ティラル自警団の新規団員募集

ティラル自警団 新規団員募集中

クォル団長とラミリアさん

「まっさか・・・こんなに来るとはねぇ・・・」

 

びっしりと文字が書かれた数十枚にも及ぶ紙の束をめくりつつ、青い髪をガシガシと掻いたのはクォル・ラ・ディマだった。

コードティラル神聖王国の中枢である、首都ティラル。

そのティラルを守護することが目的の組織、自警団の団長、その人である。

身体を動かすこと、特に戦闘に関しては折り紙つきのクォルであるが、じっと椅子に座って書類と睨めっこするのは苦手と見える。

今すぐこの状況から逃げ出したい衝動に耐えながら、窓の外に視線を向ける。

抜けるように晴れた青空が、屋内に居ることを一層みじめに思わせた。

そこへ、部屋の扉がノックも無しに勢いよく開いた。

 

「ほらほら、サボッてないで、団長サマ? まだこんなにあるわよ」

 

皮肉たっぷりな笑みを浮かべて追加の紙束を持ってきた女性は、艶やかな緑色の髪を揺らしながらクォルの対面にある椅子に腰を下ろした。

 

「てめラミ! 俺様がいつサボッたってんだよ!」

 

ラミ、と呼ばれたこの女性。

戦闘部族が多く住む地方の部族長を親に持つ格闘家、ラミリア・パ・ドゥという。

ちなみに、クォルとは同郷にして幼馴染。

周囲公認のカップルであるが、悲しいかな本人たちがそれに気付いていない。

 

「あら? そろそろ窓の外でも眺めながら逃げたくなる頃合いだと思ったんだけど?」

 

思考パターンを見透かされて反論の余地も無いクォル。

押し黙ってしまったクォルに、ラミリアはクスクスと笑いながら続ける。

 

「まぁでも、あんたにしちゃ頑張ってると思うわ。貸して、私も手伝うから」

 

さて、先程からクォルを苦しめている大量の書類、これはいわゆる『履歴書』であった。

それと言うのも現在、ティラル自警団は新規団員絶賛募集中なのだ。

そもそもこの自警団は、コードティラルが戦争の折りに組織された国王直属遊撃騎士団の名残のようなものだった。

少数精鋭で小回りが利き、尚且つ団員それぞれが一騎当千つわものという特殊な集団、それが騎士団であり、現在の自警団なのだ。

しかして時代は移り、自警団の主な任務は魔物や害獣退治がほとんどを占めるようになった。

今の状況を鑑みれば『少数精鋭を貫く』よりもむしろ『ある程度の人材を抱えて分業』する方が現状に合っている、という考え方もできる。

そこでティラル市民に対し、新規自警団員募集の告知を行ったのが数日前の話である。

 

~ティラル自警団、新規団員募集のお知らせ~

 

これまで市民の皆様の安心・安全を守るために活動してきた自警団ですが、国内外の情勢や活動内容の変遷に伴い、増員を行うことになりました。

我こそはと思う方は是非ともご応募ください。

 

・応募方法・

所定の書式に必要事項をご記入の上、自警団施設前に設置された受付にご提出いただき、その後のお知らせをお待ちください。

 

当初の想定では、まず両手で数えられる程度の申し込みがあれば恩の字だろうと思っていた。

だがその反応たるや、クォルのぼやきにも表れるほど予想外の人数が押し寄せた、というわけだ。

 

クライドちゃんと天使ラシェリ

「どうだ? 捗ってるか?」

 

また扉が開き、今度は白い肌に黒髪の青年が入ってきた。

彼の名はクライド・アルバ・グランローグ。

かつてコードティラル神聖王国と苛烈な戦争をしていた敵対国、グランローグの第二王位継承者だ。

終戦を迎えた現在、グランローグとコードティラルの国交は正常化し、両国を民が行き来しても何ら問題は無い。

しかしクライドが王室関係者だという情報は、自警団の仲間とコードティラル王のみが知る秘密となっている。

 

「あらクライド。受付はもう終わったの?」

 

どうやら自警団募集の受付が締切の刻限を迎えたようだ。

書類の受付係をしていたクライドが窓口を閉鎖し、最後の数枚を持ってきたのだ。

これから書類選考で二次審査に進む人材を絞り込まねばならない。

予想ではもっと簡単な作業だったはずだが、こうも人数が多いと逆に面倒である。

 

「みなさんお疲れ様です。ちょっと休憩しませんか?」

 

扉の向こう側から可愛らしい声がする。

クライドが内側から扉を開けて声の主を部屋に招き入れた。

人数分の紅茶を乗せたトレイを抱え、少女がにっこりと微笑む。

この天使のような笑顔の少女は、ラシェリオ・クライドールという。

いや、現在はラシェリオ・グランローグだ。

そう、クライドの奥さんである。

 

「ついでにクッキーも焼いてみたので、どうぞ」

 

「おお、気が利くねラシェちゃん。俺様ハラペコだよ~」

 

「あら良い香り。クッキーにも紅茶が入ってるのね」

 

「~~~ッ~~~」

 

妻の輝く笑顔に、ごく普通に返事をしたのはクォルとラミリアの二人だけ。

夫であるクライドは目頭を押さえて俯いてしまった。

 

「どったのクライドちゃん?」

 

我が妻のあまりの可愛さと可憐さと可愛さと尊さと可愛さに涙腺が緩んだなどとは言えず、クライドは「何でも無い」と短く答えた。

しかしすぐに気を取り直し、クォルの書類選考の手伝いに戻る。

実はクライドとラシェリオは、とある込み入った事情で結ばれることが困難な間柄であった。

端的に言えば、クライドにかけられた呪いを解かねばならないのだ。

その解呪の手掛かりを探すための情報収集は雲を掴むようなものであり、時間がいくらあっても足りないのが現状なのだ。

すると当然、自分の呪いを解くための情報収集と、自警団としての任務、その2つを両立させるには負担が大きくなる。

日ごとに疲労が蓄積し、顔色が悪くなるクライド。

それを見兼ねたクォルとラミリアが、自警団のことを気にせずクライドが自分の時間を作れるようにと考えた結果、という側面も、今回の新規団員募集にはある。

つまりクライドからしてみれば『自分のために団長が配慮してくれている』という状況だ。

自分にできることは最大限に協力せねばならない。

 

バトーちゃんとレイザス様

「はぁ・・・見失っちまった、っくしょう」

 

美しい顔に似合わない悪態をつきながら部屋に入ってきたのは、蜂蜜を思わせる見事な金髪をした青年、バトレイア・ディフィードだ。

実は彼、クライドと共に受付をしていたのだが、途中で「あっ」と短く声を上げるが早いか、風のように走り去ってしまったのだった。

 

「おいバトー、どこ行ってたんだよ俺に仕事を押しつけて」

 

少しだけふくれっつらをしたクライドが尋ねると、バトーはボソボソと口の中で「だよな? 気付かなかったよな? ぐぬぬ・・・」と言いながら、机の上に広げられた書類を掻き分けだした。

そしてとある1枚を抜き出し、クライドに手渡した。

 

「ん? これがどうしたって・・・なッ!?」

 

「言っとくけどこの紙受け取ったの、お前だかんな」

 

「えっ!? お、俺!? 全然気が付かなかった・・・」

 

二人のやり取りに要領を得ないクォルとラミリア、そしてラシェにも分かるよう、クライドは手にした紙を机の上に置き、記載されている氏名欄を指差した。

そこには丁寧な文字で、こう記されていた。

 

『レイザス・セイディア・コード』

 

自警団の雇用主であり、そしてこの国、コードティラル神聖王国の、国王の名である。

このコードティラルにおいてこの名で同姓同名の別人ということは有り得ない。

とすれば、王の名を騙る不敬者ということになるだろうか。

しかし。

 

「またか! なんつー国王だあんにゃろ!」

 

「レイザス様、暇なのかしら?」

 

「俺が・・・受け取った・・・また、見破れなかった・・・」

 

クォルもラミリアもクライドも、この書類を手渡したのが国王本人であることを信じて疑わない様子だ。

そう、十中八九これは国王であるレイザス本人の悪戯である。

今までもレイザスは、市民や兵士に成りすまし、自警団の様子をこっそり窺うことが何度もあった。

その都度その事実を後から知らされるのだ。

 

「レイザス様の変装、本当にお見事ですもんねぇ」

 

ラシェがぽつりと言う。

変装、という言葉で表現するとチープに聞こえるが、レイザスのそれは『転生』と呼んでも差し支えないほどの擬態だった。

人にはそれぞれ纏っている空気、風格など、自分でも気付かないような細かな仕草や所作に癖がある。

自警団の面々であれば、例えば一般市民に変装した兵士がいたとしても、足運びや気の流れ、微妙な動作の違和感などで正体に気付くことができるはずだ。

しかしレイザスのそれは次元が違っていた。

 

「クライドが受け取った用紙を俺がまとめてるときに気付いたんだけどよ。んで慌てて追い掛けたんだが、見失っちまったよ」

 

バトーとしては、まず間違い無くレイザス本人の悪戯だろうとは思いつつ、しかし万が一にも国王の名を騙る偽物だった場合、それはそれで捕まえて理由を聞かねばならないと考えていた。

国王直属の組織である自警団の新規団員募集に、不敬者が混ざり込むなどあってはならない。

しかし自分が本気で追いかけ、しかしそれを見事に回避されたことを考えれば、やはりレイザス本人だったと考えるのが自然である。

となれば、ひとつの疑問が湧いてくるのだが。

 

「しっかし、何でまた今回は正直に名前なんて書いたんだ?」

 

その疑問を口にしたのはクォルだった。

そう、いつもなら事が終わったあとに「実は見ていた」という旨の話をされて歯噛みするところだが、今回は書類に名前が書かれてある。

これでは遅かれ早かれ、応募者の列に並んでいたことがバレてしまう。

 

試験内容が決まるまで

「つまり、こうすることで私たちに何かを伝えたかった、ってことかしら?」

 

ラミリアが顎に指を当てて考えるのを、大声で邪魔したのはクォルだった。

 

「分かった!俺っ様っ天っ才っ!!!」

 

机に両手をついて勢いよく立ちあがったクォルは、いかにも自慢気に意気揚々と自分の考えを披露し始める。

 

「要するにだ、こんな紙キレで何が分かる、ってコトじゃね? やっぱ自警団たるもの腕っ節で勝負だろ? 俺達ンときもそうだったじゃん! 模擬戦しかねーって!」

 

雑な言い分だったが、何となく言いたいことは伝わった。

そもそも今回の募集で最初に書類審査を行おうとした理由は、模擬戦では分かりにくい『後方支援型』の人材を発掘したいという狙いがあったのだが、こうも応募者が多くては絞り込むのも一苦労である。

 

「それにだ。コレ、見ろよこの志望動機。“麗しのバトレイア様とご一緒したいです”だって?」

 

「あらクォ、バトーに嫉妬?」

 

「んなワケあるか! 俺様は、自警団たるものこんな不純な動機で応募されても困るって言ってんだ!」

 

「あらそう。あ、こっちにもあるわよ、不純な動機。“クォル団長と朝まで飲み明かしたい”だってさ。あんたもモテモテじゃない、オジサマに(笑)」

 

件の用紙をヒラヒラと摘まみ上げて苦笑するラミリア。

それに対して苦虫を噛みつぶすクォル。

そう、実はこの自警団、意外と街の人気者であり、それぞれのメンバーに隠れファンが少なくない。

今回の予想を超える応募者数には、こういうからくりがあったのだ。

 

「そんじゃあまず、志望動機で明らかに『不適合者』って奴を探そうぜ」

 

さっきの志望動機、『麗しの~』のあたりから機嫌が悪くなったバトー。

端正で美しい顔立ちを逆にコンプレックスと感じているのはいつものことだった。

机の上にある書類を片っ端からチェックし、『それっぽい』ことが書かれた用紙を容赦無く捨てていった。

 

「なるほど! さっすがバトーちゃん! これで残った応募者に模擬戦をさせるってことか!」

 

こうして、単なるミーハーや、冷やかしとしか思えない応募者を除いた結果、56名分の書類が残った。

1対1で仕合っても28戦、充分に1日でこなせる数だ。

なにせ自分たちが選抜試験で行った模擬戦は、54試合も行われたのだから。

 

「なぁ、でもやっぱり『後方支援型』の人材を見付けるのに、1対1の模擬戦だけってのは正直どうかと思うんだが」

 

クライドが不安を口にした。

確かに、味方の攻撃力や防御力を増強するようや強化型や、負傷や病気を治療する回復型など、個人戦では長所を活かしきれない可能性も大いにある。

 

「あ、あの、個人戦だけじゃなく『団体戦』も試してみたらどうでしょうか?」

 

