クォルの受難

「ついに・・・ついにチャンスが巡ってきたぞッ!」

 

「はいッ先生!」

 

「私は医者として・・・医療に従事する者の代表として、あの若者を絶対に『全治期間入院』させる!」

 

「はいッ先生!」

 

「いつもいつも大怪我して運び込まれるくせに、私の言うことをちっとも聞かずあっと言う間に勝手に退院していくあの少年・・・」

 

「信じがたい回復力ですよね・・・」

 

「今度こそきっちり、診断結果通りに入院してもらうぞ!」

 

病院のベッドの上、両足の膝から下をギプスでガチガチに固められた少年が寝ている。

しかし本人には、こんな大層な処置をするほどの怪我をしたという自覚は無い。

ちょっと『校舎の三階から飛び降りた』だけなのだ。

実際のところ、この病院までは自力で歩いて来たのだし。

しかし今はなんだか両足ともに痺れたような感覚で、動かすことができない。

 

「失礼するよ。どうだねクォル君、足の調子は?」

 

作ったような笑顔で病室に入ってきた医者に、クォルは不貞腐れたような表情で返す。

 

「ちょっと大袈裟なんじゃねーの先生。どうせ骨にヒビが入った程度だろ?」

 

確かにクォルの言う通り、レントゲンには骨の亀裂が写っていた。

しかしこの規模の負傷に『どうせ~程度』という表現ができる人は少ない。

相当に痛みを伴っているハズだ。

 

「大袈裟でも何でも無いよ。全治4週間の大怪我だ。絶対安静だからね」

 

そう言い残し、医者は病室から出て行った。

そしてそのまま急ぎ足で事務所へ向かう。

 

「やった! 効いてる! 効いてるぞ! クォル君、ちっとも動いて無かった! 麻酔が効いてる!」

 

「はいッ先生!」

 

実は今回、怪我の処置のどさくさで、クォルには部分麻酔が掛けられていた。

これまでの傾向からすれば、怪我が治りきっていなくても動けるようになった時点で勝手に退院するのがクォルである。

ならばいっそのこと完治するまで動けないようにしてしまえば良いと考えたのだ。

 

「さて、肉体的には脱走を封じた。あとは精神的な作戦だ・・・頼んだよ」

 

「はいッ先生!」

 

医者から指示を受けた看護師の女性は、元気な返事と共に襟下のボタンを2つ外した。

そしてスカートをグイッと上げてウェスト部分を内側に折り込む。

あっという間に胸元の開いたミニスカナースが爆誕した。

 

「病院に居たくないという思いが彼を脱走させるのならば、むしろ病院に居たいと思わせてしまえば良い! 君の魅力でクォル君を絶対安静にさせるのだ!」

 

「はいッ先生!」

 

そんなコトとは夢にも思っていないクォル。

今回も1週間程度でこっそり抜け出してやろうと考えていた。

そこへ。

 

「はぁいクォルく~ん、検温のお時間ですよぉ~」

 

「は・・・? あ、あの・・・か、看護婦さん!?」

 

「なぁに? どうしたのカシラ?(ふふっ、見てる見てる・・・)」

 

「い、いや・・・なんでも無いッス・・・」

 

普段は女好きのクォルだが、ここまであからさまにアピールの強い女性が間近に迫ってくるとさすがにたじろいでしまうらしい。

 

「うん、平熱ね! さ、大人しくしてるのよ?」

 

あと数ミリで下着が見えてしまいそうなセクシャルナースを見送ったクォル。

さっきはドギマギしてしまったが、よく考えればあれだけ積極的な女性ならばこちらの出方次第でもっとお近づきになれるかも知れないと思い直した。

少しだけ、入院生活も悪くないと思えた金曜日だった。

 

次の日。土曜日。

 

すでに上半身の勢いと両腕の筋力だけで、ベッドから車椅子、車椅子からベッドへの移動が自由に行えるようになっていたクォル。

相変わらず足は(麻酔によって)動かないものの、何の苦も無く過ごしていた。

クォルのそんなモンスターっぷりに若干怯みつつ、しかし医者とナースは『きっちり入院作戦』を成就すべく暗躍していた。

 

