残酷な天使のテーゼ

下記の話の続きです。

1.キャラクターとショートストーリー

2.【上】それぞれのプロローグ

3.【中】それぞれのプロローグ

4.【下】それぞれのプロローグ

5.【前】それぞれの入国

6.【後】それぞれの入国

7.集結の園へ

8.心よ原始に戻れ

9.Beautiful World

10.慟哭へのモノローグ

11.FLY ME TO THE MOON

12.魂のルフラン

13.甘き死よ、来たれ

 

キャラクターをお貸し頂いた皆様、本当にありがとうございます。

所属国 名前 特徴 創造主
ドレスタニア(近海) 紫電 乙女海賊 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
ドレスタニア メリッサ 天然強運 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
チュリグ ハサマ 最大火力 ハヅキ(id:hazukisan)
奏山県(ワコク) 町田 実質探偵 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
奏山県(ワコク) アスミ 鍵盤天使 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
コードティラル神聖王国 クォル・ラ・ディマ 俺様最強 らん (id:yourin_chi)
コードティラル神聖王国 ラミリア・パ・ドゥ 武闘師匠 らん (id:yourin_chi)
ライスランド カウンチュド 稲作精霊 お米ヤロー (id:yaki295han)
メユネッズ ダン 夢守護者 たなかあきら (id:t-akr125)
カルマポリス ルビネル 女子学生 フール (id:TheFool199485)

 

ウチの子

所属国 名前 特徴
キスビット(タミューサ村) エウスオーファン 嗅覚村長
キスビット(タミューサ村) ダクタス 姿形変化
キスビット(タミューサ村) ラニッツ 雷雲創造
キスビット(タミューサ村) アウレイス 完全回復
キスビット(タミューサ村) オジュサ 土石操作
キスビット(タミューサ村) エコニィ 大剣使い
キスビット(タミューサ村) マーウィン 分身出現
キスビット(タミューサ村) アルファ 謎の存在
キスビット(ジネ) カミューネ 暗闇移動
キスビット(タミューサ村) エスヒナ 友情出演

 

 

に・・・20人も居たッ( ̄Д ̄;)!!

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

私は寝坊した。

起きて、慌てて、走った。

エウス村長のお屋敷まで、そんなに遠くない。

もうすぐお屋敷が見えてくるあたりで、なんだかとても心地良い音が聴こえてきた。

私は走った。

また怒られちゃうな。

なんて言い訳しようかな。

でも、素直に謝るべきだよね。

あ、みんな庭に出てる。

何してるんだろう?

そんなことを考えてた。

そしたら・・・

ついさっきまで晴れ渡っていた青空が、一瞬で真っ黒に変わった。

そんな風に見えた。

でもそうじゃなかった。

「それ」はエウス村長のお屋敷をすっぽり包むほどの大きさで、突然空から降って来た。

誰にもどうすることもできなかった。

巨大な真っ黒い布が、ファサッと落ちて、あとには何も無くなってしまった。

私の目の前で、お屋敷も木もみんな、無くなった。

 

「嘘・・・なに、これ・・・嘘だよね・・・?嫌だ・・・こんなの・・・うわああぁぁぁーッッッッ!!!!」

 

エウスの屋敷が在った場所には、ただ黒く変色した地面だけが残っていた。

まるで焚火をしたあとのように黒くなっている。

雑草が生えている緑色の地面と、くっきり境界が見て取れる黒色の地面。

その狭間で膝から崩れ落ち、慟哭することしかできないエスヒナの涙が、地面を濡らす。

 

 

 

「うぅ・・・なんだ?何が起こった?」

 

ダンは突然真っ暗になった視界が徐々に戻るのを感じつつ、周囲の状況を確認した。

さっきまでエウス村長の屋敷の庭で、町田とアスミの演奏を聴いていたはずだ。

青く晴れ渡っていた空が、暗い紫色をしている。

それに驚くほど風が強い。

そしてこの浮揚感はどうしたことか。

ここまで考えて、ダンの意識は覚醒した。

 

「こ、これはッ!?」

 

自分を含め、あの場に居た面々がみな強風に巻き上げられ、空中に静止している。

その中心にはハサマが居た。

直立の姿勢で腕を組み、魔王さながらの視線を眼下に向けていた。

その視線の先の大地、そこに半壊したエウスの屋敷が在った。

あの庭がそのまま在る。

しかしそれより先には荒野がどこまでも広がっている。

その枯れた大地にただひとつ、かなり遠いが人影が見える。

 

「おまえたち なんで あのおと しってる ヤメロ ヤメロ」

 

目を凝らすと相貌が見えてきた。

尖った耳から察するに精霊のようだが、その肌はサムサールのように浅黒く、頭部にはサターニアのような角が生えている。

恐らくはそれが発したであろう言葉は、不思議と距離を感じさせずに聴こえる。

そしてとてもたどたどしく、幼稚だった。

言葉を覚えたての子供が、初めて意味の通る発言をしたかのような。

 

「ハサマ王、これは一体・・・?」

 

ダンの問い掛けにハサマが答える。

 

「屋敷周辺の空間ごと『運ばれた』んだよ。いや、放り投げられたと言った方が正しいかも知れない。落ちる前に浮かせたから、たぶんみんな大丈夫だと思うよ」

 

「ッ!?この風は貴方の能力か!するとここは・・・」

 

ダンは察した。

ハサマはこくりと頷いた。

ここは1,000年前のキスビット。

そしてアレが、邪神になり果てたビットだろうか。

状況を整理しようと必死に思考を巡らせるダンに、ハサマが言う。

 

「みんなを護りながらじゃチカラが出せないから、頼んだよ」

 

すると風の方向が急に変わり、ハサマ以外の皆が一気に屋敷前の地面に降ろされた。

どうやら目を覚ましたのはダンのみで、他の者は気を失っているようだ。

町田とアスミが演奏していたピアノ周辺に寝かされる面々。

ダンは夢追いの剣を抜き、ビットが居る方向に構えた。

 

「この身に代えても、皆を護る!」

 

ダンの言葉を合図に、ハサマが大きく両腕を振り上げた。

するとビットの足元の地盤が突き上がり、まるで石柱のように伸びていく。

激しく揺れる地面にどうにかバランスを取りつつ立っているダンは、改めてハサマの壮絶な能力を目の当たりにした。

つくづく味方で良かったと思う。

と、ハサマが振り上げた両腕を、今度は勢い良く振り下ろした。

ダンは我が目を疑った。

空に浮かぶ紫色の暗い雲を突き抜け、眩い光の柱が降り注いだではないか。

 

天をも穿つ閃光の一撃ゲイ・ボルグッ!!」

 

光の柱は、ビットが乗る突き上がった地盤に命中した。

 

かのように見えた。

 

しかし衝撃も爆発も、被弾の音すらも起きなかった。

 

「チッ・・・」

 

本来ゲイ・ボルグには、発動までに力を溜め集中する時間を要する。

そこを省略し無理矢理に放った一撃は、ビットの頭上に現れた黒い手に包まれ、消えてしまった。 

充分な威力を乗せられなかった一撃とは言え、それでも城の1つや2つは簡単に破壊する程度の規模だったはずだ。

黒い手の正体が分からない以上、無意味な攻撃は得策では無い。

そう判断したハサマは暴風を操り、皆の元に移動する。

石柱の頂上ではビットが小首をかしげている。

何かしたか?

そう言いたげな態度にハサマは歯噛みした。

 

「んん・・・なんだ・・・急に真っ暗に・・・」

 

ダンの後ろで紫電が目を覚ます。

それを契機に、皆が続々と上体を起こす。

 

「手短に言うぞ。我らは1,000年前のキスビットに居る。ハサマ王が邪神ビットと交戦中だ。みな、用心しろ!」

 

先に目覚めた者の務めとばかりに、ダンは情報共有を図り、喝を入れる。

その言葉で状況を理解した者はそれぞれに身構え、周囲の策敵を行う。

 

「いよいよ俺様、神を倒せし者になるってか?」

 

軽口を叩きつつ、大型の剣を軽々と抜き放ったクォル。

常人では両手でも扱いに苦労しそうなスケールの剣を片腕でひょいと構える。

さすがに歴戦、思考の切り替えが早い。

 

「そのデカいの振り回して、私に当てないでよ?」

 

ふいに後ろから声を掛けられた。

ちらりと視線を向けるとエコニィが、同様に大剣を構えている。

こんな無駄口はエコニィらしくないのだが、緊張がそうさせているのだろうか。

 

「おっと。同じ剣士同士、仲良くしよーぜ」

 

額に汗を滲ませるエコニィに対し、ニヤけた顔を向けるクォル。

すると横からも声が掛かる。

 

「おいクォ!油断してんじゃねぇぜ!」

 

苛立ち気味の怒声を上げたのは紫電だった。

決して、クォルが自分以外の女性と会話をしたから苛ついているわけではない。

この状況が、あまりに現実離れしているためだ。

 

「俺様、大人気じゃん」

 

しかしそれでも軽口を叩くのは、もう性分なのだろう。

そんなやり取りを切り裂いて、悲痛な声を上げたのはカミューネだ。

ビットとは反対側を指差している。

 

「あ、あれッ!あれを見てください!」

 

「なにぃ・・・!?おいおい・・・なんだありゃ・・・」

 

思わず驚きの声を漏らすのはカウンチュド。

カミューネが指差し、カウンチュドが見詰める視線の先で蠢くものたち。

 

「あれは・・・ゴーレムッ!?」

 

キスビット人であるオジュサが悲鳴に似た叫びを上げた。

土を操る魔法を使うキスビット人は、その命を代償にすることで壮絶な戦闘力を手に入れることができる。

土を身に纏い、命が尽きるまで無敵の力を得ることができるのだ。

それがゴーレムである。

戦力は一体で王都エイ マヨーカの一個大隊にも匹敵する。

そのゴーレムが地面からボコボコと這い出てくるではないか。

 

「これは・・・逃げる方が得策かもしれませんよ?」

 

冷静に敵戦力を見れば、このラニッツの判断は間違ってはいない。

まともに相手をしていては命がいくつあっても足りない。

 

「ただし、逃げる場所があれば・・・の話ね・・・」

 

まだ起きないアスミと町田の前で、二人を庇うように立つルビネルが核心を突く。

そう、土から這い出たゴーレムはこちらを取り囲むように、ぐるりと円周を描いている。

 

「師匠のキックで倒せるかどうか、まだ判断できません」

 

アルファは知覚センサーでゴーレムをスキャニングするが、まだ距離があるのと、実際の戦闘を見ていないため、役に立つ情報は得られていない。

 

「じゃあちょっと、試しに蹴ってみようかしら?」

 

口では冗談を言うものの、ラミリアの額には汗がにじんでいる。

危機的状況であるという緊迫感が神経をビリビリと刺激する。

これまでの戦闘経験や切り抜けた修羅場によって磨かれた警戒警報が、全力で鳴っている。

 

「まぁ☆これは夕立の前触れですか?洗濯物を取り込まなければ・・・」

 

エウスオーファンに抱き起こされたメリッサが、暗紫色の空を見上げて言う。

これが本当に単なる夕立前の曇りであればどんなに良かっただろう。

 

「村長、さて・・・どうしたもんか・・・」

 

ダクタスが悲壮な顔でエウスオーファンに視線を送る。

ちょうどそこへ、上空から旋風を伴ってハサマ王が舞い降りてきた。

 

「ハサマ王、率直なご意見を願う。我々は足手まといか?」

 

「最初はそう思ったんだけどね、どうにも・・・」

 

そう言うや否や、ハサマは右腕を大きく振り払う。

すると一瞬にして巨大な竜巻が立ち昇った。

同時に大地を揺るがすような轟音が鳴り響く。

空を見上げれば、絶望的な大きさの岩の塊がこちらに向けて放たれていたものを、ハサマが竜巻で粉砕したようだ。

先ほど大地から突き上げられた石柱を、ビットが放り投げてきたらしい。

そして状況は更に絶望的となる。

空中で粉砕された岩の塊が、そのままゴーレムに変型しながら次々と着地していく。

ハサマは躊躇していた。

ゴーレムを掃討することは、可能である。

しかしそれには、ここに居る者の安全を考えないならば、という但しが付く。

そしてゴーレムが土から這い出てきたこと、また砕けた岩からも変型したことを考えれば、一次的に駆逐したとしてもすぐに補充されると見るべきだ。

 

「一点突破しよう」

 

悲壮感に包まれた中、エウスオーファンが口を開いた。

ビットとは反対側に向かってゴーレムを切り崩しながら進み、可能な限り距離を取る。

最大戦力であるハサマが存分に戦えるようにすることが、いま最も重要なのだ。

しかし先ほどのような規定外の攻撃をビットが仕掛けてきた場合、それを防御できるのもハサマだけなのである。

ゴーレムを突破するのは、ハサマ以外でやり遂げなければならない。

 

「ぃよっしゃーッ!!俺様一番のりィーッッッ!!」

 

方向性が定まったのならあとは全力で暴れるだけとばかりに、クォルが先陣を切って駆け出した。

 

「あ!ちょっと、クォっ!?」

 

先走るクォルを見て後を追おうとするラミリアを制止したのは、エウスだった。

 

「彼にはあれが適任かもしれない。オジュサ、頼む」

 

エウスが手短に戦術を伝えると、先程まで絶望に沈んでいたオジュサの表情に生気が戻る。

クォルの背中から視線を剥がせずにいたラミリアも、納得した。

 

「メリッサ、マーウィン、キツイ役回りになるが、任せたぞ」

 

いまいち状況が飲み込めていないメリッサだが、エウスに依頼されたのは至極簡単なことだった。

二つ返事で承諾する。

 

「はいッ☆土のお人形さんたちに捕まらないように鬼ごっこですね?」

 

朗らかな様子のメリッサと対象的に、マーウィンの表情は固い。

 

「そんな大役が、私などに務まるでしょうか?」

 

俯き、視線を足元に落とすマーウィンに、ダクタスが声を掛ける。

 

「エウス村長が今まで、できぬ者にできぬ事を命じたことがあったか?」

 

 

 

「あははははは☆鬼さんこちらッですぅ~♪・・・に゛ゃッ!」

 

満面の笑顔でゴーレムたちの間を縫って走るメリッサ。

足元の石につまづいて転んだ。

つい一瞬前までメリッサの頭があった空間を、ゴーレムの巨腕が通過する。

 

「あいたたた・・・」

 

よろよろと起き上がるメリッサ。

その鼻先を掠めて大地を踏みしめるゴーレム。

転んだままであれば間違いなく踏みつぶされていた。

膝を擦り剥いていないか確認するために上体を下げると、そこを石の礫が素通りする。

 

「メリッサは、あの枯れ木を目指してくれ」

 

エウスの指示は、ゴーレムに捕まらないよう、遠くに見えていた枯れ木まで辿り着くこと。

ただそれだけだった。

ゴーレムの数を分散させるというエウスの狙いは、見事に的中した。

メリッサを追って数体のゴーレムが地響きを立てる。

それぞれが腕を振り、足を蹴り上げ、メリッサを狙う。

しかしそのことごとくが外れ、空かされてしまう。

それどころか、同士討ちとなって崩れ去るゴーレムも多い。

舞い上がる砂埃でくしゃみをし、地面の凹凸でつまづき、呼ばれた気がして振り向く、その全ての動作が芸術的な回避運動になっている。

 

「とぉーちゃあ~っく☆」

 

枯れ木に辿り着いたメリッサ。

さて、ここからどうすれば良いのだろうか?

