甘き死よ、来たれ

下記の話の続きです。

1.キャラクターとショートストーリー

2.【上】それぞれのプロローグ

3.【中】それぞれのプロローグ

4.【下】それぞれのプロローグ

5.【前】それぞれの入国

6.【後】それぞれの入国

7.集結の園へ

8.心よ原始に戻れ

9.Beautiful World

10.慟哭へのモノローグ

11.FLY ME TO THE MOON

12.魂のルフラン

 

キャラクターをお貸し頂いた皆様、本当にありがとうございます。

所属国 名前 特徴 創造主
ドレスタニア(近海) 紫電 乙女海賊 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
ドレスタニア メリッサ 天然強運 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
チュリグ ハサマ 災害操作 ハヅキ(id:hazukisan)
奏山県(ワコク) 町田 創話能力 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
奏山県(ワコク) アスミ 鍵盤天使 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
コードティラル神聖王国 クォル・ラ・ディマ 俺様最強 らん (id:yourin_chi)
コードティラル神聖王国 ラミリア・パ・ドゥ 武闘師匠 らん (id:yourin_chi)
ライスランド カウンチュド 稲作精霊 お米ヤロー (id:yaki295han)
メユネッズ ダン 夢守護者 たなかあきら (id:t-akr125)
カルマポリス ルビネル 女子学生 フール (id:TheFool199485)

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

「オジュサに頼めば、なんとかなると思います」

 

ラニッツからそう言われ、町田はキスビット人のオジュサを訪ねた。

彼は土を自在に操る魔法で大抵の物は作り出せるそうだ。

 

「ボクのところに来たのは正解ですよ、町田さん」

 

オジュサは得意気な表情で足元の土を操り、町田が指示する形状を創造した。

まるでハンマーのような形のそれを、88個造り出す。

土壌に含まれる硬質性のあるものだけを集めることもできるようだ。

 

「ところで、何に使うんですか、コレ」

 

「1,000年の時を超えて紡がれたメッセージを、奏でるものです」

 

ニヤリと笑う町田。

オジュサにはまるで理解できないが、しかし好奇心が勝り、どんなものが出来上がるのか早く見てみたいという思いで町田の指示通りに創造を続ける。

一方ラニッツは、町田に依頼されたものを揃えるべく、鍛冶屋を訪ねていた。

 

「鋼鉄の糸が必要なのですが、それも、太さがまちまちの・・・」

 

ラニッツにしても、町田の意図が分からぬばかりか、一体何を作ろうとしているのかも分からない。

言われた通りに注文するしかない状況だ。

 

「そりゃ在るにゃ在るが、どのくらいの太さと長さが必要なんだい」

 

鍛冶屋の問いも、尤もである。

ラニッツが思案していると、エコニィが現れた。

 

「よっ、ダンナ。私の剣できてる?ってラニッツ、何してんの?」

 

どうやら愛用の大剣の整備を鍛冶屋に依頼していたらしく、その仕上がりを確認しに来たようだ。

ラニッツが状況を伝えると、エコニィは簡単に言ってのけた。

 

「ここに在る全種類、全部もらってけば?」

 

真面目だが、少し頭が固いところがあるラニッツ。

良い意味で大雑把な性格のエコニィだからこそ出せる案だった。

鍛冶屋にある全ての鋼線を買い取ったラニッツは、屋敷に戻るのにエコニィを誘うことにした。

荷物を運ぶ手伝いということも理由だが、他にもある。

現在タミューサ村に居る中で戦力になり得る者には声が掛かる可能性があるのだ。

もちろんエコニィも例外では無い。

ラニッツがエコニィを連れだって戻ると、屋敷の裏庭では町田とオジュサが大きな土の塊を相手に悪戦苦闘をしていた。

 

「オジュサさん、ここはもっとスムーズに動くようにできませんか?」

 

「んん~、ここをもう少し細くすれば、よし。これでどうです?」

 

一体何が出来上がるのか、その完成図は今のところ町田の頭の中にしか無い。

 

