アイラヴ ちょっぴりスピンオフ

ふかっ・・・ふかっ・・・

 

本当はドカドカと床を踏み鳴らして歩きたいのだが、敷き詰められた絨毯の毛足が長く、緩衝機能が優れているため、無音になる。

 

トッ・・・すーっ・・・

 

本当はバンッと大きな音を立てて乱暴に扉を開けたかったのだが、重厚な造りの扉はゆっくりとしか動かない。

 

「ちょっとお父様ッ!!これは一体どういうことなのッ!?」

 

すごい剣幕で父親の書斎に乗り込んできたタオナン。

その手には何やら紙が握られている。

 

「部屋に入るときはノックをしr・・・」

 

「話しを逸らさないでッッ!!」

 

タオナンは本気で怒っていた。

今までも、父親に対して不満をぶつけることはあった。

しかし今回ほど感情が爆発したのは初めてのことだ。

鬱積していた、自分でも未消化の感情に怒りの炎が引火したようだ。

怒りの勢いをそのままに、タオナンは右手の紙を父親に突き付ける。

 

「これ!どういうことなのか説明してッ!」

 

それは、ポスターだった。

ヤボ用で帰省した自宅でこれを見付け、取りも直さずこの書斎に直行した。

 

【打倒ドレプロ!】

『目指せアイドル!天帝セブンがナンボのモンじゃ!』

~キミもアイドルになれる!~

レッスンからデビューまで当社が全面的にバックアップ。

誰でも才能の原石です。当社にはその原石を磨くノウハウがあります。

ドレプロのオーディションで辛酸を舐めさせられた皆さん、是非とも当社からデビューを果たし、業界であぐらをかいている彼らを見返してやりましょう!

 

こんなことが書いてある。

 

「それが、どうかしたか?」

 

努めて冷静に、静かに返す父親に、タオナンの怒りは一層強くなる。

 

「どうかしたか、ですって!?なんでアタシに喧嘩売るようなことするの!?ただでさえ烈火のステージを見せつけられて凹んでるってのに、お父様まで敵になるなんて!」

 

「私はお前の味方だよ。敵はドレプロだ」

 

「同じことじゃない!今すぐ撤回して!」

 

「これは、お前の為なんだぞ」

 

「え・・・?」

 

「聞けば、今のお前はアイドルではなく研究生とかいう中途半端な身分らしいじゃないか。タオナン、お前ほど才能がある者を活かせないプロダクションに、未来があると思うか?お前のデビューも人気も、すべて私が保証してやる。お前は、うちのプロダクションでトップアイドルになれば良いんだ。そのために我が社はこれから急ピッチでプロダクション企業を設立し、業界に殴り込みをかける。そのための資金と人材がようやく揃ったところだ。そろそろプロモーションも開始しようと準備したのが、その貼り紙というわけなのだが」

 

絶句するタオナン。

葛藤し、逡巡し、思案する。

 

頭の中をめぐるのはセレアの言葉、烈火のステージ。

そして紫電とひとこの顔。

 

「お父様、よく聞いてください」

 

先ほどまでの怒りに任せた怒鳴り声ではない。

静かに、父親に向かって話す。

 

「アタシが成りたいのは、お父様に守られた形式だけのアイドルじゃないわ」

 

父親は内心、驚いた。

今、タオナンとは目と目が合っている。

しかし娘の眼差しは自分を通り越し、どこか、遥か遠くを見ているように思えた。

 

「自分の力でトップの座を獲得しなきゃ、意味が無いの。アタシの努力、アタシの魅力、アタシの全部でファンを獲得しなきゃ、アイツには勝てない・・・。勝ったことにならない」

 

しばしの間があり、タオナンより先に視線を外してしまった父親

深いため息をつく。

そして、ポスターを裂きながら、言った。

 

「お前の覚悟は分かった。だが、本当に私の援助無しでやっていけるのか?芸能の道は厳しく険しいと聞く」

 

「望むところだわ」

 

「もう、何も言うまい。この件は無かったことにしよう」

 

「ありがとう、お父様。じゃあ、失礼します」

 

用は済んだとばかりにくるりと背を向け、早足で退室するタオナン。

扉が閉まったことを確認すると、タオナンの父親は語り出した。

 

「君の言う通りだったな。まったく、いつまでも子供だと思っていたら、なかなか良い瞳をするようになったものだ。聞いての通り、私はもう何の干渉もしない。だから、せめて君は助けになってやってくれ、テイチョス」

 

「・・・ありがとうございます、旦那様」

 

机の上に置いてあるスピーカーから、抑揚の無い声で礼が述べられた。

そしてさらに別の声を放送するスピーカー。

 

「あぁっ!!テイチョス!こんなところに居た!もうっ探したのに!」

 

「すまない。用事があったので」

 

「ねぇテイチョス、アタシのアタシらしさって、何だと思う?」

 

「タオナンの・・・ふむ。ワタシの中に記録されている情報を並べてみようか」

 

「もったいぶらずに早く!」

 

「直情的、短絡的、世間知らず、怒りっぽい、表裏が・・・」

 

「ストップ!ストォーップッ!!・・・なに、アンチなの?」

 

「ワタシが記録しているタオナンらしさをアウトプットしただけだが」

 

「そーじゃなくって!アタシの魅力!武器!アタシは何で勝負すれ・・・」

 

ブツッ・・・

 

スピーカーの電源を切った父親

先ほどとは打って変わって、口元が緩んでいる。

 

「直情的、短絡的、世間しらず、怒りっぽい・・・か。あいつに、そっくりじゃないか」

 

恐らく自覚はしていないのだろうが、ふふふっ声が漏れるほど笑っている。

しばし思い出に耽ったあと、また元の厳しい表情に戻った彼は、執事を呼び付けた。

 

「プロダクションの件は白紙に戻す。それから、ドレプロ関係者にうちの者を送り込め。どんな雑用係だろうが構わん。多ければ多いほど良い」

 

「かしこまりました。・・・旦那様、差し出がましいこととは思いましたが、お車の用意を早めました。今からご出発されれば奥様のところへお寄りになる余裕もございますが?」

 

「・・・さすがだな。出よう」

 

「はっ」

カミューネちゃんと金弧さん3

カミューネは、危険なツノの消失が戦闘終了の合図だと知って安心した。

ふわりと頬を撫でる風の中、キスビット特有の簡素な衣装が緩やかに揺れる。

金弧の頭をそっと離したカミューネ。

 

「私、いままですごく狭い世界で生きてたんだなって、改めて思い知りました」

 

そう言いながらカミューネは、うっとりとした表情で金弧を見詰めた。

そしてその場にしゃがみ、金弧のキモい手に小さな掌を重ねる。

 

 「えぇッ、どどどどーゆー意味でござるかッ?」

 

生まれてこのかた、こんな雰囲気など経験したことが無い金弧。

今まで読んできた薄い本の脳内ライブラリをどれだけめくっても、この状況は相手がこちらに惚れているとしか思えなかった。

動揺を隠し精一杯に平静を保ったつもりの一言も、呆気なく声が裏返っている。

 

「怖くない鬼さんも、居るんだなって。えへへ」

 

そんな金弧に向かって、カミューネはとびきりの無垢な笑顔を見せた。

完璧なる天使の微笑パーフェクトエンジェルスマイルは、金弧のキモい心臓ハートを一撃で射抜いた。

まして金弧は今、カミューネを見降ろす視点である。

下から見上げる笑顔には、襟元から覗く無脂肪乳がプラスオンされている。

 

「くぁwせdドゥーんッ!」

 

奇声を上げながらバネのように起き上がり、直立不動になる金弧。

汗がダラダラと滴る。

 

「あははっ。金弧さんって、本当に面白いですね」

 

そう言ったあと、カミューネは少しため息をついて、そして想いを吐露し始めた。 

 

「初めて金弧さんと会ったときのこと、覚えてますか?あのとき私、鬼の方々が怖くて怖くて、ちゃんとお話もできなかった・・・。でも紫電さんはとても強くて優しかった。その紫電さんを迎えに来た金弧さんたちも、すごく良い人たちだなって思ったんです。私も周りに居た鬼さんたちは、本当に怖い方ばかりだったんですけど、でも、今はもう変わってるはずなんです!だから、私も考え方を変えなくちゃって。金弧さんたちは、どうしてそんなに強く優しくなれるんですか?さっきも私のこと助けてくれました」

 

偶然、とは言えない金弧だった。

何と答えるのがベストかも分からない。

ただただ目を泳がせカミューネの顔とロリ乳を見ないようにしながらキモい鼻息を吹き出している。

 

「あ、もしかして!世界中を航海してるからですか?海の大きさのおかげとか!なぁんちゃって・・・」

 

「その通りでござるッ!よくぞ見抜かれたああぁぁぁぁーッ!!!」

 

無根拠なハイテンションで乗り切ることに決めた金弧。

 

「広く大きな海原が拙者らのホームグラウンドでしてな。海なのにグラウンドとはコレいかにデュフフフ。拙者クラスになれば大洋のチカラを我がモノとし・・・」

 

「いいなぁ、羨ましいなぁ・・・私も、連れて行ってくださいませんか?・・・ねぇ、金弧さん・・・」

 

 

 

「金弧さんッ」

 

 

 

「金弧さんってばッ!」

 

 

 

「ちょっと!金弧さんッ!?」

 

 

 

「ぶるぅあぁぁッ!?」

 

脳天と鼻からだくだくと血を流しつつ、金弧は目覚めた。

ぼんやりとした視界が徐々に輪郭を鮮明にし、ようやくピントが合う。

自分を覗き込むカミューネの顔が見えた。

 

「大丈夫ですか金弧さん!いきなり飛んでくるからびっくりしましたよ?」

 

腐っても鯛、キモくても鬼。

金弧の回復力と生命力はさすが鬼と言えた。

出血はすぐに止まり、立ち上がろうとしている。

 

「せ、拙者は・・・?」

 

「私がダガライガに襲われてて、やっとの思いでやっつけたところに、金弧さんが降って来たんです」

 

なるほど、自分の下に獣の毛皮らしきものがある。

これが緩衝材として働いたのか。

 

「す、すまぬが、手を貸して欲しいでござる」

 

とにかく立ち上がろうとする金弧に、カミューネは少し顔を赤らめながらそっぽを向き、冷たく言い放つ。

 

