祝1歳

「ねぇお母さん、何してるの?」

 

「ケーキを作ってるんだよ」

 

「わぁ! 今日、誰かのお誕生日なの?」

 

「そうだね」

 

「お父さんじゃないよね?」

 

「違うね」

 

「お母さんも違うよね?」

 

「違うね」

 

「アワキアでもオイラでもないよね?」

 

「エオアもアワキアも、違うね」

 

「じゃあ誰のお誕生日?」

 

「今日はね、『みんなのお誕生日』なんだよ」

 

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「みんなの? アウレイスお姉ちゃんも? ダクタス爺ちゃんも?」

 

「もっともっと、世界中のみんなのお誕生日なんだよ」

 

「じゃあみんな、お誕生日が2回あるの?」

 

「ふふふ。そうなるね」

 

「やったぁ!ケーキが2回食べられるね!」

 

「ふふふふ。そうだね」

 

 

「お、どうした?随分と本格的な格好じゃないか」

 

「今日は一周年記念ですからね」

 

「・・・マーウィン、お前・・・」

 

「なんですか?」

 

「それは登場人物わたしたちが言っちゃダメなやつじゃないのか?」

沿玉鬼祭り『キスビットコーナー』後

沿玉で開催されている鬼祭り、その会場のキスビットコーナーの裏手で一人の鬼が項垂うなだれて座っていた。

名を、エビシと言う。

彼は特に器用な方では無く、このようなイベントにはあまり向いていない。

それなのにこの会場ではキスビットの広報活動をする任にあたっていた。

国内のどの都市でも、今まであまり積極的に海外へ出向くことが無かったキスビット。

現在では国内だけの経済活動に限界を感じ、ようやく海外へ目を向け始めたところだ。

折しもそこへ、ワコクから各国へ、沿玉鬼祭りへのブース出展依頼が舞い込んだ。

諸外国に対して少しでもキスビットのことを知ってもらう良い機会と言えたが、しかし未経験の海外赴任ともなるとその任に就く者の選抜は難しい。

そこで白羽の矢が立ったのがエビシである。

タミューサ村の使節として諸外国を巡る経験をしており、たまたまワコクに滞在していた。

現行で適任が居るのならそのまま活動して欲しいというのが国の意向だった。

タミューサ村のエウスオーファン村長としても、村の人間が国の代表として動くことは素晴らしく有益なことであるため、エビシにこの任を指示したのである。

だが、現実はそんなに甘くなかった。

会場には多くの人が詰めかけているものの、キスビットコーナーでは閑古鳥が鳴いているのだ。

 

「はぁ~・・・だいたい俺にこんなこと無理なんだ・・・」

 

人が集まらない理由にはおよその見当が付いている。

エビシには自覚があった。

自分には華が無いのだと。

 

「嗚呼・・・もうずっと村に帰ってないなぁ・・・一目お会いしたいなぁ・・・アウレイスさん・・・」

 

実は彼、タミューサ村のアイドル(他称)であるアウレイスの親衛隊(非公認)の隊長を務めている。

詳細な実体は把握されていないが、親衛隊の隊員は軽く100人を超えるとか。

彼らのモチベーションはアウレイスを遠くから眺めることであり、『決して触れるべからず』という鉄の掟が存在すると言う。

しかし村から離れて久しい今、エビシの心の活力は限界に達していた。

 

「あの・・・す、すみません・・・」

 

「ははは・・・アウレイスさんに会いた過ぎて幻聴まで聞こえるとは・・・」

 

「あ、あの、エビシさん?」

 

「おいおい俺、まさかの幻覚かよ・・・だが例え幻でもアウレイスさん、やはりお美しい・・・心無しかとても良い香りまでしてきたぜ」

 

「あっ、あのっ!わ、私ですっ、アウレイスですっ!」

 

「・・・ッッッ!!!!!!?」

 

エビシは椅子ごとうしろへ倒れ後頭部をしたたかに打ちつけながらゴロゴロと回りつつ会場の壁面まで転がっていった。

リアクションとしては完璧すぎる反応だ。

 

「だだだ大丈夫ですかっ!?」

 

その反応に驚いたアウレイスは倒れているエビシの側に急いで駆け寄った。

仰向けになった状態のエビシからは、有り得ない角度のあおり視点になる。

会場の照明を背負ったアウレイスが後光の差した天使にしか見えなかった。

 

アウレイスの来場は、村長の差し金だった。

手伝いという名目で会場にアウレイスを送りこめば、エビシに対する労いになると確信しての采配だ。

 

「それで・・・あの、エウス村長が『期待している』と、おっしゃってました」

 

「あ゛り゛か゛と゛う゛こ゛さ゛い゛ま゛す゛ぅ゛ぅ゛ぅぅぅ・・・」

 