「ずいぶんヘンテコなテーブルだね」

 

エコニィの言葉に振り返った町田。

眼鏡の位置をクイッと直しながら手元に視線を戻す。

 

「これはテーブルじゃなく『ピアノ』というものです」

 

 

 

マーウィンから羊皮紙とインクとペンを借りてきたアスミ。

石碑に刻まれている丸印を読み取りながら、それを楽譜に書き起こしていた。

 

「これ・・・すごくきれいな和音・・・」

 

一見すると文字列にしか見えないものが、句読点の記号にだけ注目することで楽譜としての情報が読み取れてきた。

頭の中でその音を再生してみると、アスミがいままで聴いたことも無いような音だった。

それもそのはず、一度の和音に使用される音数が多すぎて、人間の両手では再現することができないのだ。

だからこその「連弾」である。

しかしこの石碑の楽譜には致命的な欠陥があった。

音の高低は判別できるものの、その長さについての情報がまるで無いのだ。

これではリズムもメロディも作れない。

それでもアスミは楽譜にペンを走らせる。

ひとつひとつの和音が自然に繋がる「間」を探りながら。

本来であればピアノを弾きながら、音を確かめながら進める作業であるが、贅沢は言っていられない。

いま私ができること、町田くんが信頼してくれた私のやるべきこと。

最早作曲と呼んでも差し支えない作業が、進行していた。

 

 

 

一旦休憩となった話し合い。

少なくとも現状の人員を四班に分けねばならない。

しかし相手の能力も相手自体も、決戦後のことにも不確定要素が多過ぎて、誰一人としてベストな選択ができない状態だった。

こうなると「出た案に対するマイナス要素」ばかりが目につくようになってしまい、話し合いは膠着状態に陥ってしまう。

自分の考えをまとめて、また明日持ち寄ろうということになった。

自室へ戻る者、屋敷から出る者、各々がそれぞれに動く。

階段を上り自室に向かう途中、村長の部屋の前を通りかかったのはハサマだった。

扉が開いており、中ではアスミが懸命に書きものをしている。

 

「入るよ」

 

ハサマは短く声を掛け、アスミの側へ歩み寄った。

 

「ハサマちゃん、話し合いは終わったの?」

 

羊皮紙から顔を上げ、ハサマに向けられたのは笑顔だが額には汗が浮かんでいる。

よほど集中しての作業だったのだろう。

 

「何してるの?大変そうだね」

 

ハサマに言われて初めて、自分が必死だったと気付いたアスミ。

ハンカチで汗を拭きながら照れ笑いで答える。

 

「この石碑が、楽譜なんじゃないかって町田くんが言うの」

 

アスミの説明にハサマは感心した。

確かにそう言われればそう見えなくもない。

結果的にどうなるのかは分からないが、今までにない角度からのアプローチというのは時として新しい事実をもたらすものだ。

 

「すごいね。何か手伝えること、ある?」

 

「ありがとう!じゃあ、何か冷たい飲み物が欲しいかな」

 

ハサマが一国の王であるとは夢にも思わないアスミは、図らずも王様にドリンクサーブを申し付けたことになる。

しかしハサマはそんなことは気にしない。

むしろ気兼ねなく要望を言ってくれたことが嬉しかった。

 

「分かった。下でもらってくるよ」

 

さっき上って来た階段を下りるハサマの口元は、少しだけ口角が上がっていた。

 

 

 

「で?話しってのは何なんだい紫電サン」

 

紫電の部屋に呼び出されていたのはクォルだった。

クォルにしてみれば昨夜、不可抗力とは言え紫電の裸体を目撃してしまっているという後ろめたさがあり、もしそれに対しての抗議だとすれば甘んじて受ける覚悟であった。

しかし、呼び出した紫電は一向に口を開こうとしない。

目を泳がせ、何か言いかけては口をつぐみ視線を落とす。

どうにも煮え切らない。

しかしクォルに問われようやく心が決まったのか、大きく息を吸い込んだ紫電は上擦った声で言った。

 

