ラニッツとエコニィ 夜~帰還

焚火の中で小枝がパチパチと立てる音。

川のせせらぎ。

少し離れた草むらからは虫の声。

そして隣から聞こえてくるエコニィの呼吸。

元々アスラーンは夜行性であり、夜になったから寝るというような習慣は無い。

疲労回復の為、必要な時に最低限の仮眠を取るだけだ。

今の状況はラニッツにとって、精神的疲労の極致と言っても差し支えないほど緊張を伴うものだった。

 

「眠れないの?」

 

そんな緊張感はエコニィにも伝わってしまったようで、彼女はラニッツに言葉をかけた。

 

「ああ、えぇ・・・その、そもそも私たちアスラーンは、その、夜に眠るという習慣が・・・」

 

「あ、そう言えばそうだったわね・・・。じゃあ、ちょっと、聞いても良い?」

 

そう言うとエコニィはコロンと寝がえりをうち、ラニッツの方に顔を向けた。

少し乱れた髪が頬にかかっている。

ラニッツは、魅力的を通り越して官能的とも思えるその顔を直視できずにいた。

 

「さっき、何で別々に寝ようとしたの?」

 

エコニィの真っ直ぐな問いに、ラニッツは戸惑った。

どのように返答すれば良いのか分からなかった。

何が正解で何が不正解なのか、エコニィがどんな答えを望んでいるのか。

 

「別にどんな理由でも、あんたを嫌いになんてならないからさ。教えてよ」

 

逡巡を見透かしているかのような言葉とともに、エコニィはラニッツの胸に額を押しつける。

盛大に鳴り響く鼓動はきっと、彼女に伝わっているだろう。

そう思うと、ラニッツはたまらなく恥ずかしかった。

平静を保てない、自分らしくない、そんな思いでいっぱいになる。

 

「ああ、じゃあ私のコトから話そうかな?」

 

言葉に詰まるラニッツに、エコニィは自分の気持ち、思いを話し始めた。

 

「私さ、何て言うのかな、ほら、思ったことをすぐ言うじゃない? あんたはあんまりそういうの、好きじゃないみたいだけど」

 

ずずっと頭の位置をずらしたエコニィ。

二人は横になったまま向かい合う。

普段は髪を結ってポニーテール姿のエコニィだが、就寝時はもちろん解いている。

テントの隙間からチラチラと外の焚火の灯りが差し込み、少し寝乱れたロングヘアを照らす。

揺れるオレンジの光によって、まるでヌラヌラと動いているように見える黒髪が妙に艶っぽい。

そして、近い。

ラニッツはごくりと生唾を飲み込んだ。

 

「昔の話だけどね、軍に居た頃さ、好きな人が居たんだ」

 

突然の意外な言葉に、ラニッツはやや動揺した。

目の前の愛しい人には、自分の知らない過去がある。

そんな至極当然のことに初めて気付かされた。

今まで味わったことのない感情がじわじわと胸を締め付ける。

 

「でもさ、私が好きだって伝える前に、その人は死んじゃった」

 

特に感情を込めるでもなく、淡々と史実を話すように続けるエコニィ。

従軍していればそんなこともある。

いつだって死は隣り合わせ。

ただ、常にそれを意識して生きることは存外に難しい。

 

「すごく後悔してね、私。よく考えたら当たり前のことなんだけどさ。今日と変わらず明日も生きてるなんて保障、どこにも無いもの。だから、いま思ったことは、いま伝えなくちゃって」

 

エコニィの今までの言動がこの死生観によるものだと分かったラニッツ。

しかしそれは、それだけ大きな影響をエコニィに与えたという、その男に対する嫉妬にも繋がるのだった。

この世に存在しない相手への嫉妬。

ラニッツは大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。

 

「話してくれて、ありがとうございます」

 

途端に、今までの自分がひどく滑稽に思えた。

分かるはずの無い正解を求めて応対に困ったり、もう存在しない相手に嫉妬したり、およそ理性的とは言えない。

 

「ああ、なんだか本当に、自分が嫌になりますね」

 

ラニッツは苦笑いしながら、そっとエコニィの肩に手を置いた。

先程までの緊張が嘘のようにリラックスしている。

いや、緊張はしているのだが、必要以上に強張こわばっていない。

言うなれば『恐れていない』と表現した方が近いかもしれない。

 

「私は、怖かったんだと思います。あなたが交際の申し出を受けてくれたときから、本当はずっと怖かったんです。生まれて初めて人を好きになって、とてもとても大切に思って、だから、どうしても嫌われたくなかった。失いたくなかった。私の言葉で、行動で、なにか下手を打って、あなたの気が変わってしまったらどうしよう、なんて、ね」

 

ふうっとため息をついたラニッツ。

本音を打ち明けることが、こんなにも心を軽くするとは。

 

「あんた、そんな顔で笑うんだね」

 

穏やかな表情で自分を見詰めるラニッツに見惚みとれながら、呟いたエコニィ。

まだまだ、お互いに知らないことが多過ぎる。

これからたくさん時間をかけて少しずつ知り、理解し、時にはぶつかり、和解し、歩んでいこう。

そんな想いで、二人は抱き合った。

 

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※『キスビット』の表記が『kis u bit』だと知っている方だけ読めるようになっています。

 

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翌朝。

空が白み始め、黒い影でしか無かった草木に色が戻りつつある。

そこにはすでに野営装備をきれいに片付け、旅支度を整えた二人の姿があった。

 

「では、行きますか」

 

「そうね・・・」

 

「あの、だ、大丈夫ですか?」

 

「これでも戦士よ? 鍛えてるからだいじょうううッッ!!!?」

 

「おっと!」

 

足がもつれて転びそうになるエコニィを、ラニッツが受け止めて支えた。

 

「あ、ありがと。もう大丈夫だから・・・」

 

がっしりと肩を抱かれたエコニィは顔を赤らめ、するりとラニッツの腕を抜けて歩き始める。

ラニッツはと言えば、昨日までの挙動不審が嘘のような落ち着き様。

どうも態度が逆転したフシがある。

 

「あまり無理はしないでくださいね?」

 

「分かってるわよっ」

(うう・・・情けないし恥ずかしいし・・・もうっ! 調子が狂うわっ!)

 

今回の目的エリア、密林と草原の隣接地帯は、この野営地からそう遠くない。

この時間から出発すれば陽が頭上を過ぎる前に到着できるはずだ。

前日は何気無い会話のやりとりを交わしつつの行程だったが、今日はお互いに無言のままだった。

魔獣と遭遇するエリアへ向かっているという緊張感からか、はたまた昨夜の出来事が原因か。

黙々と進む二人の視界に、やがて木々が生い茂る密林地帯の輪郭が見えてきた。

報告によれば、このあたりが魔獣目撃の最南端エリアになる。

 

「とりあえず、今のところ魔獣は見当たりませんね」

 

「そうね。足跡や行動の形跡を辿れるかも知れないし、もう少し進んでみよっか」

 

ようやく会話らしい会話をし、二人は密林地帯を目指した。

しばらく進むと、草が踏み折られた跡を発見した。

それは人が大の字で寝転がれるほどの広さで、枯れ草や葉などが寄せ集められている部分もあった。

 

「これ、もしかして魔獣の棲家かしら?」

 

「それにしては新しい・・・もしかすると密林から出てきたばかりの魔獣が作った、仮設住居かもしれませんね」

 

もしこの場所が長期的に使われているとした、染みついて取れない獣臭が残っているはずである。

おかしな表現だが、ここには『魔獣の生活感がうすい』というわけだ。

 

「やはり何らかの事情で魔獣が密林から出てきている、という状況らしいですね」

 

「ちなみに、この仮設住居の主がどんな魔獣か、分かる?」

 

海によって隔てられた陸地には、必ずと言って良いほどその地にだけ生息する固有種が存在する。

世界各国がそうであるように、ここキスビットも例外ではない。

密林地帯には多くの魔獣が生息しているが、この付近で目撃情報があったのは一種のみである。

大ぶりのなたを思わせる刃物のような角を、鼻から額にかけて生やしている大型の草食魔獣『オノドン』だ。

彼らはその巨体に似合わず非常に繊細な神経の持ち主であり、分かりやすく言えば『ヒステリー持ち』だ。

特に凶暴ということは無いのだが、一度恐慌状態に陥ると手がつけられないほど暴れまわる。

凶悪な角を振りまわしながらの突進はまるで竜巻のようであり、周囲をズタズタに切り裂きながら荒れ狂うオノドンは天災と呼べるほどの脅威である。

 

「足跡からすると、中サイズのオノドンだと思います」

 

家主が戻ってくる前に、二人は早足でその場を離れた。

仮とは言え巣に不法侵入してしまっては、怒りに触れないとも限らない。

可能な限り戦闘は避けたいところだ。

 

「私とあなたならば、このエリアに出てきている魔獣を退治することは可能でしょう。しかしそれでは根本の解決にはなりません。密林へ入りましょう」

 

村長からの依頼は魔獣退治だった。

しかしその魔獣が単に草原地帯をウロついているというだけでなく、巣を作っていることを考えるならば、その原因を探らない限り同じことの繰り返しになる可能性もある。

何より魔獣とは言え、彼らには彼らの生活があるのだ。

自分たちの都合でいたずらに殺めて良いはずが無い。

 

二人は周囲を警戒しながら密林に入った。

なるべく身軽に動けるよう、野営道具などの一式は草原エリアとの境界に残し、最低限の装備で探索を開始した。

エコニィも、いつもの大剣を置き、短剣だけを腰に下げている。

 

「オウッ!オオウッ!ホゥッ!」

 

甲高い鳴き声が聞こえた。

割と近距離の頭上から聞こえたその声は、次に少し遠いところから、さらにもっと遠いところから、まるで伝言ゲームのように密林の奥へと次がれていった。

 

「ライハジンの警戒でしょう。彼らは古くからこの地に棲む知能の高い魔獣です」

 

長い手足と尾を持つ人型に近い魔獣『ライハジン』は、器用に樹木の上を移動しながら生活している。

長く生きた個体は魔力を宿しある程度の魔法が使える、という伝説があるほど、ライハジンは高い知能を有している。

唯一、道具を使う魔獣なのだ。

もちろんその行動は原始的であり、硬い木の実を割るのに石を使ったりする程度のものだが。

ただ未だに解明されていない生態も多く、今の鳴き声でのコミュニケーションも、彼らの真意は分からない。

 

「恐らく『侵入者だぞ』というような伝令でしょうが、こちらが危害を加えなければ彼らの方から仕掛けてくることは無いはずです」

 

「詳しいのね」

 

エコニィの感嘆に、ラニッツは照れ笑いしながらタネ明かしをする。

 

「実は、全部エウス村長の受け売りです。村長はお若い頃、この山麓の密林地帯も含めたウーゴ ハック山脈全域を生活エリアにしていたそうですよ」

 

ウーゴ ハック山脈の北部、マカ アイマス地帯には土着の精霊、つまりキスビット人が住んでいる。

エウスオーファンは幼少期から青年期をキスビット人と共に過ごした。

このあたりの山々、密林は、彼にとって庭のようなものだったらしい。

 

「村長によれば、このあたりで遭遇する魔獣はどれも温厚なものばかりだとか。もちろん奥地へ進めばそうも言っていられませんけどね」

 

ライハジンの鳴き声が、遠く近く聞こえる。

それに混じって鳥類だろうか、他の声も多数耳に入ってくる。

木々が鬱蒼うっそうと生い茂っているこの場所は陽の光がほとんど上空の葉に遮られ、昼間でも薄暗い。

また風通しが良くないようで、湿度の高い熱気を保った空気がじっとりと肌にまとわりついてくる。

 

「あんまり長居はしたくない場所ね」

 

飛び交う羽虫を手で払いつつ、エコニィがうんざりした口調で言った。

と、先行していたラニッツの足が止まる。

 

「参りましたね。でも、襲われる前に気付けたのはラッキー、でしょうか」

 

後ろに居るエコニィを手で制するラニッツ。

とぼけた口調とセリフとは裏腹に、凛とした緊張感がエコニィにも伝わった。

ラニッツの視線の先には、見たことの無い魔獣が居た。

 

「アカゲンサンです。鋭い爪と牙を持ち、高い俊敏性と狩り能力が特徴の肉食魔獣で、本来はこんな近場で遭遇するハズの無い相手です。いやぁ、本当、参りました」

 

極めて冷静に、抑揚をなるべく控えた説明の言葉は、もちろんアカゲンサンを刺激しないための配慮である。

しかしその相手は既に前足を低く構え、地響きのような唸り声を上げていた。

完全に臨戦態勢である。

 

「どう、する?」

 

「このままジリジリ後退できれば良いのですが・・・私、目が合っちゃってるんですよ」

 

交わした視線を外した瞬間、弾丸のような勢いで飛びかかってくる様が想像できた。

うかつな行動はできない。

しかし固唾を飲み込んだエコニィの目は、アカゲンサンの頭上に発生する暗雲を見逃さなかった。

ラニッツの能力だ。

 

「えっ、ま、待ってラニッツ! ここで落雷させたら火事に・・・」

 

「もちろんそんなことは、しませんよッッ」

 

そう言うと同時に、暗雲をアカゲンサンめがけてストンと落としたラニッツ。

一瞬にして視界を奪われた魔獣だが、しかしそれがきっかけとなった。

雲を突き破って飛びかかるしなやかな体躯、そして繰り出される鋭利な爪。

だがその場には既にラニッツとエコニィの姿は無く、代わりに輪状のロープが構えられていた。

 

「今です!」

 

「はいよ!」

 

アカゲンサンの首に巻き付いたロープの先は、いつの間にか頭上の木の枝に立っているエコニィが握っていた。

それを素早く巻き上げ、枝に結びつけたエコニィ。

 

「ごめんね、ちょっと我慢してて」

 

枝の真下に居れば首が締まることが無い程度の余裕を持って、ロープを固定する。

 

「この子がまだ小さくて助かりました。さすがに成獣だったら本格的な戦闘になっていたでしょうからね。しかし・・・」

 

「ねぇ、作戦、ちゃんと説明して欲しかったんですけど?」

 

「エコニィなら分かってくれると信じていましたから」

 

頬を膨らますエコニィに、ラニッツはにっこりと笑顔を返した。

もう少し嫌味を言ってやろうかと思ったエコニィだったが、その表情に満更でも無くなってしまった。

 

「さて、近くに親が居るかしら?」

 

「恐らく。さぁしかし、オノドンが草原エリアに出てきていた理由はこれで分かりました。本来もっと密林の奥地に居るはずのアカゲンサンがこんなところに居るのが原因でしょう」

