エスヒナさん猫になる

↑時系列としてはこれの続きです。

f:id:sakatsu_kana:20171004130411j:plain

「ボク・・・ハロウィン好きじゃない・・・」

 

カボチャの被りモノをゴロリと床に転がして、オジュサが言った。

その瞳には光が無く、『ジャック・オー・ランタン』という名称を耳にしたときの輝きはすっかり失われてしまっていた。

 

「わしもコレ・・・アイタタタッ!」

 

腰が曲がっているのでマントの裾が地面についてしまうダクタス。

歩くとその裾を踏んでしまい首が後方に持っていかれ、腰に大ダメージとなる。

ダクタスはマントを取り去った。

 

「一度着ておいて何だけど、ごめんラニッツ。私これ着て出歩けないわ」

 

エコニィはそそくさと更衣用の部屋へ戻り、いつもの格好に着替えてしまった。

大剣をガシャリと担ぐと、満足そうな表情で小さく「よし」と言った。

 

「み、みなさんっ!考え直してください!村の大切な催しなのです!」

 

ラニッツの言葉はしかし、彼らの耳には届かなかった。

ただ一人を除いて。

 

「ねぇラニッツ、あたしもエコニィの猫が良い!エコニィが要らないならあたしが貰っても良い?」

 

「ダメですよ!他の誰かに代わってもらうのですから!」

 

すでにラニッツの頭の中では仮装案内人を引き受けてくれそうな村人のサーチが始まっていた。

他ならぬエウス村長からの依頼なのだ。

絶対に失敗するわけにはいかない。

 

「ちぇ~。ラニッツのケチっ。ケチラニッツっ。ケチッツ。ケツっ」

 

意味不明な悪態をつくエスヒナに構わず、ラニッツは屋敷を飛び出した。

一刻も早く代理を見つけなければ。

その場にポツンと放置されてしまったエスヒナ。

 

「・・・おおっ!閃いたッ!あたし天才かも!」

 

嫌な予感しかしない言葉を発しつつ、ダクタスの家に向かった。

恐らく家路をたどれば帰宅途中のダクタスに追いつけるはずである。

そう思いながら駆けていくと、予想通り腰の曲がった背中が見えてきた。

 

「おーい!ダクタスー!あたしに猫の耳としっぽを付けてよぉー!」

 

エスヒナの名案とは、こういうことだった。

物や人の外見を変えることができるダクタスの能力で、エコニィのような猫の格好を創出すれば、わざわざ衣装を着る手間も省けるというものだ。

 

「んん?エスヒナか?お前も物好きじゃのう。どれ、・・・ほいな」

 

ダクタスが能力を発現すると、包帯ぐるぐる巻きのエスヒナに猫の耳としっぽが現れた。

 

「それで良いかの?」

 

「うん!ありがと!」

 

ブンブンと手を振りながら元来た道を駆けて戻るエスヒナ。

本人としてはミイラをやめて猫娘になるつもりだったのだが、ハイブリッド猫ミイラの姿を気に入ってしまったエスヒナ。

すれ違う村人に陽気な挨拶を繰り返す。

 

「にゃおー!たーべちゃーうぞー!」

 

「ハッピーハロウィーン!にゃはははは☆」

 

皆は苦笑しつつも「すごい仮装だ」「エスヒナらしい」「可愛いね」と褒めてくれた。

気を良くしたエスヒナは日が暮れるまで村を練り歩いた。

 

「・・・ん?ありゃ?」

 

気付いたことが2つあった。

ひとつ目は、周囲が暗くなっていること。

いつの間にそんなに時間が経ってしまったのか。

ふたつ目は、ミイラの衣装である包帯がずいぶん解けてしまっていること。

一日中歩き回ったおかげで緩んだのだろう。

 

「あれ・・・上手く巻けない・・・暗くて、見えない・・・」

 

解けた包帯の先は絡まり結ばれ、容易には巻き直せない状態である。

こうなったらまず一度完全に解いてしまった方が早いかもしれない。

そう考えたエスヒナは地ベタに座り込み、絡まった包帯を解くことに専念した。

 

 

「まさか全員に断られるなんて・・・」

 

ラニッツは半泣き状態だった。

村中を駆けまわりイベントの協力を申し出たのだが、やはり仮装がネックとなり誰も引き受けてくれる者が現れなかったのだ。

仮装を諦めて普通に案内役を立てれば良さそうなものだが、一度決めた事柄を曲げられない不器用さも、ラニッツの魅力である。

と、もうすっかり暗くなってしまった道の先に、なにやら動くものが見えた。

 