エビシは恥も外聞もなく男泣きに泣き、故郷の村長に心から礼を述べた。

この姿を見たアウレイスは、キスビット紹介のブースを一人で運営するのがよほど辛かったのだと解釈した。

村長から直々の指示でここに来たからには、自分もエビシを手伝って活躍せねばと思った。

正直なところ、アウレイスの鬼に対する恐怖症はまだ残っている。

過去、鬼から受けた非道な行為の数々は決して簡単に拭い去れるものではない。

しかし、全ての鬼がそうでないということも、理性では理解できている。

恐らく村長が自分にこの任務を指示した意図として、鬼という存在そのものに改めて触れることで、少しでもトラウマの解消になればという気遣いがあるのだと、アウレイスは考えた。

 

「こ、これ・・・どう、ですか?」

 

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アウレイスがもじもじしながら振り向いた。

その頭部にはこのイベントのルールである、付け角が装着されていた。

先端の丸い小さな円錐が頭の左右にちょこんと乗っている。

エビシはその光景を目の当たりにし、今にも召されそうだった。

 

「すっ、素敵ですアウレイスさんッ!!!!」

 

「・・・ありがとうございます・・・」

 

「生きてて良かった・・・ぐすんっ・・・」

 

「それで、あの、私は何をすれば?」

 

エビシから教わったことはたったの2つ。

目の前を歩く、鬼の格好をしたお客さんをブースに呼び込むこと。

そして『オウイェ体験』をオススメすること。

しかしアウレイス自身、どちらかと言えば内向的であり、明るく元気に人に声を掛けるなどというタイプではない。

どちらかと言えば親友のエスヒナが適任と言えるだろう。

更に気掛かりはオウイェ体験。

アウレイスは子供の頃の経験から水恐怖症であり、今でも入浴ですら恐る恐るなのだ。

そんな自分が人様に冷水を浴びせるなど、本当にできるのだろうか。

だがアレコレ思い悩んだところで結果が出るものでもない。

ここは覚悟を決めて行動あるのみだ。

 

「ご通行中のみなさまぁーッ!! キスビットのぉー!鬼にまつわる展示をぉー!しておりまぁーすっ!!」

 

精一杯に息を吸い込み思い切り大声で勧誘をしたアウレイス。

凛としたその声に、ブース近隣の客たちが反応した。

 

「おい、キスビットってどこの国だ?」

「名前だけ聞いたことあるなぁ」

「それよりお前、あの子・・・」

「ああ、可愛いな」

「ちょっと行ってみるか」

 

一瞬の静寂があり、そしてザワザワと騒ぎ始める客たち。

 

「おねぇさんすっごい色白だね! そのツノ、似合ってるよ」

「キスビットってすごい田舎なイメージだったけど、可愛い子いるじゃん」

「なにこれオウイェ? ちょっと俺にもやらせてよ」

「お酒くれるの? 君も一緒に飲んでくれるならやろうかな」

「ねぇねぇそのオウイェってやつ、一緒にやろうよ」

 

一気に人だかりができ、キスビットにではなくアウレイスに興味津津の男たちが集まった。

 

「あ、あの・・・ちょ・・・こ、困りますっ・・・ひゃあ!」

 

誰かがアウレイスの肩に手を掛けた。

不測の事態におどおどすることしかできないアウレイス。

今にも泣き出しそうなところに、威勢の良い声が掛かった。

 

「おや、タダ酒が飲めるたぁ良い趣向じゃないか」

 

そう言いながら、引き締まった体から放つ気配だけで周囲を威圧し、無人の野を往くがごとく近付いてきたのは鬼の女性だった。

自然と人だかりが割れ、女性はアウレイスの前に立った。

 

「その水を浴びりゃ酒が貰えるんだろ? ちょいと貸しとくれ」

 

鬼の女性はひょいと桶を持ち上げ、そしてワザと派手に頭から冷水を被った。

周囲の男共にも水が飛び散る。

 

「こりゃ良いや。会場の熱気で暑くてかなわなかったんだ。さあ、酒を貰おうか?」

 

鬼の女性はにっこりと笑ってアウレイスに手を差し出した。

 

「本場の祭りじゃ1年飲み放題になるんだろ? いつか行ってみたいね、キスビット」

 

「あ、ありがとうございます! 是非いらしてくださいッ! 歓迎します!」

 

酒瓶を持った手を軽く上げ、背中越しに手を振りながら立ち去る女性を見ながら、アウレイスは懐かしさを感じていた。

 

「誰かに似てる・・・あ、そうだ。紫電さん・・・」

 

かつて共に戦った、鬼の海賊団を率いる女頭領、紫電

邪神によって歪められた世界となっていたキスビットを正しい姿に戻す為の戦い。

その中で彼女は命を掛けて戦ってくれた。

間違いなく、アウレイスの鬼恐怖症を和らげる要因となってくれている。

そしてさっきの女性も、同様だ。

 

「絶対、来てくださいね」

 