 

高い戦闘力とは裏腹に、オノドンは怖がりである。

肉食獣が自分の活動エリアに侵入してくれば、その分だけ後退するしかない。

 

「じゃあ今度はアカゲンサンがこっちに出てきた原因を探すことになるの?」

 

エコニィが尋ねると、ラニッツは首を横に振った。

二人だけで、しかも軽装というこの状況では、これ以上奥地へ行くのは困難である。

また、本来のアカゲンサンの棲息エリアはキスビット人の管轄とも重なる。

ここは一旦引き返し、状況を村長に報告するのが上策だろう。

そしてタミューサ村から正式にマカ アイマス地域のキスビット人へ書状を送り、混成部隊を組織して調査に当たるのが最も角が立たない方法になるはずだ。

二人はアカゲンサンの幼獣が暴れに暴れ、ロープから脱出するのを確認したあと、草原エリアへ引き返した。

 

 

岐路、エコニィは頭の後ろで手を組みつつ、嘆息した。

 

「あ~あ。戦闘が無かったのは良かったけど、結局何も分からなかったわね」

 

「いえいえ。充分な情報を得ましたよ、私たちは。密林へ入らず草原エリアに出没するオノドンを駆除するだけだったなら、いずれアカゲンサンに追われて出てくる他の魔獣たちも次々と討伐しなければならなくなります」

 

それはそうだけど、と言いかけたエコニィだったが、その言葉を飲んだ。

確かに派手な成果では無いが、間違い無く事態は前進している。

こういう『堅実な一歩一歩』というラニッツの性格も、エコニィは愛しいと思っていた。

 

「そうね。今回は魔獣のこともだけど、それよりラニッツのことをいっぱい知れたから良しとしようかしら」

 

そう言って、ふふふっと微笑んだエコニィ。

しかしハッとしてすぐに言葉を付け足した。

 

「あっ! でも、私が止めてって言ったら絶対すぐ止めてよね!?」

 

「そ、それは、本当に・・・反省してます・・・」

 

お互いに顔が熱くなるのを感じながら歩く。

頬が赤いのを、夕日のせいにして。

 

 

後日、二人の報告が契機となり、タミューサ村とマカ アイマスの混合部隊が編成され、密林地帯奥地の調査が行われた。

その結果、雨による地滑りで岩や大木が押し流され、それが川の支流を塞ぐことによってできる天然の堰堤えんていが原因だと判明した。

つまり、偶然によって形成されてしまった臨時の溜め池が、アカゲンサンの縄張りを奪うことになってしまったようなのだ。

この堰堤を破壊することは易しいが、しかし水量が水量である。

一気に開放してしまうと二次災害の危険性が高い。

そこで、任意で放水量を調節できる水門を設置しようという話になった。

これを機に、タミューサ村はマカ アイマスのキスビット人たちと親交を深めてゆくのだった。

ラニッツとエコニィ 出発~夜

今回の物語を始める前に、本作に関わるキスビットの状態と登場人物の状況について簡単に説明させてください。

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まず始めに、ざっくりと上図の流れをご確認ください。

 

1.種族間の差別意識が極端だった異常社会を問題視したエウスオーファンらが

2.その根本原因を解決する過程で千年前のキスビットへ飛ぶことになり

3.元凶だった邪神を討ち果たすことができたので歴史の改変が起こり

4.意図的に芽生えさせられた過度な差別意識が無い国に生まれ変わった。

 

という状況です。

 

現在のキスビット国民は『水色部分の歴史』を歩んでおり、邪神による悪意の影響を受けていない歴史の中で育まれた文化を持っています。

3から4の間には千年の歳月が流れているのです。

しかし、この現状を作るために奮闘した戦士たちは、その歳月を知らぬまま一足飛びに現在へと帰還しました。

 

要するに、あの冒険に参加したメンバー(下記参照)は水色部分で育まれた歴史や文化、国民性や価値観などを知らないのです。

逆にこのメンバー以外は、度を超えた残酷な差別があったことを知りません。

種族 名前 特徴
人間 エウスオーファン 嗅覚のシックスセンス
サターニア ダクタス 容貌変化シェイプチェンジ
アスラーン ラニッツ 暗雲の生成
アルビダ アウレイス バッドステータスの吸収
精霊 オジュサ 土(石なども含む)操作
人間 エコニィ 大型剣を使う剣士
アスラーン マーウィン 分身ダブル
アルファ アルファ(テイチョス) スーパーロボ
サターニア カミューネ 暗闇から暗闇への空間転移
サムサール エスヒナ 劣情の目

※アルファ=テイチョスであることは、これまでの作中では語られていません。

エスヒナは過去に同行していませんが、上記メンバーの記憶を共有できています。その理由も未だ語られていません。

 

今回の話は、特にこのことが重要なストーリーというわけではありませんが、これに言及している部分がありますので補足させて頂きました。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

「村長が私たちに用って、何だと思う?」

 

緊張の面持ちでエウスオーファン邸に向かうラニッツの顔をひょいと覗き込みながら、エコニィが尋ねた。

 

「思い当たることなんて、私とあなたの交際コトぐらいしかありませんが・・・」

 

ラニッツは今まで女性と付き合ったことが無かった。

そもそも恋愛というものから縁遠い生活を送っていた。

だがエコニィと出逢ってからというもの、自分の中で膨れ上がっていく好意は明らかに未経験の感情であり、それを恋だと認識してからは抑え込むことができずにいた。

真剣に悩み、考え、思い詰め、そして堪らず告白をした。

その返事は、意外なほどあっさりとした了承だった。

つい3日ほど前のことである。

 

「私とあんたが付き合ってるから呼ばれたってこと? なんで?」

 

エコニィはいかにも不思議そうに問い返すと、人差し指をあごに当てつつラニッツを追い越して先を歩く。

今日はいつもの剣士装備ではなくゆったりとした普段着で、フード付きのラフな上着が彼女に柔らかい印象を与えている。

歩くたびに揺れるポニーテールと、その下に見え隠れする襟足の後れ毛が妙に目につく。

ラニッツは、エコニィが日に日に魅力を増していくように思えてならなかった。

当然ながら物理的にも生物的にもそんなことが起こり得ないことは理解しているが、しかし自分の目に映るエコニィは明らかに以前よりも可愛らしいのである。

 

「そ、そんなこと私だって分かりませんけど、でも私たちは村の一般人とは違いますし、その、立場と言うか・・・」

 

ここタミューサ村では、いわゆる『能力者』が不足していた。

他の都市では少なくとも都政、市政を動かす中枢には、魔法や加護や呪詛などの特殊な能力を持つ有能な人物が抱え込まれている。

しかしこの村では一般人、つまり特筆すべき能力を持たない民が大半を占めているのだ。

もちろん現在は戦時ではないし、特殊能力が必須というわけでもない。

だが村の代表として他の都市や外国で行動する場合、その相手が異能を持っていることは少なくない。

その場合、何の能力も持たない者が対応しると交渉が不利益な結果に終わってしまう可能性も否定できない。

最初から相手を疑ってかかるわけではないが、やはり対等な交渉というものは対等な力関係であってこそ成立しやすい、というのも真理である。

そこでタミューサ村では、渉外事案が発生した場合に動く人物がほぼ決まっていた。

まず村長である人間、エウスオーファン。

そしてその妻、アスラーンのマーウィン。

鬼のエビシ、アルビダのアウレイス、サターニアのダクタス、精霊のオジュサ、サムサールのエスヒナ、そしてこの二人である。

 

「それか、もしかしたら私たちの種族差のことかも知れません・・・アスラーンである私が人間の貴女と交際するなんて・・・」

 

ラニッツ、それ本気? だって村長の奥さん、アスラーンじゃない」

 

現在のキスビットでは、種族を超えた交際は何ら問題にならない。

しかし旧世界ではそれがタブーだったこともあり、ラニッツはそのことを気にしているのだった。

だがエコニィの言うとおり、人間である村長自らが妖怪を妻として迎えているのでそこは問題にならないだろう。

つまり、言われるまでそれに気が回らないほどラニッツが緊張しているということだ。

 

「ほんと、あんたっていつも真面目だけど、村長に対しては超が付くほどよね。まぁそーゆーところも含めて好きなんだけど」

 

「なっ! なななな、な、なんですか急にッ!!!」

 

エコニィが何気なく付け足した言葉に、ラニッツはひどく狼狽した。

恋愛経験が皆無であるラニッツにとって、好意とは静かに心に秘めておくものであり、ここぞというときにやっと言葉にするものだという認識があった。

それなのにエコニィはこの3日間、あまりにもあっけらかんと「好き」だの「愛しい」だのという言葉を自然に普通に紡ぐのだ。

 

「何って? 何が?」

 

そしてそれを何とも思っていないエコニィ。

特別に意識してとか、気持ちが抑え切れず言葉として溢れるとか、そういう感じでは無い。

淡々と会話の中に織り交ぜているのだ。

 

「あのですね、その、貴女はほら、なんと言うか・・・す、す、『好き』とかそういう言葉を、なんと言うか・・・」

 

「えっ・・・ごめん、嫌だった?」

 

これまで村のため国のためという共通の目的で死線を潜る共闘関係だった二人。

そして付き合い始めてまだ3日。

お互いに知らない部分の方が遥かに多いのだ。

 

「いいえ! 決してそんなことは! 嫌なんてことはありません! ただ・・・」

 

こんな会話をしていると、いつの間にか村長邸の正面扉が目の前に迫っていた。

自然と『続きはまた後で』という雰囲気になる。

ラニッツは咳払いをひとつすると、深呼吸とともに扉を開いた。

 

 

 

「魔獣退治、ですか?」

 

ラニッツは村長からの依頼を復唱した。

話の内容は、彼が懸念していた交際に関する忠言や勧告では無く、仕事の依頼だった。

 

「ああ、村の北側の柵を、もう少し広げておこうと思ってな」

 

特に広大な国土というわけでもないキスビットだが、まだ人口が面積に追い付いていない状態であり、平たく言えば『未開拓エリア』がとても多かった。

代表的な都市は在れど、その領有域は互いに接しておらず、いわゆる『誰も所有していない土地』が依然として大半を占めるのがこの国の現状なのだ。

しかし諸外国との交易や情報交換が進み、ようやくこの国にも『国家としての先進的な意識』というものが芽生え始めている。

それは技術的な発展や知識量の増加というような部分かつ局所的なものではなく、国という組織そのものが成長しようとしていることを意味する。

現状では国土地理に関する明確な定義も、国勢を把握するための戸籍情報の管理も、国家単位では行われていない。

各都市においてそれぞれがバラバラの手法で自治を運営しているに過ぎない。

だが国として成長するということはつまり、そう言った『雑な管理からの脱却』が前提となる。

何年先の話になるのかは分からないが、いずれはそれぞれの自治エリアに国として共通の管理法が施行されるようになり、市民や村民には『国民』としての権利と責務が課せられるようになるはずだ。

そしてそうなれば必ず『地方自治エリアの確定』が行われる。

要するに『ここからここまでがタミューサ村』という明確な定義が取り決められるというわけである。

また、現在のように『誰のものでも無い土地』つまり、所有者が存在しない土地はすべて国有地という扱いになるだろう。

そうなってしまった後では、各都市が領地を拡大しようとした場合、国から土地を買い上げるということになり、経済力で他の都市に劣るこの村が不利になる状況も充分に考えられる。

エウス村長はそれを見越し、未だこの国が黎明期であるうちに、可能な限り村の拡大をしておこうと考えているのだった。

 

部屋の窓から見える庭で、村長の妻であるマーウィンが洗濯ものを干していた。

その傍では養子であるエオアが、弟のアワキアをあやしながら遊んでいる。

 

「キスビットはこれからどんどん変わるだろう。それは私や君たちが生きる今この時代だけの話ではなく、あの子たち、そしてその子ども、孫の世代にもずっと続いていく。そのときのために、出来ることをしておこうと思ってね」

 

ラニッツは正直、村の面積を広げることに疑問を感じていた。

タミューサ村は現在、人口からすれば手に余るほどの広さを有している。

柵を広げたところで満足な開墾はできず『荒れた村はずれ』が拡大していくだけなのだ。

しかも一言で『柵を広げる』と言ってもそれはかなりの重労働であり、危険を伴うものだった。

だがエウス村長の話を聞き、その意図が理解できた今、この任務の重要性をしっかりと胸に刻みつけることができた。

 

「つまり、魔獣が出没するエリアまで柵を広げると、そういうことですね」

 

タミューサ村の北部には草原が広がっており、そのまま更に北上を続けるとウーゴ ハック山脈のふもとに辿り着く。

その山麓には鬱蒼と木々が生い茂る密林地帯があり、そこには様々な魔獣が生息していた。

本来なら、密林に入り込むような真似さえしなければ魔獣と遭遇する確率は極めて低い。

しかしここ最近は草原エリアでの魔獣目撃情報が多くなっているのだ。

 

「彼らの棲家すみかは密林地帯のはずなんだが、なぜかこちら側に出てくる個体が増えているようなんだ。できれば共存したいところだが、なにせ相手は魔獣だ。申し訳無いが、ここは我々の勝手を優先させてもらおうと思う」

 

エウスオーファンの『できれば共存したい』という発言に、エコニィは思わず微笑んだ。

図らずも、ふふっと声を出して。

 

「どうかしたかね?」

 

「あ、いえ、村長らしいなと思って・・・。相変わらずお優しい」

 

エコニィのこういう笑顔は、なかなかに珍しい。

別にいつも不機嫌だということでは無いのだが、愛想を振り撒くわけでもない。

サバサバとした、事務的な印象を受ける。

そんな彼女がたまに見せる笑顔が、ラニッツを惹きつけたひとつの要因でもあった。

 

「もしかしたら魔獣も、何か原因があって密林を追われているのかもしれません。可能であればそのあたりの調査もしてみようと思います。もし原因が解決できれば、いたずらに魔獣と戦わなくて済むかもしれませんから」

 

任務の内容を把握し、退室したラニッツとエコニィが、庭にいたマーウィンに挨拶をして帰ってゆく。

その背中を窓越しに見送りながら、エウスオーファンの心はとても高揚していた。

 

過日、キスビット近海で船が沈んだことがあった。

その積み荷の中にはこの国の固有種である猛獣が積み込まれていた。

奇しくも船の沈没によって付近の無人島へ辿り着いたその猛獣は、すぐにその地を自らの縄張りとして島の生態系の頂点に君臨した。

それは当時、その島を有事の際の拠点としていたタミューサ村の人間にとって厄介なこと極まりない事故だった。

背に腹は代えられないということで、エウスオーファンは島の猛獣を退治することになったのだ。

 