「こ、こんな時間に・・・誰ですっ?」

 

「呼んだかにゃ~?」

 

f:id:sakatsu_kana:20171031182239j:plain

 

「ぎゃあああああーっっっ!!!!」

 

自分の持つランタンの明かりに照らされた化け猫がくるりと振り返り、返事をした。

ラニッツは大声で叫び反転したと思ったら猛然と走り始めた。

 

「今の声は、ラニッツ?どしたんだろ?」

 

包帯が解けないまま悪戦苦闘するエスヒナの元に、ラニッツが呼んだ自警団が駆け付けたのはそのすぐあとだった。

 

「ちょっ、ちょっとみんな!包帯巻くまで待ってよぅ!」

 

「え?あれ?エス・・・ヒナ・・・さん?」

【03】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

『続いて、喜ばしくも不可解なニュースです。先日ハーレイハビサ美術館から盗まれた【ミーアの翼】が無傷で帰還したとのことです。当局による情報開示は無く、詳細は不明ということで、何とも腑に落ちない事件でした。ともあれ無事に・・・』

 

プツン。

 

視るともなく付けっ放しにされていたテレビが消された。

もちろん、電源を切った人物が居るからだ。

パリッとしたシャツにモーニングというな装いで、床に散乱しているゴミだか何だか分からないものを片付けながら、彼は言う。

 

「お嬢様、おやすみになられる前にテレビは消してくださいと、何度もお願いしたはずですよ。それに・・・」

 

言葉に詰まったのは、ひょいと拾い上げた小さな布切れが下着だということに気付いたからだ。

着用後なのか洗濯済みなのか判別できないため、とりあえず洗濯待ちの衣類と一緒にまとめる。

 

「それに、床に物を置きっ放しにしないこともお願いしたはずです。お嬢様、聞いてらっしゃいますか?お嬢様!?」

 

一向に起きる気配が無いことに業を煮やし、ついに彼は強硬策に出た。

 

「コマお嬢様!いい加減に起きてくださいッ!!」

 

いつまでもベッドに横たわりふかふかのケットにくるまって惰眠を貪るお嬢様。

彼女を起こすのにはこのケットを剥ぎ取ることが最善なのだ。

 

バサッ。

 

「ッッッ!!!」

 

 

 

「そぉんなに怒んなくたって良いでしょ~?イオンの怒りんぼっ」

 

朝食のサラダをつつきながら、コマが口を尖らせる。

20人は一度に食事が出来そうな大きな食卓にただひとり、ポツンと座っている。

 

名 前【コマ】

種 族【サムサール】

性 別【お嬢様】

一人称【私】

性 格【面倒臭がり、怠け癖、ズボラ、適当、スリルジャンキー】

呪 詛【『堅実ソリッド』を宿した目を額に持つ。この目を見てしまうと分の悪い賭けや、少しでも負ける可能性のある戦闘などが出来なくなる。手堅く着実に目的が達成できる状況でなければ行動に移ることができない。結果を確実に予測できる行動しか取れなくなり、予測が外れるとパニックを起こしてしまう。】

特 徴【通常はズボラ極まりないコマだが、賭けごと、それも負ければ命すら危ういようなものには異常なまでの執着を見せる。当人曰く、生きるか死ぬかギリギリのラインの上を歩いている時が最も生を実感できるのだとか。ちなみにスリルを味わっている間の集中力や身体能力は凄まじいものがある】

 

「私が勝手に怒っているのではなく、コマお嬢様が怒らせているのです」

 

名 前【イオン】

種 族【サムサール】

性 別【紳士】

一人称【ワタクシ

性 格【几帳面、潔癖、忠誠心が強い、切れ者、たまにキレる】

呪 詛【『怠惰レイズネス』を宿した目を額に持つ。この目を見てしまうと全てが面倒になる。目的意識よりも本能的な欲望の方が強くなり、現状に対して「なぜこんなことをしなければいけないのか」という疑問が湧き起こる。眠ければ寝てしまい、空腹ならば手近なものを食べてしまう。特に深く考えずに行動してしまうため、賞味期限が切れたものも平気で食べて後悔する。】

特 徴【常に2手3手先を読んで動き、用意周到。口癖は「たまたま~していて良かった」で、何かのハプニングが起きた時にはそれに対応できるアイテムをサッと出すことができる。】

