要するに、俺を拾って助けてくれたこの男は『アイドルオタク』という分野の人類らしい。
その昔、労働することはおろか、人とのコミュニケーションや、外出すら拒絶していたような時期があったらしい。
しかしこの『みかりん』というアイドルに出会い、人生が激変したのだそうだ。
ライヴを観に行きたいから外出せねばならない。
当然ながら費用がかかるので働かなければならない。
人とのコミュニケーションが不要な仕事などそうそう見つからない。
そんな理由で徐々に社会復帰し、現在に至るのだそうだ。
「あんた、見かけに寄らずスゲェな。根性あるよ」
俺は本心から感心していた。
人は変われない、それが今までの俺の人生哲学だった。
「否定はすまいwwwみかりんのお陰でゴザルよデュフフwww」
気持ちの悪い笑みを浮かべながら、こいつは始めて俺と目を合わせた。
会話に慣れてどもらなくなっていたのだが、やはり顔を突き合わせてのやりとりはずいぶんと神経を使うらしく、汗が流れている。
「し、
別に今まで通り、視線を合わせること無くしゃべってくれれば良い。
なぜこいつはこんなに必死になってまで、慣れないFace to Faceにこだわるのか。
「み、み、みかりんの、ライヴに、その・・・い、行け・・・来れば・・・」
ああ、そうか。
『大事なことだから 目を見て伝える』なんて歌詞があったな、さっきの曲に。
「あ、雨哉氏ッ!」
突然の大声に少しだけ驚いた。
一生懸命過ぎて真っ赤になった顔で、唾を飛ばしながらこいつは言った。
「一緒にライヴに行こうッ!」
初華は絶句した。
ただ混乱していた。
「・・・え、ちょお待ちぃな・・・おかちさんが・・・え?」
もう10年ほど昔の遠い記憶。
その中で自然と『生き方の理想』のように思っていた青年。
記憶の反芻によってあの青年に、オオカミのような力強さと気高さと優しさを兼ね備えるという美化が施されていることは自覚している。
それにしてもあの彼が、目の前の・・・?
「嘘やろ・・・?」
「俺も、初華があの時の話をしてくれたとき、すごく驚いたよ。まさか俺たちが10年前に、出会っていたなんてね」
そして御徒町はその後の経緯を簡単に話した。
『みかりん』というアイドルのライヴに行ったこと。
そこで彼女と直接話す機会を得て、人生観が変わったこと。
光を求めるのではなく、自らが光り輝こうとしている姿に感銘を受けたこと。
「当時の俺はさ、影に囚われて闇しか見てなかった。光に近付けば必ず影ができるから。でも、自分自身が光り輝けば影なんてできないだろ?彼女はそれを教えてくれたんだ」
「・・・」
「しかも彼女のすごいところは、自分が光るだけじゃ無く、自分が関わる人みんなを輝かせようとしてたところなんだ」
そうして徐々に光り輝く輪が広がって行けば、影や闇なんて無くなる、そういう考えだった。
「なんや・・・全ッ然なんにも考えられへん・・・」
「話そうかどうしようか迷っていたんだけど、今日のステージを観て決心がついてね」
御徒町は初華から廃工場での話を聞いたとき、自分の中で押さえこんでいた『消してしまいたい過去』の扉の鍵が開いてしまったのを感じた。
ここ数年、プロデューサーになりたいという目標を持って懸命に生きてきたが、その期間であのロクでも無い過去は鳴りを潜めていた。
しかしそれは消えてしまったわけではなく、ただ単に開封のときを待っていたに過ぎなかったのだ。
そんなタイミングであの東雲ひじきのステージ。
自分の中にある後ろめたいものが全部出て来てしまった。
「これを隠したままでは、初華と一緒に走れない。そう思ったんだ。正直に言う。俺は犯罪者だった。暴力事件や窃盗、詐欺まがいの・・・」
「そんなんもう時効やッ!!」
「初華・・・?」
「おかちさんのその辺のコトは正直どうでもええねん!そんなん時効で片付けてよ。そんなことより、ウチの・・・ウチの、は、初恋が・・・おかちさんやなんて・・・」
「え?ごめん、聞こえない・・・」
「何でもないわアホォ!!!」
初華はデイバッグを御徒町に投げつけた。
特に重い物が入っているでもないので軽々と受け止める御徒町。
頭の上にはクエスチョンマークが複数浮かんでいる。
「この話しはもうオシマイ!おかちさんも話してスッキリしたやろ?ウチはなぁんにも気にせぇへんし、ウチの知ってるおかちさんは、いま目の前のおかちさんや!そんだけ!終わり!もうダメ!絶対!」
なぜ初華がこんなにムキになるのかは分からなかったが、御徒町にとっては隠し事が無くなり、そしてそれが許容されたことに変わりは無い。
胸が軽くなった。
「分かった。ありがとう、初華。じゃあこの話はやめだ」
「ちょ、真っ直ぐこっち見んといてよ・・・」
「ん?何だって?」
「何もあらへんッ!」
初華の挙動不審がイマイチよく分かっていない御徒町だが、気分がスッキリしたところで、やるべきことが残っていた。
それはプロデューサーとしての仕事、つまり初華に対するアイドルとしての教育だった。
「さて、と。初華、あのステージの話しに戻すよ?」
「え?ああ、うん。えらいもん観たわ・・・」
「あれは普通のステージじゃなく、対バンという形式だった。だからどうしても勝敗を決めなきゃならない。それは分かるよな?」
「まぁ・・・頭では、な」
「あの結果について、初華はどう考える?」
「ウチは・・・」
この表情は御徒町には見えてないんだよなぁ・・・。