アウレイスは心に温かいものを感じながら、無意識に呟いていた。

沿玉鬼祭り『キスビットコーナー』前

「本日は我がキスビットの、鬼にまつわる体験コーナーにお越しいただきまして誠にありがとうございます!ワタクシ、キスビットの真ん中にある村、タミューサから参りました、外交使節および広報担当のエビシと申します。これを機に皆様方が少しでも、我がキスビットにご興味を持って頂ければ幸いでございます!それでは、こちらが展示でございますので、どうぞごゆっくり御観覧ください!」

 

 

キスビットに古くから伝わる伝統行事のひとつに『オウイェ』というものがある。

国中のどこでも行われる季節の行事だが、地域によってその規模は異なる。

人口の大多数を鬼が占める都市、ジネがその発祥と言われており、現在でも国内最大級のオウイェと言えば、ジネで開催されるものがそれに当たる。

その内容は、簡単に言ってしまえば単なる『寒中水泳』である。

元々は鬼の男性のみが参加する祭であったが、いつしか女性の参加も認められるようになり、さらに他の種族の参加も許容されるようになった。

ただし発祥が鬼の行事であるということへ敬意を払うため、ツノを有さない種族の参加者は仮のツノを装着しなければならない。

 

さて、このオウイェは、河川を泳いで渡るというのが主たる行動である。

鬼や、鬼に扮した諸々が一斉に対岸を目指し、身を切るような冷流を泳いで渡るのだ。

川の向こう岸には酒樽が置かれており、最初にその樽に辿り着いた者には『酒鬼御免状さかきごめんじょう』が交付される。

酒鬼御免状を持つ者は、それを発行した地域にあるどの店に入っても、酒類が無料で飲み放題になるという夢のようなパスポートである。

有効期限は次のオウイェが開催されるまでの1年間。

御免状が有効な店舗数が国内で最も多いこと、それから、全員に配布される参加賞が高級酒ということも、ジネのオウイェ人気の理由かもしれない。

 

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※画:エビシ

 

ところで、オウイェには由来となった逸話がある。

以下がその故事である。

 

むかしむかし、とある村に、大酒飲みの大鬼がおりました。

大鬼はせっかく大きな体と強い力を持っているのにちっとも働かないので、村民から嫌われていました。

しかし力が強いので、誰もその鬼に「働け」と言えないのでした。

毎日毎日「酒が足りねぇ」「あの川が酒なら良いのに」とボヤきながら、だらしなく暮らしている大鬼を、みんなは疎ましく思っていたのです。

 

ある日、川の氾濫が村を襲いました。

実はこの村、大雨のたびに氾濫し、村に大きな被害を出していたのです。

今回も強い雨が長く続いたため、村民たちはしぶしぶと高台に避難します。

ところが。

川の水位が増していよいよ村の田畑が浸水し始めたころ、村長が叫びます。

 

「娘が!ワシの娘がおらん!しまった娘はまだ屋敷じゃ!」

 

しかしみんな大慌てするだけで、どうすることもできません。

 

「誰か!誰か娘を!助けてくれぃ!」

 

村長は泣きながら頼みましたが、誰一人として高台から下りようとする者は居ませんでした。

今から村に下りれば確実に氾濫した川に押し流されてしまうからです。

そこへ。

 

「もしワシが娘を連れて戻ったら、飽くほど酒を飲ませてくれるか」

 

なんと大酒飲みの大鬼が、のっそりのっそり高台を下りていくではありませんか。

 

「もしも娘を助けてくれたなら、酒なぞいくらでも飲ませてやる!」

 

村長は藁にもすがる思いで叫びました。

村人たちも口々に言います。

 

「俺も飲ませてやる!だから村長の娘を助けてくれ!」

「うちの酒も全部やるから早くいけ!」

「村中の酒をみんなやる!きっと助けてくれよ!」

 

そうするうちに、大鬼は気合いの掛け声を上げてじゃぶじゃぶと水の中へ入っていきます。

 

「オウイェッ!!」

 

しかし水位が上がる方が早いのです。

もう水は村長の屋敷の床にまで届いています。

 

「やはりダメだったか」

 

誰もが諦めかけたそのときです。

大鬼がぐぐっと体を縮め、その場にしゃがみ込みました。

そして顔を水面にたぷんとつけました。

村民たちは不思議そうに見守ります。

しばらくすると大鬼は「ぶはっ」と言って顔を上げ、大きく息をするとまた顔をつけます。

 

「あいつ、川の水を飲んでいるぞ!」

 

誰かが叫びました。

そう、村長の屋敷まで間に合わないと踏んだ大鬼は、川の水を飲み干そうとしているのです。

 

「あいつは馬鹿だ!」

「馬鹿だあいつは!」

「馬鹿の中の馬鹿だ!」

 

みなは落胆し、怒り、村長はその場に泣き崩れました。

しかし。

 

「お、おい!あれを見ろ!」

 

村民のひとりが大声を上げました。

指をさしたその方を見ると、さっきまで床上まで浸水していた村長の屋敷の、縁側が見えているのです。

よく見れば、全体的に水位がぐんぐんと下がっているではありませんか。

その間にも大鬼は「ぶはっ!」「んぐっんぐっ」を繰り返しています。

 