次の指示を仰ごうとして今来た方向を振り返る。

と。

メリッサは目を疑った。

 

「アスミちゃんッ!避けてくださいッッッッ!!!」

 

悲痛な叫びが空しく響く。

いつの間に目を覚ましたのか、ゴーレムたちの間にアスミが居た。

そして、あまりにも呆気なく、踏みつぶされてしまった。

もうもうと撒き上がる土煙の中に、メリッサは町田の姿も確認した。

 

「ッ!!町田さ・・・」

 

声を掛けるより早く、町田の体は軽々とゴーレムに持ち上げられ、握りつぶされてしまった。

 

「・・・・んで・・・」

 

俯くメリッサ。

肩が震えている。

 

「・・・んな・・・るん・・・」

 

足元の乾いた土に、パタパタと水滴が落ちる。

 

「なんでそんなことするんですかぁーーーッッッ!!!」

 

メリッサは激怒した。

足元に落ちていた枯れ枝を拾い上げ、ゴーレムに打ちかかる。

 

「ひどいです!アスミちゃんを、町田さんを、返してくださいッ!!!」

 

枝をぶんぶんと振り回しながら走るメリッサ。

ゴーレムからすれば格好の標的だ。

しかしどんな攻撃も当たりはしない。

それどころか同士討ちの回数が増えてきている。

 

 

 

「どおおおぉぉぉぉりゃあああああっっっ!!!」

 

高く跳んだクォルが全体重を乗せて振り下ろした剣は、ゴーレムを頭部から真っ二つに分断した。

硬い岩の塊に叩き付けたというのに、その剣は刃こぼれひとつしていない。

剣自体の強度もあろうが、使用者の腕によるところが大きい。

 

「遅い遅いッ!!」

 

力はありそうなので攻撃を受けたり捕まればダメージは大きいだろうと予測されるゴーレムだが、しかしその動きは緩慢であり、クォルはこの戦闘に余裕を感じていた。

心配だった強度も、それほど硬質というわけではない。

恐らくカウンチュドの矢、紫電の拳やラミリアの蹴りでも砕くことは可能と思われる。

クォルには知る由も無いことだが、キスビットの悪魔と恐れられる無敵のゴーレムは、命を燃やす精霊が存在してこそ力を発揮する。

いま周囲で生成されているのはただの土の塊なのである。

いける、そう判断したクォルはこのまま露払い役を務め、血路を開くことを改めて決意し、後陣を振り返った。

 

「ッ!?」

 

カミューネが陣形を離れ、一人でぽつんと立っていた。

そこにゴーレムの剛腕が唸りを上げて襲いかかる。

左の脇腹あたりに命中した岩の拳はそのまま振り抜かれ、カミューネの上半身だけが空に舞う。

 

「カ、カミュ・・・ッッッ!!!」

 

声を掛ける隙さえ無いほどの刹那。

地面に残されたカミューネの下半身が音も無く倒れるその後ろで、ダンとエウスに襲いかかるゴーレム。

二人は目の前に集中しているためだろうか、後方からの攻撃に気付いていないようである。

両手を組みハンマーのように振り下ろされたゴーレムの腕に、ダンとエウスは叩き潰されてしまった。

 

「うそ・・・だろ・・・?」

 

戦闘中に我を忘れることは禁忌である。

しかしそれでも、クォルのことを誰が責められようか。

彼の目の前に広がるその光景、それは絶望をしてなお、ぬるいと言わしめるほどの地獄だった。

ついさっきまで一緒に居た仲間たち。

その『仲間たちだった部品』が転がっている。

大地を一歩踏みしめたゴーレムが潰したのは、ルビネルの頭部だったように見えた。

岩の腕が粉砕したのはエコニィの左半身だろうか。

そして、クォルの目に、ラミリアが映った。

構えたまま動かない。

恐怖に竦んでいるのだろうか。

 

「避けろッ!!ラミィィッッッ!!!!」

 

クォルは全身全霊で叫ぶと、雷のごとく駆けた。

真っ直ぐラミリアまでの最短距離を最速で抜ける。

彼に自覚は無いだろうが、途中に立ちはだかるゴーレムを紙屑のように蹴散らしながら。

まさに鬼神のごとき疾走であった。

しかし。

あと一歩、遅かった。

ゴーレムの放つ、下から掬い上げるような拳はラミリアの全身を捉えていた。

メキメキと嫌な音を立てながら吹き飛ばされるラミリア。

更にその先には大きく両腕を上げたゴーレムが待ち構えており、ラミリアの体は濡れ雑巾のように地面に叩きつけられた。

 

「よくも・・・よくもォォ・・・」

 

噛みしめた唇から血が流れる。

クォルの燃える瞳からは、涙が溢れていた。

そして獣のような咆哮が空気を切り裂く。

 

「ォォォ俺のラミリアをぉぉぉォォーッッ!!!」

 

 

 

微かな光さえ無い真闇の中。

エウスとダンの会話が聞こえる。

皆もその声に集中している。

 

「エウス殿、俄かには信じがたいことなのだが・・・ビットに、その・・・夢の気配を感じた・・・勘違いでは無いはずだ・・・」

 

「ダン、君のその能力を借りたい。私も確かに嗅いだのだ。奴の中にもうひとつの存在を。その夢の内容を鮮明に判別するには、どうすれば良い?」

 

「この剣で触れるか、あるいはもう少し時間があれば、探れると思う」

 

「分かった。何としても奴の夢とやらを暴いてくれ」

 

何も見えない本当の暗闇の中、メリッサとクォル以外の全員が、そこに居た。

紫電がアスミを、カウンチュドが町田を背負い、息をひそめて気配を殺している。

頭上から、どしんどしんと音が聞こえる。

ここはオジュサが土を操作して作り出した地下空間である。

エウスの作戦はこうだった。

まずオジュサが、ある程度ヒトの形をした土人形を作る。

それをダクタスの変化の呪詛で、全員の風貌そっくりに見せかける。

クォルとメリッサが大多数のゴーレムを引き付けてくれたお陰で、どうにか隙が生まれていたのだ。

そのままオジュサは地下室を形成し、全員がその中に隠れた。

上手くいけばビットはこちらを全滅させたと思い、退散してくれる。

そうなれば、ひとまずは時間が稼げるというというわけだ。

 

「クォル様が、倒された土人形を発見されました」

 

マーウィンの声だ。

マーウィンの役目、それは分身ダブルを地上に出現させ、状況を知覚することだった。

 

「す・・・すごい・・・あのゴーレムをあんなに簡単に・・・」

 

「避けろッ!!ラミィィッッッ!!!!」

 

クォルの叫び声が、地下室にまで響いてきた。

 

「ありゃ、私の人形がやられそーなのね」

 

詳しい状況は分からないが、自分に向けられたクォルの声を、まるで別方向から聞くのはなんだか少し照れくさかった。

そして。

 

「ォォォ俺のラミリアをぉぉぉォォーッッ!!!」

 

「ッ!?・・・あンの馬鹿・・・バカ・・・もう・・・」

 

 

 

怒りの狂闘バーサーク状態となったクォルの戦闘は、まるで嵐のようだった。

彼を中心に、ゴーレムたちが次々と粉砕されていく。

しかし悲しいかな、人間の体力は無尽蔵では無い。

自覚するしないに関わらず、突如として訪れる体力切れエンプティ

クォルが地面に膝をついた、その瞬間。

 

「今です!」

 

マーウィンの声が響き、オジュサが地面に穴をあける。

突如として足場を失い、自由落下するクォル。

穴はクォルを飲み込むと、瞬時に閉じた。

そして予め用意されていたクォルの土人形がその場に現れ、ゴーレムに打ち砕かれる。

それを確認したあと、マーウィンの分身ダブルも攻撃を受けて消失してしまったらしい。

ヒッという短い悲鳴が、マーウィンから漏れる。

直接肉体的なダメージは無いものの、知覚を共有している分身ダブルが致死級の攻撃を受けるということは、精神的に何度も死んでいるようなものだ。

この地下室に入ってから数分のうちに、マーウィンはもう三度も死を経験している。

 

「マーウィン、次はメリッサだ」

 

「・・・はいッ」

 

エウスの指示に従い、マーウィンは再び地上に分身ダブルを出現させた。

本当はもう、神経がすり減り、ギリギリの状態だった。

エウスはそれを分かっていたし、マーウィンも、エウスがそれを知っていると気付いている。

だが今はそれを言っていられる場面ではない。

確かに、二人の間には信頼と絆が存在していた。

 

「4時の方向に、十五・・・十六歩です」

 

クォルの回収時にも、こうして地下室を少しずつ拡張しながら、真下にまで移動してきたのだ。

今やこの地下室は、エウスの屋敷よりも広いほどに拡大されている。

 

「・・・ってぇ・・・ここは?」

 

いきなり地面が無くなって落ちたと思ったらそこは真っ暗闇で何も見えない。

クォルは何が何だか分からなかった。

しかし。

 

「クォルさん、大丈夫ですか?」

 

「その声は・・・カミューネちゃんか!?なんで・・・え?俺様・・・死んだのか!?」

 

「静かにしろッ」

 

狼狽するクォルに、紫電が声を抑えながら手短に説明をする。

 

「だから、さっきお前が見たラミリアは土人形なのさ」

 

なぜか『ラミリア』の部分をやたらと強調した口調の紫電

苛ついているようだ。

 

「なんだ・・・そっか・・・良かった・・・」

 

ラミリアの予想では、何で俺様にだけその作戦を教えないんだとクォルが騒ぐだろうと思っていた。

それに対して、あんたが聞かずに走ってたのが悪いんでしょと叱り飛ばしてやろう、と構えていたのだ。

しかし、クォルの反応があまりにも意外で気勢を殺がれてしまった。

 

「この上です」

 

クォルの時と同じ要領でメリッサを回収する。

 

「は・・・はえ?・・・真っ暗こわいですぅ~~~!」

 

急に周囲が暗闇になってしまいパニックになるメリッサの口をエウスが押さえる。

 

「ん?え・・・?ここは・・・?なんだ!?」

 

メリッサの声で気が付いたのか、町田が目を覚ました。

目を開けたはずなのに暗闇という状況は、精神的にかなりダメージが大きいものだ。

 

「大丈夫よ町田くん。落ち着いて、ここは地下室なの」

 

ルビネルの声に落ち着きを取り戻す町田。

カウンチュドの背中から降りる。

アスミは紫電がしっかりと背負っているということを確認し、安堵した。

これで、とにかく全員が地下室に隠れることができたわけだ。

攻撃対象が消失し、ゴーレムたちは目的を見失った。

その場でボロボロと崩れ始めるゴーレムたち。

ビットはどこに居るだろうか?

土煙に紛れていたマーウィンは、攻撃を受ける前に分身ダブルを解除した。

 

「聞いて欲しいことがある」

 

漆黒の闇の中、エウスの声が響く。

静かに、だが力強い声だ。

 

「今のままでは、我々には万に一つも勝ち目は無いだろう」

 

誰一人反論も質問もしない。

この沈黙が、認識を共有している証拠となる。

 

「しかし、ダンが感じた『ビットの夢』とやらが、どうにも引っかかる。私の嗅覚でも感じたのだが、奴の中に『何か』が居る」

 

こればかりは、それを知覚した者にしか分からない世界だ。

しかしダンとエウス、この二人が言うのだから間違いは無いだろう。

ダンがビットの夢の内容について知覚を進める一方、エウスはある試みを説明し始めた。

 

「この地下室が、我々の生命線になるかも知れん。よく聞いてくれ」

 

仮に、ビットを倒せる何かの糸口が見つかった場合、しかしそれでも戦力は歴然だろう。

となればこちらはヒット&アウェイを強いられる可能性が高い。

また、負傷者が出た場合の避難所としても、この地下室を利用したい。

 

「つまりカミューネ、君が我々の命綱だと言うことだ」

 

突然に名前を呼ばれたカミューネがびくりと身体を硬直させた。

 

「わ、私が・・・命綱・・・?」

 

エウスの説明はこうだった。

カミューネの闇から闇へ瞬間移動できる能力は、身体の一部が触れてさえいれば他者と一緒に飛ぶことができる。

人員の運搬として非常に有用だ。

地上に出たあとも、ラニッツが生成する雷雲の中に飛び込めば、その内部は闇であり、この地下室へ戻ってこれるのではないか、というのだ。

 

ラニッツさんの雲が光を遮断できるのであれば、可能だと思います」

 

「その点はお任せください」

 

これでずいぶん戦術の幅が広がったように思える。

例えば地上に雷雲をいくつか生成しておき、さらに地下室も複数個所に作れば、それらの中を瞬間移動しつつビットに攻撃を加えることもできそうだ。

 

「あまりチョロチョロ飛び回るのは、得策とは思えないけどね」

 

ふいに、ハサマが口を挟んだ。

 

「もしハサマが同じことされたら、周辺一帯、消すよ」

 

先ほどビットと一戦交えたハサマの言葉は重かった。

恐らくは、間違っていない。

それをするだけの能力を持つ者ならではの発想だった。

静まり返る一同。

その沈黙を破ったのはダンだった。

 

「・・・どういうことだ・・・これは・・・?」

 

 

 

どこまでも広がる緑の大地。

その草原に数人の人影が。

布製の簡素なテント。

周辺に居るのは、長い耳からして精霊と思われる。

キスビット人だろうか。

彼らは手に手に長い木の棒を持っている。

地面には、中身を空洞にくり抜かれた木製の筒が横たえられている。

その筒を、木の棒で叩くと、なんとも心地よいポクポクという音が鳴る。

筒は一本の木を加工して作られているようで、片方が太く、もう片方は細くなっている。

叩く位置によって、鳴る音が違う。

その筒状の木の前に、幾人ものキスビット人が並んだ。

そして、順番に、あるいは同時に、棒で筒を叩く。

ポクポクという音は重なり合い、旋律となる。

 

「これは・・・アスミと町田が聴かせてくれた・・・?」

 

カウンチュドが言う。

確かに、町田が作り上げたピアノで、アスミと町田が連弾で奏でたあの曲だった。

今、ダンは自分が知覚した夢を皆に見せている。

『この音を、ずっと聴いていたい』

そんな想いが感じられる。

夢とも言えないようなささやかな希望だった。

 

「でも、キスビットに音楽は無いんでしょう?」

 

ルビネルの質問は誰に投げられたものでも無かったが、確かにその通りだった。

ここに居るキスビットで生まれ育った者たちは、音楽という物を知らない。

 

「なんとなく、分かってきました」

 

「町田?」

 

何かに気付いたらしい町田にカウンチュドが声を掛ける。

どうやら何か思い当たることがあるらしい。

 

「僕の仮説ですが・・・ビットの中に居るのは、本来の土壌神なのでは?」

 

その昔、まだキスビットに国という概念もなく、精霊たち単一種がまばらに生息していた時代。

彼らは土壌神ビットを祀り、祈りを捧げていた。

その祈りの儀式に使われるのが、あの木の棒と筒だったのではないか。

極めて原始的ではあるが、しかしだからこそ心に訴えかけるような旋律。

そんな精霊たちの純粋な信仰心から生まれたビットはしかし、時とともに邪悪な思念を吸収するようになってしまった。

時とともに邪念の方が勝ることとなり、今のような事態を招いた。

だが、原初のビットはまだ完全に消え去ったわけでは無い。

邪神の内に確かに存在し、時を待っているのではないか。

そんな物語を、町田は話した。

 

「ここに着いたとき、あいつは『その音をやめろ』と言っていたよ」

 

ハサマが言う。

その声はダンも聞いていた。

その事実は、町田の仮説を裏付けているように思える。

エウス村長からキスビットの成り立ちについての説明を受けていた者には、町田の仮説はとても納得のいく、筋の通ったものだった。

全てのつじつまが合うような気がする。

 

「しかし町田、村長の話を聞いていないお前がなぜその流れを知っているんだ?」

 

カウンチュドの質問は当然である。

元々は純粋な神だったビットが邪神に成り果てた経緯を、エウスが皆に説明したとき、町田はアスミと共に席を外していたのだ。

 

「ダンさんが見せてくれた光景と、エウス村長が『ビットの中に何か居る』と言われたので、そこから仮説を立ててみましたけど、どうでしょうか?」

 

あまり自信の無いような町田の問い掛けに、誰もがふっと肩の力を抜いた。

呆れるほどの想像力だ。

エウスが静かに言う。

 

「私は、町田くんの考えが正しいと思う。となれば、可能性の鍵はピアノの演奏かもしれない。だとすると・・・」

 

エウスの話しを遮ったのは、大きな地震だった。

 

「なにぃッ!?」

 

「きゃあーッ!!」

 

地下室の天井が裂け、明かりが差し込んでくる。

揺れと地響きは収まらず、亀裂はどんどんと大きくなった。

 

「オジュサ!」

 

「はい!」

 

このまま地下室を維持し続ければ、天井部分が崩落して危険である。

エウスは止むを得ず、一旦地上に出る決断を下した。

地下室だった場所が徐々にせり上がり、天井部分が消え失せていく。

と、その変化が途中で止まった。

皆がオジュサを振り返る。

 

「は、ははは・・・参ったな・・・ゴフッ」

 

オジュサの胸から、黒い腕が生えている。

その後ろに、奴は居た。

精霊のような長い耳、サターニアのような角、サムサールのような黒い肌を持つ邪神、ビットが。

 

「に、逃げッ・・・ガハッ」

 

ダクタスが叫ぶ。

しかしそのダクタスの胸からも、黒い手が覗いた。

オジュサとダクタスを両腕に突き刺したまま、ビットは少し小首を傾げた。

そして乱暴な動作で二人を放り投げるように、腕を振り払った。

オジュサをカウンチュドが、ダクタスをエウスオーファンが受け止める。

即死では無いが、明らかに致命傷である。

次の瞬間、ビットの目の前に土の壁が突き出した。

オジュサの、最期の機転だった。

一瞬視界を奪われたビットだったが、まるで飴細工でも壊すようにその壁は破られる。

しかしそれだけで充分だった。

土壁を越えようと身を乗り出したビットに対して、三本の剣が三方から襲いかかる。

上段から振り降ろすカウンチュドの剣。

左側から横に薙ぐダンの剣。

右側から突き込むエコニィの剣。

その全てが、ビットの身体を捉えた。

はずだった。

しかし、三本の剣が斬り裂き、断ち、貫いたのは、ラニッツであった。

 

「なん・・・で・・・」

 

断末魔の悲鳴も無く、目を見開いたまま崩れ落ちるラニッツ。

剣士三人は動揺を隠せない。

 

「さがれっっっ!!!」

 

エウスが叫んだが、しかし遅かった。

動揺は一瞬だったが、その瞬間は生死を分けるのには充分すぎる時間だった。

ビットが腕をひと薙ぎする。

カウンチュドの胸が裂け、鮮血が吹き上がった。

遅れて、ダンの左腕が地面に落ち、エコニィの右腕が宙に舞う。

何をされたのかまるで分からない。

衝撃だけがあり、次に自らの出血を確認し、最後に激痛が襲ってくる。

 

「ぎゃああああああっっ!!!!」

 

もう、仲間を巻き込めないなどという考えは戯言となった。

ハサマは決意する。

ここでこいつを消しておかなければ、被害はこの国だけでは収まらないかもしれない。

自国への悪影響だけは何に代えても避けなければならない。

例えこの連中もろとも消し去ることになろうとも。

突風に乗って上空へ飛ぼうとしたその時だった。

ビットの背中から巨大な黒い腕が出現した。

 

「ッ!!」

 

嫌な予感が全神経を駆け廻る。

あれは、万全ではない威力だったとは言え、ゲイ・ボルグを防いだ腕だ。

風を操り、辛うじて腕との接触を避けたハサマ。

その陰から勢いよく飛び出したのはクォルだった。

ビットの背から生えた黒い腕めがけて大剣を振り下ろす。

 

