【アイラヴ】火の無いところにも煙は立つ

「オイお前!なんでいっつもいっつもウチの邪魔ばっかすんのや!!」

 

長い髪を頭の後ろでおだんごにした少女が、路地裏で怒鳴っている。

おだんごから垂れた、まとめきれない黒髪の束を揺らしながら地団駄じだんだを踏む。

 

「えっ・・・アタシは邪魔なんて・・・」

 

怒りの矛先は、同じくらいの年齢の少女だった。

栗毛のポニーテールには、とても高価そうな髪飾りが付いている。

怒鳴られている少女の背後には、数人の男の子が居た。

 

「ウィーカの怒りんぼ!俺らはタオちゃんと遊ぶからな!」

 

「そーだそーだ!行こうぜタオちゃん」

 

男の子たちはポニーテールの女の子の手を引いて去ろうとする。

 

「待たんかいワレ!逃げるんか!オイ!」

 

ウィーカと呼ばれた女の子が声を張り上げても、しかし男の子たちの心は変わらない。

彼らは路地を曲がり、取り残されてしまったウィーカ。

 

「くそっ・・・金の力で何でもかんでも思い通りになる思ぉとったら大間違いやで・・・いつか絶対見返したるからなッ!!」

 

 

 

ダンスレッスンのためのスタジオに移動する車中、路地から駆け出てきた子供たちを見てつい、昔のことを思い出したウィーカ。

今はドレプロのアイドル研究生(補欠)になっている。

 

「どうしたの?ウィーカ」

 

運転手がルームミラー越しに視線を送る。

彼はドレプロのアイドルプロデューサー(見習い)で、御徒町おかちまちという。

 

「・・・なーんも」

 

気の抜けた返事を聞いた御徒町は苦笑しつつ、ハンドルを切る。

スタジオまであと数分はかかる。

 

「ウィーカのデビューまで、あと6ヶ月だろ?しっかりしろよ」

 

そんな確約は、無い。

しかし御徒町は信じていた。

この娘なら必ず、アイドルとしてやっていけると。

 

 

 

ドレプロには他のプロダクションには無い、面白い制度がある。

それは「プロデューサーとしての見習い期間、アイドルを一人育ててみる」ことができるのだ。

来期から正規のプロデューサーとして活躍できる見込みのある若手に、オーディションで落選した者の中から一人だけ選ぶ権利を与える。

そのペアで半年間、実際のデビューを目指して活動させるのだ。

これは、経験の浅い新人Pがその実力不足により、担当したプロアイドルの足を引っ張らないようにするための実践型授業とも言えた。

企業としては「対象を落選者の中から選んでいる」ということで、実際にデビューまで漕ぎ着けなくても構わない。

経験豊富な大物アイドルが新人Pのせいでステージの質を落とす方が問題なのだ。

しかしこの方法、実は意外と面白い前例が出ていた。

研究生(補欠)もプロデューサー(見習い)も、どちらも必死で努力する。

研究生(補欠)は「もう後が無い!」、プロデューサー(見習い)は「実力を示して正規Pに!」というわけだ。

すると中には、正規でオーディションに合格した者よりも輝く逸材が誕生することもある。

ウィーカと御徒町は今日から初めて、二人で活動することになる。

 

「なぁ、なんで御徒町さんはウチを指名してくれたん?」

 

物憂げな視線を過ぎ去る街並みに固定したまま、ウィーカが尋ねる。

交差点を曲がるためのウィンカーがカッチッカッチッと鳴る。

 

「オーディションでの演技、かな」

 

様々な審査が行われるオーディション、そのときの演技審査で出された課題は『電話で告げられた別れ』だった。

設定はそれだけ。

台詞も何も決められていない。

大袈裟に泣き出す者、理由を問い詰める者、怒り狂う者、十人十色の名シーンが次々と生まれていた。

そんな中。

 

「ああン?何やて?もう一回ゆーてくれや。はァ?聞こえへん。なんや声も小さぁーて女々しい男やのォ!あかん、もう破局や!やってられへん!ウチら仕舞いやな!ウジウジした男は嫌いやねん!ほなサイナラ!」

 

キツイ口調で一方的にまくしたて、電話を切ったウィーカ。

このとき御徒町は、ウィーカの瞳に涙が浮かんでいるのを見た。

 

「あの演技を見たときに、この子だって思ったんだよ。どの子も演技は上手だった。でも、ウィーカほど『相手のことを想って無かった』からね」

 

「・・・」

 

「別れを切り出す方が辛いこともある。それを考えて、敢えて強引に自分から別れる方法を取るなんて、よっぽどリアルに場面を想像してなきゃできないよ」

 

「・・・そんな大層なモンやあらへんよ・・・」

 

「まぁ、歌とダンスはひどかったけどね(笑)それに一芸披露でまさか・・・」

 

「うっさい!運転に集中せんかいアホ!」

 

笑いを噛み殺す御徒町

ウィーカの顔が赤いのは、褒められて照れているのか、それともけなされて怒っているのか、はたまたオーディションを思い出して恥ずかしがっているのか。

 

「じゃあ俺からも質問。ウィーカは何でアイドルになりたいの?」

 

もちろん、オーディションの自己紹介で志望動機は聞いている。

応募書類にも当たり障りの無い理由が綴られていた。

しかし、どうにもそれだけが原動力とは思えない、何か執念のようなものを感じるのだ。

 

「絶対負けたない奴がおってん」

 

「アイドルに?」

 

「今はまだ研究生やけど、あいつはきっとデビューする。せやからウチも同じステージに立って勝負するんや。んで真正面から負かしたる」

 

「そうか・・・。力になれるよう、俺も頑張るよ」

 

御徒町はそれが誰なのか尋ねなかった。 

車が速度を緩める。

スタジオが見えてきた。

滑るように駐車場へ入り、静かに停車する。

 

「なぁ、御徒町おかちまちて長ぉてややこしから、“おかちさん”でもええ?」

 

「もちろん、構わないよ。むしろ“さん”付けしてくれることが意外だよ」

 

御徒町がシートベルトを外しながら振り返り、ウィーカに微笑む。

 

「ウチかて最低限の礼儀くらいわきまえてるわ」

 

ぷいと横を向くウィーカ。

やれやれといった様子で車から降りる御徒町

自分もシートベルトを外しながら、ウィーカは呟いた。

 

「・・・見とれよタオナン・・・負けへんからな・・・」

 

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