「それだけ元気なら、私が手を貸す必要なんて無いと思いますッ」

 

指摘されてチン弧を確認する金弧。

忌刃のツノより主張する第三の足が隆々とに盛り上がっていた。

 

「こ、これは、エリート鬼だけが持つ、ひ、秘密の危険なツノですぞ!」

 

「あーそーですか・・・」

 

完全に棒読み状態のカミューネ。

以前のジネで奴隷として過ごしていたカミューネが、その辺の知識を持っていないハズが無いのだ。

ともすれば、薄い本からの知識しか無い金弧よりもむしろ、よっぽど生々しいコトを色々知っている。

 

「あ、いやぁ、だから・・・そのぉ・・・デュルフフ」

 

キモい苦笑いの金弧。

しかし意外にも、カミューネは金弧に笑顔で言葉を掛けた。

 

「でも、いまから一人でどうしようかって思ってたので、ちょうど良かったです。一緒にジネまでついてきてくれませんか?」

 

自分に向けられた屈託の無い笑顔に既視感を覚えつつ、二度目のハートにズッキュンをキメられた金弧。

 

「もちろんでありますッ!拙者とならば安全な旅をお約束できますぞ!」

 

「あ、でも3メートル以内には近寄らないでくださいね」

 

「コポォォwwwこれは手ひどいwww」

 

「なんでそんなに嬉しそうなんですか・・・ちょっと怖いんですけど・・・」

 

「むはははwwwいやなに、コレくらいの距離感の方がwww拙者的にはwww」

 

「意味わかんないです・・・」

 

「でしょうなwww」

カミューネちゃんと金弧さん2

「こ・・・ここはドコ?拙者は金色こんじき電弧アークでござるよ?」

 

意識が混濁しているらしく発言が意味不明である。

しかしカミューネにとっては命の恩人的な状況だ。

ようやく頭がハッキリしてきた金弧の前で泣き出したカミューネ。

 

「金弧さんッ・・・あり、ありがとう・・・ありがとう・・・ぐすっ」

 

死の覚悟から解放され、緊張から安堵という心の振り幅が大きかったのだろう。

本人も制御できないほど、泣いてしまった。

 

「カカカカミューネちゅわんッ!?何故こんなところに!?拙者・・・うわッ」

 

金弧の言葉を遮ったのはカミューネの抱擁だった。

キモい眼帯ごと頭をぎゅっと胸に抱きしめる体勢で、そのまま泣き続けるカミューネ。

始めは両手の十本の指をワキワキと動かしていた金弧だったが、しばらくして、そっとカミューネの背中に手を回した。

ぽんぽんと肩のあたりに手を置いてやる。

 

「ひっく・・・ひっ・・・ごめ・・・なさ・・・」

 

カミューネが徐々に泣きやむ。

しかし抱擁は終わらない。

外観は完全に無脂肪乳であるにも関わらず、ふにふにと柔らかく温かい感覚。

 

『ロリに手を出す者はロリコンにあらず!あの太陽のような笑顔が曇らぬよう、命をかけて見守る事こそ拙者のロリ道でござる!』

 

と普段から豪語している金弧にとって、この接触は生涯初のロリ密着であった。

 

(いかんッ!いかんぞ金弧ォォォ!ロリは愛でるもの!ロリは保護するもの!鎮まれ!鎮まれ!こンの聞かん棒め!鎮まれと言うにッッ!)

 

「あれ?金弧さん、こんなとこにもツノがあるんですか?」

 

いつの間にか泣きやんだカミューネが金弧に尋ねる。

鬼は頭部にツノを持ち、その形状や大きさには個人差がある、ということは知っているカミューネ。

金弧のツノはこめかみの上あたりから生えている小さめのものだと思っていた。

 

「ゴブシッwwwwこ、これはwww鬼の中でも、エリートしか持たぬッ、き、危険なツノでござるよwww見ても触れてもダメなデュルフフッwww」

 

羞恥と緊張で壊れかけの金弧。

しかしお陰で金弧のチン弧は委縮し、存在の主張をやめた。

 

「あ、あれ?金弧さん大変です!ツノが!ツノが消えちゃいました!」

 

海賊装束の生地をこれでもかと押し上げていた金弧のチン弧が鳴りを潜めた結果、カミューネにはツノが無くなったように見えた。

 

「せせせ戦闘が終われば危険な武器は無用でござるゆえ通常モードに移行しただけのことッ!」

 

ダガライガの屍骸を指して誤魔化した金弧。

どうにか、納得してもらえた・・・のか?

カミューネちゃんと金弧さん1

「今日もよく飛んだな」

 

巨岩のような体躯の忌刃が、はるか遠方の空を見ながら呟く。

その手には『いけないアイドル紫電ちゃん』と書かれた薄い本が握られている。

 

「マジで懲りねぇなアイツ!なんっべん言わせんだド畜生め!」

 

怒り心頭の紫電がドカドカと甲板を鳴らしながら船室へと戻ってゆく。

その背を見送りながら、忌刃は薄い本をビリビリと裂いた。

紙吹雪となった紫電ちゃんの破片が海風に舞う。

 

 

 

 

キスビットの国土全体を覆っていた嫌な空気は見事に消失していた。

過去の世界で邪神ビットを倒し、現代に帰還したカミューネ。

しばらくはタミューサ村で皆と養生していたものの、一人、また一人と帰国する運びとなり、カミューネも兄の待つジネへと帰ることにした。

 

「本当に送っていかなくても大丈夫なのか?」

 

エウスはカミューネの帰郷用に馬車を用意させた。

そのうえ同行も申し出たのだが、カミューネは丁重に断った。

あれだけ激しい戦いの後であるし、心痛も察して余りある。

それに、差別が無くなっているのなら特に危険なことも無いだろうという判断だった。

 

だったのだが。

 

「ヒィィィッッ!!!た、たすっ・・・ぐぼぁッッ」

 

御者が、死んだ。

キスビット原生の猛獣、ダガライガに襲われたのだ。

しかし本来ならこんな平野部で遭遇するはずなど無いのだが、どうやら民から差別意識が消えただけでなく、過去改変により生態系にも影響があったようだ。

 

「やっぱり、送って貰えば良かったなぁ・・・」

 

表情に余裕は全く無いが、しかしあれだけの死線を越えた経験はカミューネを精神的に強くしていた。

腰から護身用のナイフを外し、ダガライガに向かって真正面に構える。

 

「あなたのご飯になるわけにはいかないの。お兄ちゃんにただいまって言わなきゃ」

 

しかし気持ちだけでどうにかなるほど、世の中は甘くない。

飛びかかってくるダガライガ。

迫り来る鋭利な爪と牙を前に、カミューネは身動き一つできず、目を瞑ってしまった。

 

ドグシャアァァァッ!!!

 

異音に驚いたカミューネが目を開けると、そこに居るはずのダガライガの姿が無い。

咄嗟に左右を確認する。

と、真横の地面に大きなクレーターのような陥没があった。

その中心で、おそらく絶命しているダガライガ、と、キモ細い鬼。

 

「あ、あなたは・・・き、金弧さんッ!?」

PFCSのファングッズ作りました

マウスパッドォォー!

世界地図で作っちゃいましたはは~んッ!!

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裏面はラバー製で机の上で滑りにくく、使用面には凹凸樹脂被膜エンボスラミネート加工が施されててマウスがよく滑ります。

勢い余って、たくさん作っちゃいました。

あっはっは。

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もし欲しい方がいらっしゃれば贈りますので送りますので。

 

お金?そんなもなぁ要りませんのぜ旦那ぁ。

お隣さんに「これ良かったら。肉じゃが作り過ぎちゃって」と同じノリでさぁ。

 

何を隠そうこの私はグッズ屋さんなのです。

まだ駆け出しなので扱い品目が少ないですけど、とりあえずこのマウスパッドは「市場調査用のサンプルです!」って経費で落とすんでw

 

お送り先はtwitterのDMでも、sakatsu_kana@excite.co.jpコチラでも。

 

もしかしたらオマケも付いてくるかもですよwイッヒッヒ~w

 

 

※個人情報の取扱いは厳重に注意して行いますのでご安心を。送り主はわたくし坂津の本名とガチ住所にさせて頂くことで個人情報の等価交換とさせてください。

残酷な天使のテーゼ

下記の話の続きです。

1.キャラクターとショートストーリー

2.【上】それぞれのプロローグ

3.【中】それぞれのプロローグ

4.【下】それぞれのプロローグ

5.【前】それぞれの入国

6.【後】それぞれの入国

7.集結の園へ

8.心よ原始に戻れ

9.Beautiful World

10.慟哭へのモノローグ

11.FLY ME TO THE MOON

12.魂のルフラン

13.甘き死よ、来たれ

 

キャラクターをお貸し頂いた皆様、本当にありがとうございます。

所属国 名前 特徴 創造主
ドレスタニア(近海) 紫電 乙女海賊 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
ドレスタニア メリッサ 天然強運 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
チュリグ ハサマ 最大火力 ハヅキ(id:hazukisan)
奏山県(ワコク) 町田 実質探偵 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
奏山県(ワコク) アスミ 鍵盤天使 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
コードティラル神聖王国 クォル・ラ・ディマ 俺様最強 らん (id:yourin_chi)
コードティラル神聖王国 ラミリア・パ・ドゥ 武闘師匠 らん (id:yourin_chi)
ライスランド カウンチュド 稲作精霊 お米ヤロー (id:yaki295han)
メユネッズ ダン 夢守護者 たなかあきら (id:t-akr125)
カルマポリス ルビネル 女子学生 フール (id:TheFool199485)

 

ウチの子

所属国 名前 特徴
キスビット(タミューサ村) エウスオーファン 嗅覚村長
キスビット(タミューサ村) ダクタス 姿形変化
キスビット(タミューサ村) ラニッツ 雷雲創造
キスビット(タミューサ村) アウレイス 完全回復
キスビット(タミューサ村) オジュサ 土石操作
キスビット(タミューサ村) エコニィ 大剣使い
キスビット(タミューサ村) マーウィン 分身出現
キスビット(タミューサ村) アルファ 謎の存在
キスビット(ジネ) カミューネ 暗闇移動
キスビット(タミューサ村) エスヒナ 友情出演

 

 

に・・・20人も居たッ( ̄Д ̄;)!!