「だめだ!触れるな!」

 

ハサマが珍しく大声を上げた。

どういう能力かは不明だが、とにかく危険であることは分かる。

しかし一度攻撃態勢に入った大剣が途中で止まることなど有り得ない。

次の瞬間、ハサマの予想を大きく超える事態が起こる。

ビットの黒い腕から眩い光が発生したのだ。

レーザービームのように一直線に、クォルが居た場所を貫く閃光。

それはまさしく、ハサマが放った天をも穿つ閃光の一撃ゲイ・ボルグだった。

 

「馬鹿な・・・」

 

地面に尻もちをついた体勢で、クォルは閃光を見上げていた。

完全にカウンター攻撃を食らったと思ったが、どうやら被弾は免れたようだった。

 

「おぅ、クォ。お前が死んじまったら、誰がラミリアを守るんだ?」

 

ゲイ・ボルグの光が収まると、そこには紫電が立っていた。

そして、ゆっくりと、崩れ落ちた。

 

紫電ッ!!!」

 

見れば右半身が円形に失われている。

断面が真っ黒に焼け焦げている。

皮肉なことにそれが出血を防ぎ、即死を免れているようだ。

また、鬼の生命力も手伝っているのだろう。

だがそのせいで苦痛を感じる時間ができてしまったとも、言える。

 

「だから、ぐ・・・ゆ、油断すんな、っつったろ・・・」

 

クォルの手に伝わる紫電の体温。

土人形などでは無い、まぎれもなく本物の紫電だ。

 

「さ、最期が、お前の・・・う、腕の・・・中たぁ・・・くっくっく・・・」

 

紫電が微かに笑い、目を閉じた、その時。

瞬間的に眩しい光が弾け、半球状に広がっていく。

アウレイスの回復魔法だった。

光は仲間全員のみならず、ビットをも包み込んだ。

肉体的な傷はもちろん、疲労や病気、さらに精神的な焦燥や絶望などもすべて癒すことができるアウレイスの魔法。

柔らかく温かく優しい光に包まれ、見る間に傷が塞がり、肉体が再生成される。

心が満ち足り、皆が安心と幸福感を覚えた。

ただ一人を除いて。

 

「ぐおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」

 

空気を震わせるような絶叫が響く。

悶絶しているのはビットだった。

両手で頭を抱え、苦しそうによたよたと歩き、地面に膝をつく。

 

「ぅぐッ・・・かはっ・・・」

 

突然、治癒の光が消失した。

光の中心に居たアウレイスが吐血して倒れたのである。

ビットはよろよろと立ち上がると、背中の黒い大きな手で自分を掴んだ。

ハサマのゲイ・ボルグを放ったあの手である。

すると、ビットは一瞬で消えて居なくなってしまった。

逃げた、ように見えた。

 

 

 

「アウレイスさん、大丈夫でしょうか・・・」

 

メリッサが額の冷布を替えながら心配そうに言う。

ここはエウスの屋敷の中である。

半壊とは言え、文明らしきものが何も見当たらないこの土地で、この屋敷は唯一の安息の場と言えた。

 

「アウリィ・・・」

 

ルビネルが悲痛な面持ちでアウレイスの髪を撫でる。

銀色の部分はほとんど生え際あたりしか残っておらず、あの美しかった銀髪が、いまは真っ黒く変色している。

しかも、ルビネルのような艶のある黒ではない。

まったく光を反射しない、鈍く濁った黒。

じっと見ていると魂を持って行かれそうになるような、暗闇の黒だった。

 

「あのとき、アウレイスの回復が無かったらと思うと、ゾッとするな・・・」

 

カウンチュドがビットとの交戦を思い出して身震いをした。

実際のところ、オジュサとダクタス、ラニッツ、そして紫電に関してはアウレイスの回復が無ければ命は無かったし、ダンとカウンチュド、エコニィも再起不能であった。

 

「悪い予感が当たってしまった・・・」

 

エウスは暗い声でそう呟いた。

アウレイスが新しく身につけた能力が回復魔法だと聞いたとき、エウスはとても喜んだ。

もともと引っ込み思案で奥手な性格と、身体の透明化という能力。

活用方法はいくらでもあるはずだが、彼女自身が「役に立たない能力」というレッテルを自分に貼ってしまっているフシがあった。

それに加え、不幸な事故。

身体の透明化が部分的にできなくなるという事態に、彼女の自己否定は一層強くなってしまった。

しかし、エウスはアウレイスの中に可能性のニオイを感じていた。

何か、新しい力となり得る希望の種の気配を。

それが開花したとき、回復魔法という様式で発現したその能力。

明確に「他者の役に立つ能力」だった。

これでアウレイスの心も救われる、エウスはそう思った。

しかし、この能力には致命的な欠陥があった。

他者の肉体的、精神的な不調を「自らに取り込むことで解消する」能力。

それに気付いたのは、アウレイスの黒く変色した髪のニオイを感じたときだった。

それはキスビットに蔓延している負の感情と同じニオイだった。

もしアウレイスがこの能力を使い続け、吸収できる許容量を超えてしまったら?

彼女の身に何が起こるのか見当もつかないが、悪い予感がすることは確かだ。

だから、使用を禁じた。

だが、あの状況、あのタイミングでアウレイスが能力を発動していなければ・・・。

 

「あの・・・少し良いですか?」

 

町田がエウスに話しかける。

エウスは無言のまま頷く。

 

「アウレイスさんの魔法は、僕の不安な気持ちを吸い取ってくれるようでした。でも、それでビットが苦しんでいたということは・・・」

 

実はエウスも同じことを考えていた。

ビットが、人々の負の感情を吸収して邪神になったのであれば、その力の源もまた、人々の負の感情なのだろう。

しかしアウレイスの能力はその負の感情を吸収する。

ビットにとっては力を吸われたようなものだ。

ただ、ビットが蓄えている負の感情は想像を絶する量なのだろう。

アウレイスは吸収に耐えきれず、倒れてしまったというわけだ。

 

「ピアノ、なんとかなりそうですよ」

 

屋敷の外からオジュサとラニッツが戻ってきた。

庭に置いてあったピアノも、この地に一緒に運ばれている。

ピアノという言葉に、はっと顔を上げるアスミ。

自分が気を失っている間に、色々なことが起こったらしい。

仕方ないこととは言え、足手まといになってしまったことが悔しかった。

しかし。

 

「アスミちゃん、僕たちにしかできないことが、あるよ」

 

町田は確信めいた表情でアスミに告げる。

あの曲は本来の土壌神ビットを祀るためのもの。

まだ邪神の中に純粋な神としての存在が残っているのなら、この曲が力になるのではないか。

だからこそこの曲をやめさせるために、ビットはこんなことをしたのではないか。

もしかしたら、キスビットに音楽という文化が無いのも、邪神ビットがそれを嫌ったからなのではないか。

町田の中で次々と仮説が生まれ、そのどれもが正しいように思えてならない。

 

「ピアノを弾くことがそうだと言うのなら、私、弾きますっ!」

 

アスミの瞳に力が宿る。

人は、自分のなすべきことを明確に自覚したとき、強さを得る。

問題は、この仮説が正しかった場合、必ずビットが演奏を邪魔しに来ることである。

だがビットに届かないような演奏では、奴の中に居る純神にも力を与えることはできない。

音をぶつけるようなつもりで臨まなければならないのだ。

 

「結局、私たちが二人の演奏を邪魔されないよう、ガードに徹するってことよね?」

 

ラミリアの見解は正しい。

戦闘力としては皆無であるただの一般人の二人が、ビットを倒せるかもしれない鍵を握っているのだ。

 

「ああッッ!!!」

 

ふいに、町田が大声を上げた。

そして階段を駆け上がり、エウスの部屋に向かう。

少しして、深刻な表情で降りてくる町田。

 

「あの石碑が砕けていました。恐らくここに運ばれた衝撃で・・・」

 

町田の報告を聞いたエウスは事態を理解した。

確信ではないが、それに近い考えがある。

恐らく町田の言いたい事も同じだろう。

 

「皆、その場で聞いてくれ」

 

エウスは現在の状況、そして今後の行動について話し始めた。

ゆるAirily(ゆるえありー)~終わり~

キャラクターをお借りしてますゾッ!

こんなおふざけにお付き合いいただきありがとうございます。

↑これの続きです。

 

 

フールさんちから不純な動機エロティカル、ルビネルさん!

thefool199485pf.hateblo.jp

 

りとさんちから正義の精神デストロリヤーリリスちゃん!

ritostyle.hatenablog.com

 

ねずじょうじさんちから本作の良心コンシアンス、アスミちゃん!

nezuzyouzi.hatenablog.com

 

長田先生んちから虚弱な体質ドント シンク フィールユーミンさん!

nagatakatsukioekaki.hatenadiary.jp

 

 

突発的な無計画のお遊びにも関わらず快く、そして気前良く我が子をお貸しくださり誠にありがとうございます!

本来の学園PFCSではルビネルさんは教師だったりリリスちゃんは小等部だったりアスミちゃんは中等部だったりしますが、本SSは完全なIFイフですのでご了承ください。

 

■今回限りのIF設定 

・全員高等部で同級生

・校歌は縦ヨミ

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

翌日。

金曜日。

明日と明後日は休みである。

学園祭は来週の土曜日と日曜日。

泣いても笑っても、時間はもう1週間しか無いのだ。

 

教室の一番後ろの席。

エスヒナはシャーペンを咥え、真っ白なノートを睨んでいた。

 

「まぁ。エスヒナが勉強なんて、今日は豪雨かしら?」

 

もう機嫌は直ったのか、アウレイスが傍に立った。

 

「アウリィ~!困ったことになったんだよ~!」

 

「学園祭で演奏するんですって?でもメンバーは揃ったんでしょ?あとは曲を決めたり練習したり、あと一週間でやることが山積みね」

 

「ッ!?」

 

アウレイスは別に怒って出て行ったわけでは無かった。

もしエスヒナが本当に困っているのなら、自分が何か手助けできないかと考えていた。

休み時間に級友を手当たり次第バンドに誘っていたのは見ていたので、その原因も含めた情報収集を行っていたのだ。

 

「キーボードのアスミちゃんが技術的に一番信頼できるから、キーボード中心でいける曲を選ぶのが良いと思うわ」

 

「アウリィィィィ~!(号泣)」

 

「ちょっと!放してッ!エスヒナ!こら!めっ!」

 

 

 

「と、いうわけで。あたしたちには、とにかく時間が無いの」

 

ホワイトボードに『じかん』と書きつつ、エスヒナがみなの顔を見渡す。

特にホワイトボードを使用する意味は無いが、なんだか話し合いをしているような気分になるので使ってみている。

これから話す内容も完全にアウレイスの受け売りである。

 

「まずすべきことは、演奏する曲を決めること。そしてその曲の練習!」

 

当然すぎる主張だが、なんだかみんな素直に聞いてくれている。

 

「さぁ、どんな曲が良いと思う!?」

 

ものすごく雑な議事進行だ。

しかしエスヒナにはこれが精一杯だった。

 

ユーミンはねぇ、ガチあげでガンガンのれるヤツ!ブチアゲの!」

 

「ドラムの私は無心で叩くだけですから、どんなものでも構いませんよ」

 

「ムーディなのが良いケド、あんまり詳しくないから任せるわ」

 

特に順番を決めていたわけではないのだが、一人ずつ発言していったので自然とみんなの視線がアスミに集まった。

 

「あの、昨日ちょっと考えてみたんだけどね?」

 

本題に入る前の言葉ですでに、エスヒナは感動した。

昨日のうちからこのバンドのことについて考えてくれていたなんて!

アスミちゃんホント、マジ天使!

 

「うちの学校の校歌、あるでしょう?あれを編曲したらどうかなって」

 

なるほど、校歌ならみんなが知っている。

知名度的にはこれ以上無い選曲だ。

しかし編曲とは・・・?

 

「実は、少しだけ作ってみたの。聴いて貰ってもいいかな?」

 

アスミはそう言うと、キーボードの前に立った。

目を閉じ、すぅーっと息を吸い込み、そしてパチッと目を開く。

白魚のような指が心地よい旋律を奏でた。

出だしから細かく音を刻むリズム感のあるイントロ。

主旋律は確かに聞き覚えのあるメロディ。

しかし、いつも聴いている「いかにも校歌」という芋っぽさがまるで無い。

耳心地が良くアップテンポの、イマドキな曲に仕上がっている。

曲が一周しても演奏は終わらず、なんとアスミは続けて歌ってくれた。

歌詞は普通の校歌だが、しかし曲調だけでこんなにも素敵に変わるものか。

 

ささえ~あう~ われら~♪

ばいに~なる~ ちから~♪

ともに~まなび~ ときに~きそい~♪

こえを~かけあう~ なかま~だから~♪

われ~らの~ がく~えん~(P.F.C.S)♪

いだ~いな~ がく~えん~(P.F.C.S)♪

 

「ど、どう・・・かな?」

 

演奏を終え、アスミは恐る恐る感想を聞いた。

全員、その場で硬直している。

止まった時間を動かしたのはユーミンだった。

 

「なにこれアスミン激エモーい!オニエモーいッ!!」

 

言葉の意味は良く分からないが、とにかくすごく感動したようだ。

それは他の皆にも伝わった。

 

「す、すごいですアスミさん!私、感動しました!」

 

リリスは興奮気味に、自宅から持参した『折れない棒』を振り回している。

風切り音がブォァンッブォァンッと鳴り響く。

 

「いっそのこと校歌そのものを今の曲に変えちゃいたいわね」

 

ルビネルは校歌を変更する権限があるのは学園の中の誰なのかを考え、きっと理事長あたりをオトせばどうにかなると真剣にシミュレーションしていた。

 

「アスミちゃん、アンタって子わ・・・」

 

エスヒナが感涙に制服を濡らす中、皆の好反応に気を良くしたアスミがさらに驚きの発言を繰り出してきた。

 

「もし、今の曲で嫌じゃなかったら、みんなのパートの楽譜、書いてきたんだけど」

 

神はここに居た。

信仰が生まれてもおかしくない状況だ。

もうみんなアスミにひれ伏し、身命を賭して仕えることを誓いそうな勢い。

 

「じゃあこれで、練習は各自それぞれにできるってことよね?」

 

トランス状態からいち早く抜け出したルビネルが言う。

確かにこの楽譜と楽器を持って帰れば、自宅でも練習ができそうだ。

 

「あ、そうだった!重要なこと忘れてた!お客さんを呼ばなきゃだ」

 

ルビネルの言葉で我に返ったエスヒナが、ノートに書いてきた議題を見て声を上げる。

曲も決まり、楽譜も手に入ったが、しかし学園祭当日に300人の客が集まらなければ意味が無いのである。

1枚1,000円のチケットを、果たして300枚売り切ることができるのだろうか?

 

「みんなで分けるなら一人60枚ずつだけど・・・」

 

エスヒナが4人の顔を見まわして言う。

正直なところ、エスヒナ自身60枚ものチケットを売り捌ける見込みは皆無だった。

 

「もしか、練習よりチケット売る方がつらたん?とりま練習はみんな家として、売るの考えた方が良い系?ドル?」

 

ユーミンが言う通りかも知れない。

練習は下校後でも各自自宅でできるとして、学校に居る間はとにかくチケットの販売を優先しなくてはならないような気がしてきた。

とりあえずは、みんな平等に60枚ずつのノルマということで配布され、販売状況によって流動的に助け合うということになった。

そして各自、この土日できちんと練習しつつ、チケットの販売法や販売先についてもしっかり考えてくるようにということで解散した。

 

帰りみち。

 

「ッ!?」

「~~~~~~っ!!!」

 

合宿の話題を切り出すことをすっかり忘れてしまっていたルビネルが一人、身悶える。

 

 

 

月曜日、昼休み。

部室に集まった5人。

 

「みんな、どう?チケット売れそう?」

 

エスヒナは真剣な表情で拳をぐぐっと固めながら、皆に尋ねた。

 

「真摯にお願すれば、きっと思いは通じると思います!」

 

意思のこもった力強い眼差しでリリスが答える。

つまり、策は無いと言っているのだが。

 

「あ、ピッカンきた。ユーミン天才かも!おまけ付ければ良くね?」

 

「でも300人よ?カラダがもたないわ」

 

どんなおまけを考えていたのか知らないが、ルビネルが返す。

言葉の意味は置いといて、チケットに付加する何かを用意するような資金も時間も無いのが正直なところだった。

 

「あの、私ね、ピアノ教室のお友達に、ちょっとだけ協力してもらったの」

 

アスミは休日にもピアノ教室に通っているらしく、そこでチケットの購入を頼んでみたそうだ。

確かに学園祭は学外からも入場が可能である。

 

「でも全部は難しかったんだぁ」

 

そう言いながらアスミが取りだした残りチケットは20枚程度。

もう半分以上を売ったことになる。

きっとピアノ教室のお友達という人たちも「アスミちゃんが演奏するなら!」「是非聴きにいかせて!」なんて、目を輝かせて購入してくれたんだろうなぁ。

 

「やっぱり、クラスの友達に一人ずつ頼んで回るのが良いかなぁ」

 

エスヒナはため息交じりに常套策を述べた。

しかし完全なる草の根活動だ。

果たしてどれだけ販売できることやら。

 

「そうだ、バラバラにやるのではなく、皆で一緒にお願いするというのはいかがでしょう?」

 

「あー!ユーミンそぉゆーの好き!みんなでワッショイ!」

 

物は試しということで、放課後の靴箱前。

折り畳み机にパイプ椅子を用意したゆるAirilyの面々。

 

「あのう、学園祭でバンド演奏をするのですが・・・」

 

「ごめんな、当日はウチも出し物あるから」

 

こういう場面でイマイチ押しの弱いアスミは、なかなかうまくいかない。

 

「ゆるAirilyです!学園祭で演奏します!チケットはいかがですか?」

 

「ん?君は中等部?ここは高等部の校舎だよ?」

 

リリスが懸命に話し掛けるも、まともに取り合ってもらえない。

 

「ちょいちょいそこのイケメンさ~ん!ユーミンのベース聴きたくない!?」

 

「僕がイケメン?冷やかしならやめてくれ・・・」

 

ユーミンの相手を選ばず空気を読まない物言いは、人の心を抉ることもあるようだ。

 

「あら、あなた可愛い顔してるわね。どう?1,000円でイイわよ?」

 

「え・・・じ、じゃあ・・・」

 

ルビネルが1枚売ったが、しかしお客さんと一緒にフェードアウトしてしまった。

 

ぐぬぬ・・・チケット売るのって難しい・・・」

 

エスヒナは頭を抱えた。

アスミのお陰で曲が決まり楽譜も揃っているのだが、しかし肝心の集客が上手くいかない。

この活動は金曜日まで続いた。

 

 

 

「うぅ~・・・どうしよう~っ・・・」

 

学園祭を明日に控えた金曜日の昼休み。

部室に集まった5人に流れる空気は重かった。

机の上にはまだ販売されていない200枚ちょっとのチケットがある。

あれから、ぽつりぽつりとは売れたものの、しかし目標枚数には大きく届かなかった。

結局ルビネルが最多販売枚数だったが、誰もその販売方法について深掘りしなかった。

 

「あの~・・・軽音部の部室って、ここですか?」

 

重苦しい雰囲気に突然差し込まれた声。

手に紙を持った男子生徒が、扉から少しだけ顔をのぞかせている。

 

「んあ?そだけど?お兄さんだあれ?」

 

椅子の背もたれ越しにブリッジのような体勢で、上半身をだらりと垂れたユーミンが、逆さになった男子生徒に問い掛ける。

 

「えっと、コレを見たんだけど・・・」

 

と言って差し出された紙は、こんな内容だった。

 

前代未聞の即席バンド『ゆるAirilyエアリィ』が送る

エキサイティングでスリリングなサウンド

学園祭でしか聴けない貴重な演奏を是非あなたにも

チケット 当日券2,000円 前売券 なんと1,000円!

