【00】怪盗チャイ ~哀しみの行方~【新生キスビット】

無機質な機械類に囲まれた部屋。

壁面がほぼ見えないほど、何かの装置や図面などが所狭しと置かれている。

天井が全体的に発光しているため暗いということは無いが、このような発光体を他で見かけることはない。

一体どのようなテクノロジーが使用されているのか不明である。

ここは地下数百メートルに位置する研究室で、公的なものではなく、私的で個人的な施設だ。

 

キスビット国の南西部に位置する都市、ラッシュ ア キキ。

世界的に見ても、科学技術において後進国であるキスビットの中では最も科学、化学、工業などの技術が進んでいる都市だ。

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ここは人口のほぼすべてをアスラーンが占めている。

種族的に『警戒心が強い』『夜行性』という特徴があるアスラーン。

もちろん他種族との交流が多い今の時代、その種族的特徴を前面に押し出せば関係性が悪くなり、双方にとって良くない状況となってしまう。

例えばアスラーンが経営する商店は、入店時に合言葉を言わねばならない場合がある。

暗証番号が必要なケースも多い。

しかしそれでは客は入りづらく、商売としては成り立たない。

また夜行性であるため、就ける職業の選択肢が少なかったりもする。

大概のアスラーンは『我慢しながら共存する』道を選んでいるのが現状だ。

しかしそれでは種族としての特徴を押し殺しながら生きることになってしまう。

そこで、アスラーン同士が集まって町を形成することで、種族的な特徴を抑えなくとも周囲が理解してくれる環境を作ろうというコンセプトで発展してきたのが、このラッシュ ア キキという都市なのだ。

もちろん他の種族も暮らしてはいるが、彼らはアスラーンのことを理解し、そしてここのルールに従って暮らしている。

 

だが、どんなコミュニティ、どんな社会の中にも『はみ出し者』というのは存在する。

この地下研究所の所有者も、その例に漏れない異端者であった。

いや、そうされてしまった、と言うべきか。

 

「キィキキキキキキ・・・ついに完成だ・・・」

 

彼の名はバミ。

いつから着替えていないのか分からないが、かなり薄汚れた白衣に身を包んでいる。

バミはラッシュ ア キキで有名な工学博士だ。

業界を『新型アルファの開発および製造』に絞れば、世界的にも名の知れた天才だった。

あの技術後進国のキスビットでなぜ彼の様な天才が、と言われ続け、他国からの引き抜きもあったようだ。

また、バミの名は知らなくとも、彼が開発した製品については既知というケースも少なくない。

外見だけでは人間と見分けがつかない『realリアル』シリーズも、実は彼が生みの親だ。

もちろん、会話やスキンシップによってアルファであることは判明してしまうが。

『real』はカルマポリスのギャングから受注した仕事が開発の発端だった。

元々貞操観念の強いカルマポリスの妖怪相手にも、どうにか性風俗産業を広げられないかという悪魔のような発想から、アルファに見えないアルファという需要を創出した。

人間や妖怪ではなく、相手がアルファであるという事実はそれだけで性風俗遊興への敷居を低くした。

簡単に言えば、相手が機械であるという事実により、罪悪感や背徳感を軽減したということだ。

ただし、その発想だけで世界的に広まるほど、風俗業界は生易しい世界では無い。

『real』の性能があってこそ、認められたのだ。

かの嫌アルファで有名なルウリィド国においても、色街に導入済みという実績がそれを証明している。

当初、動作確認はルウリィド国の色街の猛者たちが実地式で試験を行った。

経験豊富な精霊達が口をそろえ「生身と何ら変わらない名器揃い!」と太鼓判を押したボディの肉感や、行為に対する人間的な反応と態度。

また『壊しても直せる』という部分も一部のマニアには受けたようだ。

もちろん、修理費は莫大なのだが。

さらに大国ドレスタニアでも、ガーナ元国王が認知し、産業として成り立っている。

もちろんガーナ元国王が事の詳細を把握した上で認可を下した訳では無く、多忙を極める激務の中にそっと承認案件を紛れ込ませた、カルマポリスのギャングの手腕が大きい。

元国王は元メイド長の外交官からその迂闊さを随分と叱責されたようだが、風俗業界の整備は性犯罪率の低下に繋がるという論法でどうにかなだめたらしい。

こんな紆余曲折を経て現在、アルファ風俗の現場で主力とされている『sexaroidセクサロイドA~GtypeAからGタイプ』は『real』シリーズの後継機である。

・Atype・・・『少女型』

・Btype・・・『女性型』

・Ctype・・・『熟女型』

・Dtype・・・『少年型』

・Etype・・・『青年型』

・Ftype・・・『壮年型』

・Gtype・・・『人外型』※各部位の換装で16種可変式

ただ、バミのアルファが活躍する場は風俗産業のような、いわゆるアングラな業界だけではない。

酷所環境作業用として、標高の高い山地や深海、火災の現場などで最大限の効果を発揮するタイプのアルファも次々と開発していた。

国家レベルでその技術が評価されていたこともある。

最も有名な例では、農業特化型アルファ『Code:0831』を、コードティラル神聖王国との親善のため派遣した実績もあるほどだ。

しかしその偉業の全ては、過去のものである。

10年前、開発中のマシンの暴走により、バミ博士は命を落とした。

 

と、報じられた。

 

「この私を陥れた代償は高くつくぞ・・・キィキキキ・・・」

 

耳障りな笑い声を発しつつ、バミは装置に配されているパネルを操作する。

いくつかの機械音が鳴り、部屋の中央に設置されていたドーム状の設備が発光し始めた。

 

「起きろ、起きるんだ、ザッカス!」

 

バミの声に反応するようにドーム状の蓋が持ち上がり、そしてその中から人型のアルファが姿を現した。

 

「お呼びでございますか、バミ様」

 

 ザッカスと呼ばれたそのアルファは、うやうやしく頭を下げ床に片膝をついた。

筋肉質な男性のような体躯をしているが、その顔は非常に中性的であり、首から上だけ見れば女性と言われても納得してしまう。

身体的特徴は人間のそれであり、外見だけではアルファだとは分からない。

 

「キィキキ・・・私の頭脳にお前の能力が加われば、奴らへの報復など容易いことだ。ただでは殺さん・・・その為の機能を、お前にはいくつも搭載しているのだ、ザッカス」

 

「御意。あの、バミ様・・・衣服を着用しても、よろしいでしょうか?」

 

「なんだ?まさか『恥ずかしい』などとは言わんよなぁ?」

 

「・・・いえ、すぐに動くのであれば必要かと思いまして」

 

「キィキキキキ・・・そうかそうか。殊勝なことだ。お前専用に特殊な服を用意しておいた」

 

「ありがとうございます」

 

バミは満足気に頷くと、ザッカス用に開発しておいたアルファ用のボディスーツを取り出した。