【アイラヴ】敵のつもりは無いけど塩を送ってもらう

「つまり、お前たちはドレプロを裏切ると。そういうワケだな?」

 

御徒町は唇を噛んだ。

言いたい事はある。

しかし今の状況では何を言っても言い訳になってしまう。

それならば自分の思いごと全てを飲み込んでしまう方が良いときもあるのだ。

初華には事前に「何もしゃべらず黙って謝れ」と言い含めてある。

きちんと言い付けを守っている初華は、御徒町の隣で悔しさに身を震わせていた。

 

「・・・そういうことに、なります。常務、申し訳ありません」

 

恩義を感じていないわけでは無い。

いや、むしろ今まで随分と世話になった。

しかしそれを仇で返すことになる。

だが会社の方針である『初華を4人組でデビューさせる』ということに同意できない以上、この選択肢以外には無い。

とは言え、御徒町がやろうとしていることは、現在の勤め先から商品を掻っ攫って競合他社へ駆け込むという行為に他ならない。

 

「お前のことだ、もう引き止めても無駄なんだろう?」

 

「・・・はい」

 

「しかし、まさかお前がアイドルと駆け落ちとはね」

 

「ッ!? そ、それは違います!俺は、俺と初華はそんな関係じゃ・・・」

 

慌てて否定しようとした御徒町だが、鋭い視線に射すくめられて次の言葉を紡げなかった。

 

「生真面目なお前の狭い発想では夢にも思わないだろうから教えといてやる。ドレプロから同時にプロデューサーとアイドルが離籍して、別のプロダクションからデビューしてみろ。世間様は嫌でもそういう目でお前たちを見るぞ」

 

鈍器で頭を殴打されたような衝撃が、御徒町を襲った。

確かに言う通りだ。

状況的に、自分たちがいくら潔白を叫ぼうが聞く耳を持つ者は居ないだろう。

世間は美談を好むが、それ以上にゴシップを好む。

これは初華にとって、アイドルとしては致命的な障害になる。

 

「しかし、それでもお前たちはここを出て行く。そうでないと無理やり4人組として活動させられてしまうからな」

 

この期に及んで逡巡することになるとは、御徒町自身、思ってもいなかった。

決心はついたと思っていた。

しかし、初華のイメージが・・・。

デビュー前から『駆け落ち』などという情報が流れれば、アイドルとしては悪影響でしか無いだろう。

 

「それやったらそれでも、ええんちゃうかな・・・?」

 

今まで黙っていた初華がぽつりと言った。

 

「な、何を言ってるんだ!良いわけ無いだろう!」

 

「待て。聞こうか」

 

慌てる御徒町を制し、初華に考えを述べさせる常務。

すでに表情は険しいものではなくなっているが、二人はそれに気付かない。

 

「常務さんが言われるコト、ウチにも分かります。せやけど、それはそれでウチの名前を売るには逆にスタートダッシュになるんちゃうかなって」

 

「初華、恋人がいるかもしれない疑惑のあるアイドルなんて、マイナスにはなってもプラスなんて絶対に無いぞ!?」

 

「それは普通のアイドルやろ?どうせウチらはもう舗装された道からは外れてしもてるんやから、デコボコ道を活かした走り方せな!」

 

「どうやって活かすつもりなんだ?」

 

「そ、それはこれから考えるとして・・・」

 

「計画性が無いにもほどがあるぞ!だいたい初華は・・・」

 

「ストーップ」

 

決して大声では無いが、しかし凄味のある制止が入った。

 

美作みまさか初華ういか・・・惜しいな。しかしこれも、あの老害たちに今だ物申せん自分自身の不甲斐無さが招いたことか・・・」

 

「常務さん?」

 

「まぁ、お前たちのことはウチのやつらを叱咤するために精々使わせてもらうさ」

 

常務は自分の言いたい事だけを言うと、次のスケジュールを理由に御徒町と初華を部屋から追い出した。

もっと盛大なお怒りに触れると思っていた御徒町にとっては意外なほど、すんなりと解放された。

何か釈然としない感じは残るものの、これで晴れて退職の運びとなる。

 

「さぁ、俺は事務所の荷物を整理してくるから、初華も今日は帰って部屋を片付けなきゃな。いつまでもあのマンションには居られないぞ」

 

ドレプロを離れる以上、会社が用意してくれていたマンションに住むことはできない。

大手のプロダクションとの決別は、多方面での不便を覚悟せねばならないのだ。

 

「ああぁ!せやった!ウチ、これからドコに住めばええんやろか・・・」

 

つい、気軽なノリで喉まで出かかった言葉を、御徒町は飲み込んだ。

 

(俺の家で良ければ・・・)

 

ダメに決まっている。

いや、初華がどう思うかではなく、世間一般として。

アイドルとして。

さっき常務から言われたばかりだ。

そうでなくても世間はそういう目で自分たち見るというのに、それがひとつ屋根の下に暮らしているなんてことになれば火の無いところに煙を立てるようなものである。

 

「なぁ、相談なんやけど。しばらくおかちさんちに・・・」

 

「ダメに決まってるだろッ!!!!」

 

「そ、そないに怒鳴らんでもええやんか!」

 

ふくれっ面の初華をフロアに残し、御徒町は自分のデスクに向かった。

外回りばかりでほとんど使っていないとは言え、そこそこ荷物は溜まるものだ。

段ボール箱も手配しなければ。

と、机の上に、首から下げるパスケースが置いてあるのを見付けた。

各種レッスンスタジオの年間パスだった。

メモが添えてある。

 

1年分先払いしてあるのを忘れていた。

捨てるのも勿体無いので使うと良い。

ウチの子たちの引き立て役ぐらいは

務まるように成長してくれよ。

 

「常務・・・」

 

御徒町は常務の部屋に向かって、深くお辞儀をした。

 

 

 

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初華は御徒町を何だと思っているのか。