【アイラヴ】袖振り合うどころじゃないすげぇ縁

「こ、ここがウチらの・・・新しい事務所・・・」

 

御徒町に連れられてやってきたその建物を見て、初華は絶句した。

芸能プロダクションと言えば派手で華やかなイメージがある。

しかしどこからどう見ても普通のアパート、いや、普通より古びた感のある外観だ。

以前まで所属していたドレプロが業界でもトップクラスの大手であることは理解しているが、しかしこれほどまでに差があるものなのだろうか。

 

「建物の見た目はこんなだけど、社長と副社長はすごい人だぞ」

 

初華の反応をよそに、御徒町は活力がみなぎる表情だ。

以前はスーツ姿だったが、今はTシャツの上にジャケットを羽織るだけというカジュアルな出で立ちだ。

新しいプロダクションはそういう社風なのだろうか?

そう言えば、と初華は、スーツではない御徒町の姿を初めて見たことに気がついた。

 

「初華? さぁ、行くぞ? うーいーか?」

 

「ッ!? あ、あぁ! ほな行こか!」

 

「?」

 

事務所に入ることを促した言葉が耳に入らないのか、ボーっとしている初華に、御徒町は少し大きな声で呼びかける。

ハッと気が付いた初華はぶんぶん頭を振り、大股で歩き出した。

 

恐らく事務所の入り口であろう扉には、小さくプレートが貼られていた。

 

【レッドウィング芸能プロダクション】

 

ごくりと生唾を飲み込んで、初華は扉を開いた。

玄関と呼べるスペースは無く、カウンターと言えば良いのかどうか悩むような横長の棚とパーテーションを無理矢理に扉の前に配置し、玄関らしき空間にしてある。

その棚の奥に事務机が5台、狭そうに詰めて置かれていた。

 

「あなたが御徒町さんの言っていた、例の初華ちゃんね?」

 

目の前のパーテーションからひょっこり顔を出した女性に急に声を掛けられ、初華は心底驚いた。

 

「うひゃあああっ」

 

女性はくすくす笑いながら前に進み出てきた。

パンツスーツをビシッと着こなしている。

 

「驚かせてしまってごめんなさいね。はじめまして、上中里かみなかざと美香みかよ」

 

上品な笑顔とスマートな所作で差し出された右手に、初華は恐る恐る右手を差し出す。

 

「今日からお世話になります、美作みまさか初華ういかです」

 

二人が交わす握手を確認し、御徒町も室内に歩を進める。

 

「副社長・・・になられたんですよね? ご無沙汰しております。今回は俺と初華を拾ってくださって、本当にありがとうございます」

 

御徒町は深々と頭を下げた。

口ぶりから察するに、この副社長と御徒町は以前に面識があるようだ。

どんな間柄なのか気になるが、それを訪ねるタイミングを計りかねている初華。

 

「あら、お礼なら私じゃなくて、主人にね」

 

丁寧なお辞儀をする御徒町に対して美香は、机の向こう側にある扉を指し示した。

よく見れば【社長室】と書かれたプレートが貼られている。

その文字を初華が読んだタイミングで、扉が勢いよく開いた。

そして中から男性が現れた。

彼が社長だろうか?

 

「オウフドプフォwww雨哉氏!お久しぶりでゴザルゥwww」

 

赤羽あかばねさん!お変わりなく!」

 

「おかちさん社長さんとも知り合いなん?」

 

 

 

ドレプロを離れるにあたり、御徒町は次の行き先に悩んでいた。

初華には簡単に移籍先が見つかるようなことを言ったが、実際はそんなに簡単なことでは無い。

ドレプロ在籍中、当然ながら競合他社である他のプロダクションについての情報は色々と耳にしている。

だからこそ、事務所の仕組みや対外的な勢力図など、気になる点が目に着いてしまう。

とどのつまり、すっかり『中の人間』になってしまった御徒町は、次に所属するべき事務所を決めるには、内部の情報を知り過ぎてしまっていたのだ。

頭では分かっている。

ファンにとってはアイドル自身が応援の、崇拝の、親愛の対象であり、どのプロダクションに所属しているかなどという情報は二の次である。

どんな皿に乗っていようが、それで料理の味が変わることはない。

ただしかし、皿を無くして料理の提供は決してできないのだ。

実際に食べてからの評価は料理の味次第であるが、それを食べたいと思わせるかどうかは皿の役目である。

アイドルとプロダクションの関係とはそういうものだ。

『どこだって構わない』という自分と『今後が掛かっている大事な選択を慎重に』という自分がせめぎ合い、どうにも決断ができない。

 

「まだ・・・繋がるだろうか・・・」

 

ぐちゃぐちゃになった思考の中、ふいに思い浮かんだ遠い記憶。

あの人なら何と言うだろうか。

ファンの視点で意見をくれるかもしれない。

御徒町の手は、昔の知り合いに連絡を取ろうと動いた。

 

 

 

「まさか雨哉氏から連絡が来るとはデュフフwww」

 

「まさかはこちらのセリフですよ赤羽さん。芸能事務所を立ち上げていたなんて!」

 

「なぁおかちさん、ウチにも分かるように説明・・・」

 

「オウフwwwまだ未説明とはwww雨哉氏も人が悪いドプフォwww」

 

「赤羽さんこそ、美香さんとご結婚されていたとは!」

 

「ちょ、おかちさんてば・・・」

 

「フォカヌポゥwww小生しょうせいの渾身のプロポーデュフフwww雨哉氏にも聞かせてコポォwwww」

 

「それは是非お聞きしたいエピソードですね!」

 

ばんっ!