「お、お前、オレと同い年なんだってな?その、『紫電サン』っての、や、やめて、呼び捨て、でも良いぜ?オ、オレも、クォルって呼ぶ・・・から・・・

 

語尾は消え入りそうなほど小さな声だった。

しかしクォルにしてみれば物凄い肩すかしを喰らったことになる。

最悪、鬼の拳も覚悟していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 

「いやぁ、俺様も実は気にしてたんだけどな。ほら、海賊の頭領だって言ってずっと気ィ張ってるみたいだし、一応サン付けしとこうかと思ってたんだけど」

 

元よりフランクな気質のクォルである。

呼び捨てタメ口は願っても無いことだ。

こっちが気を遣っているのを悟った紫電が、これから共に闘う仲間に対して逆に気遣いを見せたのかもしれない。

仲間と連携して戦う場合には強い信頼関係が必須だが、それを育むためには遠慮の無い関係性も必要となる。

さすが海賊の一団をまとめているだけあって人心調整もお手の物というわけか。

 

「オ、オレは気にしないから、し、『紫電』って、呼べよ・・・」

 

「ああ!サンキューな、紫電!じゃあ俺様も『クォ』でいいぜ!」

 

弾けるような明るい笑顔で王子様から呼び捨てにされる乙女。

本当はクォ様と呼びたいところだが、愛称の許可だけでも相当な前進だ。

 

 

 

意外な行動に出ていたのはメユネッズのダンだった。

なぜかダンは、この屋敷の使用人であるマーウィンの洗濯を手伝っていた。

 

「お客様に手伝わせるなんて、なんだか申し訳ないのですが・・・」

 

忍びない表情とは裏腹に、実は非常に助かっているマーウィン。

彼女の呪詛は分身ダブルである。

しかし本体と分身が離れていられる距離は約20mであり、それ以上離れると分身が消滅してしまう。

現在マーウィンの本体は厨房で皆の昼食を作っており、洗濯物を干すこの場所は活動範囲のギリギリなのだ。

彼女が届かない場所に干すシーツを、ダンがバサッと広げながら言う。

 

「いや、こちらから言い出したこと。気にすることは無い」

 

全ての洗濯物を干し終えると、マーウィンは深々と頭を下げた。

 

「本当に助かりました!ありがとうございます!」

 

「構わない。ところで・・・」

 

次は掃除だとばかりに屋敷へ戻ろうとしたマーウィンに、ダンが話を切り出した。

 

「エウス村長のことをどう思っている?」

 

自分に向けられた質問があまりにも突飛な内容であり、理解に数秒の時間を要した。

なぜ客人がそんなことを自分に尋ねるのか。

この場合どう答えるのが最良なのだろうか。

アスラーン特有の用心深い性格が出て来てしまう。

 

「他意は無い。貴女がとても喜んで働くので、その原動力は何だろうと思ったまでだ」

 

ダンはマーウィンの警戒を察知し、すかさずフォローの言葉を紡いだ。

それに安心したのか、マーウィンはぽつりと返事をする。

 

「村長には、本当に感謝をしています。あの方がいらっしゃらなかったら、私はこんなに幸せな生活をできていなかったでしょう。できることなら、いつまでもお側でお仕えしたいと思っていますよ」

 

「そうか。それを聞いて安心した」

 

ダンは短く言うと、マーウィンと共に屋敷に戻った。

 

 

 

一方、マーウィンの本体と一緒に厨房に居るのはメリッサだ。

 

「ここでキスビット料理をマスターして帰れば、きっとガーナ様にも怒られないしショコラ様に褒めてもらえますッ☆」

 

鼻をふんふんと鳴らしながらマーウィンの一挙手一投足をじっと見ている。

 

「なるほど♪そこで調味料ですね☆」

 

何かメモなどで記録を残しておかなくても大丈夫なのだろうかというマーウィンの心配をよそに、メリッサは真剣な眼差しで調理工程を見詰めている。

あとでレシピを書いて渡してあげよう、とマーウィンは思った。

 

「あれ?メリッサさん、こんなところで何してらっしゃるんですか?」

 

厨房にやってきたのはアウレイスだった。

昼食を作るマーウィンを手伝おうと思ってのことだったが、どうやら先客が居たようだ。

 

「キスビット料理を覚えようと思いまして☆」

 

なるほど、確かメリッサは王仕えのメイドだったはず。

外国の料理を覚えて主に振舞うという思考はもっともだろう。

しかしなぜ実際にやってみないのか?

