【アイラヴ】三つ子の魂って三歳の子供の性格って意味なんだぜ

「チッ・・・こんなガキに見られちまうたぁ、俺もヤキが回ったな」

 

今は誰も寄り付かない廃工場。

その中で、誰にも言わず秘密で犬を飼っていた。

家族に見つからないように食べ物を持ち出すのは苦労したし、有刺鉄線をくぐってこの廃工場に入るのも楽では無かった。

しかし、会いに来れば喜んでくれるその犬の嬉しそうな表情が忘れられなかった。

ワンワンと鳴く声は爽やかなリンゴ味。

クゥ~ンと甘える声は完熟みかんの味。

初華はこの犬が大好きだった。

だから、今日も来た。

でもその犬は今、見知らぬ男の足元に転がっている。

開いた口からダラリと垂れた舌からは、生命力が感じられない。

両手に抱えたパンとハムが、転がった。

 

「おっちゃん、誰?・・・みかりん、なんで寝てんの?」

 

「キャンキャンうるせぇから黙らせてやっただけだ。ガキ、騒ぐならお前も同じだぞ」

 

男は腰に下げていた大振りのナイフを取り出した。

足元のカバンを拾い上げ、刃をギラつかせながらゆっくりと迫る。

 

「なぁ、みかりんに何したん?」

 

「黙れと、言った」

 

男はその体躯に似合わず素早い動きで、地面を滑るように接近してきた。

突き出されるナイフ。

しかしその銀色の光は目の前で止まった。

 

「ぐっ・・・なんだてめぇッ!!」

 

見上げると、男の腕を後ろから掴んでいる青年が居た。

黒いブルゾンのフードを深く被ってはいたが、精悍な顔立ちが見て取れる。

一瞬の間があり、男の腕はぐるりと捻じり上げられる。

 

「うわぁ!お、折れるぅ!折れちまうっ!やめてくれッ!!」

 

男は情けない声で赦しを乞う。

出し過ぎた渋いお茶のような苦味のある声が一転、出涸らし同様の薄い味になっている。

 

「なぁお前、チームの奴だろ?これを取り戻しに来たんだろ?返す、ブツは返すから・・・」

 

ゴキィッ!!

今まで味わったことのない音を聞いた。

血抜きがうまくできていない魚のような生臭い味。

 

「ギャヒィィィィーッッ!!!」

 

そして男が発する、発酵し過ぎたヨーグルトのような酸っぱい味。

ナイフとカバンを落とし、折れた腕を押さえながら転がるように逃げて行った。

 

「・・・大丈夫かい?」

 

「・・・みかりん・・・」

 

青年の優しい声はかぼちゃのように甘く深い味だったが、それよりも動かなくなってしまった犬の方が気になる。

 

「そうか・・・。悪いけど、みかりんは俺が貰っていくよ?あんまり可愛いから、俺が飼うことにしたんだ。大切に、するからね」

 

青年はそう言って犬の亡骸を丁寧に抱き上げ、くるりと背を向けて廃工場から出て行った。

外に出たその刹那、少し強めの風が吹き、青年のフードをめくる。

 

「・・・ワンちゃんや」

 

薄暗い廃工場の中から見える青年の姿は、もはやシルエットだけではあったが、頭部に犬のような耳が見えた。

 

 

 

 

「ってことがあってん。可愛い可愛い5歳くらいの初華ちゃん。その大ピンチを、オオカミはんが救ってくれはったってワケや」

 

「・・・犬の、耳?」

 

「まぁ今思えば、風で偶然に髪がそんな形になっただけやと思うけどな。子供ん頃は犬や思っとったけど、オオカミの方が合ってんねんな。もしかしたら、おかちさんみたいに寝癖がヒドかっただけかも。そんでな、たぶんあのとき、犬は死んでたんやろなぁ。そんでもあのオオカミはんのお陰で当時のウチはホンマ、救われたんよ」

 

「そ、そうだな。うん。そうだろうな・・・」

 

昼食を終え、移動中の車内。

自分の好みのタイプについて、御徒町のような俗物的理由ではなく尤もな理由があるのだと、初華が話した過去の経験談

しかしそれは御徒町に、少なからず動揺を与えることとなった。

 

「せやから、ウチを助けてくれた、その男の人みたいなんがタイプなんや。おかちさんのヤラシィのとは全ッ然ちゃうからな」

 

「うん。そうだな・・・」

 

「え?凹んでんの?冗談やで冗談。ちょ、別にウチ、ホンマは何にも気にしてへんよ?」

 

「あ、ああ、うん・・・ありがとう・・・」

 

車内に漂う微妙な空気。

初華は、ちょっとふざけ過ぎてしまったかと反省し、口をつぐんだ。

 

「もう着くからね。今日はすごい先輩のステージだから。しっかり学ぼう」

 

少し業務的な口調になった御徒町

やはり機嫌を損ねてしまったようだと、初華は後悔した。

御徒町が優しいので、ついイジってしまう。

自重せねばならない。

 

「うん。分かった。さすがに録画録音はアカンのやろ?メモは構わんの?」

 

「そうだな。メモなら構わないだろう」

 

バッグの中からペンとメモ帳、そしてドレプロ所属を示す名札を取り出す。

これのお陰で、客席ではなく撮影スタッフが陣取るカメラポジションからの観覧が可能になる。

 

「とは言え、今日のステージは格が違い過ぎて、参考になるかどうか怪しいけど」

 

「そうなん?」

 

「天帝セブン、序列第七位の東雲ひじきvsたい序列第六位の琴浦 蓮の、対バンだからね」

 