「私らしい? 優しい? いや。それは君らの方さ。魔獣と戦わなくて済む方法、か。そんな発想ができる若者がこの村に居てくれるというだけで、私は果報者だ」

 

 

翌日、遠征の準備を終えたラニッツとエコニィは北へ向かって出発した。

交際を始めたとはいえ、二人きりで長時間行動を共にするのは実質的に今回が初めてである。

任務に真剣で忠実なラニッツはどう思っているのか分からないが、少なくともエコニィはこの旅程でお互いのことをもう少し知り合おうと考えていた。

 

「ねぇ、ラニッツはさ、エウス村長にどんなご恩があるの?」

 

エコニィがエイ マヨーカから脱都してタミューサ村に来たとき、既に村の幹部的な地位に居たラニッツ。

どのような経緯で彼がこの村に来たのか、それはエコニィの知らないことだった。

 

「私は、子供の頃に命を助けて頂いたんです。当時のキスビットにはひどい差別があったでしょう? 私も例に漏れずでした」

 

身寄りの無かったラニッツは、同じアスラーンのよしみでマーウィンが面倒をみていた。

その折り、不運にも人間の標的になってしまい、重傷を負うことになる。

瀕死の重傷を癒すため療養中のところに更なる追い打ちが掛かり、マーウィン共々もはや絶体絶命の窮地、というところをエウスオーファンに救われたのだった。

それはラニッツがまだ5歳くらいの頃で、自分の記憶に周囲からの伝聞を加算して補完されたエピソードであるため、詳細な事実は定かではない。

しかし『エウス村長が命懸けで自分を救ってくれた』という真実は、ラニッツの胸に深く刻まれていた。

 

「あのとき私を救ってくれたのが、例えば他の妖怪だったなら、きっと私は今ここには居ないでしょう。人間を憎み、忌み嫌う妖怪の一人だったに違いありません。人間である村長が、妖怪や精霊たちと協力して戦ってくれたからこそ、今の私が在るのです」

 

ラニッツがエウス村長に対して抱く思いは尊敬を越え、崇拝と呼んでも差し支えないほどのものだった。

その理由が聞けて、エコニィは素直に嬉しかった。

しかしふと、ある疑問が浮かんできた。

 

「ん? でも待って? そのとき5歳だったんでしょ? それが、村長が20歳のときだから、今から36年前・・・えっ!? ラ、ラニッツって、40歳なのッッ!!?」

 

エコニィは頭の中で計算をし、意外過ぎる答えに辿り着いて驚いた。

少しくらいは年上かもしれない、下手をしたら年下かもしれない、そんな風にラニッツのことを見ていたのだ。

 

「はい? ええ、今41歳ですけど?」

 

種族の特徴として、均整のとれた美しい骨格を持つアスラーンには、比較的端正な顔立ちが多い。

確かにどちらかと言えば同年代の人間よりも若く見えるような気もする。

しかし、それにしたって41歳とは・・・。

するとまた別の疑問も湧いてくる。

 

「え、じゃあちなみにマーウィンさんは?」

 

これまで特に年齢について話題にしたことなど無かったが、自分の見立てでは30代だろうと踏んでいた。

エウス村長はずいぶん年若い奥さんをもらったな、と思っていたのだ。

しかし5歳のラニッツを親代わりとして面倒見ていたと聞けば少なくとも50代ということになる。

 

「えぇと、確かあの当時が23歳だったと聞いていますので、現在は59歳かと」

 

もちろん妖怪にも個人差はあろう。

しかし、改めて種族の差について驚きを隠せないエコニィだった。

今は歴史から消え去った過去、種族差別が横行していた頃、人間だけの単一種族で構成された閉鎖的社会で育ってきたエコニィにしてみれば、他の種族のことを詳しく知る機会は少なかった。

ちなみに、現在のキスビットでは種族間での交流は当たり前となっており、このような種族ごとの違いについても常識的な知識として普及している。

つまり、修復された歴史を歩んできた国民たちは種族ごとの違いを当然のこととして受け入れ、相互に分かり合っている現状がある。

しかしその現状を望み、そのために過去に遡って歴史を修正した当人たちは逆に、現行の常識を知らないという歯痒い状況なのだ。

 

「あ・・・あの、では私からも、質問を・・・よろしいですか?」

 

目を泳がせながら、ラニッツが上擦った声で問いかけた。

よほど緊張しているらしい。

 

「よ、よく考えたら、私、その、エ、エコニィの、歳も・・・知らないので・・・」

 

ラニッツは自分でもなぜこんなに緊張してしまうのか分からなかった。

とにかくエコニィのこととなると全ての言動がぎこちなくなってしまう。

普段は合理的かつ効率的な思考と分かりやすい解説、流暢りゅうちょうな説明に定評があるラニッツ。

しかしエコニィを前にした彼に、そんなスマートな印象は皆無であった。

 

「あ、そっか。そうだったわね。あははっ。おっかしいの!」

 

彼女が声をあげて笑うことは、ずいぶん稀だった。

自分でもそれに気がついたのか、ハッとして小さく咳払いをし、そして言った。

 

「ごめんね。私たち、本当にお互い何も知らないなって思ったらおかしくてさ。じゃあ改めて自己紹介しよっか? 私はエイ マヨーカ出身の人間、エコニィ。母親は物心ついたときには居なかったから知らないけど、父親が王都正規軍の剣術指南役だったの。それで16歳から軍に徴用されて5年で脱走、現在に至る」

 

あまりにも大雑把な説明ではあったが、実に彼女らしい自己紹介だ。

 

「つまり21歳。まさかあんたと20歳も年の差があるなんて思わなかったわ」

 

一瞬、敬語を使った方が良いのかとも思ったが、今さら口調を変える方が不自然だと判断した。

ずいぶん年上のラニッツに対してだが、敢えて今までと同じよう、飾らず気を遣わない態度の方が、彼にとっても良いと思えた。

 

「年齢のことはあまり気にしたこともありませんが、そう言われれば確かに、種族ごとの時間感覚にも繋がることですよね。精霊のオジュサなんてああ見えて私より年上ですし。逆に鬼のエビシはまだ16歳です」

 

「え・・・? オジュサが、ラニッツより・・・?」

 

何か聞き捨てならないことを聞いたような気がするが、エコニィは強靭な精神力で聞き流した。

この場でそのことについて言及すると、終わりの見えない認識合わせが始まりそうだったからである。

タミューサ村では、キスビットが差別社会だった頃から多種多様な種族が共同生活を送っており、種族間の違いや価値観の差などはある程度共有できていた。

しかし人間至上主義が敷かれた社会で育ち、村に来てまだ日が浅いエコニィにとって、実は人間以外の種族については未だに謎が多いという状況なのだ。

 

さて、目的のエリアまでは強行すれば1日で行けないことも無かったが、疲労困憊ひろうこんぱいの状況で魔獣と遭遇する危険を避けるため、今回は少し遠回りの川沿いを北上し、テントでの1泊をはさむという旅程だった。

のんびり、とまでは言わないものの少し余裕のある行程であり、特に急ぎ足ということもなかった二人。

特に疲れの色も見えなかった。

 

「ここ、良くない?」

 

川辺で水場が近く、しかし地面は緩くない。

それでいて獣の水飲み場にもなっていない開けた場所は、絶好の野営地となる。

この先に同じ条件の場所があるとも限らない。

予定よりも少し早いが、初日分として充分な距離を移動できたこともあり、二人は野営の準備を始めた。

取り留めの無い会話をしつつの共同作業。

お互いの理解を深め合うのにこれほど適した時間は無い。

やがて空は茜色を徐々に濃くし、そして星の光が目立つようになってきた。

夕食を終えた二人はたくさんの小さな輝きを見上げつつ、ぽつりぽつりと会話を再会する。

 

「だから、父親の七光で正規軍に所属してるのが、すごく嫌でさ」

 

エコニィは昔を思い出し、少し自嘲気味に言った。

実力には自信があったが、しかしそれを弱者に向けて振りかざす軍のやり方には疑問を持っていた。

例え敵であれ、研鑽した力と力、技と技を比べての勝負なら結果がどうあれ納得できるはずだが、しかし当時の軍では『弱い者いじめ』しか経験できなかった。

そのうち自分が何のために必死で剣の腕を磨いてきたのか分からなくなった。

 

「そんなだから私、同期や上官からもすごく疎まれてたのよね」

 

苦笑しながらエコニィは、ぐぐっと伸びをしたあと「あ~あ」と短くため息をついた。

そしてゆっくりと、横に座るラニッツへ体を預け、その肩に頭を乗せた。

 

(~~~~~ッッッ!!!!)

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首筋にエコニィの髪がふわりと触れる。

まるでゴーレムが地団太を踏んでいるような自分の鼓動が伝わってしまわないか、ラニッツは気が気では無かった。

 

「あ、あの、明日はいよいよ任務本番ですし、は、早いですが、寝ましょうか!」

 

そう言うや否やラニッツはすっくと立ち上がり、テントから毛布を1枚取り出した。

 

「ん? 何してんの?」

 

「いえ、ですから、もう寝ましょう?」

 

「うん。それは分かったケド・・・。寝るのはテントで、よね?」

 

「はい。もちろんテントはエコニィが使ってください」

 

「え・・・? あんたは?」

 

「私はここで。火の番も必要ですし」

 

「・・・ラニッツ・・・ちょおっとイイカシラ?」

 

「はい?」

 

エコニィはそう言うと、ラニッツの頬を両手でひたっと包んだ。

視線を外せないよう顔を固定されたラニッツは、ジトッとしたエコニィの目から逃げることができない。

 

「あのね、あんたと私は恋人同士なのよ? わかる?」

 

「は、はい」

 

「なんで別々に寝ようとするの?」

 

「いや、なぜと言われましても・・・」

 

「あんたも一緒にテントで寝る! 良い!?」

 

「はいっ!」

魔女の恩返し

らんさん(id:yourin_chi)トコのクォ様とラミ姐をお借りしましたっ。

少々アダルト表現がありますのでご注意ください。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「やっと見つけた!私の旦那サマッ!!」

 

美しいというよりは可愛らしいという表現が似合う、まだ幼さとあどけなさが残る顔立ちの少女が突然、抱きついてきた。

 

「えっ? ちょ、だ、旦那様ぁ!?」

 

抱きつかれた当の本人、クォル・ラ・ディマはただただ狼狽した。

美少女と評して不足のない娘に熱く抱擁され、しかも旦那呼ばわりをされている。

女好きである彼ならば喜んで然るべき状況だが、しかしタイミングが悪かった。

なにせ隣には、幼馴染のラミリア・パ・ドゥが居るのだ。

 

「・・・クォ、こちらのお嬢さんは、ドチラサマカシラ?」

 

鍛えられた無駄のないシルエットを保ちつつ、それでいて見事な曲線と柔らかさを兼ね備えた美しき女性武闘家、ラミリア。

彼女は草色の髪を揺らしながらゆっくりと腕を組み、長い睫毛越しに切れ長の目で、射抜くような鋭い眼差しをクォルに向けた。

そんなラミリアの言葉に、少女のやや尖った耳がぴくりと動く。

 

「いや、お、俺様は何も・・・」

 

少し力を入れれば折れてしまいそうな少女の細腕。

クォルは無理に引きはがすこともできず、とにかく理由を聞こうと少女に顔を向けた。

自分の胸のあたりにある少女の頭、その淡い桃色の髪からフワリと甘い香りがする。

少し、ほんの少しだけ、クラッと眩暈がした気がした。

 

(俺様が旦那様? いやいや・・・)

 

軽く頭を振り、この少女のことを思い出そうと記憶をたどるクォル。

しかしこれっぽっちも、全く、微塵も、思い当たるフシなど無い。

 

「なぁ、お譲ちゃん、どういうことか説明してくれねーかな」

 

少女はクォルに抱きついたまま顔を上げた。

その可憐な鼻先が、うつむくように見下ろしたクォルと触れ合いそうな至近距離。

昼間の猫を思わせる縦に細長い瞳孔を配したコバルトの瞳が、視線を外すことを許さない。

そんな少女の熱視線を受け、クォルはシンプルに美しいと思った。

自然と鼓動が速くなる。

 

ここはティラル市街にあるマーケット。

クォルとラミリアは自警団の買い出し当番として、ここに来ていた。

ティラル自警団は文字通り、コードティラル神聖王国の首都ティラルを警護するために組織された集団である。

その昔、王国が戦時下であった折には国王直属の騎士団としてその腕をふるった彼らは、戦争が終結した現在でも自警団として活動をしているのだった。

 

「クォ様、あぁクォ様!お逢いしたかった!本当に!」

 

少し鼻にかかったような甘い声で、少女は歓喜の思いを告げる。

しかしクォルは困惑するばかり。

特に、自分の中に湧き起こる謎のときめきの正体が分からない。

もちろん女性に好意的な態度をとられて喜ばないことなど無いが、しかしどちらかと言えば綺麗系の女性が好みであるクォルにとって、目の前の少女はいくぶん幼な過ぎる。

その表情をしばし見詰めたあと少女は、視線を外し腕を解き、すっと離れた。

 

「・・・覚えて、いらっしゃらないのですね・・・」

 

悲哀に満ちた嘆息とともに吐き出される少女の言葉には、絶望すら感じてしまうほどの落胆が織り込まれている。

瞳にはみるみる涙が湛えられ、そして溢れだした。

理由の無い罪悪感を目一杯に浴びせられたクォルは困り果て、少女とラミリアの顔を交互に見ている。

助け舟を懇願するクォルの視線に、ふんっと息を吐き出したラミリア。

どうやら本当に身に覚えが無いらしいことは、充分に伝わっていた。

 

「ちょっとお茶でもしながら詳しく事情を聞こうかしら? 私たち、あなたのお名前も分からないんだし」

 

 

 

「私はサキ。サキ・ムゥマ・ユーヴァスと申します」

 

少女はラミリアに促されて入った店でミルクを飲み、少し落ち着きを取り戻した。

そしてサキと名乗り、事情を説明し始めた。

数年前、まだ王国とグランローグの戦争が熾烈を極めていた折り、その戦火はティラル市内にも及んでいた。

国王直属の遊撃騎士団だったクォルが、ティラル市内に侵入してきた魔族の撃退に当たっていたときのこと。

 

 

「げっへっへっへ!男は殺せ!女はさらえ!金目の物は残さず奪え!!」

 

「いや!やめて!こないで!」

 