「クォル君は足の麻酔に気付いた様子は無いね?」

 

「はいッ! 大丈夫です!」

 

「よし。では何か気掛かりなことがあるかね?」

 

「そうですねぇ・・・あっ」

 

「何だ? どんな些細なことでも構わん! 言ってみなさい!」

 

「私がこうやって、ほら、短いスカートで前屈みになると、ね? 後ろからパンツが見えますよね?」

 

「うむ、良く見えるな」

 

「でもさすがにクォル君の前で何度もペンやら体温計やらを落とすのも、ちょっとワザとらしいじゃないですか?」

 

「そうだな。変に勘ぐられるのはマズい」

 

「だから、隣の空きベッドの高さをもうちょっと下げられませんかね?」

 

「ん? なぜかね?」

 

「シーツをたたんだり、点滴の用意をしたりするのを、そのベッドを机代わりにしてやれば、私が前屈みになるでしょう?」

 

「なるほど! 君は天才かね! ああ、だが残念なことにあのベッドは高さの調節ができんのだよ」

 

「え? 足の部分が伸縮するようになってませんでしたっけ?」

 

非人道的な作戦会議に夢中な二人は、事務所の扉が少し開いていることに気がついていなかった。

そこへ、車椅子の二輪ドリフトを華麗にキメたクォルが偶然通りかかる。

薄っすらと開いている扉の向こうから、あのセクシーナースの声が聞こえた。

ペロリと舌舐めずりをしたクォルはそっと中の様子を窺った。

 

「いや、あの足はもう動かんのだ」

 

「えぇ・・・そんなぁ・・・」

 

「私では無理だったので一応専門家にも見てもらったんだが」

 

「駄目、だったんですか?」

 

「ああ。彼には悪いがね」

 

そこまで聞いて、クォルの顔面は蒼白になっていた。

まさか俺様のことか?

いや、そんな・・・

別人だ。

そうに決まってる。

クォルは茫然としたまま車椅子を動かし、自分の病室へ戻って行った。

 

そして翌日。日曜日。

 

「さーて、病室で暇してるかな? からかいに行ってやろうかしらね~」

 

「あ、ラミリア? どしたのニヤけた顔して」

 

「はっ・・・べ、別にニヤけてなんかないけど!? って、ああ、エスヒナか。この前は大会の助っ人ありがとね」

 

「困った時はお互いさまだからね~。今まさに困ってるあたしを助けてくれても良いよ?」

 

「なによそれ。私これからちょっと用があるんだけど、すぐ終わることなら良いわよ?」

 

「いやぁ、ウチのお昼のスペシャルメニューなんだけどね、1食分余っちゃっててさ、それ食べてくんないかな? もちろん無料!」

 

「え? そんなこと? てゆーか逆に良いの? どっかでお昼を食べて行こうと思ってたんだけど」

 

「残ったら父さんがあたしに食べさせるんだよね。今日はパスタの気分なのに『スタミナ定食』はちょっと避けたいなぁと・・・ね? 助けると思って!」

 

「本当にタダで良いの? やった~! 食べるだけで人助けになるなんて、なんだかバチが当たりそうだけど、喜んで頂くわ」

 

こうしてラミリアはゲンゴロウ特製の『休日限定スタミナ爆発ガーリックボンバー定食メガショックギガトン』を食べることになった。

量としては食べきれる範囲だったのだが、とにかく使用されているニンニクがハンパ無いこの定食。

若干の後悔はありつつも、しかし味は絶品ということもあり見事に完食してみせたラミリア。

自分がコレを食べずに済んだと喜ぶエスヒナに手を振って、クォルの居る病院へ向かった。

そこで。

 

「あの、病室を教えて頂きたいのですが、クォ・・・」

 

「うっわ! ちょっとアナタ、それニンニク!? すごいニオイね!」

 

ナースステーションでクォルが居る病室の場所を聞こうとしたラミリアに、そこそこ歳を重ねたベテラン風の女性看護師が声を上げた。

自分でもちょっと気にしていたのだが、まさかそんなにヒドイとは思っていなかったラミリア。

乙女心がひどく傷つき、咄嗟に口を抑えて後ずさりをする。

 