 

 

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【アイラヴ】晴天なのに霹靂ってそりゃ驚くわな

「俺もって、どゆこと・・・?」

 

初華はキョトンとして御徒町を見詰めた。

その御徒町は深いため息をつき、少し間を置いてから、初華に重大な報告をした。

 

「まさか初華からソレを言われるとは思わなかったよ。驚いた。俺から言おうと思ってたのに」

 

ハハハ、と乾いた笑いは若干自嘲気味にも聞こえるが、真意は分からない。

初華はまだ、御徒町が何を言いたいのか理解できずにいた。

直感的に予測できることはある。

しかし、まさか、そんな。

 

「え?・・・ちょぉ待ちぃ、おかちさん・・・え?・・・えぇ?」

 

「俺もだ。俺もドレプロを辞めるつもりなんだ」

 

初華の時が止まる。

もちろん世界の時間は正確に進んでいる。

ミーティングルームに設置されている時計の秒針が、やたら大きな音を刻む。

 

「ええええぇぇぇぇッ!!?」

 

「シィ!声が大きい!」

 

「え?だって・・・何でッ!?・・・おかちさんが辞めるて!?」

 

俺は、と言ってから静かに深呼吸した御徒町

意を決したように真剣な表情で初華と視線を合わせる。

 

「上司にこのことを聞いて、資料に目を通して、すぐ結論が出たよ。俺にとって初華を一人前のアイドルにすることは、もう単純な『仕事』じゃなくなってたんだ」

 

「・・・だって、おかちさん・・・敏腕プロデューサーは?」

 

「俺自身、驚いているんだけどな。俺が成りたいものは敏腕プロデューサーじゃなく、美作みまさか初華ういかのプロデューサーらしい」

 

「・・・何うてんの・・・アホちゃう」

 

「自分でもそう思うよ。つい今朝までドレプロで正プロデューサーになるために必死で頑張ってきたのに、それを簡単に放り出してしまうなんて」

 

「アカンやろ!それ、放ったらアカン、大事なモンやろ!?」

 

「その大事なものを手放してでも叶えたい夢が初華ういか、君なんだ」

 

「ッ!!?」

 

あまりにも予想外な展開に、感情が混線してしまった初華。

怒ったような口調で御徒町に大声を上げながら、目からは大粒の涙が溢れている。

喜怒哀楽がいっぺんに最大値まで達するという経験は初めてだった。

 

「だから、俺はドレプロを辞めて他のプロダクションを探す。なに、少しだけドレプロの内部資料を拝借してそれを手土産にすれば、いくらでも次は見つかるさ」

 

とても腹黒いセリフだが、しかし御徒町のことだ。

本当にドレプロの打撃となるようなことはしないだろう。

初華を安心させるための方便の可能性が高い。

 

「アカンよ・・・アカンよおかちさん・・・ウチ・・・ウチ・・・」

 

本格的に泣き始めてしまった初華。

さすがにこの反応は予測していなかった御徒町は狼狽するしかない。

 

「そ、そんなに・・・してもろても・・・ウチ・・・何にも・・・返されへん・・・」

 

しゃくりあげながら、ようやく伝えた言葉。

ホクホクした焼き芋の優しい味で、御徒町が返す。

 

「先に貰ったのは俺の方なんだ。それを返すために、だよ。さっきも言ったろ?美作みまさか初華ういかのプロデューサーになるという夢。こんなすごいものを貰ったんだ。一生かかっても返せるかどうか」

 

ひとしきり泣いた初華がようやく落ち着いた頃、時計は正午近くを指していた。

顔を上げた初華は御徒町の顔を見ながら、申し訳なさそうに言う。

 

「なぁ、おかちさん。もう一回ちゃんと考えてや?あんな、ウチ、今からえげつないコト言うで?・・・あんな、ウチな・・・お、おかちさんのこと・・・お、男としては全ッ然タイプちゃうねん・・・」

 

「ああ、俺も初華には女性としての魅力を感じないな」

 

「え?」

 

勇気を振り絞った初華の告白は、呆気無いほど平坦なトーンで切り返された。

初華としては自分のためにこれだけの決断をしてくれるという状況から、少なからず御徒町は、自分に気があるのだろうと思っていた。

人生経験の短い初華には、そうでなければ説明のしようが無いような展開だった。

 

「初華、俺たちはあくまでもプロデューサーとアイドルだ。決してここに恋愛関係を持ちこんではいけない。それで失敗した話を、俺は先輩たちから嫌と言うほど聞かされてきた。だから勘違いしないで欲しい。俺は女性として初華を見たことは一度も無いし、俺を男性として見て欲しいとも思わない。もちろん、初華の魅力がアイドルとして一級品であることには違いないけど、それが『俺の恋愛対象』とは直結しない」

 

「あぁ・・・うん・・・」

 

今更ながら、初華は御徒町の覚悟とプロ意識に、胸の中で脱帽した。

もうこうなったらアイドルとして大成功することでしか、恩返しはできないと腹を括る。

 

「分かった。変なことうてゴメンな。ウチ、めっちゃ頑張るッ!」

 

「よし!それでこそ初華だ」

 

初華は両手でぴしゃりと頬を打った。

今から事務所を出れば、ゆっくり昼食を済ませても午後のスケジュールに間に合いそうだ。

 

「あー、泣いたらお腹すいたわぁ!おかちさん、お昼どないする?」

 

「おしゃれにパスタ、手早く丼物、こってりラーメン、お安くバーガー、どれでもお好きなものをお選びください、お嬢サマ」

 

