【アイラヴ】急がば回っていられるか

ドサッ。

 

「ゼェ・・・ゼェ・・・」

 

全身を汗でびっしょり濡らしたウィーカは、ダンススタジオのフロアに倒れ込んだ。

身体全体で呼吸をするように、大きく胸を上下させながら酸素を取り込む。

 

「まぁ、だらしないわねぇ」

 

筋肉質で屈強な体躯のレッスンプロが、大の字になっているウィーカを見降ろして言う。

派手な色のセクシーなレオタードを着てはいるが、正真正銘の男性だ。

 

「でもまぁ、鬼の私にここまでついてこれたのは、認めてあげるけどね」

 

頭部の角にかかる髪の毛をサッと撫で、視線を周囲に向ける。

フロアの壁際には、青い顔をして膝を抱える少年少女が数名、死んだ魚の目をして鎮座していた。

レッスンが始まってから2時間、休み無しでブッ通し踊っていたのだ。

一人、また一人と倒れ、脱落していく中、ウィーカだけが最後まで踊り切った。

 

「ゼェ・・・根性・・・やったら・・・ゼェ・・・負けへん・・・でぇ・・・」

 

「リズム感もしなやかさもゼロだけど、負けん気だけは及第点ね。嫌いじゃないわ」

 

激しく勢いのあるウィンクを向けられたウィーカ。

褒められた気がまるでしないが、評価が低いということも無さそうだ。

ヨロヨロと起き上がると、膝が笑っている。

足が震え、よろめいてしまった。

 

「おっと。気をつけなさいね、ぼうや。食べちゃうわよ?」

 

ムキムキでムチムチのレオタードおじさんに支えられ、辛うじて立っているウィーカだったが、どうにも聞き捨てならなかった。

 

「誰が坊ややねん!どっからどぉ見ても完っ璧な美少女やんけっ!」

 

その瞬間、ウィーカは手を放され倒れてしまった。

 

「なぁーんだ。オトコノコじゃなかったのね。あんまりにも貧相だから間違えちゃったわ。さぁ!今日のレッスンは終わりよ!次の組が来ちゃうから早く帰った帰った!」

 

追い立てられるようにしてスタジオから出された少年少女たち。

ウィーカとて例外では無い。

生徒が誰も居なくなったスタジオから、ぼそりと声がする。

 

「ただの人間の女の子が根性だけで2時間踊り切るなんて、次が楽しみだわ」

 

とぼとぼと御徒町の待つ車へ向かい、ウィーカは後部座席に乗り込んだ。

 

「ごめん、ウチ今めっちゃ汗臭いねん。どっかでシャワー浴びたいわ」

 

「そうだね。じゃあ一旦事務所に戻ろうか」

 

次は発声練習なのだが、幸いにも練習場は事務所の近くだった。

ドレプロ自体にも稽古場は複数所有しているが、それは本物のプロと、正規の研究生用だ。

研究生(補欠)という身分のウィーカは外部の練習場所を転々とすることになる。

その練習場所の確保、スケジュール管理など、マネージャーのようなことをするのも、今はプロデューサー(見習い)の仕事なのだ。

 

「はい、これ」

 

御徒町は助手席に置いてあるカバンから、携行用の簡易食品を取り出した。

味はともかく、プロテインやビタミン、ミネラルなどが効率よく摂取できる。

激しい運動の後だからこそ、カロリー摂取も必要だった。

 

「おえ。あかん、今は食べられへん・・・」

 

「じゃあせめて、こっち」

 

次に取り出したのはゼリー状の栄養補給食品だった。

ご丁寧によく冷えている。

 

「おかちさん、気ぃ利くなぁ」

 

「これでも敏腕プロデューサーを目指しているからね。この時間だと事務所まで20分くらいはかかるから、それ飲んだらちょっと寝・・・」

 

ルームミラー越しに、すでに寝息をたてているウィーカが見えた。

思わず苦笑する御徒町

そして、静かに呟く。

 

「俺が、必ず君をアイドルにしてあげるから」

 

 

 

「ッうわ!寝てもーたあぁぁぁーッぁ痛ああぁーッッ!!」

 

目が覚めたウィーカ。

横になっているつもりで上半身を起こす動きは、車の後部座席に座っていたために勢い良くお辞儀することになり、助手席のシートに頭突きをする結果となった。

 

「ははは。騒がしいお目覚めだね」

 

「おかちさん!ウチ、どんだけ寝てた!?間に合う!?」

 

「大丈夫、今ちょうど事務所の駐車場に着いたところだよ」

 

「はあぁ~・・・良かった・・・」

 

心の底から安堵のため息をつくウィーカ。

そして頭をブンブンと振り、両手でぴしゃりと頬を叩いた。

 

「よっし!んじゃ10分で帰ってくるから!」

 

そう言い放つと勢い良くドアを開け、弾丸のように駆け出した。

ついさっきまでヘトヘトに疲れていたとは思えないほど元気だった。

 

「ちょっと!ウィーカッ!タオル!!タオルと・・・着替え・・・」

 

御徒町は頭を掻きながら車を降りた。

ウィーカの着替えはしっかりトランクに積んである。

しかし、まさか自分が女子のシャワー室に届ける訳にはいかない。

 

「さて・・・どうしたものか・・・」

 

あの様子では途中で気付いて戻ってくるとは考えにくい。

やはりシャワー室の近くまで着替えを持っていき、近くに居る女性の誰かに依頼するのが最も妥当な手段だろう。

トランクからでウィーカのデイバッグを取り出し、御徒町は事務所内へ向かった。

 

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おっとっと・・・。

【アイラヴ】火の無いところにも煙は立つ

「オイお前!なんでいっつもいっつもウチの邪魔ばっかすんのや!!」

 

長い髪を頭の後ろでおだんごにした少女が、路地裏で怒鳴っている。

おだんごから垂れた、まとめきれない黒髪の束を揺らしながら地団駄じだんだを踏む。

 

「えっ・・・アタシは邪魔なんて・・・」

 

怒りの矛先は、同じくらいの年齢の少女だった。

栗毛のポニーテールには、とても高価そうな髪飾りが付いている。

怒鳴られている少女の背後には、数人の男の子が居た。

 

「ウィーカの怒りんぼ!俺らはタオちゃんと遊ぶからな!」

 

「そーだそーだ!行こうぜタオちゃん」

 

男の子たちはポニーテールの女の子の手を引いて去ろうとする。

 

「待たんかいワレ!逃げるんか!オイ!」

 

ウィーカと呼ばれた女の子が声を張り上げても、しかし男の子たちの心は変わらない。

彼らは路地を曲がり、取り残されてしまったウィーカ。

 

「くそっ・・・金の力で何でもかんでも思い通りになる思ぉとったら大間違いやで・・・いつか絶対見返したるからなッ!!」

 

 

 

ダンスレッスンのためのスタジオに移動する車中、路地から駆け出てきた子供たちを見てつい、昔のことを思い出したウィーカ。

今はドレプロのアイドル研究生(補欠)になっている。

 

「どうしたの?ウィーカ」

 

運転手がルームミラー越しに視線を送る。

彼はドレプロのアイドルプロデューサー(見習い)で、御徒町おかちまちという。

 

「・・・なーんも」

 

気の抜けた返事を聞いた御徒町は苦笑しつつ、ハンドルを切る。

スタジオまであと数分はかかる。

 

「ウィーカのデビューまで、あと6ヶ月だろ?しっかりしろよ」

 

そんな確約は、無い。

しかし御徒町は信じていた。

この娘なら必ず、アイドルとしてやっていけると。

 

 

 

ドレプロには他のプロダクションには無い、面白い制度がある。

それは「プロデューサーとしての見習い期間、アイドルを一人育ててみる」ことができるのだ。

来期から正規のプロデューサーとして活躍できる見込みのある若手に、オーディションで落選した者の中から一人だけ選ぶ権利を与える。

そのペアで半年間、実際のデビューを目指して活動させるのだ。

これは、経験の浅い新人Pがその実力不足により、担当したプロアイドルの足を引っ張らないようにするための実践型授業とも言えた。

企業としては「対象を落選者の中から選んでいる」ということで、実際にデビューまで漕ぎ着けなくても構わない。

経験豊富な大物アイドルが新人Pのせいでステージの質を落とす方が問題なのだ。

しかしこの方法、実は意外と面白い前例が出ていた。

研究生(補欠)もプロデューサー(見習い)も、どちらも必死で努力する。

研究生(補欠)は「もう後が無い!」、プロデューサー(見習い)は「実力を示して正規Pに!」というわけだ。

すると中には、正規でオーディションに合格した者よりも輝く逸材が誕生することもある。

ウィーカと御徒町は今日から初めて、二人で活動することになる。

 

「なぁ、なんで御徒町さんはウチを指名してくれたん?」

 

物憂げな視線を過ぎ去る街並みに固定したまま、ウィーカが尋ねる。

交差点を曲がるためのウィンカーがカッチッカッチッと鳴る。

 

「オーディションでの演技、かな」

 

様々な審査が行われるオーディション、そのときの演技審査で出された課題は『電話で告げられた別れ』だった。

設定はそれだけ。

台詞も何も決められていない。

大袈裟に泣き出す者、理由を問い詰める者、怒り狂う者、十人十色の名シーンが次々と生まれていた。

そんな中。

 

「ああン?何やて?もう一回ゆーてくれや。はァ?聞こえへん。なんや声も小さぁーて女々しい男やのォ!あかん、もう破局や!やってられへん!ウチら仕舞いやな!ウジウジした男は嫌いやねん!ほなサイナラ!」

 

キツイ口調で一方的にまくしたて、電話を切ったウィーカ。

このとき御徒町は、ウィーカの瞳に涙が浮かんでいるのを見た。

 

「あの演技を見たときに、この子だって思ったんだよ。どの子も演技は上手だった。でも、ウィーカほど『相手のことを想って無かった』からね」

 

「・・・」

 

「別れを切り出す方が辛いこともある。それを考えて、敢えて強引に自分から別れる方法を取るなんて、よっぽどリアルに場面を想像してなきゃできないよ」

 

「・・・そんな大層なモンやあらへんよ・・・」

 

「まぁ、歌とダンスはひどかったけどね(笑)それに一芸披露でまさか・・・」

 

「うっさい!運転に集中せんかいアホ!」

 

笑いを噛み殺す御徒町

ウィーカの顔が赤いのは、褒められて照れているのか、それともけなされて怒っているのか、はたまたオーディションを思い出して恥ずかしがっているのか。

 

「じゃあ俺からも質問。ウィーカは何でアイドルになりたいの?」

 

もちろん、オーディションの自己紹介で志望動機は聞いている。

応募書類にも当たり障りの無い理由が綴られていた。

しかし、どうにもそれだけが原動力とは思えない、何か執念のようなものを感じるのだ。

 

「絶対負けたない奴がおってん」

 

「アイドルに?」

 

「今はまだ研究生やけど、あいつはきっとデビューする。せやからウチも同じステージに立って勝負するんや。んで真正面から負かしたる」

 

「そうか・・・。力になれるよう、俺も頑張るよ」

 

御徒町はそれが誰なのか尋ねなかった。 

車が速度を緩める。

スタジオが見えてきた。

滑るように駐車場へ入り、静かに停車する。

 

「なぁ、御徒町おかちまちて長ぉてややこしから、“おかちさん”でもええ?」

 

「もちろん、構わないよ。むしろ“さん”付けしてくれることが意外だよ」

 

御徒町がシートベルトを外しながら振り返り、ウィーカに微笑む。

 

「ウチかて最低限の礼儀くらいわきまえてるわ」

 

ぷいと横を向くウィーカ。

やれやれといった様子で車から降りる御徒町

自分もシートベルトを外しながら、ウィーカは呟いた。

 

「・・・見とれよタオナン・・・負けへんからな・・・」

 

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AIの自動色塗り!