 

初華が力任せに棚の天板を叩いた。

のと同時に、美香は事務机を叩いていた。

静まる室内。

音を出した当の本人たちも、驚いている。

 

「あ、あの・・・ウチ、話に混ざりとぉて、つい・・・」

 

「あら、私もよ?」

 

どうやら二人とも、男同士の意味不明な会話についていけないことに苛立っての行動だったようだ。

 

「なんだか私たち、気が合うみたいね!」

 

美香は初華の手を取り、社長室の方へと引っ張っていく。

御徒町も赤羽も、黙って見送ることしかできない。

 

「男共は放っといて、私たちはこっちで親睦を深めましょう?ね?」

 

「あ、はい・・・」

 

 

 

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いつか髪を降ろした初華を描くんだ。

地図作成サイトを発見しました

すんげぇの見っけました。

 

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こんな地図がちょちょいっと作れちゃうんです!

 

海外のサイトなんで表記は全部英語ですが。

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ぜーひーとーもー。

初めてのプール

 

 

ボクの村には海が無い!

 

淡い金髪を撫でる風が、とても不愉快な湿気を含んでいる。

体温より若干低い程度の温風が吹きつけ、不快指数はうなぎのぼりだ。

汗ばんだ髪をかきあげ、長く尖った耳に掛ける。

オジュサは平地の夏が苦手だった。

山間部の標高が高い地域にあるキスビット人の集落、マカ アイマス山地。

そこからタミューサ村へやってきたオジュサは、平地の暑さへの耐性に乏しかった。

 

「あ゛~  つ゛~  い゛~  ・・・」

 

だらしなく舌を出し、猫背になって両腕をだらりと垂らした酷い姿勢で歩いている。

額からこめかみ、頬を通過した汗が顎先から滴る。

 

ここキスビットは周囲をぐるりと海に囲まれた国ではあるが、その中のタミューサ村はほぼ国の中央に位置し、海とは縁の無い地域だ。

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海に面している各都市には海水浴場が整備されており、シーズン中は大いに賑わうらしい。

特に首都であるエイ マヨーカには入江が多く、一般市民が海水浴を楽しめる砂浜から、高級保養地、またプライベートビーチまで、幅広い需要を網羅したオーシャンリゾートが楽しめるようになっている。

情報網の発達により、国内各地から様々なニュースが飛び込んでくるものの、しかしここタミューサ村には縁の無いものばかりだった。

しかもニュースと言ってもそれは口伝えがほとんどであり、キスビット国内においてもタミューサ村の発展途上っぷりは有名だ。

だからこそ、見たことが無いものに対する熱望と憧憬はひとしおである。

 

「ボクも海で涼みたいよぉ~・・・」

 

「そんなに良いものでも無いけど、海」

 

まるで歩く死体ゾンビのようなオジュサに声をかけたのは、エイ マヨーカ出身のエコニィだ。

砂浜の総延長距離が国内最大という土地柄、アウトドアと言えばもっぱら海というのがお決まりのエイ マヨーカ、と聞いている。

 

「暑いんなら木陰で大人しくしてる方が何倍もマシよ、海なんかよりも」

 

しかし実際に海に行ったことが無いオジュサからしてみれば、なんだか上から目線の大人的な物言いに聞こえる。

 

「その目で海を見たことがあるエコニィの見解より、まだ海を見たことが無いボクの海への憧れの方が強いに決まってるだろ」

 

もっともらしく理不尽な理論を展開して、オジュサはまた項垂うなだれた。

エコニィは軽くため息をつき、呆れたように言う。

 

「私は塩水でベタベタになるより、川の水の方が何倍もマシだと思うわ」

 

タミューサ村を南北に走る大河川、エイアズ ハイ川。

人々の生活に無くてはならない水源である。

ただ水遊びをするには不向きで、河原らしい河原も浅瀬もあまり無い。

また、物資輸送用の運河としても利用されるため、無許可での護岸工事や治水工事は禁止されているのが現状だ。

 

「川の水が自由に使えるなら苦労しないよ」

 

膨れっ面で言うオジュサに、エコニィはポンッと手を打った。

 

「そうだ。あなたの土魔法なら、プールが作れるんじゃない?」

 

「プール?」

 

タミューサ村には存在しないプールも、首都 エイ マヨーカではメジャーなレジャー施設である。

エコニィは背中の大剣で地面に器用に図を描いた。

 

「えぇぇ!?ナニコレすごい面白そう!!」

 

さっきまで半死のようだったオジュサが目を輝かせた。

 

「こんな形なんだけど、造れるわよね?」

 

「もっちろん!」

 

 

プールを造ったんだよ!

