【アイラヴ】喉元過ぎても忘れんぞこの熱さ

首から下げた名札と、スーツに輝く社章。

この2つのアイテムを、今この時ほど有り難いと思ったことは無かった。

女子シャワー室の出入口付近でオロオロとしている御徒町

一歩間違えれば完全に不審者である。

 

「なんでこんな時に限って誰も居ないんだ・・・」

 

タイミングによっては待ち時間が発生するほど混み合うシャワー室が、今は閑散としている。

ウィーカの着替えが入ったデイバッグをブラブラと揺らしながら、御徒町は途方に暮れていた。

もしかしたらもうウィーカはシャワーを浴び、今更になってタオルも着替えも無いことに気が付いて絶望しているかもしれない。

最悪、脱いだ服をもう一度着ればいいのだが・・・なるべくコレを届けてやりたい。

 

「あ、アタシちょっとお手洗い」

 

「おう、ロビーで待ってるぜ」

 

「じゃあ私は飲み物買ってこようかな」

 

「わ、わらわも行くのじゃ!ミルクセーキを・・・」

 

聞こえてきた会話に希望の光を見出した御徒町

シャワー室の隣にあるトイレに誰かが来るようだ。

間も無く廊下の角を曲がって、一人の少女が歩いてきた。

 

「あの、ちょっとごめん。頼みごとがあるんだ」

 

「・・・えっ」

 

唐突に話し掛けてきた男に、少女は眉をひそめた。

思い切り怪訝な表情と、警戒心に満ちた距離感。

しかし御徒町が首から下げている名札で、ドレプロの人間であることが分かったらしい。

視線を顔に戻し、少女が尋ねる。

 

「あなた、プロデューサー?頼みって何?」

 

「実は・・・」

 

御徒町は事情を説明し、このバッグを中に居る研究生(補欠)に渡して欲しいと依頼した。

少女は納得し、快く引き受けてくれた。

 

「ありがとう!助かったよ!本当にありがとう!」

 

繰り返し礼を述べ、御徒町は駐車場へ引き返していった。

デイバッグを受け取った少女はさっそくシャワー室へ入る。

 

「あの~、アイドル研究生(補欠)さん、居ます~?」

 

少女の呼びかけに、ひとつのシャワー個室から声が返ってきた。

 

「・・・あぁ?ウチのことか?」

 

「ああ、良かった。外であなたのプロデューサーからこれを渡されて」

 

「ちょお待ち・・・その声・・・」

 

ウィーカは少しだけシャワー個室の扉を開いた。

そしてその隙間から、自分のデイバッグを持つ少女の顔を見た。

 

バンッ!!

 

勢いよく扉を開けたウィーカ。

もう自分が裸であることなどまるで意識していない。

 

「・・・忘れへんでぇ、お前の顔、お前の声・・・」

 

「???まず・・・服、着れば?」

 

「ここで会ったが百年目や!はっきり宣戦布告しといたるわっ!」

 

「???・・・百年目?」

 

「・・・おいまさか、お前・・・ウチのこと、覚えてへんのか?」

 

「え・・・ごめん。どっかで会ってるっけ?」

 

どっかで会ってるっけ?

どっかで会ってるっけ?

どっかで会ってるっけ?

どっかで会ってるっけ?

どっかで会ってるっけ?

どっかで会ってるっけ?

 

ウィーカの脳内で少女の言葉がリフレインする。

口の中に鉄の味がじわじわと広がっていく感覚。

あまりのショックに頭がクラクラする。

 

「あの、アタシお手洗いに行きたかったの!ごめん、はいこれ!」

 

茫然としている全裸のウィーカにデイバッグを押し付けると、少女はシャワー室から駆け出した。

徐々に我を取り戻すと、それは猛烈な怒りの感情を伴っていた。

 

「絶ッッッッ対に許さへんからなぁー!タオナンッッ!!!」

 

 

 

壮絶な勢いでドアを開閉して車に乗り込んだウィーカに、目を白黒させる御徒町

手を出せば噛み付いて食いちぎりそうな横顔がルームミラーに映っている。

 

「・・・ど、どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたも無いわ!」

 

「き、着替え、無事に届いて良かっ・・・」

 

「最悪やッッ!!!」

 

「・・・ええぇぇ~・・・」

 

本来なら手厚く礼を述べられるはずの御徒町

ウィーカが不機嫌な理由も分からぬまま、歌唱レッスンのスタジオに向けて車を走らせる。

車内には重苦しい沈黙が続いた。

 

「・・・ごめん。勝手に苛立ってもーて・・・」

 

ふいに、後部座席から小さな声が聞こえた。

聞こえるか聞こえないかくらいの、本当に小さな声だった。

 

「ははは。構わないよ。アイドルのストレス発散に付き合うのも、プロデューサーの努めさ」

 

「おかちさん・・・ほっくほくのお芋さんやな。ええ人すぎるわ」

 

「俺が芋?褒めてるのかけなしてるのか分かんないよ」

 

「あ、そっか。いやいや、もちろん褒めてんのやで」

 

「そうかい。で、もし良ければ、不機嫌の理由を聞かせてくれないか?」

 

これは御徒町にとっても賭けだった。

まだウィーカと御徒町は出会って間もないし、きちんとした信頼関係が構築できていない。

あまり立ち入った質問、特に強い怒りや悲しみなど、マイナス感情に関わる質問は時期尚早かも知れなかった。

しかし、自分たちが本物になるために使える時間は半年しか無い。

絆を結ぶのは早い方が良い。

拒絶されぬよう祈りつつ、御徒町はウィーカの返答を待った。

しかし沈黙は続く。

その時間に耐えられなくなった御徒町が口を開いたのが契機となった。

 

「もちろん、話すのが嫌なら・・・」

 

「あの子なんよ。負けられへん相手って」

 

「えっ!?・・・そうとは知らず・・・ごめん・・・」

 

「おかちさんが悪いんとちゃうよ」

 

ウィーカは、シャワー室でのことを御徒町に話した。

本当はお互いにアイドルになってから突き付けようと思っていた宣戦布告を、思い切って叩き付けたこと。

それなのに、相手は自分のことを覚えていなかったこと。

 

「ウチな、あの子・・・タオナンにだけは、絶対に勝たなあかんねん」

 

流れる街の灯りが途切れるたび、遠い目をしたウィーカの顔が車窓に映り込む。

そしてウィーカは、ぽつりぽつりと昔話を始めた。

 

 

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あかん。これじゃ完全に男子・・・。