村民たちは一斉に大鬼を応援しました。

 

「オウイェ!オウイェ!」

 

やがて、いつもの道が見えるほどに水位は下がり、村民たちはどやどやと高台を下りました。

村長は転げるようにして屋敷に戻り、娘の無事を確認しました。

村長をはじめ、みなは手に手に酒を持って大鬼の周りに集まりました。

 

「でかした!さあ好きなだけ飲んでくれ!」

 

口々に褒めそやす村民たちに、大鬼は言いました。

 

「いや、さすがに今はもう飲めねぇよ」

 

めでたしめでたし。

 

この話から、なぜ現在の『泳いで渡る』ようになったのかについては諸説ある。

しかしそのどれもが憶測の域を出ない。

 

 

「と言うわけで!キスビットの文化に親しんで頂く為、こちらのコーナーでは『オウイェ』を疑似体験できるミニコーナーをご用意させて頂きました!こちらの容器に入った冷水を頭から被り「オウイェ!」と発声していただきますと、こちらのお酒、もしくはジュースを無料で差し上げます!どうぞ皆様奮ってご参加ください!」

キスビット人の信仰について

キスビットは土壌信仰の精霊たちから端を発した国である。

キスビット人と呼ばれる彼らは例外無く土壌神ビットを信仰しており、土属性の加護を授かっている。

能力に個人差はあるが、大抵のキスビット人は土や石などを自在に操ることができるのだ。

そんな彼らが基本にしている世界観を図式化してみよう。

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彼らによると、まず世界は三種類に大別される。

大気の神が統べる世界と、水の神が統べる世界、そして神でなければ認知することのできない世界。

これらの世界に境界は無く、それぞれが同時並行的に重なってこの世を形作っている。

大気の神の世界には光の神と闇の神が存在し、光と闇はそれぞれに親和関係となっている。

大気の神は光と闇に対して優位である。

水の神の世界には、火の神と木の神と土の神が存在する。

水の神は火、木、土それぞれに対して優位であり、火は木に優位である。

土と木は親和関係である。

それぞれの神が司るものは以下の通り。

気:天候、季節、寒暖、風、空気、香り、音、電気

光:光、元気

闇:闇、病気

水:水

火:火

木:木

土:土、石、金属、動物(精霊や他の種族も含む)

他:神々でないと認知できない存在や現象

 

 

山中の奥深い集落に住まうキスビット人も、現在では様々な情報が入ってくるようになった。

この世界観が万人に共通しないことも承知している。

しかしそれでもこの考え方が改められることも、廃れることもない。

キスビットの精霊たちは粛々と信仰を受け継いでゆく。

エスヒナについて

エスヒナ=アミィアリオン

 

彼女のことを知ってもらうためには、まず『サムサール』という種族について理解してもらわねばならない。

人間とは異なる、妖怪と呼ばれる存在の一種だ。

 

サムサールの特徴としてまず挙げられるのは、その外見である。

彼らは褐色の肌と、そして額に『第三の瞳』を持っている。

形状や位置には個人差があるが、全てのサムサールは額に瞳を持つ三つ目の種族なのだ。

 

さて、この第三の瞳は単なる視界確保のための器官では無い。

実はサムサールは、生まれつき『とある感情がひとつだけ欠落した状態』なのだ。

それは『喜びの感情』かも知れないし、『悲しみの感情』かも知れない。

ともかく、何か一つの感情を持たず、それを全く理解できないのがサムサールである。

 

仮に『怒り』の感情が欠落したサムサールの場合、何に対しても怒るということが無い。

だから自分が他人から怒られても、相手がどんな心の状態なのか分からないのだ。

 

そして、サムサールの特徴として最も重要なこと、それは『欠落した感情は第三の瞳に宿っている』ということであり、また『第三の瞳と視線を合わせた者に、その感情が流れ込む』ことである。

先程の例で言えば、怒りの感情が欠落したサムサールの第三の瞳と視線を交わしてしまった者は、自分の意思とは関係なく謎の怒りに支配される。

しかし当のサムサールは相手が怒り狂っているのを見ても意味が分からない。

なぜ相手はこんなに大声を上げるのだろうか?

なぜ攻撃的になるのだろうか?

怒りという感情が理解できないサムサールは困惑することしかできないのだ。

また相手に流れ込んだ感情はサムサール本人の支配下には無く、どうすることもできない。

相手の中でその感情が消化されるのを待つという、時間任せの解決策しか無いのだ。

視線を合わせた時間の長さによって流れ込む感情の強さが変わるという報告もある。

運良く目が合ったのが一瞬であれば、数日怒り続けるだけで済むかもしれないし、運悪くじっと見つめ合ってしまったのなら、血管が切れて絶命するまで怒り続けるしかない場合もある。

 

サムサール自身、感情そのものは理解できなくとも『自分の額の瞳と視線を交わした相手が豹変する』という事実は理解できるので、大抵の場合は額の目を隠すように生きる道を選ぶ。