 

ご丁寧に5人の写真も添えられている。

 

「前売りチケットの購入、ここですよね?まだ残ってますか?」

 

事態が飲み込めないまま、しかしお客さんは有り難い。

エスヒナがお金を受け取り、チケットを渡した。

男子生徒はチケットを購入しすると、リリスに熱い眼差しを送りながら言った。

 

「演奏、頑張ってくださいね!応援してます!」

 

ポカーン。

きっとメンバーの頭の上に文字が浮かんでいるとしたらこれだろう。

そんな間の抜けた空間に割って入ってきたのは、アウレイスだった。

 

「遅くなっちゃったけど、やっと完成したのよ。チラシ」

 

学校のコピー機を無断で大量使用したのがバレたら怒られちゃうけどね、と舌を出しながら言うアウレイスに、エスヒナが飛び付いた。

 

「アウリィィィィィッッッ!!」

 

エスヒナの頭をよしよしと撫でながら、アウレイスはメンバーの顔を見まわす。

 

「これだけの粒ぞろい、校内に隠れファンが絶対に居るはずだと思ったの。問題はその人に情報が届くかどうかってことだわ。だからちょっと反則だけど、やっちゃった。先生には怒られると思うけど、構わないわよね?」

 

アウレイスは5,000枚ものチラシをつい先刻、なんと屋上からバラ撒いてきたのだそうだ。

この派手な行動はすぐに噂となり、生徒たちの間に『ゆるAirily』の名前が知れ渡ることとなった。

あとは雪崩式。

部室には次々と生徒たちが訪れた。

大半が男子生徒ではあったが、中には頬を赤らめながらルビネルを見詰める女子生徒も居た。

 

「や、やった・・・」

 

放課後、最後の1枚が売れた。

机に突っ伏すエスヒナ。

 

「あー、つっかれたぁ~。ユーミンうち帰ってガン寝だわ~」

 

「私は明日に備えて、しっかり素振りしてきます!」

 

「チケットも全部売れたし、明日が楽しみだね!私も練習しなくっちゃ」

 

ガラナ、マカ、スッポン、ハチノコ、高麗人参タウリン・・・」

 

フラつく足取りで部室を後にするユーミン

轟音を響かせながら「折れない棒」を振るリリス

両手で握りこぶしをつくり天使の笑顔を振りまくアスミ。

栄養ドリンクの小瓶にストローを差し込んで飲んでいるルビネル。

 

 

 

学園祭当日。

チケットを売り切ったことによる安堵と達成感。

その「やりきった感」は、曲の練習という重要課題を吹き飛ばしていた。

一度も全員合わせた練習をしていない。

それぞれの個人練習を信じるしか、ない。

 

「ここまできたら、もう覚悟を決めるしかないね!」

 

舞台裏で円陣を組み、みんなに檄を飛ばすエスヒナ。

 

ユーミンがんばるゾォ~・・・」

 

ユーミンの台詞と口調が合っていない。

表情はニコやかだが、しかし顔色は非常に悪い。

担当楽器であるベース、を家から学校まで持って来た。

それだけで今日一日分の体力を使い果たしてしまったようだ。

 

「今日の棒は絶対に折れない特別仕様ですからッ!」

 

リリスが手にしているのは、確かに棒だった。

彼女自身の腕より遥かに太い、金属製の八角柱。

なぜか鋲を打ったようなドーム状の突起が所々にあつらえてある。

それを軽々と振る音は重く、ヴォッ・・・ヴォッ・・・と鳴っている。

 

「ギターの抱き方は完璧よ。あとは演奏の後どれだけ観客を満足させられるか・・・」

 

もはや「弾き方」でなく「抱き方」になっている。

どのような思考回路でそうなったのかは分からない。

しかしギターを持つ立ち姿はさすがにサマになっており、格好良いルビネル。

言動を忘れポスターとして考えれば最高に絵になる。

 

「歌い出しのタイミングさえ合えば、あとは難しくないはずだから」

 

今回の楽曲を用意し、全員分の楽譜まで準備したアスミ。

最大の功労者は間違いなく彼女である。

しかしそれを主張せず、練習に励み、周囲を鼓舞する。

なんというか、こんな話でゴメン・・・。

 

「泣いても笑ってもこの1回!さぁ、気合い入れようッ!!」

 

「おーッ!!」

 

 

 

ステージに立つ。

緞帳どんちょうの裏側を見たのは今日が初めてだ。

この幕が上がれば、演奏が開始される。

胸が高鳴る。

こんな緊張、今まで経験したことが無い。

 

ウィイイイイイイ・・・・

 

低いモーター音と共に幕が上がる。

 

水を打ったように静かな会場。

カッと照明が点いた。

どよめく会場。

 

「おおおおおッ!!!」

「待ってましたー!!」

「ユゥゥゥーミィィィーンッッ!!」

リリスたぁぁぁぁーん!!!」

「アッスッミッ!アッスッミッ!!」

「キャー!お姉さまぁーっ!!」

 

様々な声が交錯している。

どう見ても300席は埋まっている。

しかも立ち見客まで居るようだ。

 

エスヒナさんッ、最初のあいさつを!」

 

気を利かせたアスミがピンポンパンポーンと、場内アナウンスと同じ音程でキーボードを弾いた。

ピタッとおさまる会場の声。

 

「き、今日は、私たち『ゆるAirily』のライブに集まってくれて、ありがとう」

 

「色々事情があって、満足に練習もできてないけど、一生懸命がんばるよ」

 

緊張で震える声。

しかし一言一言を丁寧に、ゆっくりと、素直な気持ちを伝えた。

 

「それでは聴いてください。『学園校歌』」

 

アスミの伴奏が始まった。

最初の8小節が終われば、ユーミンのベース、ルビネルのギター、リリスのドラムが一斉に始まる。

はずだった。

 

ドグヮシャッッッ!!!

 

物凄い音がステージ上に響き渡る。

ドラムが、金棒で完全破壊されていた。

アスミの演奏がピタリと止まった。

やり切った感満載の表情で額の汗を拭うリリス

 

んん・・・レロォォ・・・

 

四散するドラムをまるで無視し、ルビネルはギターのネックに舌を這わせている。

ステージ上にぺたんと座り、熱い吐息をギターに吐きかけながら、白く細い指でボディをなぞる。

 

スヤァ・・・

 

ユーミンは完全に寝ていた。

いつの間にか横たわっており、大事そうにベースを抱えて熟睡している。

寝返りをうったとき、弦に手が当たり「ベンッ」と音が鳴った。

 

?????

 

表情は笑顔のままだが、固まってしまったアスミ。

何が起きたのか、今がいつなのか、ここがどこなのか、分からなくなってしまった。

これはきっと夢だわ。

そう思い込もうとしている。

せっかく色々準備したのに可哀相。ごめん。

 

f:id:sakatsu_kana:20170617135548j:plain

 

そんな中、エスヒナが歌い出した。

周囲の状況が見えていないのだろうか?

しかし、ヒドイ。

音痴とかいうレベルでは無い。

 

 

 

チケット300枚分+当日入場が約50名で、売上は40万円程度だったが、ドラムセットと部室の窓の修理費とチラシの印刷代に当てられて消え失せた。

あと先生にすごく怒られた。

輪廻の枠から外されるかと思うほど怒られた。

 

そしてステージは失敗。

 

したかに思われた。

 

しかし。

 

「ねぇエスヒナ、ちょっとこれ見て?」

 

いつもの教室のいつもの席、放課後。

スマホを片手にアウレイスがやってきた。

液晶画面をエスヒナに向け、何やら掲示板のようなページを見せる。

 

「なにこれ?」

 

「うちの生徒専用のWEBコミュニティよ」

 

ふーん、と気の無い返事のエスヒナ。

特に興味をそそられるようなことはない。

と思ったが。

 

・まさか高校の学際で楽器破壊が見られるとは!しかもロリいっ!

・あのギターの子だれ?超エロいんですけど!

・ステージでwww寝てたwwwなにあの子www超ウケるwww

・ボーカルってあれ、デスメタル風?原石感あるよな。

・お前ら落ち着け。キーボードの演奏聴いただろ?あれプロ並みだぞ?

 

どこまでスクロールしても好評価しか出て来ない。

そしてみな一様に「次回も楽しみ」と書いているのだ。

 

「私には良く分からなかったけど、少なくとも失敗ではなかったみたいね」

 

アウレイスはふふっと笑うと、言葉を続ける。

 

「このこと、みんなに教えてあげなくていいの?」

 

バッと立ち上がったエスヒナは、急いで部室へと走るのだった。

ゆるAirily(ゆるえありー)~始まり~

キャラクターをお借りしますッ!

やばい。

1話で終わらせるつもりだったのに終わりませんでした!

 

 

フールさんちから黒髪麗人エロスねぇさん、ルビネルさん!

thefool199485pf.hateblo.jp

 

りとさんちから怪力小娘ロリっこモンスターリリスちゃん!

ritostyle.hatenablog.com

 

ねずじょうじさんちから無垢天使ピュアエンジェル、アスミちゃん!

nezuzyouzi.hatenablog.com

 

長田先生んちから爛漫少女フリーダムギャルユーミンさん!

nagatakatsukioekaki.hatenadiary.jp

 

 

突発的な無計画のお遊びにも関わらず快く、そして気前良く我が子をお貸しくださり誠にありがとうございます!

本来の学園PFCSではルビネルさんは教師だったりリリスちゃんは小等部だったりアスミちゃんは中等部だったりしますが、本SSは完全なIFイフですのでご了承ください。

 

■今回限りのIF設定 

・全員高等部で同級生

・呪詛は個性

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

テンポの良い軽快な音楽が響く校舎裏。

どうやら軽音楽部の部室がほど近いようだ。

時折、演奏が途切れては、また最初から始まる。

 

「ホラ、痛い目に遭いたく無かったら金出せって言ってんだよ」

 

そんな中、不穏な声が聞こえてくる。

一人の少女が、三人組の女生徒と対面している。

三人組の、恐らくリーダー各であろう真ん中の女生徒が乱暴に少女の襟首を掴む。

 

「シカトこいてんじゃねーぞ!?アアン!?」

 

胸倉を掴まれた少女は、その拍子に後ろ手に持っていた雑誌を落としてしまう。

ティーンに人気のコスメ雑誌だった。

 

「てめぇ1年だろ!?いっちょまえに色気づきやがってよぉ」

 

もう一人の女生徒が落ちた雑誌を踏み付け、ぐりぐりと足を回す。

表紙は無残に破れ、土汚れがひどい。

 

「お前みたいな地黒ジグロが何やったって無駄なんだよ!」

 

更にもう一人が声を上げたその瞬間。

胸倉を掴んでいた女生徒の腕が捻り上げられた。

ほんの一瞬の出来事だった。

 

「ッ!?イテテテテ!てめ、放せ!この・・・痛っ!」

 

ギリギリと悲鳴を上げる関節。

もうほんの数センチ動かされれば、折れてしまうかもしれない。

 

「下手に動くとマジで折れるからね。アンタたちもだよ?」

 

左右の二人に視線で釘を刺しつつ、リーダー格の女生徒の腕を、更にほんちょっとだけ捻った。

 

「いやああぁぁぁぁーっ!!!」

 

どうやら人には強く出るが自分の痛みには弱いらしい。

少女はワザとらしく大きなため息をついて言った。

 

「アンタらさ、弱っちいくせにこんなことすんの、ホントやめなよ?マジ格好悪いから。んで人の気にしてるコト言わない。そりゃあたしだってアウリィみたいな色白に生まれたかったけど仕方ないじゃん、肌の色はさ。そんでモノを粗末にしない。ちゃんと弁償してよその雑誌。まだ全部読んで無かったんだから」

 

言いたい事を一息に吐き出し、少女は手を放した。

リーダー格の女生徒は肩を押さえながら涙目になっている。

 

「よくもやってくれたな!お前たち!ボコボコにしてやんな!」

 

自分と相手の力量が読めないというのは、生物として致命的な欠陥と言える。

襲いかかって来た二人の女生徒を華麗な体捌きでいなすと、少女は真っ直ぐにリーダー格の女生徒に向かい、滑るように接近した。

 

「あたし、忠告したよ?これ、正当防衛だからッ・・・っと!」

 

見事な両足タックルだった。

リーダー格の女生徒が気付いた時にはもう背中が地面に強打され、一瞬呼吸が止まる。

そのまま少女は不良娘ヤンキーの足を両脇に抱え、振り回し始めた。

ジャイアントスウィングである。

 

「きゃあああああ!!!」

 

こんな状況でも恥じらいと言うモノがあるのか、不良娘ヤンキーはめくり上がるスカートを両手で押さえるのに必死だ。

 

「頭、受身取らないとダメージでかいよ?・・・そぉい!」

 

一応の注意を口にし、少女は不良娘ヤンキーを、大雑把に放り投げた。

見事な放物線を描いて不良娘ヤンキーが飛んでいく。

その先にはガラス窓。

 

「あ!やっば!」

 

少女が後悔したときにはもう遅い。

不良娘ヤンキーは派手な音と共にガラスを突き破って行った。

その様子を見ていた他の二人は激しく青ざめ、お決まりのセリフで去って行った。

 

「お、覚えてろ!」

 

それはこちらの台詞だと言わんばかりに、少女は走り去る背中に向かって叫んだ。

 

「雑誌の弁償ぉぉー!!あとガラスもー!!」

 

 

 

エスヒナは困っていた。

困り果てていた。

まさかこんなことになるなんて。

校舎裏で不良娘ヤンキーを放り投げた先が軽音部の部室で、なんと中で練習していた部長に直撃してしまったのだ。

他の部員たちも割れたガラスで手を切ったり、驚いて逃げた拍子に足をひねったりと、運悪くメンバーの全員が負傷者となってしまった。

 

「手を放すタイミングがな~・・・悪かったよな~・・・」

 

休み時間の教室。

一番うしろの席。

椅子を引き上体を机に思い切り預けて後悔の念をこぼす。

紙パックの苺牛乳を飲み干し、ストローだけを口に咥えて先をガジガジと噛みながら教室の天井を見上げている。

そんなエスヒナに声を掛ける色白の少女。

 

「どうしたのエスヒナ。あなたが元気無いなんて、雨でも降らせる気?」

 

晴天の空から降り注ぐ眩しい陽光を背にして話し掛けられると、まるで後光を背負っているように見える。

白い肌と輝く銀髪がさらに神々しさを増幅させている。

 

「アウリィ~あたしやっちゃったよぉ~ピンチだよぉ~(泣)」

 

エスヒナは心配して声を掛けてくれたアウレイスに泣き付いた。

ついでに抱き付いた。

 

「こら!ちょっと、離れて・・・もう!」

 

「イヒヒッ。アウリィやーらかーい」

 

真剣に悩んでいるのかと思ったのにふざけた態度のエスヒナ。

アウレイスは気分を害したようだ。

抱き付くエスヒナを強引に引き剥がし、くるりと背を向けて去ってしまった。

 

「ご、ごめんよぉ~アウリィ~見捨てないでぇ~(泣)」

 

後悔先に立たず。

覆水盆に還らず。

アウリィ振り返らず。

完全な自業自得である。

そもそもエスヒナは何に悩んでいるのか。

実は軽音部員の負傷が原因だった。

 