胸の前で手を組みながら、おずおずとラシェが考えを述べた。

クォルがヒュゥ~と口笛を吹く。

バトーはパチンと指を鳴らし、ラミリアはポンと手を打った。

そしてラシェが組んだ両手を、更に上から両手で包み込みつつクライドが声を上げる。

 

「ラシェ! 素晴らしい名案じゃないか! そうだよ団体戦だ!」

 

「あ、あの・・・クライド・・・さ・・・」

 

夫婦とは思えないほど初々しい反応をみせたラシェに、クライドもハッとなって手を放す。

そんな二人の様子にお腹いっぱいといった態度で、バトーがまとめに入る。

 

「はいはい。じゃ、最初は56人にそれぞれ個人戦をやらせて、半数の28人を見極めようぜ。その次に7人組を4チーム作って団体戦。それぞれの試合を見ながら、その中から何人の合格者を出すかは・・・まぁ審査員である俺達次第ってところで、どうだ?」

 

新人さん続々登場

滑り込み受験者

「受付は昨日で終わったって言ってるだろ。諦めて帰りな」

 

美しい碧眼を細めつつ、淡々とした口調でバトーが言う。

昨日の書類審査による1次試験をパスした56人の名前と、次の試験内容の説明を記した看板を設置しようと自警団の建物の前に出たところ、見ず知らずの少年に絡まれたのだ。

 

「そんあぁー! せっかくこのためにグランローグから出てきたのに・・・ちょっと時間に遅れたからって・・・そんなのっ、諦めきれませんよぉー!」

 

白黒が反転した瞳から大粒の涙をこぼしながら、少年はなおもバトーにすがりつく。

脚を掴んで放さない少年の、腕や襟首を捕まえようとするバトーなのだが、しかしことごとく避けられてしまう。

子供相手に本気になるのも大人げ無いと思いつつ、何度引き剥がそうとしてもスルリと避けられるのが苛立ちを募らせる。

それは、空中を舞う羽毛を掴もうとして、自分の手が起こす風によってひらりと避けられる、そんな印象だった。

 

「なにやってんだバトー。弱い物いじ・・・んん?」

 

そこへ出てきたクライドがバトーに声を掛けた。

しかしすぐに黙り込み、その脚に絡みついている少年をまじまじと見詰めた。

 

「ああっ!! 殿下でんかぁぁーッ!!!」

 

「あ、ああ? ・・・テヌート!?」

 

ついさっきまで蛇のように絡んでいた少年は、今度はまるで子犬のようにクライドに飛び付いた。

その瞳にはもう涙など無く、完璧に破顔している。

 

「テヌートだなんてよそよそしい! 昔のようにテヌとお呼びください! 殿下!」

 

「しっ! テヌ、その・・・ここで『殿下』はやめてくれないか?」

 

「・・・? はぁいッ!!」

 

取り残されたバトーは何が何だか分からないまま、とにかく看板の設置を始めた。

その内容を確認しようと、一人、また一人と市民が集まってくる。

それはすぐに人垣になり、そして群衆になった。

口々にわいわいと言いながら、貼り出された結果に一喜一憂している。

 

「んで? やったらクライドちゃんに懐いてるこの子、誰なの?」

 

部屋の窓から人だかりを見下ろしていた視線を戻し、クォルが問い掛ける。

質問の相手はもちろんクライドなのだが、しかし本人が答えるより先に、少年の自己紹介が始まった。

 

「申し遅れました! 僕はテヌート・アンブジュールと申します! お気軽にテヌとお呼びください! 殿下には小さな頃からお世話になってまして、あ、僕の伯父はグランローグ王室の側近筆頭なんです! それで殿下とは昔から・・・あ、殿下じゃなくてク、クライド、様・・・?」

 

「ははは。コイツらは大丈夫だよ、テヌ。誰が聞いてるか分からない街中じゃ、俺がグランローグ王家の人間だと無闇に知らせたくないってだけさ。それより、どうしてティラルに?」

  

「僕も自警団に入りたくて来ました。殿下のご威光で合格させてなんて言いませんから、せめて試験だけでも受けさせてくれませんか? お願いしますっ!」

 

昔からテヌはこうだった。

あの堅物なグレンの甥っ子だとは到底思えないような人懐っこさと明るさ。

そして笛を吹くのが何よりも好きな心優しい少年だ。

しかし人柄だけで務まるほど、自警団の任務は甘くない。

模擬戦とは言え怪我でもされたら困ると考え、クライドが却下の返答を下そうとした、そのとき。

 

「そんなに頼んでんだし、良いんじゃないか? 受けさせてやろうぜ」

 

「おっ、バトーちゃん、気が合うねぇ」

 

思い掛けない助け船を出したのは、看板の設置から部屋に戻ってきたバトーだった。

クォルもそれに相乗りする。

 

「おいおい、だってテヌはまだ子供なんだぞ?」

 

「あららクライドちゃん、身内が相手だと目が曇っちゃうタイプ?」

 

頭の後ろで手を組んだまま、クォルはにやにやと笑いつつ、バトーに視線を送る。

それを受けたバトーが言葉を引き継ぐ。

 

「さっきな、俺は割と本気でその坊やを捕まえようとしたんだが、なんというか、こう『まるで煙を掴むような』感覚で、全部避けられちまったんだ」

 

「俺様もこっから見てたけどよ、見事な体捌きだったぜ? ありゃ一朝一夕で身につく技術じゃない」

 

自分が褒められているのに気付いたテヌはえへへと笑い、得意そうに頷いた。

 

「綺麗なお兄さんが全力じゃなかったから避けられた、というのもあるけど、もちろん僕も本気じゃなかったし、おあいこだねっ」

 

この無邪気な少年がクォルとバトーにここまで言わせるような実力を有しているなどと、到底思えなかったクライド。

しかし、それもクォルの言う『身内への先入観』かもしれない。

何より二人の目の確かさはクライド自身も信を置くものだ。

 

「分かったよ。でもテヌ、決して無理はしないでくれよ?」

 

「わぁい!! やったぁー!!!」

 

こうして、計57名による個人戦が開催されることになった。

テヌの飛び入り参加によって端数が出てしまった分は、特別に団長自らが相手をするということで話がまとまった。

 

「模擬戦とは言え俺様と剣を交えるなんて、光栄だろ?」

 

対戦相手はクジによって決まるのだが、クォルを引いてしまった者にとっては光栄どころか不運でしかないと言えよう。

 

採用試験の個人戦

そして採用試験の個人模擬戦当日。

 

1~29までの番号が記されたクジが2枚ずつ用意された。

クォルを含む58名がそれを引き、同じ番号の者同士が模擬戦を行うのだ。

その戦闘を、クォル、ラミリア、クライド、バトー、ラシェがそれぞれの視点で採点し、その得点を集計して合否を決定する。

基本のルールは以下の5つ。

・相手を殺してはならない

(もちろんそうなる前に自警団が止めに入る)

・不要な追撃をしてはならない

・相手に「まいった」と言わせれば勝ち

・場外に出たら負け

・勝敗は合否に直結するものではない

※使用する武器や道具は自身愛用の物で構わないが、刃物の場合は刃部分にガードを付けること。

 

個人戦 第五試合

「おほほ・・・お手柔らかにお願いしますよ」

 

「いざ、尋常に勝負ッ!」

 

「・・・(気真面目で暑苦しいタイプ、か。嫌いじゃないね)」

 

青に近い緑色をした自分の前髪を、指でくるくるといじる精霊。

年頃の娘がやりそうな仕草を、そこそこ良い年齢の男性がしているのは妙な光景だ。

その態度が気に入らないのか、筋骨隆々とした屈強な闘士がいきなり巨大な戦鎚を振り下ろした。

 

(ほら来た・・・)

 

この模擬戦、刃に関してはガードの装着が義務付けられているが、その他の打撃武器には特に規制が無い。

だがこんな鉄塊の一撃をくらえば無事で済まないのは明白である。

しかしそんな攻撃を鼻歌交じりの涼しい顔で回避する精霊。

闘士が戦鎚を振り回し、精霊がそれを避けるという場面が続く。

 

「貴様ッ! さっきから避けてばかりで、闘う気があるのかぁ!!!」

 

一向に自分から手を出さない精霊に業を煮やした闘士が吠え、渾身の一撃を繰り出す。

それを間一髪でかわした精霊だったが、しかし無理な姿勢での回避がたたったか、体勢を崩してしまった。

闘士はそれを見逃さない。

 

「貰った! これで終わりだぁぁぁ!!」

 

とどめの攻撃を振り下ろそうと、闘士が一歩踏み込んだそのとき、その逞しい足の下から一瞬だけ光がほとばしった。

 

「ぎゃんっ」

 

短い悲鳴のあと、最後の一撃のために戦鎚を大きく振り上げたままの姿勢で硬直してしまった闘士。

頭の天辺からかすかに煙が立っている。

感電でもしたかのようだ。

 

「気真面目で暑苦しいタイプは嫌いじゃない。罠に誘い込みやすいからね、おほほ」

 

精霊はそう言いながら、闘士の鼻をチョンとつついた。

すると巨体が膝から崩れ落ち、その足の下から1枚の紙がヒラリと舞う。

 

「おっと、魔道地雷の魔法陣は企業秘密だ・・・回収回収っと」

 

個人戦 第八試合

「よろしくおねがいします」

 

「俺は女相手でも手加減しねぇぜ?」

 

棒の中ほどが数か所、鎖で連結されている多節棍をべろりと舐め上げた品の無い男。

相手の女性はそれに動じず、淡い緑色の髪を静かに揺らして間合いを測っている。

その華奢な手足には似つかわしくないほど頑強な鎧がいかにも重そうだ。

仮に彼女が鬼であったならば俊敏な動きも考えられそうなものだが、あいにく尖った耳が精霊であることを示している。

 

「へぁッッッ!!」

 

下品な男が無慈悲な連打を浴びせる。

しかしそのことごとくは、彼女の鎧によって弾かれてしまっていた。

だがダメージが無いとは言え防戦一方では埒が明かない。

そこに。

 

「顔がガラ空きだぜッ!」

 

攻撃を胴に集中させていたのは、恐らくこの隙を狙うためだったのだろう。

下品な男の一撃が彼女の顔面を捉え・・・ると思われたその瞬間。

激しい衝突音が周囲にこだまし、そして男の多節棍が砕け散った。

その棍を防いだのは、彼女が手に持つ木製の杖だった。

不思議なことに、あれほど激しい一撃を受けたにも関わらず、杖には傷一つ付いてはいない。

 

「あら、棍棒の破片がお顔に刺さっています。治して差し上げますね?」

 

彼女の手から白い光が溢れ、男の顔の傷を癒す。

渾身の一撃を防がれた上に情けをかけられ、回復までされてしまった男は逆上した。

 

「ふざけるなぁぁッッ・・・あぁ・・・?」

 

素手でも続闘だと言わんばかりに腕を振り上げた男だったが、しかしその動きはそこで止まってしまった。

 

「あら、ごめんなさい。眼精疲労もおありのようでしたので、瞳孔括約筋も活性化しておきました。しばらく視界が真っ暗でしょうけど、数分で治まりますのでご安心を」

 

個人戦 第十六試合

「第16試合、16・・・16・・・良かった・・・これが17だったら割り切れないところだった・・・危ない危ない」

 

「なんだお前、真面目に構えろ!」

 

大振りの斧を装備してはいるが、しかし戦闘の構えを見せない青年に対し、2本の曲刀を両手に持った戦士が怒鳴りつける。

 

「あんたは2刀流か! 良いな! 割り切れる!」

 

「意味の分からんことをっっっ!」

 

戦士が繰り出す2刀の連撃をことごとく斧で受ける青年。

攻め疲れか、あるいは隙を作るためか、戦士は一旦バックステップで距離を取った。

すると。

 

「お、おいっ! あんた! 今の攻撃、右手からは9回だけど左手からは8回だったぞ!?」

 

「それがどうかしたか?」

 

「ダメだ! 今すぐ左手であと1回攻撃してこい!」

 

戦士は意味不明な青年の言葉を挑発と受け取り、無視を決め込んだ。

そもそも「攻撃してこい」などと言われ、そのまま素直に乗るなど有り得ない。

何か裏があると考えるのが普通である。

しかし、その態度は完全に裏目に出てしまった。

 

「苛つくぜ畜生ォォ! 2刀流ならよォォ!? 『左右均等』だろぉぉ!? あぁン!?」

 

青年の表情と口調が一変した。

先程までの、気真面目でどこか神経質そうなイメージは微塵も残っていない。

 

「いいか左右均等だ・・・これは絶対だッ!『あと5撃でカタをつけるッ』」

 

勝利宣言としては微妙な『あと5撃』という言葉を叫ぶと、青年は大斧を振り上げて戦士に特攻した。

重い1撃目をどうにか受けた戦士だが、すぐさま横薙ぎの2撃目が飛んでくる。

それをギリギリでかわしたと思った矢先に、信じられない速度で3撃目が迫る。

その攻撃で右手の曲刀が弾かれてしまったが、逆に青年の斧の勢いを削ぐことには成功した。

先程よりは速度が落ちている4撃目を左手の曲刀で受け流した戦士はそのまま反撃に転ずる。

 

