魂のルフラン

下記の話の続きです。

1.キャラクターとショートストーリー

2.【上】それぞれのプロローグ

3.【中】それぞれのプロローグ

4.【下】それぞれのプロローグ

5.【前】それぞれの入国

6.【後】それぞれの入国

7.集結の園へ

8.心よ原始に戻れ

9.Beautiful World

10.慟哭へのモノローグ

11.FLY ME TO THE MOON

 

キャラクターをお貸し頂いた皆様、本当にありがとうございます。

所属国 名前 特徴 創造主
ドレスタニア(近海) 紫電 恋する乙女 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
ドレスタニア メリッサ 実は最強? 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
チュリグ ハサマ 頼もし過ぎる ハヅキクトゥルフ初心者
奏山県(ワコク) 町田 ピアノ習ってた ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
奏山県(ワコク) アスミ ピアノが本職 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
コードティラル神聖王国 クォル・ラ・ディマ なぜか王子様 らん (id:yourin_chi)
コードティラル神聖王国 ラミリア・パ・ドゥ どうやら師匠 らん (id:yourin_chi)
ライスランド カウンチュド 稲作の創始者 お米ヤロー (id:yaki295han)
メユネッズ ダン 自分の夢は? たなかあきら (id:t-akr125)
カルマポリス ルビネル M気質もある フール (id:TheFool199485)

 

ずいぶん寄り道しましたが、ようやく本題に入れそうです。

前回までで約84,000文字。

今回が約8,000文字。

ようやく原稿用紙230枚分ってことですね。

あと40,000文字くらいで終われるかなぁ・・・。

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

エウスの部屋でハサマがココアを飲んでいる頃。

ダンが、強い酒の入ったグラスを傾けている頃。

紫電がクォルを、オレの王子様だと認識した頃。

ルビネルがメリッサに敗北感を味わわされた頃。

町田がアスミを見ないようにそっぽを向いた頃。

ラミリアがアルファに正拳突きを教え始めた頃。

カウンチュドが、冷えた浴場で目を覚ました頃。

 

「お呼びでしょうか、ダクタスさん」

 

エウス邸から少し離れた民家に、アウレイスは呼ばれていた。

重厚な造りの椅子に深々と腰を掛けるダクタス。

ランプの光を反射して鈍く光る立派な巻き角にヤスリを掛けながら、口を開く。

 

「おお、よく来てくれた。こっちにおいで」

 

知らぬ者からすれば、顔に刻まれた深いシワが、一見すると険しい表情に受け取られてしまうダクタスだが、村では気の良いおじいちゃんとして知られている。

 

「その、お話と言うのは・・・?」

 

アウレイスは恐る恐る用件を訪ねる。

こんな時間に呼び出すのだから、それなりに重要な話のはずだ。

何か失敗をしてしまっただろうか。

誰かに迷惑を掛けてしまっただろうか。

 

「そんなに怯えなくとも、獲って食やせんわい」

 

かっかっかと笑いながらダクタスは、アウレイスを向かいの椅子に座らせた。

代わりに自分は立ち上がり、飲み物を用意する。

温かいドナ茶が淹れられた。

 

「お前さんのな、新しい能力についてなんじゃが」

 

ごくり、と喉を鳴らし、ダクタスはドナ茶を一口飲んだ。

 

「ありゃすごいな!わしも長いこと生きとるが、あんな回復魔法は見たことが無いわ」

 

まるで孫が初めて立って歩いたのに立ち会ったかのような喜び様だ。

黒い眼を細めて、心底愛おしそうにアウレイスを見詰める。

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

アウレイスも、こう手放しで褒められては満更でも無い。

特に尊敬しているダクタスからの言葉ともなれば、ひとしおである。

 

「だが・・・」

 

しかしダクタスが次に紡いだ言葉は意外なものだった。

 

「これから先、あの能力は使っちゃいかん。絶対にだ」

 

 

 

 

翌朝、朝食を済ませた面々が一堂に会していた。

エウスオーファンの招集によるものである。

ただし町田とアスミは別室で待機となっている。

彼らは巻き込まれただけの、完全なる一般人だからだ。

エウスは昨夜、ハサマとダンに話したものと同じく、キスビットという国がどのように作られたのかを説明し終えた。

皆一様に、重苦しい表情をしていた。

 

「つまり、そのビットって神サマをやっつければ良いって話?」

 

少々乱暴ではあるが、要点を押さえた意訳をしたのはラミリアだ。

とどのつまりは言うとおり、邪神化してしまったビットを倒さねばならない。

 

「でもこの国そのものと一体化してんだろ?どうやって倒すんだ?」

 

尤もな疑問を口にしたクォル。

いくら腕に覚えがあったところで、自分が立っている大地を相手にどう戦えば良いのか見当もつかない。

それは皆も同じであった。

 

「今の土壌で稲作をしても、実った米は邪神を喜ばせるだけとは・・・なんという不幸な国だ・・・」

 

カウンチュドが言うことも正しい。

人々が発する負の感情を吸収している土壌で育った作物は、それを食する者に更なる負の感情を育ませることになる。

 

「かと言って放置すれば、ビットの野郎はまだまだ人攫いを続けるかもしれないんだろ?」

 

チラチラとクォルを見ながら、紫電が言う。

現在ではビットが能力うでを伸ばして民を攫うという行為は確認されていないが、それは現在のキスビット国内で生成される負の感情に満足しているからだろう。

もし何らかの理由でまた活動が開始されれば、紫電が縄張りにしている海域はすっぽりそのままビットのテリトリーに重なる。

冗談では無い。

 

「それに今のままだと、この国の差別意識は薄れるどころかどんどん加速するってことよね?」

 

眉間にしわを寄せ、腕組みをしながらルビネルが唸る。

種族間の差別意識を強く持っている現代の民を1,000年前に送り込むことで、より一層の差別をこの国に浸透させているという現状は、邪神の増強をも意味する。

 

「一番やっかいなのは、ハサマ王の能力が制限されていることだろう」

 

ダンの指摘は、ハサマの能力を知る者みなに刺さった。

仮に神と敵対するとして、ここに居る面子の中で唯一頼りになるのはハサマだろう。

しかし国土全体が自然ではなく生物となってしまっている現状では、自然災害を起こすハサマの能力も制限されてしまう。

しかし、当のハサマが意外なことを言ってのけた。

 

「神だかなんだか知らないけど、チカラが使えれば殺せるよ」

 

今、まさにそのことを話していたのだ。

『能力が制限されていなければ』の話をされても仕方がない。

と皆が思ったそのとき。

 

「ビットさんって、いつから地面になっちゃったんでしょうね?」

 

あごに人差し指を当てながら「むぅ~」と頭を捻るメリッサが言った。

それに対してハサマが少しだけ驚いて、言葉を続けた。

まさかメリッサが核心に近付くとは思っても無かったらしい。

 

「いまこの国に能力うでを伸ばしているのは1,000年前のビットって言ったね」

 

ハサマの言葉に「あっ」と声を出したのはルビネルだった。

何かを確信したかのような表情でハサマの顔を見る。

 

「少なくともその当時は、まだヒトっぽい格好してたんでしょ?」

 

ここで残りの全員が顔を上げた。

ハサマの言わんとするところを察したようだ。

 

「それなら思いっきりやれるよね。そのフザけた神サマとやらをさ」

 

声を出したのは明らかに目の前に居るハサマである。

それは分かっている。

しかし、とてもこのあどけない子供の様な容姿から今の言葉が発せられたとは思えないほど、魂に爪を立てられるような怒気を伴った声だった。

ハサマ王が殺る気満々であることは、それが自分に向けられていない限り頼もしさ以外の何物でも無い。

手立てが何も無いところに光明が見えると、人はそれに希望を感じる。

誰ともなく、なんとかなるかもしれないという空気が流れた。

 

「あれれ?でもそれって、どうやって帰るのカシラ・・・?」

 

その空気に一石を投じたのは、またもメリッサだった。

それは何気ない小さな石だったが、しかし極めて重要であり、その石が立てる波紋は大きなものだった。

 

「そこが今回の最も大きな懸念となる」

 

エウスオーファンが口を開いた。

ゆっくりと顔を振りながら全員に視線を送り、続ける。

 

「私は私の責任において、村の長として、この件を依頼できる相手を持たない。まずビットに勝てるかどうか、情報が少なく判断が困難だ。そして仮に事を成したとしても、現代に戻ってこられる可能性は極めて低い。つまり『命をくれ』と言わねばならない」

 

水を打ったように静まる室内。

 