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

私は寝坊した。

起きて、慌てて、走った。

エウス村長のお屋敷まで、そんなに遠くない。

もうすぐお屋敷が見えてくるあたりで、なんだかとても心地良い音が聴こえてきた。

私は走った。

また怒られちゃうな。

なんて言い訳しようかな。

でも、素直に謝るべきだよね。

あ、みんな庭に出てる。

何してるんだろう?

そんなことを考えてた。

そしたら・・・

ついさっきまで晴れ渡っていた青空が、一瞬で真っ黒に変わった。

そんな風に見えた。

でもそうじゃなかった。

「それ」はエウス村長のお屋敷をすっぽり包むほどの大きさで、突然空から降って来た。

誰にもどうすることもできなかった。

巨大な真っ黒い布が、ファサッと落ちて、あとには何も無くなってしまった。

私の目の前で、お屋敷も木もみんな、無くなった。

 

「嘘・・・なに、これ・・・嘘だよね・・・?嫌だ・・・こんなの・・・うわああぁぁぁーッッッッ!!!!」

 

エウスの屋敷が在った場所には、ただ黒く変色した地面だけが残っていた。

まるで焚火をしたあとのように黒くなっている。

雑草が生えている緑色の地面と、くっきり境界が見て取れる黒色の地面。

その狭間で膝から崩れ落ち、慟哭することしかできないエスヒナの涙が、地面を濡らす。

 

 

 

「うぅ・・・なんだ?何が起こった?」

 

ダンは突然真っ暗になった視界が徐々に戻るのを感じつつ、周囲の状況を確認した。

さっきまでエウス村長の屋敷の庭で、町田とアスミの演奏を聴いていたはずだ。

青く晴れ渡っていた空が、暗い紫色をしている。

それに驚くほど風が強い。

そしてこの浮揚感はどうしたことか。

ここまで考えて、ダンの意識は覚醒した。

 

「こ、これはッ!?」

 

自分を含め、あの場に居た面々がみな強風に巻き上げられ、空中に静止している。

その中心にはハサマが居た。

直立の姿勢で腕を組み、魔王さながらの視線を眼下に向けていた。

その視線の先の大地、そこに半壊したエウスの屋敷が在った。

あの庭がそのまま在る。

しかしそれより先には荒野がどこまでも広がっている。

その枯れた大地にただひとつ、かなり遠いが人影が見える。

 

「おまえたち なんで あのおと しってる ヤメロ ヤメロ」

 

目を凝らすと相貌が見えてきた。

尖った耳から察するに精霊のようだが、その肌はサムサールのように浅黒く、頭部にはサターニアのような角が生えている。

恐らくはそれが発したであろう言葉は、不思議と距離を感じさせずに聴こえる。

そしてとてもたどたどしく、幼稚だった。

言葉を覚えたての子供が、初めて意味の通る発言をしたかのような。

 

「ハサマ王、これは一体・・・?」

 

ダンの問い掛けにハサマが答える。

 

「屋敷周辺の空間ごと『運ばれた』んだよ。いや、放り投げられたと言った方が正しいかも知れない。落ちる前に浮かせたから、たぶんみんな大丈夫だと思うよ」

 

「ッ!?この風は貴方の能力か!するとここは・・・」

 

ダンは察した。

ハサマはこくりと頷いた。

ここは1,000年前のキスビット。

そしてアレが、邪神になり果てたビットだろうか。

状況を整理しようと必死に思考を巡らせるダンに、ハサマが言う。

 

「みんなを護りながらじゃチカラが出せないから、頼んだよ」

 

すると風の方向が急に変わり、ハサマ以外の皆が一気に屋敷前の地面に降ろされた。

どうやら目を覚ましたのはダンのみで、他の者は気を失っているようだ。

町田とアスミが演奏していたピアノ周辺に寝かされる面々。

ダンは夢追いの剣を抜き、ビットが居る方向に構えた。

 

「この身に代えても、皆を護る!」

 

ダンの言葉を合図に、ハサマが大きく両腕を振り上げた。

するとビットの足元の地盤が突き上がり、まるで石柱のように伸びていく。

激しく揺れる地面にどうにかバランスを取りつつ立っているダンは、改めてハサマの壮絶な能力を目の当たりにした。

つくづく味方で良かったと思う。

と、ハサマが振り上げた両腕を、今度は勢い良く振り下ろした。

ダンは我が目を疑った。

空に浮かぶ紫色の暗い雲を突き抜け、眩い光の柱が降り注いだではないか。

 

天をも穿つ閃光の一撃ゲイ・ボルグッ!!」

 

光の柱は、ビットが乗る突き上がった地盤に命中した。

 

かのように見えた。

 

しかし衝撃も爆発も、被弾の音すらも起きなかった。

 

「チッ・・・」

 

本来ゲイ・ボルグには、発動までに力を溜め集中する時間を要する。

そこを省略し無理矢理に放った一撃は、ビットの頭上に現れた黒い手に包まれ、消えてしまった。 

充分な威力を乗せられなかった一撃とは言え、それでも城の1つや2つは簡単に破壊する程度の規模だったはずだ。

黒い手の正体が分からない以上、無意味な攻撃は得策では無い。

そう判断したハサマは暴風を操り、皆の元に移動する。

石柱の頂上ではビットが小首をかしげている。

何かしたか?

そう言いたげな態度にハサマは歯噛みした。

 

「んん・・・なんだ・・・急に真っ暗に・・・」

 

ダンの後ろで紫電が目を覚ます。

それを契機に、皆が続々と上体を起こす。

 

「手短に言うぞ。我らは1,000年前のキスビットに居る。ハサマ王が邪神ビットと交戦中だ。みな、用心しろ!」

 

先に目覚めた者の務めとばかりに、ダンは情報共有を図り、喝を入れる。

その言葉で状況を理解した者はそれぞれに身構え、周囲の策敵を行う。

 

「いよいよ俺様、神を倒せし者になるってか?」

 

軽口を叩きつつ、大型の剣を軽々と抜き放ったクォル。

常人では両手でも扱いに苦労しそうなスケールの剣を片腕でひょいと構える。

さすがに歴戦、思考の切り替えが早い。

 

「そのデカいの振り回して、私に当てないでよ?」

 

ふいに後ろから声を掛けられた。

ちらりと視線を向けるとエコニィが、同様に大剣を構えている。

こんな無駄口はエコニィらしくないのだが、緊張がそうさせているのだろうか。

 

「おっと。同じ剣士同士、仲良くしよーぜ」

 

額に汗を滲ませるエコニィに対し、ニヤけた顔を向けるクォル。

すると横からも声が掛かる。

 

「おいクォ!油断してんじゃねぇぜ!」

 

苛立ち気味の怒声を上げたのは紫電だった。

決して、クォルが自分以外の女性と会話をしたから苛ついているわけではない。

この状況が、あまりに現実離れしているためだ。

 

「俺様、大人気じゃん」

 

しかしそれでも軽口を叩くのは、もう性分なのだろう。

そんなやり取りを切り裂いて、悲痛な声を上げたのはカミューネだ。

ビットとは反対側を指差している。

 

「あ、あれッ!あれを見てください!」

 

「なにぃ・・・!?おいおい・・・なんだありゃ・・・」

 

思わず驚きの声を漏らすのはカウンチュド。

カミューネが指差し、カウンチュドが見詰める視線の先で蠢くものたち。

 

「あれは・・・ゴーレムッ!?」

 

キスビット人であるオジュサが悲鳴に似た叫びを上げた。

土を操る魔法を使うキスビット人は、その命を代償にすることで壮絶な戦闘力を手に入れることができる。

土を身に纏い、命が尽きるまで無敵の力を得ることができるのだ。

それがゴーレムである。

戦力は一体で王都エイ マヨーカの一個大隊にも匹敵する。

そのゴーレムが地面からボコボコと這い出てくるではないか。

 

「これは・・・逃げる方が得策かもしれませんよ?」

 

冷静に敵戦力を見れば、このラニッツの判断は間違ってはいない。

まともに相手をしていては命がいくつあっても足りない。

 

「ただし、逃げる場所があれば・・・の話ね・・・」

 

まだ起きないアスミと町田の前で、二人を庇うように立つルビネルが核心を突く。

そう、土から這い出たゴーレムはこちらを取り囲むように、ぐるりと円周を描いている。

 

「師匠のキックで倒せるかどうか、まだ判断できません」

 

アルファは知覚センサーでゴーレムをスキャニングするが、まだ距離があるのと、実際の戦闘を見ていないため、役に立つ情報は得られていない。

 

「じゃあちょっと、試しに蹴ってみようかしら?」

 

口では冗談を言うものの、ラミリアの額には汗がにじんでいる。

危機的状況であるという緊迫感が神経をビリビリと刺激する。

これまでの戦闘経験や切り抜けた修羅場によって磨かれた警戒警報が、全力で鳴っている。

 

「まぁ☆これは夕立の前触れですか?洗濯物を取り込まなければ・・・」

 

エウスオーファンに抱き起こされたメリッサが、暗紫色の空を見上げて言う。

これが本当に単なる夕立前の曇りであればどんなに良かっただろう。

 

「村長、さて・・・どうしたもんか・・・」

 

ダクタスが悲壮な顔でエウスオーファンに視線を送る。

ちょうどそこへ、上空から旋風を伴ってハサマ王が舞い降りてきた。

 

「ハサマ王、率直なご意見を願う。我々は足手まといか?」

 

「最初はそう思ったんだけどね、どうにも・・・」

 

そう言うや否や、ハサマは右腕を大きく振り払う。

すると一瞬にして巨大な竜巻が立ち昇った。

同時に大地を揺るがすような轟音が鳴り響く。

空を見上げれば、絶望的な大きさの岩の塊がこちらに向けて放たれていたものを、ハサマが竜巻で粉砕したようだ。

先ほど大地から突き上げられた石柱を、ビットが放り投げてきたらしい。

そして状況は更に絶望的となる。

空中で粉砕された岩の塊が、そのままゴーレムに変型しながら次々と着地していく。

ハサマは躊躇していた。

ゴーレムを掃討することは、可能である。

しかしそれには、ここに居る者の安全を考えないならば、という但しが付く。

そしてゴーレムが土から這い出てきたこと、また砕けた岩からも変型したことを考えれば、一次的に駆逐したとしてもすぐに補充されると見るべきだ。

 

「一点突破しよう」

 