 

「マーウィンさん、メリッサさんにも少し料理させてあげては如何ですか?」

 

アウレイスの言葉は至極もっともな意見だった。

しかしマーウィンは暗い表情でスッと視線を厨房の隅に向けた。

それに倣ってアウレイスもその方向に目をやると、そこにはかつて皿だったモノのなれの果てが積み上がっていた。

話し合いが一度お開きになってから、まだそんなに時間は経っていないはずだ。

それだけの短時間でこの枚数の皿を割るのは、例え意図的であったとしても難しい所業である。

 

「お気遣いありがとうですッ♪でも大丈夫!バッチリ記憶しますから☆」

 

そう言って勢いよくブイサインをつくり右手を突き出したメリッサ。

と、その手は壁に掛けてあったフライパンに当たってしまう。

その衝撃でフライパンは掛け具から外れ床で一度バウンドし、弧を描いて調理器具が並んだ棚に激突した。

 

「きゃーっ!!!」

 

思わず悲鳴を上げてしまったアウレイス。

いくつものナイフや包丁がメリッサに向かって降り注ぐ。

が、一瞬早くメリッサに到達したのは刃物ではなく木製のまな板だった。

 

「あいたっ☆」

 

まな板がメリッサの頭にコツンと当たった直後、その背面に刃物たちがトンッカカカッと突き刺さり、床に転がった。

唖然とするアウレイス。

額に手を当て首を振るマーウィン。

 

「ご、ごめんなさぁい・・・☆」

 

ぺろっと舌を出して謝る姿は、どういうワケか無条件で許してしまう魅力を持っている。

冷静に状況を考えれば許せるものではないはずなのだが・・・。

ひとまずマーウィンは料理。

アウレイスは散らかった床の片付け。

メリッサは調理の観察という分担となった。

 

 

 

「俺は・・・俺は猛烈に感動しているぞルビネルッッッ!!!」

 

感涙にむせび泣いているのはカウンチュドだ。

そのカウンチュドに両肩をがっしりと掴まれ、苦笑いで顔をひきつらせているのはルビネルだ。

二人からほど離れた場所に生えている木の幹に、深々と刺さっている矢が見える。

 

「い、痛い・・・カウンチュドさん、ちょっと、手を放して・・・」

 

鬼の血でも入っているのではないかと疑いたくなるような剛力を、ハッと我に返ったカウンチュドが解放する。

 

「す、すまん。しかしルビネル!俺は嬉しいぞ!こんなことは生まれて初めてだ!」

 

カウンチュドは、自分が放った矢が初めて的を射抜いたことに感動していた。

事実、生まれてこのかた狙った物に矢が当たったことなど一度も無かったのだ。

 

「私も、私の仮説が上手くいって嬉しいわ」

 

表現方法はどうあれ、自分のアイデアで誰かが喜ぶのは嬉しいものだ。

ルビネルが行ったのは実に単純なことだった。

カウンチュドは放つ矢の芯に細い穴をあけ、その中にボールペンを差し込んだのだ。

こうすることにより、威力はカウンチュドの担当、命中精度はルビネルの担当という分担作業が実現した。

カウンチュドが放つ矢は並外れた初速であるが、逆に射始めの方向さえ間違わなければ真っ直ぐに飛ぶのだ。

ルビネルの役目はカウンチュドが引き絞った弓の弦から手を離した瞬間の角度調整だ。

一射ごとに全神経を集中せねばならないが、幹に刺さった矢を見る限り、使えるレベルでの調整ができているようだ。

 

