【アイラヴ】壁に耳で障子に目だったらドアには何だよ

ウィーカが歌唱レッスンを受けているあいだ、御徒町は車内で雑務を片付けていた。

今はまだウィーカひとり、しかもデビューもしていない研究生(補欠)の世話だけなのだが、それでもやることは多かった。

レッスン場の確保、それに合わせたスケジュール調整、経費の精算、事務所への報告、業界内の情報収集、特にライバルとなるであろう現研究生や駆け出しアイドルについての調査。

それから、ウィーカをデビューさせる際に、どんな方向性のキャラクターでいくか、その路線をまとめた企画書の作成。

 

「素のままで売れるほど、アイドル業界は甘くないもんなぁ・・・」

 

企画書の役割は「アイドル本人の商品価値を事務所側にプレゼンする」というものだ。

しかし、それは「デビュー後の人生を左右するライフプラン」とも言えた。

決して軽くないその書面を、御徒町はこれから半年で仕上げねばならない。

ウィーカの実力、特性などを加味しつつ、最適な企画書を。

そんなことを考えながらも、事務所への報告書を仕上げていく御徒町

ふいに、膝の上に乗せた通信端末を操作する手を止め、電話をかける。

 

「もしもし、御徒町です。お疲れ様です」

 

『おお、どうした?こんな時間に』

 

「あ、夜分にすみません。あの、ちょっとお聞きしたい事がありまして」

 

『構わんよ。なんだ?』

 

「いまウチの研究生に、タオナンという子が居るのをご存知ですか?」

 

『近頃のオーディションで拾った子だな』

 

「その子についての資料、見れませんか?」

 

『唐突だな。まぁお前のことだ、何か事情があるんだろう。送るよ』

 

「ありがとうございます!主任!」

 

本来は研究生と言えど、公式に発表されている以外の個人資料のやりとりは厳禁である。

特にプロデューサー同士はお互いにライバルという関係性でもあり、プロダクション側が所持しているアイドルについての情報が行き来することは、まず無い。

ダメ元での依頼だったが、思ったより簡単に承諾され安心した御徒町

タオナンがまだ研究生であるということが要因だろうか。

その御徒町から依頼を受けた側の主任と呼ばれた人物は、通信が切れた電話に向かって呟く。

 

『お前さんが選んだ子、ウィーカだったか。素晴らしい先見の明じゃあないか、御徒町

 

一方、御徒町は早速送られてきた資料に目を通す。

タオナンは確かに経済特区の出身であり、相当な大富豪の娘らしい。

資料に記載されている実家の会社について検索すると、かなり手広く事業展開していることがすぐに分かった。

 

「おかちさん、何見てんの?」

 

「ふおぉぐあッうぃーかッ!!?」

 

レッスンを終えたウィーカがドアを開けて声を掛けた。

慌てて端末のモニタを閉じた御徒町は指を挟んでしまう。

 

「ぁ痛ッ!な、なんでも無いよ!は、早かったね!」

 

「はは~ん・・・おかちさん、えっちなモン見てたんやろ?」

 

シッシッシと含み笑いをしつつ、後部座席に乗り込むウィーカ。

 

「ち、違うって!仕事の資料に決まってるだろ!?」

 

「あかんあかん。苦しいでおかちさん。仕事やったらそないに慌てて隠すもんかいな」

 

「いや、ご、極秘の資料だから・・・」

 

「ええやん。ウチ、そーゆーのは理解あんねん。むしろ健全やと思うで?」

 

「違うのに・・・」

 

誤解は解けないまま、御徒町はエンジンを掛け車を発進させた。

今日のスケジュールはこれで終わりだ。

このままウィーカを自宅まで送り、自分は事務所に帰って残務整理となる。

後ろには黙ったままのウィーカ。

御徒町は一人だけ気まずい空気を感じながら、沈黙の続く車内での運転を強いられる。

ふいに、ウィーカが妙なことを言い出した。

 

「・・・あんな、おかちさん。ウチ、音に味があんねん」

 

「え?」

 

「音にな、味があんねんて」

 

「いやごめん、まったく意味が分からないんだけど?」

 

「せやろなぁ。ん~、これいっつも苦労すんねんな~説明すんの」

 

ウィーカは眉間にシワを寄せながら唸る。

本人もどう説明して良いのか分からないようなことなのか。

 

「さっきな、おかちさんにお芋さんや言うたやろ?あれな、おかちさんの声が、お芋さんの味やったからなんよ。ちなみに車の走ってるゴーッて音はタマゴの白身みたいな味やで」

 

「・・・それって、もしかして共感覚きょうかんかくってやつかい?」

 

共感覚synesthesiaシナスタジア)とは、ある知覚情報に対して通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚をも生じさせる知覚現象であり、一部の人にのみ見られる特殊なものである。

例えば文字に色を感じる人や、身体の部位を見ただけでそこを触ったような感触を覚える人など、例は様々だ。

ウィーカの場合は、耳で聞いた音に対して味覚が伴っている、ということだろうか?

 

「たぶん、そんな名前やったと思う。わかる?」

 

「ああ、なんとなく想像はついた。しかし、すごい能力だな」

 

「そんなことあらへんよ。ええことなんかひとっつも無いし」

 

「・・・ん?ちょっと待って。じゃあ日常の全ての音に味があるってこと?」

 

「せやで」

 

「今日のダンスレッスンの曲とかも?」

 

「うん。めっちゃ辛かった。ちなみにオカマの先生ぇの声は小魚の佃煮みたいな味で笑ろてもーたわ」

 

「で、俺の声は焼き芋なの?」

 

「いっつもてワケやないで?今のん声は、そーやなぁ、栗っぽい感じ?なんか声のトーンとか雰囲気でもちょっとずつ変わんねん」

 

まるで共感はできないが、なんとなく理解だけはできた御徒町

何の役にも立たない特殊能力を、ウィーカが持っているということだけは把握した。

やがて車はウィーカの住むマンションの前に到着した。

 

「じゃあ、明日は事務所に10時で。迎えに来れれば良いんだけど、俺は朝から会議でさ」

 

「そんなんかまへんよ。こうやって送ってくれただけでも有り難いんやから」

 

「それじゃおやすみ」

 

「ん。また明日」

 

手に持ったデイバッグをひょいと背負い、エントランスに入るウィーカ。

カードキーをかざすと自動ドアが開く。

エレベーターホールまで真っ直ぐ進み、ボタンを押す。

間も無くエレベーターの到着を告げるポーンという音が鳴った。

 

「・・・にがい・・・」

 

 

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不安定。やっぱ何度も描かなあかんな。