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とり娘が加わりました ~外伝SS~

大きな嵐だった。

山の天候は変わりやすいと言うが、しかしこれはあんまりだ。

 

「夕方には天候が悪化する。早く帰りなさい」

 

私は、育ての親の言葉を今更思い出し、ひどく後悔した。

ここは険しい山の中である。

国を東西に走るウーゴ ハック山脈の中央付近、エイアズ ハイ川の源流を遥か足元に見降ろす位置だ。

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人間中心の都市、エイ マヨーカから落ち延びた私は今、マカ アイマスの地でキスビット人と共に暮らしている。

彼らキスビット人は自然と共に生きており、山の天候にも詳しい。

それは理解していた。

しかし私もも十七歳オトナである。

自分の身は自分で守ることが出来るし、なにより天気の変わり目はニオイで察知できる。

そんな慢心と過信、油断が今の状況を招いた。

自業自得である。

 

「こんなに雲の足が速いとは・・・」

 

天候の変化に気付き、下山しようとしたが間に合わなかった。

辛うじて岩の窪みに避難し、雨に打たれることは回避できたのだが、しかし身動きが取れない。

視界が悪くなるほどの豪雨と、それが横殴りになるような暴風。

私は荷物の中から毛布を取り出し体に巻き付けた。

天候の回復がいつになるか分からない以上、ここでしばらくじっとしていなければならない。

そのうち上空から嫌な音が聞こえ始めた。

山全体を揺らすようなゴロゴロという響き。

雷である。

 

「やれやれ、いよいよツイてないな」

 

私が愚痴を漏らすのと、暗い空が一瞬の閃光で白むのは同時だった。

そしてその直後、耳をつんざく轟音が鳴り響く。

こんなにうるさくては眠ることすらできない。

また空が光った。

と、私はその中に影を見た。

大小の鳥が二羽、暴風に煽られながら必死に飛んでいるのである。

もしやあれは。

 

「幸と不幸は表裏一体、か」

 

私は荷物の中から短剣を取り出し、それだけ持って豪雨の中に身を躍らせた。

先ほどの影を追うためである。

もともと私がこの山に入った目的は、弓矢の製造に使う矢羽根ヤバネの採集である。

キスビット人がミーアと呼ぶ人型有翼の生物、その羽根が矢羽根ヤバネとしてとても優秀なのだ。

 

■ミーア -mia-

ミーアには基本的にメスしか存在しない。

性染色体が他の生物よりも極めて優性であり、どの種族のオスと交配してもミーアのメスしか生まれない。

ミーアがどのようにして交配相手を選別するのかは解明されていない。

ごくごく稀に劣性遺伝子を持つメスの個体もおり、その個体が子を持った場合はオス側の特性を持って生まれたり、ミーアのオスになる場合もある。

ミーアのオスは30,000体に1体程度の確率でしか発生せず、非常に貴重である。

繁殖は胎生であるため、妊娠後期は胎児の重さによって飛べなくなる。

そのため出産をひかえたミーアのメスは巣に食料を蓄え、備える。

知能は極めて低く、人間換算では5歳児程度。

教育によってはもう少し賢くなるケースも確認されている。

ミーアを両親とするミーア(つまりオスのミーアが必要)の場合は高い知能を持つとも言われる。

発声器官を有しており、人語を話すことができるが、ミーア同士のコミュニケーションは簡単な鳴き声と翼の動きなどで行うため、訓練無しに会話はできない。

腕を持たないため足がとても器用だが、繊細な作業には向かない。

羽根の色、形状は多種多様であるが、ミーア自身は色を認識できないのであまり関係ない。

通常は5~6体の小さな群れで行動し、標高の高い山の洞窟などを住処にする。

寿命は30~40年程度(推測)。

 ~『原生生物とその亜種』より~

 

恐らく、先ほど私が見た影はミーアのものだろう。

この嵐の中を飛ぶということは、十中八九、巣へ戻る途中であるはずだ。

巣を突きとめることができれば羽根を拾うことは容易い。

そう考え、私はたまに光る空に一瞬だけ浮かぶ影を追った。

 

「ぐっ・・・」

 

体を宙に持って行かれそうなほどの突風が吹き、私はたまらず呻いた。

頬を打つ雨のつぶてが勢いを増し、痛みを覚えるほどだ。

と、その突風にバランスを崩したのか、小さい方の影がみるみる降下していく。

大きな影はそのまま飛び続けている。

私は一瞬だけ迷い、小さな影を追うことにした。

 

「なー! なー! なー!」

 

まるで子猫が鳴いているような声が、かすかに聞こえてきた。

滑る足元に注意しながら進み、ようやく声の主と対面した。

そこにはミーアの幼生が居た。

全長は私の膝まであるか無いか。

雨でずぶ濡れであり、全身泥まみれであった。

ミーアの幼生は私の存在に気付くと、鋭い目つきでキッと私を睨んだ。

 

