「本日は我がキスビットの、鬼にまつわる体験コーナーにお越しいただきまして誠にありがとうございます!ワタクシ、キスビットの真ん中にある村、タミューサから参りました、外交使節および広報担当のエビシと申します。これを機に皆様方が少しでも、我がキスビットにご興味を持って頂ければ幸いでございます!それでは、こちらが展示でございますので、どうぞごゆっくり御観覧ください!」
キスビットに古くから伝わる伝統行事のひとつに『オウイェ』というものがある。
国中のどこでも行われる季節の行事だが、地域によってその規模は異なる。
人口の大多数を鬼が占める都市、ジネがその発祥と言われており、現在でも国内最大級のオウイェと言えば、ジネで開催されるものがそれに当たる。
その内容は、簡単に言ってしまえば単なる『寒中水泳』である。
元々は鬼の男性のみが参加する祭であったが、いつしか女性の参加も認められるようになり、さらに他の種族の参加も許容されるようになった。
ただし発祥が鬼の行事であるということへ敬意を払うため、ツノを有さない種族の参加者は仮のツノを装着しなければならない。
さて、このオウイェは、河川を泳いで渡るというのが主たる行動である。
鬼や、鬼に扮した諸々が一斉に対岸を目指し、身を切るような冷流を泳いで渡るのだ。
川の向こう岸には酒樽が置かれており、最初にその樽に辿り着いた者には『
酒鬼御免状を持つ者は、それを発行した地域にあるどの店に入っても、酒類が無料で飲み放題になるという夢のようなパスポートである。
有効期限は次のオウイェが開催されるまでの1年間。
御免状が有効な店舗数が国内で最も多いこと、それから、全員に配布される参加賞が高級酒ということも、ジネのオウイェ人気の理由かもしれない。
※画:エビシ
ところで、オウイェには由来となった逸話がある。
以下がその故事である。
むかしむかし、とある村に、大酒飲みの大鬼がおりました。
大鬼はせっかく大きな体と強い力を持っているのにちっとも働かないので、村民から嫌われていました。
しかし力が強いので、誰もその鬼に「働け」と言えないのでした。
毎日毎日「酒が足りねぇ」「あの川が酒なら良いのに」とボヤきながら、だらしなく暮らしている大鬼を、みんなは疎ましく思っていたのです。
ある日、川の氾濫が村を襲いました。
実はこの村、大雨のたびに氾濫し、村に大きな被害を出していたのです。
今回も強い雨が長く続いたため、村民たちはしぶしぶと高台に避難します。
ところが。
川の水位が増していよいよ村の田畑が浸水し始めたころ、村長が叫びます。
「娘が!ワシの娘がおらん!しまった娘はまだ屋敷じゃ!」
しかしみんな大慌てするだけで、どうすることもできません。
「誰か!誰か娘を!助けてくれぃ!」
村長は泣きながら頼みましたが、誰一人として高台から下りようとする者は居ませんでした。
今から村に下りれば確実に氾濫した川に押し流されてしまうからです。
そこへ。
「もしワシが娘を連れて戻ったら、飽くほど酒を飲ませてくれるか」
なんと大酒飲みの大鬼が、のっそりのっそり高台を下りていくではありませんか。
「もしも娘を助けてくれたなら、酒なぞいくらでも飲ませてやる!」
村長は藁にもすがる思いで叫びました。
村人たちも口々に言います。
「俺も飲ませてやる!だから村長の娘を助けてくれ!」
「うちの酒も全部やるから早くいけ!」
「村中の酒をみんなやる!きっと助けてくれよ!」
そうするうちに、大鬼は気合いの掛け声を上げてじゃぶじゃぶと水の中へ入っていきます。
「オウイェッ!!」
しかし水位が上がる方が早いのです。
もう水は村長の屋敷の床にまで届いています。
「やはりダメだったか」
誰もが諦めかけたそのときです。
大鬼がぐぐっと体を縮め、その場にしゃがみ込みました。
そして顔を水面にたぷんとつけました。
村民たちは不思議そうに見守ります。
しばらくすると大鬼は「ぶはっ」と言って顔を上げ、大きく息をするとまた顔をつけます。
「あいつ、川の水を飲んでいるぞ!」
誰かが叫びました。
そう、村長の屋敷まで間に合わないと踏んだ大鬼は、川の水を飲み干そうとしているのです。
「あいつは馬鹿だ!」
「馬鹿だあいつは!」
「馬鹿の中の馬鹿だ!」
みなは落胆し、怒り、村長はその場に泣き崩れました。
しかし。
「お、おい!あれを見ろ!」
村民のひとりが大声を上げました。
指をさしたその方を見ると、さっきまで床上まで浸水していた村長の屋敷の、縁側が見えているのです。
よく見れば、全体的に水位がぐんぐんと下がっているではありませんか。
その間にも大鬼は「ぶはっ!」「んぐっんぐっ」を繰り返しています。
村民たちは一斉に大鬼を応援しました。
「オウイェ!オウイェ!」
やがて、いつもの道が見えるほどに水位は下がり、村民たちはどやどやと高台を下りました。
村長は転げるようにして屋敷に戻り、娘の無事を確認しました。
村長をはじめ、みなは手に手に酒を持って大鬼の周りに集まりました。
「でかした!さあ好きなだけ飲んでくれ!」
口々に褒めそやす村民たちに、大鬼は言いました。
「いや、さすがに今はもう飲めねぇよ」
めでたしめでたし。
この話から、なぜ現在の『泳いで渡る』ようになったのかについては諸説ある。
しかしそのどれもが憶測の域を出ない。
「と言うわけで!キスビットの文化に親しんで頂く為、こちらのコーナーでは『オウイェ』を疑似体験できるミニコーナーをご用意させて頂きました!こちらの容器に入った冷水を頭から被り「オウイェ!」と発声していただきますと、こちらのお酒、もしくはジュースを無料で差し上げます!どうぞ皆様奮ってご参加ください!」