最も、どの世界にも例外は居るのだが、それはまた別のお話。

 

さて、サムサールという種族について多少は造詣が深まっただろうか。

 

それでは本題、エスヒナについての講釈に移ろう。

 

彼女は現在、キスビットという国のタミューサという村に住んでいる。

一人暮らし。

家族は居ない、と本人は思っている。

自分がアミィアリオンというファミリーネームを持っていることも、エスヒナは知らない。

※キスビットには『苗字』という概念が無く、それぞれがファーストネームだけで生活しており、エスヒナも自分の名前をエスヒナだけだと思っている。

 

海を隔てた外国、ドレスタニアという国に生まれたエスヒナは、幼少期に誘拐された。

そして人買いによる売買で各地を転々としながら、流れ流れてキスビットに連れて来られた。

当時のキスビットではサムサールが珍しく、高値で取引されたらしい。

また現在は改善されているが、その頃のキスビットには著しい種族差別が蔓延しており、異種族に対する扱いは奴隷や家畜のそれであった。

そんな状況下に珍獣扱いで放り込まれたエスヒナが第三の瞳に宿している感情は、『劣情』であった。

 

例え後進国のキスビットとは言え、現在の情報レベルであれば、サムサールの瞳を覗き込もうとするような愚か者は皆無だろう。

しかしあの当時では知識不足もやむなしと言ったところか。

エスヒナを手に入れた奴隷商人は、商品の下見も兼ね面白半分に額の瞳を無理に開かせ覗き込んだ。

突如として襲い来る劣情。

当然、その魔手は目の前にあるエスヒナに向けられた。

特殊な趣味でも無い限り、性的な魅力は皆無と言える貧相な肢体に、奴隷商人はむしゃぶりついた。

どれだけ時間が経ったか分からないが、エスヒナが解放されたのは奴隷商人が動かなくなったからだった。

激しく痛む身体、消耗しきった体力、枯れた涙と声。

 

このまま放置されれば、間違いなく生きてはいなかった。

だがエスヒナはここから運び出され、次の商人の手に渡ることとなった。

数日間、取引に現れなかった商人を不審に思った仲間が部屋を確認しに来たのだ。

そこで倒れ伏し絶命している商人と、憔悴し今にも命の灯が消えそうな『高値の商品』を発見し、喜んで持ち帰ったということだ。

 

長くなるので割愛するが、同じようなことが何度も起きた。

そのたびにエスヒナは『劣情のはけ口』として使われ、そしてそれを『仕方ない』と受け入れた。

自分が額の瞳を開かないように気を付けてさえいれば良い。

無理に開かされるのであれば、それが主の希望なのだから仕方ない。

そうやって生きていたある日。

 

彼女と他数名の奴隷を乗せた馬車が、猛獣に襲われた。

御者も馬も食いちぎられ、主は這う這うの体ほうほうのていで逃げ出した。

猛獣はエスヒナを食う前に満足し、喉をゴロゴロ鳴らしながら去っていった。

 

タミューサ村の域外調査隊が荒野の草むらに倒れているエスヒナを発見したのはそれから数日後だった。

ひどく衰弱してはいるが、生きてはいるようだ。

隊員にとっても、そしてエスヒナにとっても僥倖だったのは『第三の瞳が閉じたままだった』ことだろう。

こうしてエスヒナは保護され、そしてタミューサ村の村長である、エウスオーファンとの邂逅を果たす。

 

以下は、エウスオーファン氏の回顧録である。

 

サムサールは、当時のタミューサ村には存在しない種族だった。

私にとっても初めての遭遇だった。

サムサールについて、噂程度の予備知識を有していた私は、この少女の第三の瞳に危険を感じ、人払いを言い付けた。

どんなものなのか正体は分からないが、サムサールの第三の瞳と目を合わせると、ある種の感情が流れ込んできて自分では制御できなくなるらしい。

確かサムサールはドレスタニアが派生元だと聞いたことがある。

今後もこの村を訪れるサムサールがあるかも知れないと思い、私はドレスタニアの知り合いに手紙を書いた。

なるべく多く詳細な、サムサールについての情報をくれ、と。

しかしいくら能力が未知数だとは言え、こんな小娘に対して少々警戒し過ぎかとも思った。

そろそろ額の冷布を替えてやろうと立ち上がり、水桶に浸けた布を固く絞って少女に目をやったその瞬間、それは起こった。

額の瞳が、開いたのだ。

両の目は閉じている。

恐らく本人はまだ目覚めていない。

第三の瞳だけが、開いたのだ。

それはほんの刹那。

時間にして10分の1秒も無いほどの。

それでも確かに『目が合った』のだ。

途端に湧き起こる、いや、流れ込む感情の正体が、私にはすぐに分からなかった。

強い衝動だけがある。

そして気付いた。

これはマズイ。

私は腰に下げていたダガーを素早く振りかざし、全力で振り下ろした。

刃は肉を貫きその下の机に深々と刺さった。

私が刺したのは、自らの左手だった。

 