 

「どんなもんだい!」

 

エコニィは、ただただ目を見張った。

オジュサの土属性魔法は、大地に属する土や岩や砂などを自在に操れるというものだということは知っていた。

地下室を造ったり、精巧な人形を作ったりできることも知っていた。

しかし、いま目の前で造型された物は、いや、すでに物ではなく『施設』と呼ぶべきか。

この施設の規模たるや!

 

「お、思ってたより何倍もスゴイわ・・・」

 

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素直に褒める以外ないような、ケチの付けようも無い完成度だった。

エイアズ ハイ川から巨大な水車を使って水を引き、長く曲がりくねった滑り台を伝ってその下のプールに水が溜まっていく。

ある程度の水位まで溜まれば、そこから先はまた川に戻るようになっていた。

言わば川のバイパスと小さなダムを造ったことになる。

 

「遊び終わったら、元に戻せば怒られないもんね」

 

エイアズ ハイ川はタミューサ村だけのものではなく、下流に位置する首都 エイ マヨーカにとっても重要な河川であるため、このままにしておくのはマズいかもしれない。

ただ、水を別の場所に流しているわけでも無いし、水量が変わるほどの規模でダムを作ったわけでも無い。

一時的になら構わないだろうと踏んだのだ。

 

「さぁエコニィ、みんなを呼んでこようよ!」

 

「分かったわ」

 

オジュサは村の北側へ、エコニィは南側へ。

素敵なレジャー施設完成のお知らせと招待を開始した。

 

「あ!エウス村長ぉー!」

 

しばらく歩いたオジュサはエウスオーファンの姿を見付けた。

ダクタスと木陰で何やら話し込んでいる。

 

「やぁオジュサ。どうしたんだ、嬉しそうな顔をして」

 

「えへへ~。ねぇ村長、ボク、村の皆の為にプールを作ったよ!」

 

得意気な口調で言うオジュサは、褒めて欲しくて仕方が無いと言った表情。

エウスオーファンもそれが分かっている。

 

「ほぅ。この村にプールか。それは良いことだな。皆に知らせてやると良い」

 

「うん!」

 

満面の笑みで歩き出そうとするオジュサを、ダクタスが引き止めた。

 

「プールの場所はどこじゃ?」

 

「船着き場の少し北だけど?」

 

「よしよし。ちょっと待っとれよ」

 

ダクタスは手を伸ばして木の葉を十数枚むしり取った。

そして葉を片手に呪詛を発動する。

すると、つい今までただの葉っぱだったものが紙のビラになっていた。

 

『船着き場の北にプール開園』

 

そう書かれたビラの束をオジュサに渡すダクタス。

 

「これを配れば村中に知らせるのも早かろう」

 

ダクタスの呪詛は、物や人の見た目を変化させるというもの。

変わるのは見た目だけで、その物の性質自体は変わらない。

元が葉っぱなので、時間が経てば枯れて乾燥して、バラバラに砕けてしまう。

ただこれを配るのは今だけなので、特に問題は無い。

 

「ありがとう!村長もダクタスも、あとで来てよ!」

 

ビラを持った手を振りながら駆け出すオジュサ。

もう暑さなど忘れてしまっているようだった。

 

 

しまった!水着を忘れてた!

 

エコニィの協力と、ダクタスのビラの効果によって、プールにはそこそこ大勢の村人が集まった。

皆は口々に施設の造型を褒め、オジュサは終始ニコニコしていた。

タミューサ村に初めて登場したプールには、水が流れる音が涼やかに響いている。

 

「うわ!ここ泳いでも良いのかな?あたし、暑くて暑くて!」

 

エスヒナが自分の上着に手を掛けながら言った。

その手を慌てて掴みつつ制止する声。

 

「ちょっとエスヒナ!ここで脱ぐ気なの!?」

 

チラチラと周囲に視線を送りながらエスヒナを止めたのはアウレイスだった。

サムサールであるエスヒナは浅黒い肌、アルビダであるアウレイスは真っ白い肌。

二人揃って並ぶとお互いの特徴が引き立って、両者とも魅力的に見える。

 

「んあ?下着は脱がないよ?」

 

「下着で泳ごうとするのがオカシイと思ってね?」

 

「じゃあアウリィは水着持ってきてんの?」

 

「う・・・」

 

そう。

この場に居る大半が、プールという物珍しい施設を見物に来ただけであり、そこが遊泳施設であることを認識している者はほとんど居なかった。

当然のことながら水着を用意している者など皆無である。

 

「いやぁ、良いモン見た。ありがとうよ、オジュサ」

 

「水が流れる音って聴いてるだけで涼しくなるわね。ありがと」

 

「じゃあそろそろ仕事に戻るかな」

 

「ま、待ってよ!ねぇ、泳ぐために造ったのに・・・」

 