「だから、私は個人として、ただのエウスオーファンとして無責任にお願いしたい。どうか、私に力を貸して欲しい」

 

最初に口火を切ったのはダンであった。

椅子から立ち上がり、じっとエウスを見据えて言う。

 

「私は『夢追い』だ。人々から夢や希望を奪い負の感情を抱かせる諸悪の根源。その存在を知って討たずにおられるものか。未だ修行中の身で微力なれど、是非とも協力させてもらおう」

 

次に立ち上がったのはカウンチュドだ。

左拳を右手で包み、ボキボキと鳴らしながら言い放つ。

 

「1,000年前から稲作を広めれば、現代のキスビットはお米大国になるだろう。そうなれば俺の故郷、ライスランドと一二を争う米の輸出国だ!そうすれば世界中に米が広がる。まさに伝道師の仕事だな!お米の!」

 

特に立ち上がることもなく、椅子に座ったまま頭の後ろで手を組み、まるで近所に散歩へ行くような口調で続いたのはハサマだった。

 

「ハサマも行くよ。行けるんだったら帰れるだろうし」

 

仮に戻って来れなかった場合、王が不在の国がどうなってしまうのか。

その責任は誰も取ることが出来ない。

それ故にエウスはこの件に関して諸外国への協力要請を出来ずに居た。

しかし自ら協力を申し出てくれるのならば話は別だ。

不幸に見舞われた際にもキスビットが、タミューサ村がその責を負うことは無い。

あまり褒められた思考ではないが、しかしエウスオーファンは村を、国を守らねばならない。

 

「ちょっと待って」

 

賛同の流れを断ち切ったのはルビネルだった。

例によって部屋の最後部から全体を見渡しつつ、冷静に指摘する。

 

「仮に1,000年前に行ってビットを倒したとすると、現代はどうなると思う?」

 

常日頃から呪詛についての研究を行っているからだろうか。

ルビネルの頭の回転は速い。

あくまで仮説だけど、と前置きしてから説明をする。

 

「ビットを倒した瞬間に、現代からはきれいさっぱり差別が無くなるはずよ。そうすると、いま3つ確認されているという1,000年前と現代を繋ぐ場所はどうなるかしら?現代に残って、その場所を守る役目も必要だと思うのだけれど」

 

確かにそう言われれば、そうかも知れない。

可能性としては大きく分けて二つ。

一つ目は、1,000年前への誘拐が、ビットの意思によって単発で行われるケース。

次に、常設型の扉の様なものがあり、それをくぐれば1,000年前というケース。

もし前者だった場合、恐らくビットを倒した時点で帰還は困難になるだろう。

だが後者である場合には、微かにだが帰還の可能性が残される。

そして現在、能力うでの位置が固定されているところから推察すると、後者に類似した仕組みである可能性が高いのである。

 

「さすがだな、ルビネル」

 

心底感心した、という口調でエウス村長が言った。

この件に関してエウスは、長い時間を掛けて様々なケースを想定し、多岐に渡る仮説を立てていた。

それでようやく導き出した作戦が、エウスの中には在った。

その作戦の肝に、ルビネルはものの数分で至ったのである。

 

「ビットの能力うでの場所を、仮にゲートとでも呼ぼうか。現在、キスビットの三大都市をそれぞれ治めているのは、種族差別の中枢と言っても過言ではないような思想を持つ者たちだが、彼らはそのゲートを秘匿、保護している。だが過去が書き変わり彼らから差別意識が消えたとしたら、その場所がどうなるのか想像もつかない」

 

要するに、もし事を成した暁に、現代への帰還の可能性があるとすればゲートを通ることしか無い。

しかし通り抜けたその先の安全が確保されていなければ話しにならない。

 

「つまり最低でも4つのチームが必要ね。ゲート3箇所と、過去。直接ビットと対戦する可能性が高い過去チームに高い戦力を割くのは定石だし、さっきの三人でOKとして、残りはどうする?」

 

ルビネルの進行スキルの高さにエウスは舌を巻いた。

ここはひとまず口出しせず、彼女に任せた方がスムーズかもしれない。

 

「俺様も過去チームに入れてもらうぜ!『神を倒した男』なんて、なかなか手に入らない称号だからな!」

 

目を輝かせたクォルが言った。

もうビットを倒したあとのことしか考えていない。

しかし今はこの能天気さが心地良い空気を作った。

 

「だ、だったらオレも!『神を倒した海賊』とくれば名前に箔が付くってモンだ」

 

なぜ頬を赤く染めながら立候補するのか分からないが、ともかく紫電も過去チームへの参加を表明した。

 

「皆さんが行かれるのでしたら是非私もお供させてくださいな☆」

 

きっとこの場で誰よりも状況を理解していないメリッサも、なんとなく流れで過去チームへの参加を宣言した。

この状況に、ルビネルはため息をついた。

 

「全員過去じゃ話にならないわ。ちょっと整理しましょうか」

 

 

 

 

町田とアスミは、エウス村長の部屋に通されていた。

 

「昨夜は、よく眠れましたか?」

 

同伴しているラニッツの言葉に、アスミはほんのりと顔を赤らめて俯いた。

町田の前でいつのまにか寝てしまっていたことを思い出したのだ。

 

「さて、お二人にはこれから始まるであろう戦いに巻き込まれないためにも、なるべく早く帰国して頂きます」

 

ラニッツの、さも当然と言うような淡々とした言葉に、町田とアスミは驚いた。

 

「あ、あの、僕たちも何かお役に立てませんか?みんな困ってるんですよね?」

 

「私も、ハサマちゃんやカミューネちゃんを守ってあげなくちゃ」

 

二人の言葉に、ラニッツは温かいものを感じた。

しかし、だからこそ危険な目に遭わせる訳にはいかないとも思った。

 

「お二人の気持ちはとても嬉しく思いますが、しかし帰国は絶対です」

 

あからさまに落胆する二人に、どう声を掛けて良いのか分からないラニッツ。

やはり自分には荷が重かったと痛感した。

エウス村長が早く話し合いを終えて、戻って来てくれることを願うしかない。

もう一度エウスからきちんと説明してもらおう。

そう考えたラニッツは、世間話で時間を持たせることにした。

 

「この石、なんだと思います?」

 

ラニッツの言葉に、町田とアスミは石碑に目をやった。

 

「何でしょう?小さな文字がびっしりと彫られていますね」

 

「これが、我々の仮説を飛躍的に現実たらしめたものです」

 

そう言って、ラニッツは簡単に経緯を説明した。

1,000年前に攫われ、そこで見聞きしたことを現代に伝えるべく、この石碑を残したタミューサ村の同志は、本当に立派だと。

その話を聞くうちに、町田の表情がみるみる真剣なものに変わっていった。

アスミでさえ、こんな表情を見たことは無い。

 

「少し疑問があります」

 

石碑から目を離し、眼鏡を掛け直しながら続ける。

 

「その邪神は、この石碑の存在に気付かなかったのでしょうか?」

 

町田は、少なくとも可能性が3パターンあると説明した。

ひとつ目は、この石碑の存在に、ビットが気付いていないこと。

ふたつ目は、気付いていて、取るに足らないと判断し後世に遺させたこと。

みっつ目は、記載内容をビットにとって都合が良いように変えてあること。

 

「町田くん、君はすごいな」

 

ラニッツは素直に驚いた。

この石碑を始め、他にも数点の「過去からのメッセージ」が発見されている。

しかし、そのどれもが「内容が薄いもの」なのだ。

確かに同志がエウス村長に向けて書いたであろうことは分かる。

そこから推測される状況によって、今まさに戦いを計画している。

だがヒントと呼ぶには情報が不足し過ぎている。

タミューサ村の面々はそこでようやく、ビットにとって不利になる情報は奴自身によって削除されているという可能性を考えるようになった。

町田はそこに「書き替え」の可能性までを見出している。

 

「いえ、僕はもともと物語を考えるのが好きで。もし自分が邪神だったら、この石碑を遺すかなって考えただけです。それと・・・」

 

町田は石碑に視線を戻し、もう一言を付け加えた。

 

「もし仮にふたつ目の理由でこの石碑が遺された場合、とある可能性が浮上します」

 

「とある、可能性?」

 

ラニッツは町田の造り出す空気に完全に飲まれていた。

ごくりと生唾を飲み込み、続きを待つ。

 

「これを遺した同志の方が、ワザと内容が薄い文章を書いていたとしたら、どうでしょう?邪神に見つかっても差し支えない程度の情報しか書かず、本当に伝えたい情報は『一見しただけで判らない』ようになっているとしたら」