今日の日はさようなら

下記の話の続きです。

1.キャラクターとショートストーリー

2.【上】それぞれのプロローグ

3.【中】それぞれのプロローグ

4.【下】それぞれのプロローグ

5.【前】それぞれの入国

6.【後】それぞれの入国

7.集結の園へ

8.心よ原始に戻れ

9.Beautiful World

10.慟哭へのモノローグ

11.FLY ME TO THE MOON

12.魂のルフラン

13.甘き死よ、来たれ

14.残酷な天使のテーゼ

 

 

下記の皆さまのご協力を頂き、物語を進めて参りました。

所属国 名前 特徴 創造主
ドレスタニア(近海) 紫電 失恋乙女 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
ドレスタニア メリッサ ドジッ娘 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
チュリグ ハサマ ココア王 ハヅキ(id:hazukisan)
奏山県(ワコク) 町田 急成長株 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
奏山県(ワコク) アスミ 純粋天使 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
コードティラル神聖王国 クォル・ラ・ディマ ハーレム らん (id:yourin_chi)
コードティラル神聖王国 ラミリア・パ・ドゥ 赤面師匠 らん (id:yourin_chi)
ライスランド カウンチュド 空腹精霊 お米ヤロー (id:yaki295han)
メユネッズ ダン 秘密保持 たなかあきら (id:t-akr125)
カルマポリス ルビネル 決意の瞳 フール (id:TheFool199485)

 

ウチの子

所属国 名前 特徴
キスビット(タミューサ村) エウスオーファン 夢叶いし
キスビット(タミューサ村) ダクタス もう隠居
キスビット(タミューサ村) ラニッツ 押し弱い
キスビット(タミューサ村) アウレイス ぎゃーす
キスビット(タミューサ村) オジュサ 楽天少年
キスビット(タミューサ村) エコニィ 大胆不足
キスビット(タミューサ村) マーウィン 二児の母
キスビット(タミューサ村) アルファ さよなら
キスビット(ジネ) カミューネ ただいま
キスビット(タミューサ村) エスヒナ 友情出演

 

 

これでようやく終わりました。

 

私としては、ここまでアッという間な感じですが、実は結構時間が経ってました。

今年の2月から始まって、色々と寄り道や浮気をしながらここまで来ました。

約5カ月にも渡ってお付き合いくださった皆様、本当にありがとうございました。

特にキャラクターをお貸しくださった皆様、我が子同然のキャラクターをヒドイ目に合わせる私にハラハライライラしたことでしょう。

本当に本当にもう謝罪と感謝しかありません。

ごめんなさい&ありがとうでございます。

皆様のキャラが魅力的に駆けまわってくださったお陰で、ここまで辿りつけました。

 

ちなみに、全キャラクターにはそのまま続きの物語が在っても良いように引いています。

これで終わるも良し、いつかどこかで続きが紡がれるも良し。

 

これからは平和になったキスビットの物語をちょこちょこ書いていきますね~。

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

「ビットが襲って来ない今のうちに、やっておくべきことがある」

 

エウスは、調査のためこの地に来たタミューサ村の同志を探すと言い出した。

その者が残しているであろう、あの石碑を、見付けねばならない。 

徒労に終わる可能性も拭えないが、しかし成さねばならないことがある。

それは「あの石碑を1,000年後に残す」ことだ。

ここでビットを討ち果たすことができれば、恐らく未来は、つまり自分たちがもと居た世界は、書き換えられることになる。

しかし倒せなかった場合、おかしな感覚ではあるが『1,000年後の自分たち』にビット討伐をリトライしてもらわねばならない。

そのためのメッセージとして、どうしてもあの「楽譜情報が入った石碑」を作らねばならない。

 

「音楽という概念の無いキスビットで、なぜ楽譜が石碑に記されていたのか。その答えが、きっと今の僕たちだと思うんです」

 

町田の説明は非常に分かりやすかった。

つまり、石碑に書かれた楽譜の暗号は、自分たちが用意したことになるのだ。

 

「この地にも、当然ながら民が暮らしているはずだ。その集落を見つけ、そこに紛れ込んでいる同志、もしくは同志が用意した石碑を確保する」

 

いつビットの襲撃があるか分からない状況であり、悠長に構えている時間は無い。

そして戦力を分散することも得策では無い。

皆で移動する案を提示したエウス。

 

「ちょっと待って!正気なの!?アウリィをここに置いていく気!?」

 

その策に反対の声を荒げたのはルビネルだった。

今にも噛み付きそうな、物凄い剣幕である。

 

「我々と行動を共にしない方が、かえって安全かも知れん・・・」

 

ダンの言葉は尤もだった。

立って歩くこともできない状態の者を連れてゆくことは、双方にとって低くないリスクが伴う。

 

「だ・・・だけどッ・・・」

 

ルビネルとて、それは分かっていた。

集団で行動すれば嫌でも目立つし、そこに襲撃を受ければ誰かがアウレイスを守りながらの戦闘となり、戦力を欠いてしまうことになる。

また、今の状態での移動はアウレイス本人にとっても相当な負担となるだろう。

理性では分かっている。

しかし感情がついて来ないのだ。

 

「置いては・・・行けない・・・ぅぅ・・・」

 

とうとうルビネルは泣き出してしまった。

類稀な汎用性の高い能力と鋭い観察眼、論理的な思考と視野の広い考察力。

それら高性能な印象に隠れていて見えなかった、ごく普通の少女の部分が顔を出してしまった。

必死で堪えようとすればするほど溢れ出る涙。

スカートをぎゅっと掴む手の甲に、大粒の雫がぱたぱたと落ちる。

その涙を、そっと撫でる手があった。

 

「ルビ・・・ネル・・・わ、私は、だい・・・じょ・・・」

 

アウレイスだった。

震える腕で上半身を支え、起き上がろうとする。

 

「私・・・はじ、め・・・て、役に・・・た・・・て・・・」

 

しかし言葉は最後まで続かず、ルビネルに身体を預けるように倒れてしまう。

息が荒く、熱も高い。

そして体力の消耗の激しさを物語る大量の発汗。

ルビネルはアウレイスをそっと寝かせ、よく絞った冷布を額に乗せてやった。

 

「これ以上、アウレイスに負担はかけられない。でしょう?」

 

次にルビネルの手を優しく包んだのは、ラミリアだった。

まっすぐにルビネルの目を見つめる。

これ以上、アウレイスに負担を掛けられない。

ラミリアの言葉を反芻する。

それはルビネルとて、痛いほどよく理解っている。

こんな状況でなければ、マーウィン他数名が看病のために残ることとて可能なはずだ。

しかし、今はこの場に存在する全員が貴重な戦力であり、それぞれの能力を最大限に発揮するためには、皆で協力せねばならない。

 

「・・・分かったわ・・・」

 

ルビネルはついに観念した。

拳で涙を拭い、すっくと立ち上がる。

 

「ただし、最大全速で移動してすぐにここに戻るわ!」

 

「もちろんだ」

 

力強くエウスが応え、出発が決まった。

いち早く上空へ飛んだハサマが北を示す。

 

「あっちに集落が見える。よし・・・」

 

繊細な出力調整が行われた竜巻が全員を吹き上げる。

皆それぞれが、体格や装備、バランス能力などに差がある中、全員にとって最適な風力を提供できるというのは、まさに『神業』だった。

高い威力の攻撃にばかり注目が集まるハサマ王だが、能力の使い方についても特筆すべきものがある。

 

「わぁー!これ、ハサマちゃんがッ!?す、すごい!私、飛んでる!」

 

もちろん、スカートがめくれないという気遣いも忘れていない。

アスミが歓喜の声を上げた。

空を飛ぶなどという体験はそうそうできるものではない。

他の者も昂揚しているのが窺えた。

 

「こ、この移動方法なら、アウリィも・・・」

 

ルビネルの呟きは風に掻き消され、他の者には聴こえなかった。

ハサマを除いては。

 

「仮に移動できたとして、もし誰かが負傷したらあの子は必ずそれを治そうとするよね?それがどういうことか、分かる?」

 

そっと、ルビネルにだけ聴こえるようにハサマが言う。

それは重い言葉だった。

確かに、そうだ。

あの状態で無理をして更に傷を受け止めたりすれば、アウレイス自身の命も危険である。

なぜそこに気付かなかったのか、ルビネルは自分が盲目的になっていることを自覚した。

黙ってハサマを見詰め、小さく頷く。

 

「じゃあ、一気に行くよ。時間が無いからね」

 

ハサマは表情を少しだけ緩め、ルビネルに一瞬視線を送り、皆をジェット気流に乗せた。

ほどなく、キスビット人が一般的によく使用するテントが数張り見えてきた。

しかし下降を始め集落に近付くにつれ、その異様さが浮き彫りとなる。

 

「こ・・・これは・・・」

 

エウスが異常な臭気にいち早く気付いた。

そこに存在していたであろう民たちは、ことごとく惨殺されている。

それも、即死ではない。

なるべく長く生きるような、残酷な所業である。

己に降りかかる理不尽を呪い、凄惨な苦痛に顔を歪め、自ら死を乞うほどの悪夢。

間違いなくビットの仕業だろう。

 

「ハサマ王、私だけを降ろして頂きたい」

 

エウスがそう言うと、ハサマはエウスの周囲だけ風を弱め、降下させた。

逆に、その他全員を少し上昇させた。

この惨状を皆に、特にアスミや町田に見せたくなかったのだ。

 

「こちらへ来てから、私の鼻はずいぶん悪くなったようだ」

 

本来であればこのような惨殺が行われたとき、その叫びや苦悶のニオイが嗅ぎ取れるはずだった。

しかしこの土地に蔓延する負の感情が濃いためか、物理的に近付かなければ判別できなくなっている。

慎重に歩を進めていたエウスが、一人の亡骸を見て動きを止めた。

テントにもたれかかり座っているような姿勢でうなだれ、顔は見えない。

そのすぐ横にあるテントを開く。

中には、あの石碑が在った。

やはり先ほどの亡骸はタミューサ村から調査でこちらへ来た同胞だったのだ。

変わり果てた姿ではあったが、懐かしい匂いがしたのは間違いでは無かった。

 

「・・・すまない・・・」

 

エウスはぼそりと口の中で呟き、テントの中へ入る。

石碑を確認すると、記憶に新しいあの「ただの日記」のような内容が記されていた。

例の楽譜になるような印は見当たらない。

町田の考えは正しかったのだろう。

石碑の発見を伝えようと、テントから外に出たエウス。

 

ぐらり。

 

先ほどの亡骸が、支えを失ったように倒れた。

いや、違う。

 

「な・・・なにぃッ!!」

 

見たことがある、この光景。

聞いたことがある、この音。

周囲の地面から土が集まり亡骸にまとわり付く。

土が石になるほどの密度で固まるギシギシと鳴る音。

エウスは反射的に飛び退き、脱兎のごとく駆け出した。

そしてハサマに回収の合図を送ろうと空を見上げる。

そこでは。

 

「悪いけど、一旦降ろすよ」

 

ハサマが皆を降下させていた。

その眼前に迫る岩の雨。

ひとつひとつが人間大ほどもある大きな岩が、まるで絨毯のように敷き詰められ上空から降ってくるのだ。

 

「エウス村長っ!後ろぉぉーッ!!」

 

地面に降り立ったエコニィが叫ぶ。

同時にエウスは倒れ込むように伏せた。

つい先ほどまでエウスの体が在った空間を、ゴーレムの腕が唸りを上げて通過する。

 

「また土人形かっ!芸の無い神様だなオイ!」

 

エウスとゴーレムの間に疾風のごとく駆け込んだクォルが大剣を振るう。

 

「待てクォル!そいつはっ・・・」

 

叫ぶエウスの制止も虚しく、クォルの剣はゴーレムの屈強な腕に弾かれてしまった。

驚愕に目を見開くクォル。

 

「前の奴とは違うってことかよ」

 

前回大量に湧き出たゴーレムは俊敏性も耐久性も反応も、それほど手強くなかった。

しかし今目の前にそびえ立つ岩の塊は、明らかにクォルの剣筋に合わせて防御の動きを見せた。

それに弾かれた剣から伝わる表面の硬さも、まるで異質のものだった。

 

「手ぇ貸すぜ、クォ」

 

大剣を構えつつ、ゴーレム攻略のポイントを探していたクォルの横に紫電が立つ。

両の拳をバキバキと鳴らし、左前の半身に構える。

 

「なんだ、恩返しのチャンスをくれんのかい?」

 

「オレは海賊の頭領だぞ?そんなに小さくねぇよ」

 

