ふかっ・・・ふかっ・・・
本当はドカドカと床を踏み鳴らして歩きたいのだが、敷き詰められた絨毯の毛足が長く、緩衝機能が優れているため、無音になる。
トッ・・・すーっ・・・
本当はバンッと大きな音を立てて乱暴に扉を開けたかったのだが、重厚な造りの扉はゆっくりとしか動かない。
「ちょっとお父様ッ!!これは一体どういうことなのッ!?」
すごい剣幕で父親の書斎に乗り込んできたタオナン。
その手には何やら紙が握られている。
「部屋に入るときはノックをしr・・・」
「話しを逸らさないでッッ!!」
タオナンは本気で怒っていた。
今までも、父親に対して不満をぶつけることはあった。
しかし今回ほど感情が爆発したのは初めてのことだ。
鬱積していた、自分でも未消化の感情に怒りの炎が引火したようだ。
怒りの勢いをそのままに、タオナンは右手の紙を父親に突き付ける。
「これ!どういうことなのか説明してッ!」
それは、ポスターだった。
ヤボ用で帰省した自宅でこれを見付け、取りも直さずこの書斎に直行した。
【打倒ドレプロ!】
『目指せアイドル!天帝セブンがナンボのモンじゃ!』
~キミもアイドルになれる!~
レッスンからデビューまで当社が全面的にバックアップ。
誰でも才能の原石です。当社にはその原石を磨くノウハウがあります。
ドレプロのオーディションで辛酸を舐めさせられた皆さん、是非とも当社からデビューを果たし、業界であぐらをかいている彼らを見返してやりましょう!
こんなことが書いてある。
「それが、どうかしたか?」
努めて冷静に、静かに返す父親に、タオナンの怒りは一層強くなる。
「どうかしたか、ですって!?なんでアタシに喧嘩売るようなことするの!?ただでさえ烈火のステージを見せつけられて凹んでるってのに、お父様まで敵になるなんて!」
「私はお前の味方だよ。敵はドレプロだ」
「同じことじゃない!今すぐ撤回して!」
「これは、お前の為なんだぞ」
「え・・・?」
「聞けば、今のお前はアイドルではなく研究生とかいう中途半端な身分らしいじゃないか。タオナン、お前ほど才能がある者を活かせないプロダクションに、未来があると思うか?お前のデビューも人気も、すべて私が保証してやる。お前は、うちのプロダクションでトップアイドルになれば良いんだ。そのために我が社はこれから急ピッチでプロダクション企業を設立し、業界に殴り込みをかける。そのための資金と人材がようやく揃ったところだ。そろそろプロモーションも開始しようと準備したのが、その貼り紙というわけなのだが」
絶句するタオナン。
葛藤し、逡巡し、思案する。
頭の中をめぐるのはセレアの言葉、烈火のステージ。
そして紫電とひとこの顔。
「お父様、よく聞いてください」
先ほどまでの怒りに任せた怒鳴り声ではない。
静かに、父親に向かって話す。
「アタシが成りたいのは、お父様に守られた形式だけのアイドルじゃないわ」
父親は内心、驚いた。
今、タオナンとは目と目が合っている。
しかし娘の眼差しは自分を通り越し、どこか、遥か遠くを見ているように思えた。
「自分の力でトップの座を獲得しなきゃ、意味が無いの。アタシの努力、アタシの魅力、アタシの全部でファンを獲得しなきゃ、アイツには勝てない・・・。勝ったことにならない」
しばしの間があり、タオナンより先に視線を外してしまった父親。
深いため息をつく。
そして、ポスターを裂きながら、言った。
「お前の覚悟は分かった。だが、本当に私の援助無しでやっていけるのか?芸能の道は厳しく険しいと聞く」
「望むところだわ」
「もう、何も言うまい。この件は無かったことにしよう」
「ありがとう、お父様。じゃあ、失礼します」
用は済んだとばかりにくるりと背を向け、早足で退室するタオナン。
扉が閉まったことを確認すると、タオナンの父親は語り出した。
「君の言う通りだったな。まったく、いつまでも子供だと思っていたら、なかなか良い瞳をするようになったものだ。聞いての通り、私はもう何の干渉もしない。だから、せめて君は助けになってやってくれ、テイチョス」
「・・・ありがとうございます、旦那様」
机の上に置いてあるスピーカーから、抑揚の無い声で礼が述べられた。
そしてさらに別の声を放送するスピーカー。
「あぁっ!!テイチョス!こんなところに居た!もうっ探したのに!」
「すまない。用事があったので」
「ねぇテイチョス、アタシのアタシらしさって、何だと思う?」
「タオナンの・・・ふむ。ワタシの中に記録されている情報を並べてみようか」
「もったいぶらずに早く!」
「直情的、短絡的、世間知らず、怒りっぽい、表裏が・・・」
「ストップ!ストォーップッ!!・・・なに、アンチなの?」
「ワタシが記録しているタオナンらしさをアウトプットしただけだが」
「そーじゃなくって!アタシの魅力!武器!アタシは何で勝負すれ・・・」
ブツッ・・・
スピーカーの電源を切った父親。
先ほどとは打って変わって、口元が緩んでいる。
「直情的、短絡的、世間しらず、怒りっぽい・・・か。あいつに、そっくりじゃないか」
恐らく自覚はしていないのだろうが、ふふふっ声が漏れるほど笑っている。
しばし思い出に耽ったあと、また元の厳しい表情に戻った彼は、執事を呼び付けた。
「プロダクションの件は白紙に戻す。それから、ドレプロ関係者にうちの者を送り込め。どんな雑用係だろうが構わん。多ければ多いほど良い」
「かしこまりました。・・・旦那様、差し出がましいこととは思いましたが、お車の用意を早めました。今からご出発されれば奥様のところへお寄りになる余裕もございますが?」
「・・・さすがだな。出よう」
「はっ」