結局のところ村人たちは去り、その場に残ったのはいつものメンバーだけだった。

当事者であるオジュサと、発案者のエコニィ。

エコニィに頭の上がらないラニッツと、エスヒナとアウレイス。

 

「あらあら。すごいものが出来てるじゃない」

 

そこへ、眠ったアワキアを抱きかかえたマーウィンが歩いてきた。

そのすぐ前をエオアが走ってくる。

 

「うわー!すっげぇー!なんだこれぇぇー!!!」

 

瞳をキラキラと輝かせるエオア。

と、その格好に注目するオジュサ。

 

「あれ?ねぇねぇエオア。それって、水着?」

 

よく見るといつものタミューサ装束ではなく、肌にぴたりとフィットするような素材で作られた服を纏っているエオア。

 

「そうだよ!母さんが作ってくれたんだー!」

 

村長あのひとが言った通りのメンバーが揃っているわね」

 

マーウィンはくすくすと笑いながら、アワキアを起こさないように背負い袋を降ろした。

そして袋の口を開け、中から数枚の生地を取り出した。

 

「在り合わせの生地で縫ったから色や柄は少し変かもしれないけど、仕立てとサイズは間違い無いハズだから」

 

皆はそれぞれマーウィンから水着を受け取った。

 

「しかしすごいもんだねぇ、あのカルマポリスの娘。私なんてこんなに皆と一緒に居ても、服のサイズなんて分かりゃしないってのに」

 

マーウィンが感心したように漏らす。

どうやらこの水着を作るにあたり、アドバイスをくれた者が居るらしい。

着衣の上からでもジャストサイズを看破するあたり、若干恐怖を感じるレベルの観察眼である。

 

「じゃあ適当に個室を作るから、みんな早く着替えて泳ごうよ!」

 

オジュサは待ちきれないと言った様子で土壌を操作し、人数分の個室を作りあげた。

 

「おおお・・・コレが・・・ボクの水着ッ」

「よっし。水に入る前は準備運動しなきゃね」

「エ、エコニィ?剣は置いておくべきかと・・・」

「きゃっほーい!おっよぐぞぉぉー!!」

「ちょっ・・・エスヒナ待ってぇ」

 

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バタフライエフェクトッ!

 

着替え終わると、それぞれがバラバラの行動に出る。

エコニィは剣で素振りを始めた。

どうやら準備運動のつもりらしい。

それに対して緩やかなツッコミを申し訳程度に入れたラニッツ。

そのまま水を引いている滑り台、いわゆるウォータースライダーへ登って行った。

オジュサは初めての水着に感動している。

一目散にプールに向かって走り出したのはエスヒナだった。

そもそも水が怖いのでプールに入るつもりは無いアウレイスはただ戸惑うばかり。

 

ざっぱーん!

 

エスヒナの上げた水飛沫みずしぶきが派手に立ち昇る。

と、その飛沫が顔にかかってしまったアウレイスが軽くパニックになる。

 

「いやああああ!!!」

 

ドンッ

 

逃げ出そうとした先にはオジュサ。

アウレイスはオジュサにぶつかってしまった。

 

どぼーんっ

 

そのままプールに落ちるオジュサ。

 

「え?ちょ、ゴバババ・・・がふっ・・・あ、ボク・・・げふっ」

 

どう見ても溺れているようにしか見えない。

 

「アハハハハ!オジュサの泳ぎ方変なのー!」

 

惜しげも無く見事な泳ぎを披露するエスヒナは、まさかプールを造った当人であるオジュサが泳げないとは思っていない。

と、さっきまで水面で暴れていたオジュサの動きが止まった。

ぷか~と浮いている。

 

「実は私、こういうの好きなんですよね」

 

ラニッツはスライダーの頂上まで登り、腰を落とした。

そして、滑り出した矢先のことだった。

 

ぐにゃり。

 

つい今まで大理石を思わせるような手触りだった滑り台が、突然粘土のような感触に変わった。

オジュサが気を失ったことにより、施設の形状が保てなくなったようだ。

 

「え?」

 

しかし一度滑り出したウォータースライダーで止まることは叶わない。

いびつなコースを描く滑り台に身を任せるラニッツが宙を舞ったのは数秒後のことだった。

 

「よし!準備完了っと!私もそろそろ泳gッッッッ!!!!」

 

べちーんっ

 

準備運動を終えたエコニィに、慣性の法則に従うラニッツがメガヒットした。

 

「いててて・・・一体何が起こったと・・・ん?この感触は・・・?」

 

「るぁぁぁぁぁにぃぃぃぃーっつ・・・」

 

ラニッツが掌に弾力を感じるのと、背筋も凍るような殺気を感じるのは同時だった。

不可抗力という言葉の意味について語り合いたいと願っているそんな中でも、プールの崩壊は止まらない。

一気に水は川に抜け、まるでチョコレートの中に飛び込んだように泥まみれになったエスヒナがキョトンとしている。

 