 

イオンは使用済みの食器を手早く片付けながら、食後の紅茶を蒸らし始める。

動きに一切の無駄が見られず、その所作の全てが美しい。

それに引き換えコマは本当にだらし無い。

髪は寝癖放題、口のまわりにはドレッシング、パジャマのボタンは掛け違え。

テーブルの下を見れば、スリッパを左右を逆に履いている。

 

「いーじゃん別に、私が裸で寝ようが毛皮着て寝ようが、イオンには関係ないでしょっ」

 

つい先刻、コマを無理やり起こしにかかったイオンが剥がしたケットの下に見たものは、一糸まとわぬ姿だった。

しかしコマはと言えばそのことを一切気にしている様子は無い。

ティーカップを無造作に持ち上げ、淹れたての紅茶で唇を焼くコマ。

アチッと小さく漏らし、卓上の水差しに手を伸ばす。

 

「関係あるか無いかで言えばそうかもしれまでんが、そもそもお嬢様には恥じらいというものが無さ過ぎ・・・紅茶を水で薄めてはいけません!」

 

コマが手に取るより一瞬早く、イオンが水差しを奪い取った。

せっかく最高級の茶葉で丹念に淹れた紅茶を、ぬるくするため水を加えることなど、想像しただけで眩暈がしてくる。

 

「だって熱いんだもん」

 

また口を尖らせるコマ。

と、すっくと立ち上がりそのまま食堂を出て行こうとする。

 

「お、お嬢様?どちらへ?お食事はまだ終わっておりませんよっ」

 

「もう食べるの面倒いから部屋でもうひと眠り・・・」

 

「いけませんッッ!!!」

 

イオンのコメカミに血管が浮き上がっている。

これはマジギレ寸前のサインである。

それを確認したコマは、イオンが本気で怒ったときの方がより面倒であると判断し、しぶしぶ席に戻った。

 

「今朝はお客様がお見えになると、先日から申し上げていたはずです。例の、別宅の金庫から盗まれた3億セオンの件で国際警察の方が・・・」

 

「あんなの気にしなくて良いって言ったじゃん」

 

「お嬢様・・・恥じらいに加えて当主としての自覚も無さ過ぎです・・・亡き御父上が今のお嬢様を見たらなんとお思いになられるか・・・ふぐぅ・・・」

 

親の心、子知らず。

執事の心、主知らず。

どんなにイオンが悲しんで見せても、残念ながらコマには何ひとつ響いていなかった。

 

 

手入れの行き届いた清潔さ、整然と並んだ美術品、雲の上を歩いているような絨毯、重力を忘れてしまいそうなソファ、それらが黄金比で配置された客間。

調度品ひとつひとつが相当な値打ち物であろうことが窺え、ケサーナは生唾を飲み込んだ。

 

「あー、私は国際警察、警部のケサーナと申します。この度は莫大な金を盗まれたとかで・・・」

 

「べっつに、大したことないわよあんなの」

 

「お、お嬢様ッ。警部さん申し訳ございません。お嬢様は金銭感覚が少々、その・・・」

 

あからさまに不機嫌そうな少女が、高級そうなクッションをギュッと抱えてそっぽを向いている。

まさか、この立派な屋敷の当主がこの少女なのだろうか。

 

「ゴホンッ。で、その盗難に遭った現地を拝見させて頂きたいと思いまして」

 

「現地警察の方には見分していただきましたが、なぜまた?」

 

イオンの質問は最もである。

盗難が発覚してすぐに警察には届け出ており、一通りの調査は行っている。

それを、数日後にもう一度調査したいと言われ、しかも相手が国際警察なのである。

 

「実は、お宅の窃盗事件の犯人は、怪盗チャイではないかと私は睨んでおるのです」

 

「怪盗チャイッ!?」

 

コマが急に大声をあげ、会話に割り込んできた。

テーブルに両手を突き、ケサーナの顔面直前まで顔を近付けて尋ねる。

 

「私のお金を盗んだのが、あの怪盗チャイだって言うの!?」

 

「あ、いや、私がそう睨んでいるだけで・・・その確証が欲しくてこうして再捜査の・・・」

 

「ぃやったー!なんて素敵なの!チャイが私の家に来たってことよね!?」

 

イオンが額に手を当てて目を閉じた。

良く分からないが、どうやらコマは何かのスイッチが入ってしまったようである。