「ぃよぉし! それで均等!」

 

しかしそれは青年の計算、仕組まれた動きだったようだ。

戦士が放った左手の攻撃を、その曲刀ごと5撃目で粉砕した青年。

だがそのすぐあと。

 

「あっ・・・ああぁぁぁっ!!」

 

床に膝をつき、砕け散った戦士の曲刀の破片を見ながら絶望的な声を上げた。

 

「こ、これ・・・全然均等じゃない・・・どうしよう・・・」

 

個人戦 第十九試合

「よろしくお願いします!」

 

「こちらこそ、お願いします!」

 

この試合は奇しくも、両者の武器が同じであった。

よくしなる細身の剣、フルーレ。

斬るよりも突くように使用するため、模擬戦用のガードは先端に取り付けられている。

互いに半身に構え、互いに間合いを測り、互いが小刻みにステップを踏む。

 

「あなた、それで本気なの!?」

 

シュッという空気を裂く小気味の良い音とともに鋭い突きを繰り出しつつ、女性剣士が言う。

その気持ちも分からなくは無い。

なにせ相手の少年は、どことなくやりづらそうな表情のまま、防戦一方なのである。

 

「全力を出さにゃいけんのは分かっとるんじゃけぇど・・・」

 

少年は柔和な表情で眉を寄せつつ、苦笑いをしながら続ける。

 

「あんたが僕のお姉さんによぉ似とってな、やりづらぁのよ」

 

それを聞いた女性剣士はワザとらしく大きな溜息をつき、少年に言い放つ。

 

「じゃあそれを負けた理由にしなさい! 軟弱物!」

 

言葉と同時に突きかかってくる剣先が、同時に何本にも見える。

それだけ剣速が早いということだ。

 

「速い・・・じゃけど、剣はそがにえっと打ち込むモンじゃあ、ねぇんよ?」

※「そがに」=「そんなに」 「えっと」=「たくさん」

 

鞭のように撓りながら自分に降り掛かるフルーレの雨に、少年はまるで動じた様子もなくそれを捌く。

そしてあろうことか、女性剣士が放った大振りな一撃をかわしざま、刀身を掴んでしまった。

 

「剣速が維持できるんは精々3撃目までよ。あがに振っとりゃ、掴むんやこみやしぃわな」

※「あがに」=「あんなに」 「掴むんやこ」=「掴むのなど」 「みやしぃ」=「容易い」

 

少年はそう言うが、女性の剣は決しておいそれと見切れるような速度では無かった。

なにより彼女本人が、そのように自負している。

それを素手で掴まれてしまっては、闘気も萎えるというものだ。

 

個人戦 第二十二試合

「せぃっ!!」

 

「きゃあああっ」

 

29試合あった個人戦のなかで、試合時間の最長はこの戦いだった。

シンプルな片刃の剣を持つ武人と、武器を何も持たない少女。

一見すれば有利なのは剣を持つ武人であろうと思えたが、しかし、肩で息をしているのは紛れもなく武人の方なのだ。

先程の一撃も、間違いなく当たっている。

手応えもあるし、その証拠に少女は悲鳴を上げた。

しかし次の瞬間には、負傷はおろか体力の消耗さえ感じさせないほど『元通り』な状態の少女が居るのだ。

 

「面妖な術を使う・・・」

 

試合開始から約1時間、集中力を持続させるには想像以上の体力が消費される。

相手からの攻撃によるダメージは無くとも、自分が攻撃を繰り出すことによる疲労は確実に蓄積していくのだ。

 

「随分とお疲れのご様子ですね? そろそろ降参しませんか?」

 

クスクスと笑いながら少女が言う。

試合開始から1度も攻撃をしていないにも関わらず、圧倒的な優勢を誇る少女。

 

「たわけたことを・・・」

 

武人は降伏勧告を一蹴した。

しかしその声のかすれ具合から、相当に『乾いて』いることは明白だった。

水分補給も無しに攻め続ければ、いかに被撃が無くともこうなってしまう。

打開策の無いまま現状が続くのなら、武人に勝ち目は無いだろう。

その奢りからか、ついに少女はこの状況のカラクリを口走ってしまった。

 

「うふふ。喉がカラカラのようね? 私はホラ、こうして元気になるお薬を飲んでいるから平気だけれど・・・」

 

そう言いながら少女は、何も無い空間から小瓶を生み出した。

そしてその中身の液体をコクンと飲み干す。

 

「なるほど、回復薬の生成か」

 

そう言うや否や、武人は少女に斬りかかる。

これまでよりも速い攻撃だ。

回復する隙を与えぬままに倒してしまおうと言う算段だろうか。

しかしそれは少女にもお見通しだった。

大振りの1撃に自ら当たり、そして派手に吹き飛ぶ。

一時的なダメージはあるものの、しかしそれで距離が稼げればすぐに回復できるのだ。

だがそれもまた、武人の読み通りだった。

 

「ぬかったな小娘!」

 

予想以上に重い1撃で、回復薬の生成が僅かに遅れた隙をつかれてしまった。

少女が使うべき小瓶は、武人の手の中にあった。

 

「形勢逆転、だな。これで儂が回復すればお主に勝ち目は無い。 どうだ、降参するか?」

 

余裕の笑みを浮かべつつ、武人は小瓶の中の液体を呷る。

そしてそのまま熟睡してしまった。

 

「あら、私としたことが。間違えて睡眠薬を作ってしまいました。ふふっ」

 

個人戦 第二十五試合

「やっと僕の番だぁ! 殿下ぁ~! 見ててくださいね~!!!」

 

審査員席に向かってブンブンと手を振るテヌに、クライドは頭を抱えた。

その無邪気な様子に、対戦相手から言葉がかかる。

 

「君、本当に大丈夫かい? その、おじさんも負けるわけにはいかないから・・・」

 

人の良さそうな中年男性が、気乗りしないといった様子で握った拳を解いた。

手甲に突起のある武具は打撃を加える武器にも、相手の攻撃を受ける防具にもなりそうだ。

どうやら格闘家らしい。

 

「大丈夫だよおじさん! 僕、こう見えてすんごく強いからね!」

 

「そうかい? じゃあ、遠慮無くいかせてもらうよ?」

 

格闘家はそう言うや否や、素早く上体を屈め低い姿勢から拳撃を放つ。

しかしそこにはもうテヌの姿は無かった。

 

「わぁ! おじさん、思ってたよりも素早いんだねぇ」

 

「・・・まいった。降参だ」

 

「え?」

 

予想外な格闘家の言葉に、テヌは耳を疑った。

 

「ど、どういうこと?」

 

「おじさんはね、初撃に全てを賭ける戦法でいくと決めていたんだよ。もちろん追撃ができないわけじゃないけどね、一度決めた戦法がこうも見事にかわされてしまっては、ははは。戦意喪失ってやつだよ」

 

個人戦 最終戦

「だ、団長殿がお相手とは・・・光栄の極みであります!」

 

「そうだろうそうだろう。ま、あんま固くなんなよ? チビ助」

 

体中の至るところから武器を提げた少年が、クォルを前に敬礼している。

が、しかしクォルの発言には釈然としないものがあったようだ。

 

「あの、団長殿・・・自分は、自分はチビ助ではありません!」

 

「そうかい、そりゃ悪かったなチビ助」

 

もちろんこれはクォルの戦略である。

相手を怒らせて冷静さを失わせる、もしくは実力以上の力を引き出す為か・・・。

ともかく、試合は始まった。

そして会場の誰もが信じて疑わない予想が、そのまま現実となる。

 

「さっきの光る棒で最後か? ったく、武器のびっくり市かよ、チビ助」

 

少年が放つ攻撃はことごとくクォルに弾かれ、会場には彼の武器が方々に転がっていた。

全力で握った武器がその手から離れるほどの打撃は、それだけで腕を痺れさせる。

少年の握力や腕力が、クォルと比べて圧倒的に劣っていることを指し引いたとしても、ここまでの打ち合いで力量の差は歴然であった。

 

「まだ・・・まだ諦めないでありますッ! それに自分はチビ助ではありませんッ!!」

 

そう叫びながら最後に少年が取り出したのは、柄が人の手のような形状になっている剣だった。

握手するようなかたちで握ることになる。

 

「じゃあそいつをフッ飛ばして、終わりにすっかね」

 

しかし、クォルの予想に反して少年は粘り強かった。

最初から武器を弾き飛ばして降参させることだけしか考えていなかったクォルだが、どうにもそれが上手くいかない。

そもそも今までの剣撃で少年の握力は相当に弱っているはずなのに、なぜか弾けない。

不思議に思ったクォルが剣を握る手元に目をやる。

 

「お、おい! チビ助お前ッ!」

 

思わず声を上げたクォル。

剣を弾き飛ばせなかったのは、少年が剣を握っているのではなく、剣が少年の手を強く握って放さないからだったのだ。

しかもクォルの重い剣撃に耐えられるほど強く握り込まれた少年の手は、紫色に鬱血している。

骨が折れている可能性すらあった。

 

「今すぐその剣を放せ!」

 

血相を変えたクォルが慌てて近付こうとしたが、しかしそれは少年が構えた剣の切っ先によって阻まれた。

 

「せ、戦闘中に、自分から武器を手放す剣士など、居ないでありますッ・・・自分は、例え肉が斬られ、骨を断たれても・・・絶対に諦めないでありますッッ!!!」

 

少年にとっては渾身の、しかし速度も重みも無いヘロヘロの一撃は、見事にクォルの肩口にヒットした。

我が事ながら、信じられないといった様子で茫然とする少年。

 

「あいてて。参ったな、降参だ」

 

どよめく会場。

精根尽き果てて倒れる少年の体は、クォルによって支えられた。

少年の手から、カランと音を立てて剣が落ちる。

さっきまで少年を掴んで放さなかった柄の部分が審査員席を指差していた。

 

昆布こんぶっ!」

 

剣から発せられた声はしかし、少年とクォルに対する惜しみない拍手によって掻き消された。 

 

こうして、新規自警団員募集に伴う選考試験二次審査、個人戦は幕を閉じたのだった。

 

 

採用試験 団体戦

最初は軽く自己紹介

「手の怪我を治して頂き、誠にありがとうございますッ!! 自分はクランベリーズ・グラニュートーであります! クランとお呼びください! 一人前の剣士になるためドレスタニアからやって参りました! このご恩は一生・・・」

 

「あら、気にしなくて良いのですよ。同じチームの仲間じゃないの」

 

個人戦でクォルと対戦し、自らの剣に利き手を握り潰されてしまったクランだが、回復魔法でその負傷を癒してくれた精霊の女性に、自己紹介を兼ねつつ礼を述べた。

クランが気を失っている間に、個人戦の内容を踏まえた採点が集計され、次の試験である団体戦のメンバー選出が行われていた。

チーム分けも終了していたようで、クランが改めて周囲を見渡すと、自分以外に6人の顔が見られた。

 

「ではクランベリーズも目覚めましたし、改めて自己紹介をしませんか? 私はフェリス・ピアシモと申します。エルファリアからやって参りました、ご覧の通りの精霊です。お怪我などを治して差し上げるのが得意分野かしら」

 

おっとりとした口調に優しい声。

個人戦の時もそうだったが、常に余裕が感じられる所作でとても気品のある印象を与える。

頼れるお姉さんというイメージだ。

フェリスに続けて口を開いたのは、個人戦でフルーレを扱っていた少年だった。

 

「フェリスさんを見とると故郷のお姉さんを思い出してしもぉていけんなぁ。あ、僕は広瀬タケル言います。ワコクから来ました。外国は初めてで緊張しとりますが、よろしゅうお願いします!」

 

タケルは大好きな姉の事を思い出して少し寂しくなってしまったものの、それを表には出すまいと気丈に挨拶をした。

先の試験での闘い方でもそうだったが、その風体からも挨拶からも、人の良さが窺える。

次に自己紹介を始めたのは、両手にたくさんの金属片を持った青年だ。

 

「おれはレオナルド。レオナルド・タッカーです。レオって呼んでください。親父が城で衛兵をやってて、そろそろおれも自立しなきゃなって思ってこの自警団に応募しました。え? これ? ああ、おれ、割り切れないのが我慢できなくて・・・さっきの個人戦で砕いた剣の破片、ようやく均等な大きさと重さになりました」

 

レオは今までずっと、個人戦で叩き折った相手の武器を細かく砕いて均等な破片を作成していたらしい。

それが割り切れる数とサイズになったことで、とても清々しい表情をしていた。

続いて、メンバー全員に液体の入った小瓶を配りながら少女が挨拶を始めた。

 