悲壮感に包まれた中、エウスオーファンが口を開いた。

ビットとは反対側に向かってゴーレムを切り崩しながら進み、可能な限り距離を取る。

最大戦力であるハサマが存分に戦えるようにすることが、いま最も重要なのだ。

しかし先ほどのような規定外の攻撃をビットが仕掛けてきた場合、それを防御できるのもハサマだけなのである。

ゴーレムを突破するのは、ハサマ以外でやり遂げなければならない。

 

「ぃよっしゃーッ!!俺様一番のりィーッッッ!!」

 

方向性が定まったのならあとは全力で暴れるだけとばかりに、クォルが先陣を切って駆け出した。

 

「あ!ちょっと、クォっ!?」

 

先走るクォルを見て後を追おうとするラミリアを制止したのは、エウスだった。

 

「彼にはあれが適任かもしれない。オジュサ、頼む」

 

エウスが手短に戦術を伝えると、先程まで絶望に沈んでいたオジュサの表情に生気が戻る。

クォルの背中から視線を剥がせずにいたラミリアも、納得した。

 

「メリッサ、マーウィン、キツイ役回りになるが、任せたぞ」

 

いまいち状況が飲み込めていないメリッサだが、エウスに依頼されたのは至極簡単なことだった。

二つ返事で承諾する。

 

「はいッ☆土のお人形さんたちに捕まらないように鬼ごっこですね?」

 

朗らかな様子のメリッサと対象的に、マーウィンの表情は固い。

 

「そんな大役が、私などに務まるでしょうか?」

 

俯き、視線を足元に落とすマーウィンに、ダクタスが声を掛ける。

 

「エウス村長が今まで、できぬ者にできぬ事を命じたことがあったか?」

 

 

 

「あははははは☆鬼さんこちらッですぅ~♪・・・に゛ゃッ!」

 

満面の笑顔でゴーレムたちの間を縫って走るメリッサ。

足元の石につまづいて転んだ。

つい一瞬前までメリッサの頭があった空間を、ゴーレムの巨腕が通過する。

 

「あいたたた・・・」

 

よろよろと起き上がるメリッサ。

その鼻先を掠めて大地を踏みしめるゴーレム。

転んだままであれば間違いなく踏みつぶされていた。

膝を擦り剥いていないか確認するために上体を下げると、そこを石の礫が素通りする。

 

「メリッサは、あの枯れ木を目指してくれ」

 

エウスの指示は、ゴーレムに捕まらないよう、遠くに見えていた枯れ木まで辿り着くこと。

ただそれだけだった。

ゴーレムの数を分散させるというエウスの狙いは、見事に的中した。

メリッサを追って数体のゴーレムが地響きを立てる。

それぞれが腕を振り、足を蹴り上げ、メリッサを狙う。

しかしそのことごとくが外れ、空かされてしまう。

それどころか、同士討ちとなって崩れ去るゴーレムも多い。

舞い上がる砂埃でくしゃみをし、地面の凹凸でつまづき、呼ばれた気がして振り向く、その全ての動作が芸術的な回避運動になっている。

 

「とぉーちゃあ~っく☆」

 

枯れ木に辿り着いたメリッサ。

さて、ここからどうすれば良いのだろうか?

次の指示を仰ごうとして今来た方向を振り返る。

と。

メリッサは目を疑った。

 

「アスミちゃんッ!避けてくださいッッッッ!!!」

 

悲痛な叫びが空しく響く。

いつの間に目を覚ましたのか、ゴーレムたちの間にアスミが居た。

そして、あまりにも呆気なく、踏みつぶされてしまった。

もうもうと撒き上がる土煙の中に、メリッサは町田の姿も確認した。

 

「ッ!!町田さ・・・」

 

声を掛けるより早く、町田の体は軽々とゴーレムに持ち上げられ、握りつぶされてしまった。

 

「・・・・んで・・・」

 

俯くメリッサ。

肩が震えている。

 

「・・・んな・・・るん・・・」

 

足元の乾いた土に、パタパタと水滴が落ちる。

 

「なんでそんなことするんですかぁーーーッッッ!!!」

 

メリッサは激怒した。

足元に落ちていた枯れ枝を拾い上げ、ゴーレムに打ちかかる。

 

「ひどいです!アスミちゃんを、町田さんを、返してくださいッ!!!」

 

枝をぶんぶんと振り回しながら走るメリッサ。

ゴーレムからすれば格好の標的だ。

しかしどんな攻撃も当たりはしない。

それどころか同士討ちの回数が増えてきている。

 

 

 

「どおおおぉぉぉぉりゃあああああっっっ!!!」

 

高く跳んだクォルが全体重を乗せて振り下ろした剣は、ゴーレムを頭部から真っ二つに分断した。

硬い岩の塊に叩き付けたというのに、その剣は刃こぼれひとつしていない。

剣自体の強度もあろうが、使用者の腕によるところが大きい。

 

「遅い遅いッ!!」

 

力はありそうなので攻撃を受けたり捕まればダメージは大きいだろうと予測されるゴーレムだが、しかしその動きは緩慢であり、クォルはこの戦闘に余裕を感じていた。

心配だった強度も、それほど硬質というわけではない。

恐らくカウンチュドの矢、紫電の拳やラミリアの蹴りでも砕くことは可能と思われる。

クォルには知る由も無いことだが、キスビットの悪魔と恐れられる無敵のゴーレムは、命を燃やす精霊が存在してこそ力を発揮する。

いま周囲で生成されているのはただの土の塊なのである。

いける、そう判断したクォルはこのまま露払い役を務め、血路を開くことを改めて決意し、後陣を振り返った。

 

「ッ!?」

 

カミューネが陣形を離れ、一人でぽつんと立っていた。

そこにゴーレムの剛腕が唸りを上げて襲いかかる。

左の脇腹あたりに命中した岩の拳はそのまま振り抜かれ、カミューネの上半身だけが空に舞う。

 

「カ、カミュ・・・ッッッ!!!」

 

声を掛ける隙さえ無いほどの刹那。

地面に残されたカミューネの下半身が音も無く倒れるその後ろで、ダンとエウスに襲いかかるゴーレム。

二人は目の前に集中しているためだろうか、後方からの攻撃に気付いていないようである。

両手を組みハンマーのように振り下ろされたゴーレムの腕に、ダンとエウスは叩き潰されてしまった。

 

「うそ・・・だろ・・・?」

 

戦闘中に我を忘れることは禁忌である。

しかしそれでも、クォルのことを誰が責められようか。

彼の目の前に広がるその光景、それは絶望をしてなお、ぬるいと言わしめるほどの地獄だった。

ついさっきまで一緒に居た仲間たち。

その『仲間たちだった部品』が転がっている。

大地を一歩踏みしめたゴーレムが潰したのは、ルビネルの頭部だったように見えた。

岩の腕が粉砕したのはエコニィの左半身だろうか。

そして、クォルの目に、ラミリアが映った。

構えたまま動かない。

恐怖に竦んでいるのだろうか。

 

「避けろッ!!ラミィィッッッ!!!!」

 

クォルは全身全霊で叫ぶと、雷のごとく駆けた。

真っ直ぐラミリアまでの最短距離を最速で抜ける。

彼に自覚は無いだろうが、途中に立ちはだかるゴーレムを紙屑のように蹴散らしながら。

まさに鬼神のごとき疾走であった。

しかし。

あと一歩、遅かった。

ゴーレムの放つ、下から掬い上げるような拳はラミリアの全身を捉えていた。

メキメキと嫌な音を立てながら吹き飛ばされるラミリア。

更にその先には大きく両腕を上げたゴーレムが待ち構えており、ラミリアの体は濡れ雑巾のように地面に叩きつけられた。

 

「よくも・・・よくもォォ・・・」

 

噛みしめた唇から血が流れる。

クォルの燃える瞳からは、涙が溢れていた。

そして獣のような咆哮が空気を切り裂く。

 

「ォォォ俺のラミリアをぉぉぉォォーッッ!!!」

 

 

 

微かな光さえ無い真闇の中。

エウスとダンの会話が聞こえる。

皆もその声に集中している。

 

「エウス殿、俄かには信じがたいことなのだが・・・ビットに、その・・・夢の気配を感じた・・・勘違いでは無いはずだ・・・」

 

「ダン、君のその能力を借りたい。私も確かに嗅いだのだ。奴の中にもうひとつの存在を。その夢の内容を鮮明に判別するには、どうすれば良い?」

 

「この剣で触れるか、あるいはもう少し時間があれば、探れると思う」

 

「分かった。何としても奴の夢とやらを暴いてくれ」

 

何も見えない本当の暗闇の中、メリッサとクォル以外の全員が、そこに居た。

紫電がアスミを、カウンチュドが町田を背負い、息をひそめて気配を殺している。

頭上から、どしんどしんと音が聞こえる。

ここはオジュサが土を操作して作り出した地下空間である。

エウスの作戦はこうだった。

まずオジュサが、ある程度ヒトの形をした土人形を作る。

それをダクタスの変化の呪詛で、全員の風貌そっくりに見せかける。

クォルとメリッサが大多数のゴーレムを引き付けてくれたお陰で、どうにか隙が生まれていたのだ。

そのままオジュサは地下室を形成し、全員がその中に隠れた。

上手くいけばビットはこちらを全滅させたと思い、退散してくれる。

そうなれば、ひとまずは時間が稼げるというというわけだ。

 

「クォル様が、倒された土人形を発見されました」

 

マーウィンの声だ。

マーウィンの役目、それは分身ダブルを地上に出現させ、状況を知覚することだった。

 

「す・・・すごい・・・あのゴーレムをあんなに簡単に・・・」

 

「避けろッ!!ラミィィッッッ!!!!」

 

クォルの叫び声が、地下室にまで響いてきた。

 

「ありゃ、私の人形がやられそーなのね」

 

詳しい状況は分からないが、自分に向けられたクォルの声を、まるで別方向から聞くのはなんだか少し照れくさかった。

そして。

 

「ォォォ俺のラミリアをぉぉぉォォーッッ!!!」

 

「ッ!?・・・あンの馬鹿・・・バカ・・・もう・・・」

 

 

 

怒りの狂闘バーサーク状態となったクォルの戦闘は、まるで嵐のようだった。

彼を中心に、ゴーレムたちが次々と粉砕されていく。

しかし悲しいかな、人間の体力は無尽蔵では無い。

自覚するしないに関わらず、突如として訪れる体力切れエンプティ

クォルが地面に膝をついた、その瞬間。

 