「アハハ。なんやのんソレ。じゃあ、がっつりステーキでどないや!」

 

「選択肢の意味が無いじゃないか!」

 

妙な掛け合いをしながら車に乗り込む二人。

今日これから行くのは先輩アイドルのステージ見学。

ドレプロに在籍しているあいだ、吸収できるものは何でも吸収しておかねばならない。

 

「そう言えば、初華の好みのタイプってどんな男なんだ?」

 

何気ない会話から、御徒町がふいに尋ねた。

 

「せやなぁ。オオカミみたいに野性的で強いヒトかなぁ」

 

「なんだよそれ。なんでオオカミなの?」

 

「ん~、昔な、ちょっとあってん。それより、じゃあおかちさんの理想のヒトってどんななん?」

 

「正直に言うから引かないでくれよ?スタイルの良い女性かな」

 

「・・・は?何それ。要するにおっぱい大きいヒトってコト?」

 

「ストレートだなぁ・・・まぁ否定はしないけど」

 

「うっわ。うわーうわー・・・。寒っ、怖っ、キモッ・・・」

 

「引かないでって言ったのに・・・」

 

 

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【アイラヴ】わざわいってどうやったら福に転じるの

今日は体幹トレーニングと、先輩アイドルのステージ見学の予定だ。

ウィーカは駐車場で、御徒町の会議終了を待っていた。

 

「ごめんごめん、お待たせ。ちょっと長引いちゃって」

 

早歩きでやってきた御徒町だが、車のロックを解除する様子が無い。

ウィーカは早く乗り込んで、道中で話したい事がある。

 

「おかちさん早よ開けてーな。ウチ、ちょっと相談したいことがあんねん」

 

「ん?・・・ウィーカもか。実は俺もなんだ・・・」

 

御徒町はそう言いながら、申し訳無さそうに続けた。

 

「ちょっと重い話になるから、落ち着いて話し合える事務所のミーティングルームを使おう。悪いけど、体幹トレーニングは勝手にキャンセルしちゃったよ」

 

トレーニングのキャンセルに関しては特に気にしないウィーカだが、御徒町からの相談と言うのがとても気になる。

二人はミーティングルームへと急いだ。

お互いそれぞれに相談がある状況は、どちらから先に話し出すのか空気の読み合いになる。

口火を切ったのはウィーカだった。

 

「おかちさんの話は重いんやろ?せやったらウチのから言わせてもろてもええ?」

 

「ああ、聞こう」

 

「あんな、ウチ、名前を戻そうかなぁて思うんやけど・・・どう思う?」

 

「え?・・・美作みまさか初華ういかに、ってこと?」

 

「そう。あかんかな?」

 

「いや、個人的には構わないと思うけど、芸名をどうするかは最終的に事務所が判断することだからね。一応、俺の企画書には美作初華でデビューと書いておくよ」

 

「おおきにッ!」

 

御徒町は頭の中で、改名に必要な書類と手続きを挙げてみた。

そう多く無さそうだ。

まだ正式な研究生でも無いという身分が幸いしている。

 

「ウィーカ、あ、いや、初華。今度は俺の番だ」

 

「あいよッ」

 

思いのほか自分の要求があっさり通ったので、初華は上機嫌だった。

御徒町からの相談も可能な限り全力で応えようと、ウェルカム状態で聞きに回る。

 

「さっきの会議後に、俺の上司から打診があったんだ」

 

御徒町は慎重に、言葉を選ぶように話し始めた。

こういう、初華に対する気遣いたっぷりなときの声は、完全に焼き芋味だ。

 

「初華の昇格、つまり、正規の研究生への引き上げについて」

 

「えっ・・・」

 

初華の時間が止まる。

そして次の瞬間、パァっと破顔した。

が、すぐに表情を戻す。

 

「で、条件は?・・・あんねやろ、何か条件が」

 

単純な昇格であれば御徒町がわざわざ『相談』などという言葉を使うはずがない。

ましてスケジュールをキャンセルしてまで時間と場所を選んだ話になどなるわけがない。

 

「水着までならええけど、それ以上やったらウチ、脱がれへんよ?」

 

「なんでそうなる。・・・初華、上からの条件は『グループデビュー』だ」

 

御徒町は経緯を簡単に説明した。

元々3人組での活動を希望する研究生が居ること。

事務所の意向で四人組カルテットの方が望ましいということ。

そしてその4番目としてなら、補欠から昇格させて正規の研究生になれること。

 

「ここまでなら、まぁ検討の余地がある話なんだけど」

 

御徒町がひどく話しにくそうにしているのが分かる。

正直、初華としてはソロでやりたいという気持ちが強い。

しかしグループでデビューした後、やがてソロ活動というケースもよくある。

確かに悩みどころではあった。

 

「その、3人組というのが、この子たちなんだ」

 

そう言いながら御徒町は、簡単なプロフィール資料を机の上に広げた。

初華の表情が引きつる。

資料に貼られた顔写真、とびっきり能天気な笑顔で写っているのは、タオナンだった。

 

「・・・これが『不遇』かぁ・・・なんやあの占いめっちゃ当たるやん・・・」

 

「占い?」

 

「いや、こっちの話や。おかちさん、ハッキリ言うで?やッ!」

 

「・・・だろうね」

 

御徒町も、初華のこの反応は予想通りではあった。

しかし問題はこの先なのである。

 

「正直に言うとね、本来ならこういう話って、拒否権は無いんだよ」

 

「せやろな」

 