「私はエイル。グランピレパから来ました。お手元のそれは元気になるお薬ですので、次の試験に備えてお飲みください。なにひとつ怪しいものではありません。ええ、決して変なモノじゃありませんのでご安心を。ふふっ」

 

余計なひと言を加えたせいで逆に飲みにくくなってしまったが、そういうことを気にしないクランが一気に瓶をあおる。

すると体全体が白く淡く発光した。

 

「うおおおおっっ! みなぎる! 漲るでありますッ!」

 

その様子を見て、全員が同じように液体を飲み干した。

 

「うわぁ、お姉ちゃんすごいね! 僕、すっごく元気になっちゃったよ! あ、僕の名前はテヌート・アンブジュール。親しい人からはテヌって呼ばれてるよ。グランローグから来たサターニアで、特技は笛を吹くこと・・・かな? えへへ」

 

テヌは無邪気な笑顔を振り撒きつつ、手の中で横笛をくるくると回した。

光を反射する銀色の見事さに、よく手入れされていることが見て取れた。

 

お兄さんからの指摘

「さて、じゃあ最後は私だね? 私は元ルウリィド国の明・・・あ、いや、おほほ・・・ディロイと呼んでくださいな。もちろん『お兄さん』でも構いませんよ。そうだ、自己紹介ついでに、諸君に少しだけお小言を伝えても良いかい?」

 

ディロイはそう言いながら、スッと視線をフェリスに向けた。

フェリスは特に身構える様子も無く、優雅に視線を受け止める。

 

「フェリスさん、貴女は個人戦のとき『相手の武器が木製の棍と分かった瞬間にあの勝ち筋を見立て、そうなるように動いた』で間違っていませんか?」

 

「・・・その通りですわ」

 

口元には変わらず頬笑みを浮かべたままのフェリスだが、ディロイの言葉に一瞬返事を言い淀んだ。

 

「頑丈な鎧に打ちたいだけ打たせて棍へのダメージを蓄積させ、最後はやたら屈強なその杖で粉砕。破片を相手に飛散させてからの回復魔法・・・戦法としては及第点ですし、その通りに相手を操る技量も賞賛するレベルです。けれど、当初の計画に固執するあまり、棍を完全に砕けると確信するまで必要以上に打たれてしまった・・・1対1の戦いで仕方が無かったとは言え、見目麗しいレディがその身を打撃の雨に晒すのは、私、ちょっぴり心配してしまいました」

 

口元に手をやりつつ小首をかしげながら微笑むディロイ。 

対してフェリスは、表情には出さないものの、気味が悪いほど状況を言い当てるディロイに驚いていた。

確かに個人戦のあと、相手に打たせ過ぎたという反省を密かにしていたのだ。

当のディロイはそのまま視線をレオに移動させる。

 

「レオ君はとても計算が上手だねぇ。自分がこう打てば相手がこの角度で弾くって計算を、何手先まで割り出してるのか恐ろしいものがある。ただ、均等割りに固執するのはそういう性質ってことでどうしょうもないとして、それにしてもあの『攻撃して来い』宣言はいただけないよ。ああいうのは相手に言わず心の中だけで計算通りにやるものさ。今回は上手くいったけど、自分の計算の成功率を上げるなら、沈黙が金だねぇ」

 

言われたレオもそれは自覚していた。

キレて余計なことを言ってしまうことによる計算違いは、今までも何度か経験している。

しかしそれを他人から指摘されたのは初めてだった。

続いてディロイが言葉を向けたのはタケル。

 

「タケル君は優しいから『相手の剣を掴む』なんて真似をしちゃったんだろうけど、アレ、逆効果にもなりかねないから注意なさいな? 貴方は自覚が無いかもしれないけど、圧倒的な実力差が無いとできない芸当だからねぇ。対戦相手によっては心がポッキリ折れちゃって再起不能ってことも有り得るし。不要な優しさが時に残酷な結果になることも知っておくべきかな」

 

言われてハッとしたタケル。

確かに相手の女性剣士は降参の意思表示をしたあと、ひどく項垂れていた。

もし自分が相手の立場だったら?

自分が渾身の思いで放った攻撃を、回避するどころか掴まれてしまったら?

もしかしたら正々堂々と全力で、剣技でもって打ち負かした方が良かったのではと思えた。

これまでのディロイの指摘が不思議なほど的を射ていることと、試合の順番をなぞって人選していることを察したエイル。

次は自分の番だと、少しだけ身を固くした。

 

「そう緊張しなくて良いですよ。エイルさん、貴女にはちょっとだけ同類のニオイを感じていますし、おほほ。でもあれほど長い時間をかける必要があったかと言われれば、ノーと言わざるをえませんね。対戦時間が長くなればそれだけリスクも高くなりますし、計画的だったとは言え、できることなら打撃を受けない方法を選んで欲しかったですね。もちろん『徐々に息が上がって苦しむ相手を見て楽しんでいた』のなら話は別・・・おほほ」

 

ディロイの指摘に、密かに生唾を飲み込んだエイル。

確かに言われてみれば、長時間かけて相手を疲れさせるということを必要条件だと考えてしまっていたフシがある。

睡眠薬で眠らせるだけなら他に手段もあったはずだ。

それに、確かに優位な状況をこっそり楽しんでいた自分が居ることも否めない。

 

「お次はテヌ君だね。んっん~、君は相手があっさり降参し過ぎたせいで、実はよく分からないんだよ。独特な拍子リズムの取り方で相手の動きを先読みしてるんだろうけど。ま、お小言としては『それを過信しないこと』かな? 故意に変調する相手も居るからね」

 

そう言ったディロイのアドバイスに、テヌはサッと青ざめた。

今まで多くの大人たちと、訓練、私闘を問わず対峙してきたが、自分のスタイルを言い当てられたのは初めてだったのだ。

そしてその対処法である『変調』を突き付けてきたのも脅威である。

 

「最後はクランベリーズ君。さて、正直なところ君が最も問題児なんだ。率直に言って、なぜ君が個人戦を通過できたのか私には分からないね。自分の実力不足について、その自覚はあるかい? ただ・・・」

 

あまりにも明け透けで歯に衣着せない辛辣な物言いに、場が凍りついた。

クランが拳を固く握り締めるギュウという音が、やたら大きく聞こえる。

そんなディロイの言葉を遮ったのはタケルだった。

 

「ディロイさん! もちぃと言葉を選んでつかぁさい! そりゃあんまりじゃぁ!」

※「つかぁさい」⇒「ください」

 

「いや、タケル殿・・・自分は平気であります。むしろご指摘を頂けて、有難いくらいであります。ディロイ殿、自分は・・・自分はっ! 自分がまだまだ未熟者であることは充分に自覚しているであります! 個人戦を通過できたこと、自分でも不思議でありますが、それに慢心せず、以降の団体戦でも決死の覚悟で頑張る所存でありますッッ!!!」

 

クランの清々とした宣言が、その場の悪い空気を吹き飛ばした。

とても単純な『頑張る』という言葉。

本来なら何の解決策にもならない不確定な対策、そんな『頑張る』が、クランの真っ直ぐな瞳と愚直な姿勢と合わさることで、不思議となんとかなりそうな気がしてくるのだ。

皆がフッと口元を緩める中、ディロイが続けた。

 

「ああ、なるほど、そういうところが評価されたのかもしれないね。いや、君の長所は『ズバ抜けた足腰のバネとバランス感覚』だと続けたかったんだが、その愚直な真面目さもプラスしておこう。さて、これで私の自己紹介は終わり。どうかな? 私のことが少しは伝わったかな? 観察眼の優れたお兄さんと思ってくれれば嬉しいな。おほほ」

 

試験内容発表

ここで各チームの待機が終了し、対戦の組み合わせと試合内容が発表される時間になった。

個人戦を経て団体戦にコマを進めたのは28名。

7名ずつ4チームに分かれての勝負となる。

 

「コホン。えー、あぁー、あぁー。よぉし、諸君! まずは個人戦での健闘は素晴らしかった! そして二次試験の通過おめでとう!」

 

最初だけかしこまった態度に挑戦したものの、すぐにいつもの調子に崩れてしまったクォルが、ニカッと笑いながら演説する。

ラミリアは額に手を当てて溜息をつき、バトーはいつもの事だと冷やかな目で生温かく見守っている。

クライドとラシェはクスッと苦笑し、そのあと自分たちのリアクションがタイミングも仕草も全く同じだったことに気が付いて照れていた。

 

「で、だ。気になる三次試験、団体戦の内容を発表しよう! じゃじゃん! 俺様考案『借り物競走』だッ!」

 

自信満々で自ら効果音までつけて発表したものの、しかし詳しい説明も無しにタイトルだけ告げられてもさっぱり内容が見えてこない。

すかさずラミリアがフォローに入る。

 

「あー、ゴメンゴメン! これから各チームにそれぞれ1枚ずつ『お題』が書かれた紙を渡すから、ティラル市内を駆け回ってその『お題』を集めてきてちょうだい」

 

ラミリアが補足したルールは、こうだ。

・各チームはそれぞれ『お題』を、ティラル市内全域から収拾する

・『お題』は4つずつ書かれている

・そのうち3つは各チームでバラバラの物だが、1つだけ共通しているのは『旗』

・各チームにはお題が書かれた紙の他に『旗』を配布する

・『旗』には4種類あり、どのチームがどの旗を持っているかは伏せる

・『旗』を試験会場であるこの場から持ち出してはならない

・旗以外の『お題』は、以下の入手方法を禁止する

 「購入」「強盗」「窃盗」「騙し取る」「模造」

・4つのお題を全て揃え、1番最初にクォルの前に持参したチームが勝利

・勝利したチーム全員を、そのまま入団試験合格とする

・なお、ティラル市内で揉め事を起こしたチームは即失格になるので注意

 

「うわぁ・・・あの、ずいぶん複雑なルールですけど、これ本当に・・・」

 

ラミリアの説明を頭の中で反芻しながら、ラシェはふと疑問に思ったことを口にしようとして、やめた。

しかしその言葉尻を察して続けたのはバトーだ。

 

「あいつは最初に『借り物競走』って言っただけで、あとは俺たちがバランスを取るためにルールを足したんだよ。あいつがこんな凝った内容、考えられるわけないからね」

 

「あははは・・・」

 

自分の想像通りだったことが分かったものの「ですよね」とは言えず苦笑いのラシェ。

ともかくここから、自警団新規採用の三次試験が始まった。

 

各チームは個人戦で使った訓練用の闘技場の四隅に集まり、それぞれ作戦の打ち合わせをしている。

先程の会話の流れからか、ディロイが仕切るかたちで作戦会議が進行していた。

 

「さて、団体戦で7人なんてちょっと多過ぎると思ったが、なるほどこういうルールなら納得だね。『分業』と『連携』か・・・おほほ。さぁ、私たちのチームのお題は『ウィリアムさんの店で最も価値のあるもの』『博士の眼鏡』『ペコラス』『緑の旗』と書かれてあるよ」

 

このチームの中で、ティラル市内の出身で地の利があるのはレオだけだった。

他のチームには少なくとも半数は地元の人間が入っているように見える。

それだけでも随分と不利な状況に思えた。

 

「定石通りにいくなら借り物3種に1人ずつが走って、残りの4人で自チームの旗を死守しつつ目的の旗を奪取、ってところだけど・・・」

 

なんだか他人事のようなわざとらしい口調と、腕を組んで大きく首をかしげる大袈裟な『悩んでますポーズ』のディロイ。

その横でタケルが素朴な疑問を口にした。

 

「『ペコラス』ってなんじゃろか?」

 

それに答えたのはエルファリア出身のフェリスだった。

 

「ああ、そう言えばペコラスはリーフリィ大陸特有のものでしたね。ワコクにもある似たようなもので言えば、トマトが近いと思いますよ。王冠のような形をした美味しい野菜です」

 

他の者にもこの説明で概要が伝わったらしい。

疑問が解消されたタケルは教えてくれたフェリスに礼を述べつつ、素直な感想を言う。

 

「ほうね! ワコクのトマトなら今の時期にゃようらんですが、国が変われば実が生る時期も変わるんじゃねぇ」

※「ほうね」=「そうですか」 「よう生らん」=「実らない」

 

感心したようなタケルの言葉に、フェリスが短く「あっ」と反応する。

その意味を説明したのは地元のレオだった。

 

「しまった・・・今の時期にペコラスは獲れません。街一番の八百屋だってこの時期にペコラスは置いていませんし。参ったな・・・。いや、待て待て? よく考えたら『ウィリアムさんの店』ってあそこか? 最も価値のあるって・・・おいおい、どれだけ貴重な品なんだ・・・。そもそも『博士の眼鏡』って、あの『博士』だよな? 無理無理無理!」

 