「保ってくれよ、左手と、精神・・・」

 

私は自分自身に言い聞かせるように呟いた。

自分の意志とは裏腹に、少女に近付こうとする自分の身体。

そのたびに左手が血を吹き、痛みによって若干の覚醒をする。

自分を内側から襲っているのは、激しい劣情だった。

私の中で、自分の子供と言っても差し支えないような少女に対し、未だかつて感じたことの無いような強く激しい性の衝動が暴れ回っている。

どちらかと言えば理性は強い方だと自負していたが、その衝動を抑え込むことはできなかった。

それを一瞬早く予感したからこそのダガーだったが、左手が裂ければ終わりである。

恐らくその手の痛みよりも衝動が遥かに勝り、例え血濡れのままでも自分は少女を「使う」だろう。

その確信があった。

それほどまでに強い劣情。

均衡とは言い難いほどの差で劣情の衝動が勝る中、私は衝動の波を測っていた。

僅かではあるが、強弱の波を以って私を襲っていた劣情の、弱まる一瞬を突いた。

理性の全力を込めた一撃で、私は自分の右足を床板に縫い付けたのだ。

左手と同様に、ダガーを突き立てて。

 

以下は、エスヒナ自身の回顧録である。

 

翌朝、あたしは目を覚ました。

額の瞳は閉じていたと思う。

代わりに開いた左右の目で、周りを見る。

見知らぬ男の人が居た。

彼はその左の手の甲を机に、右足の甲を床に、それぞれ刃物で突き刺されていた。

辺りにはすごい量の血だまりができている。

あたしが起きたことに気付いたのか、彼はあたしに向かって言った。

 

「やあ、目が覚めたかい?すまないね、情けない姿を見せてしまった」

 

そして、彼は短く呻きながら刃物を抜いた。

更に鮮血が溢れ出た。

よく見ると彼は目を閉じている。

そして、あたしは理解した。

自分でもびっくりするくらい、涙が溢れた。

額の瞳は、開かないようにいつも気を付けている。

気を付けているつもりでも、意思とは無関係に額の瞳だけが開くことも、過去にはあった。

その度に、我慢の時間が始まった。

 

「今まで辛かったろうな。私はこの村の村長、エウスオーファンだ」

 

彼は優しい声で名乗ってくれた。

あたしも自然と返事ができた。

 

「・・・あたし、エスヒナです」

 

エスヒナ、良い名だ。ようこそタミューサ村へ。君を歓迎する」

 

あたしはそれまで、ずっと我慢をしてきた。

額の第三の瞳が開かないように、隠すようにしきてきた。

それでも運悪く目が合ってしまうこともあった。

そんなときはただ、時間が過ぎるのを待った。

三っつの瞳を全てギュッと閉じて、ただ我慢した。

だいたい1日、長くても2日程度、耐えれば良かった。

相手が動かなくなるのが終わりの合図だった。

理由も理屈も分からなかったけど、ただ額の瞳で相手を見てしまうと、あの我慢の時間が訪れる。

今までどんなに優しくしてくれた人も、笑い合っていた相手も、男も女も子供も老人も、皆が豹変した。

それなのに、この人は、恐らく自分の代わりに我慢をした。

エウスオーファンと名乗ったこの人は、自分の身を傷つけてまで、あたしに触れなかった。

医務担当の村人は村長のヒドイ有り様にとても驚いていたけど「手が滑った」という彼の言葉に頷いた。

村長はきっと、あたしせいじゃないって言いたかったんだと思う。

お医者様も、それを理解して、納得してくれた。

それからあたしは額の瞳を自分の意志で閉じ続けられるように訓練し、また専用の眼帯を設えてもらった。

額当てと言った方が合っているかもしれない。

今はあたしのトレードマークでもある。

 

 

これで、少しは彼女のことが理解できたかな。

 

さて、壮絶な過去を持つ彼女だが、現在の性格としては実に軽妙である。

タミューサ村での人情味ある触れあいと温かな交流、そして親友と呼べる存在も、彼女の心の傷を癒すのに有効だったのだろう。

彼女の痛々しい記憶の数々は村での生活によって良い方向へ転換されたのだ。

苦痛の経験は、人の痛みを理解するのに役立った。

村長との出会いで、受け入れてもらえることの喜びを知った。

親友という存在が、協力し合うことの大切さを教えてくれた。

こうして培われたエスヒナの人格が、世界の危機を救う一助となったこともある。

密かに進行していた絶望的な世界の終焉、それを阻止する戦いの現場でも、彼女の中にある素直さや正義感、単純とも言える明るさ、そして心の痛みを知る優しさが、役に立ったのだ。

この件に関しては別途、膨大な資料があるので参照してもらいたい。

幻煙のひな祭り当日 まとめ

 