「るぅー・・・・るぅ、るぅ、るぅ・・・」

 

警戒音だろうか、喉を鳴らすような声を発しつつ、私から離れようとする。

しかしそれもままならないようだ。

恐らく落下の衝撃によるものだろうが、脚が折れているように見える。

 

「怖がることはない。大丈夫だ、助けてやる」

 

私は精一杯優しい声をかけた。

腰を落とし視線の高さをミーアに合わせ、じりじりと距離を詰める。

ようやく触れられる距離まで近づき、手を伸ばしたその時。

 

「わ゛うッッ!!」

 

ミーアが私の腕に噛み付いてきた。

鋭い牙が2本、皮膚を破り突き刺さった。

よし、これで暴れられることなく捕まえられる。

腕を噛ませたのは私の作戦だった。

不用意に近付けば必要以上に暴れ、結果的に傷が悪化する恐れがある。

しかし攻撃をした直後なら動きが止まると踏んだのだ。

狙いは成功した。

ただ思ったよりも牙が逞しかったことは計算外だった。

想定よりも深手を負ってしまった。

 

「なんて牙だよ、まったく」

 

私は腕を噛ませたままミーアの目をじっと見つめ、空いている左腕でその頭を撫でた。

辛抱強く、優しく、撫で続けた。

どのくらいそうしていただろうか、ミーアが腕を噛む力が緩んできた。

 

「んあ・・・」

 

私の血とミーアの唾液が雨にうたれ流れていく。

 

「そう、良い子だ。暴れるなよ?」

 

ミーアは私の顔と、赤い血が溢れる腕を交互に見て、そして腕の傷を舐めた。

ぺろぺろと数回舐めては、ちらりと私の顔を見る。

 

「ありがとう。もう、治ったよ」

 

というのは根も葉もない嘘だが、しかしいつまでもこうしているわけにもいかない。

私はゆっくりと腕を引き、服の左袖を裂いて傷に巻き付けた。

ミーアが幼生ではなかったら、片腕では運べなかっただろう。

私は左腕だけでミーアを抱え、下山した。

 

「エウスオーファン、また珍しいものを拾ってきたな」

 

やっとの思いで家のある集落まで帰りついたのは翌朝のことであった。

すっかり嵐は過ぎ去り、忌々しいほどに太陽が輝いている。

 

「脚が折れているんだ。診てやってくれないか」

 

そう言って私はミーアの幼生を、育ての親に差し出そうとした。

すると。

 

「なー!なー!」

 

ミーアが私の方に向かって鳴いた。

 

「いたく気に入られたらしいな。お前も怪我をしているんだろう?まとめて診てやるから入りなさい」

 

 

 

それから半年ほど経ち、すっかり怪我も治ったミーアだったが、自分の世界へ帰ろうとはしなかった。

何度も飛び立たせようとするのだが、すぐに私の元へ戻ってきてしまう。

 

「なー!なー!」

 

集落の年長者に色々と尋ねて回ったが、今までミーアに遭遇したことはあっても、飼ったことなど誰も経験していなかった。

私は困り果て、本日何度目かの飛来帰還を果たしたミーアに語り掛けた。

 

「お前、山には家族が居るんだろ?いいのか帰らなくて」

 

「なー!え・・・ぅ・・・えうすっ!なー!」

 

驚いた。

人語を話す器官を有していることは知っていたが、まさか名前を呼ばれるとは思ってもみなかったからだ。

 

「エウスオーファン、これもビットのお導きかも知れんぞ?」

 

「また『ビットの贈り物チュリオビット』か?やれやれ・・・」

 

キスビット人には、自身に起こる全ての事柄を、信仰の対象である土壌神ビットが遣わしたものであると考えて、ありのまま受け入れる習慣がある。

人間である私がすんなり受け入れられ、今まで庇護されてきたのも、この習慣のおかげではあるのだが。

 

「こいつがビットの贈り物チュリオビットか。とんだ贈り物だな」

 

「えうす!ちゅりお!なー!なー!」

 

 

 

そして数年後、私は自分の能力を充分に磨き、集落を出ることを決意した。

私を救ってくれたキスビット人、タミューサの意思を継ぐために。

この国の在り方を変え、差別に苦しむ人を救うために。

 

「チュリオも行く!エウスと一緒!行く!」

 

「駄目だ。お前はここに残りなさい」

 

「やだ!チュリオも!・・・やだ・・・いく・・・」

 

「・・・」

 

「お風呂、入るから。葉っぱ、食べるから。チュリオも・・・」

 

「・・・蛇は?」

 

「食べない!」

 

「仕方ないな。ちゃんと言うこと聞けよ?」

 

「チュリオ聞くよ!良いチュリオだよ!葉っぱ食べるよ!」

 

「分かった分かった」

 

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