「今です!」

 

マーウィンの声が響き、オジュサが地面に穴をあける。

突如として足場を失い、自由落下するクォル。

穴はクォルを飲み込むと、瞬時に閉じた。

そして予め用意されていたクォルの土人形がその場に現れ、ゴーレムに打ち砕かれる。

それを確認したあと、マーウィンの分身ダブルも攻撃を受けて消失してしまったらしい。

ヒッという短い悲鳴が、マーウィンから漏れる。

直接肉体的なダメージは無いものの、知覚を共有している分身ダブルが致死級の攻撃を受けるということは、精神的に何度も死んでいるようなものだ。

この地下室に入ってから数分のうちに、マーウィンはもう三度も死を経験している。

 

「マーウィン、次はメリッサだ」

 

「・・・はいッ」

 

エウスの指示に従い、マーウィンは再び地上に分身ダブルを出現させた。

本当はもう、神経がすり減り、ギリギリの状態だった。

エウスはそれを分かっていたし、マーウィンも、エウスがそれを知っていると気付いている。

だが今はそれを言っていられる場面ではない。

確かに、二人の間には信頼と絆が存在していた。

 

「4時の方向に、十五・・・十六歩です」

 

クォルの回収時にも、こうして地下室を少しずつ拡張しながら、真下にまで移動してきたのだ。

今やこの地下室は、エウスの屋敷よりも広いほどに拡大されている。

 

「・・・ってぇ・・・ここは?」

 

いきなり地面が無くなって落ちたと思ったらそこは真っ暗闇で何も見えない。

クォルは何が何だか分からなかった。

しかし。

 

「クォルさん、大丈夫ですか?」

 

「その声は・・・カミューネちゃんか!?なんで・・・え?俺様・・・死んだのか!?」

 

「静かにしろッ」

 

狼狽するクォルに、紫電が声を抑えながら手短に説明をする。

 

「だから、さっきお前が見たラミリアは土人形なのさ」

 

なぜか『ラミリア』の部分をやたらと強調した口調の紫電

苛ついているようだ。

 

「なんだ・・・そっか・・・良かった・・・」

 

ラミリアの予想では、何で俺様にだけその作戦を教えないんだとクォルが騒ぐだろうと思っていた。

それに対して、あんたが聞かずに走ってたのが悪いんでしょと叱り飛ばしてやろう、と構えていたのだ。

しかし、クォルの反応があまりにも意外で気勢を殺がれてしまった。

 

「この上です」

 

クォルの時と同じ要領でメリッサを回収する。

 

「は・・・はえ?・・・真っ暗こわいですぅ~~~!」

 

急に周囲が暗闇になってしまいパニックになるメリッサの口をエウスが押さえる。

 

「ん?え・・・?ここは・・・?なんだ!?」

 

メリッサの声で気が付いたのか、町田が目を覚ました。

目を開けたはずなのに暗闇という状況は、精神的にかなりダメージが大きいものだ。

 

「大丈夫よ町田くん。落ち着いて、ここは地下室なの」

 

ルビネルの声に落ち着きを取り戻す町田。

カウンチュドの背中から降りる。

アスミは紫電がしっかりと背負っているということを確認し、安堵した。

これで、とにかく全員が地下室に隠れることができたわけだ。

攻撃対象が消失し、ゴーレムたちは目的を見失った。

その場でボロボロと崩れ始めるゴーレムたち。

ビットはどこに居るだろうか?

土煙に紛れていたマーウィンは、攻撃を受ける前に分身ダブルを解除した。

 

「聞いて欲しいことがある」

 

漆黒の闇の中、エウスの声が響く。

静かに、だが力強い声だ。

 

「今のままでは、我々には万に一つも勝ち目は無いだろう」

 

誰一人反論も質問もしない。

この沈黙が、認識を共有している証拠となる。

 

「しかし、ダンが感じた『ビットの夢』とやらが、どうにも引っかかる。私の嗅覚でも感じたのだが、奴の中に『何か』が居る」

 

こればかりは、それを知覚した者にしか分からない世界だ。

しかしダンとエウス、この二人が言うのだから間違いは無いだろう。

ダンがビットの夢の内容について知覚を進める一方、エウスはある試みを説明し始めた。

 

「この地下室が、我々の生命線になるかも知れん。よく聞いてくれ」

 

仮に、ビットを倒せる何かの糸口が見つかった場合、しかしそれでも戦力は歴然だろう。

となればこちらはヒット&アウェイを強いられる可能性が高い。

また、負傷者が出た場合の避難所としても、この地下室を利用したい。

 

「つまりカミューネ、君が我々の命綱だと言うことだ」

 

突然に名前を呼ばれたカミューネがびくりと身体を硬直させた。

 

「わ、私が・・・命綱・・・?」

 

エウスの説明はこうだった。

カミューネの闇から闇へ瞬間移動できる能力は、身体の一部が触れてさえいれば他者と一緒に飛ぶことができる。

人員の運搬として非常に有用だ。

地上に出たあとも、ラニッツが生成する雷雲の中に飛び込めば、その内部は闇であり、この地下室へ戻ってこれるのではないか、というのだ。

 

ラニッツさんの雲が光を遮断できるのであれば、可能だと思います」

 

「その点はお任せください」

 

これでずいぶん戦術の幅が広がったように思える。

例えば地上に雷雲をいくつか生成しておき、さらに地下室も複数個所に作れば、それらの中を瞬間移動しつつビットに攻撃を加えることもできそうだ。

 

「あまりチョロチョロ飛び回るのは、得策とは思えないけどね」

 

ふいに、ハサマが口を挟んだ。

 

「もしハサマが同じことされたら、周辺一帯、消すよ」

 

先ほどビットと一戦交えたハサマの言葉は重かった。

恐らくは、間違っていない。

それをするだけの能力を持つ者ならではの発想だった。

静まり返る一同。

その沈黙を破ったのはダンだった。

 

「・・・どういうことだ・・・これは・・・?」

 

 

 

どこまでも広がる緑の大地。

その草原に数人の人影が。

布製の簡素なテント。

周辺に居るのは、長い耳からして精霊と思われる。

キスビット人だろうか。

彼らは手に手に長い木の棒を持っている。

地面には、中身を空洞にくり抜かれた木製の筒が横たえられている。

その筒を、木の棒で叩くと、なんとも心地よいポクポクという音が鳴る。

筒は一本の木を加工して作られているようで、片方が太く、もう片方は細くなっている。

叩く位置によって、鳴る音が違う。

その筒状の木の前に、幾人ものキスビット人が並んだ。

そして、順番に、あるいは同時に、棒で筒を叩く。

ポクポクという音は重なり合い、旋律となる。

 

「これは・・・アスミと町田が聴かせてくれた・・・?」

 

カウンチュドが言う。

確かに、町田が作り上げたピアノで、アスミと町田が連弾で奏でたあの曲だった。

今、ダンは自分が知覚した夢を皆に見せている。

『この音を、ずっと聴いていたい』

そんな想いが感じられる。

夢とも言えないようなささやかな希望だった。

 

「でも、キスビットに音楽は無いんでしょう?」

 

ルビネルの質問は誰に投げられたものでも無かったが、確かにその通りだった。

ここに居るキスビットで生まれ育った者たちは、音楽という物を知らない。

 

「なんとなく、分かってきました」

 

「町田?」

 

何かに気付いたらしい町田にカウンチュドが声を掛ける。

どうやら何か思い当たることがあるらしい。

 

「僕の仮説ですが・・・ビットの中に居るのは、本来の土壌神なのでは?」

 

その昔、まだキスビットに国という概念もなく、精霊たち単一種がまばらに生息していた時代。

彼らは土壌神ビットを祀り、祈りを捧げていた。

その祈りの儀式に使われるのが、あの木の棒と筒だったのではないか。

極めて原始的ではあるが、しかしだからこそ心に訴えかけるような旋律。

そんな精霊たちの純粋な信仰心から生まれたビットはしかし、時とともに邪悪な思念を吸収するようになってしまった。

時とともに邪念の方が勝ることとなり、今のような事態を招いた。

だが、原初のビットはまだ完全に消え去ったわけでは無い。

邪神の内に確かに存在し、時を待っているのではないか。

そんな物語を、町田は話した。

 

「ここに着いたとき、あいつは『その音をやめろ』と言っていたよ」

 

ハサマが言う。

その声はダンも聞いていた。

その事実は、町田の仮説を裏付けているように思える。

エウス村長からキスビットの成り立ちについての説明を受けていた者には、町田の仮説はとても納得のいく、筋の通ったものだった。

全てのつじつまが合うような気がする。

 

「しかし町田、村長の話を聞いていないお前がなぜその流れを知っているんだ?」

 

カウンチュドの質問は当然である。

元々は純粋な神だったビットが邪神に成り果てた経緯を、エウスが皆に説明したとき、町田はアスミと共に席を外していたのだ。

 

「ダンさんが見せてくれた光景と、エウス村長が『ビットの中に何か居る』と言われたので、そこから仮説を立ててみましたけど、どうでしょうか?」

 

あまり自信の無いような町田の問い掛けに、誰もがふっと肩の力を抜いた。

呆れるほどの想像力だ。

エウスが静かに言う。

 

「私は、町田くんの考えが正しいと思う。となれば、可能性の鍵はピアノの演奏かもしれない。だとすると・・・」

 

エウスの話しを遮ったのは、大きな地震だった。

 

「なにぃッ!?」

 

「きゃあーッ!!」

 

地下室の天井が裂け、明かりが差し込んでくる。

揺れと地響きは収まらず、亀裂はどんどんと大きくなった。

 

「オジュサ!」

 

「はい!」

 

このまま地下室を維持し続ければ、天井部分が崩落して危険である。

エウスは止むを得ず、一旦地上に出る決断を下した。

地下室だった場所が徐々にせり上がり、天井部分が消え失せていく。

と、その変化が途中で止まった。

皆がオジュサを振り返る。

 

「は、ははは・・・参ったな・・・ゴフッ」

 

オジュサの胸から、黒い腕が生えている。

その後ろに、奴は居た。

精霊のような長い耳、サターニアのような角、サムサールのような黒い肌を持つ邪神、ビットが。

 

「に、逃げッ・・・ガハッ」

 