ただし、珠に傷な部分がある。

劣情という感情を理解できないため、性的な知識があまりにも乏しいのだ。

加えて過去に自分の身に降りかかった忌まわしい出来事は、全て第三の瞳のせいであるという認識から、自分が肌を晒すことにも同様の効果があるという認識が無い。

つまり、簡単に言えば『人前で裸になっても平気』なのだ。

第三の瞳さえ開かなければ、あんなことにはならないと思っている。

いや、恥ずかしいという感情が欠落している訳ではないのでちょっとは恥ずかしいのだが、その恥ずかしさの正体は『親友と違う肌の色』であったり『肉付きやプロポーションなど』であったり、一般的なものとは若干ズレている。

通常、裸を見せることと羞恥の心が連動するのは、そこに劣情の感情が介在するからに他ならないのだから。

彼女のこの困った特徴は、以下のエピソードからも明らかである。

タミューサ村のハロウィン

エスヒナさん猫になる

 

これでエスヒナについての情報はあらかた語れたと思う。

ああ、そうだ。

ごく一般的なプロフィールを失念していたので記述しよう。

ただタミューサ村には戸籍登録の仕組みはもちろん、身体測定などの制度もまだ無いため、数値的なものが曖昧なのは許して欲しい。

 

名 前:エスヒナ(エスヒナ=アミィアリオン eshina=amiyariom)

種 族:サムサール

性 別:女性

一人称:あたし

身 長:食器棚の一番上の段に手が届かないくらい

体 重:けっこう細い枝に乗っても折れないくらい

髪 色:黒

肌 色:浅黒い褐色

 

魔王軍に入りたい

りとさんの魔王軍に立候補です!

 

とてつもなく強力な加護の能力を持つ、精霊の兄弟です!

 

 

兄のフィレッヒは炎を信仰している。

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強力な火炎を操り全てを焼き尽くすことができる。

 

 

弟のワテルーミは水を信仰している。

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激しい水流で何もかもを押し流してしまうことができる。

 

 

強大な加護の力を持って生まれたためか、お互いがお互いを常にライバル視、いや、敵視し合っている。

口を開けば喧嘩ばかりの二人。

仲が良いとは決して言えない。

 

でも、どこに行くにも必ず一緒。

寝るのも同じベッドで寝ている。

文句を言い合いながら、いつも一緒。

 

なにせ、こうだから。

 

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せっかくの加護の能力も、お互い張り合って同時に発動しちゃうもんだからいつも対消滅

その辺りの湿度が増してお肌が潤うくらいの効果しか無い。

体は共有してるので口喧嘩しかできないし。

 

こんなフィレッヒ&ワテルーミブラザーズ、どうか魔王軍に入れて頂けませんかね?

【05】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【00】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【01】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【02】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【03】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

【04】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

 

 

「あの・・・お花は要りませんか?」

 

「あ、あのっ・・・これ、お花です・・・」

 

人通りもまばらな路地で、一人の少女が花を盛ったカゴを手に花売りをしている。

しかしその眼前を通り過ぎる人々は、まるでその少女が存在していないかのように一瞥もくれず、足を止めることはもちろん無い。

それでも懸命に、一輪でも売ろうと健気に声をかけ続ける少女。

まだまだ発展の途上にあるこの国キスビットにおいて、貧富の差は依然として大きかった。

政府も、各都市の自治体も、それぞれが貧困層の救済策を講じてはいるものの、国自体がそれほど強くないため、根本的な解決は難しいのだ。

アスラーンが大半を占める都市、ここラッシュ ア キキにおいてもそれは同様で、この少女のような人々はいくらでも居た。

 

徐々に日がかげり、往来も途切れた夕刻。

今日の夕食をどうしようかと、少女が顔を曇らせたそのとき。

 

「お嬢さん、花売りかね?」

 

少女に声をかける人物があった。

いかにも裕福そうな、恰幅の良い紳士だった。

 

「は、はいっ! 1輪5セオンです!」

 

少女が兄弟たちと分け合って食べるパンが1つ150セオン程度。

しかしこの花はその辺の野原で摘んできたもの。

この5セオンが高いのか安いのか妥当なのか、それは買う側の判断にゆだねられる。

 

「いや、私はそんなゴミなどに興味は無いんだがね」

 

「え・・・ゴ、ゴミ・・・?」

 

思わぬ返答に我が耳を疑った少女。

目の前の紳士は微笑を保ったまま、信じられないような言葉を吐き出した。

 

「私が買いたいのは、なんだがねぇ」

 

「えっ? 私の・・・花・・・?」

 

「1万セオンでどうだろう」

 

「そ、そんなに!? あぁ・・・でも私、そんな大金を頂けるようなお花は持っていませんけど・・・」

 

少女は自分が何を求められているのか理解できない。

しかし蠱惑的とも言える大金にすぐ飛びつかないのは、根が正直者なのだろう。

 

「物分かりの悪い娘だな。良いからちょっとこっちへ来い」

 

男は少女の手を荒々しく引くと、すぐ横の路地裏へと連れ込んだ。

カゴから花が舞い散る。

 

「痛っ は、放してくださいっ」

 

「そんな薄布1枚でこんな路地につっ立ってるんだ、お前だってその気なんだろう!?」

 

「なんのことですか!? やめて! いや!」

 

「金は払うと言ってるんだ! おとなしくしろ!」

 

ここまで来てようやく自分が望まれているもの、相手が欲しているものを理解した少女。

自分と同じような境遇で、を売って口に糊する友人も、居る。

彼女達のことを非難はしないし、生きていく手段の一つとして有効なのも理解できる。

むしろそれを決意することができたのはすごいとさえ思う。

自分には、どうしてもできないことだから。

 

「いやぁ! だっ、誰かぁぁ・・・」

 

「こんな時間にこんな場所で誰が助しゃッ!!