 

 

「えええぇぇッ!?学園祭で演奏ぉ!?」

 

軽音部の部長が横たわる保健室のベッドの横で、エスヒナは大声を上げた。

現在、軽音部は廃部の瀬戸際に立たされているのだそうだ。

部員が4名だけで特に何かの功績があるわけでも無いのに、楽器の購入や維持、メンテナンスに部費が掛かり過ぎるということらしい。

学校側のその決定を覆す為には学園祭でステージを行い、最低でも300席が埋まる動員を果たさねばならないらしい。

その為に部員たちも猛特訓をし、来週末の学園祭に備えていたのだ。

 

「それなのに、あなたがカチ込んで来ちゃって・・・ぐすん(泣)」

 

カチ込んだのは不良娘ヤンキーだけど、という言葉を飲み込んだエスヒナ。

放り投げたのは確かに自分なのだ。

 

「だから、何としても学園祭で300人を呼べるステージをやってちょうだい!(怒)」

 

メンバー全員が負傷してしまった軽音部は、誰一人として満足な演奏ができる状態ではない。

 

「が・・・がんばってみる・・・」

 

とは言ったものの。

エスヒナは楽器の演奏など無縁の生活をしてきた。

小等部、中等部でリコーダーを吹いたくらいだ。

しかもメンバーを集めるという問題がある。

楽器を扱えない自分はボーカルを務めるとして、少なくともギターとベースとドラムの3人は確保したいところだ。

と、頭を抱えるエスヒナの背後で勢い良くカーテンが開く音がした。

 

「なにその話!超バイブスあがるんですけどー!!」

 

ギョッとして振り返るとそこには、いかにもな感じのギャルが居た。

江戸っ子の気より短いスカートと、青少年の未来より開いたブラウスの胸元。

そして、エスヒナと同じ肌の色。

ゆるゆるに緩められたリボンの色は、エスヒナと同じ1年生であることを示している。

 

「ねっ、ねっ、それユーミンにも手伝わせてッ!ねっ?」

 

どうやら彼女はユーミンという名前らしい。

貧血で寝ていたところ、隣のベッドから面白そうな話が聴こえて来たので飛び込んだのだとか。

もちろんエスヒナとは初対面だ。

生徒数が多いこの学園では、同じクラスでもない限り、なかなか面識を持つことは難しい。

しかしこれは願っても無い申し出だった。

これだけ積極的にアピールしてくるのだから、演奏にもさぞかし腕に覚えがあるのだろう。

 

「大歓迎だよ!ありがとう!あたし、エスヒナ!よろしくねユーミン!」

 

エスヒナ?じゃあヒナぴーだねッ!アガるぅ~!」

 

こうして、保健室で劇的な邂逅を果たしたエスヒナとユーミンは、今週中に残りのメンバーを見付けることを約束し合った。

 

ユーミンはねぇ、やっぱベースかな?なんかカッコイイじゃん!?」

 

口ぶりから察するに、どの楽器も担当できるようだ。

なんという心強さか。

残るギタリストとドラマーを探すのも、二人でなら何とかなるような気がする。

 

 

 

何とかなるような気がしていた。

しかし。

いざクラスメイトに声を掛けてみるも、皆一様に「ごめん」「ちょっと無理」などなど残念な回答を口にするばかり。

それでエスヒナは凹んでいたのだった。

教室を出て行ってしまったアウレイスを涙目で見送ったエスヒナ。

しかし元々、バンドメンバーにアウレイスを誘うつもりは無かった。

人前に出ることを極端に苦手としている彼女に無理強いはできないと、始めから選択肢には入れていなかった。

 

「さぁ、もうクラス全員に声かけ・・・あ」

 

そう言えば。

まだ一人だけ誘っていない子が居た。

でも特に親しいわけでもなく、正直なところ会話もした記憶が無い。

チラリと視線を送ると、自分の席に座って大人しく読書をしている。

いかにも優等生という印象。

住む世界が違うような気がして、こっちが勝手に劣等感を抱いてしまうような感じ。

でも、可能性はゼロじゃないはず。

限りなくゼロに近かったとしても、行動しなきゃ確実にゼロだ。

確か、あの子の名前は・・・。

 

「ねぇ、アスミちゃん。ちょっと良いかな?」

 

エスヒナは軽~く声を掛けた。

警戒されないように、怪しまれないように。

 

「あら、エスヒナさん。私にお話ですか?」

 

驚いた。

エスヒナは声を掛ける前にクラス名簿でアスミの名前を確認していた。

しかし当のアスミはエスヒナの名前を知っていたのだ。

 

「え?あたしの名前、知ってるの?」

 

「だって、クラスメイトでしょ?当たり前じゃない」

 

天使のような頬笑みを浮かべながらそう言われると、なんだか自分がひどく残念ないきものに思えてしまう。

 

「でも、この学校って生徒が多いし、顔と名前を覚えるのが大変よね」

 

ちょっとだけ眉を下げ、困ったように苦笑いしながら紡ぐアスミの言葉は間違いなくフォローそのもの。

それが分かっていながら、しかし心が軽くなるのはなぜだろう。

自分自身が落としてしまった気持ちを、アスミは笑顔と言葉で引き戻してくれた。

まさに天使。

いやもう女神。

 

エスヒナさん?なんで泣いてるの?」

 

「あ、いや、目にゴミが入っただけ。それよりもさっ・・・」

 

エスヒナはアスミに経緯を話した。

すると、意外な答えが返ってきた。

 

「私、ピアノならちょっとだけ弾けるの。だからもしキーボードのパートがあるのなら、お手伝いさせてもらうわ」

 

確かバンドの構成にキーボードという楽器も在った気がする、という程度のエスヒナだが、とても心強い言葉だった。

 

「アスミちゃん!ありがとう!是非キーボードでお願いします!」

 

「ええ、こちらこそ。よろしくお願いしますッ!」

 

ぺこりと頭を下げるアスミ。

やばい。

マジ天使。

 

 

 

ユーミンの勧誘は実に豪快だった。

もう、ナンパだった。

休み時間、教室の前を通る全生徒に声を掛けていた。

 

「ねぇねぇ!ユーミンとバンド組まない?チョー楽しいよ!」

 

「ねぇちょっと!イイ身体してンじゃん!ドラム叩くしか無いっしょ!?」

 

「あ、いま目ぇ合ったっしょ!?これって運命じゃん!?バンド組もーよ!」

 

惨敗だった。

誰一人として色よい返事をくれない。

学園祭でバンド演奏なんて、そんなに楽しそうな事になぜみんなノッてこないのか不思議でしかたがない。

でも、こうやって声を掛け続けていればきっと素敵な巡り合いがあるはずだ。

 

「やぁやぁ!ユーミンとバンド組まなぁ~い?」

 

「バンドとは、何ですか?」

 

何十人に声を掛けたか分からないが、ようやく会話が続きそうな返事があった。

見ればとても同級生とは思えないような小柄な子だ。

もしかしたら中等部の子が間違ってこの校舎にまぎれて来たのか?

いやいや、制服が高等部のものだし、リボンの色はユーミンと同じである。

しかし高校1年生には見えない・・・。

 

「バンドってね、わちゃわちゃしててさっ、めちゃヤババな感じ?」

 

「言葉の意味は良く分かりませんが、あなたは困っておられるのですね?」

 

「あれ、ユーミンが困ってンのよく分かったね!メンバー集めマジありえんてぃー」

 

「では協力させてください。困っている方の力になることが私の信条です」

 

なんだか難しい言葉を使うちびっこだが、どうやら協力してくれるようだ。

これでユーミンの声掛け活動も晴れて終了となる。

 

「私はリリスと申します。バンドというものについて、教えてください」

 

ユーミンだよぉ~。バンドはねぇ、マジあげぽよだからッ」

 

 

 

放課後、窓ガラスが割れたままになっている軽音部の部室。

さすがにガラスの破片などは片付けられているが、窓の修理はきっと週明けになるだろう。

いずれ用務員さんがゴミ袋をガムテープで貼るような応急処置をしに来るはずだ。

そんな部室に、4人の姿があった。

 

「で、彼女が乃木アスミちゃん!キーボードなら手伝っても良いって言ってくれたの!」

 

エスヒナが嬉しそうにアスミを紹介する。

ユーミンは光の速さでアスミの手を取り、ブンブンと振った。

 

「キーボードとか超エグい!エモい!よろしくねアスミン!」

 

「わぁ!あすみんって私のことですか?可愛らしいニックネームをありがとう!」

 

アスミのエンジェルスマイルがあまりにも眩しくて、エスヒナは目を瞑ってしまった。

 

「あ、そだ。こっちのかわたん!リリちっちだよー!」

 

リリスと申します。皆さんがお困りとお伺いし、お手伝いさせて頂こうと思いまして」

 

一見中等部、いや、もしかすると小等部に居てもおかしくないような小柄な子だが、果たしてギターやドラムが務まるのか、エスヒナは少々不安になった。

 

「あの、リリスちゃん?あたしもそんなに詳しく無いけど、バンドって結構体力を使うと思うよ?大丈夫?」

 

「ご安心ください!私、腕力には自信があります!」

 

言葉通り、自信に満ち溢れた頼もしい表情で言うリリスに、エスヒナは気押されて納得した。

腕力?とは思いながらも、しかし本人が大丈夫と言うのならば大丈夫だろう。

 

「じゃあギターとドラムは、どっちができそう?」

 

「ギターはジャジャーンってひいて、ドラムはドガガガッて叩くんだよッ」

 

エスヒナの質問にフォローのつもりなのかユーミンが説明を差し込むが、リリスに伝わっているかどうかは怪しいものだ。

しかし意外にもリリスユーミンの説明に納得し、そして担当楽器パートを選んだ。

 

「私、叩くのは得意なので、是非ドラムでお願いします」

 

 

 

エスヒナ、ユーミン、アスミ、リリスの話しがまとまった。

ギター無しでもどうにかなるだろう、ということになった。

次に、もう来週に迫っている学園祭で、演奏する曲目を選ぼうという議題が上がったとき、割れたガラス窓の向こうから、何やら声が聞こえてきた。

 

「お・・・お姉さま・・・いけません、こんなところで・・・」

 

「フフフ。なにがイケナイのかしら?」

 

「あぁ!そんな・・・ダメ・・・」

 

「じゃあ止めても良いのだけれど?」

 

「・・・お姉さまのイジワル・・・」

 

どうやら上級生と下級生の逢瀬が、校舎裏で行われているようだ。

赤面してモジモジと俯いてしまったアスミ。

なぜかその場でスクワットを始めたリリス

何やってんだろとハテナマークのエスヒナ。

割れた窓から顔を出して挨拶するユーミン

 

「わぉ!らぶたんワッショイ!」

 

突然の横槍に驚愕したのは下級生。

ヒッと短い悲鳴を上げ、いそいそとブラウスの乱れを直しつつスカートを履き直しつつ口の周りを拭いつつ走り去ってしまった。

器用な子だ。

 

「ちょっとアナタ、良いトコロだったのに邪魔しないでくれる?」

 

上級生と思っていたその女生徒は、見ればエスヒナたちと同じ色のリボンを着用している。

しかし纏っているオーラと、しっとりした艶やかな黒髪に切れ長の目が、完全にお姉さまと呼ばせる雰囲気を持っている。

誰がどう見ても、どの角度からどんなフィルタを通して見ても、お姉さまだった。

その黒髪のお姉さまは部室の窓に手を掛けると、ひらりと身を躍らせた。

流れるようにしなやかで自然な動きを披露しつつ部室に侵入したお姉さまは、腕を組んで仁王立ちになり、ユーミンを含むその場の4人を睨みつけた。

 

「私の獲物を逃がした罪はおm・・・重い・・・わ、よ・・・?」

 

お姉さまはなぜか声を詰まらせ、視覚情報に集中している。

これが漫画なら瞳のアップの横にキュイイイーンという擬音が付きそうだ。

 

(色黒系の完全ギャルだけど豊満ボディで露出も高め。うん、美味しそう!)

(同じく色黒系だけどこっちはあまりにも無防備。開発が楽しそうで美味しそう!)

(うはっ!天使発見!こんな清楚系女子高生がまだ現存していたなんて!美味しそう!)

(えっ?この子同級生なの!?身体はともかく年齢的にはセーフよね?美味しそう!)

 

「全員合格よ。さっきのことは許してあげるわ」

 

何がどう合格で、一体何を許されたのかまるで分からない4人。

しかし機嫌が直ったようで何よりだ。

 

「あの、なんかごめんね?あたしはエスヒナ。ダメ元で聞いてみるんだけどさ、あなた、ギター弾いてみる気、無い?」

 

ぶしつけな質問だと、自分でも分かっていた。

しかしこれも何かの縁かも知れない。

 

「私はルビネル。ギタリストを探してるの?」

 

質問に対する答えを述べず、まず状況確認から入る慎重なルビネル。

 

「軽音部の代わりにね、急にやることになったんだー。ヒナぴーがボーカルでね、リリちっちがドラム。アスミンがキーボードなんだー!そんでユーミンがベース!ガチめでエグいっしょ!?」

 

ユーミンの説明と割れている部室の窓から状況を推察したルビネル。

 

(即席バンド。学園祭は来週。猛特訓が必要。きっと土日は合宿形式の泊り込み練習。いや、泊り込みにならなくても泊まり込む!)

 

「いいわ、ギタリストになってあげる。ただし、みんな本気で練習よ?」

 

「えぇッ!?良いの!?ホントに!?やったー!!」

 

「ルビルビめちゃギター似合いそーじゃん!鬼アガる~!」

 

「わぁ!メンバーが揃ってうれしい!よろしくねルビネルさん」

 

「私も練習が必要だと思っていました。的確なアドバイスありがとうございます」

 

かくして、5人になった即席バンドメンバー。

このあと全員で相談し、バンド名が決まった。

 

『ゆるAirilyエアリィ

 

あまり頑張り過ぎず、ふんわりとやっていこう。

そんな思いが、込められてはいない。

 

ゆーみん

るびねる

えすひな

あすみ

りりす

 

名前の頭文字の縦読みである。

 

「さてと。ユーミン疲れちったから、帰るねー。ばいびー」

 

「私も、今日はピアノのお稽古があるので、また明日」

 

急に、電池が切れたようにテンションが下がったユーミン

フラフラと部室を出て行ってしまった。

アスミもそれについて出ていく。

学校が終わった後に習い事・・・なんて健気な子なんだろうとエスヒナは思った。

 

「じゃあ、私も今日のところは帰ろうかしら」

 

立ち去ろうとするルビネルに、エスヒナが声を掛ける。

 

「あの、ルビネル・・・さん。ギターって、弾ける・・・の?」

 

呼び捨てでいいわ、と前置きしてから、ルビネルは妖艶な瞳をギラつかせながら答える。

 

「こんな名言を聞いたことがあるわ。『ギターは女性を抱くように弾け』ってね。なら問題無いわ。私が弾けないわけがない」

 

妙な自信が溢れた言葉を残し、ルビネルも帰っていった。

部室に残ったのはリリスエスヒナだけである。

 

「ねぇリリスちゃん、ちょっとだけドラムの練習、してく?」

 

エスヒナは自分がボーカルであり、特に練習などは必要無いと思っている。

だから他のみんなに練習を強要するのは悪いと思ってしまう。

しかし付け焼刃で300人の動員など絵空事も甚だしいということは理解している。

 

「そうですね、やってみましょうか」

 

リリスの言葉にホッと胸を撫で下ろしたエスヒナ。

何か少しでも「進んだ」という実感が欲しかったのかもしれない。

 

「これで、叩けばいいのですね?」

 

木製のスティックを手にしたリリスがスネアドラムの前に立つ。

確かテレビで見たことがあるドラマーの人はもっと軽く握っていたような記憶があるが、まぁ最初だし。

次の瞬間、リリスは空を裂いてスティックを振り降ろした。

 

「チェストォォォォーッッッ!!!」

 

ガッ!

 

ヒュルルルル

 

ザクッ!

