【アイラヴ】晴天なのに霹靂ってそりゃ驚くわな

「俺もって、どゆこと・・・?」

 

初華はキョトンとして御徒町を見詰めた。

その御徒町は深いため息をつき、少し間を置いてから、初華に重大な報告をした。

 

「まさか初華からソレを言われるとは思わなかったよ。驚いた。俺から言おうと思ってたのに」

 

ハハハ、と乾いた笑いは若干自嘲気味にも聞こえるが、真意は分からない。

初華はまだ、御徒町が何を言いたいのか理解できずにいた。

直感的に予測できることはある。

しかし、まさか、そんな。

 

「え?・・・ちょぉ待ちぃ、おかちさん・・・え?・・・えぇ?」

 

「俺もだ。俺もドレプロを辞めるつもりなんだ」

 

初華の時が止まる。

もちろん世界の時間は正確に進んでいる。

ミーティングルームに設置されている時計の秒針が、やたら大きな音を刻む。

 

「ええええぇぇぇぇッ!!?」

 

「シィ!声が大きい!」

 

「え?だって・・・何でッ!?・・・おかちさんが辞めるて!?」

 

俺は、と言ってから静かに深呼吸した御徒町

意を決したように真剣な表情で初華と視線を合わせる。

 

「上司にこのことを聞いて、資料に目を通して、すぐ結論が出たよ。俺にとって初華を一人前のアイドルにすることは、もう単純な『仕事』じゃなくなってたんだ」

 

「・・・だって、おかちさん・・・敏腕プロデューサーは?」

 

「俺自身、驚いているんだけどな。俺が成りたいものは敏腕プロデューサーじゃなく、美作みまさか初華ういかのプロデューサーらしい」

 

「・・・何うてんの・・・アホちゃう」

 

「自分でもそう思うよ。つい今朝までドレプロで正プロデューサーになるために必死で頑張ってきたのに、それを簡単に放り出してしまうなんて」

 

「アカンやろ!それ、放ったらアカン、大事なモンやろ!?」

 

「その大事なものを手放してでも叶えたい夢が初華ういか、君なんだ」

 

「ッ!!?」

 

あまりにも予想外な展開に、感情が混線してしまった初華。

怒ったような口調で御徒町に大声を上げながら、目からは大粒の涙が溢れている。

喜怒哀楽がいっぺんに最大値まで達するという経験は初めてだった。

 

「だから、俺はドレプロを辞めて他のプロダクションを探す。なに、少しだけドレプロの内部資料を拝借してそれを手土産にすれば、いくらでも次は見つかるさ」

 

とても腹黒いセリフだが、しかし御徒町のことだ。

本当にドレプロの打撃となるようなことはしないだろう。

初華を安心させるための方便の可能性が高い。

 

「アカンよ・・・アカンよおかちさん・・・ウチ・・・ウチ・・・」

 

本格的に泣き始めてしまった初華。

さすがにこの反応は予測していなかった御徒町は狼狽するしかない。

 

「そ、そんなに・・・してもろても・・・ウチ・・・何にも・・・返されへん・・・」

 

しゃくりあげながら、ようやく伝えた言葉。

ホクホクした焼き芋の優しい味で、御徒町が返す。

 

「先に貰ったのは俺の方なんだ。それを返すために、だよ。さっきも言ったろ?美作みまさか初華ういかのプロデューサーになるという夢。こんなすごいものを貰ったんだ。一生かかっても返せるかどうか」

 

ひとしきり泣いた初華がようやく落ち着いた頃、時計は正午近くを指していた。

顔を上げた初華は御徒町の顔を見ながら、申し訳なさそうに言う。

 

「なぁ、おかちさん。もう一回ちゃんと考えてや?あんな、ウチ、今からえげつないコト言うで?・・・あんな、ウチな・・・お、おかちさんのこと・・・お、男としては全ッ然タイプちゃうねん・・・」

 

「ああ、俺も初華には女性としての魅力を感じないな」

 

「え?」

 

勇気を振り絞った初華の告白は、呆気無いほど平坦なトーンで切り返された。

初華としては自分のためにこれだけの決断をしてくれるという状況から、少なからず御徒町は、自分に気があるのだろうと思っていた。

人生経験の短い初華には、そうでなければ説明のしようが無いような展開だった。

 

「初華、俺たちはあくまでもプロデューサーとアイドルだ。決してここに恋愛関係を持ちこんではいけない。それで失敗した話を、俺は先輩たちから嫌と言うほど聞かされてきた。だから勘違いしないで欲しい。俺は女性として初華を見たことは一度も無いし、俺を男性として見て欲しいとも思わない。もちろん、初華の魅力がアイドルとして一級品であることには違いないけど、それが『俺の恋愛対象』とは直結しない」

 

「あぁ・・・うん・・・」

 

今更ながら、初華は御徒町の覚悟とプロ意識に、胸の中で脱帽した。

もうこうなったらアイドルとして大成功することでしか、恩返しはできないと腹を括る。

 

「分かった。変なことうてゴメンな。ウチ、めっちゃ頑張るッ!」

 

「よし!それでこそ初華だ」

 

初華は両手でぴしゃりと頬を打った。

今から事務所を出れば、ゆっくり昼食を済ませても午後のスケジュールに間に合いそうだ。

 

「あー、泣いたらお腹すいたわぁ!おかちさん、お昼どないする?」

 

「おしゃれにパスタ、手早く丼物、こってりラーメン、お安くバーガー、どれでもお好きなものをお選びください、お嬢サマ」

 

「アハハ。なんやのんソレ。じゃあ、がっつりステーキでどないや!」

 

「選択肢の意味が無いじゃないか!」

 

妙な掛け合いをしながら車に乗り込む二人。

今日これから行くのは先輩アイドルのステージ見学。

ドレプロに在籍しているあいだ、吸収できるものは何でも吸収しておかねばならない。

 

「そう言えば、初華の好みのタイプってどんな男なんだ?」

 

何気ない会話から、御徒町がふいに尋ねた。

 

「せやなぁ。オオカミみたいに野性的で強いヒトかなぁ」

 

「なんだよそれ。なんでオオカミなの?」

 

「ん~、昔な、ちょっとあってん。それより、じゃあおかちさんの理想のヒトってどんななん?」

 

「正直に言うから引かないでくれよ?スタイルの良い女性かな」

 

「・・・は?何それ。要するにおっぱい大きいヒトってコト?」

 

「ストレートだなぁ・・・まぁ否定はしないけど」

 

「うっわ。うわーうわー・・・。寒っ、怖っ、キモッ・・・」

 

「引かないでって言ったのに・・・」

 

 

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