 

何かが壊滅的に踏み潰されたような音と共に、男の荒々しい気配が消えた。

少女がきゅっと固く閉じていた目を恐る恐る開けると、そこには先程の男の代わりに別の男が立っていた。

恰幅の良い紳士を踏み台にして。

 

「やあお嬢さん。俺、これから素敵なレディに会いに行くんだ。手ぶらってわけにもいかないから、お花を売ってくれるかい?」

 

すらりとした細身で長身のその男は、尖った耳から察するに精霊だということが分かる。

にんまりと口元を歪めて笑う表情はどこか軽薄そうで、しかしなぜか安心感を覚えるものだった。

 

「えっと・・・お花は・・・」

 

少女は乱れた服を直しながら、地面に転がったカゴと散らばってしまった花に視線を落とした。

まさかこれを目の前で拾って、一度地面に落ちたものを売るなんてことはできない。

 

「ああ!ここに並べてあるの、選び放題ってことか!ありがとう!じゃあぜーんぶ貰うから、これで足りるかな~?」

 

男は目にも止まらない素早さで地面に落ちていた花を残らずさらい、そして少女の手にカゴを持たせた。

 

「あ、そこの偽紳士ゴミは気にしなくていいから、気を付けてお帰りよ~!」

 

そう言い残すと、男は信じられない身軽さで跳躍し、花を両手に抱えで壁を蹴りつつ建物の屋根へと消えて行った。

何が起きたのか理解できないまま、ぽかんとしている少女。

その細い足首をガシッと掴む者があった。

 

「きゃあっ!!」

 

「ぐぅっ・・・くそっ!一体何がしゃッ!!

 

「おいお嬢さん、この辺でキザで不真面目そうな精霊を見なかったか?」

 

悲鳴を上げて振り向いた少女が見たのは、サターニアの男性だった。

恰幅の良い紳士の上に立っている。

 

「え、えっと・・・あの・・・」

 

あまりの展開に困惑する少女。

しかしサターニアの男は少女が持つカゴに視線を送ると、すぐ何かを察したようだ。

 

「どうやらやっこさん、ここを通ったのは間違いないらしい。よし、行こう」

 

「うむ。博物館はあちらの方向だ」

 

いつの間にかサターニアの男の後ろには、アスラーンの男が居た。

二人は視線を交わし小さく頷くと、そのまま駆けていった。

 

「ぎゃんっ!!」

 

ご丁寧に地面の偽紳士ゴミを踏みしめながら。

その後、気を取り直して帰ろうとした少女が手にしたカゴの中に札束を見付けてものすごく驚いたのは、また別のお話。

 

 

 

「あぁ!ねぇイオン!これ!」

 

写真の部屋と、目の前にある部屋を見比べていたコマが声を上げた。

あまりに違いが大き過ぎて逆に気付きにくかったその点に、ようやく気が付いたのだ。

 

「これ、無くなってる!」

 

コマが指し示したのは、自分が今立っている床だった。

大きな絨毯が無くなっている。

 

「これは、私としたことが。まさか絨毯が消えていたとは」

 

「お金を細長く並べて絨毯で筒状にロールすれば、二人ぐらいで運べるんじゃない!?」

 

「なるほど。まぁ重量から考えると3人くらいが妥当でしょうか。前後だけで運ぶと中央部分が垂れ下がって運びにくいでしょうし。つまりチャイには協力者が2人ほど居る、と」

 

「その通りです!チャイには銃愛好家ガンフリークのジャミコと縁斬えんきりのマシュカーという2人の相棒が居るのです!何か判りましたかッ!!?」

 

大声を上げながらケサーナが部屋に入ってきた。

どうやら特に何の痕跡も認められず、この部屋に戻ってきたらしい。

 

「警部さん、まだ推測ですが恐らくチャイはこの絨毯で・・・」

 

イオンが写真を手に説明をする。

そのついでに、なんとも都合の良いことを言い出した。

 

「しかし、まさかここでアレが役に立つとは。たまたまあの絨毯に発信器を付けていたんですよ。この受信機で絨毯の現在地が分かります」

 

「は・・・発信器?」

 

「よくやったわイオン!」

 

いかに大富豪とは言え民間人が発信器、という状況を飲み込めないケサーナとは対照的に、コマは破顔してイオンを讃えた。

そしてその手から受信機をぶん取ると、嬉々として操作し始めた。