 

リム(ドラムの上下についた金属製の輪)を殴打したスティックは見事に中央付近で折れ、折れた先の部分は超高速で回転しながら窓の方へ飛んでいった。

そこには、いつの間にか窓ガラスの応急処置をしに来ていた用務員のパラさんがいた。

パラさんは、額からスティックを生やして静かに眠った。

 

「おかしいですね、こんなに簡単に折れてしまう棒では叩けません」

 

何か間違っているような気もするが、しかしエスヒナも正解を知っているわけではない。

 

「明日、簡単には折れない我が家特製の棒を持ってきますので」

 

というわけで、今日はお開きとなった。

学園祭での演奏まであと1週間。

山積みになっている課題は、誰にも見えていない。

甘き死よ、来たれ

下記の話の続きです。

1.キャラクターとショートストーリー

2.【上】それぞれのプロローグ

3.【中】それぞれのプロローグ

4.【下】それぞれのプロローグ

5.【前】それぞれの入国

6.【後】それぞれの入国

7.集結の園へ

8.心よ原始に戻れ

9.Beautiful World

10.慟哭へのモノローグ

11.FLY ME TO THE MOON

12.魂のルフラン

 

キャラクターをお貸し頂いた皆様、本当にありがとうございます。

所属国 名前 特徴 創造主
ドレスタニア(近海) 紫電 乙女海賊 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
ドレスタニア メリッサ 天然強運 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
チュリグ ハサマ 災害操作 ハヅキ(id:hazukisan)
奏山県(ワコク) 町田 創話能力 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
奏山県(ワコク) アスミ 鍵盤天使 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
コードティラル神聖王国 クォル・ラ・ディマ 俺様最強 らん (id:yourin_chi)
コードティラル神聖王国 ラミリア・パ・ドゥ 武闘師匠 らん (id:yourin_chi)
ライスランド カウンチュド 稲作精霊 お米ヤロー (id:yaki295han)
メユネッズ ダン 夢守護者 たなかあきら (id:t-akr125)
カルマポリス ルビネル 女子学生 フール (id:TheFool199485)

 

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

 

「オジュサに頼めば、なんとかなると思います」

 

ラニッツからそう言われ、町田はキスビット人のオジュサを訪ねた。

彼は土を自在に操る魔法で大抵の物は作り出せるそうだ。

 

「ボクのところに来たのは正解ですよ、町田さん」

 

オジュサは得意気な表情で足元の土を操り、町田が指示する形状を創造した。

まるでハンマーのような形のそれを、88個造り出す。

土壌に含まれる硬質性のあるものだけを集めることもできるようだ。

 

「ところで、何に使うんですか、コレ」

 

「1,000年の時を超えて紡がれたメッセージを、奏でるものです」

 

ニヤリと笑う町田。

オジュサにはまるで理解できないが、しかし好奇心が勝り、どんなものが出来上がるのか早く見てみたいという思いで町田の指示通りに創造を続ける。

一方ラニッツは、町田に依頼されたものを揃えるべく、鍛冶屋を訪ねていた。

 

「鋼鉄の糸が必要なのですが、それも、太さがまちまちの・・・」

 

ラニッツにしても、町田の意図が分からぬばかりか、一体何を作ろうとしているのかも分からない。

言われた通りに注文するしかない状況だ。

 

「そりゃ在るにゃ在るが、どのくらいの太さと長さが必要なんだい」

 

鍛冶屋の問いも、尤もである。

ラニッツが思案していると、エコニィが現れた。

 

「よっ、ダンナ。私の剣できてる?ってラニッツ、何してんの?」

 

どうやら愛用の大剣の整備を鍛冶屋に依頼していたらしく、その仕上がりを確認しに来たようだ。

ラニッツが状況を伝えると、エコニィは簡単に言ってのけた。

 

「ここに在る全種類、全部もらってけば?」

 

真面目だが、少し頭が固いところがあるラニッツ。

良い意味で大雑把な性格のエコニィだからこそ出せる案だった。

鍛冶屋にある全ての鋼線を買い取ったラニッツは、屋敷に戻るのにエコニィを誘うことにした。

荷物を運ぶ手伝いということも理由だが、他にもある。

現在タミューサ村に居る中で戦力になり得る者には声が掛かる可能性があるのだ。

もちろんエコニィも例外では無い。

ラニッツがエコニィを連れだって戻ると、屋敷の裏庭では町田とオジュサが大きな土の塊を相手に悪戦苦闘をしていた。

 

「オジュサさん、ここはもっとスムーズに動くようにできませんか?」

 

「んん~、ここをもう少し細くすれば、よし。これでどうです?」

 

一体何が出来上がるのか、その完成図は今のところ町田の頭の中にしか無い。

 

「ずいぶんヘンテコなテーブルだね」

 

エコニィの言葉に振り返った町田。

眼鏡の位置をクイッと直しながら手元に視線を戻す。

 

「これはテーブルじゃなく『ピアノ』というものです」

 

 

 

マーウィンから羊皮紙とインクとペンを借りてきたアスミ。

石碑に刻まれている丸印を読み取りながら、それを楽譜に書き起こしていた。

 

「これ・・・すごくきれいな和音・・・」

 

一見すると文字列にしか見えないものが、句読点の記号にだけ注目することで楽譜としての情報が読み取れてきた。

頭の中でその音を再生してみると、アスミがいままで聴いたことも無いような音だった。

それもそのはず、一度の和音に使用される音数が多すぎて、人間の両手では再現することができないのだ。

だからこその「連弾」である。

しかしこの石碑の楽譜には致命的な欠陥があった。

音の高低は判別できるものの、その長さについての情報がまるで無いのだ。

これではリズムもメロディも作れない。

それでもアスミは楽譜にペンを走らせる。

ひとつひとつの和音が自然に繋がる「間」を探りながら。

本来であればピアノを弾きながら、音を確かめながら進める作業であるが、贅沢は言っていられない。

いま私ができること、町田くんが信頼してくれた私のやるべきこと。

最早作曲と呼んでも差し支えない作業が、進行していた。

 

 

 

一旦休憩となった話し合い。

少なくとも現状の人員を四班に分けねばならない。

しかし相手の能力も相手自体も、決戦後のことにも不確定要素が多過ぎて、誰一人としてベストな選択ができない状態だった。

こうなると「出た案に対するマイナス要素」ばかりが目につくようになってしまい、話し合いは膠着状態に陥ってしまう。

自分の考えをまとめて、また明日持ち寄ろうということになった。

自室へ戻る者、屋敷から出る者、各々がそれぞれに動く。

階段を上り自室に向かう途中、村長の部屋の前を通りかかったのはハサマだった。

扉が開いており、中ではアスミが懸命に書きものをしている。

 

「入るよ」

 

ハサマは短く声を掛け、アスミの側へ歩み寄った。

 

「ハサマちゃん、話し合いは終わったの?」

 

羊皮紙から顔を上げ、ハサマに向けられたのは笑顔だが額には汗が浮かんでいる。

よほど集中しての作業だったのだろう。

 

「何してるの?大変そうだね」

 

ハサマに言われて初めて、自分が必死だったと気付いたアスミ。

ハンカチで汗を拭きながら照れ笑いで答える。

 

「この石碑が、楽譜なんじゃないかって町田くんが言うの」

 

アスミの説明にハサマは感心した。

確かにそう言われればそう見えなくもない。

結果的にどうなるのかは分からないが、今までにない角度からのアプローチというのは時として新しい事実をもたらすものだ。

 

「すごいね。何か手伝えること、ある?」

 

「ありがとう!じゃあ、何か冷たい飲み物が欲しいかな」

 

ハサマが一国の王であるとは夢にも思わないアスミは、図らずも王様にドリンクサーブを申し付けたことになる。

しかしハサマはそんなことは気にしない。

むしろ気兼ねなく要望を言ってくれたことが嬉しかった。

 

「分かった。下でもらってくるよ」

 

さっき上って来た階段を下りるハサマの口元は、少しだけ口角が上がっていた。

 

 

 

「で?話しってのは何なんだい紫電サン」

 

紫電の部屋に呼び出されていたのはクォルだった。

クォルにしてみれば昨夜、不可抗力とは言え紫電の裸体を目撃してしまっているという後ろめたさがあり、もしそれに対しての抗議だとすれば甘んじて受ける覚悟であった。

しかし、呼び出した紫電は一向に口を開こうとしない。

目を泳がせ、何か言いかけては口をつぐみ視線を落とす。

どうにも煮え切らない。

しかしクォルに問われようやく心が決まったのか、大きく息を吸い込んだ紫電は上擦った声で言った。

 

「お、お前、オレと同い年なんだってな?その、『紫電サン』っての、や、やめて、呼び捨て、でも良いぜ?オ、オレも、クォルって呼ぶ・・・から・・・

 

語尾は消え入りそうなほど小さな声だった。

しかしクォルにしてみれば物凄い肩すかしを喰らったことになる。

最悪、鬼の拳も覚悟していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。

 

「いやぁ、俺様も実は気にしてたんだけどな。ほら、海賊の頭領だって言ってずっと気ィ張ってるみたいだし、一応サン付けしとこうかと思ってたんだけど」

 

元よりフランクな気質のクォルである。

呼び捨てタメ口は願っても無いことだ。

こっちが気を遣っているのを悟った紫電が、これから共に闘う仲間に対して逆に気遣いを見せたのかもしれない。

仲間と連携して戦う場合には強い信頼関係が必須だが、それを育むためには遠慮の無い関係性も必要となる。

さすが海賊の一団をまとめているだけあって人心調整もお手の物というわけか。

 

「オ、オレは気にしないから、し、『紫電』って、呼べよ・・・」

 

「ああ!サンキューな、紫電!じゃあ俺様も『クォ』でいいぜ!」

 

弾けるような明るい笑顔で王子様から呼び捨てにされる乙女。

本当はクォ様と呼びたいところだが、愛称の許可だけでも相当な前進だ。

 

 

 

意外な行動に出ていたのはメユネッズのダンだった。

なぜかダンは、この屋敷の使用人であるマーウィンの洗濯を手伝っていた。

 

「お客様に手伝わせるなんて、なんだか申し訳ないのですが・・・」

 

忍びない表情とは裏腹に、実は非常に助かっているマーウィン。

彼女の呪詛は分身ダブルである。

しかし本体と分身が離れていられる距離は約20mであり、それ以上離れると分身が消滅してしまう。

現在マーウィンの本体は厨房で皆の昼食を作っており、洗濯物を干すこの場所は活動範囲のギリギリなのだ。

彼女が届かない場所に干すシーツを、ダンがバサッと広げながら言う。

 

「いや、こちらから言い出したこと。気にすることは無い」

 

全ての洗濯物を干し終えると、マーウィンは深々と頭を下げた。

 

「本当に助かりました!ありがとうございます!」

 

「構わない。ところで・・・」

 

次は掃除だとばかりに屋敷へ戻ろうとしたマーウィンに、ダンが話を切り出した。

 

「エウス村長のことをどう思っている?」

 

自分に向けられた質問があまりにも突飛な内容であり、理解に数秒の時間を要した。

なぜ客人がそんなことを自分に尋ねるのか。

この場合どう答えるのが最良なのだろうか。

アスラーン特有の用心深い性格が出て来てしまう。

 

「他意は無い。貴女がとても喜んで働くので、その原動力は何だろうと思ったまでだ」

 

ダンはマーウィンの警戒を察知し、すかさずフォローの言葉を紡いだ。

それに安心したのか、マーウィンはぽつりと返事をする。

 

「村長には、本当に感謝をしています。あの方がいらっしゃらなかったら、私はこんなに幸せな生活をできていなかったでしょう。できることなら、いつまでもお側でお仕えしたいと思っていますよ」

 

「そうか。それを聞いて安心した」

 

ダンは短く言うと、マーウィンと共に屋敷に戻った。

 

 

 

一方、マーウィンの本体と一緒に厨房に居るのはメリッサだ。

 

「ここでキスビット料理をマスターして帰れば、きっとガーナ様にも怒られないしショコラ様に褒めてもらえますッ☆」

 

鼻をふんふんと鳴らしながらマーウィンの一挙手一投足をじっと見ている。

 

「なるほど♪そこで調味料ですね☆」

 

何かメモなどで記録を残しておかなくても大丈夫なのだろうかというマーウィンの心配をよそに、メリッサは真剣な眼差しで調理工程を見詰めている。

あとでレシピを書いて渡してあげよう、とマーウィンは思った。

 

「あれ?メリッサさん、こんなところで何してらっしゃるんですか?」

 

厨房にやってきたのはアウレイスだった。

昼食を作るマーウィンを手伝おうと思ってのことだったが、どうやら先客が居たようだ。

 

「キスビット料理を覚えようと思いまして☆」

 

なるほど、確かメリッサは王仕えのメイドだったはず。

外国の料理を覚えて主に振舞うという思考はもっともだろう。

しかしなぜ実際にやってみないのか?

 

「マーウィンさん、メリッサさんにも少し料理させてあげては如何ですか?」

 

アウレイスの言葉は至極もっともな意見だった。

しかしマーウィンは暗い表情でスッと視線を厨房の隅に向けた。

それに倣ってアウレイスもその方向に目をやると、そこにはかつて皿だったモノのなれの果てが積み上がっていた。

話し合いが一度お開きになってから、まだそんなに時間は経っていないはずだ。

それだけの短時間でこの枚数の皿を割るのは、例え意図的であったとしても難しい所業である。

 

「お気遣いありがとうですッ♪でも大丈夫!バッチリ記憶しますから☆」

 

そう言って勢いよくブイサインをつくり右手を突き出したメリッサ。

と、その手は壁に掛けてあったフライパンに当たってしまう。

その衝撃でフライパンは掛け具から外れ床で一度バウンドし、弧を描いて調理器具が並んだ棚に激突した。

 

「きゃーっ!!!」

 

思わず悲鳴を上げてしまったアウレイス。

いくつものナイフや包丁がメリッサに向かって降り注ぐ。

が、一瞬早くメリッサに到達したのは刃物ではなく木製のまな板だった。

 

「あいたっ☆」

 

まな板がメリッサの頭にコツンと当たった直後、その背面に刃物たちがトンッカカカッと突き刺さり、床に転がった。

唖然とするアウレイス。

額に手を当て首を振るマーウィン。

 

「ご、ごめんなさぁい・・・☆」

 

ぺろっと舌を出して謝る姿は、どういうワケか無条件で許してしまう魅力を持っている。

冷静に状況を考えれば許せるものではないはずなのだが・・・。

ひとまずマーウィンは料理。

アウレイスは散らかった床の片付け。

メリッサは調理の観察という分担となった。

 

 

 

「俺は・・・俺は猛烈に感動しているぞルビネルッッッ!!!」

 

感涙にむせび泣いているのはカウンチュドだ。

そのカウンチュドに両肩をがっしりと掴まれ、苦笑いで顔をひきつらせているのはルビネルだ。

二人からほど離れた場所に生えている木の幹に、深々と刺さっている矢が見える。

 

「い、痛い・・・カウンチュドさん、ちょっと、手を放して・・・」

 

鬼の血でも入っているのではないかと疑いたくなるような剛力を、ハッと我に返ったカウンチュドが解放する。

 

「す、すまん。しかしルビネル!俺は嬉しいぞ!こんなことは生まれて初めてだ!」

 

カウンチュドは、自分が放った矢が初めて的を射抜いたことに感動していた。

事実、生まれてこのかた狙った物に矢が当たったことなど一度も無かったのだ。

 

「私も、私の仮説が上手くいって嬉しいわ」

 

表現方法はどうあれ、自分のアイデアで誰かが喜ぶのは嬉しいものだ。

ルビネルが行ったのは実に単純なことだった。

カウンチュドは放つ矢の芯に細い穴をあけ、その中にボールペンを差し込んだのだ。

こうすることにより、威力はカウンチュドの担当、命中精度はルビネルの担当という分担作業が実現した。

カウンチュドが放つ矢は並外れた初速であるが、逆に射始めの方向さえ間違わなければ真っ直ぐに飛ぶのだ。

ルビネルの役目はカウンチュドが引き絞った弓の弦から手を離した瞬間の角度調整だ。

一射ごとに全神経を集中せねばならないが、幹に刺さった矢を見る限り、使えるレベルでの調整ができているようだ。

 

「よし、次はコレだぁーッッッ!!!」

 

力強く雄叫びを上げたカウンチュドが手にしたのは五本の矢だった。

そうだ、彼は一度に複数本の矢を射るのが好きなのだ。

 

「ちょっと!五本なんて、そんな!無理よ!」

 

「一本いけたんだ!五本でも大差無い!それっ!いくぞ!」

 

「や!ま、待って!心の準備が・・・」

 

「ふんぬっ!!!」

 

知らない人が声だけ聞いたら誤解されそうなやりとりの後、凄まじい風切音と共に放たれた五本の矢。

なんだかんだ言いながら、土壇場で決めてみせるのがルビネルのすごいところだろう。

先ほどの矢を含め、きれいに一直線上に並んだ六本の矢が幹に刺さっている。

 

「ちょっと!強引すぎるわよ!」

 

「す、すまん・・・だが上手くいったじゃないか!俺は感動しているぞ!」

 

「感動はもういいから!もう・・・確度を保つなら三本が限界ね」

 

ルビネル自身、今の斉射は上手くいきすぎた。

まぐれの要素が大きいという自覚がある。

恐ろしい速度で発射される矢の軌道修正は、想像以上に神経をすり減らすものだった。

さらに問題はまだある。

 

「ホラ、ペンを回収しなきゃ」

 

これだ。

矢に搭載しているペンは一瞬でルビネルの操作可能範囲から飛び出すので、回収は自力で行わねばならない。

またアトマイザーで噴霧したシンボルの効果が消えてしまえば、今のようなサポートはできなくなる。

 

「ここぞと言う時の奥の手だな!俺たちの合体必殺技だな!」

 

矢からペンを取り外しながら、カウンチュドが言う。

言葉のチョイスはどうかと思うが、意味としては同意できる。

 

「私が持って来たペンで、今使えるものは20本程度だから、ホントに大事に使わないと!」

 

カウンチュドから受け取ったペンを大腿部のガーターベルト式ペンホルダーに仕舞おうとして、ルビネルは動きを止めた。

 

「ちょっと、見過ぎ・・・」

 

獲物を狩る猛禽類のような目で、スカートから生えたルビネルの足に釘づけのカウンチュド。

ルビネルはひらりと身軽な動きで木の後ろに回り込み、素早くペンを収納した。

 

「そうだ!俺に良い考えがある!!」

 

視線を注意された事実をまるで無かったことのように声を上げるカウンチュドに、ルビネルは軽くため息をついた。

 

 

 

パンッ!

