「今日もよく飛んだな」
巨岩のような体躯の忌刃が、はるか遠方の空を見ながら呟く。
その手には『いけないアイドル紫電ちゃん』と書かれた薄い本が握られている。
「マジで懲りねぇなアイツ!なんっべん言わせんだド畜生め!」
怒り心頭の紫電がドカドカと甲板を鳴らしながら船室へと戻ってゆく。
その背を見送りながら、忌刃は薄い本をビリビリと裂いた。
紙吹雪となった紫電ちゃんの破片が海風に舞う。
キスビットの国土全体を覆っていた嫌な空気は見事に消失していた。
過去の世界で邪神ビットを倒し、現代に帰還したカミューネ。
しばらくはタミューサ村で皆と養生していたものの、一人、また一人と帰国する運びとなり、カミューネも兄の待つジネへと帰ることにした。
「本当に送っていかなくても大丈夫なのか?」
エウスはカミューネの帰郷用に馬車を用意させた。
そのうえ同行も申し出たのだが、カミューネは丁重に断った。
あれだけ激しい戦いの後であるし、心痛も察して余りある。
それに、差別が無くなっているのなら特に危険なことも無いだろうという判断だった。
だったのだが。
「ヒィィィッッ!!!た、たすっ・・・ぐぼぁッッ」
御者が、死んだ。
キスビット原生の猛獣、ダガライガに襲われたのだ。
しかし本来ならこんな平野部で遭遇するはずなど無いのだが、どうやら民から差別意識が消えただけでなく、過去改変により生態系にも影響があったようだ。
「やっぱり、送って貰えば良かったなぁ・・・」
表情に余裕は全く無いが、しかしあれだけの死線を越えた経験はカミューネを精神的に強くしていた。
腰から護身用のナイフを外し、ダガライガに向かって真正面に構える。
「あなたのご飯になるわけにはいかないの。お兄ちゃんにただいまって言わなきゃ」
しかし気持ちだけでどうにかなるほど、世の中は甘くない。
飛びかかってくるダガライガ。
迫り来る鋭利な爪と牙を前に、カミューネは身動き一つできず、目を瞑ってしまった。
ドグシャアァァァッ!!!
異音に驚いたカミューネが目を開けると、そこに居るはずのダガライガの姿が無い。
咄嗟に左右を確認する。
と、真横の地面に大きなクレーターのような陥没があった。
その中心で、おそらく絶命しているダガライガ、と、キモ細い鬼。
「あ、あなたは・・・き、金弧さんッ!?」