ダクタスが叫ぶ。

しかしそのダクタスの胸からも、黒い手が覗いた。

オジュサとダクタスを両腕に突き刺したまま、ビットは少し小首を傾げた。

そして乱暴な動作で二人を放り投げるように、腕を振り払った。

オジュサをカウンチュドが、ダクタスをエウスオーファンが受け止める。

即死では無いが、明らかに致命傷である。

次の瞬間、ビットの目の前に土の壁が突き出した。

オジュサの、最期の機転だった。

一瞬視界を奪われたビットだったが、まるで飴細工でも壊すようにその壁は破られる。

しかしそれだけで充分だった。

土壁を越えようと身を乗り出したビットに対して、三本の剣が三方から襲いかかる。

上段から振り降ろすカウンチュドの剣。

左側から横に薙ぐダンの剣。

右側から突き込むエコニィの剣。

その全てが、ビットの身体を捉えた。

はずだった。

しかし、三本の剣が斬り裂き、断ち、貫いたのは、ラニッツであった。

 

「なん・・・で・・・」

 

断末魔の悲鳴も無く、目を見開いたまま崩れ落ちるラニッツ。

剣士三人は動揺を隠せない。

 

「さがれっっっ!!!」

 

エウスが叫んだが、しかし遅かった。

動揺は一瞬だったが、その瞬間は生死を分けるのには充分すぎる時間だった。

ビットが腕をひと薙ぎする。

カウンチュドの胸が裂け、鮮血が吹き上がった。

遅れて、ダンの左腕が地面に落ち、エコニィの右腕が宙に舞う。

何をされたのかまるで分からない。

衝撃だけがあり、次に自らの出血を確認し、最後に激痛が襲ってくる。

 

「ぎゃああああああっっ!!!!」

 

もう、仲間を巻き込めないなどという考えは戯言となった。

ハサマは決意する。

ここでこいつを消しておかなければ、被害はこの国だけでは収まらないかもしれない。

自国への悪影響だけは何に代えても避けなければならない。

例えこの連中もろとも消し去ることになろうとも。

突風に乗って上空へ飛ぼうとしたその時だった。

ビットの背中から巨大な黒い腕が出現した。

 

「ッ!!」

 

嫌な予感が全神経を駆け廻る。

あれは、万全ではない威力だったとは言え、ゲイ・ボルグを防いだ腕だ。

風を操り、辛うじて腕との接触を避けたハサマ。

その陰から勢いよく飛び出したのはクォルだった。

ビットの背から生えた黒い腕めがけて大剣を振り下ろす。

 

「だめだ!触れるな!」

 

ハサマが珍しく大声を上げた。

どういう能力かは不明だが、とにかく危険であることは分かる。

しかし一度攻撃態勢に入った大剣が途中で止まることなど有り得ない。

次の瞬間、ハサマの予想を大きく超える事態が起こる。

ビットの黒い腕から眩い光が発生したのだ。

レーザービームのように一直線に、クォルが居た場所を貫く閃光。

それはまさしく、ハサマが放った天をも穿つ閃光の一撃ゲイ・ボルグだった。

 

「馬鹿な・・・」

 

地面に尻もちをついた体勢で、クォルは閃光を見上げていた。

完全にカウンター攻撃を食らったと思ったが、どうやら被弾は免れたようだった。

 

「おぅ、クォ。お前が死んじまったら、誰がラミリアを守るんだ?」

 

ゲイ・ボルグの光が収まると、そこには紫電が立っていた。

そして、ゆっくりと、崩れ落ちた。

 

紫電ッ!!!」

 

見れば右半身が円形に失われている。

断面が真っ黒に焼け焦げている。

皮肉なことにそれが出血を防ぎ、即死を免れているようだ。

また、鬼の生命力も手伝っているのだろう。

だがそのせいで苦痛を感じる時間ができてしまったとも、言える。

 

「だから、ぐ・・・ゆ、油断すんな、っつったろ・・・」

 

クォルの手に伝わる紫電の体温。

土人形などでは無い、まぎれもなく本物の紫電だ。

 

「さ、最期が、お前の・・・う、腕の・・・中たぁ・・・くっくっく・・・」

 

紫電が微かに笑い、目を閉じた、その時。

瞬間的に眩しい光が弾け、半球状に広がっていく。

アウレイスの回復魔法だった。

光は仲間全員のみならず、ビットをも包み込んだ。

肉体的な傷はもちろん、疲労や病気、さらに精神的な焦燥や絶望などもすべて癒すことができるアウレイスの魔法。

柔らかく温かく優しい光に包まれ、見る間に傷が塞がり、肉体が再生成される。

心が満ち足り、皆が安心と幸福感を覚えた。

ただ一人を除いて。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」

 

空気を震わせるような絶叫が響く。

悶絶しているのはビットだった。

両手で頭を抱え、苦しそうによたよたと歩き、地面に膝をつく。

 

「ぅぐッ・・・かはっ・・・」

 

突然、治癒の光が消失した。

光の中心に居たアウレイスが吐血して倒れたのである。

ビットはよろよろと立ち上がると、背中の黒い大きな手で自分を掴んだ。

ハサマのゲイ・ボルグを放ったあの手である。

すると、ビットは一瞬で消えて居なくなってしまった。

逃げた、ように見えた。

 

 

 

「アウレイスさん、大丈夫でしょうか・・・」

 

メリッサが額の冷布を替えながら心配そうに言う。

ここはエウスの屋敷の中である。

半壊とは言え、文明らしきものが何も見当たらないこの土地で、この屋敷は唯一の安息の場と言えた。

 

「アウリィ・・・」

 

ルビネルが悲痛な面持ちでアウレイスの髪を撫でる。

銀色の部分はほとんど生え際あたりしか残っておらず、あの美しかった銀髪が、いまは真っ黒く変色している。

しかも、ルビネルのような艶のある黒ではない。

まったく光を反射しない、鈍く濁った黒。

じっと見ていると魂を持って行かれそうになるような、暗闇の黒だった。

 

「あのとき、アウレイスの回復が無かったらと思うと、ゾッとするな・・・」

 

カウンチュドがビットとの交戦を思い出して身震いをした。

実際のところ、オジュサとダクタス、ラニッツ、そして紫電に関してはアウレイスの回復が無ければ命は無かったし、ダンとカウンチュド、エコニィも再起不能であった。

 

「悪い予感が当たってしまった・・・」

 

エウスは暗い声でそう呟いた。

アウレイスが新しく身につけた能力が回復魔法だと聞いたとき、エウスはとても喜んだ。

もともと引っ込み思案で奥手な性格と、身体の透明化という能力。

活用方法はいくらでもあるはずだが、彼女自身が「役に立たない能力」というレッテルを自分に貼ってしまっているフシがあった。

それに加え、不幸な事故。

身体の透明化が部分的にできなくなるという事態に、彼女の自己否定は一層強くなってしまった。

しかし、エウスはアウレイスの中に可能性のニオイを感じていた。

何か、新しい力となり得る希望の種の気配を。

それが開花したとき、回復魔法という様式で発現したその能力。

明確に「他者の役に立つ能力」だった。

これでアウレイスの心も救われる、エウスはそう思った。

しかし、この能力には致命的な欠陥があった。

他者の肉体的、精神的な不調を「自らに取り込むことで解消する」能力。

それに気付いたのは、アウレイスの黒く変色した髪のニオイを感じたときだった。

それはキスビットに蔓延している負の感情と同じニオイだった。

もしアウレイスがこの能力を使い続け、吸収できる許容量を超えてしまったら?

彼女の身に何が起こるのか見当もつかないが、悪い予感がすることは確かだ。

だから、使用を禁じた。

だが、あの状況、あのタイミングでアウレイスが能力を発動していなければ・・・。

 

「あの・・・少し良いですか?」

 

町田がエウスに話しかける。

エウスは無言のまま頷く。

 

「アウレイスさんの魔法は、僕の不安な気持ちを吸い取ってくれるようでした。でも、それでビットが苦しんでいたということは・・・」

 

実はエウスも同じことを考えていた。

ビットが、人々の負の感情を吸収して邪神になったのであれば、その力の源もまた、人々の負の感情なのだろう。

しかしアウレイスの能力はその負の感情を吸収する。

ビットにとっては力を吸われたようなものだ。

ただ、ビットが蓄えている負の感情は想像を絶する量なのだろう。

アウレイスは吸収に耐えきれず、倒れてしまったというわけだ。

 

「ピアノ、なんとかなりそうですよ」

 

屋敷の外からオジュサとラニッツが戻ってきた。

庭に置いてあったピアノも、この地に一緒に運ばれている。

ピアノという言葉に、はっと顔を上げるアスミ。

自分が気を失っている間に、色々なことが起こったらしい。

仕方ないこととは言え、足手まといになってしまったことが悔しかった。

しかし。

 

「アスミちゃん、僕たちにしかできないことが、あるよ」

 

町田は確信めいた表情でアスミに告げる。

あの曲は本来の土壌神ビットを祀るためのもの。

まだ邪神の中に純粋な神としての存在が残っているのなら、この曲が力になるのではないか。

だからこそこの曲をやめさせるために、ビットはこんなことをしたのではないか。

もしかしたら、キスビットに音楽という文化が無いのも、邪神ビットがそれを嫌ったからなのではないか。

町田の中で次々と仮説が生まれ、そのどれもが正しいように思えてならない。

 

「ピアノを弾くことがそうだと言うのなら、私、弾きますっ!」

 

アスミの瞳に力が宿る。

人は、自分のなすべきことを明確に自覚したとき、強さを得る。

問題は、この仮説が正しかった場合、必ずビットが演奏を邪魔しに来ることである。

だがビットに届かないような演奏では、奴の中に居る純神にも力を与えることはできない。

音をぶつけるようなつもりで臨まなければならないのだ。

 

「結局、私たちが二人の演奏を邪魔されないよう、ガードに徹するってことよね?」

 

ラミリアの見解は正しい。

戦闘力としては皆無であるただの一般人の二人が、ビットを倒せるかもしれない鍵を握っているのだ。

 

「ああッッ!!!」

 

ふいに、町田が大声を上げた。

そして階段を駆け上がり、エウスの部屋に向かう。

少しして、深刻な表情で降りてくる町田。

 

「あの石碑が砕けていました。恐らくここに運ばれた衝撃で・・・」

 

町田の報告を聞いたエウスは事態を理解した。

確信ではないが、それに近い考えがある。

恐らく町田の言いたい事も同じだろう。

 

「皆、その場で聞いてくれ」

 

エウスは現在の状況、そして今後の行動について話し始めた。

ゆるAirily(ゆるえありー)~終わり~

キャラクターをお借りしてますゾッ!