 

そう言いながら町田は、石碑の周囲を注意深く観察した。

文字自体はキスビット語で書かれており、内容を判別することはできない。

その様子を観ていたラニッツが、ようやく気付いたとばかりに声を上げる。

 

「あ、暗号ですか!?」

 

こくりと頷き、町田は石碑の観察を続ける。

 

「僕がこれを遺すのなら、きっとそうします。ちなみに、この部分はどういう意味ですか?」

 

ラニッツは町田の示す部分『丸い記号』について説明した。

文章を作るとき、意味の切れ目に入れる記号だということだった。

 

「僕たちで言う句読点だね、アスミちゃん」

 

ふいに声を掛けられ、アスミは驚いた。

正直なところ、町田の洞察力と知的な一面に見とれてしまっていたのだ。

 

「あっ、あぁ、うん!そうね!」

 

なんとか返事を返したものの、話の展開にはついていけていなかった。

しかし町田は、意外なことを尋ねてきた。

 

「アスミちゃん、僕の仮説に後押しが欲しいんだけど、これ、何に見える?」

 

石碑には丁寧に罫線が引かれており、一行ずつにびっしりと文字が刻まれている。

その罫線が、所々で太い線になっている部分がある。

よく見ると、太い線になる部分には法則性があり、細い線20本につき1本が太くなっているようだ。

そして句読点というその記号は、罫線を跨ぐように丸が描かれている。

罫線内にきちんと収まっているものも、ある。

 

「うぅん・・・、音符に似てる気がする、かな?・・・なんちゃって」

 

自分の意見に自信がないアスミは言葉を濁そうとしたが、しかし町田はその答えに力を得たようだった。

 

「やっぱり、そう見えるよね?僕は子供の頃、ちょっとだけピアノ教室に行ったくらいだから自信が無かったんだけど、アスミちゃんがそう思ったならきっとこれは、楽譜だよ」

 

確かに、丸の記号だけを抜粋して見れば楽譜として見えなくも無い。

しかし通常は五線譜で書かれる楽譜が、この石碑には数十本もの罫線が引かれている。

もし太線で仕切るにしても20本もの線があるのは、多過ぎる。

 

「さっきから、君たちは何を言っているんです?ピアノ、ガクフ・・・?」

 

ラニッツが訝しげな口調で問い掛ける。

それもそのはずだった。

キスビットに音楽は存在しない。

楽器も歌も、口伝される民謡も子守唄も、旋律を奏でるものが何ひとつ存在しないのだ。

 

ラニッツさん、もしできることなら、用意したいものがあります」

 

町田はラニッツと共に部屋を出ようとする。

慌てて追従しようとしたアスミだったが、町田に制されてしまった。

 

「アスミちゃんは、この石碑をよく見ていて欲しいんだ。音楽家のアスミちゃんにしか、見えないものがあるかもしれない」

 

町田の力強い瞳に見つめられ、身動きが出来ないアスミ。

力強く両肩を掴まれ、目と目を合わせて町田が言った。

 

「僕たちにもできることがあるのなら、それで困っている人たちを助けることが出来るなら、頑張ってみたいんだ」

 

アスミは無言で頷くことしかできなかった。

それを確認した町田は、ラニッツと部屋を出て行った。

 

「町田くん・・・かっこよすぎるよ・・・」

 

アスミはぺたりとその場に座り込んでしまった。

束の間、今まで見せてきた優しい笑顔から一転、町田の真剣な表情に酔いしれたアスミだったが、しかし託されたものがある。

いつまでも呆けてはいられない。

よしっと小さく掛け声を出して自分を鼓舞する。

石碑に振り返り、よく見る為に近付こうとした瞬間。

少し遠目に見たのが奏功したのかもしれない。

思わず無意識に口から洩れる言葉があった。

 

「これ・・・連弾・・・?」

 

マーウィンに紙とペンを用意してもらうため、アスミは慌てて駆け出した。

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学園PFCS

まるで一軒の家が移動しているような光景だった。

16頭立ての巨大な馬車である。

絢爛な装飾に見え隠れする頑強で重厚な造り。

想定外の急襲にも篭城策で対応できそうな、いわゆるVIP御用達の仕様であることが一目で判る。

更にその豪華な馬車の前後を、それぞれ4名ずつの騎馬兵が固めている。

重そうな甲冑を物ともしない屈強な兵士8名が取り囲む馬車。

そしてこの、物々しい雰囲気を周囲に撒き散らしつつ進行する騎兵小隊は、校門の前で停止した。

 

「遠くで降ろしてって言ったのに!もう!お父様のバカ!」

 

ちょうど登校時間の真っただ中、多くの生徒、学生が学び舎への門をくぐろうとするそのときに、こんな場違いな馬車が止まれば誰だって注目してしまう。

厳重に閉められていた扉が、ガコンという大袈裟な音と共に開き、中から少女が悪態をつきながら飛び降りた。

それを追うように、身なりの整った老人が慌てて降りる。

 

「お嬢様、ご主人様はお嬢様のことを心配なされればこそ・・・」

 

「爺やは黙ってて!てゆーか早く帰って!みんな見てるでしょ!」

 

「お、お嬢様・・・」

 

「もういいから早く帰ってよ!恥ずかしいでしょ!」

 

すごい剣幕で帰還を命じられた老人は、すごすごと馬車に戻った。

やがて馬に軽く鞭が入れられ、馬車は動きだした。

 

「はぁ・・・これから毎朝コレかぁ・・・嫌だなぁ・・・」

 

 

 

時は遡り、とある豪勢な邸宅。

外観からは4階建てと言われても納得しそうな高さのある洋館。

中は天井の高い2階建てで、床や柱には大理石、壁面には装飾額縁の絵画が並んでいる。

庭、と呼ぶにはあまりにも広い敷地には使用人の住む屋敷が数棟あり、美術品や骨董品などが収められている蔵もいくつか建っている。

そんな、貴族さながらの屋敷には似つかわしくない怒鳴り声が聞こえる。

 

「お前には家庭教師を付けると言っただろう!」

 

ワナワナと拳を震わせながら、自分の娘をギロリと睨む初老の男性。

この屋敷の主である。

一代でこの環境を作り上げた彼は、それ相応の修羅場をくぐってきた。

並の相手ならひと睨みで黙らせることも可能だ。

しかし。

 

「お言葉ですがお父様」

 

と、丁寧に前置きしつつ、しかし直情的な気性は隠せない。

語りながらどんどん勝手にヒートアップしてしまう。

 

「学校では知識や教養以外の多くを学ぶことができます。友好関係が後の財産になることだってあるし。それにコミュニケーションの方法とか、他にもいっぱいいっぱい身につけるべきことがあるの!なんで学校に行っちゃダメなの!?みんな普通に行ってるのに、アタシだけ行けないなんてオカシイわッ!!!」

 

現在のところ、この館の主人にここまで啖呵を切れるのは、タオナンだけである。

 

「よく聞きなさい、タオナン」

 

館の主人から、父親の顔に戻しつつ、落ち着いた口調で続ける。

 

「街には危険が溢れている。私は可愛いお前をそんな無法地帯に送り込むなんてことはできない。分かってくれないか」

 

タオナンとて、父親が自分を最大級に愛してくれていることは理解している。

こんな風に言われると、チクリと胸が痛んだ。

話し合いもせず勝手に入学手続きを進めてしまったのは、確かに自分に非がある。

 

「でもお父様が考えているほど、外は危険じゃないと思う・・・」

 

子供の頃から何度もこっそり敷地を抜け出し、近所の子供達と遊んだことがあるタオナン。

その都度私兵たちに連れ戻されてしまったが。

 

「それはお前が見ている世界がほんの一部だからだ。この世は危険でいっぱいだよ」

 

タオナンの父親は、武器・兵器の類を企画・製造・輸入・販売している。

この世に存在する暴力的な側面を良く知る立場にあるということだ。

 

「それはお父様の世界の話でしょう?」

 

「その認識が、怖いのだ。私の世界もお前の世界も本当は地続きだというのに、まるで別次元のことのように語られる。裏も影も闇も、すべて我々のすぐ側に在るというのに」

 

とても寂しそうな瞳で我が娘を見詰める父親

この目をされると弱い。

歳をとってからの子は可愛いという話を、爺やから何度も聞かされた。

自分に対する父親の態度からも、それは痛感している。

しかし限度がある、と思う。

 

「と、言ったところで、お前は聞かないんだろうな・・・」

 

言い返すことをやめた娘。

しかしそれでも、唇を噛みスカートの裾を握ったまま俯いているのは、不服の思いを父親にぶつけるのを我慢していることを示している。

それが自分に対する、娘の優しさであることも分かっている。

 

「・・・条件付きでなら、許可しよう」

 

大甘だな、と心で自嘲しつつ、しかし目の前でみるみる破顔してゆく娘を見れば、折れる以外の手段は見つからない。

 

「ありがとうお父様!大好きッ!!」

 

「こ、こら、やめなさいっ」

 

何度も振り返りながら自室を出て行った娘を見送り、ため息をつく。

早くに母親を亡くし、自分は仕事に明け暮れた時代。

まだ幼かった娘にはずいぶんと寂しい思いをさせたかもしれない。

しかし、よくぞあれだけまっすぐに育ってくれたものだ。

 

「そしてよくよく、母親に似たものだな、タオナン」

 

顔に深く刻まれたシワを一層深くするような笑みを浮かべつつ、館の主人は執事を呼び付けた。

タオナンを学校へ送迎するプランを立てる為である。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

誰ですか学園なんて言いだしたのはッ!