1人で頭を抱えるレオ。

どう考えたって入手は困難を極める物ばかりに思えた。

だが、それを見たディロイは密かに口角を上げる。

そうこうしている間に、他のチームの中から4人が闘技場から出て行った。

すでに作戦会議を終えてミッションスタートということだろうか。

それを見た他のチームも4名、次のチームは5名が出発した。

こちらも、いつまでもこの場でぐずぐずしているわけにはいかない。

 

「よし、じゃあこうしよう」

 

声を上げたディロイに視線が集まる。

 

「私がここで旗を守りつつ『緑の旗』をゲットしておくから、その間に2人1組になって3つのお題を持ってきて欲しいな」

 

「なんと! ディロイ殿、それでは貴殿の負担が大き過ぎるであります」

 

この場に1人で残ると言いだしたディロイの言葉に、クランが心配そうに声を掛けた。

他のチームを見れば3名、3名、2名が居残っている。

皆も腑に落ちない表情を見せる中、エイルだけが小さく「そっか」と言った。

そしてディロイの考えを代弁する。

 

「もし私なら『お題』を探しに出た相手に、どうにかして睡眠薬か痺れ薬か、とにかく行動不能になるようなものを飲ませるわ。もちろん揉め事を起こせば失格だから、スマートにね。『旗』という共通のお題があるから、フィジカルな奪い合いはこの場でだけ行われると思い込みがちだけど、その他のお題を探しに行く人の足止めができれば、自分たちはゆっくりとお題を探索できるもの」

 

エイルの解説に、ディロイは満足気な表情で補足をする。

 

「おほほ・・・さすがですね。その通り。だからお題を持ち帰らなければならない探索には2人1組で行って欲しいのです。他のチームが3つのお題に3人以上を割いているからには、その可能性を考えないとね? それに・・・」

 

言いかけたディロイの言葉は、今までずっと黙っていたテヌに取って代わられる。

 

個人戦を見る限り、他のチームで今ここに残ってる人達なら、ディロイさん1人で充分! ってことだよね?」

 

にっこりと笑いかけるテヌに、ディロイは目を細め「おほほ・・・」と返した。

そして手短に作戦を伝える。

 

「この団体戦で最悪なのは『お題』が何なのかすら分からないこと。でもそれはレオ君のおかげで回避されたね? あとはアレコレ考える前に、心当たりの場所に行ってみよう。『ペコラス』にはタケル君とテヌ君、『ウィリアムさんの店』にはレオ君とフェリスさん、『博士』にはクラン君とエイルさんが適任だと、私の直感が言っている。それぞれの場所と経路はレオ君が指示を出して欲しい。さぁ、楽しくなってきた・・・おほほ」

 

テヌとタケル 

「レオさんが言うとったお婆さんの家まで、もちぃとじゃったよねぇ?」

※「もちぃと」=「もう少し」

 

息を切らせたタケルが、少し先を走るテヌに問い掛ける。

並はずれた集中力と動体視力、それに瞬発力を活かしたスタイルが持ち味のタケルだが、どうやら持久走は苦手と見える。

対象的に、声を掛けられたテヌはいかにも余裕という感じで、くるりと体を反転させ器用にバックステップしながら返事をした。

 

「そうだね。民家も少なくなってきたし、もう少しで町外れだと思うよ。ねぇタケル兄ちゃん、ちょっと休憩する?」

 

「いやぁ、そがな時間は無ぁけぇ。行ったところでペコラスが有る保証もありゃあせんのじゃし、たちまち到着を急がにゃあね」

※「ありゃあせん」=「無い」 「たちまち」=「とりあえず」

 

テヌはタケルのこの返答に好感を覚えた。

タケルの体格からしても、ここまでの距離にしても、かなり疲れていることは明白である。

しかし彼は自分の疲労よりもチームの勝利条件を優先しているのだ。

 

「よぉし、じゃあ僕も頑張っちゃおう! 走りながらだとさすがにちょっと疲れるケド・・・」

 

そう言いながらテヌは腰布に差した横笛を抜き取り、吹き始めた。

比較的高音でテンポの良い軽やかな曲調が聴こえると、タケルに変化が現れた。

 

「な、なんじゃあ? 脚が、体が・・・軽い!」

 

笛の演奏中は当然ながらしゃべることができないため、テヌはウィンクをひとつタケルに送る。

 

「走りょーてこがにえろうねぇんは初めてじゃあ!」

※「走りょーて」=「走っている最中で」 「えろうねぇ」=「しんどくない」

 

そうしていると、やがてレオが教えてくれた家が見えてきた。

ここに住んでいるエレジアという老女ならば、季節外れでもペコラスを用意できるかも知れないということだった。

 

「ごめんくださぁーい! エレジアお婆さんはいますかぁー?」

 

家屋の前に着くや否や、テヌが無邪気な呼び声をあげた。

しかし返事は無い。

扉も施錠されており、留守のようだった。

どうしたものかと思案するタケルに、テヌが提案する。

 

「ねぇタケル兄ちゃん、レオ兄ちゃんはさ、ここのおばあちゃんが野菜作りの名人だって言ってたよねぇ? だったら近くの畑で農作業してるかもしれないし、辺りを探してみようよ」

 

「ッ! テヌはえずいねぇ! そうしよう!」

※「えずい」=「かしこい」

 

レオとフェリス

所変わってティラル市街の中心付近では、頭を抱える二人の姿があった。

レオもフェリスも、魔法道具店の店先で押し黙っている。

 

「ウィリアムさんの店と言えばね、間違いなくここなんですけど・・・」

 

「この店で最も高価な物品がお題となれば、アレ・・・ということになるかしらね」

 

溜息しか出てこない二人が見詰める先には、いかにも高級そうなティアラが在った。

他の商品とは全く異なる、荘厳かつ厳重なセッティング。

商品陳列と言うよりはむしろ美術品の展示に近しいものがある。

値札には『7,800,000』リルと記されていた。

ティラル市内の中心地で宿屋に1泊するのが800~1,000リル、お城の新米警備兵の初任給がだいたい18,000~21,000リルだ。

780万リルと言えば、中心地から少し外れた閑静な住宅街に豪邸が1軒まるまる買える金額である。

 

「いや、しかしお題の品を手に入れる手段として『購入』は禁止されていた・・・つまり買わずに手に入れる方法があるハズ・・・」

 

眉間にシワを寄せながら思案を巡らせるレオ。

しかしいくら考えても良案は浮かばない。

とは言えこうして考えていても事態は進まないため、まずは素直に店主であるウィリアム氏と話をしてみることにした。

 

「ちわーっす! タッカーですけどー!」

 

実はレオ、城で衛兵をやっている父親や、その仕事仲間からの依頼で、何度かこの店を訪れたことがあった。

ウィリアム氏とも知らない仲ではない。

 

「おや、タッカー様のご子息・・・えぇと、レオナルド様でしたね。いらっしゃいませ」

 

物腰の柔らかい丁寧な応対に加え、客の名前まで記憶しているというのは商売人の鑑である。

穏やかな口調で用向きを尋ねる店主に、レオは率直に状況を伝えた。

 

「・・・というわけで、この店で一番値段が高い品を持っていかなきゃならないんです。ウィリアムさん、あのティアラってちょっと借りられませんか?」

 

駄目元で無茶な願いを口にしてみるレオだったが、しかし無理なものは無理だった。

 

「申し訳ございません。ご協力して差し上げたいのは山々なのですが・・・実はあのティアラを貸して欲しいというご依頼を頂いたのはレオナルド様が初めてではございません。つい先日もとあるお客様に貸して欲しいと言われ、丁重にお断りしたところなのです。もしここでレオナルド様にお貸ししてしまったら、私はあのお客様に顔向けできなくなってしまします。私どもの商売で最も大事なのは信用ですから・・・どうか、お察しくださいませ」

 

いかにも弱った、という困り顔で首を横に振るウィリアム氏。

仮に自分が同じ立場だったとしても同様の対応をするだろうと思ったレオは、逆に困らせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「いえ、無理を言ったのはおれの方なんで、気にしないでください」

 

「あっ・・・」

 

そんなやりとりを黙って聞いていたフェリスが、不意に声を上げた。

視線の先にある貼り紙には、丁寧な手書きの文字でこう書かれている。

 

『当店でご購入いただいた魔法具のお手入れはいつでもお気軽にお申し付けください』

 

フェリスは何か思い当たることがあるように、少し首をかしげて記憶をたどる。

そしてスッとレオの前に出ると、そのまま店主に話し掛けた。

 

「ウィリアムさん、こちらのお店は魔法具のメンテナンスまでお願いできるのですか?」

 

「はい。当店でご購入いただいた品であれば無料で、それ以外のお品であっても、有料にはなりますが出来る限りのお手入れはさせて頂いております」

 

エイルとクラン

場面は変わって、ここはティラル城の中。

見事な中庭を横目にしつつ、衛兵が二人の人物を従えて歩いている。

しばらくすると衛兵は「私はここまでが精一杯だから・・・」と言い、回れ右をして元来た道を帰ってしまった。

歩道の幅も、見上げる建物の壁面も、全てが荘厳で神聖で立派で、なにより大きい。

その場に取り残された二人には「ぽつん」という言葉が最適だった。

 

「レオ君のお父さんに案内はしてもらったものの・・・なんだか場違いな所に来てしまったわね。博士はこの先だって言われたけど・・・」

 

衛兵であるレオの父親に言われた『この先』に視線を送るも、どこまでも続くようにしか見えない歩道に溜息をついたエイル。

 

「自分は・・・自分は今ッ! 猛烈に感動しているであります! 故郷のドレスタニアでは兵士として採用されず・・・入城することすら許されませんでしたが、やはりお城というものは大きい! 外から見ただけでは分からない迫力を感じるであります! お城が立派だということはすなわち国が立派だと言うこと! 自分は自警団としてこの国を守りたいと、いま改めて決意を新たにしたでありますッッ!」

 

謎の感動に打ち震えるクランに軽い目眩を覚えつつ、エイルはとにかく先を急ぐことにした。

どう見ても城務めには見えない精霊の少女と、どう見ても正騎士には見えない少年がしばらく歩いていると、ようやく突き当たりらしい場所が見えてきた。

壁面には大きな扉が見えるが、その両サイドにはご丁寧に兵士の姿があった。

この扉の向こうに居るであろう博士は、予約も無しに来た飛び入りの客がすんなり会える相手でなさそうなことは、レオの反応から察していたエイル。

クランに「余計なことは言わないで」とだけ釘を刺し、扉の前の兵士に近付いた。

 

「こんにちは、門番のお仕事、御苦労さまです。博士はいらっしゃいますか?」

 

堂々と、まるで面会の約束があって訪れた客人のような態度で、エイルは兵士に話し掛ける。

二人の兵士は互いに顔を見合わせた。

 

「おい、面会の予定なんてあったか?」

 

「いや。聞いてないな」

 

「お嬢さん、すまないがどのような用向きだね?」

 

城の奥深くであるこの場所へ現れた時点で、入城時のボディチェックなどの関門はクリアしており、不審者では無いだろうという思い込みがあるのだろう。

兵士は一切の警戒もなく目の前の少女に尋ねる。

 

「あら・・・博士ったら私とのお約束を忘れてしまわれたのかしら・・・とてもお忙しいお方ですから仕方のないことですが・・・」

 

エイルが伏し目がちな表情でとても寂しそうに言うと、兵士達は慌てて慰めにかかる。

 

「ま、まぁ博士が約束を忘れるなんてしょっちゅうだし、そんなに気にすること無いぞ?」

 

「ほら、お嬢さんの顔を見たらすぐに思い出して平謝りするさ!」

 

こうして、心優しい兵士達によって扉は開かれた。

彼らが開けた大扉の内側は室温を一定に保つための二重扉になっており、少し先にもうひとつの扉があった。

 

「ッッッ」

 

エイルがふとクランに視線を向けると、真っ赤な顔でピクピクと痙攣していた。

 

「余計なことはしゃべらないで、と言っただけで・・・呼吸はしていいのよ?」

 

「ッぶはああぁぁぁーっ!! し、死ぬかと思ったであります!」

 

クランが上げた声は予想外に大きかった。

エイルが焦って「しぃっ!」と人差し指を唇に当てるよりも早く、内扉の中から声がした。

 

「やれやれ・・・なんて騒々しい客だ。はぁ・・・さっさと入れ」

 

扉の内側から投げかけられたぶっきらぼうな言葉に導かれ、エイルとクランは中に入った。

部屋の奥にはたくさんの書籍が積まれた大きな机があり、その向こう側に人影が見える。

こちらに背を向け、分厚い本のページをめくっている。

 

「まったく・・・私がどれだけ忙しいか分かっているのか、あいつら・・・」

 

はっきりと苛立ちがこもっていると分かる言葉を吐きつつ、鈍器としても使用できそうな紙の塊を、振り向きざまに机の上にドンと置く。

整った顔立ちではあるものの、神経質そうな表情と冷たい視線。

その冷やかな眼光は、鼻の上にちょこんと乗った眼鏡越しに向けられている。

どうやら彼が『博士』で間違いなさそうだ。

 