こんなおふざけにお付き合いいただきありがとうございます。

↑これの続きです。

 

 

フールさんちから不純な動機エロティカル、ルビネルさん!

thefool199485pf.hateblo.jp

 

りとさんちから正義の精神デストロリヤーリリスちゃん!

ritostyle.hatenablog.com

 

ねずじょうじさんちから本作の良心コンシアンス、アスミちゃん!

nezuzyouzi.hatenablog.com

 

長田先生んちから虚弱な体質ドント シンク フィールユーミンさん!

nagatakatsukioekaki.hatenadiary.jp

 

 

突発的な無計画のお遊びにも関わらず快く、そして気前良く我が子をお貸しくださり誠にありがとうございます!

本来の学園PFCSではルビネルさんは教師だったりリリスちゃんは小等部だったりアスミちゃんは中等部だったりしますが、本SSは完全なIFイフですのでご了承ください。

 

■今回限りのIF設定 

・全員高等部で同級生

・校歌は縦ヨミ

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

翌日。

金曜日。

明日と明後日は休みである。

学園祭は来週の土曜日と日曜日。

泣いても笑っても、時間はもう1週間しか無いのだ。

 

教室の一番後ろの席。

エスヒナはシャーペンを咥え、真っ白なノートを睨んでいた。

 

「まぁ。エスヒナが勉強なんて、今日は豪雨かしら?」

 

もう機嫌は直ったのか、アウレイスが傍に立った。

 

「アウリィ~!困ったことになったんだよ~!」

 

「学園祭で演奏するんですって?でもメンバーは揃ったんでしょ?あとは曲を決めたり練習したり、あと一週間でやることが山積みね」

 

「ッ!?」

 

アウレイスは別に怒って出て行ったわけでは無かった。

もしエスヒナが本当に困っているのなら、自分が何か手助けできないかと考えていた。

休み時間に級友を手当たり次第バンドに誘っていたのは見ていたので、その原因も含めた情報収集を行っていたのだ。

 

「キーボードのアスミちゃんが技術的に一番信頼できるから、キーボード中心でいける曲を選ぶのが良いと思うわ」

 

「アウリィィィィ~!(号泣)」

 

「ちょっと!放してッ!エスヒナ!こら!めっ!」

 

 

 

「と、いうわけで。あたしたちには、とにかく時間が無いの」

 

ホワイトボードに『じかん』と書きつつ、エスヒナがみなの顔を見渡す。

特にホワイトボードを使用する意味は無いが、なんだか話し合いをしているような気分になるので使ってみている。

これから話す内容も完全にアウレイスの受け売りである。

 

「まずすべきことは、演奏する曲を決めること。そしてその曲の練習!」

 

当然すぎる主張だが、なんだかみんな素直に聞いてくれている。

 

「さぁ、どんな曲が良いと思う!?」

 

ものすごく雑な議事進行だ。

しかしエスヒナにはこれが精一杯だった。

 

ユーミンはねぇ、ガチあげでガンガンのれるヤツ!ブチアゲの!」

 

「ドラムの私は無心で叩くだけですから、どんなものでも構いませんよ」

 

「ムーディなのが良いケド、あんまり詳しくないから任せるわ」

 

特に順番を決めていたわけではないのだが、一人ずつ発言していったので自然とみんなの視線がアスミに集まった。

 

「あの、昨日ちょっと考えてみたんだけどね?」

 

本題に入る前の言葉ですでに、エスヒナは感動した。

昨日のうちからこのバンドのことについて考えてくれていたなんて!

アスミちゃんホント、マジ天使!

 

「うちの学校の校歌、あるでしょう?あれを編曲したらどうかなって」

 

なるほど、校歌ならみんなが知っている。

知名度的にはこれ以上無い選曲だ。

しかし編曲とは・・・?

 

「実は、少しだけ作ってみたの。聴いて貰ってもいいかな?」

 

アスミはそう言うと、キーボードの前に立った。

目を閉じ、すぅーっと息を吸い込み、そしてパチッと目を開く。

白魚のような指が心地よい旋律を奏でた。

出だしから細かく音を刻むリズム感のあるイントロ。

主旋律は確かに聞き覚えのあるメロディ。

しかし、いつも聴いている「いかにも校歌」という芋っぽさがまるで無い。

耳心地が良くアップテンポの、イマドキな曲に仕上がっている。

曲が一周しても演奏は終わらず、なんとアスミは続けて歌ってくれた。

歌詞は普通の校歌だが、しかし曲調だけでこんなにも素敵に変わるものか。

 

ささえ~あう~ われら~♪

ばいに~なる~ ちから~♪

ともに~まなび~ ときに~きそい~♪

こえを~かけあう~ なかま~だから~♪

われ~らの~ がく~えん~(P.F.C.S)♪

いだ~いな~ がく~えん~(P.F.C.S)♪

 

「ど、どう・・・かな?」

 

演奏を終え、アスミは恐る恐る感想を聞いた。

全員、その場で硬直している。

止まった時間を動かしたのはユーミンだった。

 

「なにこれアスミン激エモーい!オニエモーいッ!!」

 

言葉の意味は良く分からないが、とにかくすごく感動したようだ。

それは他の皆にも伝わった。

 

「す、すごいですアスミさん!私、感動しました!」

 

リリスは興奮気味に、自宅から持参した『折れない棒』を振り回している。

風切り音がブォァンッブォァンッと鳴り響く。

 

「いっそのこと校歌そのものを今の曲に変えちゃいたいわね」

 

ルビネルは校歌を変更する権限があるのは学園の中の誰なのかを考え、きっと理事長あたりをオトせばどうにかなると真剣にシミュレーションしていた。

 

「アスミちゃん、アンタって子わ・・・」

 

エスヒナが感涙に制服を濡らす中、皆の好反応に気を良くしたアスミがさらに驚きの発言を繰り出してきた。

 

「もし、今の曲で嫌じゃなかったら、みんなのパートの楽譜、書いてきたんだけど」

 

神はここに居た。

信仰が生まれてもおかしくない状況だ。

もうみんなアスミにひれ伏し、身命を賭して仕えることを誓いそうな勢い。

 

「じゃあこれで、練習は各自それぞれにできるってことよね?」

 

トランス状態からいち早く抜け出したルビネルが言う。

確かにこの楽譜と楽器を持って帰れば、自宅でも練習ができそうだ。

 

「あ、そうだった!重要なこと忘れてた!お客さんを呼ばなきゃだ」

 

ルビネルの言葉で我に返ったエスヒナが、ノートに書いてきた議題を見て声を上げる。

曲も決まり、楽譜も手に入ったが、しかし学園祭当日に300人の客が集まらなければ意味が無いのである。

1枚1,000円のチケットを、果たして300枚売り切ることができるのだろうか?

 

「みんなで分けるなら一人60枚ずつだけど・・・」

 

エスヒナが4人の顔を見まわして言う。

正直なところ、エスヒナ自身60枚ものチケットを売り捌ける見込みは皆無だった。

 

「もしか、練習よりチケット売る方がつらたん?とりま練習はみんな家として、売るの考えた方が良い系?ドル?」

 

ユーミンが言う通りかも知れない。

練習は下校後でも各自自宅でできるとして、学校に居る間はとにかくチケットの販売を優先しなくてはならないような気がしてきた。

とりあえずは、みんな平等に60枚ずつのノルマということで配布され、販売状況によって流動的に助け合うということになった。

そして各自、この土日できちんと練習しつつ、チケットの販売法や販売先についてもしっかり考えてくるようにということで解散した。

 

帰りみち。

 

「ッ!?」

「~~~~~~っ!!!」

 

合宿の話題を切り出すことをすっかり忘れてしまっていたルビネルが一人、身悶える。

 

 

 

月曜日、昼休み。

部室に集まった5人。

 

「みんな、どう?チケット売れそう?」

 

エスヒナは真剣な表情で拳をぐぐっと固めながら、皆に尋ねた。

 

「真摯にお願すれば、きっと思いは通じると思います!」

 

意思のこもった力強い眼差しでリリスが答える。

つまり、策は無いと言っているのだが。

 

「あ、ピッカンきた。ユーミン天才かも!おまけ付ければ良くね?」

 

「でも300人よ?カラダがもたないわ」

 

どんなおまけを考えていたのか知らないが、ルビネルが返す。

言葉の意味は置いといて、チケットに付加する何かを用意するような資金も時間も無いのが正直なところだった。

 

「あの、私ね、ピアノ教室のお友達に、ちょっとだけ協力してもらったの」

 

アスミは休日にもピアノ教室に通っているらしく、そこでチケットの購入を頼んでみたそうだ。

確かに学園祭は学外からも入場が可能である。

 

「でも全部は難しかったんだぁ」

 

そう言いながらアスミが取りだした残りチケットは20枚程度。

もう半分以上を売ったことになる。

きっとピアノ教室のお友達という人たちも「アスミちゃんが演奏するなら!」「是非聴きにいかせて!」なんて、目を輝かせて購入してくれたんだろうなぁ。

 

「やっぱり、クラスの友達に一人ずつ頼んで回るのが良いかなぁ」

 

エスヒナはため息交じりに常套策を述べた。

しかし完全なる草の根活動だ。

果たしてどれだけ販売できることやら。

 

「そうだ、バラバラにやるのではなく、皆で一緒にお願いするというのはいかがでしょう?」

 

「あー!ユーミンそぉゆーの好き!みんなでワッショイ!」

 

物は試しということで、放課後の靴箱前。

折り畳み机にパイプ椅子を用意したゆるAirilyの面々。

 

「あのう、学園祭でバンド演奏をするのですが・・・」

 

「ごめんな、当日はウチも出し物あるから」

 

こういう場面でイマイチ押しの弱いアスミは、なかなかうまくいかない。

 

「ゆるAirilyです!学園祭で演奏します!チケットはいかがですか?」

 

「ん?君は中等部?ここは高等部の校舎だよ?」

 

リリスが懸命に話し掛けるも、まともに取り合ってもらえない。

 

「ちょいちょいそこのイケメンさ~ん!ユーミンのベース聴きたくない!?」

 