本編を進めなきゃいけないのにつまみ食いしちゃうじゃないですかw

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作品についての勝手な印象

私の勝手な、すんごく勝手な、本当に身勝手なイメージなのですが、皆様の作品に触れたとき、頭の中で流れる楽曲があります。

歌詞の内容が、と言うよりもむしろ曲の印象って感じなのですが。

 

長田先生(id:nagatakatsuki)のこの記事で「ああ、やっぱイメージする曲ってあるよな」と思いました。

nagatakatsukioekaki.hatenadiary.jp

 

で、PFCS界をフラフラと巡ったとき、私の脳内に流れる曲のうち、youtubeにあったものだけ貼ってみます。

「お前は壮大な勘違いをしている」と思われるかもしれませんが、ご容赦ください。

あと昭和生まれのオタクに相応しく、すごく偏ったジャンルです。

 

 

 

りぶろ(id:Hirtzia)さんはこの曲なんですよ。

hirtzia.hatenablog.com


Record of Lodoss War Adesso E Fortuna Japanese Version HD

初めてりぶろさんのイラストを拝見したときに「あ、なんか懐かしい」という錯覚を覚えたのは、この曲を聞いた時に私の中で広がるイメージに近かったからなんだと思います。

今ではこの曲を聞くと、一人寂しくベッドに座って、もう誰も開くことのない扉を見ているマトリカリアの背中が思い浮かびます。

 

 

 

りとさん(id:rito-jh)はこの曲なんですよ。

ritostyle.hatenablog.com


Dragon Half - Watashi No Tamagoyaki

最初に国の名前と主人公の名前で「半濁音多いな!」って思ったときから、頭の中ではずっとこの曲が流れてまして。

支離滅裂な歌詞とゴージャスな曲と三石琴乃さんの可愛い声のミスマッチが、なんだかパラくんたちの珍道中にも通じるものがあるなぁと思っております。

 

 

 

ほうさんは(id:o_osan)はこの曲なんですよ。

o-osan.hatenablog.jp


Zabadak feat. MOE - Kaerimichi

ルウリィドがこんなに「官能大国」であることを知らなかったときの印象です(笑)

ずっとセピア色の世界が広がっているような、そんなイメージを持っていました。

しかし今はピンク色の世界でサラトナグがぬるぬるしてるイメージが勝つwww

そっちの曲はありませんm(_ _)m

 

 

 

長田先生(id:nagatakatsuki)は2曲あるですよ。

pfcsss.hatenadiary.jp


sukisukianison 016 ビースト

こっちはもう完全にメリッサの影響です。

曲の雰囲気が私の中のメリッサによく合ってるんですよ。

 


Tank! Cowboy Bebop (Full version)

これはドレスタニアの夜明け頃ってイメージです。

夜の世界がそろそろ終わるよ~昼間の世界に交代するよ~って感じ。

脛に傷のある彼らが「あばよクソッタレ」と言いながら去って行くイメージです。

 

 

 

なんちゅさん(id:poke-monn)はこの曲なんですよ。

pfcsnatuyu.hatenablog.com


おはよう。

あんまりドロドロしてないときのイメージですw

ソラくんもシュンくんも、特に何も無いごく普通の平和な一日。

この曲を聞くと二人を思い出すんですよね。

取り立てて描くこともないような平穏だけど、二人にとってはとても大切な、そんな感じです。

 

 

 

フールさん(id:TheFool199485)はこの曲なんですよ。

thefool199485pf.hateblo.jp


映画『火の鳥 鳳凰編』主題歌

呪詛の神秘性と設定の壮大さが、とてもぴったりだと思うんですよねぇ。

この曲は不意に聞いて油断してると泣いてしまうような、変な感覚がします。

なんとも形容しがたいムワッとした感じが、カルマポリスの緑の霧を想起させるんでしょうかね。

 

 

というわけで、私の勝手な印象でした。

繰り返しますが、歌詞からの言葉の意味付けで選曲はしておりませんので。

あと古くてマイナーな曲が多いので知らない方の方が大半だと思います。

イメージする曲はあるけどyoutubeに無かった分は、残念ながらこのまま胸にしまっておきますね。

とり娘が加わりました ~外伝SS~

大きな嵐だった。

山の天候は変わりやすいと言うが、しかしこれはあんまりだ。

 

「夕方には天候が悪化する。早く帰りなさい」

 

私は、育ての親の言葉を今更思い出し、ひどく後悔した。

ここは険しい山の中である。

国を東西に走るウーゴ ハック山脈の中央付近、エイアズ ハイ川の源流を遥か足元に見降ろす位置だ。

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人間中心の都市、エイ マヨーカから落ち延びた私は今、マカ アイマスの地でキスビット人と共に暮らしている。

彼らキスビット人は自然と共に生きており、山の天候にも詳しい。

それは理解していた。

しかし私もも十七歳オトナである。

自分の身は自分で守ることが出来るし、なにより天気の変わり目はニオイで察知できる。

そんな慢心と過信、油断が今の状況を招いた。

自業自得である。

 

「こんなに雲の足が速いとは・・・」

 

天候の変化に気付き、下山しようとしたが間に合わなかった。

辛うじて岩の窪みに避難し、雨に打たれることは回避できたのだが、しかし身動きが取れない。

視界が悪くなるほどの豪雨と、それが横殴りになるような暴風。

私は荷物の中から毛布を取り出し体に巻き付けた。

天候の回復がいつになるか分からない以上、ここでしばらくじっとしていなければならない。

そのうち上空から嫌な音が聞こえ始めた。

山全体を揺らすようなゴロゴロという響き。

雷である。

 

「やれやれ、いよいよツイてないな」

 

私が愚痴を漏らすのと、暗い空が一瞬の閃光で白むのは同時だった。

そしてその直後、耳をつんざく轟音が鳴り響く。

こんなにうるさくては眠ることすらできない。

また空が光った。

と、私はその中に影を見た。

大小の鳥が二羽、暴風に煽られながら必死に飛んでいるのである。

もしやあれは。

 

「幸と不幸は表裏一体、か」

 

私は荷物の中から短剣を取り出し、それだけ持って豪雨の中に身を躍らせた。

先ほどの影を追うためである。

もともと私がこの山に入った目的は、弓矢の製造に使う矢羽根ヤバネの採集である。

キスビット人がミーアと呼ぶ人型有翼の生物、その羽根が矢羽根ヤバネとしてとても優秀なのだ。

 

■ミーア -mia-

ミーアには基本的にメスしか存在しない。

性染色体が他の生物よりも極めて優性であり、どの種族のオスと交配してもミーアのメスしか生まれない。

ミーアがどのようにして交配相手を選別するのかは解明されていない。

ごくごく稀に劣性遺伝子を持つメスの個体もおり、その個体が子を持った場合はオス側の特性を持って生まれたり、ミーアのオスになる場合もある。

ミーアのオスは30,000体に1体程度の確率でしか発生せず、非常に貴重である。

繁殖は胎生であるため、妊娠後期は胎児の重さによって飛べなくなる。

そのため出産をひかえたミーアのメスは巣に食料を蓄え、備える。

知能は極めて低く、人間換算では5歳児程度。

教育によってはもう少し賢くなるケースも確認されている。

ミーアを両親とするミーア(つまりオスのミーアが必要)の場合は高い知能を持つとも言われる。

発声器官を有しており、人語を話すことができるが、ミーア同士のコミュニケーションは簡単な鳴き声と翼の動きなどで行うため、訓練無しに会話はできない。

腕を持たないため足がとても器用だが、繊細な作業には向かない。

羽根の色、形状は多種多様であるが、ミーア自身は色を認識できないのであまり関係ない。

通常は5~6体の小さな群れで行動し、標高の高い山の洞窟などを住処にする。

寿命は30~40年程度(推測)。

 ~『原生生物とその亜種』より~

 

