駐車場の街灯から降る弱い光が、薄ぼんやりとした大小ふたつの影を作っている。
大きな方の影が、何度目かのため息をつく。
それにつられて小さいほうの影も、深いため息をついた。
「俺は、撮影されてた過去のステージは、資料の映像ディスクで観てたんだ。なのに、根こそぎ持ってかれた・・・」
「ウチかてそうや・・・市販のステージ映像は観とった・・・けど、あんなん反則や・・・何の味か分からへんかった・・・」
二人は絞り出すように心情を吐き出すと、また長く深いため息をついた。
天帝
蓮が
虚無と呼ぶべき悲嘆と凄烈な感動を精神に刻印され、意図的に呼吸をせねば窒息してしまうような衝撃を受けた。
そんな状態で始まった後半。
ひじきが
蓮のステージで
渇きの大地に雨が降るように、飢餓者にパンを与えるように、絞まる首の縄が緩むように、ひじきは観客の魂を解放した。
それは初華にも、御徒町にも、平等に訪れた本性の暴露であった。
初華は号泣した。
蓮のステージで我慢した分の反動だろうか。
恥も外聞も無く大声を上げて
御徒町は大いに身体を動かし、パイプ椅子を破壊してしまった。
二人にとって幸いだったのは、お互いが自分のことで精一杯であり、双方共に相手の状況を確認してはいないことだった。
もちろん、残った結果だけはしっかりと見られることにはなったが。
「おかちさん、椅子を壊してまうなんてなぁ」
「初華、目が真っ赤だね」
ステージの話題を逸らそうと呟いた言葉も、しかし何の効果も得られず、二人はまたため息と共に黙り込むしか無かった。
もう何度こんなことを繰り返しただろうか。
車が停まっていない駐車スペースの車輪止め縁石に越し掛ける二人。
もうこの駐車場には御徒町の車しか停まっていない。
「・・・だが、いつまでもこうしては居られない」
自らの膝を掴み、ぐぐっと力を入れて立ち上がったのは御徒町だった。
先ほどまでのため息とは違う、格闘技の
「ほら初華、俺、立てるんだ」
自分に向けられた言葉の意味が分からない初華。
しかし御徒町に
「そんなん、ウチかて立てるで」
「でも、ステージ直後は立てなかったろ?」
確かに、そう言われればそうだった。
ギリギリ歩けるようになるのにもたっぷり30分はかかった。
他の観客も放心状態で動けずに居る姿をあちこちで見かけた。
「そして、ここに来たときよりも、身体は動くはずだ」
「・・・せやな」
上半身を捻りツイスト運動をする御徒町を真似る初華。
「いつもそうなんだよ。止まるのも、後ろを向くのも、
「・・・?」
御徒町が何を言いたいのか考える初華。
すると意外なことが起きた。
なんと、御徒町が静かに歌い出したのだ。
決して上手くはないが、丁寧に主旋律をなぞる心地良い歌い方だった。
♪~
どんなに傷を負ったって
身体は治ること
いつだってそう
後ろ向くのは 私の心
死ぬまで死なない私の身体
生きているのに
転んだ膝の
ホラもう止まる
心を動かせ 心を治せ
それが出来るのは 自分だけ
心をよく見ろ 心の傷は
思ってるほど 深くない
~♪
メロディとしては若干古いような、そんな印象を受けた。
いつの時代の誰の歌なのかは分からないが、御徒町が言いたいことは分かった。
今の自分に必要なことは精神的に立ち上がることだ気付いた初華。
ありがとう、と言おうとした初華より先に、歌い終えた御徒町が口を開いた。
「これ、どうしようもないクズだった俺を、立ち直らせてくれた歌なんだ」
「おかちさんが・・・・?」
御徒町は弱気を振り払うように、覚悟を決めるように、勇気を奮い起すように、膝を叩いた。
そしてそのまま両手で自分の頬を打つ。
初華が気持ちを切り替えるときの癖を、拝借したのだ。
「ちょっと、昔話に付き合ってくれるか?」
くらーい。