命をかけて自分を救った紫電に、クォルは並々ならぬ恩を感じていた。

しかしそれを態度に出せるほど無垢でも無かった。

生身の拳を構える紫電に、なおも素直になれないクォル。

 

「あいつ、殴るにゃぁちょっとカタ過ぎるぜ?」

 

「はンっ。鬼の拳をナメんじゃねぇよ」

 

どちらともなく呼吸を合わせる。

二人が静かに、そして大きく息を吸うと同時に、ゴーレムの巨腕が振り下ろされた。

そこにエウスの声が響く。

 

「クォル!紫電!まだだッ!!!」

 

振り下ろされたゴーレムの腕を左右に跳んで回避したクォルと紫電

しかし、ゴーレムの背後から新たなゴーレムが二体、クォルと紫電をそれぞれ追うように飛び出してきた。

 

「うおっ!」

 

「くぅ!」

 

虚を突かれはしたものの、辛うじて直撃を避けた二人。

 

「キスビットのゴーレムは、内部にキスビット人の命が宿って初めてその真価を発揮する。よもやこのために集落を襲ったのか・・・ビットめ・・・」

 

呪いの言葉を吐くエウスの視界には、次々と起き上がるゴーレムの姿があった。

本来であれば命のある者が中枢となって構築されるゴーレムだが、これは恐らくビットが無理矢理に亡骸で造り出しているのだろう。

先刻、周囲を取り囲まれたときは数が多かったが、今回は十体だ。

しかしその戦力はあの時の比ではない。

意外にもゴーレムは、目の前の紫電とクォルに追い打ちをかけなかった。

ぐるりとこちらを見渡すような仕草をする。

そして、一点を目標に定め、動き出した。

エウスはすがる思いで上空のハサマに目をやる。

おびただしい量の岩の雨を、暴風を操りこちらに降らぬよう防御に徹していた。

あれではしばらく動けそうにない。

 

「カウンチュド!ダン!ルビネル!町田とアスミを連れてピアノへ向かうんだ!」

 

意を決したエウスが叫んだ。

 

「その他はここでゴーレムを食い止めろ!絶対に通すんじゃない!!」

 

ゴーレム達が狙っているのは、間違いなくアスミと町田だろう。

現にこの岩のバケモノ達はアスミと町田の居る方向へ足を向けている。

しかし逆にこれは良い兆候であるとも取れる、とエウスは考えた。

通常なら戦力外であるはずの二人がターゲットにされるということは、ビットがあのピアノの演奏を嫌がっていることに他ならない。

エウスはそこに一縷の光を見出した。

先ほどクォルに攻撃を繰り出したゴーレムも、エウスの屋敷方向へ走る町田とアスミを追おうとしている。

 

「俺様、無視されんの大ッ嫌いなんだけど!!」

 

力任せに振り切った大剣がゴーレムの膝のあたりを砕いた。

敵の目が自分に向いていないのであれば防御を無視して全力で攻撃できる。

しかし、それでようやく表面の装甲を砕くだけとは、なんとも硬すぎる。

 

「それ、ナマクラなんじゃねぇかッ!?」

 

大剣に続き紫電の拳が、ゴーレムの膝に直撃した。

先ほどクォルの攻撃で装甲が薄くなったところへ叩き込んだ紫電の拳が、更に表面の岩を削る。

ざっと見渡すと、十体のゴーレムのうち目の前のコイツが一番デカいように見える。

だがそれは二人にとって、倒し甲斐以外の何ものでも無かった。

クォルは今まで片手で持っていたつかを両手で絞るように握り、紫電は拳を強く握り固め、二人は示し合わせたように、不敵に笑った。

その背後、砂煙の中から身を躍らせたのはラミリアだった。

 

「止まりな・・・さいッ!!」

 

ラミリアは足元の石を蹴り上げ、その石を突き込むように掌打を放つ。

単発ならまだしも、素手で岩石に攻撃し続けるのは不利と考えての良い判断だ。

紫電とクォルが相手にしているものより一回り小さいゴーレムが相手だった。

しかしこの攻撃ではその表面が少し剥がれただけで、特にダメージがあるようには見えない。

 

「かったいわね、もう・・・」

 

どうすればゴーレムの歩を止められるか考えているラミリアの真横から、銀色の影が飛び出した。

アルファだった。

先ほどのラミリアを真似、石を掌に持ちつつゴーレムの胸板を殴打する。

 

「硬いですね、師匠」

 

粉々になってしまった石に視線を落とし、無機質な声でラミリアに報告するアルファ。

ゴーレムに直接攻撃を打ち込んだために得られたデータを元に、その硬度やパワーを演算する。

その刹那、今度はゴーレムが拳を振るった。

標的となったラミリアは咄嗟に腕を十字に構え、防御の体勢を取る。

しかしその拳が届く直前に、ラミリアの体はグンと並行移動した。

アルファが引き寄せたのだ。

 

「師匠は決して生身で攻撃したり、受けたりしないでください。ワタシの計算によれば、これの装甲はその辺の岩石よりも硬度が高く危険です。ワタシのボディと同等の硬質化が成されています」

 

「ラミリアさんッ!」

 

ふいに後ろから声を掛けられたラミリア。

と、オジュサが魔法で土を操り、ラミリアのグローブとブーツに鉱石のコーティングを施した。

 

「あら、ちょっと重いけど、良いッ・・・かんッ・・・じッッ!!」

 

水を得た魚のようにラミリアが跳ねる。

大きく跳躍し、着地までの間に三発の打撃をゴーレムに叩き込んだ。

ぐらりと傾き、片膝をついたゴーレム。

同時に拳の鉱石コーティングも砕け散ってしまったが、しかしすぐに新たな鉱石が表面を固める。

 

「装甲はボクがいくらでも足しますので、ラミリアさんは心おきなくブン殴ってください!」

 

オジュサの声に口元をにやりと歪めたラミリア。

両拳をガチンガチンと合わせながら言う。

 

「ナイスよオジュサくん!さぁ、土は土に還ってもらいましょうか!アルファ!」

 

ラミリアの掛け声を合図に、アルファも身を躍らせた。

そんな二人の舞闘家から連撃を浴びるゴーレムの横を、駆け抜ける姿がある。

 

「ア、アスミちゃ~ん!待ってよぉぉ~!」

 

エウスの屋敷へ向かったはずの町田が、なぜかゴーレムの群れの目の前を走っている。

あろうことか、その町田が追っているのはアスミだった。

 

「町田くんっ☆つかまえてごらんなさ~い♪アハハハ☆」

 

戦闘中でないゴーレムが踵を返し、アスミと町田を追う。

最も距離が近いゴーレムが足を大きく振り上げ、二人を踏みつぶそうとする。

しかしその直前にアスミが足を滑らせて派手に転んだ。

そのままゴロゴロと町田を巻き込みながら転がると、すぐ横で地面を踏み鳴らす轟音が響く。

 

「あ、危ないですよメリッ・・・アスミちゃん!」

 

「イタタタ。お怪我はありませんか町田くん☆」

 

そう、この二人はダクタスが呪詛でその姿を変化している別人だった。

アスミの中身はメリッサ。

町田の中身はマーウィンの分身ダブルである。

 

「これでしばらく時間を稼げるじゃろうて。しかし、あのコンビは無敵じゃのう」

 

あご髭を撫でながら言うダクタスに、すぐ隣にいるマーウィンの本体が悲壮な声をあげる。

 

「む、無敵なもんですか!こんなこと・・・私、恐ろしいったらもう・・・」

 

アスミの風体をしたメリッサが転げ回って回避を続け、見た目が町田であるマーウィンの分身ダブルがそれを必死に追いかける。

そのすぐ横でも死闘が繰り広げられていた。

 

「でええぇぇぇぇーやあああぁぁぁッッ!!!」

 

小柄な身体に似合わない雄叫びと共に振り抜かれた大剣には、雷がほとばしっている。

攻撃が当たった箇所は屈強な装甲が爆ぜ、その周辺がボロボロと崩れている。

 

「これ良いじゃない、ラニッツ」

 

「以前、国際警察の方が村にいらしたとき、咄嗟に考えたものですが」

 

そう言えば、とエコニィも思い出した。

エコニィが王都から亡命し、初めてタミューサ村を訪れた際に同行してくれたナイフ使い。

寡黙で感情の起伏が少ないあの警察官は、ナイフにラニッツの雷を宿して正体不明のバケモノと戦っていた。

雷撃の大剣は、しかしゴーレム相手では一撃必殺にはならないものの、ダメージを与える程度には攻撃力を上げることができているようだ。

 

「これも助けになりますかね」

 

ラニッツはそう言うと、小さめの雷雲を生成しゴーレムの頭部を覆った。

 

「ちょっとだけ、見直したわッ」

 

こちらを知覚できないと見るや、エコニィは攻撃に全神経を集中した。

こうしてエコニィとラニッツのペアが一体。

クォルと紫電のペアが一体。

ラミリアとアルファのペアが一体。

残りの七体が、メリッサ扮するアスミと、マーウィンの分身ダブル扮する町田を追っている。

 

「・・・奴はどこだ・・・」

 

怯えるカミューネを庇いつつ、エウスはビットの気配を探っていた。

これだけの数のゴーレムを、しかも内部にキスビット人を擁した形で出現させ操るためには、遠く離れた場所ではなく、ある程度近距離に居るだろうと考えていたエウス。

しかし、いくら嗅いでもビットの気配もニオイも、まるで知覚できなかった。

 

 

 

「あ!アスミちゃん!」

 

町田の声が響く。

カウンチュドを先頭に、アスミ、町田と続き、左右をダンとルビネルが囲むような陣形で走っていた。

最後尾を走る町田の目の前で、アスミが転倒したのだ。

 

「大丈夫!?」

 

エウスの号令が掛かった直後から、一行は真っ直ぐに屋敷を目指して走っていた。

普通の人間が全力で走れる時間など、タカが知れている。

それも日々トレーニングを重ねているアスリートなどではない。

ガクガクと震える膝を掴み、辛うじて立ち上がったアスミ。

 

「まだ、走れるわ」

 

しかしその足取りは重い。

 

「いや、アスミはよく頑張った!ここからは俺に任せてもらおうッ!!」

 

「ッきゃあ!」

 

返答を待つ間も無しにカウンチュドがアスミを抱き上げた。

お姫様抱っこの状態である。

それを見たダンが、すっとその場に腰を落とす。

 

「町田、乗れ」

 

「えっ・・・そんなこと!僕よりもルビネルさんを・・・」

 

町田が躊躇い、ルビネルに視線を送る。

するとルビネルは薄く頬笑みながら、ふわりと

 

「私はほら、これがあるから大丈夫よ」

 

靴の裏からボールペンが浮き上がる。

ルビネルはペン操る呪詛を使い、滑るように移動できるのだ。

しかしこれには並はずれたバランス感覚が必要であり、他人を運ぶのには向いていない。

 

「お屋敷に着いたら休む間もなく演奏よ?今のうちに楽しときなさい」

 

ルビネルにそう言われても、やはり町田には男としてのプライドがあった。

ここでダンの背中を借りるのはどうしても抵抗があったのだ。

しかしダンは町田に背を向けたまま、言う。

 

「これから屋敷に着き、お前たちの演奏が始まれば、私はたちどころに役立たずになってしまうだろうな。見守ることしかできん。だから、せめて今だけはお前の足となり駆けさせてくれないか」

 

思いもよらない申し出だった。

振り返るダンの真っ直ぐな眼差しを、同じく真っ直ぐ見つめ返す町田。

 

「ダンさん、ありがとうございます!」

 

ボールペンで滑空するルビネル。

アスミを抱えたカウンチュド。

そして町田を背負ったダン。

三つの影が荒野を駆け抜け、やがて屋敷の姿を遠くに捉えた、その時。

 

「こっちが本命ってことかよ」

 

そっとアスミを降ろしつつ、カウンチュドが吐き捨てるように言う。

ダンも町田を降ろし、剣を構えた。

中身を緑色の気体で満たしたガラスの筒を右手に持つルビネルは、町田とアスミを自分の背後へ誘導する。

 

「あのおと させない」

 

浅黒い肌、長く尖った耳、その耳の後ろから後方に向かって伸びる三対の角。

邪神ビットが、ひたひたと近付いてくる。

 

