【アイラヴ】本当に火が涼しくなるなら心頭を滅却したい

駐車場の街灯から降る弱い光が、薄ぼんやりとした大小ふたつの影を作っている。

大きな方の影が、何度目かのため息をつく。

それにつられて小さいほうの影も、深いため息をついた。

 

「俺は、撮影されてた過去のステージは、資料の映像ディスクで観てたんだ。なのに、根こそぎ持ってかれた・・・」

 

「ウチかてそうや・・・市販のステージ映像は観とった・・・けど、あんなん反則や・・・何の味か分からへんかった・・・」

 

二人は絞り出すように心情を吐き出すと、また長く深いため息をついた。

天帝セブンである、序列第七位の東雲ひじきvsたい序列第六位の琴浦 蓮のステージを観覧を終え、実に4時間が経過していた。

蓮がせた魂を震撼させる歌劇は、身を刻まれるような悲劇であり、初華ういか御徒町おかちまちも、精根尽き果てるまで落ち込んだ。

虚無と呼ぶべき悲嘆と凄烈な感動を精神に刻印され、意図的に呼吸をせねば窒息してしまうような衝撃を受けた。

そんな状態で始まった後半。

ひじきがかせたのは閉塞からの解放だった。

蓮のステージで静謐せいひつ聖櫃せいひつと化した会場に、冥府がごとき哀しみの斤量きんりょう、その寂寞せきばく磔柱はりつけばしらを架した開始時から一転、空気が、割れた。

渇きの大地に雨が降るように、飢餓者にパンを与えるように、絞まる首の縄が緩むように、ひじきは観客の魂を解放した。

それは初華にも、御徒町にも、平等に訪れた本性の暴露であった。

初華は号泣した。

蓮のステージで我慢した分の反動だろうか。

恥も外聞も無く大声を上げていた。

御徒町は大いに身体を動かし、パイプ椅子を破壊してしまった。

二人にとって幸いだったのは、お互いが自分のことで精一杯であり、双方共に相手の状況を確認してはいないことだった。

もちろん、残った結果だけはしっかりと見られることにはなったが。

 

「おかちさん、椅子を壊してまうなんてなぁ」

 

「初華、目が真っ赤だね」

 

ステージの話題を逸らそうと呟いた言葉も、しかし何の効果も得られず、二人はまたため息と共に黙り込むしか無かった。

もう何度こんなことを繰り返しただろうか。

車が停まっていない駐車スペースの車輪止め縁石に越し掛ける二人。

もうこの駐車場には御徒町の車しか停まっていない。

 

「・・・だが、いつまでもこうしては居られない」

 

自らの膝を掴み、ぐぐっと力を入れて立ち上がったのは御徒町だった。

先ほどまでのため息とは違う、格闘技の息吹いぶき彷彿ほうふつさせる、そんな呼吸だ。

 

「ほら初華、俺、立てるんだ」

 

自分に向けられた言葉の意味が分からない初華。

しかし御徒町ならいヨロヨロと立ち上がる。

 

「そんなん、ウチかて立てるで」

 

「でも、ステージ直後は立てなかったろ?」

 

確かに、そう言われればそうだった。

ギリギリ歩けるようになるのにもたっぷり30分はかかった。

他の観客も放心状態で動けずに居る姿をあちこちで見かけた。

 

「そして、ここに来たときよりも、身体は動くはずだ」

 

「・・・せやな」

 

上半身を捻りツイスト運動をする御徒町を真似る初華。

 

「いつもそうなんだよ。止まるのも、後ろを向くのも、精神こころなんだ」

 

「・・・?」

 

御徒町が何を言いたいのか考える初華。

すると意外なことが起きた。

なんと、御徒町が静かに歌い出したのだ。

決して上手くはないが、丁寧に主旋律をなぞる心地良い歌い方だった。

 

♪~

どんなに傷を負ったって

身体は治ること めないよ

いつだってそう まるのは

後ろ向くのは 私の心

死ぬまで死なない私の身体

生きているのにうつむく心

転んだ膝のにじむ血も

ホラもう止まる

心を動かせ 心を治せ

それが出来るのは 自分だけ

心をよく見ろ 心の傷は

思ってるほど 深くない

~♪

 

メロディとしては若干古いような、そんな印象を受けた。

いつの時代の誰の歌なのかは分からないが、御徒町が言いたいことは分かった。

今の自分に必要なことは精神的に立ち上がることだ気付いた初華。

ありがとう、と言おうとした初華より先に、歌い終えた御徒町が口を開いた。

 

「これ、どうしようもないクズだった俺を、立ち直らせてくれた歌なんだ」

 

「おかちさんが・・・・?」

 

御徒町は弱気を振り払うように、覚悟を決めるように、勇気を奮い起すように、膝を叩いた。

そしてそのまま両手で自分の頬を打つ。

初華が気持ちを切り替えるときの癖を、拝借したのだ。

 

「ちょっと、昔話に付き合ってくれるか?」

 

 

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くらーい。