 

乾いた破裂音。

 

「・・・うそ・・・?」

 

驚きを隠せず声に出してしまったのはラミリアだった。

空いた時間にアルファの武術指導をしていた。

ラミリアの前で腰を低く落とし、足を肩幅よりやや広く構えた状態で右の正拳を突き出したアルファ。

完璧なタイミング、完璧な速度、完璧なフォームで打ち出してこそ鳴る、あの音。

ラミリアが鳴らせるようになったのは何年稽古を積んだときだったろうか。

 

「ちょっとアルファさん、素質があるにも程があるわ・・・」

 

「師匠の教え方が良いからでしょう」

 

アルファの口調には感情らしきものがこもっているようには聞こえない。

平坦で抑揚の無い言葉。

しかしだからこそ真実味があるようにも思える。

ラミリアは柄にもなく照れてしまった。

 

「つ、次は蹴り技ねっ!」

 

誤魔化すように稽古を次のステップへ進める宣言をした。

だがそればかりが目的では無かった。

アルファの才能、という言葉が正解かどうか、言いかえるならば性能か。

その性能があまりにも予想外であり、ラミリアとしてはどこまでのことが出来るのか、見てみたいという気持ちもあるのだ。

故郷では師範代として武術を教える立場にあったラミリア。

自分が教えた弟子が強くなっていくことは、自分のことのように喜ばしいことだった。

まずラミリアがやって見せる。

下段、中段、上段と三回。

ビュンッと空を切る音が心地良い。

 

「さぁ、やってみて」

 

特にコツなどは伝えず、最初は好きにやらせてみて修正していく。

しかし、このアルファなら自分が教えることなど何もないような完璧な蹴りが披露される可能性も少なくない。

期待を込めてラミリアが見守る中、アルファが放ったのは実に気の抜けた蹴りだった。

 

「あらら、どうしちゃったの?」

 

先ほどの正拳突きはまぐれだったのだろうか?

苦笑いのラミリアに返されたアルファの言葉は、驚くべき内容だった。

 

「今のキックが良くないことはワタシにも分かりました。少し修正が必要なのでアドバイスを頂きたいです。師匠のお手本をトレースしようとしましたが、どうも師匠とワタシでは骨盤の構造に違いがあるようで、上手くいきませんでした」

 

「・・・は?」

 

思わず聞き返してしまった。

一体このアルファは蹴りの見本で何を見ていたというのか。

 

「筋繊維の収縮と解放についてはおよそワタシのボディ構造に合わせて情報の修正ができたのですが、どうにも骨格と関節の可動域の修正が間に合わず。キックの放つときに気を付ける点を教えてください」

 

「ねぇ、まさかとは思うけど、透視なんかもできるの?」

 

「ええ。稽古を付けて頂く時は師匠の体の動きをトレースできるよう、筋肉と関節の状態を解析させて頂いています」

 

なぜだか裸を見られるよりも恥ずかしい気持ちになってきた。

稽古中ずっと体の中身を透視されていたという事実が、謎の羞恥心を掻き立てる。

 

「師匠?体温が上昇しているようですが、疲れましたか?」

 

「見、ん、なっ!」

 

ラミリアの行動の意味が分からないが、しかし見るなと言われれば見てはいけないのだろう。

アルファは静かに目を閉じた。

 

 

 

「ふぅ・・・これでどうにか・・・」

 

テーブルの上にずらりと並んだ長方形の石。

ひとつひとつが大理石のような光沢のある仕上がりになっている。

ピアノの鍵盤だ。

町田が静かに鍵盤のひとつを押すと、ポーンと音が鳴った。

 

「よし。ここまでは上手く出来たみたいだ。オジュサさん、ラニッツさん、エコニィさん、ありがとうございます!」

 

町田はピアノ作製に協力してくれた面々に礼を言うと、屋敷の中に駆け込んだ。

 

「きれいな音だったねぇ」

 

エコニィがぽつりとつぶやく。

 

「ええ、本当に」

 

ラニッツが同意する。

 

「このあと、どうするんだろう?」

 

オジュサが疑問の言葉を発した直後、屋敷から町田が戻ってきた。

ついさっき入って行ったばかりなのだが。

見ればアスミとハサマを連れ立っている。

どうやら町田がアスミを呼びに行ったのと、アスミが屋敷から出ようとしたのが同時だったようだ。

 

「わぁ!ピアノだ!これ、町田くんが!?」

 

アスミは目を輝かせて歓喜の声を上げた。

今回の旅が始まってから、ずっとピアノを弾いていない。

こんなに長いあいだ鍵盤に触れないことなど初めてだった。

今まで当たり前のように目の前に在ったピアノが、自分にとってどれだけ大切なものだったのかを思い知った気分だった。

 

「みんなで作ったんだ。でも、さすがに調律は出来なくてね。だからアスミちゃんを呼んだんだよ」

 

なるほど、本来ピアノの調律には本職の調律師が必要である。

しかしこの場でそれは望めない。

そうなれば音感に覚えのあるアスミを置いて他に適任は居ないだろう。

 

「私、やってみるね!」

 

 

 

昼食後、タミューサ村の村長の屋敷の周囲には、人だかりが出来ていた。

 

「この音を聞いていると気分が良くなるな」

 

「不思議な音だ・・・一体何の魔法だ?」

 

村人たちは口々に囁いた。

とてもとても静かに、囁いた。

誰も、この素敵な音の邪魔をしたくなかったからである。

キスビットには音楽というものが存在しない。

当然ながら楽器も無く、歌というものも、その概念すら無い。

今ここでアスミのピアノの演奏を聴く者たちにとって、この出会いは魂を直接打たれるような衝撃だった。

やがて静かに曲が終わり、アスミが椅子から立ち上がる。

一番最初に拍手を始めたのはハサマだった。

今までも王宮に音楽家を招いての演奏会など、無いことも無かった。

しかし、今アスミが奏でた旋律はそのどれとも違っていた。

自然と、手が動いたのだ。

演奏が終われば拍手をする、そんな当たり前がこのキスビットには存在しない。

しかしハサマの拍手が契機となって波が起こり、割れんばかりの喝采が送られた。

 

「今のは『月の光』という曲でしたっ」

 

あまりの反応に少し驚きながら、そして少し照れながら、簡単に曲紹介をしたアスミはササッとピアノから離れた。

本当はこんなリサイタルのようなことをする予定では無かったのだ。

調律の為に一音ずつ鳴らしては弦の張りを調整する作業の中、いつしか村人が集まってしまった。

調律が終わり、せっかくなので一曲弾いてみては、という町田の提案もあり、また久しぶりに演奏したいという自分の気持ちもあった。

だがまさかこんなに好反応が貰えるとは思っていなかったのだ。

 

「アスミちゃん、やっぱりアスミちゃんはすごいピアニストだね。みんなの心を一瞬でさらってしまった」

 

町田に褒められ、気恥ずかしさが頂点に達したアスミは再度ピアノに近付くと、鍵盤を叩いた。

 

「ま、まだ気になる音があったから、調律の続きをしなきゃっ」

 

 

 

「それで、町田くん。君がこの石碑から読み解いた別の意味とは?」

 

町田に問い掛けたのはエウス村長だった。

長年に渡りこの国を救うために様々な情報を収集してきたエウスだったが、まさかこの石碑から新たな情報が得られるとは思っても居なかった。

完全に盲点だったと言える。

 

「この国には音楽が無いと聞きましたので、無理からぬことだと思います」

 

そもそも音楽という概念が存在しないのなら、この石碑に刻まれている暗号めいた仕掛けにも気付けるはずが無いのだ。

そう前置きし、町田は今日のできごとを詳細に話した。

エウスは静かに耳を傾け、町田の説明を聞いた。

そして、その楽譜というものを使った演奏、この石碑に込められたメッセージを、明日聴かせて欲しいと伝えた。

 

「連弾なんてやったことないので自信はありませんが、努力します」

 

町田はそう言うと、村長の部屋を後にした。

石碑に視線を移したエウスは顎を撫でながら、浮かんでくる疑問と格闘していた。

 

(この石碑に刻まれた暗号が本当に楽譜というものだとするならば、一体誰がそれを遺したと言うのだ・・・。少なくともタミューサ村、いや、キスビットの民でないことになる。我々は音楽というものを知らないのだ・・・)

 

 

 

翌朝、屋敷の庭に置かれたピアノの前に、町田とアスミが座っている。

 

「子供の頃の、ピアノ教室以来だよ。緊張するなぁ」

 

町田の言葉に檄を飛ばすアスミ。

 

「大丈夫!町田くんならできるよ!」

 

アスミが書き起こした楽譜は極めてシンプルなものだった。

八小節の繰り返し、ただそれだけ。

しかし和音となるキーが最大で18音もあり、一人で演奏することは不可能だった。

そこで、町田とアスミが連弾という奏法を取ったのだ。

全員が見守る中、演奏は開始された。

 

~♪~~~♪~~♪~~~~~♪

 

荘厳なイメージの曲だった。

神々しいというのか、威厳に満ちたというのか、表現法は異なったとしても、間違いなくこの場の全員が同じような感覚を持った。

そして、何度目かの八小節が繰り返された時、それは、起こった。

誰も予想だにしない最悪の事態が。

どう足掻いても防ぐことのできない地獄が、どんな策を弄しても回避できない泥黎ないりが、ぽっかりと口を開けたのだ。

魂のルフラン

下記の話の続きです。

1.キャラクターとショートストーリー

2.【上】それぞれのプロローグ

3.【中】それぞれのプロローグ

4.【下】それぞれのプロローグ

5.【前】それぞれの入国

6.【後】それぞれの入国

7.集結の園へ

8.心よ原始に戻れ

9.Beautiful World

10.慟哭へのモノローグ

11.FLY ME TO THE MOON

 

キャラクターをお貸し頂いた皆様、本当にありがとうございます。

所属国 名前 特徴 創造主
ドレスタニア(近海) 紫電 恋する乙女 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
ドレスタニア メリッサ 実は最強? 長田克樹 (id:nagatakatsuki)
チュリグ ハサマ 頼もし過ぎる ハヅキクトゥルフ初心者
奏山県(ワコク) 町田 ピアノ習ってた ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
奏山県(ワコク) アスミ ピアノが本職 ねずじょうじ(id:nezuzyouzi)
コードティラル神聖王国 クォル・ラ・ディマ なぜか王子様 らん (id:yourin_chi)
コードティラル神聖王国 ラミリア・パ・ドゥ どうやら師匠 らん (id:yourin_chi)
ライスランド カウンチュド 稲作の創始者 お米ヤロー (id:yaki295han)
メユネッズ ダン 自分の夢は? たなかあきら (id:t-akr125)
カルマポリス ルビネル M気質もある フール (id:TheFool199485)

 

ずいぶん寄り道しましたが、ようやく本題に入れそうです。

前回までで約84,000文字。

今回が約8,000文字。

ようやく原稿用紙230枚分ってことですね。

あと40,000文字くらいで終われるかなぁ・・・。

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

エウスの部屋でハサマがココアを飲んでいる頃。

ダンが、強い酒の入ったグラスを傾けている頃。

紫電がクォルを、オレの王子様だと認識した頃。

ルビネルがメリッサに敗北感を味わわされた頃。

町田がアスミを見ないようにそっぽを向いた頃。

ラミリアがアルファに正拳突きを教え始めた頃。

カウンチュドが、冷えた浴場で目を覚ました頃。

 

「お呼びでしょうか、ダクタスさん」

 

エウス邸から少し離れた民家に、アウレイスは呼ばれていた。

重厚な造りの椅子に深々と腰を掛けるダクタス。

ランプの光を反射して鈍く光る立派な巻き角にヤスリを掛けながら、口を開く。

 

「おお、よく来てくれた。こっちにおいで」

 

知らぬ者からすれば、顔に刻まれた深いシワが、一見すると険しい表情に受け取られてしまうダクタスだが、村では気の良いおじいちゃんとして知られている。

 

「その、お話と言うのは・・・?」

 

アウレイスは恐る恐る用件を訪ねる。

こんな時間に呼び出すのだから、それなりに重要な話のはずだ。

何か失敗をしてしまっただろうか。

誰かに迷惑を掛けてしまっただろうか。

 

「そんなに怯えなくとも、獲って食やせんわい」

 

かっかっかと笑いながらダクタスは、アウレイスを向かいの椅子に座らせた。

代わりに自分は立ち上がり、飲み物を用意する。

温かいドナ茶が淹れられた。

 

「お前さんのな、新しい能力についてなんじゃが」

 

ごくり、と喉を鳴らし、ダクタスはドナ茶を一口飲んだ。

 

「ありゃすごいな!わしも長いこと生きとるが、あんな回復魔法は見たことが無いわ」

 

まるで孫が初めて立って歩いたのに立ち会ったかのような喜び様だ。

黒い眼を細めて、心底愛おしそうにアウレイスを見詰める。

 

「あ、ありがとうございます・・・」

 

アウレイスも、こう手放しで褒められては満更でも無い。

特に尊敬しているダクタスからの言葉ともなれば、ひとしおである。

 

「だが・・・」

 

しかしダクタスが次に紡いだ言葉は意外なものだった。

 

「これから先、あの能力は使っちゃいかん。絶対にだ」

 

 

 

 

翌朝、朝食を済ませた面々が一堂に会していた。

エウスオーファンの招集によるものである。

ただし町田とアスミは別室で待機となっている。

彼らは巻き込まれただけの、完全なる一般人だからだ。

エウスは昨夜、ハサマとダンに話したものと同じく、キスビットという国がどのように作られたのかを説明し終えた。

皆一様に、重苦しい表情をしていた。

 

「つまり、そのビットって神サマをやっつければ良いって話?」

 

少々乱暴ではあるが、要点を押さえた意訳をしたのはラミリアだ。

とどのつまりは言うとおり、邪神化してしまったビットを倒さねばならない。

 

「でもこの国そのものと一体化してんだろ?どうやって倒すんだ?」

 

尤もな疑問を口にしたクォル。

いくら腕に覚えがあったところで、自分が立っている大地を相手にどう戦えば良いのか見当もつかない。

それは皆も同じであった。

 

「今の土壌で稲作をしても、実った米は邪神を喜ばせるだけとは・・・なんという不幸な国だ・・・」

 

カウンチュドが言うことも正しい。

人々が発する負の感情を吸収している土壌で育った作物は、それを食する者に更なる負の感情を育ませることになる。

 

「かと言って放置すれば、ビットの野郎はまだまだ人攫いを続けるかもしれないんだろ?」

 

チラチラとクォルを見ながら、紫電が言う。

現在ではビットが能力うでを伸ばして民を攫うという行為は確認されていないが、それは現在のキスビット国内で生成される負の感情に満足しているからだろう。

もし何らかの理由でまた活動が開始されれば、紫電が縄張りにしている海域はすっぽりそのままビットのテリトリーに重なる。

冗談では無い。

 

「それに今のままだと、この国の差別意識は薄れるどころかどんどん加速するってことよね?」

 

眉間にしわを寄せ、腕組みをしながらルビネルが唸る。

種族間の差別意識を強く持っている現代の民を1,000年前に送り込むことで、より一層の差別をこの国に浸透させているという現状は、邪神の増強をも意味する。

 

「一番やっかいなのは、ハサマ王の能力が制限されていることだろう」

 

ダンの指摘は、ハサマの能力を知る者みなに刺さった。

仮に神と敵対するとして、ここに居る面子の中で唯一頼りになるのはハサマだろう。

しかし国土全体が自然ではなく生物となってしまっている現状では、自然災害を起こすハサマの能力も制限されてしまう。

しかし、当のハサマが意外なことを言ってのけた。

 

「神だかなんだか知らないけど、チカラが使えれば殺せるよ」

 

今、まさにそのことを話していたのだ。

『能力が制限されていなければ』の話をされても仕方がない。

と皆が思ったそのとき。

 

「ビットさんって、いつから地面になっちゃったんでしょうね?」

 

あごに人差し指を当てながら「むぅ~」と頭を捻るメリッサが言った。

それに対してハサマが少しだけ驚いて、言葉を続けた。

まさかメリッサが核心に近付くとは思っても無かったらしい。

 

「いまこの国に能力うでを伸ばしているのは1,000年前のビットって言ったね」

 

ハサマの言葉に「あっ」と声を出したのはルビネルだった。

何かを確信したかのような表情でハサマの顔を見る。

 

「少なくともその当時は、まだヒトっぽい格好してたんでしょ?」

 

ここで残りの全員が顔を上げた。

ハサマの言わんとするところを察したようだ。

 

「それなら思いっきりやれるよね。そのフザけた神サマとやらをさ」

 

声を出したのは明らかに目の前に居るハサマである。

それは分かっている。

しかし、とてもこのあどけない子供の様な容姿から今の言葉が発せられたとは思えないほど、魂に爪を立てられるような怒気を伴った声だった。

ハサマ王が殺る気満々であることは、それが自分に向けられていない限り頼もしさ以外の何物でも無い。

手立てが何も無いところに光明が見えると、人はそれに希望を感じる。

誰ともなく、なんとかなるかもしれないという空気が流れた。

 

「あれれ?でもそれって、どうやって帰るのカシラ・・・?」

 

その空気に一石を投じたのは、またもメリッサだった。

それは何気ない小さな石だったが、しかし極めて重要であり、その石が立てる波紋は大きなものだった。

 

「そこが今回の最も大きな懸念となる」

 

エウスオーファンが口を開いた。

ゆっくりと顔を振りながら全員に視線を送り、続ける。

 

「私は私の責任において、村の長として、この件を依頼できる相手を持たない。まずビットに勝てるかどうか、情報が少なく判断が困難だ。そして仮に事を成したとしても、現代に戻ってこられる可能性は極めて低い。つまり『命をくれ』と言わねばならない」

 

水を打ったように静まる室内。

 

「だから、私は個人として、ただのエウスオーファンとして無責任にお願いしたい。どうか、私に力を貸して欲しい」

 

最初に口火を切ったのはダンであった。

椅子から立ち上がり、じっとエウスを見据えて言う。

 

「私は『夢追い』だ。人々から夢や希望を奪い負の感情を抱かせる諸悪の根源。その存在を知って討たずにおられるものか。未だ修行中の身で微力なれど、是非とも協力させてもらおう」