「ちっ・・・もう屋敷が見えているというのに・・・」

 

ダンが忌々しげに漏らす。

どうにか町田とアスミをピアノまで送り届けなければならない。

いま確かに、ビットはあの演奏を嫌っていることを示した。

これが好機でなくて何なのだ。

 

「ルビネルお前、ペンの移動で、二人を抱えて屋敷まで行けるか?」

 

「?」

 

ダンの言葉に一瞬答えを迷ったルビネル。

 

「無理すれば、できなくない・・・」

 

そもそもルビネルとて筋力という面で見ればごく普通の女子である。

二人の人間を抱えることがまず無理難題だ。

しかしありったけのボールペンを使えば、どうにかなるだろう。

 

「というワケだ。カウンチュド、一緒に死んでくれるか?」

 

「俺は死なん!ルビネルが町田とアスミを運ぶ隙を作りつつ、さらにビットに一撃をお見舞いしてやる!」

 

「つい先刻、お互いに死にかけた身だがな」

 

「もう忘れた!」

 

カウンチュドの怒鳴り声を合図に、ルビネルがガラス管を地面に叩きつける。

ダンとカウンチュドが同時にビットに斬りかかる。

その背後でルビネルが左右七本ずつのボールペンでアスミと町田の身体を支え、一気に滑り出す。

 

「ダンさん、カウンチュドさん、私・・・必ず弾きます!」

 

アスミはこの状況で自分がなにをすべきか、もう迷わなかった。

皆が自分をピアノまで送り届けるために、命がけで頑張ってくれている。

それに応えるためには、何があってもピアノに辿り着き、そして演奏する。

それしか無い。

町田も同じ気持ちだった。

人にはそれぞれ役割がある。

自分には、武器を持って戦うことなどできはしない。

しかし、そればかりが戦いではないと、皆が教えてくれた。

 

「僕たちの演奏で・・・未来を変えるッ!!」

 

二人の決意の表情とは裏腹に、ルビネルの顔は曇っていた。

一分でも、一秒でも早く。

 

「ゥラアアアァァァァァイスッッッ!!!」

 

「チェストオォォォォ-ッ!!!」

 

カウンチュドとダンの剣がビットに襲いかかる。

ビットは両腕に硬質化した土を纏い、それを受けた。

耳障りな金属音が響き、二人は後方に跳び退く。

前回はここで、何をされたかも分からない状態で身を裂かれた二人。

 

「よし、今度は死ななかったな!まだいける!」

 

「・・・どんな基準だ」

 

カウンチュドが剣を握り直し、ダンが呼吸を整える。

達人同士での共闘では、おのずとリズムを合わせお互いの隙をカバーし合うような戦闘になる。

打ち込むタイミングや方向、回避か防御かの選択など、それぞれがお互いの状況や次の手を読みつつ立ち回ることになる。

今、二人はまさにその状態だった。

しかし。

 

「ッ!!」

 

ダンは驚愕した。

カウンチュドが剣の構えを解き、無防備にビットへ飛びかかった。

 

「ごぶふッ・・・」

 

カウンチュドの背中から、ビットの黒い腕が生えている。

胸部を貫かれたのだ。

 

「カ、カウンチュドッ!何を・・・」

 

「捕まえたぜ害虫野郎!」

 

カウンチュドは手にした剣をビットの背中に回し、思い切り突いた。

切っ先はビットを背中から貫き、そして、自身の身をも貫通した。

ビットはカウンチュドを引き離そうと腕を捩る。

その度に傷口から鮮血が溢れ、血飛沫が舞う。

 

「ダン!早く!早くやれええぇぇぇぇぇーッッ!!!」

 

カウンチュドが吠えた。

相手がいかに神であろうと、これだけの密着状態で動きを制限されれば確実に致命傷を与えられる。

それがカウンチュドの狙いだった。

別に命を捨てたわけではない。

自分の超回復能力を信じているのだ。

だが万一これで死んでも構わなかった。

今この時を全力で生きる。

悔いが残るような選択を、カウンチュドは一瞬たりともしないのだ。

 

「邪神ビット!永遠に眠れえぇぇぇぇぇーッッ!!!」

 

ダンの渾身の一撃が、ビットの脳天をめがけ振り下ろされた。

 

「なッ・・・なにィィ!?」

 

ビットの頭上には、背中から生えた黒い手が在った。

その掌に、ダンの剣の刀身が半分ほど沈み込んでいる。

そして、いつのまにかダンの背後に回り込んだ黒い掌。

 

「ば・・・かな・・・」

 

ダンを背中から貫く刃物、それは間違いなく夢追いの剣であった。

自分が相手に振り下ろした剣が、自分を背後から突き刺している。

胸を貫通して見えている切っ先はどう見ても自分の剣。

こんなデタラメな状況を、理解しろと言う方が無理な話だった。

 

 

 

「もう少しッ・・・」

 

ルビネルは頭の中で呪文のように繰り返し唱えていた。

自分の嫌な予感を振り払うように、大丈夫、大丈夫と。

だが、いつだって予感が当たる時というのは悪い方なのだ。

あとほんの数メートルのところで、ルビネルは背中に強い衝撃を受けた。

町田とアスミへのダメージを最小限に抑えるため、二人の周囲のボールペン操作に全神経を集中した。

結果的に二人はふわりと着地したものの、ルビネルは派手に転倒してしまった。

 

「ルビネルさん!!」

 

「わたっ・・・し、構わな・・・早く・・・」

 

背中を強打したせいで声が上手く出せない。

しかし町田もアスミも、やるべきことは分かっている。

屋敷に背を向けたルビネル、屋敷に向かった町田とアスミ。

ルビネルに迫る、邪神ビット。

 

「あのおと させない」

 

ゆっくりと歩いてくるビットは、その左腕にカウンチュドを突き刺していた。

近付いてくるビットを見据える視界の端に、何かが映る。

位置的に、恐らくはそれがルビネルの背中に衝突したのだろう。

ちらりと視線を向けると、それはダンだった。

 

 

 

大回転俺様岩山両断剣だいかいてんおれさまがんざんりょうだんけんッッッ!!!」

 

クォルが空中で前方に一回転しながら剣に勢いをつけ、そのまま一気にゴーレムの頭部に振り下ろす。

今まで蓄積したダメージもあり、ゴーレムの頭部は粉々に砕け散った。

 

「威力は認めてやるが・・・ネーミングセンスは、最ッ低ッだあぁぁッッ!!!」

 

頭部が砕け崩壊が始まったゴーレムに紫電の拳が炸裂する。

胴体にめり込んだ腕を引き抜くとその穴を中心に亀裂が走り、ガラガラと崩れ去ったゴーレム。

 

「いくよッ」

 

「はい」

 

ラミリアの回し蹴りとアルファの後ろ回し蹴りが、ゴーレムの頭部を挟むようにヒットする。

ピシッと小気味の良い音がしたかと思うと、ゴーレムの頭部は砕け散った。

そのままの勢いでラミリアは胴を腹側から、アルファは背中側から、両の拳を雨あられと打ち込んだ。

 

「あいたっ!ちょっとオジュサくん、装甲が間に合って無いわよ?」

 

「いや、あの、ラッシュが早すぎてさすがに無理ですよ・・・」

 

「どうやら敵は停止したようですね、師匠」

 

自分の右拳にふーふーと息を吹きかけるラミリアと、口を尖らせるオジュサ。

無表情のままアルファが見つめるその先で、ゴーレムはただの岩塊となった。

 

「もういっちょおぉぉ!!」

 

エコニィは雷撃の乗った大剣を振りまわし、ゴーレムの装甲を削り取っていく。

徐々にその身を細らせてゆくゴーレム。

 

「そろそろトドメ、いこっかッ!」

 

エコニィの声を合図にラニッツが雷雲を操作する。

大剣に雷が集まり、刀身が金色に光りだす。

すでに自重を支えることすら困難なほどに削られた岩の足を踏み台にし、跳躍するエコニィ。

 

「とりゃああぁぁぁー!!!」

 

袈裟斬りにされたゴーレムは、砂煙を上げて崩壊した。

そのカケラがころりと転がる。

それを踏んだのは、見た目がアスミのメリッサだ。

 

「あわわわわッ☆」

 

「ちょっ!メリッ・・・アスッ・・・ああああ!」

 

思い切り勢いをつけて町田、つまりマーウィンの分身ダブルに突っ込んだメリッサ。

二人揃って倒れてしまった。

そこをゴーレムの岩拳が通過し、他のゴーレムに直撃する。

もう何度もこんな奇跡的メリッサ劇場が巻き起り、七体居たゴーレムはすでにあと二体となっていた。

 

「ダメだ!戻ろう!」

 

ふいに頭上から声が掛けられた。

豪雨のような岩石を全て払いのけたハサマである。

有無を言わさず全員を突風で巻き上げると、全速で屋敷の方向へ飛んだ。

 

「ハサマ王・・・まさか!?」

 

エウスの言葉に、ハサマは黙って頷いた。

 

「足止めされていたのは・・・こちらの方だったか・・・」

 

悔やんでも仕方が無い。

できることをやるしかない。

今は最速で屋敷へ戻り、町田とアスミを守りつつ演奏させることが最優先である。

 

ラニッツさん、お屋敷が見えたら、そこに雲が作れますか?」

 

カミューネがラニッツに問う。

 

「できますよ。視界の範囲であれば自在です。しかし、まさか?」

 

「確かに、その方が速そうだね」

 

ハサマがカミューネの策を察して答える。

風を操作し、皆の位置を移動させた。

カミューネを中心に、全員が手を繋げる距離に集まる。

 

「いきますよ!」

 

屋敷が見えた瞬間、ラニッツが屋敷の前と、自分たちの目の前に雷雲を生成した。

と、その瞬間ハサマが風を止める。

皆は空中に投げ出され、慣性の法則ラニッツが作りだした雷雲に突っ込んだ。

そして次の瞬間、自らの足で大地を踏みしめる。

着地したのだ。

足で重力を感知した直後、ラニッツは雲を消し去った。

目の前には、エウスの屋敷がある。

ピアノの前に、町田とアスミが居た。

そして、町田のすぐ目の前には、邪神ビットが立っていた。

 

「町田くん!」

 

アスミが叫ぶ。

町田は大きく両腕を広げてビットからアスミを守ろうとしている。

ビットの後方にはカウンチュド、ダン、そしてルビネルが転がっていた。

 

「あのおと させない きえろ」

 

ビットの腕がゆっくりと町田に近付く。

ギュッと目を閉じる町田。

 

「消えるのは、あなたよ」

 

突然、眩い光のドームが屋敷周辺を包み込んだ。

アウレイスの回復魔法である。

しかし、今までの光の範囲からは考えられないほど規模が大きい。

屋敷全体を覆ってなお余るほどの巨大なドームが形成されている。

温かく柔らかい光の中で、慈愛を感じながらカウンチュドが、ダンが立ち上がる。

そしてルビネルが上体を起こす。

 

「・・・アウリィ・・・?」

 

屋敷の正面扉から、裸足のままのアウレイスがヨロヨロと出てきた。

一瞬だけ視線をルビネルへ向け、薄く微笑む。

そしてすぐにビットに向き直り、力強く言い放った。

 

「あなたが負の感情を力にすると言うのなら、私がそれを全部吸収してあげるわ!」

 

「ぐおおおおぉぉぉ!!やめろ!やめろ!」

 

アウレイスが放つ光はいっそう強くなる。

ビットは両手で頭を抱え、よろよろとアウレイスに近付く。

しかしそれ以上歩くことはできず、膝をついてしまう。

アウレイスの疲労も相当なようだった。

荒い呼吸のため肩が大きく上下し、全身から汗が噴き出ている。

 

「はぁ゛・・・はぁ゛・・・」

 

皆は光の中で、絶対的な安心感と充足感を得ながら、アウレイスとビットを見ていた。

徐々に痩せ細っていくビット。

一方アウレイスは、生え際に若干残っていた銀髪部分も闇黒に変色していた。

そして、手の指先、足のつま先がだんだんと黒くなってゆく。

 

「が・・・我慢、くら、べ、ね・・・」

 

「ぐうううううう!やめろおおおおお!」

 

ビットの背中から三対六本の腕が出現し、そしてすぐに掻き消えてしまった。

アウレイスの口角から血が滴っている。

そして。

 

