ドサッ。
「ゼェ・・・ゼェ・・・」
全身を汗でびっしょり濡らしたウィーカは、ダンススタジオのフロアに倒れ込んだ。
身体全体で呼吸をするように、大きく胸を上下させながら酸素を取り込む。
「まぁ、だらしないわねぇ」
筋肉質で屈強な体躯のレッスンプロが、大の字になっているウィーカを見降ろして言う。
派手な色のセクシーなレオタードを着てはいるが、正真正銘の男性だ。
「でもまぁ、鬼の私にここまでついてこれたのは、認めてあげるけどね」
頭部の角にかかる髪の毛をサッと撫で、視線を周囲に向ける。
フロアの壁際には、青い顔をして膝を抱える少年少女が数名、死んだ魚の目をして鎮座していた。
レッスンが始まってから2時間、休み無しでブッ通し踊っていたのだ。
一人、また一人と倒れ、脱落していく中、ウィーカだけが最後まで踊り切った。
「ゼェ・・・根性・・・やったら・・・ゼェ・・・負けへん・・・でぇ・・・」
「リズム感もしなやかさもゼロだけど、負けん気だけは及第点ね。嫌いじゃないわ」
激しく勢いのあるウィンクを向けられたウィーカ。
褒められた気がまるでしないが、評価が低いということも無さそうだ。
ヨロヨロと起き上がると、膝が笑っている。
足が震え、よろめいてしまった。
「おっと。気をつけなさいね、ぼうや。食べちゃうわよ?」
ムキムキでムチムチのレオタードおじさんに支えられ、辛うじて立っているウィーカだったが、どうにも聞き捨てならなかった。
「誰が坊ややねん!どっからどぉ見ても完っ璧な美少女やんけっ!」
その瞬間、ウィーカは手を放され倒れてしまった。
「なぁーんだ。オトコノコじゃなかったのね。あんまりにも貧相だから間違えちゃったわ。さぁ!今日のレッスンは終わりよ!次の組が来ちゃうから早く帰った帰った!」
追い立てられるようにしてスタジオから出された少年少女たち。
ウィーカとて例外では無い。
生徒が誰も居なくなったスタジオから、ぼそりと声がする。
「ただの人間の女の子が根性だけで2時間踊り切るなんて、次が楽しみだわ」
とぼとぼと御徒町の待つ車へ向かい、ウィーカは後部座席に乗り込んだ。
「ごめん、ウチ今めっちゃ汗臭いねん。どっかでシャワー浴びたいわ」
「そうだね。じゃあ一旦事務所に戻ろうか」
次は発声練習なのだが、幸いにも練習場は事務所の近くだった。
ドレプロ自体にも稽古場は複数所有しているが、それは本物のプロと、正規の研究生用だ。
研究生(補欠)という身分のウィーカは外部の練習場所を転々とすることになる。
その練習場所の確保、スケジュール管理など、マネージャーのようなことをするのも、今はプロデューサー(見習い)の仕事なのだ。
「はい、これ」
御徒町は助手席に置いてあるカバンから、携行用の簡易食品を取り出した。
味はともかく、プロテインやビタミン、ミネラルなどが効率よく摂取できる。
激しい運動の後だからこそ、カロリー摂取も必要だった。
「おえ。あかん、今は食べられへん・・・」
「じゃあせめて、こっち」
次に取り出したのはゼリー状の栄養補給食品だった。
ご丁寧によく冷えている。
「おかちさん、気ぃ利くなぁ」
「これでも敏腕プロデューサーを目指しているからね。この時間だと事務所まで20分くらいはかかるから、それ飲んだらちょっと寝・・・」
ルームミラー越しに、すでに寝息をたてているウィーカが見えた。
思わず苦笑する御徒町。
そして、静かに呟く。
「俺が、必ず君をアイドルにしてあげるから」
「ッうわ!寝てもーたあぁぁぁーッぁ痛ああぁーッッ!!」
目が覚めたウィーカ。
横になっているつもりで上半身を起こす動きは、車の後部座席に座っていたために勢い良くお辞儀することになり、助手席のシートに頭突きをする結果となった。
「ははは。騒がしいお目覚めだね」
「おかちさん!ウチ、どんだけ寝てた!?間に合う!?」
「大丈夫、今ちょうど事務所の駐車場に着いたところだよ」
「はあぁ~・・・良かった・・・」
心の底から安堵のため息をつくウィーカ。
そして頭をブンブンと振り、両手でぴしゃりと頬を叩いた。
「よっし!んじゃ10分で帰ってくるから!」
そう言い放つと勢い良くドアを開け、弾丸のように駆け出した。
ついさっきまでヘトヘトに疲れていたとは思えないほど元気だった。
「ちょっと!ウィーカッ!タオル!!タオルと・・・着替え・・・」
御徒町は頭を掻きながら車を降りた。
ウィーカの着替えはしっかりトランクに積んである。
しかし、まさか自分が女子のシャワー室に届ける訳にはいかない。
「さて・・・どうしたものか・・・」
あの様子では途中で気付いて戻ってくるとは考えにくい。
やはりシャワー室の近くまで着替えを持っていき、近くに居る女性の誰かに依頼するのが最も妥当な手段だろう。
トランクからでウィーカのデイバッグを取り出し、御徒町は事務所内へ向かった。
おっとっと・・・。