 

次に立ち上がったのはカウンチュドだ。

左拳を右手で包み、ボキボキと鳴らしながら言い放つ。

 

「1,000年前から稲作を広めれば、現代のキスビットはお米大国になるだろう。そうなれば俺の故郷、ライスランドと一二を争う米の輸出国だ!そうすれば世界中に米が広がる。まさに伝道師の仕事だな!お米の!」

 

特に立ち上がることもなく、椅子に座ったまま頭の後ろで手を組み、まるで近所に散歩へ行くような口調で続いたのはハサマだった。

 

「ハサマも行くよ。行けるんだったら帰れるだろうし」

 

仮に戻って来れなかった場合、王が不在の国がどうなってしまうのか。

その責任は誰も取ることが出来ない。

それ故にエウスはこの件に関して諸外国への協力要請を出来ずに居た。

しかし自ら協力を申し出てくれるのならば話は別だ。

不幸に見舞われた際にもキスビットが、タミューサ村がその責を負うことは無い。

あまり褒められた思考ではないが、しかしエウスオーファンは村を、国を守らねばならない。

 

「ちょっと待って」

 

賛同の流れを断ち切ったのはルビネルだった。

例によって部屋の最後部から全体を見渡しつつ、冷静に指摘する。

 

「仮に1,000年前に行ってビットを倒したとすると、現代はどうなると思う?」

 

常日頃から呪詛についての研究を行っているからだろうか。

ルビネルの頭の回転は速い。

あくまで仮説だけど、と前置きしてから説明をする。

 

「ビットを倒した瞬間に、現代からはきれいさっぱり差別が無くなるはずよ。そうすると、いま3つ確認されているという1,000年前と現代を繋ぐ場所はどうなるかしら?現代に残って、その場所を守る役目も必要だと思うのだけれど」

 

確かにそう言われれば、そうかも知れない。

可能性としては大きく分けて二つ。

一つ目は、1,000年前への誘拐が、ビットの意思によって単発で行われるケース。

次に、常設型の扉の様なものがあり、それをくぐれば1,000年前というケース。

もし前者だった場合、恐らくビットを倒した時点で帰還は困難になるだろう。

だが後者である場合には、微かにだが帰還の可能性が残される。

そして現在、能力うでの位置が固定されているところから推察すると、後者に類似した仕組みである可能性が高いのである。

 

「さすがだな、ルビネル」

 

心底感心した、という口調でエウス村長が言った。

この件に関してエウスは、長い時間を掛けて様々なケースを想定し、多岐に渡る仮説を立てていた。

それでようやく導き出した作戦が、エウスの中には在った。

その作戦の肝に、ルビネルはものの数分で至ったのである。

 

「ビットの能力うでの場所を、仮にゲートとでも呼ぼうか。現在、キスビットの三大都市をそれぞれ治めているのは、種族差別の中枢と言っても過言ではないような思想を持つ者たちだが、彼らはそのゲートを秘匿、保護している。だが過去が書き変わり彼らから差別意識が消えたとしたら、その場所がどうなるのか想像もつかない」

 

要するに、もし事を成した暁に、現代への帰還の可能性があるとすればゲートを通ることしか無い。

しかし通り抜けたその先の安全が確保されていなければ話しにならない。

 

「つまり最低でも4つのチームが必要ね。ゲート3箇所と、過去。直接ビットと対戦する可能性が高い過去チームに高い戦力を割くのは定石だし、さっきの三人でOKとして、残りはどうする?」

 

ルビネルの進行スキルの高さにエウスは舌を巻いた。

ここはひとまず口出しせず、彼女に任せた方がスムーズかもしれない。

 

「俺様も過去チームに入れてもらうぜ!『神を倒した男』なんて、なかなか手に入らない称号だからな!」

 

目を輝かせたクォルが言った。

もうビットを倒したあとのことしか考えていない。

しかし今はこの能天気さが心地良い空気を作った。

 

「だ、だったらオレも!『神を倒した海賊』とくれば名前に箔が付くってモンだ」

 

なぜ頬を赤く染めながら立候補するのか分からないが、ともかく紫電も過去チームへの参加を表明した。

 

「皆さんが行かれるのでしたら是非私もお供させてくださいな☆」

 

きっとこの場で誰よりも状況を理解していないメリッサも、なんとなく流れで過去チームへの参加を宣言した。

この状況に、ルビネルはため息をついた。

 

「全員過去じゃ話にならないわ。ちょっと整理しましょうか」

 

 

 

 

町田とアスミは、エウス村長の部屋に通されていた。

 

「昨夜は、よく眠れましたか?」

 

同伴しているラニッツの言葉に、アスミはほんのりと顔を赤らめて俯いた。

町田の前でいつのまにか寝てしまっていたことを思い出したのだ。

 

「さて、お二人にはこれから始まるであろう戦いに巻き込まれないためにも、なるべく早く帰国して頂きます」

 

ラニッツの、さも当然と言うような淡々とした言葉に、町田とアスミは驚いた。

 

「あ、あの、僕たちも何かお役に立てませんか?みんな困ってるんですよね?」

 

「私も、ハサマちゃんやカミューネちゃんを守ってあげなくちゃ」

 

二人の言葉に、ラニッツは温かいものを感じた。

しかし、だからこそ危険な目に遭わせる訳にはいかないとも思った。

 

「お二人の気持ちはとても嬉しく思いますが、しかし帰国は絶対です」

 

あからさまに落胆する二人に、どう声を掛けて良いのか分からないラニッツ。

やはり自分には荷が重かったと痛感した。

エウス村長が早く話し合いを終えて、戻って来てくれることを願うしかない。

もう一度エウスからきちんと説明してもらおう。

そう考えたラニッツは、世間話で時間を持たせることにした。

 

「この石、なんだと思います?」

 

ラニッツの言葉に、町田とアスミは石碑に目をやった。

 

「何でしょう?小さな文字がびっしりと彫られていますね」

 

「これが、我々の仮説を飛躍的に現実たらしめたものです」

 

そう言って、ラニッツは簡単に経緯を説明した。

1,000年前に攫われ、そこで見聞きしたことを現代に伝えるべく、この石碑を残したタミューサ村の同志は、本当に立派だと。

その話を聞くうちに、町田の表情がみるみる真剣なものに変わっていった。

アスミでさえ、こんな表情を見たことは無い。

 

「少し疑問があります」

 

石碑から目を離し、眼鏡を掛け直しながら続ける。

 

「その邪神は、この石碑の存在に気付かなかったのでしょうか?」

 

町田は、少なくとも可能性が3パターンあると説明した。

ひとつ目は、この石碑の存在に、ビットが気付いていないこと。

ふたつ目は、気付いていて、取るに足らないと判断し後世に遺させたこと。

みっつ目は、記載内容をビットにとって都合が良いように変えてあること。

 

「町田くん、君はすごいな」

 

ラニッツは素直に驚いた。

この石碑を始め、他にも数点の「過去からのメッセージ」が発見されている。

しかし、そのどれもが「内容が薄いもの」なのだ。

確かに同志がエウス村長に向けて書いたであろうことは分かる。

そこから推測される状況によって、今まさに戦いを計画している。

だがヒントと呼ぶには情報が不足し過ぎている。

タミューサ村の面々はそこでようやく、ビットにとって不利になる情報は奴自身によって削除されているという可能性を考えるようになった。

町田はそこに「書き替え」の可能性までを見出している。

 

「いえ、僕はもともと物語を考えるのが好きで。もし自分が邪神だったら、この石碑を遺すかなって考えただけです。それと・・・」

 

町田は石碑に視線を戻し、もう一言を付け加えた。

 

「もし仮にふたつ目の理由でこの石碑が遺された場合、とある可能性が浮上します」

 

「とある、可能性?」

 

ラニッツは町田の造り出す空気に完全に飲まれていた。

ごくりと生唾を飲み込み、続きを待つ。

 

「これを遺した同志の方が、ワザと内容が薄い文章を書いていたとしたら、どうでしょう?邪神に見つかっても差し支えない程度の情報しか書かず、本当に伝えたい情報は『一見しただけで判らない』ようになっているとしたら」

 

そう言いながら町田は、石碑の周囲を注意深く観察した。

文字自体はキスビット語で書かれており、内容を判別することはできない。

その様子を観ていたラニッツが、ようやく気付いたとばかりに声を上げる。

 

「あ、暗号ですか!?」

 

こくりと頷き、町田は石碑の観察を続ける。

 

「僕がこれを遺すのなら、きっとそうします。ちなみに、この部分はどういう意味ですか?」

 

ラニッツは町田の示す部分『丸い記号』について説明した。

文章を作るとき、意味の切れ目に入れる記号だということだった。

 

「僕たちで言う句読点だね、アスミちゃん」

 

ふいに声を掛けられ、アスミは驚いた。

正直なところ、町田の洞察力と知的な一面に見とれてしまっていたのだ。

 

「あっ、あぁ、うん!そうね!」

 

なんとか返事を返したものの、話の展開にはついていけていなかった。

しかし町田は、意外なことを尋ねてきた。

 

「アスミちゃん、僕の仮説に後押しが欲しいんだけど、これ、何に見える?」

 

石碑には丁寧に罫線が引かれており、一行ずつにびっしりと文字が刻まれている。

その罫線が、所々で太い線になっている部分がある。

よく見ると、太い線になる部分には法則性があり、細い線20本につき1本が太くなっているようだ。

そして句読点というその記号は、罫線を跨ぐように丸が描かれている。

罫線内にきちんと収まっているものも、ある。

 

「うぅん・・・、音符に似てる気がする、かな?・・・なんちゃって」

 

自分の意見に自信がないアスミは言葉を濁そうとしたが、しかし町田はその答えに力を得たようだった。

 

「やっぱり、そう見えるよね?僕は子供の頃、ちょっとだけピアノ教室に行ったくらいだから自信が無かったんだけど、アスミちゃんがそう思ったならきっとこれは、楽譜だよ」

 

確かに、丸の記号だけを抜粋して見れば楽譜として見えなくも無い。

しかし通常は五線譜で書かれる楽譜が、この石碑には数十本もの罫線が引かれている。

もし太線で仕切るにしても20本もの線があるのは、多過ぎる。

 

「さっきから、君たちは何を言っているんです?ピアノ、ガクフ・・・?」

 

ラニッツが訝しげな口調で問い掛ける。

それもそのはずだった。

キスビットに音楽は存在しない。

楽器も歌も、口伝される民謡も子守唄も、旋律を奏でるものが何ひとつ存在しないのだ。

 

ラニッツさん、もしできることなら、用意したいものがあります」

 

町田はラニッツと共に部屋を出ようとする。

慌てて追従しようとしたアスミだったが、町田に制されてしまった。

 

「アスミちゃんは、この石碑をよく見ていて欲しいんだ。音楽家のアスミちゃんにしか、見えないものがあるかもしれない」

 

町田の力強い瞳に見つめられ、身動きが出来ないアスミ。

力強く両肩を掴まれ、目と目を合わせて町田が言った。

 

「僕たちにもできることがあるのなら、それで困っている人たちを助けることが出来るなら、頑張ってみたいんだ」

 

アスミは無言で頷くことしかできなかった。

それを確認した町田は、ラニッツと部屋を出て行った。

 

「町田くん・・・かっこよすぎるよ・・・」

 

アスミはぺたりとその場に座り込んでしまった。

束の間、今まで見せてきた優しい笑顔から一転、町田の真剣な表情に酔いしれたアスミだったが、しかし託されたものがある。

いつまでも呆けてはいられない。

よしっと小さく掛け声を出して自分を鼓舞する。

石碑に振り返り、よく見る為に近付こうとした瞬間。

少し遠目に見たのが奏功したのかもしれない。

思わず無意識に口から洩れる言葉があった。

 

「これ・・・連弾・・・?」

 

マーウィンに紙とペンを用意してもらうため、アスミは慌てて駆け出した。

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学園PFCS

まるで一軒の家が移動しているような光景だった。

16頭立ての巨大な馬車である。

絢爛な装飾に見え隠れする頑強で重厚な造り。

想定外の急襲にも篭城策で対応できそうな、いわゆるVIP御用達の仕様であることが一目で判る。

更にその豪華な馬車の前後を、それぞれ4名ずつの騎馬兵が固めている。

重そうな甲冑を物ともしない屈強な兵士8名が取り囲む馬車。

そしてこの、物々しい雰囲気を周囲に撒き散らしつつ進行する騎兵小隊は、校門の前で停止した。

 

「遠くで降ろしてって言ったのに!もう!お父様のバカ!」

 

ちょうど登校時間の真っただ中、多くの生徒、学生が学び舎への門をくぐろうとするそのときに、こんな場違いな馬車が止まれば誰だって注目してしまう。

厳重に閉められていた扉が、ガコンという大袈裟な音と共に開き、中から少女が悪態をつきながら飛び降りた。

それを追うように、身なりの整った老人が慌てて降りる。

 

「お嬢様、ご主人様はお嬢様のことを心配なされればこそ・・・」

 

「爺やは黙ってて!てゆーか早く帰って!みんな見てるでしょ!」

 

「お、お嬢様・・・」

 

「もういいから早く帰ってよ!恥ずかしいでしょ!」

 

すごい剣幕で帰還を命じられた老人は、すごすごと馬車に戻った。

やがて馬に軽く鞭が入れられ、馬車は動きだした。

 

「はぁ・・・これから毎朝コレかぁ・・・嫌だなぁ・・・」

 

 

 

時は遡り、とある豪勢な邸宅。

外観からは4階建てと言われても納得しそうな高さのある洋館。

中は天井の高い2階建てで、床や柱には大理石、壁面には装飾額縁の絵画が並んでいる。

庭、と呼ぶにはあまりにも広い敷地には使用人の住む屋敷が数棟あり、美術品や骨董品などが収められている蔵もいくつか建っている。

そんな、貴族さながらの屋敷には似つかわしくない怒鳴り声が聞こえる。

 

「お前には家庭教師を付けると言っただろう!」

 

ワナワナと拳を震わせながら、自分の娘をギロリと睨む初老の男性。

この屋敷の主である。

一代でこの環境を作り上げた彼は、それ相応の修羅場をくぐってきた。

並の相手ならひと睨みで黙らせることも可能だ。

しかし。

 

「お言葉ですがお父様」

 

と、丁寧に前置きしつつ、しかし直情的な気性は隠せない。

語りながらどんどん勝手にヒートアップしてしまう。

 

「学校では知識や教養以外の多くを学ぶことができます。友好関係が後の財産になることだってあるし。それにコミュニケーションの方法とか、他にもいっぱいいっぱい身につけるべきことがあるの!なんで学校に行っちゃダメなの!?みんな普通に行ってるのに、アタシだけ行けないなんてオカシイわッ!!!」

 

現在のところ、この館の主人にここまで啖呵を切れるのは、タオナンだけである。

 

「よく聞きなさい、タオナン」

 

館の主人から、父親の顔に戻しつつ、落ち着いた口調で続ける。

 

「街には危険が溢れている。私は可愛いお前をそんな無法地帯に送り込むなんてことはできない。分かってくれないか」

 

タオナンとて、父親が自分を最大級に愛してくれていることは理解している。

こんな風に言われると、チクリと胸が痛んだ。

話し合いもせず勝手に入学手続きを進めてしまったのは、確かに自分に非がある。

 

「でもお父様が考えているほど、外は危険じゃないと思う・・・」

 

子供の頃から何度もこっそり敷地を抜け出し、近所の子供達と遊んだことがあるタオナン。

その都度私兵たちに連れ戻されてしまったが。

 

「それはお前が見ている世界がほんの一部だからだ。この世は危険でいっぱいだよ」

 

タオナンの父親は、武器・兵器の類を企画・製造・輸入・販売している。

この世に存在する暴力的な側面を良く知る立場にあるということだ。

 

「それはお父様の世界の話でしょう?」

 

「その認識が、怖いのだ。私の世界もお前の世界も本当は地続きだというのに、まるで別次元のことのように語られる。裏も影も闇も、すべて我々のすぐ側に在るというのに」

 

とても寂しそうな瞳で我が娘を見詰める父親

この目をされると弱い。

歳をとってからの子は可愛いという話を、爺やから何度も聞かされた。

自分に対する父親の態度からも、それは痛感している。

しかし限度がある、と思う。

 

「と、言ったところで、お前は聞かないんだろうな・・・」

 

言い返すことをやめた娘。

しかしそれでも、唇を噛みスカートの裾を握ったまま俯いているのは、不服の思いを父親にぶつけるのを我慢していることを示している。

それが自分に対する、娘の優しさであることも分かっている。

 

「・・・条件付きでなら、許可しよう」

 

大甘だな、と心で自嘲しつつ、しかし目の前でみるみる破顔してゆく娘を見れば、折れる以外の手段は見つからない。

 

「ありがとうお父様!大好きッ!!」

 

「こ、こら、やめなさいっ」

 

何度も振り返りながら自室を出て行った娘を見送り、ため息をつく。

早くに母親を亡くし、自分は仕事に明け暮れた時代。

まだ幼かった娘にはずいぶんと寂しい思いをさせたかもしれない。

しかし、よくぞあれだけまっすぐに育ってくれたものだ。

 

「そしてよくよく、母親に似たものだな、タオナン」

 

顔に深く刻まれたシワを一層深くするような笑みを浮かべつつ、館の主人は執事を呼び付けた。

タオナンを学校へ送迎するプランを立てる為である。

 

 

 

~・~・~・~・~・~・~・~

 

 

誰ですか学園なんて言いだしたのはッ!

本編を進めなきゃいけないのにつまみ食いしちゃうじゃないですかw

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