【アイラヴ】地獄の沙汰まで金次第なワケない

「お父ちゃんがな、商売人やってん」

 

御徒町は、まるで独白のようなウィーカの言葉に耳を傾けた。

車の速度を落とし、意図的にゆっくり走る。

 

「ウチな、履歴書には『経済特区出身』て書いてたやろ?ホンマはちゃうねん」

 

御徒町は少なからず驚いた。

ウィーカには苗字が無い。

これはこの国の経済特区にある、特殊な文化だった。

その昔、一握りの大富豪たちは自分一代でその財を築いたことを示す為、家系や家柄というものに縛られない生き方を選んだ。

そのため現在でも経済特区内に限り、希望者については苗字を持たないという選択ができるのだ。

 

「お父ちゃんがな、家業拡大やゆーてキバらはってな、子供んときに特区に移住したんや」

 

「じゃあ、その・・・名前は?」

 

「ウチ、ホンマは『初華ういか』ゆーねん。美作みまさか初華ういか。でもお父ちゃん、郷に入りては郷に従えやぁゆうて、苗字も捨てて、名前も周りに合わせてなぁ」

 

履歴書に書かれていた経歴からはずいぶん育ちが良いような印象を受けていたが、しかしお世辞にもきれいな言葉使いとも言えないウィーカのキャラクターが、ようやく腑に落ちた御徒町

 

「引っ越ししてすぐん頃は、よぉ笑ろてはったわ」

 

どこか優しい感じと、そして懐かしむような口調で話すウィーカ。

よほど父親のことが好きだったのだろう。

しかし、声のトーンが急に低くなった。

 

「でも、お父ちゃん、死んでしもた・・・」

 

 

 

美作家が特区へ引っ越したのは、初華が6歳の頃だった。

父親は、家業である金属部品卸業の事業拡大のため、田舎にある会社を弟に任せ、加工されたばかりの金属部品を直接買い付けできる特区進出を選んだ。

当初は単身での移住を決意していたが、母親がそれを諌めた。

仕事にばかり熱心な夫が、自分の健康面を気にしないことを良く分かっていたからだ。

ついて行かねば、きっと主人は不摂生を絵に描いたような生活を送るだろう。

幸いにも初華はまだ小さいし、きっと特区でも友達を作ってうまくやれる。

家族みんなで夫の仕事を支え、幸福な家庭を。

そう、思っていた。

 

『ま、待ってください!どういうことです!?今更売れんって・・・』

 

特区に来て間も無く、父親の仕事は暗礁に乗り上げた。

主力商品である車輛部品の仕入れが全くできなくなってしまったのだ。

すでに商談がまとまり、受注している件もあった。

どうにか売ってもらえないかと、業者を当たる日々が続く。

しかし、特区内の業者は口をそろえて、こう言うのだ。

 

「こちらも物があれば売りたいが、在庫が無いんだよ。買い占めに遭ってね」

 

結局、受注をすべて断ることになり、業界での信用は地に落ちてしまった。

その後、八方手を尽くして事業の再生に尽力したが、しかし一度失った信用が一朝一夕で取り戻せるほど、商売の世界は甘くない。

負債だけが残った状態で、事業をたたまざるを得なくなってしまった。

このとき、なぜ特区を出て元の田舎へ帰らなかったのかは分からない。

大見栄を切って出て行った手前、帰るに帰れなかったのかもしれない。

父親は食いぶちを稼ぐために日雇労働職に就き、生活を支えるために母親も働きに出た。

あんなに活力に満ちていた明るい父親は、ひどくやつれ気性が荒くなっていった。

いつでも優しく堅実だった母親は、口数が減り人相が悪くなった。

やがて、急に母親が居なくなった。

しばらくして父親が床に伏せた。

そして、初華は近所の施設に預けられることになった。

 

 

 

経済特区やゆうても、結局ぎょーさん金持っとるんは一部のモンだけや。貧富の差は外よりも特区内の方がおっきいで。そんでな、お父ちゃんが死んでから分かったんやけど、あんとき部品を買い占めよったんが、あのタオナンの親の会社やったっちゅうわけや」

 

思いもよらない経歴に、何と言葉を掛けて良いか分からない御徒町

 

「でもそれだけやないねん。施設に預けられてからも、ウチが近所の子らと遊んでたらな、あいつが出てきよんねん」

 

当時のタオナンは父親の方針により、屋敷から出ることを禁止されていた。

しかし好奇心旺盛で活発なタオナンを閉じ込めておくことはできず、たびたび脱走劇が繰り広げられることとなった。

そのたびに父親は大勢の私設警備を捜索隊として使い、タオナンの連れ戻しを命じた。

それには厳命として、「絶対に荒事にするな」という条件が加えられていた。

すると捜索隊はおのずと「金の力」でタオナンを発見、連れ戻すことになる。

目撃情報を金で買い、タオナンと一緒に居る者に金を掴ませて立ち去らせた。

こんなことが続くと、街では噂が立つようになる。

 

「あの娘は金のる木だ」

 

捜索隊にタオナンが捕まるその時、一緒にその場に居れば、かならず「お小遣い」が貰えるのだから。

大人たちがこんなことを話していれば、それは当然のように子供たちにも広がる。

しかし、施設暮らしの初華がこの情報を得ることは無かった。

 

「ウチが友達と遊んでるやろ?そんでもタオナンを見掛けたら、みんなタオナンの方に行くんや。どんだけ楽しく遊んでても。そんでな、ウチ、聞いたんよ。なんでみんなあの子のとこ行くんって。ほしたらな、一人の子が『お金がもらえるから』ゆーてな」

 

話だけ聞けばなんとも酷い状況だ。

金にモノを言わせて市場を独占し、果ては友達まで奪われたという風に聞こえる。

しかし御徒町には、シャワー室の前で会ったあの少女がそんなことをするような人間には思えなかった。

人は見掛けによらないということなのだろうか。

 

「そんで極め付けにな、ウチの住んでた施設、潰されてもーたんや。タオナンちの敷地を広げるんやゆうて、な。そんでウチ、特区を飛び出してここに来たんよ」

 

「そうだったのか・・・」

 

「色んなバイトして暮らしたわ。そん中で、ドレプロのアイドルオーディションの係員やったときにな、偶然タオナンが審査を受けよったんや」

 

「なるほど。それで・・・」

 

「どうせ金の力でどないにでも受かるやろし、デビューもするんやろけどな」

 

「ドレプロはそんなに甘いところじゃないよ?」

 

「そうであって欲しいけど・・・。それからな・・・」

 

話の途中で、車が歌唱レッスンのスタジオに到着した。

ウィーカは両手でぴしゃりと自分の頬を打つ。

気分を切り替えるときの癖らしい。

 

「よっし!ほな行こか!歌も上手うまなってあいつに勝たなあかんからな!」

 

 

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描けば描くほど男の子に・・・。