「よし、次はコレだぁーッッッ!!!」

 

力強く雄叫びを上げたカウンチュドが手にしたのは五本の矢だった。

そうだ、彼は一度に複数本の矢を射るのが好きなのだ。

 

「ちょっと!五本なんて、そんな!無理よ!」

 

「一本いけたんだ!五本でも大差無い!それっ!いくぞ!」

 

「や!ま、待って!心の準備が・・・」

 

「ふんぬっ!!!」

 

知らない人が声だけ聞いたら誤解されそうなやりとりの後、凄まじい風切音と共に放たれた五本の矢。

なんだかんだ言いながら、土壇場で決めてみせるのがルビネルのすごいところだろう。

先ほどの矢を含め、きれいに一直線上に並んだ六本の矢が幹に刺さっている。

 

「ちょっと!強引すぎるわよ!」

 

「す、すまん・・・だが上手くいったじゃないか!俺は感動しているぞ!」

 

「感動はもういいから!もう・・・確度を保つなら三本が限界ね」

 

ルビネル自身、今の斉射は上手くいきすぎた。

まぐれの要素が大きいという自覚がある。

恐ろしい速度で発射される矢の軌道修正は、想像以上に神経をすり減らすものだった。

さらに問題はまだある。

 

「ホラ、ペンを回収しなきゃ」

 

これだ。

矢に搭載しているペンは一瞬でルビネルの操作可能範囲から飛び出すので、回収は自力で行わねばならない。

またアトマイザーで噴霧したシンボルの効果が消えてしまえば、今のようなサポートはできなくなる。

 

「ここぞと言う時の奥の手だな!俺たちの合体必殺技だな!」

 

矢からペンを取り外しながら、カウンチュドが言う。

言葉のチョイスはどうかと思うが、意味としては同意できる。

 

「私が持って来たペンで、今使えるものは20本程度だから、ホントに大事に使わないと!」

 

カウンチュドから受け取ったペンを大腿部のガーターベルト式ペンホルダーに仕舞おうとして、ルビネルは動きを止めた。

 

「ちょっと、見過ぎ・・・」

 

獲物を狩る猛禽類のような目で、スカートから生えたルビネルの足に釘づけのカウンチュド。

ルビネルはひらりと身軽な動きで木の後ろに回り込み、素早くペンを収納した。

 

「そうだ!俺に良い考えがある!!」

 

視線を注意された事実をまるで無かったことのように声を上げるカウンチュドに、ルビネルは軽くため息をついた。

 

 

 

パンッ!

 

乾いた破裂音。

 

「・・・うそ・・・?」

 

驚きを隠せず声に出してしまったのはラミリアだった。

空いた時間にアルファの武術指導をしていた。

ラミリアの前で腰を低く落とし、足を肩幅よりやや広く構えた状態で右の正拳を突き出したアルファ。

完璧なタイミング、完璧な速度、完璧なフォームで打ち出してこそ鳴る、あの音。

ラミリアが鳴らせるようになったのは何年稽古を積んだときだったろうか。

 

「ちょっとアルファさん、素質があるにも程があるわ・・・」

 

「師匠の教え方が良いからでしょう」

 

アルファの口調には感情らしきものがこもっているようには聞こえない。

平坦で抑揚の無い言葉。

しかしだからこそ真実味があるようにも思える。

ラミリアは柄にもなく照れてしまった。

 

「つ、次は蹴り技ねっ!」

 

誤魔化すように稽古を次のステップへ進める宣言をした。

だがそればかりが目的では無かった。

アルファの才能、という言葉が正解かどうか、言いかえるならば性能か。

その性能があまりにも予想外であり、ラミリアとしてはどこまでのことが出来るのか、見てみたいという気持ちもあるのだ。

故郷では師範代として武術を教える立場にあったラミリア。

自分が教えた弟子が強くなっていくことは、自分のことのように喜ばしいことだった。

まずラミリアがやって見せる。

下段、中段、上段と三回。

ビュンッと空を切る音が心地良い。

 

「さぁ、やってみて」

 

特にコツなどは伝えず、最初は好きにやらせてみて修正していく。

しかし、このアルファなら自分が教えることなど何もないような完璧な蹴りが披露される可能性も少なくない。

期待を込めてラミリアが見守る中、アルファが放ったのは実に気の抜けた蹴りだった。

 

「あらら、どうしちゃったの?」

 

先ほどの正拳突きはまぐれだったのだろうか?

