でないとつい甘さが出てしまうからだ。
「は・・・はい・・・ごめんなさい・・・。あっ・・・ありが、ありがとう・・・ございました」
絞り出すようなか弱い声で礼を言うと、アウレイスはひょこひょこと去って行く。
あまりにも弱々しい声だったので、ダクタスは罪悪感を覚えてしまった。
「ハロウィンが子供だけのものというのは、わしの思い込みかも知れんな」
ダクタスは壁に掛けておいた外套を身に纏い、家を出た。
ガチャ。
「ん・・・うあ・・・とりっくぉああぁぁぁ・・・と、とりぃぃとっ・・・」
目の前に現れた等身大の白い布オバケの中からアウレイスの声がする。
布の中でモゾモゾと動いているのか、確かに動きだけ見れば不気味なオバケのようである。
しかしアウレイスの声には迫力というものが無さ過ぎる。
どうにか恐怖感を演出しようと頑張ったのだろうが、単に上擦っているようにしか聞こえない。
「えっと、その声はアウレイスですね?よくできた仮装じゃないですか」
ラニッツは精一杯のお世辞を、満面の笑顔で言った。
彼は、本人が努力しているのに対して批判的なことなど言える性格では無い。
「はい、どうぞ。頑張ってくださいね」
準備していたお菓子を速やかにカゴへ入れるラニッツ。
まさかアウレイスが来るなど思ってもみなかったことだが、その動揺を彼女に悟られてはいけない。
さり気ない所作でスムーズに応じることが必定。
そんなラニッツの思いやりが届いたのか、アウレイスは彼の不審に全く気付いていない様子で、最初と同じくオバケになりきった声で礼を述べる。
「ひぃぃあっあっありが、と・・・ござい・・・ます・・・」
そして不気味なゆらゆらとした動きで去って行った。
その背中を見ていると、なんだか不安が大きくなってくる。
「村のみなさんはちゃんとアウレイスにお菓子をあげるでしょうか・・・」
忙しなく身支度を整え、ラニッツは家を出た。
ガチャ。
「あっやぁ・・・ちょっ・・・とりっくっ、
少し見上げるくらいの大きさの白い布オバケがワサワサと動いている。
その中からはアウレイスの声が聞こえるが、どうにも様子がおかしい。
しかし、今はそれどころではないのだ。
「ごめんねアウレイス。ボク、これから皆の家を回らなきゃいけないから」
そういうと、自作の土製のキバとツメを装着して仮装したオジュサは家を出て行った。
オジュサもまた家々を回りお菓子を収集せねばならないのだ。
駆けてゆく背中を恨めしそうに見詰めていた布オバケが、不意にビクンと動いた。
「あぁ・・・ああ、お菓子を・・・あっ・・・?・・・ちょ、は、激し・・・ぃああああぁぁっっ」
「うふふふ、残念だっだわねアウリィ。ほら、早く次の家に行きましょう?」
布の中から何やら聞きなれた声が。
どうやら、このオバケは
「ほら、お菓子を5つ集めるまでって約束よ」
「で、でも・・・もう私・・・」
「なぁに?こんな簡単な約束も守れないの?」
「うあっ・・・ご、ごめ・・・ひぃぃぃぃッッ」
「可愛いわアウリィ。ほら、次はあの家よ」
「は、はい・・・」
ガチャ。
「と、とりっく・・・」
「
開いた扉の中から出てきたのは全身に包帯を巻いたエスヒナだった。
両手を上に挙げ、がおーと言っている。
「こうやってお菓子を貰うんでしょ?あたしの仮装、どう?」
そう言いながらエスヒナは、布オバケが持つカゴからお菓子を取り上げた。
キラキラと瞳を輝かせながらそれらを見詰めるエスヒナ。
「こんなにくれるの!?うわぁー!ありがとう!これ、中はアウリィだよね?さっすが親友!やったぁー!夜食だぁー!」
バタン。
どうやらエスヒナは、お菓子を貰いに回るのではなく、回って来た者からお菓子を貰うイベントだと勘違いをしているらしかった。
怒涛の展開に何も言えないまま扉を閉められてしまったアウレイス。
「あ、あの・・・お菓子、あああぁぁぁぁああっっ!!!」
「あらあら、振り出しに戻っちゃったわね。私はその方が楽しいけど」
ビクンビクンと動きながら白い布オバケは去っていく。
せっかく貰ったお菓子を全て奪われ、次はどこに向かうのか。
ガチャ。
「やっぱ全部貰うのは悪いや。って、あれ?アウリィ?」
エスヒナは包帯ぐるぐる巻きのまま、お菓子を持って出て行った。
ガチャ。
「まぁまぁ、今度はエスヒナ?」
扉を開けて出てきたのはマーウィンだった。
ここは村長邸、エウスオーファンの自宅である。
アウレイスの身に何かあったのかと懸念しているエコニィ。
アウレイスにきつく言いすぎた事を悔やんでいるダクタス。
アウレイスが皆にお菓子を貰えるか心配していたラニッツ。
アウレイスを無視して自分がお菓子を貰いに来たオジュサ。
アウレイスから奪い取ったお菓子を返そうとするエスヒナ。
その全員が、エウス村長宅へ集まってしまった。
「お前たちが彼女を心配しているのは分かった」
エウス村長は一呼吸置いて、続けた。
「だが、今夜のアウレイスはそっとしておいてやってくれ。と言うか、触れるな。人にはそれぞれ・・・」
コンコンコン。
「・・・しまった・・・気付くのが遅かった・・・」
エウス村長の話はノックの音によって遮られ、それに気付いたエウスを苦虫を噛み潰したような表情になった。
アウレイスがこの家に向かっていることは、ニオイで分かっていた。
しかし徒歩ならもっと時間が掛かるはずだった。
こんなに早く着くはずがない。
そう、
「みんな、二階へあがっていなさい」
村長にそう言われ、皆はそれに従った。
二階だったら大部屋があったよね、というオジュサの言葉に、じゃあみんなでゲームやろう!とエスヒナが応えた。
わいわい言いながら階段を上がる一団を見送ると、エウスはマーウィンにも言った。
「君も、二階へ行っていてくれないか」
「お気遣いなく。大丈夫ですよ。あの子が来てるんでしょう?」
「気付いていたのか?」
「あなたの反応でね。私から言いましょうか?」
「・・・それは非常に有り難い」
「ですよね。男のあなたでは、ちょっと立ち入りにくいものね」
「助かる」
扉の外では、白い布オバケのアウレイスが身をよじりながら、二度目のノックをするところだった。
しかし、その手は扉を叩かない。
(しまった、気付かれた・・・。ここは潔く退散が上策ね)
「アウリィ、よく頑張ったわ。今夜はここまでにしましょう。さぁ、帰るわよ」
「え?ちょっと、え?・・・わっ!きゃあっ!!!」
「あっ!だめ!下から見えちゃうっっっ!!!」
「そんなに遅くないわ、私のペンは」
そう言うや否や、バサバサと音を立てて白い布の塊は夜空へ消えて行った。
と、扉の前で次のノックを待っているマーウィンの耳に叫び声が飛びこんだ。
「ぎゃー!!!」
「窓!窓の外!!」
「白いお化けが!!」
「と、飛んでっ!!」
我先にと階段を降りてくる面々。
不思議顔のマーウィン。
苦笑いしかないエウス村長。