恐らく、先ほど私が見た影はミーアのものだろう。

この嵐の中を飛ぶということは、十中八九、巣へ戻る途中であるはずだ。

巣を突きとめることができれば羽根を拾うことは容易い。

そう考え、私はたまに光る空に一瞬だけ浮かぶ影を追った。

 

「ぐっ・・・」

 

体を宙に持って行かれそうなほどの突風が吹き、私はたまらず呻いた。

頬を打つ雨のつぶてが勢いを増し、痛みを覚えるほどだ。

と、その突風にバランスを崩したのか、小さい方の影がみるみる降下していく。

大きな影はそのまま飛び続けている。

私は一瞬だけ迷い、小さな影を追うことにした。

 

「なー! なー! なー!」

 

まるで子猫が鳴いているような声が、かすかに聞こえてきた。

滑る足元に注意しながら進み、ようやく声の主と対面した。

そこにはミーアの幼生が居た。

全長は私の膝まであるか無いか。

雨でずぶ濡れであり、全身泥まみれであった。

ミーアの幼生は私の存在に気付くと、鋭い目つきでキッと私を睨んだ。

 

「るぅー・・・・るぅ、るぅ、るぅ・・・」

 

警戒音だろうか、喉を鳴らすような声を発しつつ、私から離れようとする。

しかしそれもままならないようだ。

恐らく落下の衝撃によるものだろうが、脚が折れているように見える。

 

「怖がることはない。大丈夫だ、助けてやる」

 

私は精一杯優しい声をかけた。

腰を落とし視線の高さをミーアに合わせ、じりじりと距離を詰める。

ようやく触れられる距離まで近づき、手を伸ばしたその時。

 

「わ゛うッッ!!」

 

ミーアが私の腕に噛み付いてきた。

鋭い牙が2本、皮膚を破り突き刺さった。

よし、これで暴れられることなく捕まえられる。

腕を噛ませたのは私の作戦だった。

不用意に近付けば必要以上に暴れ、結果的に傷が悪化する恐れがある。

しかし攻撃をした直後なら動きが止まると踏んだのだ。

狙いは成功した。

ただ思ったよりも牙が逞しかったことは計算外だった。

想定よりも深手を負ってしまった。

 

「なんて牙だよ、まったく」

 

私は腕を噛ませたままミーアの目をじっと見つめ、空いている左腕でその頭を撫でた。

辛抱強く、優しく、撫で続けた。

どのくらいそうしていただろうか、ミーアが腕を噛む力が緩んできた。

 

「んあ・・・」

 

私の血とミーアの唾液が雨にうたれ流れていく。

 

「そう、良い子だ。暴れるなよ?」

 

ミーアは私の顔と、赤い血が溢れる腕を交互に見て、そして腕の傷を舐めた。

ぺろぺろと数回舐めては、ちらりと私の顔を見る。

 

「ありがとう。もう、治ったよ」

 

というのは根も葉もない嘘だが、しかしいつまでもこうしているわけにもいかない。

私はゆっくりと腕を引き、服の左袖を裂いて傷に巻き付けた。

ミーアが幼生ではなかったら、片腕では運べなかっただろう。

私は左腕だけでミーアを抱え、下山した。

 

「エウスオーファン、また珍しいものを拾ってきたな」

 

やっとの思いで家のある集落まで帰りついたのは翌朝のことであった。

すっかり嵐は過ぎ去り、忌々しいほどに太陽が輝いている。

 

「脚が折れているんだ。診てやってくれないか」

 

そう言って私はミーアの幼生を、育ての親に差し出そうとした。

すると。

 

「なー!なー!」

 

ミーアが私の方に向かって鳴いた。

 

「いたく気に入られたらしいな。お前も怪我をしているんだろう?まとめて診てやるから入りなさい」

 

 

 

それから半年ほど経ち、すっかり怪我も治ったミーアだったが、自分の世界へ帰ろうとはしなかった。

何度も飛び立たせようとするのだが、すぐに私の元へ戻ってきてしまう。

 

「なー!なー!」

 

集落の年長者に色々と尋ねて回ったが、今までミーアに遭遇したことはあっても、飼ったことなど誰も経験していなかった。

私は困り果て、本日何度目かの飛来帰還を果たしたミーアに語り掛けた。

 

「お前、山には家族が居るんだろ?いいのか帰らなくて」

 

「なー!え・・・ぅ・・・えうすっ!なー!」

 

驚いた。

人語を話す器官を有していることは知っていたが、まさか名前を呼ばれるとは思ってもみなかったからだ。

 

「エウスオーファン、これもビットのお導きかも知れんぞ?」

 

「また『ビットの贈り物チュリオビット』か?やれやれ・・・」

 

キスビット人には、自身に起こる全ての事柄を、信仰の対象である土壌神ビットが遣わしたものであると考えて、ありのまま受け入れる習慣がある。

人間である私がすんなり受け入れられ、今まで庇護されてきたのも、この習慣のおかげではあるのだが。

 

「こいつがビットの贈り物チュリオビットか。とんだ贈り物だな」

 

「えうす!ちゅりお!なー!なー!」

 

 

 

そして数年後、私は自分の能力を充分に磨き、集落を出ることを決意した。

私を救ってくれたキスビット人、タミューサの意思を継ぐために。

この国の在り方を変え、差別に苦しむ人を救うために。

 

「チュリオも行く!エウスと一緒!行く!」

 

「駄目だ。お前はここに残りなさい」

 

「やだ!チュリオも!・・・やだ・・・いく・・・」

 

「・・・」

 

「お風呂、入るから。葉っぱ、食べるから。チュリオも・・・」

 

「・・・蛇は?」

 

「食べない!」

 

「仕方ないな。ちゃんと言うこと聞けよ?」

 

「チュリオ聞くよ!良いチュリオだよ!葉っぱ食べるよ!」

 

「分かった分かった」

 

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FLY ME TO THE MOON

下記の話の続きです。

1.キャラクターとショートストーリー

2.【上】それぞれのプロローグ

3.【中】それぞれのプロローグ

4.【下】それぞれのプロローグ

5.【前】それぞれの入国

6.【後】それぞれの入国

7.集結の園へ

8.心よ原始に戻れ

9.Beautiful World

10.慟哭へのモノローグ

 

キャラクターをお貸りしています。

今回はコチラの方々です。

所属国 種族 性別 名前 特徴 創造主
ドレスタニア(近海) 女性 紫電 気絶 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
ドレスタニア 人間 女性 メリッサ お米の 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
奏山県(ワコク) 人間 男性 町田 真人間 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
奏山県(ワコク) 人間 女性 アスミ 睡眠 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
コードティラル神聖王国 人間 男性 クォル・ラ・ディマ 女好き らん (id:yourin_chi)
コードティラル神聖王国 人間 女性 ラミリア・パ・ドゥ 常識人 らん (id:yourin_chi)
ライスランド 精霊 男性 カウンチュド お米ヤロー (id:yaki295han)
カルマポリス アルビダ 女性 ルビネル お米の フール (id:TheFool199485)

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「担当を決めよう」

 

抜き足差し足でこっそりと浴場へ向かう中、カウンチュドがクォルにヒソヒソと提案する。

完全に酒の勢いを借りた町田を先頭に、中央がクォル、後ろにカウンチュドという隊列だ。

 

「担当?どーゆー意味だ?」

 

カウンチュドのやること為すこと言うこと言わないこと全てが理解困難であると実感しているクォルは、眉をひそめて問い返す。

 

「町田はあの通り、アスミに一直線だろう?それ以外の女子には目もくれないはずだ」

 

「そりゃそーだろな」

 

確かに、とクォルは思った。

クォル自身は広く女性全般を愛してやまないのだが、町田のように一途な男に対する好感もある。

自分に無いものを持っている相手を認めるというのも、戦士として強くなる為の嗜みだ。

 

「で、残りはお前んとこのラミリアと、海賊の紫電、メイドのメリッサだろ?」

 

そーいえば浴場にはラミリアも居ることをすっかり忘れていた。

女好きであるという自覚はあるが、ラミリアを除外して考えてしまうのはなぜだろう?