苦笑いのラミリアに返されたアルファの言葉は、驚くべき内容だった。

 

「今のキックが良くないことはワタシにも分かりました。少し修正が必要なのでアドバイスを頂きたいです。師匠のお手本をトレースしようとしましたが、どうも師匠とワタシでは骨盤の構造に違いがあるようで、上手くいきませんでした」

 

「・・・は?」

 

思わず聞き返してしまった。

一体このアルファは蹴りの見本で何を見ていたというのか。

 

「筋繊維の収縮と解放についてはおよそワタシのボディ構造に合わせて情報の修正ができたのですが、どうにも骨格と関節の可動域の修正が間に合わず。キックの放つときに気を付ける点を教えてください」

 

「ねぇ、まさかとは思うけど、透視なんかもできるの?」

 

「ええ。稽古を付けて頂く時は師匠の体の動きをトレースできるよう、筋肉と関節の状態を解析させて頂いています」

 

なぜだか裸を見られるよりも恥ずかしい気持ちになってきた。

稽古中ずっと体の中身を透視されていたという事実が、謎の羞恥心を掻き立てる。

 

「師匠?体温が上昇しているようですが、疲れましたか?」

 

「見、ん、なっ!」

 

ラミリアの行動の意味が分からないが、しかし見るなと言われれば見てはいけないのだろう。

アルファは静かに目を閉じた。

 

 

 

「ふぅ・・・これでどうにか・・・」

 

テーブルの上にずらりと並んだ長方形の石。

ひとつひとつが大理石のような光沢のある仕上がりになっている。

ピアノの鍵盤だ。

町田が静かに鍵盤のひとつを押すと、ポーンと音が鳴った。

 

「よし。ここまでは上手く出来たみたいだ。オジュサさん、ラニッツさん、エコニィさん、ありがとうございます!」

 

町田はピアノ作製に協力してくれた面々に礼を言うと、屋敷の中に駆け込んだ。

 

「きれいな音だったねぇ」

 

エコニィがぽつりとつぶやく。

 

「ええ、本当に」

 

ラニッツが同意する。

 

「このあと、どうするんだろう?」

 

オジュサが疑問の言葉を発した直後、屋敷から町田が戻ってきた。

ついさっき入って行ったばかりなのだが。

見ればアスミとハサマを連れ立っている。

どうやら町田がアスミを呼びに行ったのと、アスミが屋敷から出ようとしたのが同時だったようだ。

 

「わぁ!ピアノだ!これ、町田くんが!?」

 

アスミは目を輝かせて歓喜の声を上げた。

今回の旅が始まってから、ずっとピアノを弾いていない。

こんなに長いあいだ鍵盤に触れないことなど初めてだった。

今まで当たり前のように目の前に在ったピアノが、自分にとってどれだけ大切なものだったのかを思い知った気分だった。

 

「みんなで作ったんだ。でも、さすがに調律は出来なくてね。だからアスミちゃんを呼んだんだよ」

 

なるほど、本来ピアノの調律には本職の調律師が必要である。

しかしこの場でそれは望めない。

そうなれば音感に覚えのあるアスミを置いて他に適任は居ないだろう。

 

「私、やってみるね!」

 

 

 

昼食後、タミューサ村の村長の屋敷の周囲には、人だかりが出来ていた。

 

「この音を聞いていると気分が良くなるな」

 

「不思議な音だ・・・一体何の魔法だ?」

 