意外にも初華は冷静に答えた。

内容が『提案』『打診』であればまだ交渉の余地はあるだろうが、経緯を聞くに、恐らく今回のこの話はすでに『辞令』レベルの内容に近いということは、初華も理解していた。

それを断るということは、つまりプロダクションに対する背信行為となる。

それも、メンバーの中に気に入らない人物がいるからという、子供じみた個人的感情が理由であるとすれば尚更だろう。

 

「それで、ここからが俺の相談ってことになるんだけど・・・」

 

「もぉええよ」

 

「え?」

 

初華は顔を上げ、御徒町と目を合わせた。

少し悲しそうな表情で頬笑み、そして自らの結論を語った。

 

「ウチ、ドレプロ辞めるわ」

 

「ッ!!?」

 

「もちろんアイドルになんのまでは辞めへんよ?どっか違うプロダクション探して、またイチからオーディションや。どーせタオナンを倒したるんやったら、プロダクションも違ごてた方がええと思うしな」

 

「初華・・・」

 

「おかちさんには色々とぉしてもろたのに、なーんも恩返しできんくてゴメンなぁ。ほんでもおかちさんやったらすぐに敏腕プロデューサーになれるわ。ウチなんかより、もっとええ子をデビューさせたってや」

 

「初華、聞いてくれ」

 

「ホンマ悪いけど、ウチ、説得されへんよ?もう辞めるいうて決めたんや」

 

「初華!俺もなんだ!」

 

「・・・え?」

 

 

 

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頑固と一途は紙一重。

【アイラヴ】寝て待ってないから果報じゃないのか

約束の時間より、ずいぶん早く事務所に到着しそうなウィーカは、ひとり街をブラつくことにした。

まだ午前9時頃ということもあり、開店前の店も多い。

当てもなく歩くウィーカ。

どこかのコーヒーショップにでも入って時間を潰そうかと考えていると、ふいに「干し葡萄レーズン味の」声を掛けられた。

 

「お嬢さん、占いに興味は無いかえ?」

 

目を向けると、歩道に面した店舗と店舗の隙間の狭い路地に安っぽい机を置いた、いかにもな雰囲気の占い師が居た。

特に占いが好き、ということもないウィーカだったが、ドライフルーツは大好きだった。

干し葡萄レーズン味の声に惹かれ、つい近寄ってしまう。

 

「ウチ、占いに使えるほど、お金に余裕無いで?」

 

素直に言うウィーカ。

本当は今住んでいるマンションですら分不相応だった。

研究生(補欠)に対しても惜しみなく経費をかけてくれるドレプロには感謝している。

もちろん、半年で芽が出なければ容赦無く取り上げられてしまう生活だが。

 

「お金は要らないよ。お嬢さんの運命が面白そうだったから、個人的に詳しく見てみたくなったのさ」

 

「ふ~ん。まぁええけど」

 

「じゃあ、まず名前を」

 

「ウィーカ」

 

「・・・?・・・それは、本名かえ?」

 

「・・・なんで?」

 

「いや、あまりにも不吉で、先が無い・・・」

 

「えっ?」

 

「本当にその名前なら、お嬢さんの人生はこの先ヒドイものだろうねぇ」

 

「・・・初華ういか。ホンマは美作みまさか初華ういかや」

 

「ッ!!!?」

 

占い師はバッと顔を上げ、目を見開き、ウィーカの顔を見た。

突然のことに驚き、占い師の迫力に気押され一歩下がるウィーカ。

 

「な、何なん・・・?」

 

「初華・・・美作・・・なんという劇的な名前じゃッ!!」

 

「名前だけでそないに・・・?」

 

「姓名判断を馬鹿にしてはいかんよお嬢さん!良いかい?お嬢さんの名前は非常に特殊な運命を持っておる。天格は『逆転成功』で、地格は『積極的』。じゃが人格は『不遇』で、外格は『挫折』。それでいて総格は『開運、勇気、成功』ッ!」

 

「全ッ然わからへんよ」

 

「ああ、すまないね。取り乱してしまった」

 

「簡単に言うと、どーゆーことなん?」

 

「・・・まずお嬢さんの姓な、文字を並べ替えてごらん。『みまさか』を並べ変えると『かみさま』になるじゃろ?つまり神様。最高の天運が付いておると思えば良い」

 

「おお!いままで全く気付かへんかった!なんちゅー有り難い苗字なんや、ウチ!」

 

「大切にしなされよ。この姓を捨てるようなことがあれば、どんな不運が舞い降りることか分かったもんじゃない。できれば結婚後も姓が変わらないようにした方が良い」

 

「・・・マジか・・・」

 

「それから要注意なのは人格の『不遇』。これは人間関係、特にライバルの存在が大きく人生に関わってくるということだが、心当たりは無いか?」

 

「あり過ぎて怖いくらいや・・・」

 

「それから気になるのは、外格の『挫折』か。これは、困っても助けてくれる存在が居ないということを示しておる。お嬢さんにこれから必要なのは、信じて頼れるパートナーということじゃな」

 

「・・・その点は、まぁ、今んとこ大丈夫かな?」

 

「・・・いや、久々に面白い運命を見させてもらった。ありがとうよ」

 

占い師は干し葡萄レーズン味の声でウィーカに礼を言うと、机をたたんで路地の奥へ去って行った。

怒涛の勢いに飲まれてしまっていたが、少しずつ冷静になってきたウィーカ。

 

「こりゃ、おかちさんに相談やなぁ・・・」

 

 

 

「ほ、本当ですかッ!?」

 