「ぐっ・・・ごほっごほっ・・・ぐぅぅぅぅ・・・・」

 

アウレイスが膝から崩れ落ち、魔法の光が収束していく。

見れば手足の闇黒化は肘まで、膝まで進行していた。

まるでミイラのように骨と皮のようになったビットが、溺れかけのようなめちゃくちゃな呼吸をしている。

 

「バハアアァァァッ!ガッハ・・・ア゛ア゛ア゛ァァァ!」

 

誰もがその状況をただ、茫然と見ていた。

アウレイスの魔法の影響で焦燥や戦慄、怒りや憎しみの感情が消えていたことによることも大きいが、あれだけ強大な脅威と思っていた邪神が、目の前で瀕死の状態になっていることへの理解が追いつかないのだ。

そんな中、真っ先に動いたのは意外な二人だった。

 

「弾こう、アスミちゃん!」

 

「ええ、町田くん!」

 

町田とアスミが鍵盤に手を置き、演奏の準備をする。

呼吸を合わせるのは何も、戦闘時の達人だけの専売特許では無いのだ。

二人は深呼吸をし、そして、鍵盤を叩き始めた。

一歩遅れてルビネルがアウレイスの元に走る。

 

「アウリィ!アウリィッ!!!」

 

まだ息はあるようだった。

しかし見るからに負荷がかかりすぎている。

手足の闇黒化も、これがどのような影響を与えるのか分からない。

 

「や・・・め・・・ろぉぉぉぉぉ・・・・ッ!!!」

 

ビットがもがき苦しむ。

自分の身体をその両手で抱くような姿勢で呻いている。

 

「でるな・・・ださん・・・ださんぞ・・・」

 

見れば、邪神の胸部に亀裂が入り、そこから光が漏れ出ている。

と、枯れ枝のように細くなった邪神の両腕が、宙に舞った。

その背後でダンとカウンチュドが剣を構えている。

 

「出さん、というのは、もしや内部の純神か?」

 

「腕一本じゃ借りを返したことにはならんぞ!」

 

町田とアスミの演奏が続く中、邪神の断末魔が響き渡る。

 

「グアアアアアアアアッッッ!!!」

 

胸の亀裂は一層広がり、光が溢れ出る量も多くなっている。

そして、その裂け目から小さな白い手が、出てきた。

 

「ギィィィヤアアアァァァァ!!!」

 

バキバキと音をたてながら邪神の胸を砕きつつ出てきたのは、精霊の子供だった。

その体は淡く発光しており、色白の肌と尖った長い耳、淡い金髪が、キスビット人を彷彿とさせる。

木炭の塊のようになってしまった邪神はその動きを止めた。

精霊の子供はピアノを演奏している町田とアスミの横に立ち、そして、言った。

 

「きみたちが ぼくに ちからを くれたんだね ありがとう」

 

そして全員の顔に視線を送り、空を見上げた。

 

「ぼくが みじゅくな ばかりに ほんとうに ごめんよ」

 

自らを閉じ込めていた邪神のなれの果てを一瞥し、一筋の涙をこぼした。

その雫が落ちた地面は瞬く間に潤い、足元のごく狭い範囲ではあるが、青々とした草が生えた。

 

「だいちの じょうかには じかんが かかる けれど かならず やるよ」

 

そのとき、皆の背後からドドドと音が聞こえてきた。

振り返ると、砂煙をもうもうと上げながら、何かがこちらへ向かっているようだった。

徐々に近付くそれは、あの集落で倒さず放置してきた二体のゴーレムだった。

 

「なるほど、お残しは行儀が悪いってか」

 

クォルが大剣を構え、迎撃の準備をする。

それにならい紫電、ラミリア、アルファも構える。

全員が背後のゴーレムに気を取られたそのとき、エウスが叫んだ。

 

「いかん!よけろぉぉぉ!!」

 

それは精霊の子供、純神ビットに向けられたものだった。

しかし、遅すぎた。

純神ビットの華奢な胴から突き出た黒い枯れ枝のような手。

 

「びっとは しなん ぞ・・・」

 

いつの間にかゆらりと起き上がった邪神は、背中から生えた腕で斬り落とされた自分の腕を掴み、それを純神に突き刺していた。

そしてそのまま大きく跳躍し、屋敷の屋根へ跳んだ。

と、ふいにハサマが両手を空に突き上げる。

天をも穿つ閃光の一撃ゲイ・ボルグを撃つ気なのだ。

 

「ハ、ハサマ王ッ!それでは純神もろとも・・・」

 

「・・・ここであいつを逃がすわけにはいかない、でしょ」

 

慌てるエウスに冷めた視線で返すハサマ。

確かにそうだ。

もしここで逃げられ、力を蓄えられでもしたら、もうこんな好機は巡って来ないだろう。

 

「ルビネルッ!頼むぞォォォッッ!!!」

 

叫んだのはカウンチュドだった。

ギリギリと弦を引き絞り、弓を構えている。

しかしつがえてある矢は1本だけだ。

 

「ボールペン入りの矢はコレが最後だからな!」

 

「ちょっとッ!まだ準備がっ・・・」

 

アウレイスを抱いたままのルビネルが慌ててアトマイザーから呪詛の源を噴霧し、放たれたカウンチュドの矢をコントロールする。

しかしまるでタイミングが合わず、矢は邪神の足元の屋根に大きく穴を開けただけとなった。

どこまでも続く闇のような口をぽっかりと開けて、邪神がにやりと笑う。

そのとき。

 

「カウンチュドさん!」

 

アスミが叫んだ。

同時に何かをカウンチュドに投げている。

町田からもらった、あのボールペンだった。

それを見たダンが屋敷内へ駆け込む。

カウンチュドが矢羽根部分に空けた隙間にペンを突っ込み、弓につがえる。

ルビネルが目で合図するのと同時に、第二の矢が放たれた。

 

「いっけええぇぇぇぇえぇぇーッッ!!!」

 

空気を裂く音が後から聞こえてくる速度で射出された矢が、純神を掴む邪神の腕を貫き砕いた。

カウンチュドが第一の矢であけた穴に落下する純神。

叫ぶ邪神。

 

「ぐああああおおぉぉぉ!!!」

 

その直後、屋敷の二階の窓を突き破りダンが飛び出してきた。

その手には純神が抱かれている。

 

「じゃあ、サヨナラ」

 

一連の動きを見守っていたハサマが腕を振り下ろす。

 

天をも穿つ閃光の一撃ゲイ・ボルグッ!」

 

天の雲を貫き降って来た眩い光の矢が、屋敷もろとも邪神を飲み込んだ。

近距離に居る仲間に被害が出ないよう、出力を絞ってはいるのだろうが、その威力は圧倒的だった。

影すら残さず、邪神ビットは消滅した。

クォルたちが足止めをしていたゴーレムも砂となり、サラサラとその形を失った。

 

 

 

「そのあと、どうなったの?」

 

暖かな春の日差しを受けながら、庭に出した椅子に座り編み物をしているマーウィンに、エオアがじゃれついている。

しかしアワキアがハンモックで寝息を立てているため、大声は出さない。

 

「ねぇ、教えてよ、母さん。どうなっちゃったの?」

 

「そうだねぇ。アウレイスは、とっても頑張って、みんなを助けてくれたんだよ」

 

あの地獄から帰還して数ヶ月が経っていた。

マーウィンは少し困ったような、悲しむような表情でエオアを見詰めた。

こちらに帰ってきて間も無く、エウスとマーウィンは結婚した。

そしてエオアとアワキアを養子として迎え入れたのだ。

なんだか、あんなことがあったにも関わらず、今自分がこんなに幸せでいることが信じられなかった。

申し訳ない気持ちが、どうしても抑えられなかった。

 

 

 

「終わった・・・のか?」

 

思わず呟いた紫電

無意識に拳を解き、両腕を下げる。

 

「だな・・・」

 

クォルも剣を下げ、額の汗を拭う。

 

「ほいっ」

 

ラミリアが右手を挙げ、掌をアルファに向ける。

しかしアルファにはその意味が分からない。

 

「師匠、それに何の意味が?」

 

「いいから、ホラ、やんなさい」

 

言われたとおりに手を挙げたアルファの掌に、ラミリアの掌が振り抜かれる。

小気味のいい乾いた音が響いた。

 

「物事が上手くいったら、こうすんのよ」

 

「・・・ふむ」

 

叩かれた掌を見詰めるアルファ。

痛くも痒くも無く、ただラミリアの手がヒットしたという記録だけがデータとして蓄積されているはずなのに、なぜかこの手から熱いものがじわじわと伝わるような感覚がある。

それが胸のあたりにまで広がった。

 

「戦闘によるダメージを修復しなくては。知覚センサーに乱れがあるようだ」

 

 

 

「あの時のアウレイスさん、本当にすごかったね・・・」

 

「僕もそう思うよ。僕たちが今こうして居られるのも、アウレイスさんのお陰だ」

 

ここは船の上。

ドレスタニア経由、ワコク行きの北航路船だ。

町田とアスミが会話を交わしている。

二人とも、今とは逆向きの船に乗って来た時とは顔つきがまるで違ってみえた。

 

「だから、私たちはこれからも強く生きていかなきゃ。ね、ハサマちゃん?」

 

「そうだね」

 

両手で持っていたマグカップを机に置き、アスミに微笑むハサマ。

こちらに帰ってきたのち、キスビットでしばしの時間を過ごしたあと、アスミと町田は船での帰国を決めた。

元々はハサマが全員をジェット気流で送るつもりだったのだが、変化したかもしれない世界を見ながら船旅で帰るという町田の案に、アスミが大賛成したのだ。

 

「きっと世界は、変わったよ」

 

二人にそう言い、ハサマはまたココアに口をつけた。

剣と魔法と強敵の居る世界、ハサマにとってはすこしハードなだけの日常だったが、町田とアスミにとってはテレビの向こう側の世界だったに違いない。

しかし今回の旅で自分たちがその中に入りこみ、命をかけて戦った。

この経験はきっと、二人の世界を大きく変えただろう。

もちろん、主観的なものだけでなく、実際に客観的な世界も大きく変わっているはずだ。

むしろ彼らの協力と能力が無ければ、今のこの平和な光景は有り得なかった。

 

「君たちのおかげでね」

 

そう呟きながら、是非ともチュリグの国民に、という勧誘の言葉を喉元で抑えたハサマ。

彼らには彼らが輝くに相応しい場所がある。

会いたくなれば自分から会いに行けば良い。

何しろ自分は、世界で最も自由な王なのだ。

そしてこの二人ならきっといつでも笑顔で歓迎してくれるだろう。

ハサマの国民第一思考は変わらない。

しかし、また会いたい、護りたいと思える存在ができてしまった。

だからこそ、もしアレが脅威となるのなら、全力で除かねばならないと、密かに決意した。

 

 

 

やり遂げた空気、達成感、そんな終わりの雰囲気にメリッサの声が響く。

 

「アウレイスさんッ!!」

 

「ぐううぅぅぅぅぅッッッ!!!」

 

「アウリィッ!!」

 

突然、アウレイスが苦しみ出した。

激しく痙攣し、抱きしめるルビネルの手を振り解くほど暴れている。

 

「どうしよう・・・アウリィが、アウリィがッ!!」

 

ルビネルはただ狼狽することしかできない。

いや、ルビネルだけではない。

この場に居る全員が、今のアウレイスにしてやれることを、何ひとつ持ち合わせていなかった。

 

「ここには医者も居ない・・・薬も無い・・・」

 

エウスが絞り出すように言う。

 

「きみたちの せかいなら そのこは なおる?」

 

ダンの腕の中で、純神ビットが弱々しく言った。

そんな保証はどこにも無い。

しかし少なくとも1,000年後の、もと居た世界でなら、回復魔法や治癒系の呪詛、医療技術などを頼ることができる。

 

「ぼくが つくる みちは せまいけど」

 

そう言って何も無い空間に手を差し出す。

すると、そこに光が集まり始め、四角形を象った。

それはさながら、光の窓のように見えた。

 

「ごほっ・・・ごほっ・・・さぁ はやく」

 

純神ビットは口元の血を拳で拭いつつ、光の中に入れと促す。

時間はそう残されて居ないようだ。

最初にエウスが光の窓から身を乗り出す。

 

