「へぇ~!副社長さん、アイドルやったんですか!」
初華が驚きの声をあげた。
確かに整った顔立ちをしているし、透き通るように白い肌は実年齢が読めない若々しさを醸している。
「そう。で、当時の私の熱烈なファンだったあの人と結婚して、この事務所を設立したの」
自分でも気付かないほど少しだけ、初華の胸の中に嫉妬の火がちらついた。
「まぁアイドルとは言っても、正式にデビューしてたわけじゃないけどね。事務所に所属しちゃうと会社の意向とかスポンサーのご機嫌とか、自分の意志に関係無い要素で自分の行動が制限されちゃうじゃない?それが嫌でね、自力で頑張ってたんだけど、やっぱ長くは続かなかったわ。あははは」
誰の力も借りずに自分で作詞作曲から
本人はサラッと言っているが、並みのことではない。
「で、思ったの。『こりゃ思ったよりも大変だな』って」
「そらそうですよ。やる前から気付きますよ普通」
「自分が普通じゃないって自覚と自信はあるわ」
初華が自分の言葉の失礼さに気付いてハッとなる前に、美香は胸を張って自分が普通ではないことを認めた。
「だけど、きっと私みたいな『普通じゃない子』はこれからも出てくるんだろうって思ったの。そんなとき、力になれる事務所があったらいいなって思って」
つまりここ、レッドウィング芸能プロダクションは、所属するアイドルの自主性を重視し、基本的にはやりたいようにやらせることをモットーとしていた。
スポンサーや放送局、演出家や監督などと、レッドウィングのアイドルが対立した場合、事務所はアイドル側を全力で応援するのである。
「で、でも・・・そんなことしたらお仕事が・・・」
「ええ。すっごく減っちゃうわね。でも仕方ないわよ。やりたくないことを嫌々やったって輝けないし、輝いてないアイドルが何したって、ファンの心は動かせないわ。ま、だからウチの事務所はいつも経営ギリギリなんだけどね。あはは」
笑いごとではない。
笑いごとではないのだが、しかし。
初華は確実に美香の人格に惹かれていた。
出逢って数分だが、時間は問題ではなかった。
そしてもうひとつ。
美香の笑い声の味だ。
「副社長さんの声、ウチ好きです。甘酸っぱいみかんみたいな」
初華は自分の共感覚について、美香に説明した。
人の声や物音など、耳から入る情報が味覚としても口の中に広がるということを。
「へぇ!すごいわね!とっても面白いわ!」
その後、美香はペンで机を叩いたり手拍子をしたりと、色々な音を出し、それがどんな味なのかを初華に尋ねた。
「本当に面白いわ。ねぇ、このことって、公表しないの?」
「えっと、別にしたくない訳やないんですけど、どうせ理解されんていうか・・・」
「『ファンを味わうアイドル』・・・面白そうじゃない?」
「えっ?」
「初華ちゃんの共感覚、それを武器にできないかなぁーって」
「そないなこと、考えたこともなかった・・・」
正直なところ、初華は自分がアイドルとして何をセールスポイントにすれば良いのか分からなかった。
歌唱力やダンス、演技にしても、とくに抜きん出ているものがあるわけでは無い。
もし本当にこの共感覚が役に立つのであれば、出し惜しみはしたくなかった。
「初華ちゃんも教えてくれたことだし、私も秘密を打ち明けちゃおっかな?」
そう言いながら美香は、自分の特殊な視覚について話し始めた。
「私ね、人の『理想との差』が視えるの」
美香曰く、彼女の視界では人々の輪郭が二重になって視えるのだそうだ。
色が濃い方が本体、と彼女は呼ぶ。
そして色が薄い方が、その本人の『理想の姿』なのだそうだ。
とは言ってもその薄い方も、姿かたちは本体と同じもので、将来像を映しているとかではないらしい。
問題は、どのくらい本体と重なっているか、ということらしい。
「大抵の人はね、半分くらいズレてるのよ。ひどい人は横に並んでるくらいズレてたりするけどね。この本体との距離が近ければ近いほど『自分の理想がハッキリ』してて『現状がそれに近い』か、もしくは『そうなるための道を歩いている』か、なのよ」
ちなみに、と付け加えた美香。
なんと現社長であり美香の旦那様であるあの赤羽は、輪郭がまったくブレていないのだそうだ。
あんなにキレイな輪郭を見たことが無いというほどだそうだ。
「あ、あの・・・ウチはどう視えてはるんですか・・・?」
恐る恐る尋ねる初華に、美香はしれっと言ってのけた。
「二人居るように視えてるわよ。あはははは」