「あ、あのっ! 自分はクランベリーズ・グラニュートーと申します! ドレスタニアからやって参りました!」

 

思わず耳を塞ぎたくなるほど元気にハキハキとした大声で自己紹介をしたクラン。

それに対し、『博士』は口の中で小さくチッと舌打ちをした。

 

「そんなに大声でなくとも聞こえる。しかし名乗られたからにはこちらも返さねばならん。ラーディアだ。ラーディア・エディオ。この城で魔法薬学の研究をしている」

 

ディロイ単騎

さて、ここは試験会場である闘技場。

正方形の場内の四隅に、それぞれのチームの居残りメンバーが陣取っている。

その場所が東西南北と合致するため、審査員である自警団メンバーは『東チーム』『西チーム』などと仮称していた。

現在この闘技場に残っているのは東チーム3名、西チーム3名、北チーム2名、そして南チームのディロイだ。

彼らはそれぞれ『自チームの旗を取られないように守る』ことと、『お題になっている旗を他チームから奪う』ことをしなければならない。

しかし誰がどの旗を持っているのか不明な状況である。

全員が探るような視線を飛ばし合う、ピリピリとした空気が漂っていた。

そんな緊迫感を一蹴したのは、他ならぬディロイだった。

 

「やぁどうも。ご機嫌いかがかな?」

 

呑気な挨拶の言葉を発しつつ、自陣から対角線になる場所、つまり『北チーム』の2人に向かってツカツカと歩いて行く。

相手の2人はサッと身構え、両サイドに居る東西チーム3人ずつは様子見なのか、特に動く気配は無い。

 

「ふむ・・・彼らは静観か。実に賢く、つまらない選択だね。さてお二人さん」

 

ディロイは懐に手を差し込み、ごそごそと何かを取り出そうとする。

声を掛けられた二人はジリリと半歩後退し、武器を構えた。

 

「私が持っている旗は赤なのですが、ホラ。どうです? あなた方のお題は『赤い旗』でしたか?」

 

あろうことか、ディロイは自チームに配布された旗を惜しげも無くさらけ出してしまった。

呆気に取られた相手だが、妙に芝居がかって大袈裟な身ぶり手ぶりのディロイにどう反応したものか考えあぐねているようで、返答は無い。

しかし。

 

「なるほど、分かりましたよ。『赤い旗』をお求めなのはそちらのお三人でしたか」

 

そう言いざま、ディロイはくるりと体ごと右に振り向いた。

視線の先に居る3人がギョッとしている。

 

「そうそう、言い忘れていましたが私、耳の良さには少々自信がありましてね? そちらの方が『赤い旗だ、いくか?』とおっしゃられたのが聴こえたもので・・・オホホ」

 

北チームにとってみれば、目の前で別のチームに向かって話しかけているディロイは無防備そのものではあったが、しかし自分たちのお題は『赤い旗』では無い。

ディロイの発言からすれば東チームのターゲットが赤い旗らしいので、これから間もなく3対1の奪い合いが始まるだろう、と思ったその矢先だった。

 

「ではそちらのお三人さん、どうぞこちらへ旗を奪いにお越しください。私はその間に、こちらのお二人から旗を頂いておきまっ、すっ、のっ、でっ!」

 

言葉の途中でいきなり急襲してきたディロイに対し、北チームの二人は辛うじて反応できた。

ディロイを挟んで左右にそれぞれ飛び退いたため、現状では挟み撃ちの位置関係になっている。

 

「つまりお前さんが欲しいのは、俺らが持ってる『黒い旗』ってことか?」

 

ジリジリと間合いをはかりながら問う男に、ディロイはさも可笑しいというように笑い声を上げる。

 

「くふっ・・・うふふっ・・・ふっ・・・おほほほほっ・・・貴方、何か勘違いをされていませんかぁ?」

 

まるで口が耳まで裂けていると錯覚してしまうほどの不気味な笑みを浮かべつつ、ディロイは首を45度に傾けて朗々と語る。

 

「この試験の攻略法は、目当ての旗を奪うことでも、自分の旗を奪われないようにすることでもありません。『全部の旗を奪取』この一択でしょう?」

 

単純明快な思考である。

お題の品に必ず旗が含まれている以上、全ての旗を集めれば少なくとも他チームの勝利条件が満たされることは絶対に無いのだ。

不意に、分厚い外套の前をはだけるように広げたディロイ。

裏地には輪状の金具がいくつも縫いつけてあり、その全てに多種多様な武器がぶら下がっている。

 

「さぁ貴方がたの『黒い旗』、私のお題ではありませんが、きっちり頂きますよ!」

 

興奮しているのか、ディロイの声は大き過ぎたようだ。

先の言葉は他のチームにもしっかり聞こえてしまっていた。

お題の内容に関わらず全ての旗を奪うという宣言は、つまりこの場の全員を敵に回すと言い放ったことになる。

今まで様子見状態だった両サイドの3人組がこちらに向かって動き始めた。

無言のうちではあるが、まずは共通の敵を協力して排除しようという意図がありありと伝わる。

 

(んん~・・・良い・・・実に、良いッ)

 

四面楚歌の絶体絶命という状況にあるにも関わらず、ディロイの表情は恍惚としているように見えた。

 

ペコラスを求めて

「あっ! あっちの畑の向こう、誰か居るみたい!」

 

テヌが指す方向に目をやると、確かに作業中らしき人影が見えた。

が、腰を折っていたその人物が上体を起こすと、どうも若い女性のようなシルエットだ。

野菜作りの名人であるエレジアさんは、お婆さんだと聞いている。

 

「あのう・・・エレジアさんはおりんさってですか?」

※「おりんさる」⇒「いらっしゃる」

 

駆け寄ったタケルが尋ねると、その人物はアルファのようだった。

彼女は顔だけをこちらに向けつつ、両手はそのまま作業を続けている。

 

「ハイ? どちら様デスか?」

 

コードティラルにもグランローグにも、そもそもリーフリィ大陸にアルファを製造する機関は存在しないため、ここではアルファを見ること自体が極めて珍しい。

テヌは目を輝かせながらまじまじと女性を見詰める。

同様に、タケルにとってもアルファとの出会いは初めてだった。

知識としては在っても、実際に目の当たりにしたことは無い。

 

「僕はタケル、広瀬タケルです。こっちはテヌート。実は僕たち、エレジアさんを探しょーるんですが」

 

タケルは自警団の入団試験のお題を探しにここへ来た旨を簡潔に説明した。

 

「なるほど。あ、申し遅れマシタ、ワタシは0831・・・自警団の皆さまは『おやさい』と呼んでくださいマス。おばば様は本日の作業を終えられマシたので、腰の療養も兼ねて町の診療所に行かれマシた。現在ここにはワタシしか居りまセン」

 

作業の手は決して止めず、しかしきちんと目を見て話すという礼儀を怠らないおやさい。

能率と礼節を同時に処理できる優れた機能に感心しつつ、テヌが話し掛ける。

 

「ねぇおやさいのお姉さん、僕たちペコラスが欲しいんだけど、ここには無いのかなぁ?」

 

淡々と作業を続けていた手をピタッと止め、おやさいは少しだけ首をかしげた。

そして小さくこくんと頷くと、すっと立ち上がった。

 

「事態が飲み込めまシタ。この時期にペコラスを入手セヨとはまた、確かに試験として申し分無いお題デスね。では行きまショウ」

 

一人納得顔のおやさいに先導され、訳が分からないまま後ろに続くタケルとテヌ。

道すがら、おやさいは手短に説明してくれた。

ここエレジア農園は町外れに位置しているため、ティラル市全域を取り囲む魔法結界にも隣接している部分がある。

つまり、農作業のかたわら視線を移せば、結界の外を見ることができるのだ。

そして先日この場所で、結界の外に『温泉らしき場所』を発見したという。

視覚機能の最大望遠で確認した限り、その周辺には季節外れの自生野菜も実っていたのだとか。

 

「ほんじゃあ、そけぇ行けばペコラスがあるんじゃな!」

 

タケルが顔を輝かせて言う。

しかしおやさいは困ったように眉を寄せ、溜息をつくように返す。

 

「デスが、その温泉らしき場所は魔獣の立ち寄り処にもなっていマス。つまり、その魔獣を退けてペコラスを手に入れるという行為が試験なのだと思いマスが・・・」

 

おやさいは二人の方に顔を向けて言葉を続ける。

 

「これだけは覚えておいてくだサイ。まずあの場所にはペコラスが生っている『可能性がある』というだけデス。魔獣と遭遇する危険を冒しても、結果的に空振りに終わることも考えられマス」

 

心配と忠告を足して割ったようなおやさいの言葉と表情。

しかし少年たちの意思は変わらない。

 

「ご心配はたいがたぁですが、僕らは行きます。あっこにペコラスがあるかも知れん、それだけで充分です。ここで魔獣怖さに帰っちゃあ、みんなによう顔向けできんです」

※「たいがたぁ」⇒「有難い」

 

「そうだね。それに僕たち自警団になるんだから、魔獣退治にだって慣れておかなくちゃ」

 

二人の返答に、思わず口元が緩みそうになるのを堪えるおやさい。

どうにか厳しい表情を作ることに成功し、密かに安堵しつつアドバイスを送る。

 

「わかりマシた。では、王冠のような形をした赤い実があれば、それがペコラスで間違いありまセン。ワタシはこれ以上のお供はできまセンが、どうか気をつけてくだサイ」

(クォル様、ワタシはこのお二人になら、街の安全をお任せできると思いマス)

 

 

最も価値のあるもの

「不躾な質問で申し訳ありませんが、自警団のどなたかからメンテナンスを依頼されて、引き取り待ちになっている道具がありませんか?」

 

フェリスの問い掛けに、ごく僅かに眉を動かしたウィリアム氏。

一瞬、口をつぐみかけたが、少し間を置いてから静かに返す。

 

「はい。当店でお買い上げ頂いた、ラシェリオ様のマントをお預かり致しております」

 

それを聞いたフェリスはにっこりと微笑んだ。

どうやら考えが的中したようだ。

 

「レオナルド、私たちの持ち帰るべきお題は何でしたっけ?」

 

「え? この店で一番高価な商品、ですよね?」

 

不意に問い掛けられたレオは怪訝そうな表情で返す。

しかし、その返答にフェリスは「ふふっ」と笑って訂正を加える。

 

「私もすっかりそんな考えになっていましたが、実は違います。正確なお題は『ウィリアムさんの店で最も価値のあるもの』でした。これは値段が高いという意味ではなかったのよ」

 

フェリスの言葉を受けて思案を巡らせるレオは眉間にシワを寄せて俯き、ぐぬぬと考え込む。

 

「じゃあヒントをあげましょうか。先程あなたは、ウィリアムさんから直接答えを聞いているわ」

 

自ら答えに辿り着きなさいと諭すようなフェリスの言葉に、レオは必死でウィリアム氏との会話を思い起こす。

そしてパッと顔を上げてポンと手を打った。

 

「そうか! 『信用』だ!」

 

「そう。自警団の任務は危険を伴います。そのとき使用する装備ですから、その品質はもちろん、機能や性能を維持するためのメンテナンスにおいても、重要性は極めて高いと言えるでしょう。それをお任せするということは、戦場で背中を預けることにも通じることだと、私は考えます。いかがでしょうか、ウィリアムさん。ラシェリオさんのマント、私たちに届けさせて頂けませんか?」

 

穏やかな口調ではあるものの、確固たる意志を含んだ言葉。

レオもそれに続ける。

 

「お願いしますウィリアムさん! おれ達にこの店の『信用』を運ばせてください! 間違いなくラシェリオさんに届けます!」

 

二人の真剣な眼差しに当てられたウィリアム氏は、ふぅと息を吐きながらにっこりと笑った。

 

「分かりました。いえ、こちらからお願い致します。是非とも当店の『信用』を届けてください」

(クォル団長、私はこの方々になら、街の平和を託せると確信致しましたよ)

 

 

博士の眼鏡

ラーディア博士はエイルとクランから視線を机の上に戻し、何やら色とりどりの液体が入った複数の小瓶を手に取り、振ったり中身を混ぜたりし始めた。

ページの途中を開いたままになっている本にときおり視線を移しつつ、実験のような作業がしばらく続いた。

クランは声をかけるタイミングが掴めず、ただ立ち尽くす。

ふと、ラーディア博士が顔を上げた。

 

「ん? なんだ、まだ居たのか? 見ての通り私は忙しい。挨拶が済んだなら帰れ」

 

「あ、いえっ、自分は! 自分は博士の眼鏡を頂戴したく・・・」

 