御徒町は思わず立ち上がってしまった。

そして周囲の視線に気が付き、ハッとなって座る。

最後の議題が片付き、最終の質疑応答後の解散ムード漂う会議室でのことだった。

もののついでのように告げられた一言が、御徒町にとっては盛大に重要な内容だったのだ。

それは上司からの一言だった。

 

御徒町、お前が抱えてる補欠の子な、正規の研究生にって話が挙がってるぞ?」

 

なんという幸運だろう。

降って湧いた夢のような話。

しかしまだ何の実績も無いウィーカが、なぜ急に抜擢されることになったのだろうか。

 

「とても有り難いお話です。できれば経緯をお聞かせください」

 

上司の説明はこうだった。

いま研修中の研究生の中に、3人組での活動を希望しているメンバーが居るらしい。

ユニットを組むこと自体は特に問題は無いのだが、実はすでにドレプロには3人組のアイドルが複数存在しており、いわゆる「パターン被り」は避けたい状況だった。

それに対し、そこに1人加えて4人組にするという案が浮上したわけだ。

しかし誰を加えるか、それが問題になった。

現状研究生として活動している者はみなすでにある程度進路が決まっているし、たった1名の補充のために新規オーディションを行うのは大袈裟すぎる。

そこで白羽の矢が立ったのが、補欠という存在のウィーカだったらしい。

 

「つまり、その四人組カルテットに加わるのであれば、ということですね?」

 

「そうだ。悪い話じゃないと思うが」

 

「・・・本人と、相談させてください」

 

「分かってると思うが、基本的にNOノーは無いぞ?」

 

「ですよね・・・」

 

「ちなみにこれが、その3人組の資料だ。持っていけ」

 

「ありがとうございます」

 

気付けば上司と自分だけになっていた会議室。

時計に目をやると、ウィーカとの約束である10時まであと5分しか無い。

急いで机の上の資料をカバンに突っ込み、会議室を出た御徒町

 

「ウィーカは何て言うだろうなぁ・・・」

 

 

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占いすげぇ・・・。

【アイラヴ】壁に耳で障子に目だったらドアには何だよ

ウィーカが歌唱レッスンを受けているあいだ、御徒町は車内で雑務を片付けていた。

今はまだウィーカひとり、しかもデビューもしていない研究生(補欠)の世話だけなのだが、それでもやることは多かった。

レッスン場の確保、それに合わせたスケジュール調整、経費の精算、事務所への報告、業界内の情報収集、特にライバルとなるであろう現研究生や駆け出しアイドルについての調査。

それから、ウィーカをデビューさせる際に、どんな方向性のキャラクターでいくか、その路線をまとめた企画書の作成。

 

「素のままで売れるほど、アイドル業界は甘くないもんなぁ・・・」

 

企画書の役割は「アイドル本人の商品価値を事務所側にプレゼンする」というものだ。

しかし、それは「デビュー後の人生を左右するライフプラン」とも言えた。

決して軽くないその書面を、御徒町はこれから半年で仕上げねばならない。

ウィーカの実力、特性などを加味しつつ、最適な企画書を。

そんなことを考えながらも、事務所への報告書を仕上げていく御徒町

ふいに、膝の上に乗せた通信端末を操作する手を止め、電話をかける。

 

「もしもし、御徒町です。お疲れ様です」

 

『おお、どうした?こんな時間に』

 

「あ、夜分にすみません。あの、ちょっとお聞きしたい事がありまして」

 

『構わんよ。なんだ?』

 

「いまウチの研究生に、タオナンという子が居るのをご存知ですか?」

 

『近頃のオーディションで拾った子だな』

 

「その子についての資料、見れませんか?」

 

『唐突だな。まぁお前のことだ、何か事情があるんだろう。送るよ』

 

「ありがとうございます!主任!」

 

本来は研究生と言えど、公式に発表されている以外の個人資料のやりとりは厳禁である。

特にプロデューサー同士はお互いにライバルという関係性でもあり、プロダクション側が所持しているアイドルについての情報が行き来することは、まず無い。

ダメ元での依頼だったが、思ったより簡単に承諾され安心した御徒町

タオナンがまだ研究生であるということが要因だろうか。

その御徒町から依頼を受けた側の主任と呼ばれた人物は、通信が切れた電話に向かって呟く。

 

『お前さんが選んだ子、ウィーカだったか。素晴らしい先見の明じゃあないか、御徒町

 

一方、御徒町は早速送られてきた資料に目を通す。

タオナンは確かに経済特区の出身であり、相当な大富豪の娘らしい。

資料に記載されている実家の会社について検索すると、かなり手広く事業展開していることがすぐに分かった。

 

「おかちさん、何見てんの?」

 

「ふおぉぐあッうぃーかッ!!?」

 

レッスンを終えたウィーカがドアを開けて声を掛けた。

慌てて端末のモニタを閉じた御徒町は指を挟んでしまう。

 

「ぁ痛ッ!な、なんでも無いよ!は、早かったね!」

 

「はは~ん・・・おかちさん、えっちなモン見てたんやろ?」

 

シッシッシと含み笑いをしつつ、後部座席に乗り込むウィーカ。

 

「ち、違うって!仕事の資料に決まってるだろ!?」

 

「あかんあかん。苦しいでおかちさん。仕事やったらそないに慌てて隠すもんかいな」

 

「いや、ご、極秘の資料だから・・・」

 

「ええやん。ウチ、そーゆーのは理解あんねん。むしろ健全やと思うで?」

 

「違うのに・・・」

 

