「この度はチャイ逮捕へのご協力、感謝致します。ですがご覧の通り・・・面目ありません」
チャイの同級生という男に頭を下げているのは、国際警察の警部、ケサーナである。
ハーレイハビサ美術館に展示されていた『ミーアの翼』を創作した張本人の芸術家が、子供の頃のチャイを知ってるというので協力を願い、今回の作戦に加わってもらったのだ。
しかし、逮捕劇は失敗に終わった。
「くそぅ、チャイの奴め・・・まんまと逃げ
名 前【国際警察 警部 ケサーナ】
種 族【鬼】
性 別【おっさん】
一人称【俺。上司や仕事関係の相手には私】
性 格【しつこい。律儀】
能 力【妙に勘が鋭い(チャイに関してのみ)以外は普通の鬼。もう何年もチャイだけを追っており、国際警察のルーカス署長から、捕まえるまで追い続けることを許可されている。】
「警部、追いますか?」
「当たり前だ馬鹿モン!俺はルーカス署長と約束したんだ!必ずチャイを逮捕すると!」
部下に当たり散らしながら、どこに逃げたかも分からない相手を捕まえようと無策で走り出すケサーナ。
その光景を付近の教会の鐘楼から眺めている人影があった。
「相変わらず上手いこと逃げるのね、チャイ。ケサーナは見当違いの方へ行っちゃったわ」
「当ったり前でしょフォヌアちゃん。この俺があんなマヌケに捕まるわけ無いって」
一人はグラマラスな美女、もう一人はつい先程、あの食堂から逃げ出したチャイだった。
チャイの手には5,000万セオンが詰められたカバンがあった。
「昨日までの分が4億と5,000。今回のこれで、約束の5億だぜ?」
そう言いながらチャイは、自分がフォヌアと呼んだ女性にカバンを手渡した。
フォヌアはそれを受け取り、微笑を浮かべる。
「たった7日間で本当に5億ものお金を用意しちゃうなんて、あなたって素敵ね」
名 前【
魅惑の彼女 フォヌア】種 族【アルビダ】
性 別【
艶女 】一人称【私】
性 格【移り気、勝気、甘え上手、豹変】
呪 詛【とても強力な魅了魔法、
蠱惑的な魔手 を使う。心を持つ相手であれば老若男女や種族を問わず、動植物であろうと魅了してしてしまう。魅了された相手は理由も分からず対象を好きになる。しかし洗脳や操作、使役ができるわけでは無いので、もともと愛情の薄い相手にはそれなりの効果しか期待できない。逆に愛情深い対象であればどんな命令でも聞き入れる傀儡 となるだろう。また、蠱惑的な魔手 で対象にできるのは一体のみであり、同時に複数を魅了することはできない。新たな対象を魅了した時点で、先に魅了されていた対象は正気に戻る。ただ記憶が無くなるわけではないので、情が残っている場合がほとんど。ちなみに術者が処女 であることが発動の条件であり、どれだけ経験豊富を装っても実際には未経験である】
白魚のような指でチャイのあごをそっと撫で、流し眼を残しながらくるりと背を向けたフォヌア。
物憂げな瞳で鐘楼の窓から景色を眺める。
「約束だものね、仕方ないか・・・」
そう言いながらドレスの胸元に手を掛けた。
チャイが生唾をごくりと飲み込む。
と、フォヌアは一気にドレスを破り、チャイに向かって放り投げた。
目の前いっぱいに広がった生地で一瞬視界を奪われるチャイ。
「うわっ!フォヌアちゃんったら大胆なんだか・・・ら・・・?」
はらりと落ちたドレスの向こうには、動きやすそうなボディスーツを身に纏ったフォヌアが悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「本当はあなたにあげたかったんだけど、今はまだそういう気分じゃないの。ごめんね、チャイ」
そう言うや否や、フォヌアは鐘楼の窓から身を躍らせた。
慌てて追いかけ、窓から身を乗り出すようにしてフォヌアの行方を確認するチャイ。
しかしフォヌアは空中でグライダーを展開し、紙飛行機のように風に乗って去ってしまった。
「毎回毎回そりゃ無いよぉ~!今度こそフォヌアちゃんとイイコトできると思ったのにィィ!!」
窓枠に齧りつく露骨な悔しさアピールも、相手が居ないのでは意味が無い。
がっくりと肩を落とし大袈裟に落胆した様子で、チャイは深く長いため息をついた。
「また見事にフラれたな、チャイ。まぁそんなこったろうと思ったよ」
鐘楼を見上げるような姿勢で声を掛けてきたのはジャミコだった。
どうやら一部始終を見ていたらしい。
「だからあの女はやめておけと、何度も言っているのだ」
ジャミコの背後にはマシュカーも居た。
不機嫌そうな表情でチャイに苦言を呈する。
「よっ・・・と」
教会の鐘楼は普通の建物の三階分はくだらない高さがある。
しかしチャイはその高さをものともしない軽業師のような身軽さで、窓から地面へと飛び降りた。
「しかしフォヌアちゃん、何で急に5億もの金が要るなんて言い出したんだと思う?」
すでにチャイの思考は次の展開へ回転し始めているようだ。
知ったこっちゃない、というジャミコとマシュカーの態度をよそに、チャイは額に手を当てて考えを巡らせる。
しかしすぐに熟考の姿勢を解くと、上着の内ポケットから小さなスピーカーのようなものを取り出した。
「考えても分かんないモンは、直接本人に聞いちゃおうってね」
チャイが持っているもの、それは盗聴器の受信装置だった。
先程ケサーナの作戦で使われていたカバンの中の盗聴器はまだ生きている。
それをそのまま利用してやろうと言うのだ。
「相変わらずちゃっかりしてるぜ」
呆れているのか感心しているのかよく分からない表情でジャミコが言う。
と、マシュカーがチャイに一歩近付いて物申し始めた。
「チャイよ、俺はお前の為を思って言っているんだぞ?あの女はロクでもない尻軽女だ!悪いことは言わんから・・・」
「おっとマシュカー、お説教はそこまでだ。聞こえて来たぜ?どうやらフォヌアちゃんは目的の場所に到着したらしい」
「ぐぬぬ・・・」
チャイは興味津津に、ジャミコはどうでも良さそうに、マシュカーは憎々しげに、三人は三者三様の態度でスピーカーから発せられる声に耳を傾けた。
『キィキキキキ・・・フォヌア、よく金を用意できたな』
『当たり前よ、私を誰だと思ってるの』
『キキキ・・・それは失敬』
『さぁ、約束通り、私そっくりのアルファを渡してちょうだい』
『約束は守る。だが、それ以上に私は、私の身の安全を最優先に守る主義だ』
『??? 何が言いたいの?』
『キィキキキ・・・』
『ちょっと!何するのっ・・・あっ・・・』
ザザッ・・・ガザザザ・・・ガシャン。