身内感が強すぎると言うことだろうか。

覗きの対象として考えてもみなかった。

そんなことより。

 

「おい、ルビネルさんとカミューネちゃんを忘れてるぞ」

 

「なんだクォ、カミューネみたいな子供も守備範囲なのか?ちょっと引くぞ」

 

カウンチュドに引かれるという、ひどく心外な屈辱を受けてしまった。

しかしここまで言われてクォルはハッとした。

自分には『特定の誰かの裸体を堪能したい』という目的は無かった。

いま自身を突き動かすのは『女風呂を覗きたい』という欲求だ。

そこに誰が居るのかは問題では無い。

 

「あと、ルビネルは俺のだから候補から外してもらおう」

 

なるほど。

そう来たか。

ルビネルには残念なお知らせだが、どうやら彼女はカウンチュドのものらしい。

 

「じゃあ町田がアスミちゃんで、あんたがルビネルさん。俺様はそれ以外全員ということで」

 

「強欲にもほどがあるぞ!クォ!!」

 

「しっ!」

 

思わず声を上げてしまったカウンチュドを町田とクォルが制する。

二人とも人差し指を口の前に立て、必死の形相でカウンチュドを睨んでいる。

 

「メリッサは俺が貰うからな!」

 

しかしここで動じないのがカウンチュドの凄いところだ。

何のために顔に布を巻き付けて覆面をしているのだろうか。

忍ぶ気持ちなど微塵も無いように声を張り上げた。

 

「分かったから静かにッ」

 

「では最終確認だ」

 

階段を上がりきったところで三人は顔を突き合わせるように集まった。

あと曲がり角ふたつで裸の楽園パラダイスが待っている。

 

「町田のターゲットはアスミ単独で決まりだな?」

 

眼鏡のレンズの奥で、決意が宿る力強い瞳を光らせて町田は頷いた。

完全にカウンチュドに乗せられている。

 

「俺のルビネルとメリッサは譲れない。これも、良いな?」

 

有無を言わせない鬼気迫る声で言うカウンチュド。

町田は生唾をごくりと飲み込みながら頷き、クォルはやれやれと言わんばかりの適当な了承サインを送る。

 

「で、残りはクォ、お前にくれてやろう」

 

なぜカウンチュドから配給を受けるような流れになっているのか不明だが、ここで問答しても始まらない。

三人はまた、足音を殺しながら大浴場へと歩を進めた。

途中、エウス村長の部屋の前を通過するところが最も緊張したが、何事も無くパスすることができた。

天は我に味方せり。

そして、とうとう脱衣所への侵入が成功した。

扉一枚のみの隔たりを以って、その先は裸の楽園パラダイスである。

 

「こ、この向こうに・・・アスミちゃんが・・・」

 

町田は今更ながら湧き起こる罪悪感と戦っていた。

心臓が高鳴る。

もしかしたらこの鼓動の音で存在がバレてしまうんじゃないかと思うほど、とてもドキドキしていた。

 

「さてさて、どーやって覗こうかね」

 

クォルは浴場側の壁を調べ、隙間や穴などを探している。

まさか扉を開けて堂々と、という訳にもいかない。

 

「集合だ!もう一度確認だ!」

 

急にカウンチュドが声を上げた。

町田は心臓が口から飛び出るほど驚いた。

一瞬だけ気絶したかもしれない。

クォルは浴場内の気配を探り、こちらに気付いた様子が無いことに安堵した。

そしてカウンチュドに冷たい視線を送る。

 

「どういうつもりだ・・・」

 

女風呂を覗くという行為が極秘であり隠密であり水面下であることは万国共通の常識だと思っていたが、どうやらカウンチュドには当てはまらないらしい。

クォルは注意する気も失せて問い正す。

 

「これを見てくれ。アウレイスも中に居るぞ」

 

見ればカウンチュドは、脱衣所に置かれている衣服、つまり現在入浴中の彼女らが脱いだ衣類を手にしていた。

 

「だ、駄目ですよ勝手に触っちゃ!」

 

慌てる町田。

カウンチュドが乱暴にむんずと掴んでいる布の塊の中には、アスミの服も入っていたのだ。

クォルもそれを確認し、一歩下がって言う。

 

「まさかそこまでやるとは・・・さすがに引くわ」

 

「一向に構わんッ!!」

 

クォルに引かれることが構わないという意味だろうが、ここに忍び込んでいることがバても構わないのかと思ってしまうほどの声に、呆れる以外の選択肢が無い。

 

「俺はアウレイスに興味は無い!クォの担当で良いか!?」

 

「あー、好きにしてくれ」

 

「同感です」

 

と、謎の確認作業が行われたその時、浴場内から紫色の光が放たれた。

壁面や扉の隙間から差し込む眩しい光。

ああ、こんなに隙間があったのか、とクォルは思った。

そして。

 

ドッバァァァァーッ!!!!

 

ザザァーッッッ!!!

 

浴場内から大きな音がした。

そして内側から扉に水が打ちつけられるような音。

誰かの悲鳴。

またも壮絶なびっくりドッキリに見舞われた町田は、その場に座り込んだ。

この数分だけで数年分の鼓動を打った気がする。

クォルは判断に迷っていた。

中で何か事件があったのならすぐに救助すべきだが、しかし自分がここに居ることの言い訳ができない。

さらに、特に何事も無かった場合のリスクが大きすぎる。

だからと言って今の物騒な音を無視することも気が咎めた。

カウンチュドは迷わず扉を開けた。

 

「ちょ!おいっ・・・!」

 

クォルの制止は届かない。

カウンチュドは湯煙の立ち昇る浴場内へと消えて行った。

 

「きゃああああああッッッ!!!!」

 

恐らくカミューネのものと思われる悲鳴が聞こえてきた。

そりゃそうだろうな。

女湯にいきなり男が入ってくれば。

 

「ま、待て!俺は・・・ぐはッ・・・物音が・・・うぐッ」

 

激しい打撃音と共に、カウンチュドの言い訳と呻きが聞こえる。

カウンチュドほどの猛者がこんなに打たれるとは、相手は誰だろう?

 

「乙女のやわ肌をタダ見なんて、それなりの覚悟はあるんでしょ?」

 

地を這うような、腹の底から絞り出したこの声に、クォルは聞き覚えがあった。

ラミリアだ。

ああ、ラミのやつ本気と書いてマジで怒ってやがる、と考えただけで、クォルの背中には冷たい汗が流れた。

とは言え中の状況は音だけでは分からない。

クォルはそっと、カウンチュドが開け放った扉から浴場を覗いた。

視界の中央で、カウンチュドがラミリアからめった打ちに遭っている。

ラミリアは腰にタオルを巻き付け、左手で胸を覆いながら右拳の連撃を放っている。

その少し奥に人の塊が見える。

よく見るとメリッサの上にアウレイス、その上にアスミが覆いかぶさっている。

アスミは気を失っているように見える。

何があったんだ一体。

その傍らにはルビネルが立っており、腰に手を当ててカウンチュドが打たれる様をただ見ている。

体を隠す気はまるで無いようだ。

すぐ隣にはしゃがみこんだカミューネがいる。

おや?

 

紫電サンが居ねーな・・・」

 

クォルが紫電の姿を探していると、背後から声が聞こえた。

 

「アスミちゃん!?」

 

どうやら町田が気を失っているアスミに気付いたようだ。

しかし扉が開いているこの状態で声を上げるのは非常にマズイ。

クォルは咄嗟に浴場へ背を向け、叫んだ。

 

「ラミ!すまねぇ!カウンチュドを止めらんなかったわ!大丈夫か!?」

 

全ての罪をカウンチュドに被せ、自分は止めに来た風を装うことにしたのだ。

まるで今来たように、そして紳士的に中を見ないように。

一瞬で考えたにしては上出来なこの策は、どうやら通用したようだ。

町田の声も一緒に誤魔化せたらしい。

 

「もう成敗したから大丈夫だけどコッチ向いたらアンタも殺スッ!!」

 

「お、おう・・・」

 

どうやらカウンチュドは還らぬヒトとなってしまったようだ。

自業自得を絵にかいたような最期だったな。

 

「あ、そうだ。クォ、町田くん、ちょっと来てくれる?」

 

思わぬ声の主はルビネルだった。

クォルも町田も驚いたが、一番驚いたのはラミリアだった。

 

「ル、ルビネルさん!?なんであいつら呼ぶの!?」

 