「これは・・・」

 

エウスの眼前に広がるのは一面に広がる空色だった。

晴れ渡る青空と同じ色の花、ミィニの花が咲き乱れている。

これだけ見事なミィニの絨毯が広がる地域と言えば、タミューサ村の北に位置する山脈、ウーゴ ハックの中腹辺りだろうか。

ひどく懐かしい匂いがした。

 

 

 

「あいつは、どうなったんだろう・・・」

 

町田たちが乗った船を見送りつつ、港から見える水平線を眺めるラミリアが呟く。

カルマポリス、メユネッズ、ライスランド経由、リーフリィ大陸行きの南航路船の出航を待っている。

そして、ラミリアの言葉が少々気に入らないクォル。

 

「なんだラミ、あのロボット野郎がそんなにお気に入りか?」

 

「はぁッ!?何言ってんの?そんなんじゃないわよ!」

 

「はン!どーだか!師匠とか呼ばれてよ?満更でも無ぇ顔して」

 

「あんたこそ紫電サンと良い感じだったじゃないッ!?」

 

「馬っ鹿!あれはお前、命の恩人に対する礼儀だろうがよ!」

 

「なら私だって同じ!アルファが居なかったら今頃どうなってたか!」

 

「お二人とも、とっても仲良しですね!☆」

 

「うわぁ!!」

 

どこからともなくメリッサが湧いて出た。

クォルもラミリアも心底驚いている。

 

「なんたってラミリアさんは、クォルさんのものですからね♪きゃあ☆」

 

自分で言いながら頬を染め、両手を顔にあてて浮かれるメリッサ。

すでに脳内ではクォルとラミリアが自分とショコラ王に置き変わり、妄想がスタートしている。

一転、黙り込んでしまったクォルとラミリア。

二人とも俯き、あのシーンを思い出していた。

 

『ォォォ俺のラミリアをぉぉぉォォーッッ!!!』

 

ボッと赤面し、クォルに背を向けたラミリアが怒鳴る。

 

「アンタが、へ、変なこと言うから!みんなが勘違いしちゃったじゃない!」

 

しかしクォルから返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「変なことなんかじゃねーよ・・・」

 

「えっ?」

 

ラミリアが振り返る。

一瞬だけ視線が交わる。

今度はクォルがラミリアに背を向けて続けた。

 

「ラミも、俺様のモノだろ?」

 

「・・・クォ・・・ん?・・・『も』?」

 

「当ったり前だぜぇ!この世の女子という女子はみーんな俺様のモノ!幼馴染の縁でラミ、お前も俺様ハーレムの末席に加えてやるぜわーっはっはっはっはっ!!」

 

ドボーン。

 

海に突き落とされたクォル。

 

「ぐへぇ、何しやがんだラミてめぇ!」

 

「うっさい!」

 

「きゃはははは☆」

 

「笑ってる場合じゃないわよメリッサ!」

 

はえ?」

 

「ドレスタニアに帰りたいなら、さっきの北航路船に乗らなきゃいけなかったんじゃないの?」

 

「・・・え?どどどどーしましょうラミリアさぁ~ん(泣)」

 

 

 

一人ずつ、光の窓を抜けて元の世界へ帰る。

抜けた先の安全はエウスが確認している。

最後にダクタスがミィニの上に降り立ち、これで全員が戻ってきたことになる。

安堵の雰囲気が漂うが、しかしアウレイスの容体は一刻を争う。

ここからタミューサ村まで急がねばならない。

 

「いけるね」

 

ハサマが言った。

能力が使えるという意味だ。

過去で邪神を倒したことにより、現代のキスビットの大地が邪神と一体化している状況は変えられたようだった。

 

「ぼくは こちらで だいちの じょうかを」

 

光の窓の向こう側で、純神ビットが言う。

幼い容姿をしてはいるが、やはり神である。

自分の為すべきことを自覚している。

 

「それは困るな」

(え・・・?)

 

全員が耳を疑った。

 

「浄化だと?愚かな」

(待って・・・私じゃない・・・これは?)

 

ルビネルが視線を落とす。

今、自分の膝に頭を乗せ、寝ているアウレイスの顔を見る。

先ほどまでひどく消耗していたはずのアウレイスが、とても落ち着いた表情で眠っている。

そして、目を開いた。

 

「アウリィ!?」

 

獣のような動きだった。

全身をバネのように使って跳躍し、光の窓へ突進するアウレイス。

向こう側から、叫び声が聞こえた。

闇黒に変色した手に滴らせた血をベロリと舐めるアウレイスが、窓から顔をのぞかせる。

 

 

 

「俺には、キスビットがちゃんと稲作に向いた土地になったのか確認する義務がある!」

 

声高にそう言いながら、カウンチュドはタミューサ村を後にした。

こちらへ帰還し、村に戻った一行は驚いた。

タミューサ村が大いに様変わりしていたのだった。

従来は主に、自然石と天然木で造られることが多かった建築物が、レンガやコンクリートなどの人口建材で造られている。

これらの材料はキスビットでも西方、アスラーンが治める都市ラッシュ ア キキ周辺でしか採掘されないはずである。

全国的に物資が巡っていることがすぐに分かった。

恐らくは、キスビットから差別意識というあの悪夢は消え去ったのだろう。

 

「つまり、精霊の俺がどこをどう歩いても、襲われたりしないってことだ!」

 

豪快に笑いながら歩を進めるカウンチュド。

頬を撫でる微風が心地よく、悠々と街道を一人歩く。

真上から降り注ぐ日差しが、やがて赤みを帯び、そして真横から照らす夕暮れ時。

街道にカウンチュドの影は無かった。

 

「誰か・・・誰か・・・」

 

空腹で倒れていた。

アウレイスに邪気を吸われた邪神ビットよろしく、干からびた顔をしている。

 

「おっちゃん、腹減ってんのか?」

 

そこに声を掛けたのは、年端も行かないアスラーンの子供だった。

 

「もう・・・3日も何も食べていないんだ・・・」

 

完全に嘘である。

最後の食事からまだ半日も経っていない。

 

「じゃあオイラんちに来いよ!飯くらい父ちゃんが食わせてくれるからよ!」

 

「ありがたいッ!」

 

 

 

「残念だったな。お前たちの希望は今、死んだぞ?」

(いやぁぁぁーッ!!やめて!やめてぇ!!!)

 

アウレイスの顔で、アウレイスの声で、絶望的な台詞が紡がれる。

そしてそれは恐らく真実であり、その証拠に、光の窓が徐々に閉じ始めているのだ。

その光の枠に、闇黒の手を掛けたアウレイス。

今まさにこちら側へ身を躍らせようとしたその瞬間。

 

「ぐっ・・・ッ!」

 

銀色の影が、アウレイスもろとも光の窓に飛び込んだ。

徐々に閉じていく窓。

 

「放せ!くそっ、まだ身体の操作が・・・」

(私の身体を・・・好きにはさせない!!)

 

向こう側から聞こえるアウレイスの声。

そして大きな爆発音。

 

「やれやれ、これでも倒せないのですか。丈夫ですね、神とは」

 

機械的で無感情なアルファの声。

もうほんのわずかしか開いていない窓から、アルファの背中が見える。

 

「アルファ!」

 

叫ぶラミリア。

振り返るアルファ。

 

「師匠、物事が上手くいかないときは、手をどうすれば?」

 

右の掌をラミリアに向けたその背後に、背中から黒い腕を生やしたアウレイスが立った。

そこで、光の窓は完全に閉じてしまった。

 

 

 

「ってなワケで、俺が全ッ部スッ飛ばしてやったんだ」

 

「流石ッスね姐御アネゴォ!!」

 

「おカシラだっつってんだろッ!」

 

「へーい!」

 

海賊団の部下たちにざっくりとした活動報告を終え、いつも通りのやりとりの後、紫電は船長室へ入った。

何度か死にかけたあの激闘が嘘のような平和が、ここにある。

あっちに行っている間、日課にしていた日記を書けていない。

今から思い出して書こうにも、あまりにインパクトの強い出来事が多過ぎて、全てを思い出せる自信が無い。

特に衝撃的だったのは、クォ・・・。

 

「王子様だと・・・思ったのにな・・・」

 

紫電の目から涙が溢れ、頬を伝う。

顔を真っ赤にしているのは泣くのを必死に我慢しているせいだろう。

しかし涙はとめどなく流れ続ける。

割と深刻な失恋だった。

あんなにハッキリと『俺のラミリア』なんて言われたら、もう自分が入り込む余地なんて無い。

喧嘩なら負ける気はしないが、女としての魅力という点でラミリアには勝てる気がしない。

特に胸。

そうだ、胸。

確か不慮の事故で酔っ払ったあの夜、クォルに裸を見られたような気がする。

いや待て、それだけか?

何だかもっと大事な・・・。

あれ?

 

『オレたち・・・その、な、な、何かあった、ワケじゃないよな?』

『無くはないけど、まぁ、そんなに気にするほどのことじゃねーと思うぜ』

 

あの夜の会話をハッキリと思い出した。

俺、クォに手ぇ出されてんじゃね?

 

「野郎共ォォォ!リーフリィへ舵を取れぇぇいッ!!」

 

船長室の扉を破壊せんばかりの勢いで甲板へ出た紫電が叫ぶ。

 

「クォ・・・結婚marryordieかッ!!!」

 

 

 

「アウリィィーッ!!!」

 

泣き叫ぶルビネル。

なだめるマーウィンとカミューネ。

 

「開いて!あの窓をもう一度!ねぇ!開いてよっ!!」

 

誰にも、どうすることもできない。

ルビネルの慟哭だけが空に吸い込まれていく。

 

「吸収が、仇となったか・・・」

 

ダンの言葉に、全員が状況を察した。

アウレイスの回復魔法は、正式には治癒ではない。

怪我そのものや負の感情などを、アウレイス自身が吸収することによって得られる効果だった。

負の感情の塊である邪神からそれを吸収したことにより、目の前の邪神を弱体化させることはできたのだが、しかし図らずも邪神の素を自身の中に溜め込むこととなってしまった。

恐らくはそれが顕現し、身体を乗っ取られてしまったか。

 

「アウリィを返して・・・返してよぉ・・・」

 

恥も外聞も無く大声を上げて泣くルビネル。

涙で滲む視界の中で、膝に長い闇黒の髪が数本残されているのを見付けた。

間違いなくアウレイスの髪の毛である。

ルビネルはそれを手に取る。

ドクン。

その瞬間、この世の何もかもを憎み破壊しつくしてしまいたくなるような感情が流れ込んだ。

ドクン。

心臓の鼓動が高く強く早くなる。

ドクン。

何もかもを捨て去ってめちゃくちゃに暴れたい衝動。

しかし、それは長くは続かなかった。

恐らく今のが、髪の毛数本分の、邪気。

 

「たったこれだけで、こんなに・・・」

 

ルビネルが呟く。

しかし誰にも意味は分からない。

 

 

 

「私も、しばらくキスビットを周遊してみようと思う」

 

夢追いの剣を携えたダンが言う。

 

「夢も希望も無かったこの国がどのように変わったのか、この目で見てみたい」

 

そしてできることなら、良質の夢を仕入れてメユネッズへ帰る。

いまのキスビットなら、それもできそうな気がする。

生まれ変わったこの国なら。

 

「ところでエウス村長、夢が叶って良かったですね」

 

「おいおいダン、それは秘密という約束だろう?」

 

「おっと、これは失礼」

 

タミューサ村を発つその日、エウスオーファンと、その妻マーウィンに見送られるダン。

 

「あら、妻に隠し事ですか?」

 

言葉とは裏腹に、朗らかに笑うマーウィン。

バツが悪そうに頭を掻きながら、エウスが応える。

 

「男には秘密のひとつやふたつ、あるもんさ。なぁ?」

 

「そうですね。そういうことにしておきましょう」

 

フッと笑いながら、ダンは旅立った。

まずは自分と同じ精霊が多く住むと言われている、北部のマカ アイマスへ向かうとしよう。

陽気は上々。

ダンの足取りは軽かった。

山岳地帯に差し掛かり、鉱物か何かの採掘現場を通りかかったダン。

現場作業の人夫たちが岩に腰を降ろし、休憩していた。

 