「ほほう、まだ小娘だが、まぁ使えるだろう。よし、連れていけ」

 

「いやあああぁぁぁぁぁぁ!」

 

「待てッ!この俺様が来たからにはお前らの好きにはさせないぜッ!」

 

「おいおい、微塵の魔力も感じないが、普通の人間がこの俺に刃向かうのか?」

 

「戦時のどさくさで一般市民に手を掛ける魔族、ゆるさん!」

 

「見ず知らずの小娘のためにわざわざ命を張るとは、度し難い馬鹿よな」

 

「この(国の)女は(もれなく全員)俺様んだッッ!!!」

 

「ぎゃー!ば、ばかな・・・この俺がただの人間に・・・」

 

「大丈夫かいお譲ちゃん」

 

「騎士様!ありがとうございます!好きです抱いて!」

 

「はははッそれはお譲ちゃんが大人になったらな!」

 

「ああ騎士様!せめてお名前を!」

 

「名乗るほどのモンじゃねぇよ。さ、あとはこのクォ様に任せて、安全なところへ逃げな」

 

「クォ様!約束ですよ!私が大人になったら!大人になったらお嫁にもらってくださいね!」

 

「はははッ!アディオス!」 

 

 

「ということがあったのです。あれから3年、ずいぶん探しましたわ、クォ様・・・」

 

とても大雑把で乱暴な説明だったが、有り得ない話でも無かった。

グランローグ国では女性が生まれる確率が極めて低く、戦時の混乱の中で他国から女性を攫ってゆくことも、考えられ無くは無い。

また市街戦においてクォル達が守った一般市民は数知れず、その中の一人にこのサキが居たとしてもおかしくはない。

更に言えば、クォルが吐きそうなセリフまでオマケに付いてきている。

残る問題はただひとつ、当事者であるクォルがこのことを全く覚えていないことだった。

 

「あんた、本当に覚えてないの?」

 

じっとりとした湿度の高いラミリアの視線に脂汗をぬぐいつつ、クォルは首を横に振った。

そんなラミリアに、より粘度の高い視線を向けるサキ。

不快指数が天井を振り切るほどまとわりつくその視線に、辟易とした表情をあらわにするラミリア。

座席は、クォルの横にサキ、二人の向かいにラミリアという配置だった。

つまりクォルからはサキの表情が見えていない。

 

「全っ然覚えてねぇ・・・。市街戦だろ? あン時は前線を押し返すのと市民を守るので、正直いっぱいいっぱいだったしな。お前も分かンだろ?」

 

もちろんラミリアもそのことは承知していた。

あの混乱の中で、助けた市民の顔を覚えていることは難しいだろう。

しかしサキの言うような会話があったのなら、今まで忘れていたとしても思い出すことはできそうなものだが。

 

「なぁサキちゃん、それホントに俺様だったのか?」

 

クォルは困ったようにサキの方を向いた。

それまで敵意というか呪怨というか憎悪というか、そんな負の感情がすべからくカクテルされたコールタールのような視線をラミリアに投げかけていたサキは、一瞬にして表情を豹変させた。

キラキラと輝く瞳にほんの少し涙で潤いをプラスし、頬に僅かな紅潮を差した完全無垢な少女の顔。

 

「はいっ!間違いありません!クォ様です!」

 

(この子、どーゆーつもりか知らないけど、明らかにクォのこと狙ってるわよね。自分の容姿と性質をちゃんと把握して男の人が好きそうな態度でべったり・・・それでいて女の私には敵意ガンガンで包み隠さず裏側を出してくる・・・すごく苦手だわ・・・)

 

過度なスキンシップでクォルと密着するサキに、ラミリアは不安を覚えた。

このまま押されたら、もしかしてクォもこの子に惹かれたり・・・?

そんなラミリアの表情変化を、サキは見逃さなかった。

 

「ねぇクォ様? えっと、ラミ、リアさんでしたっけ? こちらの女性とはどのようなご関係で? もしや・・・恋人・・・」

 

顎に人差し指をあて可愛らしい仕草と上目づかいでクォルに尋ねるサキ。

 

「恋ッ・・・んなワケねーじゃん! ただの幼馴染! 単なる腐れ縁! なっ!?」

 

「そ、そーよ!? 私とクォが恋人? はっ! 全っ然ちがうわよ!」

 

いつもの反応。

いつもの買い言葉。

クォルとラミリアにとって、この手のやりとりは星の数ほど経験してきたことだ。

条件反射といって良いほどの反応速度で恋人関係を否定した。

それを受け、サキの口角がニヤリと吊り上がる。

もちろんクォルには見えていない。

 

「だったらクォ様、恋人はいらっしゃらないのでしょう? 私では・・・いけませんか?」

 

クォルの右手を両手でギュッと包み込み、わずかに膨らむその胸に押し当てながら熱い吐息を洩らしつつ、熱烈にアピールするサキ。

また、甘い香りを感じたクォル。

少し快感を伴ったような不思議な眩暈を覚える。

懐かしさと恋しさ、安心、安寧、安堵、そのどれでも無いような、それでいて全てが当てはまるような、表現しきれないほどの多幸感がクォルの心を満たしていった。

このあまりに露骨な誘惑に、さすがのラミリアも苦言を呈さずにはいられなかった。

 

「あのねサキちゃん、コイツは馬鹿だけど、そんな安い手には引っ掛からないわよ?」

 

自分には絶対に真似のできない『女の武器』をこれでもかと活用してくるサキへの、牽制として放った言葉。

そして何より、無自覚ながら『こんな手に引っ掛からないでほしい』という、願望でも、あった。

 

「あなたには関係ないわ。これは私とクォ様のことなの」

 

今までの、鈴を転がしたような声色から一転、尖った棘のような、鋭利な刃物のような、触れれば無傷ではいられないような、そんな攻撃的な声で、サキはラミリアを一喝した。

百戦錬磨の武闘家であるはずのラミリアが、小娘の一言になぜか言い知れぬ恐怖を覚えた。

心臓を直に握られているような感覚だ。

 

「さ、いきましょうクォ様」

 

ツンと澄ました態度でクォルの手を取り、席を立つサキ。

そしてなんと、クォルは言われるがままフラフラと立ちあがり、サキに付き従うのだった。

 

「ちょっと! クォ!?」

 

慌てて後を追おうとするラミリアに、サキは更に圧力ある言葉を浴びせる。

 

くせに、クォ様をにしないでくださる?」

 

理由の分からないプレッシャーに抑えつけられ、ラミリアは立ちあがることができなかった。

そしてそのまま、サキとクォルは店を出ていくのだった。

 

ラミリアが動けるようになったのは数分後。

原因不明の恐怖感と圧迫感から解放され、深く息を吐いた。

 

(呼び捨て・・・? ・・・あの子、きっと『クォル』という名前を知らないんだわ! 私が言うクォって呼び名を本名だと思ってる。それにあいつは自分で『クォ様』なんて名乗らないし。理由は分からないけど、さっきのあれは全部ウソ。でも、あの子のあれ、どう考えても精神操作系の魔法だったわ。あの手の能力には、クォも私も弱いのよね・・・どうしよう・・・誰かに助けを・・・)

 

そこまで考えて、ラミリアは自分の頬を両手でピシャリと打った。

とにかく、目の前にある現実はただひとつ。

クォルが攫われたのだ。

しかも自分の目の前で。

助けを呼ぶような時間があるとは限らない。

 

「よし!これでやっとあのときの借りが返せるわ!」

 

自身の不安を消し飛ばすように、ラミリアは声を上げ自らを鼓舞した。

色々考えるのは性に合わない。

今すべきことは、クォルの救出なのだ。

 

この場所がマーケットであることと、クォルが有名人であることが幸いした。

なにせ市民からしてみれば、自分たちを護ってくれる自警団の団長サマであり、誰にでも分け隔て無く明るく接してくれる気の良いお兄さん、それがクォルなのだ。

道行く人々に尋ねれば、すぐにクォルとサキが向かった方角は判明した。

したのだが。

 

「参ったわね・・・」

 

そこはいわゆる『宿屋街』だった。

恐らくはこのうちの一軒に部屋を取っているのだろう。

しかしざっと見る限りでも十数軒が乱立している。

 

「どうしろってのよ・・・」

 

気ばかりが焦る。

市場が賑わう時刻であるとはつまり、宿屋周辺の人通りが少ないことを意味していた。

これから宿泊しようとする者ならもっと遅い時刻に、宿泊して出かける者はもっと早い時刻に動くものだ。

これから全宿に入ってしらみつぶしに尋ねて回るしか無い・・・?

イライラとした焦燥感はやがて怒りへと変わり、ラミリアはついつい叫んでしまった。

 

「ドコに居んのよ馬鹿クォォォーッッッ!!!!」

 

「んだとラミてめぇ俺様のどこがバカだッ!!!」

 

図らずも耳慣れた悪態が返ってきた。

声の方向に目をやると、宿屋の二階の窓から身を乗り出したクォルと、そのクォルをグイッと室内に引っ張り込むサキの姿が見えた。

 

「見つけたわ!クォを返して!」

 

と、勢い込んで部屋に押し入ったラミリアはボッと赤面することになった。

よく考えればさっき窓から見えた姿も、こうだった。

クォルは上着を脱いでおり、上半身が裸なのだ。

しかしその金色の瞳に意思は宿っておらず、茫然と立ち尽くしているだけだった。

 

「まったく、呆れた精神力だわ」

 

不機嫌そうに、サキが言う。

彼女が普通に服を着ていることで、ラミリアは少なからず安堵した。

間に合った、と思った。

しかし安心するのは、この事態を収拾してからだ。

今はとにかく目の前で物憂げな表情を浮かべるこの少女を、どうにかしなければならない。

 

「一体どういうつもり? サキ、あなたは何者なの?」

 

警戒を解かぬまま、ラミリアは間合いを取りつつサキに尋ねる。

 

「さっきの話ね、半分は本当なのよ? 私はこのヒトに命を救われたの」

 

不貞腐れた態度のまま、しかしサキは真実をラミリアに打ち明けた。

もうどうでも良いという風に、ぶっきらぼうに、投げやりに。

 

「あの戦争のとき、ってのは本当。場所はここじゃなくて、グランローグ付近の山中だったけどね」

 

妖怪や精霊の異種族間交配が進み、多種多様な新種族を『魔族』と一括りで呼称するしかないような状況のグランローグにおいて、サキとその家族もまた特殊な能力を持っていた。

しかしそれは『自らが発する言葉にある程度の力を与える』という、いわば言霊のようなもので、一時的に対象の感情を縛ったり、簡単な命令ができる程度のものだった。

戦闘に向かないこの能力と、なにより優しい性格から、サキとその家族はグランローグが各地に戦を仕掛けている状況から逃れるために国境を超え、人里離れた山中に隠れて暮らしていたのだ。

そこに、コードティラル神聖王国の斥候部隊が現れた。

 

「銀色の刃が鞘から引き抜かれてキラキラ光るその動きが、とてもゆっくり見えたわ」

 

フンと鼻を鳴らしながら、サキは続ける。

戦時、敵国の兵に見つかった場合は殺されるのが当たり前。

しかもこの戦争にはいわゆる『両者に正義がある』わけでもないことは理解していた。

グランローグが一方的に争いを仕掛け火種を撒き散らしているのだ。

そして自分がそのグランローグ国民であることも、承知している。

子供ながらに、魔族という一括りが人間から攻撃の対象となることも、頭では分かった。

しかし理性で考えることと、死の恐怖を克服することはイコールでは無い。

望むべくは、苦しまずに一瞬で殺してくれる腕を、目の前の兵士が持っていることだけだった。

しかし。

 

「おっと待った! 待てって! その子はどう見たって民間人だろ!?」

 

「魔族に民間も何もあるもんか! しかもこいつは魔女だぞ? いつか新しい魔族を生んで、俺達を殺しに来るかも知れん」

 

「もしそうだとしても、そりゃそんトキに戦えば良いだけの話だ。この子の命は俺様が預かる。一切手出しは許さねぇからな」

 

「一体何の権限があってそんな身勝手を・・・お前、敵を庇うって言ってるんだぞ? 分かってるのか?」

 

事情はよく分からないが、兵士間での諍いが発生したようだ。

水色の髪をした青年が自分を助けようとしてくれている。

 

(このときのサキが知る由も無かったことだが、伝聞ではなく戦況を直接把握するため、クォルは身分を隠し斥候部隊の一般兵に混じって行動していたのだ。だが、ここでしぶしぶ階位を振りかざすことになる)

 

「国王直属遊撃騎士団の団長、って権限じゃ足りねぇか?」

 

そう言いながら青年は、国王から直々に拝領した騎士勲章を取り出した。

兵士は目を見開き、そして恭しく敬礼した。

 

「騎士団長様とは・・・知らぬこととは言え大変失礼いたしました!」

 

「良いンだよ。お前の責任感も愛国心も、充分伝わったぜ。 だが民間人には手出し無用だ。 これだけは忘れないでくれ。 これは国を護るための戦争で、決して殺し合いじゃあ無いんだからよ」

 

このあとサキとその家族は、クォルの協力で戦争の影響が少ない場所へ居を移した。

しかしその後、クォルの予想を遥かに超えた戦禍は、サキたちの移住先までをも飲み込んだのだった。

 

「家族はみんな死んだわ。私は運良く生き残ったけどね。で、戦争が終わってから山を降りてみたけど私の行き場所なんて無かったし。 このヒトの言った『国王直属遊撃騎士団』って言葉だけを頼りにティラルに来てみたけど、戦争が終わったときに解体されたんですって? 探しても見つからないはずよ。 私も苦労が祟ったのか、あの頃は真っ赤だった髪も今じゃこんな色・・・このヒトが私を覚えて無いのも仕方ないけどね」

 

可憐で無垢な少女の面影はもう消えていた。

本来であれば経験する必要の無い苦労を味わってきた者特有の、何かを悟ったような表情でサキは言った。

 

「でも、偶然とは言えようやく見つけてみたら、この有様よ。 笑っちゃうわ」

 

「・・・どういうこと?」

 

自嘲するサキに、ラミリアが尋ねる。

事の経緯は分かったが、今の状況がいまいち掴めない。

 

「さっき窓からあなたに叫んだ時だって、私の支配下にあったハズなのよ? まぁ、説明するより、見てもらった方が早いわね」

 

サキはそう言うと、光の無い瞳で茫然と立ち尽くしているクォルに囁きかけた。

 

「右手を上げてみて?」

 

すると、今まで直立不動だったクォルの右手がスゥッと挙げられた。

サキがチラッとラミリアに視線を送る。

 