「そ、そんな・・・私・・・」

 

そこに、放心状態のクォルが車椅子で現れた。

 

「っ!? ラ・・・ラミ!?」

 

確実に目が合った。

しかし、ラミリアは両手を口元に当て、瞳に涙を浮かべたまま何も言わない。

そしてすぐにクォルに背を向けると走り去ってしまった。

 

「な・・・なんだよ・・・ラミのやつ・・・なぁ看護婦さん、あいつ、どうかしたのか?」

 

恐る恐る尋ねるクォル。

ラミリアの行動から二人の関係を邪推した看護師。

怪我で入院した彼氏のお見舞いに来たものの、ニンニクのニオイを指摘されて面会するのが怖くなった彼女が走り去る、そんな場面に運悪く彼氏が遭遇してしまった、と。

ほとんど大正解なのだが、しかし気遣いとは裏腹に、発した言葉は随分と足りないものだった。

 

「私は事実を言ったまでだけど、それを受け入れられないのが若さってことかしらね。今はそっとしておいてあげなさい。あんたもツライだろうけどね。あ、ちょっと、君?」

 

愕然とした表情のまま、クォルは力無く車椅子を操作して病室に戻る。

きっとラミリアは自分の足の事を聞いたに違いない。

もう・・・動かないのかよ・・・。

 

更に翌日。月曜日。

 

前日の失態にどんな言い訳をしようかと悩みつつ、ラミリアは放課後を迎えた。

そしてアレコレ考えても仕方ないと腹を括り、再度病院へ向かう。

訪ねたラミリアが目にしたのは、意外なほど元気が無いクォルだった。

 

「あら、珍しく大人しいじゃない。あ、あの、昨日は、その・・・ごめんね?」

 

「ラミ・・・悪ぃ・・・帰ってくんねぇか・・・」

 

「え?」

 

予想外過ぎるクォルの言葉に、一瞬意味が理解できなかったラミリア。

そこに、あのセクシャルナースが入ってきた。

 

「クォルく~ん、さぁさぁ検温の・・・あら、お邪魔だったかしら?」

 

「いや、良いですよ看護婦さん。コイツはもう帰りますから・・・」

 

「ッ!(な・・・なによこのエロティカルナースは! クォルの馬鹿!)」

 

ラミリアは盛大に勘違いをした。

クォルとあのナースとのキャッキャウフフタイムに、お見舞いに来た自分が邪魔者だったのだと考えたラミリア。

2日連続で病院から駆け出すことになってしまったラミリアだった。

その日の夜。

 

「ねぇ先生、クォル君がものすごく大人しいんですけど」

 

「ほう! それは良いコトじゃないかね!」

 

「じゃあもうこっそり麻酔を打たなくてもいいですかね?」

 

「そうだな」

 

そして次の日。火曜日。

 

「ん・・・? んん・・・?」

 

なかなか寝付けずにいたクォルは、白み始めた空を窓越しに見ていた。

すると、なんだか今まで痺れたように重いだけだった両足に、少しずつ感覚が戻ってくるのを感じた。

ギプスから出ている膝上とつま先に、若干のかゆみを覚える。

ぐっと力を込めると、ほんの少しだが、足を持ち上げることができた。

 

「ぃやったああぁぁぁぁぁーッッッ!!!」

 

病院中にクォルの歓喜が響き渡った。

 

「どどどどうしたんですかクォル君!?」

 

慌てて飛んできた医者の手をがっしりと握ったクォルは涙を流しながら礼を言う。

 

「先生! ありがとうッ! 先生の治療のお陰で・・・足が、足が動いたッ!」

 

「ん、ん~、・・・うん」

 

「足が動くようになるならどんなリハビリも頑張ります! だから、よろしくお願いします!」

 

「ん~・・・うん・・・」

 

医者はクォルの言動で事情を察した。

何がどうなったのかは分からないが、どうやら彼は自分の足が動かなくなってしまったと勘違いをしていたらしい。

罪悪感が心の中でむくむくと鎌首を持ち上げる。

 