誤解は解けないまま、御徒町はエンジンを掛け車を発進させた。

今日のスケジュールはこれで終わりだ。

このままウィーカを自宅まで送り、自分は事務所に帰って残務整理となる。

後ろには黙ったままのウィーカ。

御徒町は一人だけ気まずい空気を感じながら、沈黙の続く車内での運転を強いられる。

ふいに、ウィーカが妙なことを言い出した。

 

「・・・あんな、おかちさん。ウチ、音に味があんねん」

 

「え?」

 

「音にな、味があんねんて」

 

「いやごめん、まったく意味が分からないんだけど?」

 

「せやろなぁ。ん~、これいっつも苦労すんねんな~説明すんの」

 

ウィーカは眉間にシワを寄せながら唸る。

本人もどう説明して良いのか分からないようなことなのか。

 

「さっきな、おかちさんにお芋さんや言うたやろ?あれな、おかちさんの声が、お芋さんの味やったからなんよ。ちなみに車の走ってるゴーッて音はタマゴの白身みたいな味やで」

 

「・・・それって、もしかして共感覚きょうかんかくってやつかい?」

 

共感覚synesthesiaシナスタジア)とは、ある知覚情報に対して通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚をも生じさせる知覚現象であり、一部の人にのみ見られる特殊なものである。

例えば文字に色を感じる人や、身体の部位を見ただけでそこを触ったような感触を覚える人など、例は様々だ。

ウィーカの場合は、耳で聞いた音に対して味覚が伴っている、ということだろうか?

 

「たぶん、そんな名前やったと思う。わかる?」

 

「ああ、なんとなく想像はついた。しかし、すごい能力だな」

 

「そんなことあらへんよ。ええことなんかひとっつも無いし」

 

「・・・ん?ちょっと待って。じゃあ日常の全ての音に味があるってこと?」

 

「せやで」

 

「今日のダンスレッスンの曲とかも?」

 

「うん。めっちゃ辛かった。ちなみにオカマの先生ぇの声は小魚の佃煮みたいな味で笑ろてもーたわ」

 

「で、俺の声は焼き芋なの?」

 

「いっつもてワケやないで?今のん声は、そーやなぁ、栗っぽい感じ?なんか声のトーンとか雰囲気でもちょっとずつ変わんねん」

 

まるで共感はできないが、なんとなく理解だけはできた御徒町

何の役にも立たない特殊能力を、ウィーカが持っているということだけは把握した。

やがて車はウィーカの住むマンションの前に到着した。

 

「じゃあ、明日は事務所に10時で。迎えに来れれば良いんだけど、俺は朝から会議でさ」

 

「そんなんかまへんよ。こうやって送ってくれただけでも有り難いんやから」

 

「それじゃおやすみ」

 

「ん。また明日」

 

手に持ったデイバッグをひょいと背負い、エントランスに入るウィーカ。

カードキーをかざすと自動ドアが開く。

エレベーターホールまで真っ直ぐ進み、ボタンを押す。

間も無くエレベーターの到着を告げるポーンという音が鳴った。

 

「・・・にがい・・・」

 

 

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不安定。やっぱ何度も描かなあかんな。

【アイラヴ】地獄の沙汰まで金次第なワケない

「お父ちゃんがな、商売人やってん」

 

御徒町は、まるで独白のようなウィーカの言葉に耳を傾けた。

車の速度を落とし、意図的にゆっくり走る。

 

「ウチな、履歴書には『経済特区出身』て書いてたやろ?ホンマはちゃうねん」

 

御徒町は少なからず驚いた。

ウィーカには苗字が無い。

これはこの国の経済特区にある、特殊な文化だった。

その昔、一握りの大富豪たちは自分一代でその財を築いたことを示す為、家系や家柄というものに縛られない生き方を選んだ。

そのため現在でも経済特区内に限り、希望者については苗字を持たないという選択ができるのだ。

 

「お父ちゃんがな、家業拡大やゆーてキバらはってな、子供んときに特区に移住したんや」

 

「じゃあ、その・・・名前は?」

 

「ウチ、ホンマは『初華ういか』ゆーねん。美作みまさか初華ういか。でもお父ちゃん、郷に入りては郷に従えやぁゆうて、苗字も捨てて、名前も周りに合わせてなぁ」

 

履歴書に書かれていた経歴からはずいぶん育ちが良いような印象を受けていたが、しかしお世辞にもきれいな言葉使いとも言えないウィーカのキャラクターが、ようやく腑に落ちた御徒町

 

「引っ越ししてすぐん頃は、よぉ笑ろてはったわ」

 

どこか優しい感じと、そして懐かしむような口調で話すウィーカ。

よほど父親のことが好きだったのだろう。

しかし、声のトーンが急に低くなった。

 

「でも、お父ちゃん、死んでしもた・・・」

 

 

 

美作家が特区へ引っ越したのは、初華が6歳の頃だった。

父親は、家業である金属部品卸業の事業拡大のため、田舎にある会社を弟に任せ、加工されたばかりの金属部品を直接買い付けできる特区進出を選んだ。

当初は単身での移住を決意していたが、母親がそれを諌めた。

仕事にばかり熱心な夫が、自分の健康面を気にしないことを良く分かっていたからだ。

ついて行かねば、きっと主人は不摂生を絵に描いたような生活を送るだろう。

幸いにも初華はまだ小さいし、きっと特区でも友達を作ってうまくやれる。

家族みんなで夫の仕事を支え、幸福な家庭を。

そう、思っていた。

 