「3回まわって、ワンと鳴いてみてくれる?」

 

クォルはその場でクルクルと3周し、そして「ワン」と言った。

次にサキは、ゆっくりとクォルに近づき、その逞しい腰に腕をまわした。

そして。

 

「ねぇ・・・抱いて?」

 

ラミリアが驚いて制止しようとするよりも先に、クォルに異変が見て取れた。

全く動かないのである。

サキはラミリアに向かって小首を傾げ、更に行為を続けた。

クォルの割れた腹筋に舌を這わせ始めたのである。

 

「ちょっ・・・な・・・」

 

ラミリアは声にならない声を上げ、しかしその官能的な一部始終を見守った。

クォルは動かない。

いや、小刻みに震えている。

 

「私を、抱いて?」

 

サキがまた言った。

すると、クォルの口が微かに動いた。

 

「・・・ラ・・・み・・・ラミ・・・」

 

ここでサキはクォルからスッと離れ、ベッドに腰を下ろした。

同時にクォルの強張っていた体の緊張が解けるのが、ラミリアには分かった。

 

「ね? こんな屈辱ってあるかしら。 そりゃ元々私の能力はそんなに強い方じゃないし、強靭な精神力で跳ね返されちゃうことだってあるわよ? でも、こんなに簡単に操れるにも関わらず、私をテコでも言うこと聞かないってどういうことよ」

 

不満を絵にかいたような膨れ面で、サキは言った。

そして値踏みするようにラミリアをねめつける。

 

「あーあ、せっかく運命の再開だと思ったのに。 まぁ、このヒトが私の恩人であることは変わり無いし、恩返しの一つでもしてから消えようかしら」

 

「???」

 

 

 

しばらくして、この部屋から絶叫が響き渡った。

 

「きゃああああああああああああッッッッ!!!!」

 

「うおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」

 

「何ナニなんでっ!? 服!私の服! こっち見んな馬鹿ぁぁぁ!!!」

 

「ちょ、ラミ、え!? 俺様、何で? えぇ!? ぐあああああ!!!」

 

 

 

廊下ではサキが驚きを隠せない表情をしていた。

 

「嘘でしょ・・・あの二人、この状況でもくっつかない? それなのに私が入る隙が無いとか、ホント馬鹿にしてるわ・・・もう。 あーあ、帰ろ・・・」

 

 

そして再び部屋の中。

 

「・・・見た?」

 

「見てない見てない見てないッ」

 

隣の席にサキ、正面にラミリア、そんな配置で座っていた店内。

そこからふと気づけば見知らぬ部屋のベッドの上。

そして目の前にはラミリアが一糸まとわぬ姿で・・・姿で・・・。

 

「見てないったら見てないッ!俺様は何も見てねぇからな!」

 

ブンブンと頭を振りまわし水色の髪を振り乱すクォル。

 

「絶対あの子の仕業だわ・・・」

 

手さぐりでシーツを引っ掴みつつ、ラミリアは記憶を反芻していた。

サキに見詰められ、服を脱ぐようにされたことは覚えている。

しかしそこから後のことがまるで思い出せない。

気がつくと全裸のクォルが自分に覆いかぶさっていたのだ。

 

「これのドコが恩返しなのよ・・・」

 

「な、なぁラミ・・・一体どーゆー・・・」

 

「こっち見んなこっち向くなあっちいけぇー!!」

 

「わわわっ!」

 

(こーゆーのは心の準備とか雰囲気とか流れとかそーゆーのがッ!)

 

(・・・ラミ、綺麗だっt・・・いやいやいや!俺様は何も見てねぇぞ!)

 

ドタバタしながらお互いにシーツとクッションで体を隠すことができた二人。

しかし状況が状況である。

二人ともまともに顔を合わせることができないでいた。

 

「しっかし、なんだってこんなことに・・・サキちゃんもいつの間にか消えちまうし・・・」

 

「ああ、それはね・・・」

 

ラミリアはクォルに全てを話した。

いや、正確には全てではない。

サキが意図的に能力を使って今の状況を作ったことは、伏せた。

 

「魔力の暴走? か何かじゃないの? あの子、まだ未熟みたいだし?」

 

「そうか・・・」

 

適当に誤魔化したラミリアの言葉に、クォルは生返事を返す。

いまクォルにとってショックなのは、サキの家族が戦禍に巻き込まれて亡くなっていたという事実だ。

それは、ラミリアにも伝わった。

 

「俺様がもっと安全なところに案内してりゃ・・・」

 

「クーォ? そんなこと、今さら後悔したってしょうがないでしょ?」

 

思いつめた表情のクォルに、ラミリアは励ましの声をかける。

しかしクォルの態度は変わらない。

普段はこういう面を全く表に出さないクォルだが、正義感と責任感が強くなければ団長など勤まろうはずもない。

今はそれが自分自身を責めることになってしまっている。

ラミリアは、そこそこ本気でクォルの頭を、殴った。

 

「ッ痛えぇー!! 何すんだラミィ!!」

 

「あんたがいつまでもくだらないことでウジウジしてるからでしょ!」

 

「くだらないって何だ! 救えたかもしれない命なんだぞ!」

 

「もう過ぎたことじゃない! それを今あんたが悔やんで何になるの!」

 

感情に任せた怒鳴り合いの末、ラミリアはクォルの両肩を掴んでベッドに押し倒す形になった。

 

「少なくともあんたのお陰であの子は今も生きてる!それで良いじゃない!」

 

「・・・お、おう・・・ちょ、ラミ・・・」

 

「あんたがそのことで自分を責めるのを、あの子が望んでると思うの!?」

 

「あ、いや、うん・・・」

 

「何で目ぇ瞑ってんの!? 私の目を見て聞きなさい!」

 

「オレサマ ナニモ ミテナイ・・・」

 

「え? ・・・!!? きゃあああああああ!!!!!!!!!!!」

 

ギュッと目を瞑った顔面にラミリアの肘が振り下ろされ、クォルの意識は再び本人から離れていった。

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

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元々サキュバスという設定で書き始めたのでこんな名前ですが、書いてるうちに当初の予定と全く違う方向に進んでしまいました。

GWを控えたある日

■学園の近所にある焼肉店『ゲンゴロウ

 

ガラガラガラッ

 

「へいらっしゃ・・・おう! ヒナぼう、おかえりィ!」

 

「ただいまぁ~」

 

「あぁ~待て待てヒナ坊、今ちょうどお客さん居ねぇんだ」

 

「みたいだねぇ」

 

「先にここで晩飯食ってくれると助かるんだが」

 

「そっか。うん、分かった。今日は何?」

 

トリトンカレーで良いか?」

 

「うん。ありがと。あ、でも普通のだと量が多いからハーフサイz・・・」

 

「へいお待ちッ!」

 

ドンッ

 

「・・・ハーフ・・・サイズで・・・。ま、いっか。いただきまーす」

 

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「で、どうなんだ学校は」

 

「ん~、別に普通だけど」

 

「お前ももう3年生だろ?彼氏の1人や2人、連れて来たって良いんだぜ?」

 

「ッ! げほっげほっ・・・な、ナニ言い出すの急に!」

 

「やっぱ、居ねぇのか、彼氏」

 

「なんで突然そんなこと聞くの!?」

 

「いやぁ、お前を引き取ってすぐ母ちゃんが死んじまって、俺らオイラが男手ひとつでお前を育てて来たが・・・すまねぇなぁ・・・」

 

「だからどしたの!? 義父とうさん変だよ!?」

 

「今日テレビでな、高校生にもなったら惚れた腫れたの色恋沙汰なんざぁ当たり前のことだって言っててな。俺らオイラぁヒナ坊はまだガキんちょだって思ってたモンで気にもしてなかったが、よくよく考えりゃ、お前もそろそろイイ歳だなと思ってよ」

 

「そ、そんなの人それぞれでしょ!」

 

「いやいや、ガサツで男勝りで、色気なんてコレっぽちも無ぇ残念な女に育てちまった俺らオイラが悪ィんだ。すまねぇなぁ・・・」

 

「ちょっと!サラッとヒドイこと言わないでよ! あ、あたしにだって彼氏くらい居るんだからね!」

 

「ほ、本当かッ!?」

 

「そうだよ! 次の連休は、そ、その彼氏とうさぽんランド行くんだから!」

 

「そうかぁ・・・良かった、良かった・・・よし、今度そいつを店に連れて来い!」

 

「えっ・・・」

 

ゲンゴロウ特製のボリューム爆弾スタミナ定食をお見舞いしてやろう!」

 

(うわぁ・・・どうしよう。つい勢いで彼氏居るなんて言っちゃったぁ・・・)

 

 

 

■うさぽんランド

 

(ふふふ、このカミューネちゃんの情報網を舐めてもらっては困ります。クォ先輩がうさぽんランドに行くというスケジュールはすでに確認済みなんだから!)

 

(とは言え、3年生のグループに自然に入り込むのはさすがに難しい・・・やっぱりここは偶然を装って園内でバッタリ出会うのが最良ね!)

 

(出会ってしまえばあとは「友達とはぐれちゃって」「一緒に回って良いですか?」「ポップコーン大きすぎて私一人じゃ食べられなくて」みたいな感じで!)

 

(あとはどうやって二人きりになるか・・・絶叫系は絶対乗れないし、いきなり観覧車はさすがにハードルが高い、と言うかラミリア先輩がきっと妨害してくるだろうし)

 

(やっぱりここはお化け屋敷ね。きっとクォ先輩たちは中等部と小等部のちびっこ達を連れてくるし、きっとあのラシェって子は入りたがらない。そしたらラミリア先輩は外で待っててもらってクォ先輩と私だけで入るのも不自然じゃない)

 

(よぉし!そうと決まれば下見よカミューネ!いざ当日に本気で怖がってクォ先輩にくっつく余裕が無いなんてオチはご免だわ!1回行って慣れとけば「キャー!こわーい!ぎゅうっ」の場所とタイミングも掴めるし)

 

「学生1枚。はい、じゃあこれで」

 

「お化け屋敷は・・・ああ、あっちね」

 

「あんまり本格的って感じでも無さそう。子供だましかな?」

 

スタスタスタ

 

「ん~、やっぱりそんなに怖く無いなぁ。これじゃ逆に怖がる方が不自然かも・・・」

 

「どこかでびっくりポイントがあれば良いんだけどなぁ」

 

カサッ・・・ビロロロ~ン

 

「・・・?」

 

「・・・ッ!!!?」

 

「ちょ・・・いやあああぁぁぁッ」

 

「こ、来ないでぇぇぇ!!!」

 

「何で!?なんでついてくるの!?」

 

「誰か助けてぇぇぇぇーっっっ!!!」

 

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ライスランドへ

私たちは、ひょんなことから潜入捜査を行うことになりました。

かつて私たちの国、キスビットを救うために死力を尽くしてくださったカウンチュドさんからの依頼とあれば、断ることなんてできません。

しかも、邪神ビットが関わっているかもしれない怪事件と聞かされては尚更です。

 

「まだ可能性の話なのだが、しかしあの邪神ビットが関わっているかもしれないとなれば、村長らに報告しておかねばならんと思ってな」

 

カウンチュドさんは真剣な表情で話してくれました。

それを聞くエウスオーファン村長も、とても深刻な顔で聞いていました。

 

「なるほど・・・謎のゴーレムか。確かに、所有者や術師が不在のゴーレムが自然発生することは考えにくいな。よし、調査に行こう」

 

こうして私たちはカウンチュドさんの祖国、ライスランドへ行くことになりました。

エウス村長以下のメンバーは次の通りです。

まずオジュサさん。

実際に邪神ビットが関わっているとしたら、その精霊的要素を感じることができるかもしれない、キスビット由来の精霊が居た方が良いとの判断でした。

次にエコニィさん。

あの戦いの中、キスビットメンバー内では対ゴーレム戦闘を最も多く経験していたので、本当にゴーレムが邪神によるものであれば何か気付くかもしれないということでした。

そしてエスヒナ。

自分だけがあの戦いに参加できなかったとひどく悔やんでいて、もし次に何かあれば真っ先に声を掛けて欲しいと村長に言っていたみたい。

そして最後に私、アウレイス。

肉体を邪神の依代よりしろとして利用されてしまったこともあり、共鳴など何らかの反応があれば邪神をいち早く感知できるかもしれないから。

 

「いずれもあの邪神との戦いを共に経験した者たちだから申し分無いが、しかし逆に言えば奴と面識があるということだ。効果があるかどうかは分からんが、気休め程度に変装は必要だろうな」

 

カウンチュドさんの心配も、もっともだと思いました。

もし仮に邪神ビットがライスランドで何かを企てていたとして、そこに私たちが現れれば警戒するでしょう。

今回の調査が空振りになってしまう可能性もあります。

だから、なるべくライスランドに溶け込めるような自然な変装は必須だと、みんな納得していました。

準備のために先に帰国したカウンチュドさんを追いかけるように、私たちは数日後に出発しました。

船がライスランドの港に到着すると、カウンチュドさんは大きな荷物を抱えて出迎えてくれました。 

潜入の始まりです。

 

「じゃあエウス村長はこの服に着替えてくれ。それから、そうだな、名前もライスランド風にしておいた方が良いだろう。エウスチャーハンでどうだ?」

 

「分かった。私はエウスチャーハンだな」

 

「次はアウレイス。お前はこれを着てくれ。そして名前は・・・アウライスで良いか」

 

「えぇ・・・はい、分かりました・・・アウライス・・・アウライス・・・」

 

「オジュサはこれを着ろ。サイズは間違いないはずだ。名前は、ジュンサイだ」

 

「は?なにそれ、ボクがオジュンサイ・・・?オジュンサイってなんだろう・・・」

 

「それからエコニィはこの衣装だ。名前は、そうだな、炊き込みぃだ」

 

「タキコミィ・・・ねぇ、名前がなんかどんどん適当になってない?」

 

「最後にエスヒナはこれに着替えるんだ。そして名前は、う~ん・・・エスニック支那そばで行こう」

 

「・・・あたしだけ妙に長くない?え、エスニックシナソバ・・・?」

 

こんな感じで、私たちはカウンチュドさんが用意してくださったライスランド風の衣装に着替え、ライスランド風のコードネームを付けてもらい、ライスランドを歩き始めたのでした。

 

のですが。

 

「・・・ッしまった!みんな隠れろ!」

 

港から街までの道を歩いていた時です。

カウンチュドさんが急に声をあげました。

 

「あれを見ろ、アレが謎のゴーレムだ!」

 

「・・・あ、あれが?えっと、あの・・・カウンチュドさん?」

 