「だって、寝ちゃってるアスミちゃんも、気を失ってる紫電さんも、どうやって運ぶ気?男手があった方が良いじゃない」

 

至極もっともなことを当然のように言ってのけたルビネルだが、しかしここが女湯であり、自分たちが裸であることがまるで勘定に入っていない。

 

「そ、そりゃそうだけど・・・だってホラ、私たち、は、裸だし?」

 

これがルビネルの狙いなのかどうなのか、ラミリアは狼狽が勝り、さっきまでの怒気が消え失せている。

ルビネルの言葉でアスミが寝ているだけだということが分かり、町田も安心したようだ。

 

「では部屋まで運ぶのをお手伝いしますので、タ、タオルを!」

 

町田は浴場に背を向けながら、脱衣所に置かれていた大きめのタオルを数枚差し出した。

それをカミューネが受け取る。

ラミリアとルビネルがアスミを抱き起こし、タオルを巻きつける。

その間にようやく解放されたアウレイスもいそいそとタオルを手に取った。

 

「メリッサさんも!ほら、隠す隠す!」

 

ラミリアに促されたメリッサはタオルを巻こうとするが、しかしタオルの長さが足りない。

ん~ッと頑張ってみるものの、やはり無理なようだ。

その様子をアウレイスが恨めしそうに眺めている。

 

「あれ?そう言えば紫電サンは?」

 

「あぁッ!!!やっば!!」

 

クォルの問いに、ラミリアが大声を上げた。

 

 

 

「ん~・・・」

 

喉の渇きと頭の重さで目が覚めたアスミ。

じっとりと髪の毛が濡れている。

 

「あ、アスミちゃん!目が覚めたんだね、良かった」

 

ふいに隣から聞こえたのは町田の声だった。

顔を向けると、安堵の笑顔を浮かべる町田が見えた。

 

「私・・・確かお風呂に入ってて・・・」

 

まだぼんやりする頭で霞む記憶の糸をたどる。

しかし上手く思い出すことが出来ない。

 

「アスミちゃん、お水飲む?喉乾いたんじゃない?」

 

町田は水差しを取りに立ちあがった。

グラスに水を注ぎ、アスミに振り返る。

 

「はい、どうぞ」

 

「ありがとう・・・」

 

確かにすごく喉が渇いている。

でもなんで町田くんは私がお水を飲みたいのが分かったんだろう。

ぼんやりしながら、グラスを受け取るために上半身を起こしたアスミ。

と、町田が慌ててそっぽを向いた。

どうしたんだろう?

不思議に思っていると、なんだか体がスースーすることに気が付いた。

 

「きゃあっ」

 

小さな悲鳴を上げて、アスミは掛け布団を掴んだ。

どうして自分が裸なのか分からない。

 

「お、お風呂場で、寝ちゃってたんだよ、アスミちゃん」

 

顔だけ横を向いた町田は、再び手だけをアスミに向けてグラスを差し出した。

そっと手を伸ばしてグラスを受け取りながら、町田の言葉でだんだんと状況を思い出してきたアスミ。

とても冷えた、とは言い難い水だが、とにかく美味しいと感じた。

喉を通りすぎた水が体中に広がって行くのが分かる。

同時に頭もはっきりとしてきた。

 

「そうだ、私、お風呂でお酒を飲んで、寝ちゃったんだね」

 

寝ている間に何があったのかは分からない。

でも誰かがここまで自分を運んできてくれたことは確かだ。

 

「町田くんが部屋まで連れて来てくれたの?」

 

あのとき、タオルを巻いただけのアスミを、町田はここまで運んだ。

本当はお姫様抱っこがしたかった。

しかし熟睡して完全脱力している人間一人を抱えるというのは予想以上に筋力を必要とする。

結局、ルビネルとラミリアに協力してもらい、おんぶの体勢でここまで運んだ。

幸いにもアスミの部屋は浴場からそう遠くなかった。

 

「う、うん・・・」

 

アスミを運んだ時の感触が、手に、背に、じわじわと蘇る。

町田はまだアスミの方を向けずにいた。

変な汗が流れる。

 

「ありがと・・・。重くなかった?」

 

「全然ッ!軽かったよ!心配になるくらい軽かった!!」

 

アスミに向き直り、町田は大きな声で言った。

町田の反射的で全力な気遣いが手に取るように分かった。

女性に重いと言ってはいけないという刷り込みが、こんな反応を起こしたのだろう。

それが可笑しくて、愛しくて、アスミは笑った。

つられて、町田も笑った。

笑うと言う行為は不思議なもので、心を軽くしたり前向きにしたりする作用がある。

 

「ねぇ、町田くん、私を運ぶときね・・・見た?」

 

「みっ、見てないよ!絶対見てない!!」

 

アスミは何を、とは言っていないが、町田は全力で否定した。

 

「じゃあ、見たい・・・?」

 

「え・・・」

 

「向こう、向いててくれる?」

 

町田はアスミに言われるまま、背を向けた。

心臓が高鳴る。

脱衣所に忍び込んだときよりも、更に大きな音がする。

自分の耳のすぐ横に心臓がある気分だ。

かすかに、衣擦れの音がした。

その後は特に何も聞こえない。

アスミも、何も言わない。

 

「ア、アスミちゃん?」

 

町田が問い掛けるが、しかし返事は無い。

意を決した町田は思い切って振り返った。

そこには、静かに寝息を立てるアスミの姿があった。

 

「・・・おやすみ、アスミちゃん」

 

町田は静かにそう呟くと、カーテンを閉める為に窓に近付いた。

明るい満月が青い光を降り注いでいた。

 

 

 

自動的にペンが動き、すごい速度で文字を書いている。

その様子をポカンと口を開けて見ているのはメリッサだ。

ルビネルの呪詛をまじまじと見つめている。

 

「す、すごいです!ルビネルさん、これ、すごいです!」

 

語彙力が足りないのは残念だが、しかし感心しているのはよく伝わる。

素直に褒められるのは嬉しい。

 

「こうすると、ホラ、こんなこともできるわよ」

 

複数のペンを器用に操り、グラスに水を注いで見せた。

 

「わぁー!!すぐにお城で働けそうですー!!」

 

メリッサは、自分の代わりにペンが掃除をしてくれる様子を想像してニヤけた。

自分がお菓子を食べているときもペンが勝手に作業をしてくれる。

そんな夢のような能力。

 

「私も、頑張ったらできますか!?」

 

的外れで真剣な問い掛けに、ルビネルはフフッと笑った。

そしてメリッサの頬に手を伸ばし、優しく撫でながら言う。

 

「可能性は、ゼロでは無いかも知れないわね」

 

頬を撫でる指をゆっくりとスライドし、人差し指で唇に触れる。

妖艶な流し目でメリッサを見おろしながら、ルビネルは指をほんの少しだけ離した。

 

「舌を出して」

 

頭の上にハテナマークがたくさん浮かんでいるメリッサ。

ルビネルがなぜそんなことを言うのかまるで分からない。

しかし、ハッと思い付くことがあった。

もしかしたらペンを自在に操るための修行かもしれない!

ならばやるしかない!!

 

「んべぇ」

 

根限りの全力で舌を出したメリッサ。

あまりの盛大さにルビネルの調子が狂う。

 

「あ、あのね、もうちょっと控えめに。こんな感じで」

 

ルビネルは舌先だけをちろりと出し、メリッサに見せる。

普通はこうなるハズなのだが・・・。

メリッサがお手本を真似て舌を引っ込めたのを確認すると、ルビネルは気を取り直して続ける。

舌先に人差し指を当てる。

 

「このまま、舐めなさい」

 

「ふぁい」

 

ぱくっ。

んぐんぐ。

 

「ち、違う!そうじゃないわ!」

 

「ふえ?」

 

ルビネルの脳内で、今までの女性エモノたちの姿が再生される。

が、どの娘ももっと蕩けるような反応だった。

 

「ペンが動かせるようになるなら私、何でもしますよ!☆」

 

なぜメリッサは思い通りにならないのだろう。

目を輝かせながら自分を見詰めるメリッサに、ルビネルは軽い眩暈を覚えた。

しかし大事なセリフな聞き逃さない。

 

「何でも、と言ったわね?」

 

「はい!☆」

 

ここは少し強引でも、直接的手段に移るのが得策と判断したルビネル。

メリッサに、ベッドで横になるように指示をした。

そして、その首筋に舌を這わせようと身を乗り出した。

するとルビネルの見事な黒髪がメリッサの顔にかかる。

偶然にも鼻腔をくすぐる結果となった。

 

「ふぇ・・・へくちッ!」

 

「痛ッ!!!」

 

図らずも頭突きを喰らわす形となってしまった。

ルビネルは頭を押さえながらベッドを降り、窓際へフラフラと歩いた。

 

(ダメだわ・・・こんな手ごわい娘、初めて・・・)

 

窓の外にはキレイな満月が輝いている。

 

 

 

「よいしょっと」

 

クォルは抱えていた紫電が壁や扉に当たらないように気をつけながら、足で器用に扉を開けて部屋に入った。

あとはこのまま紫電をベッドに放り投げて任務完了。

の予定だった。

 

「・・・んん、ん?」

 

「あら?お目覚めかい紫電サン」

 

紫電はぼんやりとした視界の中に人の顔を認識し、焦点を合わせようと眉間にシワを寄せた。

これは、クォル?