クランの言葉を止めたのは、博士の鋭い視線だった。

殺気とも怒気とも違う、まるで冷凍光線のような瞳に射すくめられ、クランは次の言葉を繰り出すことができなかった。

 

「私の時間を奪うだけでは飽き足らず、この『眼鏡』が欲しいだと? これが私にとってどれだけ重要かも知らず、よくもそんなことが言えたものだな。それとも何か、これに見合うだけの対価を、お前たちが差し出せるとでも?」

 

物理的な重みすら感じてしまうほどの威圧的な恫喝に、静かに落ち着いた声で返事をしたのはエイルだった。

 

「これでは、対価になりませんか? 私が得意としているのは『お薬の生成』なんです」

 

そう言いながら差し出した右手は、掌が上を向いているだけで特に何も持ってはいないように見える。

が、すぐさまその手が淡く発光し、その光が消えると同時に小さな瓶が出現した。

 

「物質生成・・・なるほど。確かにこの国では珍しい魔法だ。で、何を生み出した?」

 

どうやら会話には応じてくれるらしい雰囲気にホッとしたような表情のクラン。

一方エイルは内心で駆け引きの言葉を思案していた。

 

「博士がいま最も欲しいもの、と言えばお分かり頂けるかと」

 

本当はエイルが生成した小瓶には、特製の痺れ薬が入っているのだった。

しかしそれが交換条件に見合うという期待は持てない。

そこでエイルはブラフを仕掛けることにしたのだ。

 

「ほう、まさかそれが『解呪薬』だとでも言いたいのか?」

 

「さぁどうでしょう? うふふふ・・・」

 

ひとまず第一関門である『博士が欲しい物を聞き出す』ことに成功したエイルは、尚も攻勢を崩さない。

思わせぶりな言葉と態度で揺さぶりをかける。

 

「見くびるなよ小娘。私は研究者だ。確たる証拠も無いものに惑わされたりはせん。例えば私なら・・・そうだな。その小瓶の中身を揮発性の高い睡眠薬にして私に開けさせるか。そして眠ってしまった私からまんまと眼鏡を奪取というところかな」

 

しまったその手があったと思いつつ、エイルは密かに歯噛みした。

会話の展開が上手く運べばこの痺れ薬を博士に飲ませようと思っていたのだが、元々はったりが通用するような相手では無かったということか。

そこへ。

 

「博士殿! エイル殿はそのような卑怯な真似は致しません! この瓶の中身は効果抜群の回復薬です! ほらこのようにっ!!!」

 

クランはそう言うが早いか、エイルの手から小瓶を取り上げ、そのまま口に流し込む。

「あっ」と短く声を上げたエイル。

途端に両膝がガクガクと震え出したクラン。

どうにか倒れまいと堪えつつ、うっすらと涙を浮かべた瞳で振り返るが、しかしエイルはフイッと目を逸らす。

 

「・・・はぁ・・・、おい小娘、ソレは大丈夫なのか? この部屋で死人を出すなんぞ勘弁してもらいたいのだがな」

 

「えっ・・・自分は、し、死ぬでありますかっっ!!!??」

 

「死なないわよただの痺れ薬・・・ああもう・・・」

 

不貞腐れたような声を上げつつ、エイルは頭を抱えた。

 

「よりによって解毒草が切れてるわ・・・もう!」

 

「解毒薬ではなく、解毒草・・・なのか?」

 

エイルの言葉に微妙な違和感を覚えた博士が問い返す。

 

「こうなったら隠しても仕方ありませんし、正直に言いますね。私の魔法は正確には『薬の生成』ではなくて『薬の精製』なんです。元になる材料が無きゃ薬は作り出せません。時間の短縮と言った方が分かりやすいかしら。抽出に時間も手間もかかるような精製を一瞬でクリアするのが私の魔法なんです。だから解毒草が無いと解毒薬は作れないんです」

 

そう言いながらエイルはごそごそと鞄の中から植物の葉を取り出した。

エイルが左手に植物、右手は何も無い状態でもう一度魔法を発動すると、左手の植物が消えて右手に薬の小瓶が現れた。

それを見たラーディア博士は思わず声を上げる。

 

「おい、まさかさっきの痺れ薬とやら・・・その植物が原料じゃないだろうな?」

 

「そ、そうですけど・・・何か?」

 

エイルの返答を聞くや否や、ラーディア博士は机の上に置いてあった数種類の小瓶から透明の液体が入ったものを掴む。

そしてガクガクと震える膝を両手で掴みつつ辛うじて立っているクランの頭に、その中身を振り掛けた。

 

「は、博士殿! 冷たいでありますっ! あ、あれ?」

 

薄っすらと淡い白光に包まれたクランが間の抜けた声をあげる。

さっきまでの痺れが嘘のように、身体はもう何ともなくなっていた。

 

「おい小娘、この国に来て日が浅いようだから教えてやろう。結界の外に自生している薬草類には、稀に呪いが掛かっていることがある。恐らくは結界を超えられない低級の新生魔族の仕業だろうが、我々が有用する材料に呪いを掛けるという姑息な手段を用いる。それと知らずにその材料を使った薬を服用すれば、たちどころに命を落とすことだってあるんだぞ。今回はたまたま脆弱な呪いしか掛けられ・・・は?」

 

朗々と語りながらエイルの持つ痺れ草に手を掛けたラーディア博士は一瞬固まった。

そして再度机の小瓶に手を伸ばし、透明の液体を痺れ薬に振り掛ける。

すると、黒い霧状のものが葉から発生し、空中に立ち昇って霧消していった。

 

「信じられん・・・おい小僧、お前、なんともないのか?」

 

「はっ! お陰さまで! 先程までの痺れが嘘のようであります! 元より先程の痺れ薬も、先日牛乳に仕込まれた毒に比べれば何ともないでありますが!」

 

博士は信じられないものを見るような目でクランを眺めたあと、机の上に放り投げてあった判を手に取った。

そしてそれをクランの額にペタンと押し付ける。

見事な朱色で『ラーディア』と捺印されてしまったクラン。

 

「それが私の眼鏡だ。くれてやる。さっさと試験会場に戻るが良い」

(薬の精製が時短できる小娘に、異常なほど我慢強い小僧・・・随分と使な新人じゃないか、クライド)

 

 

狂戦士

一瞬の出来事だった。

両サイドから東チーム、西チームのそれぞれ3人ずつが駆け寄って来ていたが、彼らの到着を待たずして『黒い旗』はディロイの手に渡った。

北チームの2人が同時に倒れ伏す。

倒れた2人の足元には魔術式が書き込まれた紙が落ちていた。

東西両チームが3人ずつ、しめて6人の戦士がディロイを取り囲むような位置でジリジリと間合いを詰めてくる。

しかし緊張感を持っているのは優勢側の6人だけだった。

逆に一目で劣勢と思われるディロイはと言えば、愉悦とも恍惚ともつかない歪んだ笑みを浮かべたまま、自チームに配布された赤い旗と、たった今ここで奪った黒い旗を眺めている。

 

「さぁて・・・東チームの方々はこの赤い旗がお目当てでしたよねぇ?そうなるとつまり、西チームの貴方がたはこの黒い旗が欲しい、と」

 

まるで闘牛士が牛を誘うように両手の旗をゆらゆらと揺らすディロイ。

黒と赤の生地が怪しげに波打つ。

 

「アンタの手の内は把握した。個人戦のときもそうだったが、仕掛けを踏ませることで発動する強力な魔術トラップだろう? タネさえ分かれば何も怖くないぜ」

 

東チームの1人が心的有利を得ようと仕掛けた会話だった。

しかしそれは『まともな』相手にこそ通用する話術である。

ことディロイに関しては逆効果となってしまう。

 

「素晴らしい観察眼です! しかし惜しいかなご自身のその眼を信じ切るだけの精神をお持ちでないようだ! そう思ったのならトラップに用心しつつ仕掛けてくれば良いものを、貴方はそうしない・・・お可哀そうにお可哀そうに、自分を信じられないことはこの世で最も不幸なこと・・・」

 

「ふざけるなっ!!!!」

 

激昂した男は腰を落として重心を低くしつつ両手で素早く印を組む。

どうやら魔術師のようだ。

口の中での高速詠唱を終えた男の両手から炎が迸る。

火焔の槍とも呼ぶべきそれは一直線にディロイへ向かって飛んだ。

 

「距離を保っていれば貴様なぞ!!」

 

「んん~ッ!!! またも大正解ッ! そう、私は遠距離からの攻撃を捌くのが大変苦手で、いや貴方の観察眼は本当に素晴らしい!」

 

ディロイを取り囲んでいた6人は自分の目を疑った。

火焔の槍で貫かれたディロイがその場でスゥっと消え、1枚の紙がひらりと地面に落ちた。

そして、今まさに火の魔法を放った男の真後ろに立ち、短刀を首筋に突き付けているのだ。

 

「しかしィ~・・・あんな子供騙しの幻影魔法に引っ掛かるのは頂けない。せっかくの観察眼なのですから」

 

「・・・い、いつの間に・・・」

 

急所に刃物を押し当てられて身動きができない男は、セオリー通りの間抜けな言葉を吐くのがやっとだった。

 

「特別にタネ明かしをしてあげましょう。倒れていたのが北チームのお二人だと思い込んだのが貴方がたの敗因です。戦地ではよくあることなので覚えておくと良いですよ。“戦場では足元の死体が襲いかかってくるのが普通”だってね」

 

かぐわしい戦禍の香りを思い出しながらうっとりした表情で語るディロイ。

しかしその口上は豪快な笑い声に掻き消された。

 

「はっはっは! なるほどなるほど、御高説痛み入る! しかし悦に浸るのもそろそろ潮時だ・・・お前さんも分かっているんだろう? この試合では人質に意味が無い、となっ!」

 

そう言いながら真っ直ぐディロイに突き掛かったのは、筋骨隆々の青年だ。

唸りを上げる剛腕とその体躯、そして頭部の角が、彼を鬼だと示している。

口元を歪めて白い歯を覗かせながら、ディロイはその拳をかわす。

短刀を突き付けられていた男は体勢を崩してその場に膝をつく。

 

「ヒドイ人ですねぇ貴方。私の手が滑っていたらこの方、死んでいたかもしれませんよ?」

 

「いやぁ、俺としてはソレでも良かった。ほら、この試合は殺したら失格なのだろう? お前さんは真正面から相手にするより、失格にでもさせた方が楽だと思ったんだが」

 

冗談としても笑えない戯言に、周囲の4人が眉をひそめる。

当事者の男は凍りつく。

ただひとり、ディロイだけが込み上げる笑いを堪えていた。

 

「くふっ・・・ふふふっ・・・んふっ・・・あぁ、貴方はっ! 口ではそんなことを言っておきながら、私がこの男を殺せないと信じ切っている! なんと甘ったるい精神の持ち主なのでしょう! 嗚呼ッ! 全力でお相手したいっっっ!!!」

 

そう叫ぶや否や、ディロイは自分の足元で今まさに起き上がろうとしていた男を思い切り蹴り上げた。

蹴られた男はバランスを崩して前方につんのめる。

その先には槍使いが居た。

自分に向かって転げてくる男を避けようと半歩引いた槍使いだったが、転がる男を飛び越えてディロイが襲いかかってくることは予想できなかった。

構える隙も無く側頭部に蹴りが入り昏倒する槍使い。

その槍を倒れる前に掴み取り、柄を軸に体を真横にして飛び上がり、体を捻ったディロイ。

何が入っているのか不明だが、明らかに硬質で重量のあるモノが仕込まれた外套が3人目の男の顔をひっぱたく。

着地と同時に槍の柄を地面スレスレに振り、4人目の足を刈る。

倒れた先にはすでに魔道地雷が設置してあり「バチィッ」「ぎゃん!」と、感電音&悲鳴があがった。

 

「瞬きする間に4人かよ・・・こりゃあ参った・・・」

 

残るは先程の鬼と、もう一人は年若い少女だった。

あまりの展開の早さに目をぱちくりさせつつ、慌てて魔道杖メイジスタッフを構える少女。

どう見ても素人の動きであり、構えも隙だらけだ。

 

「お嬢さんは・・・うむ。引っ込んでいた方が身のためだろう」

 

鬼の青年は心配そうに言う。

ディロイも同様の見解らしく、無言で小さく首を振る。

すると。

 

「あ、あの・・・私・・・『緑の旗』持ってます。これ、差し上げますから・・・」

 

なんと、少女が恐怖に震えながら、懐から『緑の旗』を取り出してディロイの方へ歩み寄った。

手放した杖がカランと音を立てて転がる。

身を包んでいたローブも脱ぎ捨てた。

鮮やかなピンク色の髪を揺らしながら、少女はディロイの目の前に立った。

 

「はい、貴方の目当てはこの旗でしょう? どうぞ。だから・・・『』ッッ!!」

 

カッと見開かれた少女の瞳。

鮮やかな水色に爬虫類を思わせる瞳孔がギラリと光る。

途端に、ディロイが脱力したように両腕をダラリと下げ、茫然と立ち尽くしてしまった。

 

「・・・やった・・・やったわ! 掛かった! キャハハハハ! ど、どんなに強くたって、私の言霊ことだまの前では素直な子犬だわ! ふふん! ほら、ワンと鳴いてみなさ・・・ヒィィィィ!!!」

 

完全に支配下に置いたと思っていた相手が一瞬で間合いを詰めて眼前に迫る。

嬉々とした表情で息の掛かる距離に詰め寄り、少女の耳元でボソッと囁くディロイ。

 

「精神操作なんて何百年ぶりでしょう、いやぁ懐かしい! ですが私を制御するには少ぉし能力が足りなかったようですねぇ、お嬢さん」

 

驚愕と恐怖で放心状態の少女の手から紳士的に『緑の旗』を受け取ると、ディロイは改めて鬼の方へ向き直った。

少女はヘナヘナとその場に座り込む。

 

「やぁ、お待たせしました、怖ぁい鬼さん?」

 

「なにおう、アンタの方が俺より何倍も怖いぞ」

 

「やだなぁ・・・私、そんなに怖くないですよぉ?」

 

「そう見えんから怖いのさ。飄々としていてその実は想像を絶する濃い実戦経験を積んでいると見た。いやはや、ズルいよなぁ」

 

事情を知らない第三者が聞いたら普通の世間話にしか聞こえないような会話を交わしつつ、二人はジリジリと間合いを測る。

闘気と殺気が入り混じったような空気はその密度を増し、その渦中でひとり青ざめる少女。

 

(冗談じゃないわ! なんなのよコイツら! まるで化け物じゃないの怖いよ助けてクォーッ!!)