『ま、待ってください!どういうことです!?今更売れんって・・・』

 

特区に来て間も無く、父親の仕事は暗礁に乗り上げた。

主力商品である車輛部品の仕入れが全くできなくなってしまったのだ。

すでに商談がまとまり、受注している件もあった。

どうにか売ってもらえないかと、業者を当たる日々が続く。

しかし、特区内の業者は口をそろえて、こう言うのだ。

 

「こちらも物があれば売りたいが、在庫が無いんだよ。買い占めに遭ってね」

 

結局、受注をすべて断ることになり、業界での信用は地に落ちてしまった。

その後、八方手を尽くして事業の再生に尽力したが、しかし一度失った信用が一朝一夕で取り戻せるほど、商売の世界は甘くない。

負債だけが残った状態で、事業をたたまざるを得なくなってしまった。

このとき、なぜ特区を出て元の田舎へ帰らなかったのかは分からない。

大見栄を切って出て行った手前、帰るに帰れなかったのかもしれない。

父親は食いぶちを稼ぐために日雇労働職に就き、生活を支えるために母親も働きに出た。

あんなに活力に満ちていた明るい父親は、ひどくやつれ気性が荒くなっていった。

いつでも優しく堅実だった母親は、口数が減り人相が悪くなった。

やがて、急に母親が居なくなった。

しばらくして父親が床に伏せた。

そして、初華は近所の施設に預けられることになった。

 

 

 

経済特区やゆうても、結局ぎょーさん金持っとるんは一部のモンだけや。貧富の差は外よりも特区内の方がおっきいで。そんでな、お父ちゃんが死んでから分かったんやけど、あんとき部品を買い占めよったんが、あのタオナンの親の会社やったっちゅうわけや」

 

思いもよらない経歴に、何と言葉を掛けて良いか分からない御徒町

 

「でもそれだけやないねん。施設に預けられてからも、ウチが近所の子らと遊んでたらな、あいつが出てきよんねん」

 

当時のタオナンは父親の方針により、屋敷から出ることを禁止されていた。

しかし好奇心旺盛で活発なタオナンを閉じ込めておくことはできず、たびたび脱走劇が繰り広げられることとなった。

そのたびに父親は大勢の私設警備を捜索隊として使い、タオナンの連れ戻しを命じた。

それには厳命として、「絶対に荒事にするな」という条件が加えられていた。

すると捜索隊はおのずと「金の力」でタオナンを発見、連れ戻すことになる。

目撃情報を金で買い、タオナンと一緒に居る者に金を掴ませて立ち去らせた。

こんなことが続くと、街では噂が立つようになる。

 

「あの娘は金のる木だ」

 

捜索隊にタオナンが捕まるその時、一緒にその場に居れば、かならず「お小遣い」が貰えるのだから。

大人たちがこんなことを話していれば、それは当然のように子供たちにも広がる。

しかし、施設暮らしの初華がこの情報を得ることは無かった。

 

「ウチが友達と遊んでるやろ?そんでもタオナンを見掛けたら、みんなタオナンの方に行くんや。どんだけ楽しく遊んでても。そんでな、ウチ、聞いたんよ。なんでみんなあの子のとこ行くんって。ほしたらな、一人の子が『お金がもらえるから』ゆーてな」

 

話だけ聞けばなんとも酷い状況だ。

金にモノを言わせて市場を独占し、果ては友達まで奪われたという風に聞こえる。

しかし御徒町には、シャワー室の前で会ったあの少女がそんなことをするような人間には思えなかった。

人は見掛けによらないということなのだろうか。

 

「そんで極め付けにな、ウチの住んでた施設、潰されてもーたんや。タオナンちの敷地を広げるんやゆうて、な。そんでウチ、特区を飛び出してここに来たんよ」

 

「そうだったのか・・・」

 

「色んなバイトして暮らしたわ。そん中で、ドレプロのアイドルオーディションの係員やったときにな、偶然タオナンが審査を受けよったんや」

 

「なるほど。それで・・・」

 

「どうせ金の力でどないにでも受かるやろし、デビューもするんやろけどな」

 

「ドレプロはそんなに甘いところじゃないよ?」

 

「そうであって欲しいけど・・・。それからな・・・」

 

話の途中で、車が歌唱レッスンのスタジオに到着した。

ウィーカは両手でぴしゃりと自分の頬を打つ。

気分を切り替えるときの癖らしい。

 

「よっし!ほな行こか!歌も上手うまなってあいつに勝たなあかんからな!」

 

 

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描けば描くほど男の子に・・・。

【アイラヴ】喉元過ぎても忘れんぞこの熱さ

首から下げた名札と、スーツに輝く社章。

この2つのアイテムを、今この時ほど有り難いと思ったことは無かった。

女子シャワー室の出入口付近でオロオロとしている御徒町

一歩間違えれば完全に不審者である。

 

「なんでこんな時に限って誰も居ないんだ・・・」

 

タイミングによっては待ち時間が発生するほど混み合うシャワー室が、今は閑散としている。

ウィーカの着替えが入ったデイバッグをブラブラと揺らしながら、御徒町は途方に暮れていた。

もしかしたらもうウィーカはシャワーを浴び、今更になってタオルも着替えも無いことに気が付いて絶望しているかもしれない。

最悪、脱いだ服をもう一度着ればいいのだが・・・なるべくコレを届けてやりたい。

 

「あ、アタシちょっとお手洗い」

 

「おう、ロビーで待ってるぜ」

 

「じゃあ私は飲み物買ってこようかな」

 