 

「・・・ッいてて、オレは・・・?」

 

なぜか頭痛がする。

気分も悪い。

自分の状態を把握しなくては。

打撲や骨折などの怪我は無いようだが、ひどく体が重い。

座っているような気がする。

いや、寝ているのか。

 

「なッ!!!!」

 

ふいに覚醒した紫電の時間が止まった。

身に纏うのはタオルだけという半裸状態でクォルにお姫様抱っこされている。

どうしてこうなった。

 

「ああ、悪い悪い。すぐ降ろすから」

 

クォルはそう言って紫電をベッドにそっと降ろした。

あのあと、紫電を部屋まで運ぶのに、クォルが最適ということになったのだ。

半ばルビネルの独断だったが。

 

「お・・・王子さm・・・」

 

「は?」

 

無意識に口を衝いて出た言葉をどうにか途中で止めた紫電

しかしギリギリアウト。

ほとんど言ってしまっている。

幸運にもクォルには聞こえていなかったようだが。

 

「オレ・・・なんで、ってかクォルが何でオレの部屋に!?」

 

状況を整理したいが記憶も感情もぐちゃぐちゃでまとまらない。

とにかく昔からの夢であった『お姫様抱っこされる』が寝ている間に叶ったということだけは実感していた。

しかしなぜ半裸?

まさか・・・。

 

「オレたち・・・その、な、な、何かあった、ワケじゃないよな?」

 

目玉焼きが焼けるほどに熱くなった顔を隠すように俯きながら、紫電はクォルに尋ねる。

紫電が言う『オレたち』は、もちろん自分とクォルのことだが、しかしクォルの解釈は違っていた。

あの浴場で起きた事件のことを指しているのだと思ったのだ。

クォルからしてみれば何が起きたのか詳細は知らない。

しかし、紫電は気を失って湯船に浮かんでいた。

何かあったに決まっている。

 

「無くはないけど、まぁ、そんなに気にするほどのことじゃねーと思うぜ」

 

無くはない。

無くはないって結局のところあったってことか?

何があったんだ?

何が?

紫電の頭はパンク寸前だ。

 

「な、な、な・・・何かあった・・・の?」

 

「そりゃまぁ、何も無きゃこの状況にはならないしなぁ」

 

 タオル一枚という紫電の姿を直視するのは良くないだろうというクォルの気遣いは、紫電からすると都合が悪くて目を逸らしているように見える。

まさかこの男は、自分が寝ている隙にあんなことやこんなことを!?

想像しただけで紫電の頭はオーバーヒートしてしまった。

ここは難しく考えるのをやめよう。

海賊は海賊らしく。

紫電はガバッと起き上がり、ビシッとクォルに人差し指を突きつけた。

 

「この責任はしっかり取っt・・・ありゃふぇくぁwせdrf・・・」

 

ぼふっ。

ベッドに倒れ込んだ紫電

無理も無い。

今まで横になっていたところを、急に立ち上がったりすればまた酒が回る。

本日何度目かの『やれやれ』で、クォルは紫電に掛け布団を掛けてやる。

少し開いていた窓からは涼しい夜風が吹き込みカーテンを揺らす。

ベッドの中とは言え紫電の格好を考えると、窓は閉めておいた方が良さそうだ。

クォルは空に浮かぶ大きな満月に向かって、負けないくらい大きなため息をついた。

 

 

 

ヒヒキニスの入ったグラスを片手に、館の裏庭で月を眺めながらチビチビと飲んでいるのはラミリアだった。

思えば怒涛の展開でここまで来た。

今の目的はカミューネの兄を救出することだ。

しかし今日の話では、それ以上に大変なことになりそうな予感がする。

エウス村長はこのキスビットから差別を無くしたいと考えている。

それはもちろん素晴らしいことだし、もし協力できることがあるなら喜んで力になりたいと思う。

しかし、では具体的に何を、と考えても何も浮かばない。

果たして自分に何が出来るだろうか。

 

「どこで見たって、同じお月さまなのにねぇ」

 

故郷で見ていた月も、ここで見る月も、変わらず美しい。

なのに国が違えば習慣も思想もまるで違う。

同じ空の下で、こうも差が出るものなのか。

そこまで考えて、ラミリアは考えるのを止めた。

 

「私らしくないね、こんなの。やめたやめた」

 

気持ちに迷いや不安があるときは、体を動かすに限る。

風呂上がりなので汗をかかない程度に軽く、と思いながらスッと腰を落とす。

単純な正拳突きを2回、3回。

相手をイメージして、急所までの最短距離を最速で突くことをイメージする。

そのイメージをトレースするように、拳を突き出す。

と、ふいに背後から拍手が聞こえた。

驚いたラミリアは身を反転して構える。

そこには昼間、船の操縦をしていたアルファが立っていた。

全く気配を感じなかったことに不気味さを覚えながら、ラミリアは声をかける。

 

「あら、アルファさんじゃない。こんばんわ」

 

するとアルファは頭を下げて挨拶をした。

言葉は無い。

 

「あなた、声は出ないの?」

 

「いえ、必要とあらば」

 

「あら。良い声」

 

抑揚の無い短い言葉だった。

しかしその声は見た目とは裏腹に、機械的な音声ではなく生身の人間の声に聞こえる。

だが会話を続ける気は無いようだ。

 

「何しに来たの?」

 

「・・・」

 

「ま、無理に答えることも無いけどね」

 

「ワタシに・・・」

 

「ん?」

 

「武術を教えてくれませんか」

 

「え?」

 

ラミリアは突拍子もない申し出に、心の底から驚いた。

なぜ急にアルファがそんなことを願い出るのか、理解できない。

 

「なんで?」

 

そう尋ねるのが精いっぱいだった。

別に教えるのが嫌なわけではない。

ただ単純に、不思議だっただけなのだ。

 

「ワタシには、ココロというモノが理解できません」

 

アルファは視線を月に送り、そしてラミリアを見た。

 

「アナタは先ほど、月を見て何か悩んでいましたね。しかしそのあと空気をパンチするたびに、その悩みが消え去るように見えました」

 

そんなところから見られていたのかと恥ずかしくなったラミリア。

それを紛らわす為に少し声を大きくして返す。

 

「別に悩んでたわけじゃないけどね。でも『型』をやるとスッキリするってのはあるかな」

 

「ワタシには、アナタが先に頭脳で演算した軌道を、拳が追っているように見えました。そしてその予測軌道と実際の軌道の差が少なくなるにつれ、アナタの表情から曇りが消えていきました」

 

ラミリアは驚いた。

確かに『型』は、最も理想的な動きをまずイメージし、それに肉体をどこまで合わせられるかが肝となる。

先ほどの正拳突きも、そのようにやっていた。

しかしそれは自分の中の話であって、それを傍から見ていてここまで理解できるものだろうか。

 

「じゃあ、ちょっとやってみる?」

 

これが、アルファの求める心探しの役に立つかどうかは分からない。

しかしラミリアは、久しく感じていなかった感情を思い出していた。

自分が初めて師範代として道場に立ったあの日の気持ち。

 

「じゃあ、まず始めにこう言うのよ。『よろしくお願いします!』」

 

「よろしくお願いします」

 

アルファの声に相変わらず抑揚は無かったが、稽古は続いた。

丸く大きな月の光が降り注ぐ裏庭で。

 

 

 

カウンチュドは寒さで目を覚ました。

全身びしょ濡れである。

ここは大浴場。

全身が痛い。

そうだ、ラミリアの百烈拳を喰らったのだった。

だが目的は達せられた。

ルビネルとメリッサの全身をしっかりと脳裏に・・・あれ。

肝心な部分の記憶が無い。

おかしい。

寒い。

体が動かない。

お米が食べたい。