「あれ?プールは?うえっぺっぺ!口に泥が入っちゃったよ・・・」

 

そこに衣を裂くような悲鳴が響いた。

アウレイスである。

 

「オジュサさんが!か、川に、川に流されちゃってます!!」

 

どうやらぷかぷか浮いていたオジュサはプールからの排水と一緒にエイアズ ハイ川に流れてしまったらしい。

その後、物資運搬のために川を遡上してくる貨物船を止めたり、禁漁区に無断侵入したと疑われて近隣の集落と揉めたり、少しばかり面倒な事件になってしまった。

後日、オジュサはエウス村長に呼び出さてしまった。

 

 

ウォーターフロントスーパーサマージェットスライダーグレートプール『キスビットピア』

 

「そこに座りなさい」

 

タミューサ村において、エウス村長からの呼び出しというのは2通りの意味を持つ。

もの「すごく光栄」なことか、もの「すごく怖えぇ」なことか・・・。

オジュサは当然ながら後者を覚悟しており、普段の彼からは想像もできないほど神妙な面持ちである。

 

「今回の件は、非常に残念だったな」

 

「・・・?」

 

なんだかあまり怒られているような雰囲気を感じない。

大人は時に、とても回りくどい表現をすることがあるが、今の言葉もそういう意味だろうか?

 

「ひとつ聞きたいんだが、魔法の固定をしなかったのはなぜだ?」

 

絶対に叱られると思っていたところに、穏やかな口調での質問を投げかけられ困惑しながらも、オジュサは答える。

 

「・・・遊んでる途中でも、滑り台のコースを変えたりしたかったんだよ。それに終わったら元に戻そうと思ってたから・・・」

 

キスビット人が操る土属性の魔法には、大別して2パターンある。

連続使用タイプと、使い切りタイプだ。

前者であれば膨大な魔力を必要とするが、術者の意のままに土壌の操作を継続することが出来る。

しかし今回のように、術者との魔力リンクが途切れてしまうと形状維持ができなくなってしまう。

後者であれば魔力の効率は良いが、発動時に決めた形状に変化したあとはそのまま土壌は固定される。

もし元に戻すのなら、再度魔法を発動せねばならず、かえって魔力効率が悪い場合もある。

 

「なるほど。そうか。それなら・・・」

 

エウス村長は右手であご髭をジャリッと撫で、ポンッと膝を打った。

 

「次は固定式でやろう」

 

「は?」

 

ポカンと口を開けるオジュサ。

 

「村にレジャー施設を作ろう!」

 

まるで新しいおもちゃを手に入れた少年のように笑いながら、エウスオーファンは言った。

 

「今回の失敗は、私が君からプールの存在を聞いたとき、すぐに確認しなかったことだな。申し訳無いと思っている。だが村人たちから聞いた話では、ものすごい施設だったそうじゃないか。そもそもこの村には娯楽が無さ過ぎると、前々から思っていたところさ」

 

「そ、村長!」

 

「周辺の集落や、都市部からの観光客でも呼べれば村の収益にもなる。なぜ今まで思い付かなかったのかと反省するほどだ。協力してくれるか?」

 

「もちろんだよ!」

 

その日、村長の部屋では、施設の構造やアトラクションについて熱心に語り合う、オジュサとエウスの声が響いていた。

【アイラヴ】敵のつもりは無いけど塩を送ってもらう

「つまり、お前たちはドレプロを裏切ると。そういうワケだな?」

 

御徒町は唇を噛んだ。

言いたい事はある。

しかし今の状況では何を言っても言い訳になってしまう。

それならば自分の思いごと全てを飲み込んでしまう方が良いときもあるのだ。

初華には事前に「何もしゃべらず黙って謝れ」と言い含めてある。

きちんと言い付けを守っている初華は、御徒町の隣で悔しさに身を震わせていた。

 

「・・・そういうことに、なります。常務、申し訳ありません」

 

恩義を感じていないわけでは無い。

いや、むしろ今まで随分と世話になった。

しかしそれを仇で返すことになる。

だが会社の方針である『初華を4人組でデビューさせる』ということに同意できない以上、この選択肢以外には無い。

とは言え、御徒町がやろうとしていることは、現在の勤め先から商品を掻っ攫って競合他社へ駆け込むという行為に他ならない。

 

「お前のことだ、もう引き止めても無駄なんだろう?」

 

「・・・はい」

 

「しかし、まさかお前がアイドルと駆け落ちとはね」

 

「ッ!? そ、それは違います!俺は、俺と初華はそんな関係じゃ・・・」

 

慌てて否定しようとした御徒町だが、鋭い視線に射すくめられて次の言葉を紡げなかった。

 

「生真面目なお前の狭い発想では夢にも思わないだろうから教えといてやる。ドレプロから同時にプロデューサーとアイドルが離籍して、別のプロダクションからデビューしてみろ。世間様は嫌でもそういう目でお前たちを見るぞ」

 