「大丈夫ですか!? 何かありました!?」

 

そこへ例のセクシーナースが駆け付ける。

感涙しているクォルとなんだかしょんぼりしている医者を交互に見るナース。

いたたまれなくなったのか、医者は病室から逃げ出すように出て行った。

しかしクォルの感動は止まらない。

 

「看護婦さんも、ありがとう!」

 

そう言いながら上半身を乗り出し、セクシーナースの手を取ったクォル。

その動きが完全に予想外だったためバランスを崩し、クォルの上に覆い被さるように倒れ込んでしまう。

 

「あ、あのねクォ・・・昨日のことなんだけ・・・ど・・・?」

 

そこへ、もう一度冷静に話をしようと通学前にここを訪れたラミリアが。

自分の足が動くようになった喜びを伝えようとしたクォルの脇腹にラミリアの拳がめり込む。

ラミリアの怒声にナースの悲鳴とクォルの絶叫が入り混じる。

足の骨のヒビは全治4週間だったが、肋骨の骨折は全治2カ月と診断された。

 

そして翌日。

水曜日。

 

「だ、だから・・・何度もゴメンって言ってるじゃない・・・」

 

あの後、テンパった看護師が洗いざらいを自白したので、全ての事情を把握したクォルとラミリア。

医者と看護師の両名による「どうか起訴だけは勘弁してください」という土下座を伴った号泣謝罪を受け入れたクォルは、二人を許した。

しかしなぜか、勘違いで必殺の拳を繰り出したラミリアのことは許していないのだった。

普通に考えればラミリアも、自分と同じく被害者である。

咄嗟に手が出てしまったとは言え、元凶はあの医者と看護師なのだ。

 

「ダーメーだ。俺様アバラが痛くて動けねーから、ほら、そのリンゴ食わせろよ」

 

「・・・もう・・・」

 

不機嫌なまま顔も合わさない癖に、やたらと注文をつけてくるクォルに、ラミリアは渋々従っていた。

勘違いだったとは言え、実際に大怪我をさせてしまったという負い目があるからだ。

それに、不謹慎だとは思いつつ、ラミリアは少しだけこの状況に感謝していた。

誰の目を気にするでもない二人きりの部屋で、クォルに果物を食べさせてあげているという、この状況。

どこからどう見ても正式な恋人同士のみに許された行為に思えた。

 

(いやいや・・・な、何考えてんのよ私ったら・・・違う違う。これは看病よ、看病)

 

密かに赤面しつつ、クォルがこちらを向いていないことをチラッと確認して安堵する。

そして時刻は夕方に。

面会時間はそろそろ終わりになる。

 

「じゃあ私もう帰るから、大人しくしてなさいよ?」

 

「んーだよ、人に大怪我させといてもう帰んのかよ」

 

「そんなこと言われたって、しょうがないでしょ!」

 

「じゃあ明日も来いよ!? 朝からだぞ!」

 

「無理に決まってるでしょ! 今日だって学校休んで来てるのに!」

 

なぜかいつも口喧嘩になってしまう二人。

そのつもりが無くとも言葉の売買に発展してしまうのだ。

もう知らない、と頬を膨らませながら帰ってしまったラミリア。

病室のベッドではクォルが深いため息をついていた。

 

「はぁ~・・・なーんで俺様はこう・・・はぁ~・・・」

 

「ははぁ~ん、恋の悩みだね?」

 

「悩みって言うか自己嫌悪って言・・・うわぁっ!!?」

 

「おばちゃんに聞かせてごらん?」

 

いつの間にかクォルの横にいたベテラン看護師が、瞳をギラギラと輝かせながらクォルに向かって手をワキワキとうごめかせている。

 

「おばちゃん!? い、いつの間に・・・」

 

「私の事はいいから、さぁさぁそのほろ苦くも甘酸っぱい感じの若い悩みをドバドバぶつけてごらんよ! おばちゃんそーゆーの大好物だから!」

 

「っせーな・・・ねぇよ悩みなんて・・・」

 