「なんだアウライス、何か気付いたことでも?」

 

「いやぁ~・・・ねぇ、本当にあれが今回のゴーレムなの?」

 

「おいジュンサイ、何が言いたい?」

 

私たちが呆気にとられて絶句したのも無理ないことだと思います。

だって、カウンチュドさんが示した方向に居たのは・・・。

 

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「カウンチュド・・・あの白黒のやつが、そうなの?」

 

「何度も言わせるな炊き込みぃ、ヤツがそのゴーレムだ」

 

「ねぇねぇ、あの白い部分ってもしかしてお米?」

 

「その通りだエスニック支那そば。よく分かったな」

 

私たちは、そこにドドンと立っている大きな白黒のゴーレム(?)を、茫然と眺めていました。

そして、沈黙を破ったのはエスヒ・・・エスニック支那そばでした。

 

「あれって、おにぎりだよね?」

 

「ゴーレムだ!」

 

「でも白い部分は?」

 

「炊いた米だな」

 

「黒い部分は?」

 

「海苔だな」

 

「じゃあやっぱおにぎりだよね?」

 

「ゴーレムだ!」

 

「ねぇねぇ、ほらこれ、お昼に食べようと思ってたお弁当ね」

 

「おお、そう言えば腹が減ってきたな」

 

「待って待ってそうじゃなくて、ほらこれ」

 

「ん?それがどうした?」

 

「この、ご飯を握って海苔で巻いたやつ、何て言う?」

 

「馬鹿にしているのか?おにぎりだろう」

 

「そうそう。じゃあ、アレは?」

 

「ゴーレムだ!」

 

ここでエウス村長がクスクスと笑い出しました。

もう我慢できないといった様子で、肩を震わせながら。

 

「なんだ村長、もうバラすのか?」

 

「いやカウンチュド、さすがにアレでゴーレムは無理があるな。よし、私から説明しよう」

 

エウス村ちょ・・・エウスチャーハン村長はそう言うと、今回のことを説明してくれました。

あの戦いのあと、みんなそれぞれに思うところがあって、気分が落ち込んでいたり深く悩んでいたりしました。

自分があのときこう動いていれば、もっと自分に力があれば・・・。

そんなタイミングで、キスビット国内の周遊を終えたカウンチュドさんが帰国前にタミューサ村に寄ってくれたんだそうです。

村長とカウンチュドさんは二人で話し合い、気分転換に海外旅行はどうだろうということになりました。

 

「どうせなら三杯酢を仕掛けたいと思うが」

 

「それを言うならサプライズだろう?私は構わんよ」

 

カウンチュドさんのアイデアは、もう一度邪神ビットに対峙する緊張感と、それが杞憂に終わるという緩和によって、精神的なリラックス効果を期待するものでした。

一足先にライスランドに帰国したカウンチュドさんは仕掛けのゴーレム作成に取り掛かり、村長は手はず通り私たちを連れて出発した、ということでした。

ちなみにメンバーの選出は、落ち込みが激しい順だったそうです。

ダクタスさんは休養時間さえあれば復活できるし、ラニッツさんは新しい任務を与えれば立ち直るだろうとのことだったので。

 

「つまり、これは潜入捜査ではなく、か、観光旅行・・・ですか?」

 

「平たく言えば、そうなるな」

 

「わざわざそんなことのために、ボクたち用の衣装まで用意したの?」

 

「せっかくライスランドに来たんだ。国の文化に触れるのは良いものだろう?」

 

「よし、せっかくだから記念写真を撮ってやろう。そこに並べ」

 

「え・・・いや、あの・・・」

 

「村長は真ん中で、こうやって構えてくれ」

 

「こんな感じで良いか?」

 

「おっ、サマになってるな!」

 

「エウス村長・・・なんでそんなにノリノリなんですか・・・」

 

アウライスは隣でこう、祈るようなポーズをだな」

 

「もうアウレイスで良いですよね?・・・えっと、こう・・・ですか?」

 

「そうだ。いいぞいいぞ。じゃあジュンサイは・・・」

 

「ボクはもうこれで良いよ」

 

「ほう、よく分かってるじゃないか。それがベストだぞ?」

 

「適当に座っただけなのに・・・」

 

「じゃあ炊き込みぃアウライスの横へ」

 

「私、このヘルメット脱いで良いの?」

 

「そうか、そりゃそうだな。もちろん脱いでくれ」

 

「じゃあいつもの髪型にするからちょっと待って」

 

「あとエスニック支那そばジュンサイの横だ」

 

「ねぇオジュサ、あたしにそのゴーグル貸してくんない?」

 

「やだよ。これはボクの衣装なんだから」

 

「ちぇ~。なんだかんだ言って気に入ってんじゃないの」

 

「よぉし!じゃあ撮るぞ!俺が『三度の飯より』と言ったら『おにぎり』と言うんだぞ?」

 

「なにその合図・・・初耳なんだけど」

 

「『おにぎり』と言えば自然と笑顔になるだろう?さぁ、『三度の飯よりぃ~?』」

 

カシャッ

 

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アウレイスについて ※閲覧注意

アウレイス。

純白の肌に白銀のロングヘア。

彼女を見ていると、この世に色彩が存在することを忘れてしまいそうになる。

しかし、かげりのある眼には燃えるような深紅の瞳が覗き、彼女が唯一持つこの色は内面の意志の強さを表しているように見える。

 

アウレイスは『アルビダ』という種類の妖怪だ。

アルビダは生来、色素が薄く肌が白いことが特徴である。

また体を巡る血液の色に個体差があり、染料としての使用を目的に乱獲されることもあった。

目が覚めるような鮮やかさの碧い服、しっとりと落ち着いた深みのある翠の絨毯、自然な温もりと優しい印象が特徴の緋い紗幕。

もしあなたの身の周りにうっとりするような色彩の染め物があったなら、それはアルビダの血染め製品かもしれない。

彼らは種族的に、身体能力が飛びぬけて高いわけでもなければ、戦闘に長けているわけでもない。

キスビットがまだ邪神の支配下にあった時代、アルビダたちは凄惨な状況下に置かれていた。

 

例えば我々が毎日新鮮なミルクを得るため、品種改良された乳牛は畜舎でその一生を過ごす。

与えられた飼料を機械的に搾乳されるためだけに生きている。

食肉用の鳥や豚とて同じことだろう。

より美味い肉質を求め飼料を工夫し、新品種を開発するための交配が成される。

屠殺とさつされるその瞬間まで、喰われるために生きるのだ。

これは家畜としての運命であり、そのことに疑問を持つ者は少数派である。

 

さて、ここで家畜について言及したのはその是非を語るためではない。

旧時代のキスビットにおいて、アルビダの扱いがどうであったかを説明するためだ。

もうお察しであろうが、彼らはまさに『家畜としての生』を余儀なくされていた。

特に、鬼が支配する都市ジネにおいては『アルビダ工場』と呼ばれる施設が存在し、そこでは日々多くのアルビダが産み落とされ、飼育され、出荷された。

彼らは染料としての原材料だったり、単純な労働力としての奴隷だったりと、用途別に管理されていた。

現在であればそれが異常であると理解できるのだが、邪神の影響下にあった当時はこの状況に疑問を持つことができる者はごく少数だった。

 

さて、本題であるアウレイスの生い立ちについて触れよう。

 

彼女はアルビダ工場で生産された『愛玩用アルビダ』である。

当時の畜産体制下では、肌だけでなく体毛までもが白い個体は希少であり、比較的高値で出荷されたアウレイス。

商品として売買されるその度に体験する非道な扱いは、彼女に対人恐怖症、特に鬼恐怖症を植え付けることになる。

相手の目を見て話すことができず、終始顔色を伺い、自分の意思を殺して生きる。

 

アウレイスの最も古い記憶は、自分が主人を満足させられなかったことで怒りを買い、水責めの折檻を受けたことだ。

これ以来アウレイスの口癖は「ごめんなさい」「申し訳ありません」という謝罪になった。

自分に非の有る無しは関係ない。

頭髪を鷲掴みにされ、溺れる寸前で水から引き上げられるたび、咳き込み水を吐き出しながら精一杯呼吸をし、そして「ごめんなさい」を連呼する。

もちろんそれには何の意味も、効果も無い。

アウレイスの解放は単に主人の『せっかく高値で買ったのだから、これで壊すのは勿体無い』という判断によるものだった。

 

胸が悪くなるためこれ以上の記述は控えるが、とにかくアウレイスが経験した半生は熾烈で苛烈で陰惨だった。

しかしそれはその場におけるアルビダの『普通』であったし、それが異常であるという情報を得る機会も無いという環境のせいだった。

鬼たちの中でアルビダ同士に殺し合いをさせて愉しむゲームが流行したこともあった。

しかし当のアルビダ達にはそれが非倫理的であるとか、不道徳であるとか、そういう感覚はまるで無かったのだ。

自分が生き残るためにご主人の言うことを聞く。

それが世界であり、それが全てだった。

アウレイス自身は記憶していないが、主人の命令で同族に酷い仕打ちをしたことも、あった。

そこに罪悪感は無く、ただ目の前の粘土を捏ねるように、命令を遂行した。

それがアルビダ工場で生産された者の普通であり常識だった。

 

ただ、少数とは言え『野性の』と称されるアルビダも存在していた。

アルビダ工場で生産され、教養どころか世界観も、自我すら未熟だったアウレイスを変えてくれたのは、そんな野性のアルビダだった。

アウレイスは歳の離れた彼女のことを姉のように思って慕っていた。

 

そんなある日、アウレイスが飼育されている屋敷が賊に襲われた。

 

以下はその賊自身、ダクタスが語った話である。

 

わしはエウス村長と組んで、多くの民を救出した。

大半は人間至上主義からの解放を願う妖怪をエイ マヨーカから脱都させる手引きじゃったが、反体制派で戦力になりそうな者が居るという情報が入れば、そこに乗り込んで行くこともあったんじゃ。

差別されている妖怪たちの中にゃ、そりゃあ優れた能力を持つ者も居った。

じゃがその多くは身近な者を人質に取られたりしとってな、反逆心なんぞハナから摘まれておったわ。

彼らを解放して味方につけりゃ、タミューサ村の力になると考えとったんじゃ。

 

それでな、あの日の仕事は、今でも忘れられん。

わしらはジネに潜った。

強力な火炎を操る妖怪が居ると聞いてな、是非とも解放しようと。

情報ではとある屋敷の地下室にその妖怪が監禁されているということだったんじゃが、今になって思えばそもそも当時のジネで『妖怪を監禁』ということ自体、不自然なことじゃった。

気に入らなんだら殺して、すぐに別の妖怪を補充するっちゅうのがあの頃の常識じゃ。

じゃがわしはそれに気付かないほど、焦っておったのかも知れん。

キスビットという国そのものが何か大きな力によって歪められているという漠然とした不安に、自分たちができることがあまりにも小さ過ぎた。

人助けと言えば聞こえは良いが、果たしてそれが自己満足以上の何かになっているのかどうか、正直なところ自信が無かったんじゃな。

 

さて、結局わしらはその偽の情報に踊らされての、まんまと鬼の巣に入り込むことになってしまった。

やたらと哨戒が多かったのと、隠密行動をしとったハズなのにすぐ見つかってしまったことでようやく、わしらはこれが罠だと気付いたんじゃ。

引き返そうとしたが、鬼たちの猛攻は想像以上じゃったわい。

それで村長とわしは離れ離れになってしまっての、いや、焦った焦った。

エウス村長は全盛期に差し掛かろうかという気力も体力も充実しとる年頃じゃ。

じゃがわしは衰える一方の下り坂の真っ最中よ。

村長は一人でも逃げ切れるじゃろうと思っておったが、わしが心配したのはわし自身じゃった。

案の定わしはヘマをして、重傷を負っての。

もう逃げることはできんと判断して、隠れることに専念したんじゃ。

見つからないように隠れ続けて、ほとぼりが冷めた頃に逃げようと思ってな。

薄汚い小部屋の小さな物入れで息を潜めておったんじゃが、いかんせん血を流し過ぎた。

朦朧とする意識で、どれぐらい時間が経ったのかも分からん頃、わしはゴシゴシ床を擦る音で我に返ったんじゃ。

物入れの板の隙間から見れば、真っ白な女の子が一生懸命に床を拭いておった。

その女の子が、アウレイスだったんじゃ。

そしてその後、鬼の怒鳴り声が聞こえてきた。

鬼はせっかくの食事を床にこぼしたことを批難した。

アウレイスはごめんなさいと泣き叫びながら連れて行かれた。

可哀相とは思ったが、手負いのわしにはどうすることもできなんだ。

 

その直後、わしはハッと気付いてのう。

あの子が床を拭いておったのは、わしを庇ってのことじゃったと。

血じゃよ。

わしの血が部屋の床にな、滴っておったのよ。

表面の加工なんぞ何もしとらん粗末な木の板に垂れた血が、布で拭っただけで消えるはずもない。

アウレイスはスープを床に撒いたんじゃ。

わしの血を誤魔化すためにな。

恐らくは食事とて満足に与えられたものでもなかったろうに、それをあの子は、どうにかしてわしの存在を隠そうと考えてくれたんじゃろうな。

この子だけは、何としても保護せにゃならんと思ったよ。

 

わしは来るべき時のため、タミューサ村に必要なのは戦力じゃと思っておった。

戦える能力のある者をとにかく増やすべきじゃとな。

じゃが村長は特別な能力の無い者ばかりをどんどん村に迎えようとする。

守るべき存在は時に弱点にも成り得る。

わしとしては正直、自分の身を自分で守れない者をこれ以上増やすのは自らの首を絞めることになると思っておった。

しかし、間違っておったのはわしの方じゃった。

他人のために『大きなことが出来る者』と『自分の精一杯が出来る者』では、どちらが尊いのか。

わしは差別に苦しむ者たちを助けるため、持てる力を全て使っただろうか。

そこに妥協や諦め、打算や計算が紛れてはいなかっただろうか。

 

アウレイスの無垢な優しさが、わしの考えを変えてくれたのよ。

わしを庇ったところで得どころか、損しか無いじゃろう。

現にアウレイスは鬼に連れていかれ、手酷い折檻を受けているはずじゃ。

わしは物入れから静かに這い出た。

傷は痛んだが、それ以上に気力が漲っていた。

あの子を村に連れ帰る、その一心で立ち上がったんじゃ。

 

以下は賊のもう一方、エウスオーファンの昔話である。

 