鈍器で頭を殴打されたような衝撃が、御徒町を襲った。

確かに言う通りだ。

状況的に、自分たちがいくら潔白を叫ぼうが聞く耳を持つ者は居ないだろう。

世間は美談を好むが、それ以上にゴシップを好む。

これは初華にとって、アイドルとしては致命的な障害になる。

 

「しかし、それでもお前たちはここを出て行く。そうでないと無理やり4人組として活動させられてしまうからな」

 

この期に及んで逡巡することになるとは、御徒町自身、思ってもいなかった。

決心はついたと思っていた。

しかし、初華のイメージが・・・。

デビュー前から『駆け落ち』などという情報が流れれば、アイドルとしては悪影響でしか無いだろう。

 

「それやったらそれでも、ええんちゃうかな・・・?」

 

今まで黙っていた初華がぽつりと言った。

 

「な、何を言ってるんだ!良いわけ無いだろう!」

 

「待て。聞こうか」

 

慌てる御徒町を制し、初華に考えを述べさせる常務。

すでに表情は険しいものではなくなっているが、二人はそれに気付かない。

 

「常務さんが言われるコト、ウチにも分かります。せやけど、それはそれでウチの名前を売るには逆にスタートダッシュになるんちゃうかなって」

 

「初華、恋人がいるかもしれない疑惑のあるアイドルなんて、マイナスにはなってもプラスなんて絶対に無いぞ!?」

 

「それは普通のアイドルやろ?どうせウチらはもう舗装された道からは外れてしもてるんやから、デコボコ道を活かした走り方せな!」

 

「どうやって活かすつもりなんだ?」

 

「そ、それはこれから考えるとして・・・」

 

「計画性が無いにもほどがあるぞ!だいたい初華は・・・」

 

「ストーップ」

 

決して大声では無いが、しかし凄味のある制止が入った。

 

美作みまさか初華ういか・・・惜しいな。しかしこれも、あの老害たちに今だ物申せん自分自身の不甲斐無さが招いたことか・・・」

 

「常務さん?」

 

「まぁ、お前たちのことはウチのやつらを叱咤するために精々使わせてもらうさ」

 

常務は自分の言いたい事だけを言うと、次のスケジュールを理由に御徒町と初華を部屋から追い出した。

もっと盛大なお怒りに触れると思っていた御徒町にとっては意外なほど、すんなりと解放された。

何か釈然としない感じは残るものの、これで晴れて退職の運びとなる。

 

「さぁ、俺は事務所の荷物を整理してくるから、初華も今日は帰って部屋を片付けなきゃな。いつまでもあのマンションには居られないぞ」

 

ドレプロを離れる以上、会社が用意してくれていたマンションに住むことはできない。

大手のプロダクションとの決別は、多方面での不便を覚悟せねばならないのだ。

 

「ああぁ!せやった!ウチ、これからドコに住めばええんやろか・・・」

 

つい、気軽なノリで喉まで出かかった言葉を、御徒町は飲み込んだ。

 

(俺の家で良ければ・・・)

 

ダメに決まっている。

いや、初華がどう思うかではなく、世間一般として。

アイドルとして。

さっき常務から言われたばかりだ。

そうでなくても世間はそういう目で自分たち見るというのに、それがひとつ屋根の下に暮らしているなんてことになれば火の無いところに煙を立てるようなものである。

 

「なぁ、相談なんやけど。しばらくおかちさんちに・・・」

 

「ダメに決まってるだろッ!!!!」

 

「そ、そないに怒鳴らんでもええやんか!」

 

ふくれっ面の初華をフロアに残し、御徒町は自分のデスクに向かった。

外回りばかりでほとんど使っていないとは言え、そこそこ荷物は溜まるものだ。

段ボール箱も手配しなければ。

と、机の上に、首から下げるパスケースが置いてあるのを見付けた。

各種レッスンスタジオの年間パスだった。

メモが添えてある。

 

1年分先払いしてあるのを忘れていた。

捨てるのも勿体無いので使うと良い。

ウチの子たちの引き立て役ぐらいは

務まるように成長してくれよ。

 

「常務・・・」

 

御徒町は常務の部屋に向かって、深くお辞儀をした。

 

 

 

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初華は御徒町を何だと思っているのか。

【アイラヴ】当たっても砕けない!

「ウチは正直な、なんでレンが勝ったんか分かれへん」

 

初華はぽつりと言った。

もちろんレンのステージは素晴らしかったし、感動に震えて哀しみに暮れた。

あんなに心を動かされるステージは初めてだった。

しかし。

 

「あの演出、こっちに求めるモンが大き過ぎるねん」

 

自分の考えを御徒町に伝えるため、慎重に言葉を選びながら話す初華。

初華自身も、今の心情をどうやって口にすべきか迷っているのだ。

それが分かっているから御徒町も急かすようなことはせず、黙って聞いている。

 

「お腹すいてフラッと入った店が思ってたより高級で、なんやえらい気取ったコース料理が出て来てしもたー、みたいな・・・。いやいや、そんなんちゃうねん」

 

