「おい!待てよチャイ!どこに行く気だッ!?」
慌てて走り出したチャイの腕をジャミコが掴む。
「あの女のことだ、何かの罠かも知れんぞ」
マシュカーが険しい目つきで苦言を呈する。
しかし。
「女のピンチに駆け付けられない奴を男って呼べるか? それに、罠なら罠で結構。彼女が無事ってことだろ? 良い女には何度騙されたって構やしねぇのさ」
「だが、フォヌアの奴がどこに居るのかなんて分からねぇだろ?」
至極もっともなことを言うジャミコに対し、チャイは余裕の表情を作った。
自分の腕を掴んでいる手をゆっくりと解きながら説明する。
「あの盗聴器で音声を拾える距離、雑音の入り具合、声の反響、ヒントはいっぱいあったぜ?」
そう言いながらチャイは上着の内ポケットから街の地図を取り出した。
現在地を素早く確認し、人差し指で示す。
「雑音と声の響き具合からすると場所は金属製の壁に覆われた地下室。盗聴器の有効距離はこの範囲だが、場所が地下ってことを考えるとこのあたりまで絞られる、だろ?」
得意気な、というよりは悪戯っぽいと言った方がしっくりくるような顔で言うチャイ。
「この辺りでそんな地下室がありそうなのは・・・ここしかない」
チャイが指し示す地図上には『機械工学の権威 バミ博士研究所跡地』と記載されていた。
確かこの場所はアルファ開発の資料館兼博物館として一般開放されているはずだ。
しかしそれは地上部分の話。
工学博士であれば秘密の地下室くらい造っていてもおかしくない、かもしれない。
「憶測の域を出ん話だが、しかしお前の勘は良く当たる。間違いないだろう」
やれやれと言った様子でマシュカーが口を開く。
こういうチャイの能力に関して、マシュカーは素直に尊敬してはいるのだ。
しかしそれが稼業である盗みに対してではなく、フォヌアの元へ駆け付けるためだというのが納得できない。
「だが、行ったところでまた騙されて振り回されるのがオチだ。それでも行くのか?」
半ば以上、返答の内容が予測できる質問を敢えてしているマシュカー。
ジャミコもチャイの答えを待つ。
「それを確かめに行くのさ。なにせ俺も『俺が騙される方』に
無邪気なウィンクをパチリときめ、チャイは颯爽と駆け出した。
ふんっと鼻息ひとつで気分を切り替え、ジャミコとマシュカーが後を追う。
今までもそうだった。
これからもそうだろう。
チャイがこうと決めたことが、他人の意見で覆ることなど無いのだ。
「ねぇ警部さんっ、あなた、何で私のお金を盗ったのがチャイだと思うわけ?」
別宅への案内を兼ねてケサーナに同行するイオンに、無理やりついて来てしまったコマ。
いつもなら用事が済んだと見るや否やすぐ自室に引きこもってしまうところだが、今日は目の輝きが違う。
「これはあくまでも私見ですが、チャイは何らかの理由で多額の現金が必要になり、手当たり次第に盗んでいたのではないかと。ここ数件の手口が、奴にしては少々雑でしてな。それで、もし焦って金をかき集めていたのなら、あなたの件ももしかして・・・と推測したのです」
答えに行き当たるまでの論理的道筋はケサーナ自身にも不明瞭だが、しかしなぜかチャイに関する勘には絶大な自信があった。
「なるほど。じゃあ焦ってるチャイが何か証拠を残してるかもってことね?」
それだけ言うとコマは一気に別宅へと駆け出した。
普段の緩慢な動作からは全く想像できないほど俊敏な走りで、すぐにその背中は見えなくなってしまった。
「いつも、こうなのですか?」
「いえ・・・いつもはもっと・・・ああ、お恥ずかしい限りです」
マイペース過ぎるコマの振舞いに呆れたケサーナが問い掛ると、イオンは溜め息と悲壮感たっぷりの声で返事をした。
いつもはもっと怠惰なクズです、などと言えるはずもない。
二人が別宅に到着したとき、すでにコマは盗難被害に遭った金庫室の中に居た。
そしてほぼ空になっている部屋の中央で胡坐をかいて座っている。
「ん~・・・」
あごに手を当て眉間にしわを寄せ、思考の糸を編んでは解き、解いては編んでいる。
「ご案内感謝致します。ではお屋敷内を調べさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ。お願いします。私はお嬢様とこの部屋に居ますので、何かあればお声掛けください」
ケサーナは盗難された現金があった部屋よりもむしろ、侵入と逃走の経路を割り出して調査する気でいる。
建造物への出入りの手口が判れば、チャイの仕業であるという確証を得られるというものだ。
「ねぇイオン、ここにあったお金ってどのくらいなの?」
唐突にコマが尋ねた。
イオンは呆れと諦めを存分に盛り込んだ表情で返す。
「ですから、3億セオンだとあれほど・・・」
「ちがうのっ!どれくらいの量かってこと!」
イオンの返答を途中で遮ったコマは、ずいっと顔を近付けてまくしたてる。
「3億セオンってどのくらいの大きさ? 重さは? 一人で運べる? ここに3億セオンあったの、チャイは知ってたと思う?」
「お、お嬢様っ・・・近いです!」
イオンはコマの肩に手を当ててグイと押し戻すと、咳払いをした。
そして調度品のひとつである木製のトレジャーケースを指し示す。
「先日たまたま計測していて良かった。あの箱にきっちり紙幣を詰め込むと、ちょうど5,000万セオンになります。重さで言えばだいたいお嬢様の半分ほどです。3億なら6箱分、つまりお嬢様3人分ということになります。恐らく重量級の鬼ならば持ち上げて運ぶことも可能でしょうが、普通の人間や妖怪には一度で運ぶことはできないでしょう。そして、ここに現金がどれだけ在ったのかを知っていたのは、この世界中で私だた一人です。チャイだろうが誰だろうが、事前に知ることは無かったと思いますよ」
問われた内容にきっちりと応えるイオンの回答に、黙って頷くコマ。
「つまり、チャイはここにどれくらいの現金が在るか分からずに侵入した。そして、結果的に3億セオンを盗み出した・・・。ねぇイオン、お金の他にこの部屋から無くなってる物、無い?」
「はて、私も点在する全ての別宅の全物品までは把握しきれておりませんが、しかし先月たまたまこの部屋を撮影した写真があります。撮っておいて良かった。この写真と現状を見比べてみましょう」
「それからイオン、なんで私の体重を知ってるの?」
「主の健康を管理するため、身体情報を収集するのは執事の務めですから」
「ふーん。キモッ」
手ひどい言葉の弾丸に被弾した胸を押さえて崩れ落ちるイオン。
それを無視して写真を受け取りながら、コマは現状との間違い探しを始めた。