「ウチは正直な、なんでレンが勝ったんか分かれへん」
初華はぽつりと言った。
もちろんレンのステージは素晴らしかったし、感動に震えて哀しみに暮れた。
あんなに心を動かされるステージは初めてだった。
しかし。
「あの演出、こっちに求めるモンが大き過ぎるねん」
自分の考えを御徒町に伝えるため、慎重に言葉を選びながら話す初華。
初華自身も、今の心情をどうやって口にすべきか迷っているのだ。
それが分かっているから御徒町も急かすようなことはせず、黙って聞いている。
「お腹すいてフラッと入った店が思ってたより高級で、なんやえらい気取ったコース料理が出て来てしもたー、みたいな・・・。いやいや、そんなんちゃうねん」
「えらいこと立派な絵ぇを見せられて、すごいっちゅーことは分かるんやけど何とも評価しきれへん、みたいな・・・。あかん、これもちゃうな・・・」
上手い表現が見つからずに悩みながら、初華は頭をガシガシと掻いた。
何となく初華の言いたい事が分かった御徒町が助け船を出す。
「つまり『自分のレベルがもっと上なら、あのステージをもっと楽しめた』ってことが言いたいのかな?」
「それやッ!おかちさん天ッ才やな!」
初華が言いたかったこと。
それは、レンのステージにある『奥行きの深さ』だった。
高級料理の魅力は、味の違いが分かる人間でないとその真価は測れない。
要するにあの演出には『観る人を選ぶ要素』が混じっていたと、初華には思えた。
「その逆にな、ひじきのステージは、あの場の全員が『欲しがって』たんや。どんなに美味しい料理でも、砂漠で死にかけてるときの水には勝てへんやろ?」
「なるほどな」
御徒町も、ほぼ同じような感想を抱いていた。
そして勝敗についての疑問も、初華と同じものを抱いている。
決して悪い意味では無く、あの場にいたファンのうち、一体どれだけの人間がレンのステージの完成度、芸術性、崇高さ、神秘的な要素を理解できただろうか。
恐らく同じ天帝同士でないと感じられないような、そんな要素も在ったのではないだろうか。
あのステージを観ていたファン1,000人のうち、大多数である726人がそこまでの高みに達していた?
とてもそうとは思えない。
「まぁ、しかし結果は結果だ。ファン投票に不正があったならともかく、そんな小細工ができるほどドレプロのステージ警備は甘くない。受け入れなければいけない現実なんだろうな」
「釈然とせぇへんけどな。ほんで、ウチの答えはどうなん?おかちさん的には」
御徒町がなぜ自分にあのステージの感想を求めたのか、それは初華も分かっているつもりだった。
どこを観て何を感じたか、そしてどのように思ったのか。
それは人が成長する上で不可欠な要素となる。
例えば全く同じ場所で同じ時間を過ごし、同じ経験をした二人の成長を分ける要素があるとすれば、それは「その経験から何を学ぶか」という内部的な差である。
御徒町は初華があのステージで何を掴んだのかを計ろうとしたのだ。
「まだ言いたい事を隠してるうちは、採点なんてできないな」
自分の回答に評価を貰おうと問い掛けた初華に、御徒町は鋭く返した。
「おかちさん、察しが良すぎて怖いわぁ~」
「褒め言葉だと思っておくよ」
初華はあのステージを観て、体感して、思ったことがあった。
自分の中にモヤモヤと霞のように存在していたものが、少しだけその輪郭を浮き上がらせてきたのだ。
アイドルになるという自分の選択は、タオナンを敵視してのことだった。
しかし、本当にそんな理由だけでここまで走れたのだろうか?
その理由だけでこれからも走っていけるのだろうか?
何かもっと別の、目的や目標、夢が、自分の中には在るんじゃないだろうか。
「んでも今はまだ、自分でもハッキリせぇへんのやわ」
「分かった。じゃあいつかまた、話してくれ」
気が付けばゆっくりと空が白み始めていた。
一晩中、この駐車場に居たことになる。
と、御徒町が素っ頓狂な声を上げた。
「うわ!駐車料金が!こんな領収書、受け取ってくれるかな・・・」
「・・・サラリーマンは大変やねぇ」
さすがに1ヶ月も描いてなかったら忘れてしまう・・・こんな顔だったかなぁ。