「僕がイケメン?冷やかしならやめてくれ・・・」

 

ユーミンの相手を選ばず空気を読まない物言いは、人の心を抉ることもあるようだ。

 

「あら、あなた可愛い顔してるわね。どう?1,000円でイイわよ?」

 

「え・・・じ、じゃあ・・・」

 

ルビネルが1枚売ったが、しかしお客さんと一緒にフェードアウトしてしまった。

 

ぐぬぬ・・・チケット売るのって難しい・・・」

 

エスヒナは頭を抱えた。

アスミのお陰で曲が決まり楽譜も揃っているのだが、しかし肝心の集客が上手くいかない。

この活動は金曜日まで続いた。

 

 

 

「うぅ~・・・どうしよう~っ・・・」

 

学園祭を明日に控えた金曜日の昼休み。

部室に集まった5人に流れる空気は重かった。

机の上にはまだ販売されていない200枚ちょっとのチケットがある。

あれから、ぽつりぽつりとは売れたものの、しかし目標枚数には大きく届かなかった。

結局ルビネルが最多販売枚数だったが、誰もその販売方法について深掘りしなかった。

 

「あの~・・・軽音部の部室って、ここですか?」

 

重苦しい雰囲気に突然差し込まれた声。

手に紙を持った男子生徒が、扉から少しだけ顔をのぞかせている。

 

「んあ?そだけど?お兄さんだあれ?」

 

椅子の背もたれ越しにブリッジのような体勢で、上半身をだらりと垂れたユーミンが、逆さになった男子生徒に問い掛ける。

 

「えっと、コレを見たんだけど・・・」

 

と言って差し出された紙は、こんな内容だった。

 

前代未聞の即席バンド『ゆるAirilyエアリィ』が送る

エキサイティングでスリリングなサウンド

学園祭でしか聴けない貴重な演奏を是非あなたにも

チケット 当日券2,000円 前売券 なんと1,000円!

 

ご丁寧に5人の写真も添えられている。

 

「前売りチケットの購入、ここですよね?まだ残ってますか?」

 

事態が飲み込めないまま、しかしお客さんは有り難い。

エスヒナがお金を受け取り、チケットを渡した。

男子生徒はチケットを購入しすると、リリスに熱い眼差しを送りながら言った。

 

「演奏、頑張ってくださいね!応援してます!」

 

ポカーン。

きっとメンバーの頭の上に文字が浮かんでいるとしたらこれだろう。

そんな間の抜けた空間に割って入ってきたのは、アウレイスだった。

 

「遅くなっちゃったけど、やっと完成したのよ。チラシ」

 

学校のコピー機を無断で大量使用したのがバレたら怒られちゃうけどね、と舌を出しながら言うアウレイスに、エスヒナが飛び付いた。

 

「アウリィィィィィッッッ!!」

 

エスヒナの頭をよしよしと撫でながら、アウレイスはメンバーの顔を見まわす。

 

「これだけの粒ぞろい、校内に隠れファンが絶対に居るはずだと思ったの。問題はその人に情報が届くかどうかってことだわ。だからちょっと反則だけど、やっちゃった。先生には怒られると思うけど、構わないわよね?」

 

アウレイスは5,000枚ものチラシをつい先刻、なんと屋上からバラ撒いてきたのだそうだ。

この派手な行動はすぐに噂となり、生徒たちの間に『ゆるAirily』の名前が知れ渡ることとなった。

あとは雪崩式。

部室には次々と生徒たちが訪れた。

大半が男子生徒ではあったが、中には頬を赤らめながらルビネルを見詰める女子生徒も居た。

 

「や、やった・・・」

 

放課後、最後の1枚が売れた。

机に突っ伏すエスヒナ。

 

「あー、つっかれたぁ~。ユーミンうち帰ってガン寝だわ~」

 

「私は明日に備えて、しっかり素振りしてきます!」

 

「チケットも全部売れたし、明日が楽しみだね!私も練習しなくっちゃ」

 

ガラナ、マカ、スッポン、ハチノコ、高麗人参タウリン・・・」

 

フラつく足取りで部室を後にするユーミン

轟音を響かせながら「折れない棒」を振るリリス

両手で握りこぶしをつくり天使の笑顔を振りまくアスミ。

栄養ドリンクの小瓶にストローを差し込んで飲んでいるルビネル。

 

 

 

学園祭当日。

チケットを売り切ったことによる安堵と達成感。

その「やりきった感」は、曲の練習という重要課題を吹き飛ばしていた。

一度も全員合わせた練習をしていない。

それぞれの個人練習を信じるしか、ない。

 

「ここまできたら、もう覚悟を決めるしかないね!」

 

舞台裏で円陣を組み、みんなに檄を飛ばすエスヒナ。

 

ユーミンがんばるゾォ~・・・」

 

ユーミンの台詞と口調が合っていない。

表情はニコやかだが、しかし顔色は非常に悪い。

担当楽器であるベース、を家から学校まで持って来た。

それだけで今日一日分の体力を使い果たしてしまったようだ。

 

「今日の棒は絶対に折れない特別仕様ですからッ!」

 

リリスが手にしているのは、確かに棒だった。

彼女自身の腕より遥かに太い、金属製の八角柱。

なぜか鋲を打ったようなドーム状の突起が所々にあつらえてある。

それを軽々と振る音は重く、ヴォッ・・・ヴォッ・・・と鳴っている。

 

「ギターの抱き方は完璧よ。あとは演奏の後どれだけ観客を満足させられるか・・・」

 

もはや「弾き方」でなく「抱き方」になっている。

どのような思考回路でそうなったのかは分からない。

しかしギターを持つ立ち姿はさすがにサマになっており、格好良いルビネル。

言動を忘れポスターとして考えれば最高に絵になる。

 

「歌い出しのタイミングさえ合えば、あとは難しくないはずだから」

 

今回の楽曲を用意し、全員分の楽譜まで準備したアスミ。

最大の功労者は間違いなく彼女である。

しかしそれを主張せず、練習に励み、周囲を鼓舞する。

なんというか、こんな話でゴメン・・・。

 

「泣いても笑ってもこの1回!さぁ、気合い入れようッ!!」

 

「おーッ!!」

 

 

 

ステージに立つ。

緞帳どんちょうの裏側を見たのは今日が初めてだ。

この幕が上がれば、演奏が開始される。

胸が高鳴る。

こんな緊張、今まで経験したことが無い。

 

ウィイイイイイイ・・・・

 

低いモーター音と共に幕が上がる。

 

水を打ったように静かな会場。

カッと照明が点いた。

どよめく会場。

 

「おおおおおッ!!!」

「待ってましたー!!」

「ユゥゥゥーミィィィーンッッ!!」

リリスたぁぁぁぁーん!!!」

「アッスッミッ!アッスッミッ!!」

「キャー!お姉さまぁーっ!!」

 

様々な声が交錯している。

どう見ても300席は埋まっている。

しかも立ち見客まで居るようだ。

 

エスヒナさんッ、最初のあいさつを!」

 

気を利かせたアスミがピンポンパンポーンと、場内アナウンスと同じ音程でキーボードを弾いた。

ピタッとおさまる会場の声。

 

「き、今日は、私たち『ゆるAirily』のライブに集まってくれて、ありがとう」

 

「色々事情があって、満足に練習もできてないけど、一生懸命がんばるよ」

 

緊張で震える声。

しかし一言一言を丁寧に、ゆっくりと、素直な気持ちを伝えた。

 

「それでは聴いてください。『学園校歌』」

 

アスミの伴奏が始まった。

最初の8小節が終われば、ユーミンのベース、ルビネルのギター、リリスのドラムが一斉に始まる。

はずだった。

 

ドグヮシャッッッ!!!

 

物凄い音がステージ上に響き渡る。

ドラムが、金棒で完全破壊されていた。

アスミの演奏がピタリと止まった。

やり切った感満載の表情で額の汗を拭うリリス

 

んん・・・レロォォ・・・

 

四散するドラムをまるで無視し、ルビネルはギターのネックに舌を這わせている。

ステージ上にぺたんと座り、熱い吐息をギターに吐きかけながら、白く細い指でボディをなぞる。

 

スヤァ・・・

 

ユーミンは完全に寝ていた。

いつの間にか横たわっており、大事そうにベースを抱えて熟睡している。

寝返りをうったとき、弦に手が当たり「ベンッ」と音が鳴った。

 

?????

 

表情は笑顔のままだが、固まってしまったアスミ。

何が起きたのか、今がいつなのか、ここがどこなのか、分からなくなってしまった。

これはきっと夢だわ。

そう思い込もうとしている。

せっかく色々準備したのに可哀相。ごめん。

 

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そんな中、エスヒナが歌い出した。

周囲の状況が見えていないのだろうか?

しかし、ヒドイ。

音痴とかいうレベルでは無い。

 

 

 

チケット300枚分+当日入場が約50名で、売上は40万円程度だったが、ドラムセットと部室の窓の修理費とチラシの印刷代に当てられて消え失せた。

あと先生にすごく怒られた。

輪廻の枠から外されるかと思うほど怒られた。

 

そしてステージは失敗。

 

したかに思われた。

 

しかし。

 

「ねぇエスヒナ、ちょっとこれ見て?」

 

いつもの教室のいつもの席、放課後。

スマホを片手にアウレイスがやってきた。

液晶画面をエスヒナに向け、何やら掲示板のようなページを見せる。

 

「なにこれ?」

 

「うちの生徒専用のWEBコミュニティよ」

 

ふーん、と気の無い返事のエスヒナ。

特に興味をそそられるようなことはない。

と思ったが。

 

・まさか高校の学際で楽器破壊が見られるとは!しかもロリいっ!

・あのギターの子だれ?超エロいんですけど!

・ステージでwww寝てたwwwなにあの子www超ウケるwww

・ボーカルってあれ、デスメタル風?原石感あるよな。

・お前ら落ち着け。キーボードの演奏聴いただろ?あれプロ並みだぞ?

 

どこまでスクロールしても好評価しか出て来ない。

そしてみな一様に「次回も楽しみ」と書いているのだ。

 

「私には良く分からなかったけど、少なくとも失敗ではなかったみたいね」

 

アウレイスはふふっと笑うと、言葉を続ける。

 

「このこと、みんなに教えてあげなくていいの?」

 

バッと立ち上がったエスヒナは、急いで部室へと走るのだった。