私はダクタスさんと離れてしまってから、鬼たちの目を掻い潜って屋敷に戻ったんだ。

彼が深手を負ったことと、逃げ切れず屋敷に留まっていることはニオイで分かったからな。

追手を引き付けながら屋敷の外に出たことで、私たちが逃亡したと思わせるのは成功したようだった。

しかしダクタスさんが見つかってしまえば振り出しになってしまう。

私は速やかに彼を見付け、一緒に逃げなければならなかったんだ。

彼が身を隠している部屋はすぐに見付けることができた。

でも、私が救出のため侵入を試みた矢先、部屋の住人が戻ってきてしまった。

それは真っ白い少女だった。

そう、お察しの通りアウレイスだよ。

半分ほどスープが入った木製のボウルを両手で持って、彼女は部屋に入ってきた。

私は身構えた。

もし彼女が床に落ちたダクタスさんの血痕に気付いて声をあげたりしたら、可及的速やかに彼を回収のち逃亡せねばならない。

固唾を飲んで、とはあんな場面で使うんだろうな。

密かに私が監視しているとも知らず、アウレイスは案の定床の血痕に気がついたんだ。

そしてその赤い点線が続く物入れの扉を、恐る恐る、そっと、開けた。

数秒の硬直があり、開けたときと同じくそっと、ゆっくりと、彼女は扉を閉めた。

声をあげることもなければ、誰かを呼びに行く素振りも見せなかった。

アウレイスは部屋を見渡したあと、自分が着ている粗末な服の裾を引き裂いて、床の血を拭き始めた。

しかし木板に沁み込んだ血痕が布で拭いただけで消えるはずもない。

もしこの場面を誰かに目撃されてしまえば、ダクタスさんはすぐに見つかってしまうだろう。

私は突入の機を伺った。

彼女が床を拭くのを諦め、部屋を出るのを待ったのだ。

しかし彼女は意外な行動をとった。

先程持ち帰ったスープを血痕の上から垂らしたのだ。

 

正直、私は舌を巻いたよ。

アウレイスの機転と、優しさにね。

当時は今のように物資が豊富という環境でも無かったし、ましてその時の彼女の身の上から考えれば、そのスープがいかに貴重だったかは言わずもがなさ。

それを惜しげも無く床に撒いた。

そしてまた布を床に当て拭き始めた矢先、鬼の怒声が響いたんだ。

アウレイスは恐らく、鬼の足音に気がついてスープを撒いたんだと思う。

鬼からすればアウレイスが粗相をしてしまい、その始末をするために床を拭いているようにしか見えなかっただろう。

私は彼女が連れて行かれる廊下の先の部屋に回り込み、アウレイスを引き摺ってきた鬼に一撃を喰らわせた。

ここでも私は驚いたんだ。

アウレイスは突然の私の登場に、驚愕こそしていたものの悲鳴を上げることは無かった。

それどころか、無言のまま震える手で自分の部屋を指さしたんだよ。

状況的に私がダクタスさんを救出に来たということを察したんだろう。

洞察力、優しさ、そして勇気。

私はこの子を村に迎えようと決心した。

 

ダクタス、エウスオーファン、この二人の話をアウレイス本人に問うてみても、この時のことは覚えていないと言う。

しかし国が邪神の影響から解放され、惨たらしい状況が一変した現在、あの頃の異常な世界を知る者はごく少数である。

むしろ忘れてしまった方が、アウレイスにとっては良いのかも知れない。

彼女が言う「覚えていない」を信じるならば。

 

さて、アウレイスがタミューサ村に来てからしばらくして、彼女は親友を得ることとなる。

自分と同じくエウス村長を恩人と仰ぐサムサールの娘、エスヒナだ。

村の人々との触れ合い、エスヒナとの出会い、幾度の任務。

アンティノメル籍の国際警察官ソラとの出逢いと、僅かに芽生えた恋心と、衝撃の失恋。

アウレイスまとめ

そして壮絶な邪神との戦いと、その間に育まれた愛。

ルビ×アウリ

 

これらを経て、現在のアウレイスはずいぶんと強くなった。

しかしそれは彼女を良く知る者たちの感想かも知れない。

初めて彼女を見る者にはまだ、おどおどした人見知りのアルビダとしか映らないだろう。

 

名 前:アウレイス(auraysu)

種 族:アルビダ

性 別:女性

一人称:私

身 長:ルビネルの目の高さが頭頂部くらい

体 重:脂肪分が少なく割と軽め

髪 色:白銀

肌 色:純白

備 考:顔に水がかかるのが怖いので泳げない。

ラミと毒矢とクォルと薬

この物語は、らんさん(id:yourin_chi)のクォルラミリア(順不同敬称略)をお借りして妄想爆裂した結果の産物です。

yourin-chi.hatenadiary.jp

 

 

 

今回の依頼人は一風変わった商人だった。

コードティラル神聖王国の首都、ティラル。

その商業区で商店を営む彼が、なぜか隣国であるグランローグ国へ移住することを決めた。

豪商と言うほどでは無いにしろ、そこそこの規模で商売を行っていた彼には財産が有った。

彼はその大半を投じ、今回の引っ越し劇が始まった。

 

「あンた達が今回の護衛ねン?よろしく頼むわよン」

 

鼻にかかったねちっこい声色と独特の口調で、彼は荷馬車の列を警護する二人に声をかけた。

それに対して「はい」と短く応える緑髪の嬢を無視した商人は、そのまま青い髪の青年にズイッと近付くと、鼻息を荒げて続ける。

 

「あンたが団長さン? とっても可愛いわン・・・ねぇ、あたしの専用護衛にならないン? もちろんお給金は弾むわよン」

 

「あ、いやぁ・・・俺さm、いや、俺・・・そーゆー趣味は・・・」

 

普段、モンスターや女の子には強気な自警団の団長が、雇い主兼特殊な性癖の持ち主であるオジサンに迫られて困惑している。

その光景を目の当たりにして、笑いを噛み殺すのに必死なのは緑髪の嬢。

 

「あら、良かったじゃないクォ。いきなり高給取りになれるなんて、こんな美味しいオハナシ滅多に無いわよ?」

 

「ラミ!てめ!人ごとだと思ッ・・・あ、いや、あの、有り難いお話なんですが・・・」

 

国王直属の騎士団として働いていた戦争時代ならともかく、戦争が終わり、城下を警護することを目的として組織された『元騎士団の自警団』という身の上である。

今でも国王の命で動くことはあるが、その活動資金の全てを税金から支出してもらうことには抵抗があった。

団のことはなるべく団でどうにかしたい。

そんな思いから、機会があればこうして護衛や、時にはモンスター退治などの有償依頼を受けることもあった。

しかし自警団の団長が金目当てで個人の専用護衛になるなど、埒外の話である。

いくらお金が大好きであっても、だ。

商人は、青い髪から頬を伝う冷や汗と引きつった表情を一瞥し、フンと鼻を鳴らした。

 

「冗談よ!」

 

今までのねちっこい声色から一転、ドスの利いた雄々しい声で一喝すると、商人はドカドカと地面を踏み鳴らして馬車に乗り込んで行った。

どうやら機嫌を損ねはしたものの、難を逃れることはできたようだ。

 

「ふぅ~・・・た、助かったぁ~・・・」

 

「ずいぶんおモテになるのねクォルさん?あっはははは!みんなに報告しなきゃ!」

 

冷や汗を拭うのは自警団の団長、クォル・ラ・ディマ。

それをみて涙が出るほど笑っているのは、同じく自警団所属のラミリア・パ・ドゥだ。

二人は共に戦闘部族の街『カイザート』の出身である。

互いの力量は認め合っているはずだが、しかし幼馴染という関係性が邪魔をしているのか、会話の大半が憎まれ口という何とも腐れ縁な二人だった。

 

「自分がモテねーからってひがんでんじゃねーよ!この男女!」

 

「なによバカ!あんたなんかひがみもねたみもしないわよバーカバーカ!」

 

二人がこんな軽口の罵り合いを続けていると、いつの間にかフィアルとの旧国境が近付いていた。

フィアルは、コードティラルとグランローグの戦争が始まる前に滅んだ国だ。

現在復興中であるとはいえ、都市としての機能はほぼ無く、いまだに視界一面が廃墟という有り様であり、通常は移動のルートに選ばれることは無い。

新生魔族との遭遇率が高くなる危険な地域だからだ。

しかし雇い主である商人の強い希望により、なぜかフィアル経由でのグランローグ入りという旅程となっていた。

通常の街道を選べば護衛も不要なほど安全なはずだが、怖いもの見たさというやつだろうか。

金持ちの道楽に付き合わされているのかもしれない。

 

「お前みたいなガサツな暴力女、誰ももらってくんねーだろうな!」

 

「誰かに貰ってもらおうなんて思ってないわよバカ!お調子者!女たらし!」

 

他愛の無い、意味の無い、内容の無い掛け合いが続く。

と、不意に二人の声のトーンが下がった。

 

「・・・おいラミ、あんまフザけてると、助けてやんねーぞ?」

 

「・・・あら?私、あんたに『助けて』なんて言ったかしら?」

 

クォルが先頭の馬車を操縦する御者に手で合図を送る。

4台の荷馬車がその場に停止した。

 

「2・・・3人か。仕方ねーから俺様が全部引き受けてやらぁ」

 

「ちょっと私の邪魔しないでくれる?3人とも私がやるから」

 

御者には二人が何を言っているのかまるで理解できなかった。

視界には打ち崩された廃墟や焼け焦げた立木はあれど、人の姿などまるで見えないからだ。

 

「無理すんッ・・・おっと!」

 

「無理じゃなッ・・・フッ!」

 

物陰から放たれた矢をクォルは大剣で弾き、ラミリアは空中で掴み取った。

その矢をバトンのようにくるくると回しながら、ラミリアがクォルに声を掛ける。

 

「あんたねぇ、こーゆートキは無暗に弾くと危ないでしょ?」

 

「俺様をその辺の三流と一緒にすんじゃねーよ。ほれ」

 

クォルが剣の切っ先で示す方向にある廃墟の壁、その後ろから、ドサッと音を立てて倒れる人の姿。

手には弓、そして肩口には矢が生えていた。

放たれた矢をクォルが正確に打ち返したのだ。

 

「ふ~ん・・・」

 

それを見たラミリアは、ゆっくりとクォルに向き直る。

そして、得意気で自慢気な笑みを浮かべるクォルに向かって思い切り手中の矢を投げた。

 

「ッ!!!? あっぶね!何しやがんだラミ!俺様じゃ無かったら死んでたぞ今の!」

 

噛み付きそうな勢いで突っかかってくるクォルに向かい、整ったラインの顎で後方を指し示すラミリア。

クォルが振り向くと、剣を手にした男がゆっくりと倒れてゆくところだった。

太腿に矢が突き立っている。

それにしても、おかしい。

クォルが矢を弾き返した相手も、ラミリアが矢を投擲した相手も、致命傷を避けるよう狙ったはずだが、どちらも倒れたままピクリとも動かない。

 

「毒・・・か」

 

クォルが呟く。

単純に勝つか負けるかなら、負けない自信はある。

しかし『ただの掠り傷すら負わぬように勝つ』ためには、相当な実力差が必要だ。

果たして今回の相手がそれを許してくれるだろうか。

 

「さぁて、残ってるのはお一人様みたいだけど、このまま出て来ないなら見逃してあげよーかしら?」

 

ラミリアがわざと挑発的な声をかける。

クォルも、残る一人が隠れている場所は気配で把握している。

攻撃の方向が事前に分かっているのであれば対応は容易い。

 

「思ったよりも手強いじゃないか」

 

焼け焦げた巨木の後ろから、頭部に角を生やした男がゆっくりと姿を現した。

両の真っ黒い眼球の中央で、爬虫類を思わせる金色の瞳が鈍い光を放っている。

新生魔族だろうか。

 

「つ、つ、連れて来たわよン!さぁ!約束通りあたしのダーリンを返してン!」

 

突然、馬車の中から商人が駆け出した。

そのまま魔族の男に駆け寄ると、彼はクォルとラミリアに謝罪を始めた。

 

「ご、ごめんなさいねン・・・このお方が、強い部下を作るために強い人間を連れて来いって言うから・・・あたし、彼を人質に取られてて仕方なくン・・・」

 

「なぁラミ、こーゆーの何て言うんだ?」

 

「デジャヴ?」

 

「ああ、それだ」

 

「ねぇ!約束は果たしたわン!ダーリンを返して!」

 

商人が魔族の男に詰め寄る。

と、そこに割って入る人影があった。

先程ラミリアが矢を投擲した相手だ。

まだ息があったのか。

 

「ッ!!ダーリン!!!」

 

その顔を見るや商人が叫んだ。

これで役者は揃ったようだが、しかしその配役が分からない。

敵情が不明瞭なままでは戦闘時の動きに制限がかかる。

クォルもラミリアも、誰から誰を守るべきかを把握するため今しばらくの静観を決めた。

商人は動揺する。

なぜ自分の恋人が敵をかばうのだろうか。

そして先程受けた毒は大丈夫なのだろうか。

色々と聞きたいことはあるが、まずは大切な人の命が最優先だ。

 

「ね、ねぇダーリン?あたしの馬車に毒消し薬があるわン。今すぐ打ってあげるからねン」

 

そう言って馬車へと振り向いた商人の背中に、恋人の剣が振り下ろされた。

予想外の展開に目を見開くことしかできないクォルとラミリア。

 

「すまないね、彼はもう死んでいるよ。完全に冷たくなってしまうと正式な術式でなきゃ操れないから、急がせてもらった」

 

魔族の男がそう言うと同時に、剣を握った恋人は倒れて動かなくなってしまった。

 

「い・・・いま・・・毒消し薬を・・・ガフッ」

 

商人は馬車に向かい、恋人のために毒消しの毒消し薬を求めて這い摺る。

恐らくは状況を理解できていない。

自分に振り下ろされた毒剣が恋人の手によるものだと知らないままだったことだけが、幸いと言えた。

 

「野ッ郎!!」

 

犠牲者が出ることで選択肢はひとつとなった。

眼前の魔族を討伐する、ただそれだけのシンプルなミッションが開始される。

機先を制したのはクォルだった。

身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回し、目で追うことすら困難な速度で連撃を放つ。

 

「・・・くっ、僕は肉弾戦タイプじゃ無いんだが・・・」

 

防戦一方とは言え、クォルの連撃を曲刀で受け切っている魔族の腕も凄まじい。

間違いなくこの曲刀にも毒が仕込まれているはずだ。

攻撃に転じられると厄介なことになるのはクォルも承知している。

まだ全力の連続攻撃は続けられるが、全てを受け切られたあとに毒の攻撃を避け続ける展開だけは避けねばならない。

クォルはしぶしぶ攻撃の手を止め、一旦飛び退いた。

まだ息が上がるほどではない。

 

