【アイラヴ】あした吹く風がどんな風か今は分からない

この世界は光を欲し過ぎている。

より強く輝くため、激しい光を放つため、そしてその光を皆が享受できるように、そうやって世の中の仕組みが構築され回るようになっている。

だが光ばかり見ている連中はすっかり忘れちまったんだろう。

光が在るところには必ず影が差し、影が差せばそこに闇が生まれるってことを。

 

「クソがッ!ジャックは必ず生け捕りにしろ!この俺が直接ブチ殺すッ!」

 

あのナイフ使いの本名は、知らない。

通り名で『ジャック』と呼ばれているから、俺もそう呼ぶ。

ボスが怒り狂ってんのは、明日の取引で必要な汚薬おくすりさらわれたからだ。

正直、俺にはどうでも良いことなんだが。

 

雨哉あめやぁ、お前もさっさと行け。ジャックをとっ捕まえて来い!」

 

イカレたボスの命令でイカレたジャックを捕まえて、そんでイカレた私刑リンチショーってワケか。

何をどうしたって誰かが傷付く結果しか待っていない。

俺は、何のために生きてるんだろう。

物心ついた時から退廃地区スラムで暮らし、親代わりの犯罪者クソヤローから仕込まれた窃盗ぬすみ暴力けんかで生きてきた。

そんな生き方をしてるから、どうしてもその世界でのロウに従わないと潰される。

この世に善悪って区別があるんなら、俺はまず間違いなく悪の側の人間なんだろう。

だが俺の手の届く範囲、この世界でなら、取り立てて良くも悪くもない、いわゆる『普通』ってやつなんだけどな。

今日も自己満足の為に、俺は盗む。

腹ペコのあいつに食いモンを持ってってやるために。

きっとこれは俺が自分の存在のバランスを取るためにやる偽善なんだろう。

持ってる奴からほんのちょっぴり奪って、持ってない奴に与える。

ジャックは誰かが見付けてボスに引き渡すだろう。

あいつんトコで適当に時間を潰して、適当に帰ろう。

盗んだ金で買ったチキンを片手に、俺は地下道へ入る。

経済特区とっくに入るのは検問が面倒だ。

いつものマンホールを押し上げて地上の光を確認する。

ここだって、俺が住んでる退廃地区スラムよりほんのちょっぴりマシな程度の貧民街だ。

事業が立ち行かなくなった連中の廃屋、廃工場、廃倉庫だらけのエリア。

あいつはこのあたりを縄張にしているはずだ。

今日はごちそうだぞ。

 

「なぁ、みかりんに何したん?」

 

何て運が悪いんだろう、俺は。

まさかこんなところでジャックを見付けちまうなんて。

オマケにこの状況。

見て見ぬふりもできそうにない。

 

「黙れと、言った」

 

ジャックのナイフが少女に届く前に、どうにか俺の手は間に合ったらしい。

瞬きすら忘れ引きつった表情の少女。

 

「ぐっ・・・何だてめぇッ!!」

 

ああ、コイツは盗み専門か・・・てんで弱いな。

刃物エモノが無きゃただの腰抜けじゃないか。

・・・あれは?

 

「うわぁ!お、折れるぅ!折れちまうっ!やめてくれッ!!」

 

「なぁお前、チームの奴だろ?これを取り戻しに来たんだろ?返す、ブツは返すから・・・」

 

俺は容赦なくジャックの腕を折った。

足元に横たわるあいつを見付けたからだ。

チキンが無駄になっちまった。

逃げる糞野郎ジャックを無視したのは、目の前の少女が気になったからだ。

こんな状況にも関わらず逃げ出そうとも泣き叫ぼうともしない。

 

「・・・大丈夫かい?」

 

俺は柄にもなく精一杯優しい声を出そうと心掛けた。

 

「・・・みかりん・・・」

 

少女はくたばったあいつを見つめ、名前を呟いた。

そうか、あいつはみかりんって言うのか。

 

「そうか・・・。悪いけど、みかりんは俺が貰っていくよ?あんまり可愛いから、俺が飼うことにしたんだ。大切に、するからね」

 

何て酔狂な、とは思った。

こんなことで少女が救われるとも思えない。

だがロクデナシの俺にはこれ以外に何も思い付かなかった。

標的エモノを逃がし、代わりに犬の死骸を持って帰った俺は半殺しの目に合った。

 

同病相憐どうびょうあいあわれむってなぁお前のことかよ雨哉ぁ・・・この犬ッコロが!」

 

ボスはヒステリー気味に叫びながら俺をいたぶった。

ボロ雑巾のようにゴミ捨て場に放り投げられたが、こんな最期をどこか受け入れているような自分が居た。

思うように動かない身体を、動かそうとするのを止めた。

このまま目を閉じれば、もう二度と、この影の中の闇を見ることも無いだろう。

 

「め・・・目を覚ましたでゴザルか・・・?」

 

次に目を開けた俺の視界に入り込んだのは、異様な光景だった。

狭い部屋の壁と言う壁に貼られているポスター。

どれもが若い女性を写している。

 

「ここは・・・ぐっ・・・」

 

アバラが疼く。

しかし致命的な感覚ではない。

俺はどれくらい寝ていたのか。

 

「こ、こ、ここは、小生しょうせいのデュルフフwwwうちでゴザルよコポォwww」

 

参った。

闇の世界でくたばって、目を開けたら別の闇の世界かよ。

 

「あんたが、痛ッ・・・手当を・・・?」

 

どうにか立ち上がれるほどには回復している。

ひどく腹が減っているのに気付いた。

 

小生しょうせいとて、ひ、人の子でゴザル。ち、血まみれで倒れてれば、た、助けるのが当然だと思いますけどデュフフフwww」

 

まったくこちらの目を見ずにしゃべる奴だが、どうやら俺に害意は無さそうだ。

こいつは俺が自分のことを話さなくても気にしなかったし、逆に聞いてもいないのに自分のことをどんどんしゃべった。

正直、最初は鬱陶しいと思ったが、次第に慣れていった。

 

「しかし雨哉あめや氏が捨てられていた現場を目撃した時、本当は小生しょうせいそれはもう肝を冷やしましたが、小生の聖書バイブルであるところの『前向け心』に従った結果どうにも放っておくことができず雨哉氏を回収した次第でして」

 

「前向け心・・・?」

 

「おやおやこれはwwwご存知ない?wwwデュフフコポォwwwこれでゴザルよwww」

 

そう言いながら、奴はある曲を再生した。

俺には歌の良し悪しなんてことは分からない。

だが、言っている歌詞の意味くらいは理解できる。

 

「おい、他にも、あるのか?」

 

「御意www」

 

気付けば俺は、こいつの部屋にある全ての楽曲を聞いていた。

 

「雨哉氏も『みかりん』の魅力に気付いたでゴザろう?デュフフww」

 

 

 

 

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天井にも貼れば良かった。