「よう、旅の精霊さん。こんなところに来るなんて、物好きだねぇ」

 

「特に目的が有るわけではないのだがな」

 

見れば人夫たちも種族はまちまちである。

人間も妖怪も鬼も、等しく存在している。

いま声を掛けてきた者は人間だった。

以前のキスビットでは考えられないことだ。

差し出されたドナ茶を快く受け取り、ダンも人夫に倣って岩に腰をかけた。

 

「このあたりは岩ばっかで、何も面白いものなんかねぇぞ?」

 

「いや、この出会いだけで充分な収穫さ」

 

「なんだオイ、粋なこと言うじゃねぇか!がはははは!」

 

日に焼けた顔をしわくちゃにして笑う人夫に、キスビットの平和を見たダン。

丁寧に茶の礼を述べ、現場を後にする。

今日中にこの山を越えてしまいたい。

 

「そうだ、収穫と言やあ、こないだ面白いモンを掘り当てたよな?」

 

休憩中である人夫の世間話は止まらない。

遠ざかるダンの耳にはもう、その声は届かないが。

 

「ああ、ありゃ驚いたぜ。なんせ岩の中からアルファが出てきたんだからよ」

 

 

 

 

「行きましょう。ここでこうしていても、どうしようも無いわ」

 

突然、ルビネルが立ち上がった。

すでに泣きやんでいる。

あまりの唐突さに皆がうろたえる。

 

「まだ確定ではないけれど、見る限りこの世界、平和じゃない?」

 

ルビネルがいやに冷めた口調でいう言葉に、町田がハッとする。

 

「そ、そうか・・・今のキスビットから差別や負の感情が消えているとすれば、さっきの邪神は過去のどこかの地点で消滅・・・」

 

「町田くんッ!・・・邪神じゃないわ、アウリィよ・・・」

 

ルビネルが町田の言葉を遮る。

しかし言いたい事は伝わったようだ。

 

「つまり、安心して良いってことだよな?」

 

クォルがわざと明るい声で言う。

カウンチュドもそれに続く。

 

「良い米が作れそうな土地じゃないか!」

 

 

 

あれから全員でタミューサ村に帰還した。

皆の姿を見て、エスヒナが泣きじゃくってたっけ。

様変わりした村で集められるだけの情報を集め、国の状況を調査した。

そして何が起きても良いように、念のため皆が一月ほど村に滞在した。

けど、特に何の変化もなく、平和が続いた。

だから一人、また一人と行動を開始した。

町田くんとアスミちゃんは、ハサマ王と船旅で帰国するとのこと。

航路としてはその船にメリッサも乗るべきだけど、まぁ本人の意思に任せよう。

クォルとラミリアも別便で帰国すると聞いた。

紫電は部下が迎えに来て、海賊船に乗り込んでった。

カウンチュドとダンは、まだしばらくこの国に残るらしい。

ラニッツとエコニィは良い雰囲気になると踏んだけど、まだまだ時間がかかるみたい。

エウス村長とマーウィンさんが結婚して、エオアとアワキアを養子に迎え入れた。

あぁ、でもエウス村長は何か気になることがあるとかって、国中の有力者とコネクションを持つために走り回ってるらしい。

ダクタスさんはもう引退だとか言って引きこもってる。

カミューネちゃんは一人でジネに帰るって言ってた。

オジュサは、何か楽しくやってる。

そして私は・・・。

 

足元にも空が広がっていると錯覚してしまいそうなほど、どこまでも青が続くミィニの花畑。

その只中にぽつんと、人影が見える。

ルビネルだ。

艶のある黒髪とスカートを風に揺らし、何も無い宙を見詰めている。

 

「時間も場所も超えられる。力の差だって超えられる。愛さえあれば・・・大丈夫」

 

いま呟いた言葉を、何度も何度も自分の中で反芻し、ルビネルは歩き出した。

 

 

【終わり】

アイラヴ アルファの助言

「君たちを3人組のユニットとして計算し直してみよう」

 

テイチョスは額に人差し指を当て、しばらく目を閉じた。

一体何の計算なのか誰にも分からない。

 

「あ、あの・・・テイチョス、さん?」

 

ひとこが声を掛けたタイミングでテイチョスの目がパチッと開いた。

うわっと驚いた声を上げてしまったひとこに構わず、テイチョスは語り始める。

 

「求心力や歌唱力、カリスマ性、存在感、性的魅力、神々しさ、親しみやすさなど、アイドルとしてプラスになりそうな149の項目を数値化してみた。例えば君たちが敗北感に打ちのめされたという桜木烈火の数値だが・・・」

 

「いッ、言いかたッ!!」

 

歯に衣着せない露骨な表現に声を荒げたタオナン。

その話題は現在このメンバー内で最もセンシティブな内容である。

間違ってはいないが、表現がストレートすぎる。

しかし、そのタオナンを制したのは意外にも紫電だった。

 

「いや、タオ・・・黙って聞こう・・・」

 

紫電にも自覚はあった。

今の自分たちでは逆立ちしたって天帝には勝てないことを。

しかしそれは感覚的なものであり、客観的な情報はむしろ欲すべきと思った。

どんな戦いであれ、敵を知り己を知ることが基本となる。

 

「仮に彼女の数値を100としよう。そして君たち個々の数値の合計と、3人が奇跡的にうまく噛みあって得られる相乗効果も加味した上で、導かれる値は0.78だ」

 

セレアは黙ったまま腕組みをしている。

 

(確かに天と地ほどの差はあるが、この数値が正しいかどうかは眉唾モノじゃのう・・・)

 

「い・・・1にも満たないなんて・・・」

 

ひとこはヘナヘナと座り込んだ。

タオナンは唇を噛みしめている。

 

「ひとつ、聞きたい」

 

紫電が静かに切り出す。

テイチョスは顔だけ紫電に向ける。

 

「俺たちのその、相乗効果ってやつ、それは『足し算』じゃなく『掛け算』だな?」

 

(ほう、まさか紫電がそこに気付くとはのう)

 

「その通りだ。つまり・・・」

 

「つまり、俺たちの実力が上がれば上がるほど、さっきの数字は跳ね上がるッ」

 

テイチョスの言葉を遮り、紫電が力強く言い放った。

そしてひとこ、タオナンと視線を合わせ、ゆっくりと頷く。

三人の姿を見てセレアがにやりと笑った。

 

(ふむ。この三人なら、あるいは・・・)

 

「さて、この数値だが、プロモーションの仕方でほんの少しだが水増しすることができる」

 

テイチョスが淡々と続ける。

 

「君たちはスリーヒットセオリーという言葉を知っているか?ごく初歩的なセールスプロモーション用語だが、簡単に言えば『同じ広告を3回見ると、人はその商品を購入する確率が高くなる』というものだ。商品を売るのもアイドルとしてファンを獲得するのも同じだと思ってくれ。人間は3回同じものを知覚すると『最近これをよく見る』という心理状況になりやすい。これを『カラーバス効果』にまで引き上げることで、対象の中で忘れられない存在になることができる。この手法を用いれば、君たちのユニットの知名度をいくらか上げることができるだろう」

 

「ごめんテイチョス、さっぱりだわ」

 

「あ、俺も」

 

「・・・身近な存在になるってことかな?」

 

ひとこの言葉にテイチョスが頷く。

 

「その通りだ。そもそも、文字通り偶像アイドルとは『形を持った崇拝対象』に他ならない。その崇拝の方向性、種類、質において多種多様な在り方が存在しているが、心を持つ者が必ず欲する『拠り所』という意味では、アイドル業界も宗教も何ら違わない。ファンの人生の一部になることがアイドルの意義だと言える」

 

「で、結局アタシらはどうすれば良いわけ?」

 

「例えば今、窓を開けて外が嵐だったとしたら、君たちは桜木烈火のライブを思い出すだろう?雨や風という、ごくありふれた日常の現象から彼女を想起する。もちろんそれは彼女のファンたちも同様だ。これは彼女の実力によるものだが、しかし似たような現象を作りだすこともできる。仮に、君たちのユニット名を『リボン』とし、大きなリボンが目立つコスチュームでステージを行ったとする。会場に来た観客にノベルティとして装飾用のリボンを配布してもいいだろう。さて、日常生活に戻ったファンたちが何のキッカケも無しに君たちのことを思い出すだろうか?残念ながら今の君たちにそれだけの実力は無い。しかしリボンをキッカケに思い出してもらえる可能性はある。どこかの誰かの服にあしらわれたリボンを見たとき、ふと君たちのことを想起する。これを繰り返すことによってじわじわと心に浸食していくという手法だ。もちろんリボンというのはモノの例えだが、ユニット名やコスチューム、楽曲のタイトルや歌詞など、実力を補うという意味で考えればそれらを日常に即したものにするのが望ましいだろう。ここで重要なのは、君たちが今後、既に在る市場マーケットからファンを奪うのか、それとも新規の市場マーケットを開拓するのかということだ。もし後者をも視野に入れるということならば、君たちだけでなくアイドル業界全体にも有益な話となり、プロダクション側の協力を得やすくなるだろう。そうすればユニット名などの利権が絡む話もまとまりやすい」

 

「テイチョス・・・キモいわ」

 

「だめだ、俺・・・眠い・・・」

 

「す、すごいです。あの、すごいです。テイチョスさん」

 

(なんじゃこのアルファ!アイドルのプロモーションとしては異質じゃが、確かに言っておることは間違っておらん・・・もしこの手法で売り出せば、大した実力の無い奴でもそこそこの数字は作れるじゃろうな。ドレプロの水に合うかどうかは別として、恐ろしい考え方じゃ・・・)

 

「もちろん、今のは参考情報のヒトカケラだと思ってくれ。基本的には君たちがそれぞれ死ぬ気で特訓し、各々が実力をつけることが最低条件だからな」

アイラヴ ちょっぴりスピンオフ

ふかっ・・・ふかっ・・・

 

本当はドカドカと床を踏み鳴らして歩きたいのだが、敷き詰められた絨毯の毛足が長く、緩衝機能が優れているため、無音になる。

 

トッ・・・すーっ・・・

 

本当はバンッと大きな音を立てて乱暴に扉を開けたかったのだが、重厚な造りの扉はゆっくりとしか動かない。

 

「ちょっとお父様ッ!!これは一体どういうことなのッ!?」

 

すごい剣幕で父親の書斎に乗り込んできたタオナン。

その手には何やら紙が握られている。

 

「部屋に入るときはノックをしr・・・」

 

「話しを逸らさないでッッ!!」

 

タオナンは本気で怒っていた。

今までも、父親に対して不満をぶつけることはあった。

しかし今回ほど感情が爆発したのは初めてのことだ。

鬱積していた、自分でも未消化の感情に怒りの炎が引火したようだ。

怒りの勢いをそのままに、タオナンは右手の紙を父親に突き付ける。

 

「これ!どういうことなのか説明してッ!」

 

それは、ポスターだった。

ヤボ用で帰省した自宅でこれを見付け、取りも直さずこの書斎に直行した。

 

【打倒ドレプロ!】

『目指せアイドル!天帝セブンがナンボのモンじゃ!』

~キミもアイドルになれる!~

レッスンからデビューまで当社が全面的にバックアップ。

誰でも才能の原石です。当社にはその原石を磨くノウハウがあります。

ドレプロのオーディションで辛酸を舐めさせられた皆さん、是非とも当社からデビューを果たし、業界であぐらをかいている彼らを見返してやりましょう!