「えらいこと立派な絵ぇを見せられて、すごいっちゅーことは分かるんやけど何とも評価しきれへん、みたいな・・・。あかん、これもちゃうな・・・」

 

上手い表現が見つからずに悩みながら、初華は頭をガシガシと掻いた。

何となく初華の言いたい事が分かった御徒町が助け船を出す。

 

「つまり『自分のレベルがもっと上なら、あのステージをもっと楽しめた』ってことが言いたいのかな?」

 

「それやッ!おかちさん天ッ才やな!」

 

初華が言いたかったこと。

それは、レンのステージにある『奥行きの深さ』だった。

高級料理の魅力は、味の違いが分かる人間でないとその真価は測れない。

要するにあの演出には『観る人を選ぶ要素』が混じっていたと、初華には思えた。

 

「その逆にな、ひじきのステージは、あの場の全員が『欲しがって』たんや。どんなに美味しい料理でも、砂漠で死にかけてるときの水には勝てへんやろ?」

 

「なるほどな」

 

御徒町も、ほぼ同じような感想を抱いていた。

そして勝敗についての疑問も、初華と同じものを抱いている。

決して悪い意味では無く、あの場にいたファンのうち、一体どれだけの人間がレンのステージの完成度、芸術性、崇高さ、神秘的な要素を理解できただろうか。

恐らく同じ天帝同士でないと感じられないような、そんな要素も在ったのではないだろうか。

あのステージを観ていたファン1,000人のうち、大多数である726人がそこまでの高みに達していた?

とてもそうとは思えない。

 

「まぁ、しかし結果は結果だ。ファン投票に不正があったならともかく、そんな小細工ができるほどドレプロのステージ警備は甘くない。受け入れなければいけない現実なんだろうな」

 

「釈然とせぇへんけどな。ほんで、ウチの答えはどうなん?おかちさん的には」

 

御徒町がなぜ自分にあのステージの感想を求めたのか、それは初華も分かっているつもりだった。

どこを観て何を感じたか、そしてどのように思ったのか。

それは人が成長する上で不可欠な要素となる。

例えば全く同じ場所で同じ時間を過ごし、同じ経験をした二人の成長を分ける要素があるとすれば、それは「その経験から何を学ぶか」という内部的な差である。

御徒町は初華があのステージで何を掴んだのかを計ろうとしたのだ。

 

「まだ言いたい事を隠してるうちは、採点なんてできないな」

 

自分の回答に評価を貰おうと問い掛けた初華に、御徒町は鋭く返した。

 

「おかちさん、察しが良すぎて怖いわぁ~」

 

「褒め言葉だと思っておくよ」

 

初華はあのステージを観て、体感して、思ったことがあった。

自分の中にモヤモヤと霞のように存在していたものが、少しだけその輪郭を浮き上がらせてきたのだ。

アイドルになるという自分の選択は、タオナンを敵視してのことだった。

しかし、本当にそんな理由だけでここまで走れたのだろうか?

その理由だけでこれからも走っていけるのだろうか?

何かもっと別の、目的や目標、夢が、自分の中には在るんじゃないだろうか。

 

「んでも今はまだ、自分でもハッキリせぇへんのやわ」

 

「分かった。じゃあいつかまた、話してくれ」

 

気が付けばゆっくりと空が白み始めていた。

一晩中、この駐車場に居たことになる。

と、御徒町が素っ頓狂な声を上げた。

 

「うわ!駐車料金が!こんな領収書、受け取ってくれるかな・・・」

 

「・・・サラリーマンは大変やねぇ」

 

 

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さすがに1ヶ月も描いてなかったら忘れてしまう・・・こんな顔だったかなぁ。

片目が隠れてると距離感が掴みづらいから仕方ないよね

「ふっふっふ☆ これであの方に大喜びして頂けること間違い無しなのですッ♪」

 

「我ながら傑作!!なんという仕上がりッ☆」

 

「あとは箱に入れて可愛いリボンでええええぇぇぇぇーッッッッ!!!?」

 

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「またやってしまいましたぁー(泣)」

【アイラヴ】誰だって大志を抱けるよ

要するに、俺を拾って助けてくれたこの男は『アイドルオタク』という分野の人類らしい。

その昔、労働することはおろか、人とのコミュニケーションや、外出すら拒絶していたような時期があったらしい。

しかしこの『みかりん』というアイドルに出会い、人生が激変したのだそうだ。

ライヴを観に行きたいから外出せねばならない。

当然ながら費用がかかるので働かなければならない。

人とのコミュニケーションが不要な仕事などそうそう見つからない。

そんな理由で徐々に社会復帰し、現在に至るのだそうだ。

 

「あんた、見かけに寄らずスゲェな。根性あるよ」

 

俺は本心から感心していた。

人は変われない、それが今までの俺の人生哲学だった。

 

「否定はすまいwwwみかりんのお陰でゴザルよデュフフwww」

 

気持ちの悪い笑みを浮かべながら、こいつは始めて俺と目を合わせた。

会話に慣れてどもらなくなっていたのだが、やはり顔を突き合わせてのやりとりはずいぶんと神経を使うらしく、汗が流れている。

 