村人たちは口々に囁いた。

とてもとても静かに、囁いた。

誰も、この素敵な音の邪魔をしたくなかったからである。

キスビットには音楽というものが存在しない。

当然ながら楽器も無く、歌というものも、その概念すら無い。

今ここでアスミのピアノの演奏を聴く者たちにとって、この出会いは魂を直接打たれるような衝撃だった。

やがて静かに曲が終わり、アスミが椅子から立ち上がる。

一番最初に拍手を始めたのはハサマだった。

今までも王宮に音楽家を招いての演奏会など、無いことも無かった。

しかし、今アスミが奏でた旋律はそのどれとも違っていた。

自然と、手が動いたのだ。

演奏が終われば拍手をする、そんな当たり前がこのキスビットには存在しない。

しかしハサマの拍手が契機となって波が起こり、割れんばかりの喝采が送られた。

 

「今のは『月の光』という曲でしたっ」

 

あまりの反応に少し驚きながら、そして少し照れながら、簡単に曲紹介をしたアスミはササッとピアノから離れた。

本当はこんなリサイタルのようなことをする予定では無かったのだ。

調律の為に一音ずつ鳴らしては弦の張りを調整する作業の中、いつしか村人が集まってしまった。

調律が終わり、せっかくなので一曲弾いてみては、という町田の提案もあり、また久しぶりに演奏したいという自分の気持ちもあった。

だがまさかこんなに好反応が貰えるとは思っていなかったのだ。

 

「アスミちゃん、やっぱりアスミちゃんはすごいピアニストだね。みんなの心を一瞬でさらってしまった」

 

町田に褒められ、気恥ずかしさが頂点に達したアスミは再度ピアノに近付くと、鍵盤を叩いた。

 

「ま、まだ気になる音があったから、調律の続きをしなきゃっ」

 

 

 

「それで、町田くん。君がこの石碑から読み解いた別の意味とは?」

 

町田に問い掛けたのはエウス村長だった。

長年に渡りこの国を救うために様々な情報を収集してきたエウスだったが、まさかこの石碑から新たな情報が得られるとは思っても居なかった。

完全に盲点だったと言える。

 

「この国には音楽が無いと聞きましたので、無理からぬことだと思います」

 

そもそも音楽という概念が存在しないのなら、この石碑に刻まれている暗号めいた仕掛けにも気付けるはずが無いのだ。

そう前置きし、町田は今日のできごとを詳細に話した。

エウスは静かに耳を傾け、町田の説明を聞いた。

そして、その楽譜というものを使った演奏、この石碑に込められたメッセージを、明日聴かせて欲しいと伝えた。

 

「連弾なんてやったことないので自信はありませんが、努力します」

 

町田はそう言うと、村長の部屋を後にした。

石碑に視線を移したエウスは顎を撫でながら、浮かんでくる疑問と格闘していた。

 

(この石碑に刻まれた暗号が本当に楽譜というものだとするならば、一体誰がそれを遺したと言うのだ・・・。少なくともタミューサ村、いや、キスビットの民でないことになる。我々は音楽というものを知らないのだ・・・)

 

 

 

翌朝、屋敷の庭に置かれたピアノの前に、町田とアスミが座っている。

 

「子供の頃の、ピアノ教室以来だよ。緊張するなぁ」

 

町田の言葉に檄を飛ばすアスミ。

 

「大丈夫!町田くんならできるよ!」

 

アスミが書き起こした楽譜は極めてシンプルなものだった。

八小節の繰り返し、ただそれだけ。

しかし和音となるキーが最大で18音もあり、一人で演奏することは不可能だった。

そこで、町田とアスミが連弾という奏法を取ったのだ。

全員が見守る中、演奏は開始された。

 

~♪~~~♪~~♪~~~~~♪

 

荘厳なイメージの曲だった。

神々しいというのか、威厳に満ちたというのか、表現法は異なったとしても、間違いなくこの場の全員が同じような感覚を持った。

そして、何度目かの八小節が繰り返された時、それは、起こった。

誰も予想だにしない最悪の事態が。

どう足掻いても防ぐことのできない地獄が、どんな策を弄しても回避できない泥黎ないりが、ぽっかりと口を開けたのだ。