「ふんっ!やるじゃねぇか!よっし次は全力だ!ブッた斬ってやるぜ!」

 

戦闘にはブラフも重要である。

先程よりも更に攻撃力が増すと思わせることで、心理的優位を確保するのだ。

 

「おいおい、さっきのでまだ本気じゃないだと?何を食えばそんなデタラメな強さが手に入るんだい人間よ。あぁ、疲れた」

 

魔族の男は気だるそうに言うと、背負っていた弓に矢をつがえた。

中距離、剣よりも矢の方が若干有利な間合いだ。

しかしクォルにとっては願っても無い好機だった。

恐らくこの魔族は、この距離でなら矢の弾き返しはできないだろうとタカをくくっている。

しかし自分の動体視力と反射神経ならば必ず見切ることができる。

矢を放った直後にそれが跳ね返ってくれば、避けられない公算も高い。

クォルはペロリと唇を舐めた。

 

「さぁ、ここからは僕の番だよ」

 

そう言うと魔族は、後方で構えていたラミリアに矢を放った。

狙いが自分でなかったことに一瞬だけ焦るクォル。

しかし先程もそうだったように、ラミリアは軽々とその矢を掴み取る。

視界の端でその光景を確認したクォルに、ラミリアが叫ぶ。

 

「クォ!逃げてぇぇぇぇー!!!!」

 

ラミリアは魔族の放つ矢がどこに向かうのかを察知するため、視線を追っていた。

金色の瞳が自分を向いた瞬間、狙われていることが分かった。

それだけの事前情報があれば、間違いなく矢を掴むことができる。

現実に、放たれた矢が自身に到達する直前で、その柄を掴むことができた。

しかし、ラミリアが自分の意思で動けたのはそこまでだった。

魔族の狙いは始めから、その金色の瞳でラミリアを凝視することだったのだ。

 

「うおっ!危ねぇ!何すん・・・ラミ!」

 

掴み取った毒矢でクォルに攻撃を仕掛けるラミリア。

しかしその動きはいつものラミリアの流麗な体捌きではなく、やたらと力任せで雑な動きだった。

 

「なんて娘だい。僕の能力で完全に操れないなんて。大した精神力だね」

 

クォルとしては余裕で避けられる攻撃だ。

しかしラミリア相手に打ち込むことなどできない。

 

「クォ!これは私のミスよ!私のことは気にしないで!」

 

「黙ってろ馬鹿ラミ!俺様に不可能は無ぇ!!」

 

そう言いながらクォルは徐々に後退しつつ、戦場を馬車付近に移していった。

状況を打開する策はすぐに浮かばないが、まずは先程商人が言っていた毒消し薬を手に入れなければならないと考えたのだ。

戦場が馬車の荷台となり、クォルの大剣でほろが吹き飛ばされた。

しかし、この考えは魔族にも伝わっていた。

 

「うあああぁぁぁぁー!!!」

 

操られているラミリアが叫び声を上げる。

恐らくは体を操る魔族の真意を察し、全力で抵抗しようとしているのだろう。

しかしそれは一瞬体の動きを止めたに過ぎなかった。

ラミリアの下段蹴りが毒消し薬の入った木箱を粉砕する。

たくさんのガラス片がキラキラと輝きながら舞い散った。

 

「ぐぅ・・・薬が・・・ごめん、クォ・・・」

 

クォルの考えはラミリアにも分かっていた。

しかし魔族の操作によって体の主導権を奪われ、まんまとその邪魔をすることになってしまったのだ。

 

「いーや、お前が一瞬頑張ってくれたお陰で、ホレ。だから泣くなよ」

 

涙で瞳を潤ませたラミリアの視界で、ニッカリと笑うクォルが滲む。

その手には1本だけ、毒消し薬の入った小瓶が握られていた。

 

「な、泣いてないわよバカ!相変わらず手が早いんだから・・・」

 

「やれやれ。あんまり長い時間操作するのは疲れるんだよ。そろそろ終わりにさせてもらおう」

 

魔族の言葉に、心の中でギュッと身を固めるラミリア。

当面は回避に専念し、打開の隙ができるのを待つ気でいるクォル。

しかし。

 

「・・・あ・・・クォ、ごめん・・・」

 

矢を持つラミリアの右手がゆっくりと動き、尖ったやじりを左腕に、刺した。

 

「ラミィィィッッッッ!!!!」

 

弾けるように飛び出したクォル。

それに合わせてラミリアは刺さった矢を抜き、クォルに向けて構える。

もちろん本人の意思では無い。

速効性の毒はすでにラミリアの体をむしばみ始め、視界がかすむ。

 

「さぁどうする?その薬は最後のひとつなんだろう?早く彼女に飲ませてあげないと手遅れになってしまう。だが毒矢を避けながら上手に飲ませることができるかな?」

 

魔族の男は如何にも愉しそうな口調で下卑たセリフを吐く。

 

「来ちゃ・・・だめ・・・クォ・・・」

 

既に言葉を発することすら苦痛であるラミリアは、それでも掠れた声でクォルを制する。

しかしそれを聞き入れるクォルでは無かった。

だが真っ直ぐ突き進むのには、クォルなりの考えがあってのことだ。

ラミリアの動きを最小限に抑える、それが狙いだ。

操られているとは言え無駄に動けばそれだけ血が巡り、毒の回りが早くなってしまう。

いつも美しく輝いているラミリアの瞳に影が差してきた。

もう時間が無い。

クォルは覚悟を決めて間合いを詰めた。

そして。

 

「クォッッッッッ!!!!!」

 

ラミリアの悲鳴が響く。

毒矢はクォルの腹部に深々と刺さっている。

しかしそのお陰で二人は密着状態となり、クォルは左腕でラミリアの細い腰をがっちりと捕まえていた。

 

「これで暴れらんねーだろ。ほら、薬飲め」

 

「・・・ば・・・か・・・」

 

だが既にラミリアには自力で毒消し薬を飲み下す力は残っていなかったようだ。

ガクンと脱力し、動かなくなってしまった。

 

「ラミ!おいっ!ラミィィ!!!」

 

クォルは咄嗟に毒消し薬の小瓶をあおった。

そして、ほんの刹那だけ躊躇し、ラミリアと唇を重ねた。

口移しとはいえ充分な量の薬がラミリアの体内に流れ込んだはずだ。

蒼白だった顔色に血色が戻ってくる。

 

「はっはっは!なんとも美しい光景じゃないか!だが君ももう動けまい?決死の覚悟で助けた彼女はまだ目を覚まさない。それを僕が放っておくハズが無いよなぁ!?だが安心して良いよ。君たちは強かった!僕の屍兵しへいとして申し分の無い強さだ!」

 

この魔族の狙いは最初からこれだった。

短時間なら対象を操ることが出来る瞳術と、死んだ人間の体を使役する能力。

これを使って不死の軍団を組織しようという目論みだったのだ。

 

「おっと、まだ動けるのかい?呆れたタフネスだ。しかし無理しない方が良い。無駄に動くと余計に毒が回って・・・」

 

魔族の男に向かって大剣を構えるクォル。

最後の一撃と言わんばかりに気を練り集中している。

 

「やれやれ。僕が君の相手をすると思っているのかい?毒で勝手に倒れるまで待つに決まっているだろう。そもそもこれだけ間合いを取っていれば、君は僕に辿り着く前に・・・」

 

「辿り着く前に、何だって?」

 

クォルは水平に持っている大剣の上の首に向かって問い掛けた。

視界に自分の首から下の体を認めた魔族は、ようやく状況を理解した。

完全に間合いの外だと思っていた距離を、目にもとまらぬ雷のごとき速さで一気に跳躍しての一閃だった。

 

「一度ラミに刺さった矢だ、毒はその分減ってんだろ?あと毒消し薬も口に入れたときちょっとだけ飲んだしな。俺様ぐらいになりゃそれで充分なんだよ」

 

「ば・・・化物め・・・」

 

ザンッ。

 

「首だけになってしゃべってるお前に言われたかねーよ・・・ぐっ・・・」

 

空中に放り投げた魔族の頭部を両断すると、クォルは地面に倒れ伏した。

さすがに強がりだけでどうこうできる問題では無かった。

 

「あぁ~・・・くっそ・・・ラミの唇、柔らかかったなぁ~・・・」

 

遠のく意識の中、思い出すのは自警団の仲間たち。

そして、であるはずの、ラミリアの姿だった。

 

「そっか・・・俺様・・・」

 

どれくらい時間が経ったのだろうか。

ズキズキと拍動する頭痛と若干の吐き気を伴いながら、ラミリアが目を覚ました。

ここがどこで、何をしていたのか。

 

「クォ!」

 

数秒の空白があり、一気に全てを思い出したラミリアは周囲を見渡す。

ドス黒い血を流して倒れている首の無い魔族の体。

その少し向こうには両断された頭部。

そして、地面に突っ伏しているクォルを発見した。

重い体を無理矢理動かし、ラミリアはクォルに駆け寄った。

 

「クォ!起きなさい!起きて!ねぇ!起きてよ!」

 

泣きながらクォルの体を揺さぶるラミリア。

しかしクォルは目を覚まさない。

 

「私だけ・・・私だけ助かったって・・・意味無いのに・・・ばか・・・」

 

と、涙で滲む視界の中、クォルの胸が上下したように見えた。

 

「ッ!?」

 

急いで胸に耳を当てるラミリア。

弱々しくはあるが、確かに脈打つ鼓動が聞こえた。

 

「生きてるんなら最初から言いなさいよバカッ!!」

 

ラミリアの瞳には光が戻っている。

すぐさまクォルの体を抱き起こし、背負った。

 

「あんたなんかに借りっぱなしはしゃくだからね」

 

誰に聞かせるでも無い悪態が、無人の野にかき消えていった。

 

 

 

「いやぁ、本当に驚いたんだよわたしゃ。だってこんな村はずれのあばら家に、若い娘が男一人担いで『助けてください』って泣きついてきたんだから。聞けば魔族と戦って、毒に侵されてるって言うじゃないか。でも毒消し薬なんて高価な物がウチにあるわけないだろ?仕方ないから何もしないよりゃマシだろって、薬草を飲ませてみたんだよ。そしたらね、聞いて驚きな。なんと翌朝にはむっくり起き上がったんだよ!で、よく見たら腹に穴が開いてるじゃないか。もうわたしゃ何から驚いて良いか分からなかったよ。そうそう、怪我と言えば娘さんの方もね、腕に大層な怪我をしてたんだ。それにその子も毒が回ってたらしくてね、いや、毒消し薬を飲んだから大丈夫って本人は言うんだけどさ、普通はすぐに動けるハズなんてないんだよ。そんな状態で男を背負って半日以上歩いてここまで来たって言うんだから。え?その二人?ああ、なんでもティラルに帰るんだとか。そうさ、ロクに治療もしてないのに『唾つけときゃ治る』ってんだからもう、元気を通り越して異常さ。しかし、あのお嬢ちゃん、間違いなくあの男にホレてるね。じゃなきゃあんなに必死になるもんかい。え?この金?ああ、礼だって言って置いていったよ。『依頼が果たせなかったから貰えない金なんだ』とか何とか言ってたけど、まぁよく分からんね。わたしゃ得したから良いんだけどさ」

 

 

 

ティラルに続く道。

青髪の青年と、緑髪の嬢が軽口を叩きながら歩いている。

 

「だから、勝算があるからやったって言ってンだろ?」

 

「あんただって倒れてたんだから、引き分けじゃない」

 

「馬っ鹿おまえ!完全に俺様の勝利だろ!?」

 

「でも、どうやって倒したか覚えて無いんでしょ?」

 

「それなんだよなぁ・・・毒の影響なのか何なのか、記憶が曖昧なんだよな」

 

「そもそも脳みそちっちゃいし。どこまで覚えてるの?」

 

「ちっちゃくねーよ!ラミが操られて毒矢を振り回してたあたりか?」

 

「え、そこから!?」

 

「そうなんだよ。まぁ記憶なんて無くても俺様の華麗な戦術が冴えまくったからお互いこうして生きてんだろ?良かった良かった」

 

ラミリアは魔族に操られ、自分自身を毒矢で刺したことは覚えている。

そしてそのあとクォルが自分のために身を呈して毒消し薬を飲ませてくれようとしたことも。

しかしそこでぷっつりと記憶の糸は途切れてしまっている。

今こうして生きていると言うことは、確実にあの毒消し薬を飲んだはずだ。

そして、薬はひとつしか無かったにも関わらずクォルも生きている。

釈然としないが、しかし事実を知ることは難しそうだ。

 

「あんたは単細胞で良いわね。はぁ・・・やれやれ」

 

「なんでいっつも上から目線なんだよ!」

 

「私の方が上なんだから当然じゃない」

 

「はぁ!?ふざけんなよラミ!簡単に操られた癖に!」

 

「ッ・・・そ、それは・・・悪かったわよ・・・」

 

今回の件、自分が操られさえしなければという、悔しい気持ちがラミリアにはあった。

なにせ、そのせいでクォルに生死の境を彷徨わせたのだから。

だがいつもの威勢が消え去り、しおらしく謝ったラミリアの態度の急変は、クォルに予想外のダメージを与えた。

 

「いや、まぁ、別に・・・お、俺様的には余裕だったし?」

 

「でも・・・私のせいで・・・」

 

売り言葉に買い言葉が帰って来ないのはとてもムズ痒かった。

クォルはガシガシと頭を掻き、歩を止め、勢い良く体ごとラミリアの方に向いた。

 

「ラミ!」

 

「は、はいっ」

 

急に真剣な眼差しで見つめられつつ名前を呼ばれたラミリアは、意図せず真面目に返事をしてしまう。

 

「良いか?俺様の目の前でなら、操られようが何されようが、全部俺様が何とかしてやる!だからお前はこのクォル様の側に居るときは油断して良い!俺様が許す!」

 

「ッ!・・・・・・あの・・・ごめん、意味が、分かん・・・ない・・・」

 

ラミリアはボソッと、クォルから顔をそむけて返す。

その顔は真っ赤になっていた。

もちろん、クォルには見えていないが。

 

「なんでだよ!何で分かんねーんだよ!油断して良いって言ってんだぜ?お前の方が脳みそちっちぇーんじゃねーのか?」

 

ティラルまで、あと半日はかかるだろうか。

二人は相変わらずの調子で一歩ずつ進んでいる。