「し、小生しょうせいが思うに、あ、雨哉あめや氏も・・・その・・・」

 

別に今まで通り、視線を合わせること無くしゃべってくれれば良い。

なぜこいつはこんなに必死になってまで、慣れないFace to Faceにこだわるのか。

 

「み、み、みかりんの、ライヴに、その・・・い、行け・・・来れば・・・」

 

ああ、そうか。

『大事なことだから 目を見て伝える』なんて歌詞があったな、さっきの曲に。

 

「あ、雨哉氏ッ!」

 

突然の大声に少しだけ驚いた。

一生懸命過ぎて真っ赤になった顔で、唾を飛ばしながらこいつは言った。

 

「一緒にライヴに行こうッ!」

 

 

 

初華は絶句した。

ただ混乱していた。

 

「・・・え、ちょお待ちぃな・・・おかちさんが・・・え?」

 

もう10年ほど昔の遠い記憶。

その中で自然と『生き方の理想』のように思っていた青年。

記憶の反芻によってあの青年に、オオカミのような力強さと気高さと優しさを兼ね備えるという美化が施されていることは自覚している。

それにしてもあの彼が、目の前の・・・?

 

「嘘やろ・・・?」

 

「俺も、初華があの時の話をしてくれたとき、すごく驚いたよ。まさか俺たちが10年前に、出会っていたなんてね」

 

そして御徒町はその後の経緯を簡単に話した。

『みかりん』というアイドルのライヴに行ったこと。

そこで彼女と直接話す機会を得て、人生観が変わったこと。

光を求めるのではなく、自らが光り輝こうとしている姿に感銘を受けたこと。

 

「当時の俺はさ、影に囚われて闇しか見てなかった。光に近付けば必ず影ができるから。でも、自分自身が光り輝けば影なんてできないだろ?彼女はそれを教えてくれたんだ」

 

「・・・」

 

「しかも彼女のすごいところは、自分が光るだけじゃ無く、自分が関わる人みんなを輝かせようとしてたところなんだ」

 

そうして徐々に光り輝く輪が広がって行けば、影や闇なんて無くなる、そういう考えだった。

 

「なんや・・・全ッ然なんにも考えられへん・・・」

 

「話そうかどうしようか迷っていたんだけど、今日のステージを観て決心がついてね」

 

御徒町は初華から廃工場での話を聞いたとき、自分の中で押さえこんでいた『消してしまいたい過去』の扉の鍵が開いてしまったのを感じた。

ここ数年、プロデューサーになりたいという目標を持って懸命に生きてきたが、その期間であのロクでも無い過去は鳴りを潜めていた。

しかしそれは消えてしまったわけではなく、ただ単に開封のときを待っていたに過ぎなかったのだ。

そんなタイミングであの東雲ひじきのステージ。

自分の中にある後ろめたいものが全部出て来てしまった。

 

「これを隠したままでは、初華と一緒に走れない。そう思ったんだ。正直に言う。俺は犯罪者だった。暴力事件や窃盗、詐欺まがいの・・・」

 

「そんなんもう時効やッ!!」

 

「初華・・・?」

 

「おかちさんのその辺のコトは正直どうでもええねん!そんなん時効で片付けてよ。そんなことより、ウチの・・・ウチの、は、初恋が・・・おかちさんやなんて・・・

 

「え?ごめん、聞こえない・・・」

 

「何でもないわアホォ!!!」

 

初華はデイバッグを御徒町に投げつけた。

特に重い物が入っているでもないので軽々と受け止める御徒町

頭の上にはクエスチョンマークが複数浮かんでいる。

 

「この話しはもうオシマイ!おかちさんも話してスッキリしたやろ?ウチはなぁんにも気にせぇへんし、ウチの知ってるおかちさんは、いま目の前のおかちさんや!そんだけ!終わり!もうダメ!絶対!」

 

なぜ初華がこんなにムキになるのかは分からなかったが、御徒町にとっては隠し事が無くなり、そしてそれが許容されたことに変わりは無い。

胸が軽くなった。

 

「分かった。ありがとう、初華。じゃあこの話はやめだ」

 

ちょ、真っ直ぐこっち見んといてよ・・・

 

「ん?何だって?」

 

「何もあらへんッ!」

 

初華の挙動不審がイマイチよく分かっていない御徒町だが、気分がスッキリしたところで、やるべきことが残っていた。

それはプロデューサーとしての仕事、つまり初華に対するアイドルとしての教育だった。

 

「さて、と。初華、あのステージの話しに戻すよ?」

 

「え?ああ、うん。えらいもん観たわ・・・」

 

「あれは普通のステージじゃなく、対バンという形式だった。だからどうしても勝敗を決めなきゃならない。それは分かるよな?」

 

「まぁ・・・頭では、な」

 

「あの結果について、初華はどう考える?」

 

「ウチは・・・」

 

 

 

 

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この表情は御徒町には見えてないんだよなぁ・・・。