学園PFCS

まるで一軒の家が移動しているような光景だった。

16頭立ての巨大な馬車である。

絢爛な装飾に見え隠れする頑強で重厚な造り。

想定外の急襲にも篭城策で対応できそうな、いわゆるVIP御用達の仕様であることが一目で判る。

更にその豪華な馬車の前後を、それぞれ4名ずつの騎馬兵が固めている。

重そうな甲冑を物ともしない屈強な兵士8名が取り囲む馬車。

そしてこの、物々しい雰囲気を周囲に撒き散らしつつ進行する騎兵小隊は、校門の前で停止した。

 

「遠くで降ろしてって言ったのに!もう!お父様のバカ!」

 

ちょうど登校時間の真っただ中、多くの生徒、学生が学び舎への門をくぐろうとするそのときに、こんな場違いな馬車が止まれば誰だって注目してしまう。

厳重に閉められていた扉が、ガコンという大袈裟な音と共に開き、中から少女が悪態をつきながら飛び降りた。

それを追うように、身なりの整った老人が慌てて降りる。

 

「お嬢様、ご主人様はお嬢様のことを心配なされればこそ・・・」

 

「爺やは黙ってて!てゆーか早く帰って!みんな見てるでしょ!」

 

「お、お嬢様・・・」

 

「もういいから早く帰ってよ!恥ずかしいでしょ!」

 

すごい剣幕で帰還を命じられた老人は、すごすごと馬車に戻った。

やがて馬に軽く鞭が入れられ、馬車は動きだした。

 

「はぁ・・・これから毎朝コレかぁ・・・嫌だなぁ・・・」

 

 

 

時は遡り、とある豪勢な邸宅。

外観からは4階建てと言われても納得しそうな高さのある洋館。

中は天井の高い2階建てで、床や柱には大理石、壁面には装飾額縁の絵画が並んでいる。

庭、と呼ぶにはあまりにも広い敷地には使用人の住む屋敷が数棟あり、美術品や骨董品などが収められている蔵もいくつか建っている。

そんな、貴族さながらの屋敷には似つかわしくない怒鳴り声が聞こえる。

 

「お前には家庭教師を付けると言っただろう!」

 

ワナワナと拳を震わせながら、自分の娘をギロリと睨む初老の男性。

この屋敷の主である。

一代でこの環境を作り上げた彼は、それ相応の修羅場をくぐってきた。

並の相手ならひと睨みで黙らせることも可能だ。

しかし。

 

「お言葉ですがお父様」

 

と、丁寧に前置きしつつ、しかし直情的な気性は隠せない。

語りながらどんどん勝手にヒートアップしてしまう。

 

「学校では知識や教養以外の多くを学ぶことができます。友好関係が後の財産になることだってあるし。それにコミュニケーションの方法とか、他にもいっぱいいっぱい身につけるべきことがあるの!なんで学校に行っちゃダメなの!?みんな普通に行ってるのに、アタシだけ行けないなんてオカシイわッ!!!」

 

現在のところ、この館の主人にここまで啖呵を切れるのは、タオナンだけである。

 

「よく聞きなさい、タオナン」

 

館の主人から、父親の顔に戻しつつ、落ち着いた口調で続ける。

 

「街には危険が溢れている。私は可愛いお前をそんな無法地帯に送り込むなんてことはできない。分かってくれないか」

 

タオナンとて、父親が自分を最大級に愛してくれていることは理解している。

こんな風に言われると、チクリと胸が痛んだ。

話し合いもせず勝手に入学手続きを進めてしまったのは、確かに自分に非がある。

 

「でもお父様が考えているほど、外は危険じゃないと思う・・・」

 

子供の頃から何度もこっそり敷地を抜け出し、近所の子供達と遊んだことがあるタオナン。

その都度私兵たちに連れ戻されてしまったが。

 

「それはお前が見ている世界がほんの一部だからだ。この世は危険でいっぱいだよ」

 

タオナンの父親は、武器・兵器の類を企画・製造・輸入・販売している。

この世に存在する暴力的な側面を良く知る立場にあるということだ。

 

「それはお父様の世界の話でしょう?」

 

「その認識が、怖いのだ。私の世界もお前の世界も本当は地続きだというのに、まるで別次元のことのように語られる。裏も影も闇も、すべて我々のすぐ側に在るというのに」

 

とても寂しそうな瞳で我が娘を見詰める父親

この目をされると弱い。

歳をとってからの子は可愛いという話を、爺やから何度も聞かされた。

自分に対する父親の態度からも、それは痛感している。

しかし限度がある、と思う。

 

「と、言ったところで、お前は聞かないんだろうな・・・」

 

言い返すことをやめた娘。

しかしそれでも、唇を噛みスカートの裾を握ったまま俯いているのは、不服の思いを父親にぶつけるのを我慢していることを示している。

それが自分に対する、娘の優しさであることも分かっている。

 

「・・・条件付きでなら、許可しよう」

 

大甘だな、と心で自嘲しつつ、しかし目の前でみるみる破顔してゆく娘を見れば、折れる以外の手段は見つからない。

 

「ありがとうお父様!大好きッ!!」

 

「こ、こら、やめなさいっ」

 

何度も振り返りながら自室を出て行った娘を見送り、ため息をつく。

早くに母親を亡くし、自分は仕事に明け暮れた時代。

まだ幼かった娘にはずいぶんと寂しい思いをさせたかもしれない。

しかし、よくぞあれだけまっすぐに育ってくれたものだ。

 

「そしてよくよく、母親に似たものだな、タオナン」

 

顔に深く刻まれたシワを一層深くするような笑みを浮かべつつ、館の主人は執事を呼び付けた。

タオナンを学校へ送迎するプランを立てる為である。

 

 

 

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誰ですか学園なんて言いだしたのはッ!

本編を進めなきゃいけないのにつまみ食いしちゃうじゃないですかw

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