【アイラヴ】わざわいってどうやったら福に転じるの

今日は体幹トレーニングと、先輩アイドルのステージ見学の予定だ。

ウィーカは駐車場で、御徒町の会議終了を待っていた。

 

「ごめんごめん、お待たせ。ちょっと長引いちゃって」

 

早歩きでやってきた御徒町だが、車のロックを解除する様子が無い。

ウィーカは早く乗り込んで、道中で話したい事がある。

 

「おかちさん早よ開けてーな。ウチ、ちょっと相談したいことがあんねん」

 

「ん?・・・ウィーカもか。実は俺もなんだ・・・」

 

御徒町はそう言いながら、申し訳無さそうに続けた。

 

「ちょっと重い話になるから、落ち着いて話し合える事務所のミーティングルームを使おう。悪いけど、体幹トレーニングは勝手にキャンセルしちゃったよ」

 

トレーニングのキャンセルに関しては特に気にしないウィーカだが、御徒町からの相談と言うのがとても気になる。

二人はミーティングルームへと急いだ。

お互いそれぞれに相談がある状況は、どちらから先に話し出すのか空気の読み合いになる。

口火を切ったのはウィーカだった。

 

「おかちさんの話は重いんやろ?せやったらウチのから言わせてもろてもええ?」

 

「ああ、聞こう」

 

「あんな、ウチ、名前を戻そうかなぁて思うんやけど・・・どう思う?」

 

「え?・・・美作みまさか初華ういかに、ってこと?」

 

「そう。あかんかな?」

 

「いや、個人的には構わないと思うけど、芸名をどうするかは最終的に事務所が判断することだからね。一応、俺の企画書には美作初華でデビューと書いておくよ」

 

「おおきにッ!」

 

御徒町は頭の中で、改名に必要な書類と手続きを挙げてみた。

そう多く無さそうだ。

まだ正式な研究生でも無いという身分が幸いしている。

 

「ウィーカ、あ、いや、初華。今度は俺の番だ」

 

「あいよッ」

 

思いのほか自分の要求があっさり通ったので、初華は上機嫌だった。

御徒町からの相談も可能な限り全力で応えようと、ウェルカム状態で聞きに回る。

 

「さっきの会議後に、俺の上司から打診があったんだ」

 

御徒町は慎重に、言葉を選ぶように話し始めた。

こういう、初華に対する気遣いたっぷりなときの声は、完全に焼き芋味だ。

 

「初華の昇格、つまり、正規の研究生への引き上げについて」

 

「えっ・・・」

 

初華の時間が止まる。

そして次の瞬間、パァっと破顔した。

が、すぐに表情を戻す。

 

「で、条件は?・・・あんねやろ、何か条件が」

 

単純な昇格であれば御徒町がわざわざ『相談』などという言葉を使うはずがない。

ましてスケジュールをキャンセルしてまで時間と場所を選んだ話になどなるわけがない。

 

「水着までならええけど、それ以上やったらウチ、脱がれへんよ?」

 

「なんでそうなる。・・・初華、上からの条件は『グループデビュー』だ」

 

御徒町は経緯を簡単に説明した。

元々3人組での活動を希望する研究生が居ること。

事務所の意向で四人組カルテットの方が望ましいということ。

そしてその4番目としてなら、補欠から昇格させて正規の研究生になれること。

 

「ここまでなら、まぁ検討の余地がある話なんだけど」

 

御徒町がひどく話しにくそうにしているのが分かる。

正直、初華としてはソロでやりたいという気持ちが強い。

しかしグループでデビューした後、やがてソロ活動というケースもよくある。

確かに悩みどころではあった。

 

「その、3人組というのが、この子たちなんだ」

 

そう言いながら御徒町は、簡単なプロフィール資料を机の上に広げた。

初華の表情が引きつる。

資料に貼られた顔写真、とびっきり能天気な笑顔で写っているのは、タオナンだった。

 

「・・・これが『不遇』かぁ・・・なんやあの占いめっちゃ当たるやん・・・」

 

「占い?」

 

「いや、こっちの話や。おかちさん、ハッキリ言うで?やッ!」

 

「・・・だろうね」

 

御徒町も、初華のこの反応は予想通りではあった。

しかし問題はこの先なのである。

 

「正直に言うとね、本来ならこういう話って、拒否権は無いんだよ」

 

「せやろな」

 

意外にも初華は冷静に答えた。

内容が『提案』『打診』であればまだ交渉の余地はあるだろうが、経緯を聞くに、恐らく今回のこの話はすでに『辞令』レベルの内容に近いということは、初華も理解していた。

それを断るということは、つまりプロダクションに対する背信行為となる。

それも、メンバーの中に気に入らない人物がいるからという、子供じみた個人的感情が理由であるとすれば尚更だろう。

 

「それで、ここからが俺の相談ってことになるんだけど・・・」

 

「もぉええよ」

 

「え?」

 

初華は顔を上げ、御徒町と目を合わせた。

少し悲しそうな表情で頬笑み、そして自らの結論を語った。

 

「ウチ、ドレプロ辞めるわ」

 

「ッ!!?」

 

「もちろんアイドルになんのまでは辞めへんよ?どっか違うプロダクション探して、またイチからオーディションや。どーせタオナンを倒したるんやったら、プロダクションも違ごてた方がええと思うしな」

 

「初華・・・」

 

「おかちさんには色々とぉしてもろたのに、なーんも恩返しできんくてゴメンなぁ。ほんでもおかちさんやったらすぐに敏腕プロデューサーになれるわ。ウチなんかより、もっとええ子をデビューさせたってや」

 

「初華、聞いてくれ」

 

「ホンマ悪いけど、ウチ、説得されへんよ?もう辞めるいうて決めたんや」

 

「初華!俺もなんだ!」

 

「・・・え?」

 

 

 

f:id:sakatsu_kana:20170718115143j:plain

頑固と一途は紙一重。