ここは、キスビット国の南西部に位置する都市、ラッシュ ア キキ。
この街は人口のほぼすべてをアスラーンが占めている。
町のお食事処。
食堂の天井付近には大きめのモニタが設置され、ニュース番組が流れている。
誰でも気軽に入れる、というわけでは無い。
ICチップ入りのメンバーズカードを客が入口の認証機器にかざし、登録済みの暗証番号を入力しなければ扉は開かない。
この店が特別というわけではなく、この街ではよくあることだが。
『続いてのニュースです。ラッシュ ア キキ最古の美術館である【ハーレイハビサ美術館】に展示されていた美術品【ミーアの翼】が盗まれました』
ニュースを読み上げるキャスターは朗々と事件について語っていく。
食堂内には3人の客の姿が見えるが、誰も画面を見てはいない。
かといって会話があるわけでもなく、テレビ放送を除けば厨房から聞こえる調理中の音が少し聞こえてくるくらいだ。
『この件に関して警察当局は詳細を明かしておらず、我々取材陣からの質問にも無回答を貫いております。【ミーアの翼】は我々ラッシュ ア キキ市民にとって心の拠り所と言っても過言では無い存在です。一日も早く、無事に奪還されることを期待する声が高まっています。続いては明日の天気です・・・』
店員が厨房からメニューを持ってきた。
無言で、一人の客の机にトレイを置く。
しかしそのトレイに乗っているものは、とても食べ物には見えない代物だった。
「心の拠り所、か。好き放題に言ってくれるぜ・・・」
自分の目の前に置かれたそれをしげしげと眺めながら、その客は厭味たっぷりの声を漏らした。
「そんな風に言えるのは、お前さんだけさ」
笑い声混じりに、店員が客に言った。
肩をすくめ首をかしげながら、軽薄そうな物言いだ。
「そりゃそうだな。ほら、約束の金だ」
「まいどありっ」
客は足元のカバンを机の上にドサッと置いた。
店員は無造作にそのカバンを開けると、中身を確認する。
「はいはい確かに5,000万セオン、頂戴いたしましたっと」
この国、キスビットにおける一世帯の平均年収が500~600万セオンであることから考えれば、かなりの大金と言える。
客は金を渡し、品物を受け取ると、そのまま店を出て行った。
「良いのか、今回の仕事は結構骨が折れたぜ?・・・たった5,000万ぽっちじゃ割に合わないんじゃないのか?」
客の一人が店員に声を掛けた。
なんとその客は、手に拳銃を持っている。
いつ取り出したのか分からないが、とにかく先程までは拳銃など持っていなかったように見えた。
しかしそれを意にも介さず、店員は返答をする。
「まぁそう言うなってジャミコ。あいつぁ俺の同級生でね、お友達価格ってやつさ」
ジャミコと呼ばれた男は拳銃をカチャカチャといじりながら「ふん」と気の無い声を返した。
名 前【
銃愛好家 のジャミコ】種 族【サターニア】
性 別【アニキ】
一人称【俺】
性 格【ハードボイルドになりきれない】
呪 詛【『強化』を弾丸に変えて拳銃で放つ、
活性弾の射手 。拳銃本体も、その弾丸も、呪詛の能力によって発現しているため、出し入れが自由。またサイズやデザインも射撃シーンによって様々である。近距離では拳銃、遠距離ならライフルといった具合だ。弾丸になる『強化』の素は自分自身の元気や活力といった生命力であり、あまり撃ち過ぎると体調が悪くなったりする。限界を超えて活性弾を撃ち続けると死んでしまう】
「しかしチャイよ、その同級生とやら、本当に信用できるのか?」
もう一人の客、腰に剣を携えた男が店員に話し掛ける。
どうやらこの店員はチャイという名らしい。
名 前【怪盗チャイ】
種 族【精霊】
性 別【お兄サン】
一人称【俺】
性 格【軽薄そうに見えて底が知れない】
加 護【窃盗の神『
Hermēs 』を信仰しており、万能と言って差し支えない能力を持つ。しかし『何かを盗む』という目的でしか発動せず、また日常的に何かを盗み続けていないと不信仰と見做されて加護の効果が薄れてしまう。5日も盗まずにいれば加護は消え去り、ただの一般人になってしまう。ただしその状態でも泥棒稼業を果たせば、また加護の力は戻ってくる。盗んだものの難易度や価値によって加護の力も増減する。駄菓子屋で万引きなどを繰り返せば、セコイ能力しか発動できなくなるというわけだ。一度ターゲットに設定した対象を盗めずに終わった場合、その対象を盗むために使った能力の分だけ昏睡状態となる】
先ほどの客が置いて行ったカバンの現金を片刃の剣でつつく男に、チャイは軽薄な口調で返す。
「おいマシュカー。このチャイ様の同級生を疑おうってのか?」
そう言いながら、チャイは目の前の二人に手で合図を送る。
剣を持つ男はマシュカーと呼ばれた。
名 前【
縁斬 りのマシュカー】種 族【アスラーン】
性 別【
侠 】一人称【場合によって変わる】
性 格【臆病で猜疑心が強いが仲間への信は厚い】
呪 詛【物と物との関係を断ち切る、
因果を斬る者 。この世に存在する全ての因果関係を斬ることができる剣を持つ。ただし、断ち切る因果と同等の『何かとの関係』を自分が負わなければならない。例えば重病患者から病巣を切り取ることができ、患者を完治させることはできるが、その病気と同程度の重病を自分が患うことになる。敵と重力との関係を断ち切れば、相手は地面に立てなくなるが、同時に自分にかかる重力が倍になる。ただし『同等の』という基準は対象にとっての重要度ではなく能力者(マシュカー)本人のものである。例えば対象と恋人との縁を斬った場合、その恋人がマシュカーにとってどうでも良い人物であれば、どうでも良い誰かとの縁を負うことになるだけだ】
ジャミコとマシュカーは、チャイの仕草を読み取りカバンを覗き込んだ。
「そうだぞマシュカー。チャイの親友を疑っちゃ悪いぜ」
そう言いながらも、ジャミコは拳銃を握り直し出入口を睨んだ。
マシュカーも同様に、剣を握る手に力を込めた。
カバンの中には現金と一緒に、盗聴器が入っていた。
どうやらチャイの同級生とやらは警察の協力者だったようだ。
「さて、さっさとこの金持って
チャイはそう言いながら、指で店の天井を示す。
決して明るいとは言えない粗末な照明器具が設置されているだけの、単なる天井だ。
が、チャイがポケットの中のスイッチを押すと天井に円形の切れ目が現れ、そして二階の床が円柱状に床まで降りてきた。
三人はこの装置でこっそりと二階に上がり、そして屋根伝いに逃走した。
周囲を取り囲んでいた警官隊は動揺している。
「ケサーナ警部、逃げられました・・・申し訳ありません」
「くそっ・・・チャイのやつめ、今に見ていろ!」