 

 

試験終了

お題は全部そろったよ

「タケル兄ちゃん、すごかったねぇ!」

 

「いやぁ、テヌの笛のお陰よ! 1人じゃやれんかったよ」

※『やれんかった』⇒『不可能だった』

 

お互いにお互いを讃え合いながら、タケルとテヌが戻ってきた。

タケルの手には見事に赤く熟れたペコラスがある。

どうやら無事にお題を持ち帰ることができたようだ。

 

「おかえりなさい、タケルにテヌート。しっかりお題の品を手に入れて来たようですね」

 

フェリスが優しく声を掛ける。

見れば、ここに最後に返ってきたのがタケルたちだったようだ。

他のメンバーは既に勢揃いしている。

 

「おれたちもどうにか、お題を持って帰りましたよ! ほら!」

 

レオが得意気に包みを掲げた。

現自警団メンバーであるラシェリオのマントが入っている。

 

「自分は、まだ納得できないであります!」

 

そんな声を上げたのはクランだった。

なぜか額に赤い判が押してある。

 

「だから、それが博士のお眼鏡に適ったって証拠なんだから、触っちゃダメよ消えちゃうから」

 

「本当にこれがお題なのでありましょうか・・・やはり博士殿のお鼻に乗っていたあれを頂戴せねば・・・」

 

やれやれといった様子でたしなめるエイルに、それでも不安だと言うクラン。

お題である『博士の眼鏡』についての見解が分かれているようだ。

 

「タケル兄ちゃんはね、魔獣の爪が、こう、ビューンって! そしたらヒュッって避けてね、すぐシュバババって・・・あれ? ディロイさんは?」

 

興奮気味でタケルの武勇を語ろうとしたテヌが、ハタと気がついた。

ここに居るのはフェリス、レオ組、エイル、クラン組、そして自分とタケル組の6人だ。

この闘技場に1人で残ったディロイはどうしたのだろうか?

 

「あそこで中ですよ」

 

少々呆れたような口調でフェリスが示す方向では、暑苦しい肉弾戦の真っ最中だった。

鬼と思われる屈強な体躯の青年と、外套を脱ぎ捨て意外と逞しい上半身を晒しているディロイが、武器も無く素手で殴り合っている。

 

「この俺とここまでやりあうとは! アンタ、本当に精霊か!?」

 

「もっと! もっともっと! 血沸き肉躍るこの宴は終わらないィィィ!」

 

お互いに足を止めての殴り合い。

既に戦闘技術よりも気合と根性の比べっこになってしまっているようだ。

本人らが楽しそうなので良しとしておく。

 

「あ、ねぇねぇ、ディロイさんの足元に転がってるの、アレって『緑の旗』じゃない?」

 

テヌの指摘に皆が視線を集める先には、確かに緑色の生地が見える。

軽やかなステップで拳が応酬する嵐の中をすり抜けたテヌが、何事も無かったかのように『緑の旗』を手にして戻ってきた。

 

「ほら、これでお題は揃ったよね? 早く提出しに行こうよ~!」

 

 

合格発表

「ああ、間違いない。彼の判だ」

 

クランの額を確認したクライドは、若干驚きを含んだ声で判定をくだした。

この借り物競走、発案者であるクォルの意図はこうだった。

 

「だって俺ら自警団はさ、この国のみんなから認められなきゃダメだろ? だから、借り物競走のお題を持ってくるのはタテマエで、その時の方法とか態度をみんなに評価してもらおうぜ?」

 

このクォルの案に、クライドを含めた全員が納得した。

しかし、まさかその『みんな』の中にラーディア博士が入っているなど思いもよらなかった。

そもそも超多忙な彼に審査員をさせるなど、到底不可能な話に思えた。

 

「いや、そこはほら、クライドちゃんが一生懸命お願いすればなんとかなるんじゃない?」

 

ふざけた調子のクォルに、全力で断ろうと思ったクライド。

もし自分が依頼をして、どうにか承諾を得ることが出来たとして、その対価に何を求められるか分かったものではない。

しかしその後に続いたクォル言葉には、頷かざるを得ない説得力があった。

 

「今回の入団試験、当然だけど落ちる奴らも居るわけじゃん。そいつらが合格者に嫉妬して・・・なんてことも、考えられなくは無いだろ? せっかく新しい仲間を迎え入れるための試験なのに、それが元でみんなの中にわだかまりが残るのは本意じゃ無い。となれば、何か圧倒的な合格の説得力というものを用意しておいた方が良いと思わねぇ?」

 

互いに剣を交わし拳を向け合い力量を認め合ったのならいざ知らず、確かに今回の試験内容では『なぜ自分が落ちてあいつが合格なのか』と思われてしまう可能性が残る。

そこに博士のお墨付きがあれば、そんな鬱積を一蹴して余りあるというのも頷ける事実だった。

クライドは渋々ながらに交渉役を引き受け、どうにか了承を得てきたのである。

しかし万物に等価交換を必定とする博士が今回の件を飲むにあたり、クライドに何を求めたのかは不明だった。

 

「確かにこれは私のマントです。ありがとうございます!」

 

明るい声と笑顔でフェリスからマントを受け取ったラシェ。

これにはラシェ自身も思い入れがある物なので、とても嬉しそうだ。

まだここに来たばかりの頃、自警団の皆で買い物に行ったウィリアム氏の店。

そこで買ったクライドとお揃いのマントなのだ。

 

「おお、確かにペコラスだ。よく『あの泉』まで行ってきたな」

 

タケルからペコラスを受け取ったバトーが感心したように言う。

自身がエレジア農園付近で魔獣と対峙した経験もあり、その手強さを知っている。

これは少年らの実力を認めざるを得ない。

 

「んでこれが『緑の旗』な。オッケー! んじゃとりあえずあの二人を止めてこよう」

 

全てのお題を確認したクォルは、未だに怒涛の殴り合いを続けているディロイと鬼の青年を止めるべく、二人に向かっていく。

自分たち以外の状況などまるで無視しながら拳を交わす二人。

この勢いを止めるのはとても困難に思われた。

しかしクォルが傍に立つと、二人は驚くほどの反射速度で後方へ飛び退いた。

 

「ったく・・・なんて殺気だクォル。この俺が思わず退いてしまったぞ」

 

「・・・さすが団長殿、といったところですか」

 

どうやらクォルは、二人の間に物理的に割って入るでもなく、声を掛けるでもなく、傍に立って殺気を発することで制止させたらしい。

鬼の青年は無意識に硬く握っていた拳を解き、頭を掻いてカラカラと笑う。

ディロイはやれやれといった様子で拳を収め、脱ぎ捨てていた外套を拾う。

そんなタイミングで、他のチームのメンバーがぽつぽつと帰還してきた。

それぞれが街でお題の品を入手してきたようだ。

 

「そんじゃあ結果報告といきますかっ!」

 

 ディロイによって打ち倒された面々が介抱され、全員が勢揃いしたのを見計らったクォルが声を上げた。

わざわざ報告を受けなくとも、その場の全員が結果を痛感していた。

特にこの場に残ってディロイと対峙した者らはひときわだった。

お題の品についての言及があり、それらを鑑みての評価がくだされ、そして当該チームへ自警団員としての採用宣言がなされた。

誰ひとりとして異議を申し立てる者は居なかった。

 

 

後日談

「まったく・・・知り合いっぽい冷やかし連中は書類で落としてたつもりだったのよ?」

 

診療所のベッドで果物をもりもり食べている鬼の青年に、ラミリアが溜息混じりで言う。

 

「主は決して冷やかしのつもりで臨んではおりません」

 

ラミリアの言葉に答えたのは本人ではなく、その横で甲斐甲斐しく果物の皮を剥いている少女だった。

碧色の髪から角が覗いており、青年と同じく鬼であることが分かる。

 

「最初から自警団には入るつもりが無かった、というのが冷やかしに当たるのなら、それはそう思われても仕方の無いことだがな? はっはっは! ラミリア嬢に間近で良いトコロを見せようとしたんだがなぁ」

 

「主は本気ですので」

 

「~ッ」

 

言葉にならない声を噛み殺しながら頭を抱えるラミリア。

どうもこの二人と一緒だと調子が狂ってしまう。

その隣では、同じくベッドに身を横たえたディロイに治療を施した神官の精霊が目を丸くしていた。

 

「驚きました・・・まさか最後まで立って戦っていらしたお二人が最も重傷だったなんて・・・」

 

治癒効果のある光属性魔法特有の白光が収まるのを待ってから、ディロイが口を開く。

 

「この程度の怪我で貴女のようなお美しい方のお手を煩わせてしまって誠に申し訳ありません。オホホ・・・」

 

そして診療所の廊下では、クォルがピンク色の髪をした少女に詰め寄られていた。

 

「ちょ! タンマ! 操るの無し! 禁止!」

 

「もうしないわよそんなズル! それより、私も合格にしてよ!」

 

「そんなの俺様の一存じゃ・・・」

 

強敵に対しては無双の強さをみせるクォルだが、女性には強く出られないようだ。

さて、場所は変わってここは城内。

色とりどりの液体が入った容器を前に、クランが目を輝かせている。

 

「これをひとつずつ飲んで、感想を言えば良いのでありますか!?」

 

その横では大量の薬草の山を前にしたエイルが眉間にシワを寄せている。

 

「これ全部を精製するんですか? 魔力がもつかしら・・・」

 

二人の言葉に返答をするのは、これまた渋い顔をしているクライドだった。

 

「クラン、やばいと感じたらすぐ飲むのを止めてこっちの透明なやつを一気に飲んでくれ。それからエイル、悪いんだけどそれが最低限のノルマだと思って。俺もこれから『等価交換』の支払いをしてくるよ・・・」

 

トホホと言わんばかりの表情で博士の部屋へ消えていくクライドの背中を見送った二人は、とにかく自警団として最初の任務(だと勘違いしている作業)にあたった。

一方その頃、市内の魔法道具店では。

 

「お陰さまで無事に自警団員になることができました。その節は誠にありがとうございました」

 

店主であるウィリアム氏に深々と頭を下げるフェリス。

いえいえ滅相も無い、と返すそのやりとりに割って入ったのはレオだった。

 

「ウィリアムさん、これとこれ、あとこれもください! 先輩たちのお使いなんです!」

 

両手に抱えた包みには別の店で買ったと思われる品物もたくさん入っている。

一体どれほどの『お使い』を頼まれたのだろうか。

時を同じくしてここは町外れのエレジア農園。

楽しげな笛の音が風に乗って聴こえてくる。

 

「おやさいさんを見とると、故郷のお姉さんを思い出すねぇ」

 

農作業を手伝いながらタケルがにこやかな表情で言う。

 

「タケル兄ちゃん、年上の女の人にはすぐそれ言うよね~」

 

テヌの言葉に照れ笑いをするタケル。

そんな微笑ましい光景に、おやさいがぽつりと返す。

 

「製造経年・・・あ、年齢で言えば、ワタシの方がお二人よりも年下デスけどネ」

 

とにもかくにも、こうしてティラル自警団に、7名の新たなメンバーが加わった。

これから起こるであろう大小様々な事件や騒動にも、深く関わっていくのである。