プイと横を向いたクォルに、ベテラン看護師は諦める素振りを見せない。

 

「あらやだ私こう見えても口は固いのよ? だから安心して話しておしまいなさい? ホラホラ、恋の悩みは誰かに話した方が楽になるんだから、黙って溜め込むのは体に毒よ?」

 

「ったく! 俺様に恋の悩みなんて無ぇって言ってるだろ!?」

 

「あらそう? でも君、あの娘にお見舞いに来て欲しいからワザと怒ったフリしてるんでしょ?」

 

「なッ・・・」

 

「あ~ら図星? んま~分かりやすい反応ご馳走サマ」

 

「・・・ぜってぇ~ラミには言うなよ・・・」

 

「だ・か・ら、私は口が固いって言ってるじゃないのホラそんなことより、ねぇ二人はどういう関係なの?」

 

(~~~~~~~~ッッッ!!! 直接聞いちゃってますけどぉぉー/////)

 

いくら看護師の口が固くても、現在進行形でヒアリングされてしまっていては隠しようが無い。

外に出てすぐ、病室に制服の上着を忘れていたことを思い出したラミリア。

怒った勢いで立ち去ってしまったのですぐに顔を合わせづらいと思いながら、どうやって自然に取りに行こうか思案しながら歩いていたところ、クォルの声が聴こえてきたというわけだ。

 

「・・・ラミとは、幼馴染でよ・・・」

 

「あら良いじゃない! 素敵、すごく素敵」

 

「あいつ、俺様が見ててやらねーと危なっかしくてさ・・・」

 

「それはつまりあの娘が可愛すぎて言い寄って来る男の子が多いってことよね?」

 

「・・・・」

 

「君の分かりやすさに乾杯☆」

 

(クォ・・・)

 

「あ、じゃあもしかして入院を途中で脱走するのも、彼女のことが心配で?」

 

「わ、悪ぃかよ!?」

 

(/////////~ッ!//////////)

 

「悪くないわ。むしろ良い。良過ぎ。尊い。もっと、もっとちょうだい」

 

「ちょっとあなた? もう一般の面会時間は・・・アァッ!!その節は大変申し訳ございませんでしたどうかこの通り(ズザァー)平に!平にご容赦ををぉぉぉ!!!」

 

もう普通の姿に戻っている元セクシャルナースが、クォルの病室前の壁にもたれかかっている人影を見咎めたのだが、相手がラミリアだと気付くや否や瞬時に土下座&謝罪を始めた。

その声に驚いたベテラン看護師が廊下に出る。

 

「ちょっとアンタ、何やってるの!?」

 

「いえ、そのこお譲さんに誠意を見せようと・・・あれ?」

 

「何言ってるの? 誰も居ないじゃない」

 

「おっかしいなぁ、さっきは確かに・・・罪悪感が強過ぎて幻覚を見たのカシラ・・・」

 

「とにかく、病院で看護師が騒ぐなんてヤメて頂戴よ」

 

「はい、すみません・・・」

 

何が起きたのかは分からないが、とにかく質問攻めから解放されたクォルは安堵のため息をついた。

自分の気持ちにすら正直になれないのだ。

他人に素直な気持ちを話すなど、肩が凝ってしょうがない。

 

「ラミ、明日は来ねぇのか・・・」

 

クォルの呟きは、夕日が差し込むオレンジ色の病室に溶けて消えた。

一方、オレンジ色に染まるブロック塀に背を預けて呼吸を整えているラミリアは、病院から数百メートル離れた空き地に居た。

例のナースが声を上げた瞬間に脱兎のごとく駆け出し、一瞬でここまで逃亡したのだ。

思えばここ最近走ってばかりいる気がする。

だがラミリアの顔に浮かぶ表情は疲れなどではなく、とても幸せそうな微笑みだった。

 

「あ~あ、上着忘れちゃったから、明日学校行けないな~。ふふっ・・・」

 

誰に聞かせるでもない独り言に含み笑いを混ぜながら、長い影を引いて歩くラミリア。

これまでのどの日よりも、足取りは軽かった。