「わ、わらわも行くのじゃ!ミルクセーキを・・・」

 

聞こえてきた会話に希望の光を見出した御徒町

シャワー室の隣にあるトイレに誰かが来るようだ。

間も無く廊下の角を曲がって、一人の少女が歩いてきた。

 

「あの、ちょっとごめん。頼みごとがあるんだ」

 

「・・・えっ」

 

唐突に話し掛けてきた男に、少女は眉をひそめた。

思い切り怪訝な表情と、警戒心に満ちた距離感。

しかし御徒町が首から下げている名札で、ドレプロの人間であることが分かったらしい。

視線を顔に戻し、少女が尋ねる。

 

「あなた、プロデューサー?頼みって何?」

 

「実は・・・」

 

御徒町は事情を説明し、このバッグを中に居る研究生(補欠)に渡して欲しいと依頼した。

少女は納得し、快く引き受けてくれた。

 

「ありがとう!助かったよ!本当にありがとう!」

 

繰り返し礼を述べ、御徒町は駐車場へ引き返していった。

デイバッグを受け取った少女はさっそくシャワー室へ入る。

 

「あの~、アイドル研究生(補欠)さん、居ます~?」

 

少女の呼びかけに、ひとつのシャワー個室から声が返ってきた。

 

「・・・あぁ?ウチのことか?」

 

「ああ、良かった。外であなたのプロデューサーからこれを渡されて」

 

「ちょお待ち・・・その声・・・」

 

ウィーカは少しだけシャワー個室の扉を開いた。

そしてその隙間から、自分のデイバッグを持つ少女の顔を見た。

 

バンッ!!

 

勢いよく扉を開けたウィーカ。

もう自分が裸であることなどまるで意識していない。

 

「・・・忘れへんでぇ、お前の顔、お前の声・・・」

 

「???まず・・・服、着れば?」

 

「ここで会ったが百年目や!はっきり宣戦布告しといたるわっ!」

 

「???・・・百年目?」

 

「・・・おいまさか、お前・・・ウチのこと、覚えてへんのか?」

 

「え・・・ごめん。どっかで会ってるっけ?」

 

どっかで会ってるっけ?

どっかで会ってるっけ?

どっかで会ってるっけ?

どっかで会ってるっけ?

どっかで会ってるっけ?

どっかで会ってるっけ?

 

ウィーカの脳内で少女の言葉がリフレインする。

口の中に鉄の味がじわじわと広がっていく感覚。

あまりのショックに頭がクラクラする。

 

「あの、アタシお手洗いに行きたかったの!ごめん、はいこれ!」

 

茫然としている全裸のウィーカにデイバッグを押し付けると、少女はシャワー室から駆け出した。

徐々に我を取り戻すと、それは猛烈な怒りの感情を伴っていた。

 

「絶ッッッッ対に許さへんからなぁー!タオナンッッ!!!」

 

 

 

壮絶な勢いでドアを開閉して車に乗り込んだウィーカに、目を白黒させる御徒町

手を出せば噛み付いて食いちぎりそうな横顔がルームミラーに映っている。

 

「・・・ど、どうしたの?」

 

「どうしたもこうしたも無いわ!」

 

「き、着替え、無事に届いて良かっ・・・」

 

「最悪やッッ!!!」

 

「・・・ええぇぇ~・・・」

 

本来なら手厚く礼を述べられるはずの御徒町

ウィーカが不機嫌な理由も分からぬまま、歌唱レッスンのスタジオに向けて車を走らせる。

車内には重苦しい沈黙が続いた。

 

「・・・ごめん。勝手に苛立ってもーて・・・」

 

ふいに、後部座席から小さな声が聞こえた。

聞こえるか聞こえないかくらいの、本当に小さな声だった。

 

「ははは。構わないよ。アイドルのストレス発散に付き合うのも、プロデューサーの努めさ」

 

「おかちさん・・・ほっくほくのお芋さんやな。ええ人すぎるわ」

 

「俺が芋?褒めてるのかけなしてるのか分かんないよ」

 

「あ、そっか。いやいや、もちろん褒めてんのやで」

 

「そうかい。で、もし良ければ、不機嫌の理由を聞かせてくれないか?」

 

これは御徒町にとっても賭けだった。

まだウィーカと御徒町は出会って間もないし、きちんとした信頼関係が構築できていない。

あまり立ち入った質問、特に強い怒りや悲しみなど、マイナス感情に関わる質問は時期尚早かも知れなかった。

しかし、自分たちが本物になるために使える時間は半年しか無い。

絆を結ぶのは早い方が良い。

拒絶されぬよう祈りつつ、御徒町はウィーカの返答を待った。

しかし沈黙は続く。

その時間に耐えられなくなった御徒町が口を開いたのが契機となった。

 

「もちろん、話すのが嫌なら・・・」

 

「あの子なんよ。負けられへん相手って」

 

「えっ!?・・・そうとは知らず・・・ごめん・・・」

 

「おかちさんが悪いんとちゃうよ」

 

ウィーカは、シャワー室でのことを御徒町に話した。

本当はお互いにアイドルになってから突き付けようと思っていた宣戦布告を、思い切って叩き付けたこと。

それなのに、相手は自分のことを覚えていなかったこと。

 

「ウチな、あの子・・・タオナンにだけは、絶対に勝たなあかんねん」

 

流れる街の灯りが途切れるたび、遠い目をしたウィーカの顔が車窓に映り込む。

そしてウィーカは、ぽつりぽつりと昔話を始めた。

 

 

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あかん。これじゃ完全に男子・・・。