 

こんなことが書いてある。

 

「それが、どうかしたか?」

 

努めて冷静に、静かに返す父親に、タオナンの怒りは一層強くなる。

 

「どうかしたか、ですって!?なんでアタシに喧嘩売るようなことするの!?ただでさえ烈火のステージを見せつけられて凹んでるってのに、お父様まで敵になるなんて!」

 

「私はお前の味方だよ。敵はドレプロだ」

 

「同じことじゃない!今すぐ撤回して!」

 

「これは、お前の為なんだぞ」

 

「え・・・?」

 

「聞けば、今のお前はアイドルではなく研究生とかいう中途半端な身分らしいじゃないか。タオナン、お前ほど才能がある者を活かせないプロダクションに、未来があると思うか?お前のデビューも人気も、すべて私が保証してやる。お前は、うちのプロダクションでトップアイドルになれば良いんだ。そのために我が社はこれから急ピッチでプロダクション企業を設立し、業界に殴り込みをかける。そのための資金と人材がようやく揃ったところだ。そろそろプロモーションも開始しようと準備したのが、その貼り紙というわけなのだが」

 

絶句するタオナン。

葛藤し、逡巡し、思案する。

 

頭の中をめぐるのはセレアの言葉、烈火のステージ。

そして紫電とひとこの顔。

 

「お父様、よく聞いてください」

 

先ほどまでの怒りに任せた怒鳴り声ではない。

静かに、父親に向かって話す。

 

「アタシが成りたいのは、お父様に守られた形式だけのアイドルじゃないわ」

 

父親は内心、驚いた。

今、タオナンとは目と目が合っている。

しかし娘の眼差しは自分を通り越し、どこか、遥か遠くを見ているように思えた。

 

「自分の力でトップの座を獲得しなきゃ、意味が無いの。アタシの努力、アタシの魅力、アタシの全部でファンを獲得しなきゃ、アイツには勝てない・・・。勝ったことにならない」

 

しばしの間があり、タオナンより先に視線を外してしまった父親

深いため息をつく。

そして、ポスターを裂きながら、言った。

 

「お前の覚悟は分かった。だが、本当に私の援助無しでやっていけるのか?芸能の道は厳しく険しいと聞く」

 

「望むところだわ」

 

「もう、何も言うまい。この件は無かったことにしよう」

 

「ありがとう、お父様。じゃあ、失礼します」

 

用は済んだとばかりにくるりと背を向け、早足で退室するタオナン。

扉が閉まったことを確認すると、タオナンの父親は語り出した。

 

「君の言う通りだったな。まったく、いつまでも子供だと思っていたら、なかなか良い瞳をするようになったものだ。聞いての通り、私はもう何の干渉もしない。だから、せめて君は助けになってやってくれ、テイチョス」

 

「・・・ありがとうございます、旦那様」

 

机の上に置いてあるスピーカーから、抑揚の無い声で礼が述べられた。

そしてさらに別の声を放送するスピーカー。

 

「あぁっ!!テイチョス!こんなところに居た!もうっ探したのに!」

 

「すまない。用事があったので」

 

「ねぇテイチョス、アタシのアタシらしさって、何だと思う?」

 

「タオナンの・・・ふむ。ワタシの中に記録されている情報を並べてみようか」

 

「もったいぶらずに早く!」

 

「直情的、短絡的、世間知らず、怒りっぽい、表裏が・・・」

 

「ストップ!ストォーップッ!!・・・なに、アンチなの?」

 

「ワタシが記録しているタオナンらしさをアウトプットしただけだが」

 

「そーじゃなくって!アタシの魅力!武器!アタシは何で勝負すれ・・・」

 

ブツッ・・・

 

スピーカーの電源を切った父親

先ほどとは打って変わって、口元が緩んでいる。

 

「直情的、短絡的、世間しらず、怒りっぽい・・・か。あいつに、そっくりじゃないか」

 

恐らく自覚はしていないのだろうが、ふふふっ声が漏れるほど笑っている。

しばし思い出に耽ったあと、また元の厳しい表情に戻った彼は、執事を呼び付けた。

 

「プロダクションの件は白紙に戻す。それから、ドレプロ関係者にうちの者を送り込め。どんな雑用係だろうが構わん。多ければ多いほど良い」

 

「かしこまりました。・・・旦那様、差し出がましいこととは思いましたが、お車の用意を早めました。今からご出発されれば奥様のところへお寄りになる余裕もございますが?」

 

「・・・さすがだな。出よう」

 

「はっ」

カミューネちゃんと金弧さん3

カミューネは、危険なツノの消失が戦闘終了の合図だと知って安心した。

ふわりと頬を撫でる風の中、キスビット特有の簡素な衣装が緩やかに揺れる。

金弧の頭をそっと離したカミューネ。

 

「私、いままですごく狭い世界で生きてたんだなって、改めて思い知りました」

 

そう言いながらカミューネは、うっとりとした表情で金弧を見詰めた。

そしてその場にしゃがみ、金弧のキモい手に小さな掌を重ねる。

 

 「えぇッ、どどどどーゆー意味でござるかッ?」

 

生まれてこのかた、こんな雰囲気など経験したことが無い金弧。

今まで読んできた薄い本の脳内ライブラリをどれだけめくっても、この状況は相手がこちらに惚れているとしか思えなかった。

動揺を隠し精一杯に平静を保ったつもりの一言も、呆気なく声が裏返っている。

 

「怖くない鬼さんも、居るんだなって。えへへ」

 

そんな金弧に向かって、カミューネはとびきりの無垢な笑顔を見せた。

完璧なる天使の微笑パーフェクトエンジェルスマイルは、金弧のキモい心臓ハートを一撃で射抜いた。

まして金弧は今、カミューネを見降ろす視点である。

下から見上げる笑顔には、襟元から覗く無脂肪乳がプラスオンされている。

 

「くぁwせdドゥーんッ!」

 

奇声を上げながらバネのように起き上がり、直立不動になる金弧。

汗がダラダラと滴る。

 

「あははっ。金弧さんって、本当に面白いですね」

 

そう言ったあと、カミューネは少しため息をついて、そして想いを吐露し始めた。 

 

「初めて金弧さんと会ったときのこと、覚えてますか?あのとき私、鬼の方々が怖くて怖くて、ちゃんとお話もできなかった・・・。でも紫電さんはとても強くて優しかった。その紫電さんを迎えに来た金弧さんたちも、すごく良い人たちだなって思ったんです。私も周りに居た鬼さんたちは、本当に怖い方ばかりだったんですけど、でも、今はもう変わってるはずなんです!だから、私も考え方を変えなくちゃって。金弧さんたちは、どうしてそんなに強く優しくなれるんですか?さっきも私のこと助けてくれました」

 

偶然、とは言えない金弧だった。

何と答えるのがベストかも分からない。

ただただ目を泳がせカミューネの顔とロリ乳を見ないようにしながらキモい鼻息を吹き出している。

 

「あ、もしかして!世界中を航海してるからですか?海の大きさのおかげとか!なぁんちゃって・・・」

 

「その通りでござるッ!よくぞ見抜かれたああぁぁぁぁーッ!!!」

 

無根拠なハイテンションで乗り切ることに決めた金弧。

 

「広く大きな海原が拙者らのホームグラウンドでしてな。海なのにグラウンドとはコレいかにデュフフフ。拙者クラスになれば大洋のチカラを我がモノとし・・・」

 

「いいなぁ、羨ましいなぁ・・・私も、連れて行ってくださいませんか?・・・ねぇ、金弧さん・・・」

 

 

 

「金弧さんッ」

 

 

 

「金弧さんってばッ!」

 

 

 

「ちょっと!金弧さんッ!?」

 

 

 

「ぶるぅあぁぁッ!?」

 

脳天と鼻からだくだくと血を流しつつ、金弧は目覚めた。

ぼんやりとした視界が徐々に輪郭を鮮明にし、ようやくピントが合う。

自分を覗き込むカミューネの顔が見えた。

 

「大丈夫ですか金弧さん!いきなり飛んでくるからびっくりしましたよ?」

 

腐っても鯛、キモくても鬼。

金弧の回復力と生命力はさすが鬼と言えた。

出血はすぐに止まり、立ち上がろうとしている。

 

「せ、拙者は・・・?」

 

「私がダガライガに襲われてて、やっとの思いでやっつけたところに、金弧さんが降って来たんです」

 

なるほど、自分の下に獣の毛皮らしきものがある。

これが緩衝材として働いたのか。

 

「す、すまぬが、手を貸して欲しいでござる」

 

とにかく立ち上がろうとする金弧に、カミューネは少し顔を赤らめながらそっぽを向き、冷たく言い放つ。

 

「それだけ元気なら、私が手を貸す必要なんて無いと思いますッ」

 

指摘されてチン弧を確認する金弧。

忌刃のツノより主張する第三の足が隆々とに盛り上がっていた。

 

「こ、これは、エリート鬼だけが持つ、ひ、秘密の危険なツノですぞ!」

 

「あーそーですか・・・」

 

完全に棒読み状態のカミューネ。

以前のジネで奴隷として過ごしていたカミューネが、その辺の知識を持っていないハズが無いのだ。

ともすれば、薄い本からの知識しか無い金弧よりもむしろ、よっぽど生々しいコトを色々知っている。

 

「あ、いやぁ、だから・・・そのぉ・・・デュルフフ」

 

キモい苦笑いの金弧。

しかし意外にも、カミューネは金弧に笑顔で言葉を掛けた。

 

「でも、いまから一人でどうしようかって思ってたので、ちょうど良かったです。一緒にジネまでついてきてくれませんか?」

 

自分に向けられた屈託の無い笑顔に既視感を覚えつつ、二度目のハートにズッキュンをキメられた金弧。

 

「もちろんでありますッ!拙者とならば安全な旅をお約束できますぞ!」

 

「あ、でも3メートル以内には近寄らないでくださいね」

 

「コポォォwwwこれは手ひどいwww」

 

「なんでそんなに嬉しそうなんですか・・・ちょっと怖いんですけど・・・」

 

「むはははwwwいやなに、コレくらいの距離感の方がwww拙者的にはwww」

 

「意味わかんないです・・・」

 

「でしょうなwww」

カミューネちゃんと金弧さん2

「こ・・・ここはドコ?拙者は金色こんじき電弧アークでござるよ?」

 

意識が混濁しているらしく発言が意味不明である。

しかしカミューネにとっては命の恩人的な状況だ。

ようやく頭がハッキリしてきた金弧の前で泣き出したカミューネ。

 

「金弧さんッ・・・あり、ありがとう・・・ありがとう・・・ぐすっ」

 

死の覚悟から解放され、緊張から安堵という心の振り幅が大きかったのだろう。

本人も制御できないほど、泣いてしまった。

 

「カカカカミューネちゅわんッ!?何故こんなところに!?拙者・・・うわッ」

 

金弧の言葉を遮ったのはカミューネの抱擁だった。

キモい眼帯ごと頭をぎゅっと胸に抱きしめる体勢で、そのまま泣き続けるカミューネ。

始めは両手の十本の指をワキワキと動かしていた金弧だったが、しばらくして、そっとカミューネの背中に手を回した。

ぽんぽんと肩のあたりに手を置いてやる。

 

「ひっく・・・ひっ・・・ごめ・・・なさ・・・」

 

カミューネが徐々に泣きやむ。

しかし抱擁は終わらない。

外観は完全に無脂肪乳であるにも関わらず、ふにふにと柔らかく温かい感覚。

 

『ロリに手を出す者はロリコンにあらず!あの太陽のような笑顔が曇らぬよう、命をかけて見守る事こそ拙者のロリ道でござる!』

 

と普段から豪語している金弧にとって、この接触は生涯初のロリ密着であった。

 

(いかんッ!いかんぞ金弧ォォォ!ロリは愛でるもの!ロリは保護するもの!鎮まれ!鎮まれ!こンの聞かん棒め!鎮まれと言うにッッ!)

 

「あれ?金弧さん、こんなとこにもツノがあるんですか?」

 

いつの間にか泣きやんだカミューネが金弧に尋ねる。

鬼は頭部にツノを持ち、その形状や大きさには個人差がある、ということは知っているカミューネ。

金弧のツノはこめかみの上あたりから生えている小さめのものだと思っていた。

 

「ゴブシッwwwwこ、これはwww鬼の中でも、エリートしか持たぬッ、き、危険なツノでござるよwww見ても触れてもダメなデュルフフッwww」

 

羞恥と緊張で壊れかけの金弧。

しかしお陰で金弧のチン弧は委縮し、存在の主張をやめた。

 

「あ、あれ?金弧さん大変です!ツノが!ツノが消えちゃいました!」

 

海賊装束の生地をこれでもかと押し上げていた金弧のチン弧が鳴りを潜めた結果、カミューネにはツノが無くなったように見えた。

 

「せせせ戦闘が終われば危険な武器は無用でござるゆえ通常モードに移行しただけのことッ!」

 

ダガライガの屍骸を指して誤魔化した金弧。

どうにか、納得してもらえた・・・のか?